あちらこちらに挨拶されて、僕は頭がクラクラしてきた。パーカスが嫌われてると思ったのは早とちりだったみたいだ。滅多に現れない貴重な人物として、レア扱いだっただけみたいだ。
まして今日の主役のローズさんの父親として、来客をもてなす役割もあるらしく、さすがにいつもの様に知らんぷりは出来ないのだと薄く笑った。そうなると一緒に居る僕も挨拶疲れするし、パーカスと離れた方が良さそうな気がしてきた。
僕は疲れて晩餐会を楽しむどころか、眉間に皺を寄せて不機嫌にならざるを得なかった。このチビな身体じゃ心のモチベーションを維持するのも難しい。僕は誰か暇そうな人が居ないか周囲を見渡した。その時懐かしい顔を見つけて、僕はパーカスに囁いた。
「ぱーかちゅ!このまちぇき、くれちゃちと!」
パーカスが僕に釣られて視線を流すと、丁度その竜人も僕らの方を見て手を上げた。あの湖の大型魔物を倒したブレーベルの街の領主、ブレートさんだ。ブレートさんの周囲にも人だかりがしていたので、皆あの話が聞きたくて集まっている様だった。
まして当事者のパーカスがこの場に居るのだから、王都の人々もこの好機を逃す訳はなかった。すっかり取り囲まれて、僕はストレスで叫び出しそうだった。僕がパーカスの肩に顔を押しつけて居ると、不意に誰かに引き渡された。
びっくりして目を見開くと、パーカスが僕を渡した先はあの若い騎士、虎獣人のロバートだった。
「ろばーちょ?」
僕は逞しい腕の中に抱っこされながら、僕を優しい笑顔で覗き込むロバートを見上げた。
「…こんばんは、テディ。会えると良いなと思っていたけれど、これは嬉しいね。」
「ロバート、すまんがの、テディが疲れてしまったんじゃ。ちょっと外の空気を吸わせてやってくれないかのう。」
そうパーカスがロバートに頼んでいた。僕は小さく欠伸をして、ロバートの肩に頭を乗せた。ロバートもなかなか抱かれ心地が良い。ロバートが人混みを掻き分けながら、僕と一緒にテラスの外へと歩き出した。何なら僕はちょっとウトウトしていたかも知れない。
目を閉じてるとロバートが誰かと話をしている。それも何だかピリピリする様なトーンの会話だ。
「…ます。私がパーカス殿にテディを頼まれたのですが…。」
ロバートの聞いたことの無い強張った声音に、僕は閉じた瞼を開けた。
「…ろばーちょ、どうちたの…?」
するとロバートともう一人?の声がピタリと止まった。僕の目の前に青い髪の竜人の騎士バルトと、赤い髪の竜人の騎士が立ち塞がっていた。
「…ばるちょしゃん?こんばんわぁ。ろばーちょ?おちょといく、ねー?」
僕が松明で明るいテラスの方を指差すと、ロバートは僕に蕩けるような笑顔を見せて言った。
「ああ、ごめんテディ。今から行くところだよ。ちょっと誤解があったみたいなんだ。」
誤解?僕は目の前で何を考えているのか分からない青髪のバルトさんと、以前辺境の家に来た口の上手い赤髪の竜人をじっと見つめた。
「ぱーかちゅ、ろばーちょにぼく、たのんだの。ぼく、ちゅかれちゃったから、ねー。…いっちょ、いく?」
僕はファンサービスは忘れない幼児だ。特にバルトさんはたっぷり美味しいお菓子を送ってくれる得難いファンだし。すると赤髪の竜人がバルトさんの肩を叩いて言った。
「バルトはあまりこんな会は好きじゃないだろう?ちょっと抜けて休憩してきたらどうだ。」
赤髪の騎士のひと言で、僕とロバート、そしてバルトさんが妙にピリつく空気を纏ってテラスから庭園へ出た。僕は夜の庭園という特別感を感じて、ロバートに下ろして貰うとベンチまで走った。
「ろばーちょ!ここ、ちゅわる!」
僕の後から着いて来たロバートは楽しげに笑いながら、僕をベンチに座らせてくれた。僕はベンチに座って、煌々と輝く屋敷を見上げた。なんて美しいんだろう。それにてっぺんから防御魔法の光が四方へこぼれるように落ちてキラキラしている。
「…テディ、もう王都はあちこち見て回ったのかい?」
そう隣に座ったバルトさんに尋ねられて、僕は首を振った。
「んーん。いちょがちかっちゃの。あびゅないちとと、あっちぇた。」
僕がそう言うと、反対側に座ったロバートが心配そうに僕に尋ねた。
「‥危ない人?それってどんな人なの?」
僕は長老と会ってた事を詳しく話すのもアレかと思って、ロバートに誤魔化すように言った。
「ん?んーちょ、わかんにゃい。」
僕とロバートが話しをしていると、バルトさんが酷く冷たい声で割り込んで来た。
「…ところで君はテディとどう言う関係なのかい。」
するとロバートは僕の頭を撫でながら言った。
「…私とテディですか?今話題のブレーベルの湖の大型魔物討伐の際に、僕たちは一緒に行動していたんです。ね、テディ。あの時ずっと私達は一緒だったよね。…君は僕の尻尾が大好きで。」
僕はにっこり笑って頷いた。
「ちゅごくどきどきちた、ねー。ぱーかちゅまもろ、ばーんちて!ぼく、ろばーちょいっちょ、へーきらっちゃ。」
するとピリピリした空気を纏ったバルトさんが口を開いた。
「…そうなのか。ブレーベルの時の話はパーカス殿から少し聞いた。全然君の事が話題に出なかったから、さっきはテディが知らない輩に連れて行かれてるのかと思って誤解してしまった。済まなかったね。
テディ、王都で一緒に美味しいご飯食べただろう?今度評判の店に一緒に行かないか。もしパーカス殿が忙しい様なら、二人で出掛けよう。色々見るべき所は沢山あるよ。」
そう言って、僕の手を繋いだ。ん?また護衛してくれるって事なのかな?バルトさんは忙しいってパーカスが言ってた気がするけど。さすが僕のファン。推しのためなら仕事も放り出す気だ。
僕がバルトさんと話しをしていると、ロバートが僕の手を尻尾で撫でた。そんな事されたら、僕はバルトさんの手を振り解いて縞々の尻尾を両手でにぎにぎしちゃうよ。幼児だから良いよね?くふふ。
「‥ふあふあ。ろばーちょちっぽ、きもちいーね?」
僕の言葉に一瞬空気が揺れた気がする。何だかさっきからこの二人雰囲気が悪いんだよね。バルトさんは明らかに不機嫌に足を踏み鳴らして貧乏揺すりしてイライラしてるし、ロバートもバルトさんを見る時は唸り声をあげそうな雰囲気だ。
僕はハッと思いついた。そう言えば、こんな時のために良いものを持ってる。僕は尻尾を離すとポケットから鎖を引っ張り出した。確かイライラした時に飲みなさいって言われたこれだ。
二人の視線が僕の手の中に集まるのを感じて僕は言った。
「こえ、あげう。ろばーちょあけちぇ?」
ロバートが金属の蓋を回して開けてくれた。僕が慎重に入れ物を覗き込むと、そこにはピカピカ光るピンク色の5mmほどの丸い粒が5~6個入っていた。
「テディ、それなんだい?」
僕はロバートとバルトさんにひと粒づつ配った。二人がマジマジとそれを見つめるだけで、一向に飲まない。僕はお手本を見せるべくひと粒残して容器をポケットにしまうと二人に言った。
「こえ、おいちいよ。たべちぇ?」
二人が戸惑いながらも口に放り込むのを見てから、僕も口にそれを含んだ。