ダダ鳥でいこう

  馬車というには速すぎるし、揺れすぎる。僕は頭をガクガクさせながら次の街を目指していた。領主直々に見送ってくれた上、乗り合いダダ鳥車で行こうとしていた僕たちに二頭立ての二人乗りダダ鳥車を用意してくれた。

  「ぱ、ぱーかしゅ、ぼ、ぼくのましぇき、み、み、ちぇて。」

  僕がガクガク揺れながらそう言うと、パーカスは胸元から布に包まれた魔石を渡してくれた。同時に僕があまりにもグラつくので、御者に少しスピードを緩める様に頼んでくれた。これで僕も何とか話が出来る。僕はうやうやしく布を広げると、魔石を取り出して窓の光に透かし見た。

  「はじめちぇの、まちぇきだぁ…!」

  領主のブレートさんが見送ってくれる際に、僕にこれをくれたんだ。魔物討伐のお礼だって言って。僕は自分の持ち物が増えた事に喜びを感じた。リュックに入ったお気に入りの絵本もそうだけど、僕のコレクションが少しずつ増えるのはなんとも言えない喜びだった。

  磨かれた魔石は、僕の手のひらより少し大きな楕円形の美しいものだった。乳白掛かった明るい翡翠色の魔石は、内側から滲む様に光っていて凄く気に入った。

  「ぱーかちゅ、まちぇき、なに、ちゅかう?」

  パーカスは僕を見つめて微笑みながら言った。

  「そうじゃのう、魔石の使い道は色々あるのじゃが、テディにはどう使うのが良いかのう。換金することも出来るが、私と一緒ならば金貨は必要ないじゃろう?魔法の増幅にも効果を発揮するが、まだテディは魔法自体使えるわけではないからの?」

  僕はハッとしてパーカスの怪我した腕の包帯を見つめて尋ねた。

  「まもろ、ちゅかまれちぇ、ぱーかちゅ、まほお、ばーんちた?」

  僕の忌々しいこの回らない口を、パーカスは良く解読してくれていると思う。パーカスは頷いて自分の包帯が巻かれた腕を見つめて呟いた。

  「ああ。あやつの身体は粘質での。切り裂いたとしても致命傷にはならないと踏んだのじゃ。だからいくつか裂傷を作って、そこから魔法を注ぎ込んだのじゃよ。だが、あやつの触手から分泌される液で私も酷く焼け爛れた。

  ポーションでもあればこんな傷直ぐに治るのじゃろうが、流石にポーションは薬師の管理じゃからな。この地域では薬草で何とかするしかないわ。」

  僕はポーションなどという、いかにも異世界のアイテムが聞こえてきて、心なしか胸が浮き立った。けれども、それが手元に無いせいでパーカスの傷が治らないと聞いて、自分の手のひらに載った魔石を見つめた。

  「こえ、ちゅかう。ぽしょん、つくゆ!」

  僕はポーションをどうやって作るか分からなかったけれど、魔力の塊である魔石が有れば作れるんじゃないかと思ったんだ。するとパーカスは僕の頭を撫でて言った。

  「フォホホ、テディは優しいのお。魔石があっても、やはり材料と薬師が必要じゃからなぁ。次に休憩するのはもっと大きな街じゃから、薬師もおるじゃろう。テディがそんなに心配するならば、ポーションで治療しても良いかも知れぬな。

  私もブレート殿から魔石は預かったのじゃ。テディはそれをしまっておきなさい。」

  僕はそう言われて、リュックの二重底に大事に包み込んだ魔石を仕舞い込んだ。こんな所で二重底が役に立つとは革屋のおっさん良い仕事したよ。

  揺さぶられているうちに、相変わらずこの幼い身体は睡魔を連れてくる。僕はパーカスに抱っこされた途端吸い込まれる様に眠ってしまった。パーカスに起こされた時は、すっかり周囲の田園風景が様変わりしていた。街道脇には家が建っていて、街の中にもう入っていたみたいだ。

  眠る前に鳥車の中でマフィンの様なパンと干し肉を食べただけなので、僕はすっかりお腹が空いていたし、この小さな身体は出すものも待ったなしだ。

  「‥ぱーかちゅ!おちっこ!」

  するとパーカスは従者に声を掛けて直ぐにダダ鳥車を停めてくれた。それから僕らは急いで降りると目の前の大きなお家の人に事情を話してトイレを貸して貰った。

  パーカスに抱っこされて手を洗いながら、僕はハッとした。さっきパーカスはダダ鳥車を帰してしまった気がする。荷物はどうしたんだろう。

  「ぱーかちゅ、にもちゅわ?」

  するとパーカスは足元にある、自分の大きめなリュックを見下ろして言った。

  「ああ、皆に託された辺境の街の荷物はブレート殿が別便で王都へ送ってくれたんじゃ。流石にあれを持って旅するのは大変じゃからのう。フォホホ、最初から送っておけば良かったの。」

  だったら僕は竜化したパーカスにも乗っていけるのかと、ちょっとだけ安堵した。流石にあのダダ鳥車のガクガクは、首が逝っちゃいそうだったから心配だったんだ。クフフ。

  「…もしかしてお二人とも、ブレーベルからいらしたんですか?」

  使用人に案内されて、家の人にお礼を言おうと談話室に顔を出すと、家の主人がそう僕らに尋ねてきた。僕とパーカスは顔を見合わせた。

  「いや、今この街では本当か嘘か分からない、驚く様な話が広がっているんです。ブルーベルの湖に巨大な魔物が出て、運良く居合わせた元騎士団の老竜人が退治してくれたと。もしかして貴方様がその竜人なのではないかと…。もし違ったら申し訳ありません。いや、信じがたい話なので、私どもも信憑性に疑問を持っているのですよ。」

  僕はクスクス笑うと、手を繋いだパーカスを見上げた。

  「ぱーかちゅ、いぅーめいね?まもろ、ぱーかちゅ、たおちたの!ばーんちて!」

  僕は得意げにこの家の主人に自慢した。尖った耳のおじさんは、目を見張って驚きと喜びに興奮している様だった。

  「何と!では本当だったのですね。ブレーベルからの双頭魔魚だけでなく、このとんでもない出来事は今やすっかり皆の関心の元ですよ。私も当事者にお会いできるとは思いもしませんでした。良かったら、お茶でも飲んで行って下さい。

  …そこの坊やも、何とも可愛らしい。我が家の孫は他の街に住んでいるから滅多に会えないのですよ。是非一緒にお菓子を食べましょう。」

  「…ずっとダダ鳥車に揺られて休みなく来てしまったからの。ではお言葉に甘えてお茶を一杯ご馳走になろうかのう。」

  パーカスがそう言うので、僕は使用人たちの視線を感じながら、弾む様に談話室へと入って行った。談話室の壁には大きな地図の絵が掛かっていて、僕は思わず立ち止まってそれを見上げた。どうもこの国の地図の様だ。星のマークがついているのがこの街なんだろう。

  「ぱーかちゅ、おうち、どこ?」

  するとパーカスは地図の端っこの山の上を指差した。うん、国境って感じだね?僕たちは随分辺境に住んでいるみたいだ。目で地図の道を辿っていくと、湖のあるブレーベルや、そしてこの街があった。そして目指す王都へはまだ半分も来ていない。

  「おーと、とーいねぇ?」

  結局おじさんに薬師を紹介してもらって、パーカスの傷に合うポーションを作ってもらった。すっかり綺麗に治ったので、これで思う存分抱っこをしてもらえる。

  僕がニマニマしながら抱っこして貰おうと手を伸ばすと、スルリとハーネス的落下防止ベルトを装着された。今夜はこの街に泊まるのかと思っていたのだけど、違うのかな。僕が首を傾げると、パーカスは苦笑して言った。

  「これからも、いく先々でブレーベルの魔物討伐の話をせがまれてはかなわんからの。テディの眠っている間に一気に飛ぶことにしたのじゃ。目が覚めれば王都へ着く頃合いじゃろうて。」

  そう言われて、僕はあれよあれよと空を飛んでいた。パーカスがひとっ飛びすれば王都へも直ぐに着いちゃうんだな…。僕は眼下に微かに瞬く家々の灯りを眺めながら、直ぐに睡魔に襲われて目を閉じた。王都…。何か…忘れてる?