「…ぱーかちゅ、ごめんなちゃい。ぼく、ちらなかっちゃ。」
仁王立ちしているパーカスが怖すぎて思わず言い訳をしてしまった。ん?でも僕悪くないよね?誰が悪いかと言えば、長老だ。そうだ、長老だよ!
僕はパッと俯いた顔を上げた。パーカスはよく見ると疲れた顔で僕を見て、大きく溜息をついた。
「テディが言いたい事は分かっとるよ。長老がテディにあの薬を渡すのを見ていたのだから、私も同罪じゃ。まったくあのご老体は言葉も足らないし、まして今度の大騒ぎをニヤニヤして見てたのだからな。まるでこうなるのが分かっていたかの様じゃ。」
僕は口をポカンと開けて、あの長老の何を考えているのかまるで分からない眼差しを思い浮かべた。やっぱり長老は危ない竜人だ。眉を顰めて腕を組んでいると、パーカスが少し笑い混じりの声で僕に声を掛けた。
「まったく、長老にも困ったものじゃよ。…しかしテディが大きくなってしまった所はあの二人は見ていないのじゃろう?」
そうパーカスに尋ねられて、僕は少し困ってしまった。あの時は自分の事に精一杯で、二人の事に気を配っている暇が無かったからだ。気がつけば二人は噴水の側で倒れていたのだし。
「わかんにゃい。でも、だいじょぶぅ…。」
僕は二人に服を脱がせてもらった事を思い出した。熱くて堪らなくて、手伝って貰ったんだ。でもあの小さな下履きが脱げるくらいだから、まぁちょっと大きな幼児くらいの成長ぶりだったのかもしれない。僕はコクンと頷いてパーカスに言った。
「うん。みちぇない!くらかっちゃち!」
パーカスはやれやれと言う顔をすると、彼らに色々聞かれないように何処かに遠出しようかとブツブツ言っていた。僕はそんなパーカスに首を傾げて尋ねた。
「ぱーかちゅ、おうちゃま、あう?」
するとパーカスは顔を顰めて僕を抱き上げて言った。
「まったくテディは色々覚えておるの…。テディを王宮へ連れて行きたくはないからどうするかのう。しょうがない、ローズのところで待っていてくれるか?今朝は早くに帰ってしまったから、あやつも文句たらたらじゃろう。ローズの所は子供らも独立して居ないから気楽なものじゃ。どうかの、テディ。」
僕は昨日の美しいお屋敷を思い出した。あの押しの強いローズさんはちょっと苦手だけど、娘さんなのだから僕の預け先としてパーカスも安心だろう。僕はにっこり笑って頷いた。
次の日、僕はパーカスと一緒にもう一度ローズさんのお屋敷に来て居た。晩餐会では挨拶しかしなかったけれど、ローズさんの番いの旦那さんとゆっくり話が出来た。
ローズさんの旦那さんのホークさんは白鷲獣人らしくて、抜け目の無い金色の瞳で僕をじっと見て言った。
「テディ、抱っこさせてくれるかい?」
僕はあのエネルギッシュなローズさんと300年も夫婦をしてられるダンディな旦那さんを尊敬する気持ちで、思わず自分から手を出した。そっと抱き上げられて、僕はホークさんの艶のある真っ白い髪を見つめた。
「きえい、ねー?ほーくしゃん、かみ、きあきあ、ねー?」
するとホークさんは満面の笑みで僕を頭の上にひょいと持ち上げた。びっくりしたけど、スリリングには違いない。僕は思わず弾ける様に笑った。
「まぁ、狡いわ!私にも抱っこさせて頂戴?」
「お前はまた考えなしにテディを抱きしめるだろう?」
相変わらず間髪入れずパーカスが眉を顰めてローズさんに小言を言う。ローズさんも負けじと言い返している。まったくこの親子はどうしてこうも小競り合いばかりなんだろう。僕はホークさんの腕の中から呟いた。
「…あのちとたち、にちゃものどうち?」
途端にホークさんが咽せながら、面白そうに僕に言った。
「テディは随分と大人っぽい言葉を知ってるんだね?テディの言う通り、あの二人はそっくりな所があるよ。亡くなったローズの母親は獅子獣人ではあったけれど、穏やかな人だったからね。ローズの気性はパーカス殿譲りさ。分かりやすくて私は好ましいけれどね。」
そう言って愛情溢れる眼差しでローズさんを見つめるホークさんを、僕はますます尊敬してしまう。でもパーカスがそんなに燃えやすい性格だとは初耳だ。
「ぱーかちゅ、いちゅもやちゃちくて、のんびりよ?」
僕がそうホークさんにそう話していると、ローズさんとパーカスがこちらを見て同時に眉を顰めた。
「…言われ放題な気がしてきたの。オホン、ローズももう少し落ち着いたらどうじゃ。良い年なのじゃからの。私も心配ばかりしておれんよ。」
するとローズさんはパーカスの頬にキスしてニンマリ笑って言った。
「お父様はもう少し子離れしたほうが良いですわ。私もよい年なのですもの。私の事は諦めてくださらない?」
そう言って僕の所へ近づいてくるローズさんの後ろで、パーカスが何とも言えない表情をしているのが面白かった。言い合いばかりしているけれど、この二人は愛情と言う絆でしっかり結ばれているのだろう。
僕はローズさんに抱っこされながらパーカスについて考え込んでいた。ローズさんに似ていると言う本来のエネルギッシュなパーカスを、今やほとんど見せる事はない。けれど、あの湖の魔物との闘いで見せたパーカスの猛々しさはいつもとはまるで違っていた。
あの辺境の地で隠者様と呼ばれる様にひっそりと暮らすくらい、パーカスにとって自分の番いを失ったのは随分大きな事だったに違いないと思った。僕には番いの事は良くわからないけど、強固な結びつきであるのは間違いないみたいだ。
パーカスが王宮へ行っている間、僕はローズさんと一緒に過ごした。ローズさんは若い頃は騎士団員だったらしくて、想像通りに勇ましい女性竜人だった。
「テディがもう少し大きければ剣を教えてあげられたのに。私は出産で引退したのだけど、今でも時々子供達に剣術の指導をしているのよ?」
僕はローズさんが子供たちを薙ぎ倒している光景を思い浮かべて、思わず顔を引き攣らせた。
「…おっきくなっちゃら、おねがいちまちゅ。」
ローズさんは楽しげに笑うと僕の手を繋いで、迎えに来た侍女と部屋を出た。
「さてと、これからテディの可愛い服を作るわよ?今着ている衣装も可愛いけれど、どうしたって枚数が足りないわ。それに少し小さくなっているみたい。お父様はやっぱり細かな所に気が回らないのね。」
僕はこれからローズさんのおもちゃになるみたいだ。はは、は…。