口に入った小さな粒はなるほど、甘い。しかも何だかパチパチ弾けて不思議な感じだ。あは、楽しい!二人も目を見開いて笑ってる。早速イライラ解消の効果が出てきたみたいだ。
「おいちいね?」
僕がそう言うと、さっきまで笑っていたロバートが唇を指で押さえて、眉を顰めた。
「甘いけど、何か今度はピリピリしてきたな。テディ、これなんだい?」
僕はピリピリしないけどなと思いながら呟いた。
「ちょーろう、くれちゃ。いらいらちてるとき、のみなちゃいっちぇ。」
二人が顔を見合わせるのが分かった。バルトさんが慌てた様に言った。
「長老?塔の長老の事かい?今飲んだの、長老から貰ったのかい?…ロバート、何か身体におかしな所は無いか?」
ロバートも何だか急に慌てた様子で身体を撫でて言った。
「さっきより、その、ムズムズすると言うか、おかしいと言えばそうですね。‥バルトさんは大丈夫ですか?テディ、変な所無いかい?」
僕は大丈夫だと言おうとして、言葉が出なくなった。熱い。身体が急に熱くなってきた。僕は眉を顰めて言った。
「あちゅい!ぬぐ!あちゅい!」
僕の発した言葉通りに、急に体温が上がってきた気がする。何なら汗まで出始めた。二人も熱いのか騎士服のジャケットを脱いでベンチに掛けた。僕は二人に手伝ってもらって衣装を脱がせて貰った。
「何だこれ…!確かに妙に熱いな。バルトさん、その肌!」
ロバートの動揺した声に僕がバルトさんを見ると、指の先が竜化して鱗が浮き出て来ていた。顔を見ると首から頬にかけてやっぱり美しい青い鱗が艶めいている。バルトさんは自分でも驚いた様に手を眺めた。
それからこちらを見てギョッとした様に言った。
「ロバート、君も獣化し始めてるぞ…!テディ、大丈…。テディ?」
僕は二人に構って居られなかった。いつもよりよく動く指先でどんどんキツくなって来た服を脱ぎ始めて居た。熱いだけで調子が悪いわけじゃ無いけれど、何だかとんでもない事が起きているのは感じられた。
やっぱりあの長老は危険人物だ。僕にくれたのは変な薬だったみたいだ。イライラが収まるどころか、イライラしてきた。僕は自分の事に精一杯で二人の事に構って居られなかった。だから僕は二人の状況にも、自分の状況にも気づいて居なかった。
ふと二人が静まり返っているのを感じて顔を上げると、一部が変容したバルトと、妙に毛深いロバートが口をポカンと開けて僕を見つめている。
僕はぴちぴちの下履きを脱ぎ捨てるところで、途端に熱さが更に酷くなっていくのを感じた。僕は思わず走って庭園にある噴水に飛び込もうとした。すると後ろから追いかけて来た二人が、慌てて僕を引き留めようとした。
「テディ!何するん…!」
僕は目を見開くロバートを振り払って、噴水に飛び込んだ。ああ!きもち良い!本当に熱くて死ぬかと思った。僕は目を閉じて頭から水飛沫を受けながらようやく人心地着いていた。
どれくらい経ったのだろう。夜の庭園で滲む様な明るさに照らされた噴水の中、僕はいつもと違う感覚に眉を顰めた。何だろう。恐る恐る目を開けると、視線が妙に高い。
それに僕の身体!幼児じゃ無い。薄暗い中でも僕の身体が変化してるのが分かった。その時、僕の身体の大きさが魔法で感じられたとパーカスが話していた記憶が蘇って来た。
もしかして僕本来の自分の姿になってる?まだ熱い身体を水飛沫に打たせていた僕は、さすがに飛沫が冷たく感じて来たので噴水からゆっくり出た。招待客なのに裸で噴水に入ってるとか絵面がやばい。
髪が妙に長くて身体に纏わりつく。ふと、あの二人はどうしたのかと辺りを見渡すと、側の地面に二人とも倒れ込んでいた。僕は慌てて側に近寄って二人の意識があるかどうか確認した。二人ともやっぱり少し変容している。
バルトさんの少し冷たく感じる美しい鱗をそっと撫でると、ピクリと瞼が震えた。僕は慌てて側を離れると、今度はロバートにかがみ込んだ。手はすっかりもふもふだ。服もパツパツだけど、獣化はとりあえず止まったみたいだ。やっぱり眠ってる?
僕はここではたと困ってしまった。二人が倒れているのもそうだし、僕自身も幼児じゃなくなってしまった。それよりも素っ裸なのが本当にありえない。誰か来たらどうしよう。
【パーカス!パーカス!お願い!助けて!】
僕の必死な叫びにパーカスが応えてくれた。
【…誰じゃな?】
僕はパニックになってて、パーカスが応えてくれた事に安堵して泣きそうになっていた。
【テディだよ!僕、大きくなっちゃったんだ。それにロバートとバルトさんが側で倒れてて!それに僕、裸なんだよ!】
一瞬の間の後、パーカスの慌てた様な声で何処にいるのかと尋ねられて、誰にも見つからない様に待ってる様にと言われた。僕がドキドキしながら待っていると、誰かがこちらに近づいてくるのが分かった。
パーカスにしては早過ぎる。僕は慌てて側のモニュメントの側に潜んだ。様子を窺っていると、その人物は慌てた様に地面に倒れた二人の側にかがみ込んだ。
「おい!バルト!大丈夫か!?くそ、目が覚めない!…どうして竜化してるんだ?おい、君、起きれるか!‥一体どうしたって言うんだ。あの子は…。まさか拐われたのか?くそ、誰か助っ人を呼んでこなくちゃ。こりゃえらい事だぞ…!」
あの赤い竜人だ。僕が拐われた?話がどんどん大きくなってる。赤い騎士が慌てて屋敷に戻っていくのを見つめていると、近くの暗がりから僕に声が掛かった。
「テディ、こっちだ。来るのじゃ。」
パーカスだ。僕は慌ててパーカスの立っている所まで近寄った。
「今、赤髪の竜人の騎士が誰かを呼びに行ったよ!僕が拐われたって言って。どうしよう。」
パーカスは僕をじっと見つめるとため息をついて言った。
「びしょ濡れじゃないか。テディの服は拾って来たからの。こっちの裏口から屋敷の部屋に入るぞ。とりあえずその姿を隠さなければ。一体どうしてあの薬を飲む事にしたのじゃ?」
そう言えばパーカスは僕のこの姿を見ても全然驚かない。やっぱり見た事があったんだ。僕はパーカスのジャケットコートを羽織りながら、急いで屋敷へと入った。数人の使用人には出くわしたけれど、皆目をパチクリするだけで、何も言わなかった。
パーカスに連れられて部屋に入ると、そこは重厚な美しい部屋だった。
「ここは私専用の部屋なのだ。テディは時間が経てば元に戻るじゃろう。長老の作った薬で一時的に姿が戻っただけじゃからの。私は騒ぎが大きくならない様に晩餐会に戻って後始末をしてくる。湯浴みをして身体を温めなさい。ベッドで眠っておっても良いぞ。」
それだけ言うと慌てた様に少し濡れたジャケットコートを羽織り直すと、部屋を出て行った。僕は立ちすくみながら呆然としていた。少し震えが来て、すっかり冷え切ってしまった身体を感じるとのろのろと湯浴みへ向かった。
大きな鏡の前で僕はピタリと足を止めた。腰に届きそうな長い黒髪が僕のすんなりと伸びた身体にまとわりついていた。筋肉もあまり感じられない僕の身体は華奢で、僕より明らかに幼いジェシーのお兄ちゃんの方が筋肉がありそうだ。
明るい緑色の瞳はいつも通りに僕を見つめ返していて、僕はペタペタと指で全身を撫でた。あと10年と少しで僕はこんな姿になるのかもしれない。こんな脆弱な姿に。
僕は鏡から顔を逸らして湯浴みをしながら、絶対に筋トレしようと決心していた。