パーカスの話

  薔薇屋敷のパーカス部屋に用意して貰った、僕用のベッドに転がって、お気に入りの絵本を眺めながら眠るばかりになっていると、ようやくパーカスが戻ってきた。僕は侍女に手伝って貰ってすっかり寝支度を済ませていた。

  「おかえりぃ、ぱーかちゅ。」

  僕はぴょんと起き上がって、ベッドからパーカスに呼び掛けた。実はパーカスは、僕がローズさん夫妻と楽しい晩餐の時も、まだ帰って来ていなかった。

  「ぱーかちゅ、おちょいね?」

  僕が扉の方を見つめながらそう言うと、ローズさんとホークさんは顔を見合わせて困った表情で僕を見た。

  「お父様はきっと騎士団長に捕まってるんじゃないかしら。騎士団長とは昔馴染みだから…。テディが眠る前には帰って来ると思うわ。まったくテディが寂しがってるのに、お父様ったら。」

  そう言ってブツブツ文句を言い始めたローズさんに、僕は慌てて声を掛けた。

  「ぱーかちゅ、おちごとねー。ぼく、だいじょぶ。ちとり、へーき。」

  実際は身体に心が引っ張られるせいで、全然大丈夫じゃなかった。すごく寂しかった。屋敷の侍女に優しくされても、ベッドに寝かしつけられても、眠れない。

  実際この部屋は広すぎて、豪華すぎた。あの辺境の家は丁度良い広さで、心細くなった事はなかった気がする。王都は魔物は出ないかもしれないけれど、知らない場所の様で落ち着かなかった。

  「かえりちゃい、な…。」

  そう僕が呟いた時にパーカスが部屋に入って来たのだった。

  「テディ、起こしてしまったかの。すまんのう、遅くなって。」

  そう言うと、僕の頭をひと撫でして湯浴みに行ってしまった。僕はパーカスを見送ると、パーカスの大きなベッドへよっこらせと這い上ると、真ん中へ転がった。

  ベッドから窓の外を眺めると、二つの月が明るく浮かんでいた。異世界のこの光景に馴染んでしまった僕は、すっかり色々な不安も消えている。全部パーカスのお陰だ。

  若干3歳の僕が、500歳を超えるパーカスにおんぶに抱っこでも全然良い気もするけれど、それでも僕の我儘で辺境の街に帰りたいとは言えないと思った。

  ふと身体が沈む気がして目を開けると、パーカスが僕の隣に横になる所だった。

  「テディ、起こしてしまったかの?今日は一人にして、悪かったのう。こんなに王宮に引き留められるとは思わなかったわい。」

  疲れた顔で苦笑しながら覗き込むパーカスを、僕はじっと見つめて尋ねた。

  「ぱーかちゅ、…おうと、ちゅむの?」

  するとパーカスは僕を見下ろして少し考え込みながら言った。

  「…テディは、王都と辺境のあの街とどちらが好きじゃの?」

  僕は掛け物を頭まで被って黙り込んだ。王都は嫌いじゃないけど、ジロジロ見る人が多過ぎて疲れてしまう。街中で自由に走り回ったりできなくて、息苦しく感じてしまう。僕は自分一人では何も出来ない子供だから。

  掛け物の上から僕の頭をゆっくり撫でるパーカスの大きな手に癒されて、僕はちょっとだけ顔を出した。

  「王から、騎士団に復帰の要請があったのじゃ。じゃが、テディがここでは注目され過ぎるじゃろう?じゃから、もっと大きくなってあまり目立たなくなるまで要請を延期しようと思っておるのじゃよ。

  私は王都でなくとも、やろうと思えばあちらで出来ることはあるからの。今まで呑気にし過ぎていたのじゃ。まぁ、王や騎士団長にはそこで手を打って貰ったのじゃよ。」

  僕は起き上がって手を伸ばした。パーカスが笑いながら僕を抱っこしてくれた。パーカスはいつも僕を一番に考えてくれる。本当は王都に居た方がきっと行動しやすいのだろうけど。

  「ぱーかちゅ、ありがちょ…。」

  パーカスは僕の髪にキスすると、僕をベッドに寝かせてから大きく欠伸をして言った。

  「すっかり疲れてしまったわい。もう眠ろう、テディ。良い夢を…。」

  それからパーカスはコテンと眠ってしまった。よっぽど話し合いで気を揉んで疲れたのだと思った。僕はのそのそとパーカスの側に寄ると、乾いた麦の藁の様な気持ちの良いパーカスの匂いを感じながら目を閉じた。

  またジェシー達と一緒に遊べるんだ。良かった…。

  「おはよう、テディ。目が覚めたかの?今日は屋敷に戻ってから、少し遠出しようかのう。ローズ達には世話になったがの、少々問題勃発じゃ。昨夜は話さなかったのじゃが、王宮でバルトに会ったんじゃが…。どうもテディが大きくなった姿を見られた様じゃ。と言うことはロバートも見てるかもしれんの…。」

  僕は目を擦りながら今パーカスに言われたことをぼんやり考えていた。見てた?僕を?あの姿を?

  「…おはよ、ぱーかちゅ。ばるとしゃん、…なんちぇいっちぇた?」

  するとパーカスはベッドに座って、僕の髪を撫でながら言った。

  「奴め、私が王宮に着くなり待ち構えておったわ。王の所へ案内する道すがら、『テディは一体何者なのですか』と真正面から聞いてきおった。それから、テディが大きく成長する姿を見たとも言ったのう。私は状況を見て無いからの、かと言ってバルト自身も長老のあの薬を飲んでるから、全然知らぬ存ぜぬも出来かねた。

  長老の薬の見せた幻だと誤魔化しておいたが、あやつは納得できない顔をして黙ってしまったわい。テディはあやつが何処までテディの姿を見ていたか分かるかの?」

  僕は天井を見上げて、あの時の状況を思い出そうと頑張った。何と言っても慌てて、周囲の事など全然見ていない気がする。ただ、そう言えば噴水の飛沫を受けながらチラッと周囲を見た時に、何かが動いた気はした。

  あれがバルトさんなら、結構面倒な事になるかもしれない。あの時はほとんど僕は若者の姿になっていた筈だから。

  僕は起き上がると、自分のぷにぷにした手足をじっと見つめた。

  「じぇんぶみちゃかも…。ぼく、あちゅくて、ちょれちか、かんがえなかっちゃ。…ぱーかちゅ、ぼく、むきむき、ちないちょ!ほちょくちぇ、びっくりちた!なにちゅる?なにちよう?」

  僕はあの鏡に映った僕の未来の姿を思い出して、顔を顰めた。バルトさんに見られたことより、筋肉の方が大事だ。そんな僕に呆れた様にパーカスは言った。

  「むきむき…?テディは見られたことより、自分の身体が細かったことの方が気になるのかの?まぁ、今は元に戻ったし、長老の薬を飲まなければ変幻するわけでもないしのう。バルトには下手な言い訳をせず、放っておこうかの?

  テディ、身体を作るには、まずはしっかり食べて眠ることじゃよ。そんな幼な子でムキムキはちょっと怖いからのう。まだ可愛いらしいテディで居てくれて良いのじゃぞ?」

  そう言ってパーカスは苦笑して僕の手をそっと自分の手のひらに置いた。確かに僕はまだまだムキムキどころじゃ無いね。まずは大きくならなくちゃ!