街外れにある古びた廃墟。
何十年も手入れされてないその建物には、人々は恐れをなして誰も近づかない。
それは別に心霊スポットだから…というわけではなく、その廃墟がある意味幽霊よりも恐ろしい"曰くつき"であるためであったのだが、月日が流れると共にそう言った恐怖感情は徐々に薄れていく。
そして今日ついに、なぜその建物が人々に恐れられていたのかの本質を知らない若者達が足を踏み入れた…。
「…ねぇ、やめようよ亜梨花ちゃん。
こんな所、勝手に入ったってバレたらきっとこっぴどく怒られちゃうって」
「もう~、音羽は心配性だなぁ。
大丈夫だって、大人は皆怖がってここに近づかないもん。
誰もあたし達がここに入った事なんて気づかないよ!」
その廃墟に侵入してきた二人の女子高生。
大人しく、体を震わせながら恐る恐る足を動かしているロングヘアの少女が音羽。
反対に快活で少しも物怖じせずにグングン先へ進むショートヘアの少女が亜梨花だ。
二人は正反対な性格だが、古くからの親友だった。
「そもそも、亜梨花ちゃんは何でこんな怖い所に来ようと思ったの…?
も、もしかしたら幽霊とか…出るかもしれないのに……!」
「だって気になるじゃん、お父さんやお母さんがずっと過敏に怖がって『ここに入っちゃダメだ』って言ってくる理由。
こっちが『どうして?』って聞いてもずっと濁されるし、インターネットで調べても何も出てこないし…。
だったらもう、直接行ってあたしがこの目で確認するしかないじゃん???
…でも、わざわざ音羽まで着いてくる事無かったのに」
元々、廃墟への調査は亜梨花が一人で来るはずだった。
しかし、音羽は
「だって、何度止めても亜梨花ちゃん意地でもここに入ろうとするから…。
ほんとはいけない事だけど、来たくなかったけど、でもやっぱり亜梨花ちゃんを一人で行かせるのは怖くて……」
そう言って、恐怖心を抑え込み今回の調査に同行したのだ。
音羽の答えを聞いた亜梨花は、パァっと笑顔になって音羽に抱き着く。
「音羽~っ!!!
音羽は良い子だねぇ、やっぱり持つべきものは親友だよ。
大好き~!!!」
「あ、あはははは……」
まんざらでもない一方、場所が場所なため苦笑いする音羽。
その後、二人は廃墟内の地下に続く階段をどんどん降りていくと、やがて広い部屋に辿り着く。
「んっ…、ここが一番深い部屋なのかな?」
音羽が懐中電灯を片手に部屋内を見渡すと、そこには大きな機械とカプセルのような容器が佇んでいた。
「へ~っ…。
ボロボロの廃墟の地下深くに、こんな立派な機械があるなんて意外かも。
随分埃は被ってるけど、機械自体はまだ壊れてないっぽくない?」
そう言って、亜梨花は右手でサッと埃を掃って機械に触る。
「ちょっ…危ないよ亜梨花ちゃん!
あんまりそう言うのには触らない方が……」
すると…。
『素体を確認、改造プログラムを起動します』
突如、室内にアナウンスが響き渡り、電灯に光が灯る。
「えっ…、電気通ってるの!?」
驚く亜梨花。
そんな彼女を、背後から二本のアームが捕縛する。
「うわぁっ!?」
「亜梨花ちゃん!?」
亜梨花を掴んだアームは凄い勢いで彼女を引っ張り、ガラスで出来た透き通るカプセル内に引き込んで扉を閉めてしまった。
「な、何これぇ!?」
中から叩いたり引っ張ったりして何とか外に出ようとする亜梨花だが、カプセルの扉はびくともしない。
「あ、亜梨花ちゃん!」
当然音羽も外から亜梨花を救い出そうとあれこれ手を打つが、やはり扉は開かなかった。
「どうしよー…。
ごめん音羽、音羽の言う通りこんな所来るんじゃなかったね。
あたし、何て馬鹿なことを……」
「今は謝ってる場合じゃないよ!
とにかく、亜梨花ちゃんをこのカプセルから出さないと……」
明るくなった事もあり、辺りをキョロキョロと見回す音羽。
すると、少し離れた所にコントロール機器を発見する。
ひょっとしたらこれで機械を操作出来るのかもしれない。
「お願い…、開いて!」
縋る思いで、音羽は機械を適当に操作してみる。
それが、最悪の結果を招く事になるとも知らずに…。
『戦闘員改造シーケンス、開始します』
「え?」
音羽が操作した瞬間、アナウンスが響き亜梨花の入ったカプセル内に黒い煙が蔓延し始める。
「ゲホッ、ゴホッ…!
何これ、煙が口の中にっ…。
息が苦しいッ……!!!」
「そんな…、亜梨花ちゃん!!!」
瞬間的に、自分が余計なことをしてしまった事に気が付く音羽。
「やだっ…止まって!
止まってよぉ!!!」
亜梨花を苦しめる煙を止めるため大慌てで再度機械をいじくり回すが、何も起こらない。
尚も煙を吸い込み続けてしまう亜梨花の身に、突如異変が生じ始めた。
亜梨花の右手が、黒く染まり始めたのだ。
右手だけではない、そのまま着ていた制服を飲み込むように腕へ、胴体へと黒が広がって行くではないか。
同様に左手から先の腕も黒く染まり、覆い尽くした服が消えたようにボディラインや胸がそのままの形で黒くなる。
それは、まるで黒い全身タイツを着ているかのような外観だ。
「ゲホゲホッ!
ゴホッ!!!
ぐ、苦じい…!
なのに、なんか気持ちいいっ!
全身が、熱くて、フワフワしてぇ…あたし、おかしくなっちゃうぅぅぅ!!!」
「亜梨花ちゃん…?
しっかりして!
なんかおかしいよ!?
それに、その黒いのは一体……」
上半身を包み込んだ黒い物体は、今度は下半身へ広がっていく。
制服のスカートは跡形もなく消え、代わりに亜梨花のヒップラインが惜しげも無く露わになる。
スラッと長い脚はストッキングを履いたように黒く輝き、足の指が全てくっついて靴のような形状になった。
さらに、亜梨花のお尻の上の辺りに、まるで空気でも注入されているかのように膨張する黒い部位が見える。
どんどんと膨らんでいき、ついにはバランスボール大のサイズになると、膨張は止まった。
それはまるで、虫の下半身の腹を思わせる形状だ。
そしてとうとう、黒の浸食は亜梨花の首から上へも始まる。
亜梨花の全身を包む黒い物体は物凄い勢いで口の周りを除いた頭の下半分を包み込み、さらには上半分もあっという間に覆われる。
顎のラインで切り揃えられた短い髪とは言え、確かにそこに生えていたはずの亜梨花の髪は黒い物体に覆われると跡形もなく消え失せ、目も隠れて口だけ露出した全頭マスクのような状態だ。
「いやぁっ…!
見えない、前が見えない!
真っ暗で見えないよぉ…。
音羽ちゃん、どこ!?
気持ち良いのに、怖いっ……!!!」
どうやら、視界が遮られた影響で亜梨花は何も見えなくなっているらしい。
「亜梨花ちゃん!
大丈夫、私はここだよっ!!!」
カプセルの外から、必死に声をかける音羽。
しかし、何故か亜梨花の耳にはその声は届いていないようで…。
「あぁぁぁぁぁぁっ!!!
見えない、見えないよぉぉぉっ!!!
見えな……あれっ?」
次の瞬間、亜梨花の額の辺りがモゴモゴと二つ盛り上がり、ニョキっと黒い触覚が生える。
すると、さっきまであれ程視界が無い事を怖がっていた亜梨花は一転して微笑みを浮かび始め…。
「あっ……すごい。
これ、全部わかる。
周囲の景色も、温度も、この二つの触覚だけで全部わかっちゃうよ?
今までは目なんて不自由なもので見ていたけど、これからはこの進化した触覚で全てを把握できるんだねっ!!!
アハハハハ!!!!!!」
「…あ、亜梨花ちゃん?」
突然テンション高めに笑い始めた亜梨花の様子に、音羽は思わず後ずさりする。
今この瞬間、目の前にいる親友の中身がゴソッと"知らない何か"に変わってしまったかのような錯覚を覚えたのだ。
『改造、完了しました。
カプセルを開放します』
再びアナウンスが開くと、固く閉じられていたカプセルの扉が開かれる。
カプセル内に充満していた黒い煙は自然に消えていき、中からは全身を黒いタイツで覆ったような変わり果てた亜梨花が出てきた。
外に出てすぐに、先ほど亜梨花を捕まえたあの二本のアームが亜梨花の前に現れ何かを差し出す。
それは、ベルトだった。
金属製の大きな銀色のバックルには地球を数多の虫が覆い尽くした様子を彩る紋章が刻まれており、亜梨花はそれをアームから受け取ると自慢気に腰に装着する。
そして右手を空に大きく掲げ、音羽に向かって宣誓した。
「アリーッ!
あたしは、音羽様によって改造して頂いた戦闘員561号であります!
音羽様、並びに秘密結社バグーに忠誠を誓わせていただきます!!!
アリーッ!!!」
全身をボディラインが丸見えの黒いタイツで覆われ、お尻には大きな虫の腹があり、頭も口の周りを除いて全て黒く染まって額から二本の触手が生えた、まるでアリのような姿になった亜梨花の姿がそこにはあった。
いつの間にやら露出した唇は黒く染まっており、それがどこか妖艶な雰囲気も醸し出す。
「……何、言ってるの?
戦闘員?
秘密結社???
わけわかんないよ!
亜梨花ちゃん、どうしちゃったの!?!?!?」
亜梨花の口から出てきた訳の分からない単語の数々に、音羽は混乱し、恐怖する。
「いいえ、あたしはもう亜梨花という人間だった頃の下らない名前ではございません。
今のあたしは戦闘員561号、旧組織時代から数えて561番目に誕生した戦闘員ですので音羽様も是非そうお呼びください!
アリーッ!」
そう言うと、亜梨花…いや戦闘員561号は、この廃墟に秘められた秘密と自身の身に起きた事を音羽に解説し始めた。
今から約50年前…この国ではとある秘密結社が暗躍していた。
その名も秘密結社バグー。
この廃墟は、そのバグーの基地だったのである。
虫の遺伝子を人間に組み込んだ改造人間を兵力に、日本を、そして世界を裏から支配しようとしていたこの組織は、当時彼らに歯向かった一人の戦士による自らを犠牲にした捨て身の一撃で見事に敗北。
組織の構成員も、そして歯向かう戦士も、誰一人として世界からいなくなった結果、人々は残されたこのバグーの基地を恐れて誰も近づかないようになった。
そしてそれが50年間続いた結果、最初は噂話として残っていたバグーの存在も次第に人々の記憶から消えていき、今では『何故かはわからないが昔から近づいてはならないと言われている廃墟』として今日まで残っていたのであった。
「それがあたしが人間だった頃にここに不法侵入してでも知りたかった、この廃墟の秘密なのです。
そして今この瞬間、50年間凍結されていた秘密結社バグーの地下基地はあたしという戦闘員の誕生によって再び稼働し始めました!
音羽様、あなたが改造カプセルを操作して、身も心もバグーに相応しい存在に改造して下さったおかげで……!!!」
「わ、私…が……?」
音羽の脳裏にフラッシュバックする、コントロール機器を適当に操作した結果カプセル内に黒い煙が注入された事実。
「ち…違うの!!!
あれはただ、亜梨花ちゃんを助けたかっただけで…亜梨花ちゃんをこんな姿にしたかったわけじゃない……!
それに、元はと言えばあの変なアームが亜梨花ちゃんをカプセルに閉じ込めたせいで……!!!」
「音羽様、だからあたしは戦闘員561号ですってば!
…コホン。
確かに、あたしがアームに捕まってカプセルの中に閉じ込められたのは愚かな人間だった時のあたしがうっかりカプセルの電源ボタンを押してしまったせいです。
しかし、その後機械を操作してあたしを『戦闘員に改造する』よう命令を出したのはたとえ偶然であろうとも誰であろう音羽様、あなたなのです!
先代首領亡き今、言わばあなたはこの改造カプセルに50年ぶりに命令を出した新たなる首領…!
この現代に秘密結社バグーを復活させるために現れた、二代目の首領なのです!!!
だからあたしはバグーの戦闘員として、この組織の首領たりえる貴女様に忠誠を誓います!!!
アリーッ!!!!!!」
再び右手を上げて奇声を上げる戦闘員561号の姿に、音羽は涙が出そうになる。
目の前にいるのはもう、自分の知っている亜梨花ではない。
自分が彼女を変えてしまった、こんなアリの化け物にしてしまったのだと。
「ごめん、亜梨花ちゃん…。
ごめんなさいっ……!!!
私…取り返しのつかない事をッ……!!!!!!」
その場にへたり込んで、音羽は涙を流す。
すると、突如室内にサイレンが鳴り響き始める。
『警告、警告。
現在、この基地内に首領が確認出来ません。
首領の不在は、組織運営に大きな支障をきたす可能性があります。
改造履歴を検索…命令を出した人物を発見。
素体の改造命令を出した事により、暫定的な首領だと判断します。
しかし、肉体の未改造を確認。
円滑な組織運営のため、直ちに首領の改造シーケンスを開始します』
「えっ?」
アナウンスが終わった瞬間、あの二本のアームが今度は音羽を捕縛する。
「嘘っ?
やめて、離してぇっ!」
精一杯反抗するも力及ばず、音羽は強制的に改造カプセル内に放り込まれて扉が閉められてしまった。
「アリーッ!
どうやら基地の管理用人工知能が、音羽様を首領だと認めて下さったようですね!
これで音羽様も、秘密結社バグーの首領として相応しい姿になれます!
あたし、とても嬉しいです!!!」
「そんな……。
やだっ、秘密結社の首領なんてなりたくない。
亜梨花ちゃん、助けて!
ここから出してよぉっ!!!」
音羽は無我夢中で何度もカプセルの扉を叩くがびくともせず、戦闘員561号も恍惚とした表情でうっとりと眺めるだけで音羽を助けようとはしない。
プシューッ!と音を立てて、カプセル内に茶色い煙が注入される。
管理用人工知能による改造命令が出ているため、先ほどとは違いコントロール機器を誰も触らなくとも改造が始まったのだ。
「ゲホゲホッ!
アガっ…!?
や、やだぁ……!
虫の怪物になんか、改造人間になんかなりたくない……!」
亜梨花が煙を吸えば吸う程肉体の改造が進んでいた事を思い出し、咄嗟に右腕で鼻と口を覆って煙を吸わない様に努める音羽。
しかし、長くはもたない。
どんなに息を吸わないように努めても、人間は呼吸をしなければ生きられないため少しずつ少しずつ煙は音羽の肉体に入り込んでいく。
そしてとうとう、音羽の肉体にも変化が現れ始めた。
最初は亜梨花と同じく、やはり手だった。
音羽の右手の皮膚が変化し、茶色い外骨格で覆われたのだ。
爪も鋭く尖り、どんな固い物でも切り裂けそうだ。
「ひゃあっ…!?
やだっ…こんな手私のじゃない……!!!」
涙をこぼしながら必死に息を止めようと努めるが、数十秒息を止めた所で限界を迎え一気に煙を吸ってしまう音羽。
「っ……、かはっ!?」
左手も同じように茶色い外骨格に覆われると、そのまま外骨格は制服を飲み込んで両腕へ侵食していく。
胴体に到達すると、背中も同様に茶色い外骨格に包まれるが、前面の胸からお腹にかけては白っぽい蛇腹の形状で形成された。
肩や腕には刺々しい意匠が彩られ、それはまるで鎧のような外観でもあった。
「ゲホゴホッ!!!
ゲホッ!!!
やだ、止まっで…ゴホッ!!!
ぐるじい…いだい……なのにぎもぢいいッ……!!!!!!」
外骨格は下半身にも侵食する。
膝の部分には茶色いプロテクターのような外骨格が形成され、足の指が全て一体化するとかかとが伸びてまるでハイヒールのような形状に。
「あっ…あづい……いだい……ぎもぢぃ…あだまのなが、グチャグチャずるぅぅぅぅぅぅッ!!!!!!」
その叫び声と共に、外骨格は音羽の首から上にも形成され始めた。
亜梨花の時と異なり、まずは頭全体を一瞬にして外骨格が覆い尽くす。
当然、音羽の長い髪もその過程で外骨格に飲み込まれて全て消えた。
そして目も鼻も口も無い茶色く固い頭になった所で、まずは黄色く吊り上がった複眼が形成される。
人間のように瞬きの必要は無い、常に複数の目から同時に物を見れる優れた目だ。
次に顎の部分にギザギザと亀裂が入り、口が開閉するようになった。
「ァ……ガァァァァァァァァァッ!!!
ギモヂぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっ!!!!!!」
一時的に塞がっていた口が開通し、まるで鎖から解き放たれた獣のように叫ぶ音羽。
ギザギザの外骨格はまるで牙のようであり、その口の中からは紫色の長い舌が伸びる。
そして額から二本の長い触覚…戦闘員561号の黒く短い触覚とは違う、約1mはあるであろう細長い茶色の触覚が形成。
最後に背中がモゾモゾと隆起すると、外骨格の上から大きくて薄い二枚の羽根が生えて、音羽の改造は終了した。
『改造、完了しました。
カプセルを開放します』
アナウンスが流れ、カプセルの扉が開かれる。
室内に茶色い煙が一瞬充満するがすぐに消え、カツン…カツン…と伸びたかかとを鳴らしてカプセル内から出る音羽。
その音を聞いた瞬間、戦闘員561号は嬉しそうにその場に跪いた。
「ゴギギギギぃ~!!!
なんて清々しい気分なのかしら。
秘密結社バグー首領ゴキクイン、誕生いたしましたわ!
今日からこの私ゴキクインが、50年の時を経て生まれ変わった新生バグーを統率するわよォ!
ゴギギギギぃ~!!!」
管理用人工知能が施した改造により、音羽はゴキブリの遺伝子を宿した秘密結社バグーの2代目首領・ゴキクインになってしまった。
全身は鎧を思わせる茶色い外骨格で覆われ、それでいて大きな胸や引き締まったウエストが女性らしらを醸し出している。
鋭く吊り上がった黄色い複眼と外骨格で出来た牙により見る物を震え上がらせる鬼の形相と化したその顔に、音羽の柔らかい顔の面影は何一つない。
最早気弱で心配性な彼女はどこにもおらず、そこには組織の長に相応しい威厳と妖艶さを兼ね備えるゴキブリ怪人しかいないのだ。
「アリーッ!!!
音羽様…いえ、ゴキクイン様!
貴女様の首領即位を心よりお待ちしておりました!!!」
「うふふ…ありがとう戦闘員561号。
あなたが私をこの基地に連れてきてくれたおかげで、私は脆弱な人間の肉体を捨ててこうして首領になれたんですもの。
561号の事は特別にかわいがってあげるわァ…ゴギギギギぃ!!!」
愛おしそうに戦闘員561号の顎を撫でる音羽…いや、ゴキクイン。
「勿体なきお言葉です…!
そうだ、ゴキクイン様!
これをお受け取り下さい!」
その言葉に反応して、アームがベルトを持ってゴキクインの前に伸びる。
描かれた紋章は戦闘員561号が付けている物と同じだが、戦闘員用の銀色のものと事なりそのバックルが金色に光り輝いていた。
「ゴギギギギぃ~!!!
これがバグー首領の証なのねェ。
それじゃ、ありがたく…」
ゴキクインはうっとりとした手つきでベルトを受け取ると、腰に巻いて惚れ惚れと自分の姿を見つめる。
改めて、自身が首領になったという自覚を持つのだ。
「アリーッ!
お似合いです、ゴキクイン様ぁ!!!」
「ゴギギギギぃ!!!
ベルトを巻いて、これで名実共に私が首領になったワケね。
さぁ561号、ここからが生まれ変わった秘密結社バグーの第一歩よ!
組織のため、そして私のためにその命を捧げなさい!!!」
「アリーッ!!!!!!」
立ち上がって右手を掲げる561号。
戦闘員561号と首領・ゴキクインの誕生によりいよいよ50年の沈黙を破り、かつて日本を恐怖に陥れた秘密結社が再び動き始めるのだ…。
[newpage]
「…それでゴキクイン様。
新生バグーの活動指針は如何されますか?」
「……えっ?」
一通りテンションを上げきった所で561号が問いかけた言葉に、ゴキクインは首を傾げる。
「あたしは組織の、そして貴女様に忠誠を誓いました。
なのでこの新生バグーが具体的に何を目標にして活動する組織なのかを明確にする必要があるかと思います!
旧組織は世界征服を掲げていましたし、ゴキクイン様もやはり世界征服かそれと同等の大きな野望をお持ちでしょうか!?」
「そ、それはやっぱり私も世界征服を……」
そこまで言った所で、ゴキクインの言葉が止まる。
「……私、別に世界征服したくないかも?」
「えっ、そうなんですか?」
急に冷静になってきたのか、ゴキクインはさっきまでのアゲアゲなテンションから一転して音羽だった頃を思わせる声色になる。
「世界とか征服しても管理大変そうだし…。
人間は愚かだと思うけど、かと言っていなくなると食事とかインフラとか色々困るしなぁ……。
見たい番組とかもあるし、世界を征服するメリットが見えないかも」
「…それではゴキクイン様。
貴女様は今、何を求めているのでしょう?」
561号に言われ、しばらく考えるゴキクイン。
数分の間を置き、ゴキクインは答えた。
「…あなた」
「へ?」
「私は…人間だった頃から561号が好きだった、欲しかった!
だから今求めているのは561号、あなたよ!!!」
「ア…、アリィィィィィィィィィーッ!?!?!?」
ゴキクインの衝撃的な答えに、561号はひっくり返りそうになる。
「ゴキクイン様…一体何を仰って……」
「世界とか人類とかどうでも良いの!
私はただ…561号、あなたと一緒にいられればそれで幸せ。
ほんとは嫌だったけどこの廃墟に恐る恐る着いてきたのも、あなたが心配で、もし万が一何かあったらって怖かったから。
私はずっと、あなたが恋愛的な意味で好きだったのォ!!!
ゴギギギギぃ!!!!!!」
改造される前、まだ彼女が音羽だった頃から抱き続けていた気持ちを、大胆に告白するゴキクイン。
改造により首領に相応しい大胆な性格になった結果、胸に秘めた彼女への恋心も恥ずかしげもなく披露出来るのだ。
561号の露出した口周りの肌がカーッと赤く染まっていく。
「そ、そんな…。
いけません、ゴキクイン様。
あたしはただの一戦闘員。
貴女様に命を預け、喩え何の意味も無く『死ね』と命令されようとも喜んでお受けする下っ端なのです。
そんなあたしと、偉大なるゴキクイン様とではあまりに身分の違いが……!!!」
「ダメよ、561号。
嘘をつかないで、誤魔化さず私の事をどう思っているのか正直に答えなさい。
これは命令よ?」
偉大なる首領にそう言われては、戦闘員たる561号は逆らえない。
卑怯な手口だが、命令には絶対服従が戦闘員の掟なのだ。
「あ…、あ、あ、あたし、はぁ……」
両手の指を腰の前で絡め合って、モジモジと腰を動かす561号。
その様子は、正に好きな人の前でしどろもどろになっている様子で…。
「あたしもぉ……!
人間だった頃から、心の内では貴女様の事をお慕い申しておりました……!!!
ゴキクイン様、あたしは貴女様の事が……好きですっ……」
まだ亜梨花という人間だった頃、彼女は事ある毎に音羽に対してボディタッチを行っていた。
この廃墟に忍び込んだ時のハグもその一つだ。
元々亜梨花という人間は明るく誰とでも仲が良かったため周囲の人々はそれに何も思っていなかったのだが、実はこの音羽への距離の近さこそ、亜梨花が内心彼女へ恋心を抱いていた証明だったのだ。
「ふふっ…知ってたわよ、561号♡」
「きゃっ…!?」
ゴキクインは右手の人差し指で561号の顎をクイッと持ち上げると、そのまま彼女の黒い唇に自身の外骨格で出来た口を重ね合わせる。
それだけでは飽き足りず、紫色の長い舌を561号の口の中に絡ませた。
「んっ…グチュっ」
「あっ、ひぃあぁ……」
濃厚なディープキスに、ゴキクインも561号もうっとりと恍惚とした表情を浮かべる。
二人共長年抱いていた恋心が、改造された事でついに報われたのである。
「「ぷはぁっ…!!!」」
永遠にも似た数分間の口づけを終え、二人は唇を離す。
しかし、その心はもう離れる事は無いだろう。
「…私はこの秘密結社バグーの首領。
首領とは組織の長であり、この組織をどう運用するかは私の手にかかっている。
だから、私がやりたい事が即ちこの組織の活動指針……。
私の望みは、戦闘員561号と永遠に愛を育む事。
幸い、改造手術を受けた私達は不老とも言える長い寿命を手に入れたわ。
だからこれからは、私と561号がいつまでもイチャイチャし続ける事が新生秘密結社バグーの目的よ!
世界征服も愚かな人類も知ったこっちゃないわァ!
ゴギギギギぃ~っ!!!!!!」
「はい、もちろんですゴキクイン様!
この戦闘員561号、どこまでも貴女様にお仕えいたしますわ!!!
アリーッ!!!!!!」
……こうして、秘密結社バグーは密かに息を吹き返したものの、その活動指針故誰の目にもその存在が露呈する事は無く、新生秘密結社バグーの存在はゴキクインと戦闘員561号しか知りえぬままだった。
約一か月後…。
「んあぁぁぁぁぁぁっ!
今日も授業疲れた~。
何故か先生に目をつけられていっぱい当てられちゃったからクタクタだよぉ。
まっ、私達改造人間だから肉体は疲れないんだけどね?」
「全くですよ、ねぇ!
愚かな人間風情が貴方様に御足労をお掛けするなんて、あり得ない事です!
あぁもう、あの教師たち始末しまいましょうか!!!」
あの廃墟の入り口を通り、階段を下りて地下の基地に向かって歩く二人の女子高生。
その姿形は一か月前のあの時と少しも変わっていないのだが…、どうやら二人の立ち振る舞いは大きく変化したようで。
「うふふ…ダメよ、亜梨花ちゃん。
私達にとって人間を殺すなんて造作もない事だけれど、下手に始末すれば足がついて誰かに私達の仕業だとバレてしまう。
そうなっては私とあなたのイチャイチャタイムが脅かされて面倒よ。
だから、私達は人間を殺しちゃいけないの。
良いわね?」
あの大人しく物怖じしていた音羽は、常に胸を張って堂々とした仕草の女王的な性格に変貌していた。
その一挙一動の仕草にはまるで大国の君主のような威厳があり、とても一ヶ月前までの彼女と同一人物には思えない。
「はぁい…。
わかってます、わかってますよ音羽様ぁ。
でもやっぱり悔しいじゃないですか、人間より遥かに優れたあたし達が学校に通って人間から授業を受けてるなんて…。
まるで音羽様が脳無しだと見下されているようで不快です!!!」
反対に、明るく活発だった亜梨花は常日頃音羽に付き従う飼い犬のような性格になっており、元気は元気でも元の彼女のような皆をグイグイ引っ張っていく性質は鳴りを潜めて下っ端根性がすっかり染みついている。
「良いのよ、亜梨花ちゃん。
私は自分の意思で基地の外に出て、自分の意思で以前の姿に擬態して学校に通っている。
その方が自然だし、将来的な事を考えてもきちんと進学して就職した方が、お金を稼げて結果的に私達がずっと愛し合える環境作りに寄与するはず。
どうしても嫌なら亜梨花ちゃんは学校行くの辞めても良いんじゃない?
家出したって事にして、基地でずっと待機してても…」
「ダメです!
あたしは24時間365日、ずっと音羽様のお傍に仕えていたいんですから!
それに、万が一貴女様の身に何か起きたらと思うと心配で心配でたまらないのです…!
だからあたし、絶対辞めません!
これからも音羽様にご一緒させていただきます!!!!!!」
どこかで聞いたような理由に、思わず笑みがこぼれる音羽。
「ふふっ…まるで改造前の私みたいね。
だからこそ亜梨花ちゃんのその気持ち、私には痛いほどわかる。
いつも私のためにありがとう、亜梨花ちゃん♪」
「~っ…!!!
も、勿体なきお言葉ですッ!!!!!!」
そうこう話しているうちに、基地に辿り着く二人。
「さっ、ここまで来れば基地の監視システムもあるし、もう誰かの目を警戒する必要も無いわね。
窮屈だったでしょ、擬態を解いて羽根を伸ばしましょう?」
「はいっ!!!」
その言葉と共に、二人は擬態を解き本来の肉体を解放する。
瞬く間に人間としてのシルエットが崩れ、そこにはゴキブリ怪人とアリ人間が立っていた。
「ゴギギギギぃ~!!!
やっぱり本来の姿に戻ると気持ちが良いわァ!
ゴギギギギぃ~っ!!!!!!」
「アリーッ!!!
不便な目を使わなくてはならない擬態中と違って、この触覚で全てを把握できる感覚がたまりません!」
二人は毎日、学校の帰りにバグー基地内に立ち寄って本来の姿に戻っている。
学校や家族の前では常に擬態を続けなければならないために溜まっている鬱憤を、ここで晴らしているのだ。
「ゴギギギギぃ~!!!
さぁ、逢瀬の時間よ。
今日も本来の姿で、嘘偽りない二人の愛を育みましょう?」
「アリーッ!!!
もちろんです、ゴキクイン様ぁ!
この戦闘員561号、今日も貴女様にご満足いただけるよう精一杯尽くします!」
ファイトポーズを取る561号の姿に、ゴキクインも思わず頬が緩む。
「あなたは本当にかわいいわねぇ…!
来て、561号。
私が全力でかわいがってあ・げ・る……♡
ゴギギギギぃ~ッ!!!!!!」
「はぁい!
ゴキクイン様ぁ!!!
アリーッ!!!!!!」
チュッ……。
ゴキクインの胸に飛び込み、彼女の固い口に全力でキスする561号。
今宵もまた、新生秘密結社バグーによる恐ろしき『永遠なるイチャイチャ計画』が遂行されているのであった…。