塔の長老

  「あのちと、きょう、こにゃい?」

  使用人に身支度を整えてもらった僕は、初めて着る少しかしこまった服を撫でながらパーカスに尋ねた。パーカスはピクリと眉を上げて僕に尋ねた。

  「バルトの事か?あやつは昨日は王からの伝言を伝えに来たついで護衛してただけじゃぞ?流石に私らに付きまとうほど、そう暇では無いじゃろうて。…何じゃ会いたかったのかの?」

  僕は肩をすくめて首を振った。別に会いたかったわけじゃ無い。ただ、昨日僕がパーカスに降ろされるたびに手を繋ごうとしたり、抱き上げたがっていたぽかったから、今日は抱っこされても良いかと思っただけだ。僕はファンサービスは怠らない幼児だよ。

  「ぱーかちゅ、ばるとしゃん、きあい?」

  結局昨日はバルトさんが僕に触れるのを、パーカスが阻止しまくっていた気がする。ロバートには抱っこさせても、バルトさんはダメなのは何でなのかな?僕は思わずじっとパーカスを見つめた。パーカスは少し動揺を見せたけれど何も言わなかった。

  僕はパーカスが焼きもちを妬いているのだと思って、パーカスの手を繋いで笑った。

  「ぼく、ぱーかちゅ、だいちゅき。ばるとしゃん、んーと、いろいろくれるちと。ありがちょのちと。」

  僕の語彙力…!けれどパーカスは面白そうに口元を緩めて笑った。

  「フォホホ、ありがとの人か。確かにバルトはテディに色々くれるのう。きっと人に物をあげるのが好きなんじゃろ。フォホホ、これは良い。」

  何が良いのか分からないけど、パーカスがバルトさんをあまり好きじゃ無いのは分かった。僕はパーカスとファンには仲良くしてほしいけどね。

  それより僕は早く塔の長老に会いたくて堪らなかった。パーカス曰くは『人間』について知ってるかもしれない博識の竜人らしい。早くこの世界の人間情報を知りたいよ!

  昨日泊まったのは王都の中心を少し外れた場所にある、趣味の良い隠れ家的宿屋だった。辺境のパーカスの家が質素なので、パーカスらしからぬ小洒落た宿というかお屋敷を振り返って眺めていると、パーカスが迎えに来たダダ鳥車に僕を乗せながら言った。

  「王都は流石に防犯重視でないとのう。私は大丈夫だが、テディに何かあっては困るじゃろう?」

  そう言われてダダ鳥車の中から宿を振り返り眺めると、成る程屋敷の周囲にはパーカスの家の様に防御魔法が掛けられていた。僕は首を傾げてパーカスに尋ねた。

  「おーと、こあい?ぼく、ちゃらわれちゃう?」

  パーカスは隣に座った僕をじっと見つめると、少しため息をついて言った。

  「…まぁ、王都はこの国の民だけで無く、周辺国からも出入りがあるからのう。決して親密でない国の者も密かに来ておる。私は引退した身ながら、私の側に居ることでテディもより危険さは増す事になろう。辺境のあの地の様にのんびりとはしてられないじゃろうの。」

  成る程、ここは王都。民が多ければ思惑の違う者も居るという事だろうか。僕は自分でも注意しようと思った。

  「わかっちゃ!ぼく、きをちゅける、ねー?」

  するとパーカスは胸元から小さな赤い美しい魔石を取り出した。

  「…気が乗らないが、やはりこれはつけておいた方がよさそうじゃの。」

  そう言って僕のブラウスのリボンを解いて胸元を開けると、その小さな石を肌にくっ付けた。僕がマジマジとパーカスのする事を見ていると、何か口の中でモゴモゴと呟いている。

  「…あっちゅいっ!」

  突然熱くなったその魔石を見ると、それは消えてしまっていた。その代わりに魔石を押し付けてあった場所に魔石と同じサイズの模様状のアザが付いていた。何かの刻印の様だけど…。

  まだ痛い気がして、僕は涙目でパーカスを見上げた。この痛い仕打ちにはちょっと説明が欲しい。

  「テディ、これはテディが何処にいても私に感知出来る魔法じゃよ。あまり子供にするべきでは無い魔法だが、いかんせんテディはひとたまりも無いからの。すまなかったの、痛かったじゃろう?」

  僕は涙を手で擦って首を振った。パーカスが僕のためにやってくれたんだから、大丈夫だ。でも抱っこはして欲しい。僕はパーカスに抱っこしてもらって肩に頭を預けながら、ダダ鳥車の振動を感じていた。

  僕はどうしても身体に心も引っ張られる。それはどんどんそうなっている気がするのが地味に嫌だ。でもしょうがないと諦めるのも大事だ。どうしようもない事はこの異世界に転げ出た時からそうなのだから。

  抱っこしてもらって気を取り直した僕は、顔を上げて少し照れくさい気持ちでパーカスから目を逸らして窓の外を見た。街の中心をどんどん離れていく気がする。ダダ鳥車はいつの間にか木々に囲まれた長い一本道を走っていた。

  その道の行き止まりに石造りの見上げる様な塔が立っていた。おお、とってもファンタジーだ。周囲を眩しいくらいの強い防御魔法が掛けられている。到着すると、黒いローブを着た門番が二人、僕らを迎えてくれた。なんか、ドキドキしてきた。

  「パーカス殿、ようこそ遠路はるばるおいで下さいました。長老がお待ちです。…こちらの坊やもご一緒においでになりますか?それとも下でお待ちになりますか?」

  ここまで来て長老なる人物に会わせないとかないよね?僕が縋る様にパーカスと繋いだ手をぎゅっと握ると、パーカスは少し笑って言った。

  「この子も一緒に連れて行こう。長老も会いたいじゃろうからの。」

  僕らは、いやパーカスは今度は白いローブを着た美中年の獣人に案内されて塔の階段を登った。塔の中は案外広くて、中心の空洞を囲む様に四方へと廊下が走っている。静かな中にも誰かしらの気配がして、時々薄紫のローブを着た獣人や竜人がこちらを物珍しげに見て来た。

  「久しぶりにこの階段を登ったが、全く長老は歳なのだから下で過ごせばいいものを…。」

  上がるのに疲れたのか、パーカスの愚痴が止まらない。かと言って僕は腕の中から降りて、とてもじゃ無いが自分で階段を登れる気がしなかった。だから沈黙を守っているんだ。頑張れ、パーカス!

  僕の応援が効いたのか、それとも辿り着いたのか、真っ白な長い髪の先に白い羽根の付いた美中年は微笑んで言った。

  「パーカス殿、到着しました。…長老は滅多にここから降りたりしないので、問題はない様ですよ。」

  そう言って重そうな金属の扉に手をかざすと、キラッと光らせてから扉をギギっと開けた。今、魔法を使ったみたいだ。鍵の代わりなのかな?僕がじっと見つめていると、美中年と目が合った。一瞬、彼の目の中に何かがよぎった感じがしたけれど、目の錯覚だろうか。

  「…パーカスかい?お入り。」

  呼び掛けられた声はしわがれていたけれど、それでも何処か楽しげだった。パーカスと僕が中に入ると、長老と呼ばれる竜人らしき人物がそこに居た。真っ黒い大きな書斎机を巻紙や書類で埋もれさせて、側の大きな金属の足付き桶の中には、大きさも色も様々な魔石が山と積まれていた。

  「まぶちい!」

  僕が魔石の魔力に目がチカチカして目を両手で覆うと、直ぐ耳元でしわがれた声がした。

  「なるほど、面白い。」

  両手の隙間から恐る恐る横を見ると、さっきまで机に座っていた長老が顔を寄せて、ニタリと笑ってギラついた眼差しで僕を覗き込んでいた。

  「きゃー!」

  僕が悲鳴を上げたのは不可抗力だよね?