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血繋実父親孕Ω♂人間話2 ~狙われたα達~

  「ただいま〜!帰ったぞ[[rb:昴 > すばる]]〜!」

  玄関の扉を開けた瞬間、家中に響き渡るような大きな声で呼び掛けた。それはまるで部活帰りの中学生のように、その瞬間にはもう、自身の足を持ち上げて、上等な革靴の踵に指が掛かっている。

  白虎獣人の男…[[rb:虎尾大我 > とらお たいが]]は、その鋼の筋肉に包まれた山のような屈強な体格と、普段は仁王像を彷彿とさせる鋭い眼光を、ニコニコと、少し締まりのない柔和な笑みに変えながら、ドスドス重たい足音を立てて廊下の先へと進んでいった。

  それが子供っぽいという事も、アラフォーで責任ある立場の自身に似つかわしくないという事も分かっている。けれど、それでも態度がこれ程までに軟化してしまうのは、こうやって、運命の番である自身の息子と暮らせるようになるまで、沢山の紆余曲折があったからであり…。

  少し古ぼけて年季の入った居間の硝子扉を勢いよく開けて中に入れば、買ったばかりの白いモダンなソファーの上に、身体を起こして目を擦る相手の姿が見えた。

  既に妊娠も10ヶ月となり、経過に合わせて眠気が増え、ふとした瞬間にもついついうたた寝をしてしまうからか、どうやら今も眠っていたらしい。

  その様子を見ると、大我はビクリと肩を揺らして、上機嫌だった気分を一変、慌てたようにしながら相手の側へと駆け寄った。

  「す、すまない昴…!起こしてしまったか?」

  「ん…」

  首を軽く横に振りながらも、大きな欠伸をして目尻に涙を蓄える。大我は昴と呼んだ自身の息子、そして運命の番でもある恋人の横に腰を下ろして、そっとその身体に寄り添った。

  「辛いだろう?随分腹も大きくなってきたからな。」

  言いながら、膨れ上がった昴の腹を優しく円を描くように撫でる。昴は目を閉じて深く息を吐きながら、大我の胸元に頭を寄りかからせてぼんやりとしていた。

  大我はそんな昴の肩や二の腕、太腿や足を軽く揉んでやり、妊娠で[[rb:浮腫 > むく]]んでしまった肉体を優しく[[rb:按摩 > あんま]]していく。腰や足は特に負担が大きいようで、大我がその大きな肉球のある手で優しくさすってやると、下から心地よさそうな吐息が聞こえ始めた。

  次第に、胸元へもたれ掛かる昴の身体から力が抜けていく。呼吸が規則的なものになり、それが寝息に変わっていくと、大我はその髪を優しく撫でながら、額に小さなキスを落とした。

  「おやすみ…」

  傍にあった毛布を引き寄せて、ソファーへと昴を寝かしつけた大我は、その厳つい顔面に優しい笑みを浮かべて、そっとその場を後にするのだった。

  心地よい微睡みの中で、鼻腔をくすぐる良い匂いに目を覚ました。

  薄らと目を開けて見える正面の雨戸の外は、もう既に真っ暗闇となってしまっている。

  どれくらい眠ってしまっていたのだろう。そんな事を考えながら、未だ寝ぼけていて、尚且つ妊娠中の為重たくなった身体をゆっくりと起こせば、背後のキッチンから、こちらを覗く虎の姿が見えた。

  「おう、目を覚ましたか昴!」

  「……父さん…いつの間に…?」

  「ん?…覚えてないか?…ハッハッハ!2時間くらい前に帰ってきて一度起こしてしまったかと思ったんだかな。」

  「…そのまま起こしてくれてもよかったのに。」

  「眠たかったんだろ?赤ん坊が腹にいる間はできるだけ欲求に素直で居た方がいい。それに、よく眠っていたから起こすのは忍びなかったんだ。」

  カチャカチャと食器や調理器具の音、そして何かが焼ける良い匂いをさせながら、大我がそうやって呟いた。「ちょうど飯が出来るところだ!」と言っている間にも、テキパキと素早くキッチンの中を移動して準備するその虎男は、ニコニコと柔和な笑みを浮かべていて、何が楽しいのか、とにかくいつも通り上機嫌である。

  昴が自らの重いお腹を支え、「よいしょ」と声を上げながらフラフラとソファーから立ち上がろうとすれば「待て!」と大きな声が聞こえてきて、父が慌てて寄ってくる。

  わざわざ立ち上がるのを手伝うために作業を中止した彼が、こちらの身体を支えるようにしながら手を取ってくれると、昴は「そこまで過保護じゃなくていいよ…」と、もう何度目か分からない苦言と共にため息を吐きながら、結局その厚意を受け入れるようにソファーから腰を離した。

  その後はゆっくりとした足取りでダイニングテーブルに連れていかれ、いつもの定位置である椅子へと座る。すると、みるみるうちにテーブルの上へと沢山の料理が置かれ始めて、空腹だった昴の腹が尚更ぐぅと大きな音を立てるようだ。

  「いただきます。」

  「召し上がれ。」

  こんなに沢山用意されても残してしまうから作りすぎなくて良いと何度も言ったのに、残したいなら残せばいいからと、大我は相変わらず色とりどりの料理を作ってくれる。結局残ったそれらは弁当のオカズとして再利用出来るし、身体がだるくて朝食や昼食を用意できない時でも食べられるので助かっているけれど、最初はとにかく頑張って食べようとしてしまい大変な気持ちだった。

  これまでずっと疎遠だった父に一応ほんのりと気を使っていたのもあるだろう。ニコニコとした笑顔で楽しそうに、こちらの為だと料理を用意してくれる父の厚意に答えようとしてしまって、ちょっとだけ無理をしていた。そして、最初からそんな姿を見せてしまったもんだから、こちらが内心では喜んでくれていると勘違いした彼が、言葉とは裏腹に素直じゃない息子…というレッテルを貼りつけて見てくるようになったような気がする。

  実際には、気まずさをどうにか軽減するために無理をしていたに過ぎないのに。

  まぁ、それを何となく察してからは、用意された料理を残す事も当たり前になったけれど…。

  「美味いか?」

  「……うん」

  「そういえば今日はなぁ…」

  食べながら、大我が今日身の回りで起こった事を面白おかしく報告してくれる。刑事なんて、事件が起こらなければ特に普通の警官と変わらない日々であるハズなのに、話が上手くて意外と退屈しないのが凄いところだろう。書類仕事以外にも、道場などで組手や訓練もするらしいのだが、ここ数日はそうした殆ど変わらない日程である筈なのにクスリと笑って聞けてしまう内容が多い。

  最初は今更何年も離れていた警官に復職したところで色々疎まれるし、周りの負担になってしまうと少し不安がっていたけれど、やってみればやはりこれ以上ない天職だと思えているようで、その顔に笑顔が目立つようになった。大我の過去を知らない若輩者達は、突然見ず知らずの男が刑事になるなんてと半信半疑だったり、敵意を剥き出していたようだけれど、復帰した瞬間から出回り始めた大我の過去の功績や、署長の気安い態度、それに、自分達の上司が頭を下げるのを何度も見てしまえば、何やら凄い人なのだと嫌でも自覚し始めたらしい…。

  既にいくつかの事件も解決に導いたようで、もうその評価を疑う者達も居ないという事だ。一年にも満たない時間で、大我はすっかり周りから受け入れられるようになった。

  そんな風に話を聞き、今日までの追憶に想いを馳せながら食事を終えると、あっという間に風呂へと入浴する時間になってしまう。お腹が大きくて、バランスが取りづらい為、大我が寄り添ってくれるのだけれど、正直この時間は中々億劫だ。

  なぜならば…――

  「あっ❤あっ❤あっ……❤やだやだやだぁっ…❤出ちゃうッ…出ちゃうぅゥっ!❤や゛ぁ゛ぁ゛ぁ!!!❤❤❤」

  プシャーーッッッ!!❤❤❤

  「おー!吹いた吹いた!ハッハッハッ!良いぞ!この調子でもっともっと、たくさん出していこうな…?」

  「はぁ❤はぁ❤……ひぁぁ…❤」

  横から肩を抱かれるように引き寄せられて、強制的に開かれた無防備な股の間に、父の無骨で筋肉質な毛深い腕が堂々と挿入されている。…その手のひらの先にある、筋張った野太く硬い二本の指先がΩの割れ目を力強く押し開いており、ずっぷりと第二関節まで埋没されてしまっていて、快感に収縮する膣の柔肉を乱暴に開拓し続けていた。

  僅かに持ち上げられて浮いた両足全体が、その衝撃で激しく縦へ揺れるほど中を掻き回してきて、筋肉の緊張したスリット側の尿道から派手に潮を吹く。目の粘膜の奥にある神経からバチバチと火花が散ったかと思えば、全身の血液がドクドクと音を立てながら血管の中を激しく巡るような目眩を覚えていた。

  父の豊満で男らしい、分厚い胸にすがるよう頭を押し付けて、びっしりと生えた虎の体毛をギュッと掴む。

  そうした少しの休憩の後、しかし無情にもまたもう一度大我の図太い指が動き始めると、昴は思わず恐怖にヒッと息を飲んで、[[rb:来 > きた]]るべき絶大な快楽に備えた。

  そしてそのうち、すぐにまた浮いた両足が上下に激しく揺れ始めると、ぶちゅぶちゅという、水と空気が入り交じって弾ける卑猥な音が、狭い浴室の中に木霊し始めた。当然、そのように激しくされればされるだけ、昴は大我の胸毛を掴む力を強くして、ぽっかりと開いた口から悲鳴のように掠れた甲高い嬌声を漏らしてしまう。

  そして、戯れのように、その指先がいきなりジュッと音を立てて引き抜かれると、刹那、パクパクと左右に開閉を繰り返したΩスリットから、一拍置いて勢いよく潮が吹き出し、浴室の壁に激しい音を立てて派手に噴出される。

  「ひぃぃぃぃっ!!❤❤❤」

  「ハッハッハ!まだまだ出そうだなぁ!」

  「はぁ…❤はぁ…❤ひぁ…ぁ…❤」

  「ついでに、乳の出も確かめておくか!」

  「や…っ❤やらぁぁあ゛っ❤」

  力の入らない身体を無理やり立たされ、大我の大きな頭へと正面から項垂れるよう腕いっぱい抱きつく。

  そうして、少し肥大化し始めた胸の先端に優しく吸いつかれながら、またしても開いた股の間に腕が伸び始めると、昴は目を大きく見開き、驚愕に染まったような顔で口を開け、赤ん坊の為のミルクを吸い出されながら、全身をガクガクと震わせる羽目になった。

  「イクッ❤イっッく❤イ゛ィ゛…ぃ゛く゛ぅ゛〜ッッっ❤❤あ゛〜〜〜ッッ!!❤❤」

  「じゅるるるるるる…」

  甲高い声で絶頂を宣言しながら、足が徐々に開いて無様なガニ股を晒す。またしても途中で指を唐突に勢いよく引き抜かれると、まるでシャンパンのコルクを開けた時のように潮が吹き出して、大我の腹筋に勢いよく飛沫を撒き散らした。腰だけが前後にビクンビクンと小刻みに震えて、もう使われることの無くなった小さなΩチンポが虚しく縦に揺れる。

  勿論、それだけで終わるわけもなく、その後もう一度指を挿入され、またしても弄ばれるように掻き回されてから派手に引き抜かれた昴は、今度濡れた床につま先立ちになり、ピンと尻を高く持ち上げながら、大我に寄りかかって無様な声を上げながら潮を吹いた。

  「―――ッッ❤お゙っ❤❤ォ゙ほっ❤」

  大我は、びしょびしょに濡れた腕を掲げると、昴の前でわざとらしくフラフラ振りながら、飛沫を飛ばす。ちゅぽんっ…と強く吸い付かれた乳首から口を離されると、昴はその衝撃にビクンと震えて胸を反らし、全身を小刻みに震わせて、大我の腕の中に身体を預ける事しか出来なかった。

  ザリザリとした、柔らかい棘に覆われた舌の腹で、乳首の先端をこそぐ様に弄ばれると、吹き出した乳液がそこを白く染め始める。

  「は〜…は〜…❤も…やめへ…っ❤」

  そんな大我に、呂律の回らない口調で縋るように呟くと、彼は昴に視線を向けて両方の眉を訝しげに持ち上げた。ペロリと舌で自らの唇を舐め、こちらの身体を優しく抱き締めながら引き寄せる。

  「身体を安定させる為に、できるだけ発情させないと駄目だと言われただろう?必要な事だ。」

  「れも…っ…れもっ…も…おかしくなるぅ…❤」

  「発情を堪える方が辛いんだろう?どのみち昴を発情させると、父さんも我慢できん。じゅるるっ…」

  「ひっ❤あ゛ぁ゛ぁ゛っ❤」

  Ωの肉体、特に男のΩは特殊で、妊娠中はホルモン等の影響もあり、できるだけ番の‪α‬が発情を操作してやらないといけないらしい。発情する事で女性ホルモンの放出を促し、母体を安定させる為だそうだ。

  けれど、そんな事をすればお互いに興奮を抑えきれず、こういう流れになってしまうのは決まりきっている。

  言いながら、またしても突き出された乳首に吸い付かれれば、昴は甲高い声を上げて、顎をしゃくりあげながらビクンと大きく身体を震わせた。

  「あ゛ぁ゛ぁ゛っっ❤❤や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ❤❤」

  「昴のミルクは相変わらず美味いなぁ…。溜まり過ぎないようにしっかり父さんが吸ってやるからな!」

  「ん゛ぃいい゛い゛い゛っ❤❤」

  父から身体を離すように背を反らすけれど、腰に回された太い腕が強く抱き締めてくるので、どうにも出来ず逃げられない。

  乳首をスッポリと覆い隠すように密着したマズルの中で、強く吸いつかれながら、ザラついた舌先が先端をザリザリと削るように刺激する。

  すると、胸の内側から圧縮されたミルクが吹き出すような感覚がして、バチバチと頭の中に火花が散った。

  腰に回される腕など一本で十分である。そう判断した大我は、片手をまたしても昴の股の間に差し込んできて…。

  「お゛ぉ゛お゛ほぉ゛ぉ゛っっ❤❤」

  Ωスリットが太い指先でグチョグチョに掻き回される。吹き出した愛液が甘い芳香を浴室に撒き散らして‪、尚更‪α‬の興奮を助長させる。

  勃起し、太い血管を張り巡らせる大我のペニスが、何度もしゃくりあげては、昴の太腿に撫で付けられるけれど…。

  妊娠中のΩを気遣って、挿入出来ない欲求不満を解消するように、ただひたすら強い快楽をぶつけられた。

  終わりの見えない欲望が、浴室の中で渦巻くように、昴は全身を陵辱され尽くしたのだった。

  [newpage]

  深夜2時の着信音。部屋に響き渡るそれを素早く手に取り、大我はすぐさま隣で眠る息子の姿を確認する。

  音で起きてしまったかもしれない。そう思ったけれど、どうやら少し身動ぎしたくらいで、目は覚ましていないようだった。

  大我は昴を起こさないよう慎重かつ素早く立ち上がると、寝室の外に出て、電話口に立った。

  「もしもし?…事件か?」

  『大我さん…夜分遅くすいません。お察しの通り事件です。』

  「分かった。すぐ向かう。」

  大我は退職前からの後輩であり、同僚かつ相棒でもある狼獣人の刑事、[[rb:大神司 > おおかみ つかさ]]からの電話にすぐさまそう返事を返すと、通話を切って部屋に戻る。

  相変わらずぐっすりと眠る昴の頬に手を当て、その寝顔を見て小さく微笑んだ大我は、優しくそこを撫で付けてから着替えを取るためにクローゼットへと向かった。

  着慣れたスーツとお気に入りのトレンチコートに身を包み、要点だけを短くまとめたメモをベット横のサイドテーブルに置いた後は、そのまま何度も名残惜しそうに昴の寝顔を確認して、大我は家を出たのだ。

  事件は街の有名レストランで起きた出来事だった。いつもは人で賑わっている繁華街の一等地にある、誰もが名前を知っているような有名店だ。

  テレビや雑誌、SNSで何度も話題になっているそのレストランは、連日予約が殺到する程の名店。特にこういった贅沢に気が向かない大我でさえも、一度昴と共に訪れようかと考えるくらいには評判の良い店であり、今回の事件に関連して、周囲にはそれをどこからか聞き付けた人だかりが出来ている。

  部外者が入ってこないように厳重警備する警官たちの間を抜けて、大我はバリケードテープを潜りながら現場に入っていった。

  「大我さん![[rb:害者 > がいしゃ]]はこっちです!!」

  「……あぁ…こりゃ酷い有様だな。」

  大神の呼ぶ声に誘われて、大我はレストランのトイレへと踏み出していく。水を弾くようなタイルの上には真っ赤な血液が流れ出ており、個室に隠れた死体の無惨さを物語っているようだ。

  覗き込むように身体を傾けて横から中を見れば、大我は一切顔を顰めることも無く、ただ冷静に呟く。室内に充満した噎せ返るような血の匂い。このレストランのオーナーであり、店の看板シェフでもある猿獣人の男、[[rb:尾猿飛鳥 > おざる あすか]]が、今回の被害者であることは明白だった。

  「ええ、かなり残酷な殺し方ですね。」

  「全身滅多刺しにされるとは、コイツは一体どんな恨みを買ったんだ?」

  被害者は全身に30箇所以上刺し傷がある状態で見付かっていた。鋭利な刃物で滅多刺しにされているという事である。その上、場所は高級レストランで清潔に掃除されているとはいえ、不衛生なトイレの中だ。被害者は個室の便器にもたれ掛かるようにして殺されており、腕の一部がその便器の中に挿入されていた。ここまでされるという事は、相当な恨みを買ったに違いない。

  恐らく加害者は彼の近親者で、日頃から強い恨みを抱いている者。現場にいる殆どの警官は、早計だろうが当たり前にそう推測を巡らせていた。

  大我も一見被害者の殺され方を客観的に見た時、他の警官と同様そう思った。けれど、遺体をしげしげと眺める内に、どこか既視感のようなものを感じて眉を顰める。

  被害者は全身を刺されている他にも、首筋に一つ、浅い切り傷を負っていた。それは丁度動脈を切断するかのような傷跡で、どこか殺しの手口に手慣れた様子も見受けられる。

  その上で現場にも、得も言えぬ様な違和感を感じていた。大我はその場に片膝をつき、既に凝固し始めている血液を見下ろして、その後個室の壁や、周囲を見渡してから、誰にともなく疑問を口にする。

  「……血が少ないな。」

  「?…そうですか?かなりの量だと思いますが。」

  「いや、よく見てみろ。害者は首の動脈を切られている。もしこのような斬り方をされたら、血がもっと周囲の壁に吹き出してもおかしくないはずだ。だがそうじゃないだろ?」

  「…切られた時に害者が驚いて首を押さえたとか…?動脈を切られても数秒は意識を保っていられますし、ありえますよね?」

  「…ふぅむ」

  大神の言い分ももっともだ。大我はどこか納得し切れない気持ちになりつつも、立ち上がって腕を組んだ。

  「凶器はこのキッチンナイフで間違いなさそうですね。」

  「あぁ、鑑識に回してくれ。」

  検査官の一人が持ち出してきたナイフが、透明なポリ袋に入れられて証拠として回収される。それは現場であるトイレの中に落ちていたもので、刃には当然血がベットリと付着していた。

  どうやら被害者が常日頃から使用していた愛用のナイフらしい。刃渡りが10cm程度しかない小型のナイフで、主に料理の装飾用に細かく具材を切る為のナイフだったようだ。実際に凶器として使われたかどうかは別としても、犯行現場に落ちていた事や、レストランの厨房に元から存在し、犯行に扱われやすい凶器である事は間違いないという事で、これが使われた凶器だろうという意見が大半であった。

  ただ一人、大我だけが、この場の違和感に対して、顔を顰めながら訝しげに顎髭を撫でる。

  「ふぅむ…」

  「……何か気になる事があるんですか?」

  「……いや…この事件、何だか妙に既視感を覚える気がするんだが、気の[[rb:所為 > せい]]か……?」

  「…まぁ、全身を滅多刺しにされて殺された遺体が出たのはこれが初めてじゃありませんが…」

  大神の言葉に、尚も大我は腕を組んで考えるよう俯いた。どうしてこうもこの事件に違和感を感じるのだろうか。退職のキッカケとなった離婚をする以前に担当した思い入れのある事件で、似たような殺人が起きたような気もするのだけれど、すっかり時間が経過した上に、その時期には色々な事がありすぎて、思ったように記憶を思い出せず、大我は難しい表情のまま眉間にグッと強く皺を寄せる。

  「強盗の可能性は?」

  「はい。被害者の所持品を確認して見ましたが、何かが窃盗されている形跡はありませんでした。……ただ」

  「ただ?」

  思考に耽る大我の代わりに、大神が付近の検査官に強盗の可能性を聞く。このような殺され方をしたのだからその可能性は低いと思うが、何事も確認は重要だ。検査官は被害者の身分証等の挿入された血濡れの財布や、高価な腕時計、そして結婚指輪などは紛失していない事を確認していると報告する。しかし、それと同時に一瞬、何か不審な点があるとでも言うように顔色を曇らせ、大神はそれについて静かに問いただした。

  「……被害者のスマートフォンだけがどうしても見つかっていなくて。」

  「ふむ…それは不自然だな。…連絡先から身元が割れるのを恐れたか…。それとも、知られては困る何かをスマホで撮影され、それをキッカケに脅されたか何かで、突発的に犯行へと及んだか。やはり犯人は近親者の線が濃いな。……ありがとう。仕事に戻ってくれ。」

  「はい!」

  検査官の報告に、大神はすぐさま捜査のアタリをつけて、様々な状況に思考を巡らせた。強盗である線は非常に薄くなり、スマートフォンという、被害者の交友関係に繋がる証拠が無くなっている事から、やはり犯人は被害者との関係を知られては困る人物かもしれないという予想になる。

  もしくは、被害者によって何らかの悪事や秘密を写真等に撮られ、それをどこかで知ったか、実際に使われて脅されたりゆすられたりした人物が居たかもしれない。

  この程度の証拠ではそれくらいの想像しか出来ないが、ここから捜査の網を広げていけそうだと大神は考えていた。

  「大我さん。今の話…」

  「あぁ。害者の知人から当たってみよう。……ありがとう、後は頼む。」

  大我は大神の問い掛けに反応するようゆっくり目を開けると、思案中もしっかり話の内容は聞いていたようで、明確に受け答えを返しながら、周囲の検査官達に労いの言葉を掛けた。

  ひとまず現場の状況は確認出来たとして、[[rb:踵 > きびす]]を返した二人が、トイレから出ようと出入り口をくぐった瞬間、ふと、大我は傍に昴が居るような気がして立ち止まり、周囲に視線を向ける。

  それに釣られて後ろに居た大神も立ち止まり、突然の出来事に驚いた検査官が「…あの…どうしましたか?」と疑問を口にするまで、二人は一瞬意識が外を向いていた事に気がつく。

  「あ、あぁ…何だか今、妙な感覚がして…」

  「大我さんもですか?…俺も、何だかとても良い匂いがしたように思いました。」

  「……よく手入れされたトイレですから、芳香剤の香りでは無いですか?…中は血の匂いが酷いですけど、この辺りは比較的にマシな方なので。」

  「……そうだな。」

  検査官のそんな当たり前の指摘に、二人はすぐさま納得の表情となって歩き始めたが、大我はその違和感を確かに記憶していた。まだ傍を離れて一時間と経過していないのに、もう昴の事が恋しくなったかとも思ったが、隣に居た大神もまた、同じような感覚に囚われたと聞くと、どうもその違和感は単なる偶然ではない気がしたのだ。

  俗に言う、刑事としての長年の勘という奴だが、そもそも長い間離職していたのに、それがアテになるかと言われると言葉に詰まってしまう。

  その場はとりあえず適当に言葉を濁して歩き出した。マスコミや野次馬達に騒がしい言葉を投げかけられながら、二人はさっさと警察車両へと乗り込んで走り出す。

  警察署への短い道中で、先に言葉を発したのは大神だった。

  「……このまま帰らなくて大丈夫ですか?」

  「なんだ?突然…。深夜に事件だと呼び付けたのはお前だろう。」

  「まぁ、そりゃあ報告義務がありますから。…でも、家に身重の奥さんを残して来てるんですから、あまり無理しなくても大丈夫ですよ。…雑務はこちらでいくらでも引き受けますから。」

  大神がいつものような人好きのする柔らかい笑顔でそう言った。柔らかいと言いつつも、大我から見たら、どこか胡散臭さがある笑顔だと前に伝えたら「酷いっすよ〜!」と本気でショックを受けたような顔をしていたのが印象に残っている。大我は助手席の窓際に太い肘を引っ掛け、視線を窓の外に向けながら頬杖を突くと、自然と悪態が口から漏れ出た。

  「……昴はやらんぞ」

  「ちょっ…いきなりなんでそんな話になるんすか!?」

  「……なんだか貴様が昴を狙っているような気がしたんだ。」

  「意味不明っすよ…!…他人のΩに手ぇ出してどうするんですか!?運命でもなんでもないのに…心外な…!それとも何か!?俺には運命の番がいるぜっていう遠回しの自慢ですか!?……全く。心配しただけ損でしたよ!もう!」

  大神がそう言って僅かに強く車のハンドルを握り込みながら前を見つつ不機嫌そうに唸った。そう言われて見れば確かにそうであるし、実際のところこの真面目を絵に書いたような狼に限って疑う必要など無いはずなのだが、しかしなぜだか妙に、昴を守らねばならないという危機感が胸に走ったのだ。それはついさっき、昴の匂いがした時に、大神もまた「とても良い匂いがした」と言った事に起因しているのだろうか。

  普段は相手に……というより、自分以外の‪α‬に対して妙に後ろめたい感情があって、昴の事を他人に話すのは避けているのだが、それでも無意識に出てくる言葉は変えられなかった。世界中に数万人居るとされる‪α‬の数に比べて、Ωは世界に一人居るか居ないかという確率でしか生まれないのだ。だからこそ、極力自分が幸運な男であるかのように振る舞うのは避けていたのであるけれど、しかし今回このような事象から改めてよく分かるのは、相変わらず‪α‬は、Ωに対するあらゆる事に関して、理性が働かないという事だろうか。

  ほんの少しでもΩのその残滓を感じると、運命の‪α‬はそれを守る為だけに全てを賭ける。例え普段からは到底考えられない言動であっても、優れた雄の性というものを剥き出しにしてしまうのが、運命たる[[rb:所以 > ゆえん]]なのだ。

  「…悪い。どうもイラつきが止まらなくてな。少し嫌味ったらしくなっていたようだ。」

  「大我さんがそうなるなんて珍しいですね。……何かありましたか?」

  「いや……今回の事件だが…。過去に思い当たる節があるような気がしたんだが、上手く思い出せなくてな。」

  理不尽の怒りに対しても、大神はむしろ逆に心配そうに眉をひそめて問いかける。普通こんな理不尽に当たられたら、尚も非難の声が続きそうなものだが、自身の一時の感情よりも、相手を気遣える言葉が出るのは、ひとえに二人の信頼関係が成り立っている証拠であった。

  大我は深い溜息を吐くと、過去、自分の担当した事件を懸命に思い出していた。

  そう、確かあれは、前妻と昴を巡る泥沼の離婚裁判によって疲弊しながらも、とにかくこれだけは終わらせようと全身全霊で挑んだ最後の事件だった。

  刑事を辞めると決心し、最後に担当したその事件は、結局志半ばで担当を別の刑事に引き継ぐ形となってしまって、非常に後悔しながら後ろ髪を引かれる様に辞職したのを覚えている。

  ……まぁ仕方のない事だ。退職期間ギリギリまで捜査したけれど、辞める決心をしたのは自分自身であったし、昴を守る為となれば、結局今考えても、あの時の判断は間違っていないと思う、ただ、やはり事件の真相だけは暫くの間気掛かりだった。

  そうやって当時を思い出そうとすれば、優秀な脳へと徐々にあの時の記憶が蘇ってくる。

  そうだ……。確かその事件も、今回のように被害者の遺体は30箇所以上を刺された惨殺遺体として発見されたのだ。

  容疑者を数人にまで絞込み、あと少しで犯人逮捕となるはずだった事件。

  そういえばあの事件はどうなったのだろうか…?当時自分と同期だった笹田というパンダ獣人の男に後を任せる形となったのだが、結局犯人は捕まったのだろうか。

  刑事を辞めたあと、一般人に成り下がった大我に対して、担当していたとはいえ警察は事件のその後の報告をする義務など無い。それでも、あそこまで容疑者を絞り込んだのであるし、流石にその後の捜査で犯人は割れたはずであろう。

  そう思っても、気になるものは気になるわけで…。

  「……やはり、調べたい事があるからこのまま署に向かってくれ。」

  「いいんですか?」

  「あぁ、書き置きは残しておいたし、今帰った所で結局事件が気になって寝付けないだろう。せめて概要をまとめ終わるまでは終わらせてしまいたい。」

  「……はぁ、仕方ない人ですね。…昴くんに嫌われても知りませんよ?」

  大神のその言葉に、大我が冗談でもそのような事を言うなと眼光鋭く彼を睨みつけた。慣れていない者ならば身を竦ませて思わず怯えた声を出しそうなものであるが、大神は先程の意趣返しだとでも言わんばかりに少しだけ口角を持ち上げ、全く意に返した様子を見せない。

  暗い夜の街並みが走馬灯のように過ぎていく。

  車の眩しいヘッドライトの明かりが、闇を切り裂いて道を照らしていた。

  [newpage]

  ほんの微かに、浅い眠りから意識が覚醒すると、目を閉じたまま傍にある温もりを探すように身体を動かした。

  重たい腹を無意識に支えるよう腕で抱きしめながら、身を翻して大きなベットの上で寝返りを打つと、傍にあるハズの体温はそこに無くて、あるのは随分と冷たくなった滑らかなシーツの感触だけ。

  「…父…さん…?」

  薄らと目を開けて、仄暗い室内の中、周囲を見渡す。カーテンの隙間から漏れ出す灰色の光が、家具の輪郭を僅かに浮きだたせていて、朝、それも相当に早い時間ではないだろうかという推測が昴の頭をよぎった。

  「うっ…」

  膨らんだ腹の中で、胎児が僅かに下腹部を蹴る。その衝撃に思わず顔を顰めながらも、昴は浅く息を吐いて気分を落ち着けた。

  予定日まではまだ二ヶ月程度あるものの、今にも産まれてくるのではないかと思うくらい、胎児の成長は順調らしい。

  自らのお腹の中で生命が蠢き、育つ感覚は恐ろしくも神秘的で、最初は実感が湧かず不安ばかりが思考を占めていたものだ。

  それに、そんな自分とは裏腹に落ち着きのない実の父親が、毎日毎日飽きもせず喜びを顕にしてくるものだから、逆に昴の方は自然と冷静になっていく。

  このバカ親父は、血の繋がった自らの息子に溢れる程大量の子種を当然の如く植え付け、あまつさえ完膚なきまでに孕ませている癖にほんの僅かな後ろめたさもないのか!と最初は恨み言の一つも思い浮かんだが、運命の番というのはそういう、人類が歴史の中で培ってきた価値観や常識など全く関係なく、本当にただただ自然の摂理としてそう振る舞うのが当然なのだなと思い知らされる一年であった。

  実際、今でも呼び名は変わらず、昴は大我を「父さん」等と呼んでいるが、どちらかと言うと彼の事を父親というより年の離れた幼なじみのような感覚で認識している。それはまるで腐れ縁の知り合いだとか、他愛のない話をする知り合い以上、友達以下の同級生だとか、そんな得も言えぬ間柄。

  悪いが、相変わらず恋愛感情などという淡い気持ちは持ち合わせていなかった。運命の番ならば、本来昴も大我と同様の熱情を抱いてしまったって仕方ないはずなのだが、まぁ色々とあって、どうやら昴のΩとしての感情は麻痺してしまっているし、そうじゃなくてもそこに至るには彼との間に色々な事があり過ぎて、父は恋人や夫というより、献身的なヘルパーさんという立ち位置の方がしっかり来るからだ。

  ……SEXも出来るヘルパーさんだ。…そう言うと何だかおかしな気分だが、とにかく昴自身、大我に対して恋心という感情は抱いていないつもりでいる。

  この一年、色々な事があったし、その間殆どずっと一緒に居るけれど、まぁ、この程度の期間ではやはり何事も限界があるという事であろう。

  いっそのこと、運命の番として、強制的に植え付けられた感情のまま相手を愛する事ができたら、今頃はむしろ望んでこの日常を受け入れながら過ごしていく事が出来ただろうに。

  神様というのは本当に残酷なものだ。

  「はぁ……」

  眠りから目を覚ましたばかりだというのに、既に疲労困憊であるというような溜息を吐きながら、昴はズリズリとベットの中を蠢き、大我が眠っていたであろう隣のスペースに移動する。……特に理由という理由はない。思った通り、そこではもはや温もりを忘れて久しい冷たいシーツが出迎えるだけだ。それなりに長く残るハズの大我の匂いも既に感じない程だし、昴が知覚出来るであろう残滓は僅かすら残っておらず、ただ空虚な空間だけがあった。

  ふと、ベットのサイドテーブルに置かれた小さな紙切れが目に入って、それを手に取った。そこには、今ここに居ない理由と、帰りがいつになるか分からないと言った内容の文章がつらつらと、達筆で書かれている。‪α‬は文字すらいちいち美しいのかと嫌になる気分だ。昴は内容を見ても特に何か気にした様子も見せずに、それをポイとテーブルに放り投げるようにしながらまたそっぽを向くように寝返りを打った。

  わざわざ紙のメモに残すなんて古臭いやり方だ。今どき誰だってスマホのメッセージアプリに送信するというのに、そういう所は発想が行き届かない頭の固さがある。万が一このメモに気が付かなかったらどうするんだろうか。例えば寝返りを打った際に、その風でふわりとベットの下にでも紛れ込んでしまっては、こちらは何も状況を理解出来ず困惑していただろうに。ほんの少しばかりそんな事を思って、昴は不機嫌そうに鼻息を吐いた。そして、そのように殆ど言いがかりにも近い些細な理由で怒ってしまっている自分に気が付かないでいる。あくまでこれは怒りではなく、呆れの感情なのだと誰にともなく態度で示すようだった。

  昴はもう一度目をつぶって全身から力を抜いた。動くのが面倒なので、結局大我の眠っていた方のベットサイドに身体を丸めている。勿論それ以外の理由など存在しない。

  そして静かに自身の呼吸の音だけが耳に聞こえてくると、そのうち、このお腹の中で蠢く赤ん坊の心臓の鼓動が伝わってくるような気がした。

  重いし、歩く度腰は痛くなるし、栄養が二人分必要だからお腹はすぐに空く、しかもその時その時で無性に食べたいものが変わったりするから、とても厄介な事象だ。

  でも、不思議と昴のこの時間が嫌いではなかった。母親のお腹の中に居た時のように、全身を温かい膜で包まれている間の、その神秘的な一体感を、どこか感覚的に感じる時間。

  どんな仔が産まれるのだろう。色は?癖は?匂いは?表情は?

  そんな事が思考を過ぎる内に、意識はどんどんと心地よい微睡みの中に沈んでいき、何もかもが暗闇の中に溶けていく。

  お前は父のように無言で出ていく仔にはなるなよ。意識を失うその瞬間、ただ無意識にそんな思考を垂れ流しながら…。

  [newpage]

  

  

  「…やはりな。」

  大我は警察署の資料室に保管されている膨大な事件資料の中から、対象の事件を見つけ出すと、その内容を見て不機嫌そうに眉間へと皺を寄せながら呟いた。

  自分が最後に担当していた事件。その事件の顛末は、結局の所証拠不十分として処理されてしまっており、つまり、あれだけ苦労して洗い出した容疑者達は全て無罪放免。その後は完全に未解決事件として処理され、大我の思惑とは違った結末を迎える事となっていた。

  「[[rb:笹田 > ささだ]]!!!!」

  「ひっ!?…とっ虎尾っ!」

  自身へと与えられた、薄い仕切りのある小さな個室のデスクへどっしりと重たく座って、片手に持ったチョコ塗れのドーナツを食べようと、呑気に頬を赤く染めながら大口を開けていた貫禄のあるパンダが、突然聞こえてきた怒声にビクンと大きく全身を震わせて、手に持っていたそれをボトリと机の上に落とした。

  ドーナツの入った四角いボックスの置かれているデスク上に、どさりと訳の分からない資料の束が乱暴に叩きつけられ、その反動で傍にあったそれらが僅かに跳ねる。

  そして、目の前には恐ろしい形相で、影を落としながらこちらを見下ろし、睨み付けてくる屈強な虎の姿。一応同期の刑事仲間という間柄ではあったが、どうにも笹田は、大我のこの威圧感ある視線が苦手で、対面する度怯えてしまうのが常だ。

  一応格としては同程度の権威を持っているはずなのに

  、態度はまるでその部下のよう。見た目的にも、ブクブクと太っていておっとりとした雰囲気が目立つ笹田と、鍛え抜かれた屈強な肉体が服越しにも目立ち、厳格で威厳のある雰囲気を持った大我の方が、並んで立った時に慕われやすいのは明白である。

  ずい…と大我の顔が近付いてきて、笹田はその大きな身体を窮屈そうに椅子の上で引きながら、汗をダラダラと額から流した。怒られるような事をした覚えは無いのに、なんでこのように今自分は詰められているのだろうか。何か穏便に済ます為の言い訳…もとい解決方法は………なんて、そんな事ばかりいっちょ前に思考を巡らせる。

  「貴様…俺が退職する時、最後の最後に頼んだ事件があったのを覚えているよな…!」

  「…さ、最後の事件…?」

  「………覚えているよな…?」

  笹田がとぼけた様子を見せると、大我の声がまた一段と低くなって、周囲の温度が下がったような気がした。こうなってしまってはそんなもの知らぬと言える訳もないし、当然誤魔化す為の言葉も浮かんでこず、笹田はポロリと目尻から小さな涙を垂らし、震えながら仕方なく頭を僅かに縦に振った。

  「俺があれだけ丁寧に調べあげ、容疑者を一人一人絞っていった事件なのに……何をどうしたら未解決になるんだ!!用意した証拠はいくらでもあっただろうが!!」

  「ひぃぃ…っ!」

  言いながら、途中から堰を切って、まるで雷でも落ちたかのような怒号が署内に響き渡ると、それに伴ってとうとう、周囲から何事だと視線が注ぎ込まれ始めた。

  近くに居た者の中には、自分が怒られたのかと思って咄嗟に机から立ち上がり、ビシッと背筋を伸ばしながら敬礼して「す、すいません!」と声を出してしまう者も複数人いる始末。

  かと言って笑いが起こるような空気でもなく「え?…あ、あれ?」と周囲を見渡したその者達は、それが自分を対象としたものではなく別の誰かへ向けたものだと分かると、胸を撫で下ろし、しかし今度は、何をどうしたらこんな風に怒られてしまうのだ?と、哀れみの視線を声のした方に向け始める。

  その間にも、大我の怒号を聞いた別の部署から、野次馬のように人が集まり始めて、遠目からソッと二人を観察する者も現れ始めた。一応薄いとは言え壁に仕切られた個室だというのに、別の階にまで聞こえる怒声だなんて、流石としか言いようがない迫力だ。大我は厳しいが、それでも滅多にこう大きく声を荒らげて怒るような男ではない。そんな彼を怒らせた者が誰なのか、だからこそ興味を持たれるのも仕方の無い話だろう。

  「一体どういう事だ!!説明してみろ!!!」

  「お、落ち着いてくれよぉ…っ!せ、説明する!説明するから!!…場所を変えよう!!」

  「むっ?」

  笹田があせあせと手を左右に振りながらそう言うと、大我も薄い窓越しに見える周囲の状況に気が付いて視線を向けた。個室の扉から上半身だけを出し「見せもんじゃないぞ!!仕事はどうした!!」と、そう厳しい声を掛ければ、瞬間、自らもその怒りの対象になりうると考えた職員達が、慌てたように業務へと戻っていき、あっという間に浮ついた空気が霧散していく。大我は、笹田の襟足をむんずと掴むと、そのまま引き摺るように歩き出して、彼のオフィスを後にした。

  「ここなら良いだろう。」

  そして、やってきたのは署の階層毎に、建物の外へと設置された古い様式の非常階段だった。何かあった時に迅速な対応が出来るよう、昔から大抵の施設で導入されている設備である。普段はエレベーターや、施設内に設置された通常の階段を使えば良いだけなので、緊急時を除いて殆どこの非常階段が使われることは無いが、だからこそ人気はなく、少人数で話すには調度良い場所だと言える。

  笹田は、震えた手で胸のポケットから煙草の箱を取り出すと「い、一本吸っていいか…?」と恐る恐る大我に伺いを立てた。緊張をほぐすのに、深呼吸する意味も込めて煙草を吸いたかったのだ。大我が一瞬片眉を上げて、どこか怪訝な顔をした事にも気が付かず、彼が仕方なさそうに頷くと、笹田はそれを咥えて、煙草の先端に火をつける。

  肺を満たした独特の香りと、口内に広がる特徴的な苦味。そこでやっと、なんとか気分が落ち着いた気がした。

  「…で?…何故なんだ笹田。お前はあの時俺に言っただろう?……絶対に犯人を捕まえてみせる。去っていく俺に悔いが残らないように…と。張り切って見せたのはただの社交辞令だったのか?」

  「…何?…あ、あぁ…すまん…えぇと…」

  「……貴様…本当に覚えてるのか?…脳みそまで脂肪が[[rb:蓄 > たくわ]]えられてるんじゃないだろうな?」

  「お、覚えてる!勿論覚えてるさ!お、お前の最後の事件だろう?……あーと……その…あ、あぁ〜!…あの事件か…ふぅ…」

  「………」

  笹田は、全身から酸っぱい臭いのする脂汗を吹き出しながら、ようやく記憶を引っ張り出せたかのように顔を上げた。突然の叱責と、苦手な対面に緊張してすぐには思い浮かばなかったのだ。

  いちいち曖昧な反応を見せる度、尚も強くなっていく大我の厳しい視線にストレスがグンと天井を突き破る勢いになりながらも、なんとか当時の記憶をゆっくりと思い出しながら、笹田は事件の行く末について慌てたように語る。

  「あの事件な…。確かに俺はお前から担当を受け継いで、その後の調査を推し進めたわけだが…」

  「何があったんだ。詳しく教えてくれ…。」

  「あ〜……と…その…なんだ…。結論から言うと、確かあの事件、容疑者の一人が自殺してな。」

  「自殺!?どういう事だ!?」

  「お、落ち着け…!お、俺達にはどうする事も出来なかったんだよ。……お前が担当から外れてすぐ、警察は容疑者の身柄を拘束しようと自宅に向かったんだ。…けれどその時にはもう、そいつは死んじまってて。」

  「一体どうやって死んでいたんだ?」

  「…確か…焼死体になって発見された筈だ。そいつは自宅の風呂場に横たわって、元の面影が分からない程黒焦げになっちまってた。」

  「……そりゃ酷いな……。ちなみに容疑者の内の誰だったんだ?」

  「あーと……確か[[rb:犬塚京子 > いぬづか きょうこ]]……だったかな。当時被害者と付き合っていた女。最も有力な容疑者だったが、かなり取り乱して落ち込んでいた事実も確認されてた筈だ。…だから俺達は、被害者の死に現実を受け入れられず自死を図ったと推測したんだ。一番有力な容疑者だと聞いてかなりショックを受けていたらしいし、取り調べに対しても無気力で……ほんの少し監視の目を離した隙にな…。」

  笹田の言葉に、大我は顎を二本の指で支えるようにして、どこか考えるような仕草をした。まだ内容としては殆ど表面的な情報しか聞き及んでいないが、彼にとっては十分すぎる情報量でもある。

  「つまり、一番有力な容疑者であった犬塚京子以外の決定的な証拠を得られず、証拠不十分で捜査は打ち切りになったという訳か…?」

  「そ、そうだ。次に有力な候補だった森山……[[rb:森山優香 > もりやま ゆうか]]?だったか、あとその次の候補の…」

  「[[rb:佐藤健一 > さとう けんいち]]」

  「そ、そうだ!佐藤健一!そいつに関しても、調べ続けたが、全て状況証拠ばかりで、裁判に使える決定的な物は何も見つからなかった!……だから、お前に啖呵をきった手前…非常に申し訳ないんだが…あの事件はお蔵入りに…」

  「……なるほどな。なら仕方ないか。」

  大我がそう言って、思ったよりもあっさりと納得した様子を見せると、笹田はどこか拍子抜けしたようにポカンと口を開け、危うく咥えた煙草を落としそうになった。

  予想としては、更に怒りが増すか、そうでなくても容疑者の自殺というこちらの管理力不足を説教されると思ったのだが、そうではないらしい。

  「……し、叱らないのか?」

  「…叱られたいのか?」

  「い、いや!まさか!勘弁してくれ!!」

  言った瞬間、腕を組んだ大我にギロリと鋭く睨みつけられると、笹田は両手を前に出し、パタパタと胸元で振って、大袈裟に頭をブンブンと振り回した。ただでさえ大我に怒られるのは神経がすり減る思いなのだ。怒られないのであればそれが一番心情に良い。

  大我が大きく溜息を吐きながら、眉間を指先で揉み込んで俯いた。

  「…まぁ、確かに容疑者を自殺させてしまったのは不甲斐ないとも思うし、俺が復帰してこんなにも時間が経っているにも関わらず、事件の結果を全く報告する気が無かった点は頭にくるがな。」

  「うっ…」

  「捜査が雑で容疑者を取り逃がしたわけでないなら。…それでいい。俺も思い至らなかったしな。…資料をもっとちゃんと読めばすぐに分かっただろう。頭に来たとは言え、ちゃんと確認せずいきなり怒鳴り込んで悪かった。」

  「い、いや…へへへ…こ、こっちこそ…解決できなくて、す、すまんな…」

  笹田が薄ら寒い笑みを浮かべながらそう言うと、大我は腕を組んで、階段の柵に重心を預けながら、当時の状況を思い出す。

  「……そうか…。犬塚京子が…。」

  「……何かあったのか?」

  「…いや。……ただ、正直に言って、俺はあの事件、犬塚京子が犯人で間違いないだろうと考えていたからな。……他の容疑者が捕まらなかったのはある意味俺の予想通りだったと思っただけさ。」

  「……あ〜…まぁ…だよな。…俺も、当時あの事件を調べれば調べる程、犬塚京子しか犯人はありえないと思ってたんだ。……証拠を見てもそれは明らかだったしな。」

  「アリバイの有無。現場で見つかった犬塚京子のDNA。被害者が別の女に浮気をしていたという動機。そして、あの強い私怨を感じる残虐な殺され方を見ても、犬塚京子はかなり有力な容疑者の一人だった。他の容疑者達も多かれ少なかれ動機となるものはあったが、犬塚京子程被害者を憎んでた奴はいなかっただろう。」

  大我はそう言うとまたしても大きく溜息を吐いて、チラリと笹田に視線を向けた。思ったより真っ当な結末だったのでかなり熱は引いたが、だからこそ、上から下まで検分するかのように彼を見下ろして、なんとなく頭をよぎった関係の無い話題が、ついつい無意識に口から出る。

  「それにしても…お前、随分太ったんだな。」

  「なっ!?なんだよ突然!いきなりだな!」

  「いやな。昔は程よく肉付きが良いくらいの筋肉だったが、今じゃもう脂肪で一回り以上デカくなってないか?……身長があまり大きくないんだから、数値以上に太って見えちまうぞ?」

  「うっ!」

  「もうずっと道場に姿を現してないんだってな?……デスクに座りっぱなしで、運動もしなけりゃ太るに決まってるだろう。………そういえば、席でもドーナツを手に持ってたな……?あんな高カロリーの食いもん、いつも食ってるのか?…全く、仕事中にだらしない。…その上煙草も吸っているし、そんなんじゃあいつ心筋梗塞になって倒れても知らんぞ。」

  「ぐっ!い、良いんだよ!俺は好きなもん食って、好きなように生きて死ぬの!!これで死んでも本望だ!!」

  大我の容赦ない言葉責めに、笹田はとうとう開き直ったかのようにムキーっと腕と足を開いて前のめりになりながら、顔を真っ赤にして叫んだ。突然の話題転換に動揺するものの、呆れ顔でそんな事を言われたら、流石の笹田も言い返すくらいの気量は持ち合わせている。

  とはいえ、どんな誤魔化しも効かず、正論パンチで容赦なく思った事を口にする大我に、そのような言い訳など通用する訳もなく、彼は、笹田の反論など全く無視して言葉を続けた。

  「いいか?獣人の雄たるもの、健康は大事だぞ?特にお前らの種族は脂肪を蓄えやすいらしいじゃないか。なら尚更脂質には気を配るべきだ。三食バランスよく食ってるか?昼の外食で脂っこいものばかり食ってるんじゃないだろうな?」

  「グギギギ…!お、お前は俺のお袋か!!」

  笹田は大我の物言いに、自らの母親の姿を思い描きながら耳の痛い話を聞き流した。「戻るぞ」と大我が顎で扉を指せば、笹田はフンスフンスと鼻を鳴らしながら、ノシノシと先に扉を開けて歩いていく。

  「……そういえば、これも風の噂で思い出したんだが…。お前風俗にもハマってるんだろう。エレベーターで後輩達が話してたぞ。」

  「かーくんの事は馬鹿にするな!!」

  「…かーくん?……男なのか?」

  「悪いか!!お前のΩだって男だろう!しかも実の息子らしいじゃないか!!」

  「ぐむ…」

  それを言われると大我は言葉をつぐむしかなくなった。実際その指摘は正しいのだ。運命の番ではあるものの、傍から見ると、実の息子を孕ませたと言われれば、世間体では当たり前に言葉が悪く聞こえる。

  笹田はそんな大我に気が付かず、持ち上げた拳をワナワナと震わせながら、感情の籠った様子で力説し始めた。

  「かーくんは俺を受け入れてくれた唯一の人なんだ…。女には臭いとか、重いとか、不細工と言われまくった俺だが…かーくんだけは…かーくんだけはそんな俺を優しく慰めてくれた…。家が貧乏で、身売りするしか生きる術が無かったから風俗なんかやってるんだ!人生の道を選べない奴だっている!俺は…俺はそんなかーくんをこれからも支え続けるんだ!」

  「そ、そうか…」

  人には人の人生がある。…と言いたいところだが、この様子を見る限り、笹田はどっぷりとそのかーくんとやらの術中にハマってしまっているのではないだろうかと思った。ホストやホステスにハマって人生を壊された人物など、警官をやっていたら飽きる程見るはずだが、にも関わらず少し不安になってくるような熱量で彼は話している。大我はこめかみから汗を垂らし、言葉を選ぶように紡いだ。

  「ま、まぁ…金をせびられたりしてないなら…いいんじゃないか?」

  「…多少の金の融通は仕方がない!それにそれは俺がしたいからしてる事だ!かーくんはいつも受け取れないと言って自分から金をせびって来たりはしない!とっても健気な子なんだ!……それに、彼は臭い臭いと言われ続けた俺の臭いを好きだと言ってくれた…。それだけでとても心が救われたんだ。彼を推すには充分すぎる理由だ!!」

  「臭い…ね…」

  確かに、笹田の臭いは正直に言うと心地よいものじゃない。食生活に関連しているのか、非常に酸っぱい臭いだし、汗っかきなので常にその臭いが周囲に漂ってしまっている。

  そういえば、道場でも陰ながら周りの者に臭いと言われて、それに気が付かない振りをしていた彼を見たことがあった。もうずっと昔の話だ。大我はその度に陰口を叩く者たちを睨み付けて黙らせていたが、自身が退職したあと、そういう配慮をしてくれる者が居なくなった道場は、笹田にとってあまり好ましい場所では無くなってしまったのかもしれない。

  道場は汗水垂らして稽古する場所だ。汗の臭いなんていくらでも充満しているし、いちいちそれに文句を言っても始まらないだろう。言ってしまえば全員汗臭いのだ。汗とは元来そういうものだ。

  けれど、常日頃から周囲の者たちにそんな陰口を叩かれ続けた笹田が、そのコンプレックスを認めてくれるような相手に出会ってしまったら、こうして熱がこもるのも仕方の無い話なのかもしれない。それほど、彼にとって自身の匂いとは頭痛の種なのだ。

  大我は昴の匂いに想いを馳せてみる。運命のΩであるから当然だが、昴の匂いはずっと嗅いでいたくなるような匂いだ。あの匂いを嗅ぐと庇護欲が刺激され、それと同時に興奮もまたムクムクと年甲斐もなく鎌首をもたげるような気持ちになる。

  香りというのは、獣人にとって非常に重要なファクターの一つだ。殆どの獣人にとって、匂いは相手のフェロモンと直接結びつく要因となっており、‪α‬とΩの関係でなくとも相手を選ぶ際には自然と香りの心地良さというものを重視してしまう。

  だからこそ自身の匂いには過敏になるし、それを臭いと言われれば、獣人なら尚更気にしてしまうというものなのだ。

  もし本当にそのかーくんとやらが、笹田の匂いをいい匂いと言ったのなら、それは彼にとって告白のようにも捉えられただろう。匂いの相性というものは、獣人がまだ四足で生きてきた原初の時代から染み付いた習性の一つだ。

  笹田がそれほど気合いを入れて関わりあっているならば、彼を応援するのは大我としてもやぶさかでは無い。

  「なら、尚更、そのかーくんとやらの為に努力しないとな。」

  「ど、どういう事だよ?」

  「鍛錬の時間にはしっかり道場に来い。もしくは俺がいる時だけでもいい。身体を鍛えて良い雄になれ!そうすれば、その子も確実に振り向いてくれるだろう。」

  「…い、今更…少し身体を鍛えた所で…」

  「何言ってるんだ!知らんわけじゃああるまい…筋肉はモテるぞぉ!…お前は元々骨格が優れているし太りやすい、その才能がなければ立派な筋肉にはならんのだぞ!……それに、身体を鍛えれば自信もつく。お前は少し気弱過ぎだ。多少自信がつけば、もっと事態は好転するさ。」

  「…確かに…そうかもしれん…」

  「そうだろうそうだろう!…決まりだな!」

  大我が笹田の肩をバシッと叩いて気合いを入れた。どこか口車に乗せられたような複雑な表情の笹田であったが、大我の言うことにも一理あるので反論が出来ない。

  席に戻ってくると、笹田は大きな溜息を吐いて椅子に座った。机の上にあった長方形のボックスには、こんな時にとっても気分を上げてくれる魔法のスイーツが、今か今かとその手に取られるのを待っている。

  けれど、喜び勇んで伸ばした手のひらは、突如上から伸びてきた大我の腕によって、箱そのものを攫われてしまった事で空を切る。

  「あ…!」

  「これは筋肉の敵だ。今のお前には必要ない。そもそも仕事中にこんな大量のドーナツを食うなんて、明らかに糖分過多だ。糖分は集中力を途切れさせ眠気を誘う。これから先努力するんだろう?…これくらい、我慢出来るよな?」

  「う…ぐ……」

  「そこに落ちてる一つは目をつぶってやろう。だが、それが最初で最後のドーナツだ。味わって食えよ。……おぉいお前ら!笹田がドーナツを奢ってくれたらしいぞ!食いたいヤツは来い!二.四.六.八……先着19名!一人一つまでな!!」

  「そ、そんな!」

  大我が小さな個室の扉から出てそう声を掛けると、長時間仕事に没頭していた者たちがムクリと顔を上げた。まるでゾンビのように立ち上がった彼等は、我先にと笹田のドーナツに群がってくる。思わず絶望に大我を見上げて腕を伸ばした笹田だったが、その目の前で可愛い可愛いドーナツ達があっと言う間に食い尽くされる様をマザマザと見せつけられてしまうと、ガクリと大きく項垂れながら、無力に苛まれた涙を流す。

  「お前ら笹田に感謝しろよ!」

  「あざす!笹田さん!頂きます!」

  「これ有名店のめっちゃ高い奴だ!!ありがとうございます!」

  「すげぇー!よっ!太っ腹!!」

  「うぅ……確かに俺は太っ腹だ…。」

  「あ…、そ、そう言う意味ではなくて…」

  「取ったらさっさと仕事に戻れ!…じゃあな笹田。邪魔したな。」

  あっという間に無くなってしまったドーナツ。その箱を器用に胸元で折りたたんだ大我が、ポンポンと項垂れる笹田の肩を軽く叩いてから、机に投げ出された資料諸共回収し踵を返していった。

  残された笹田は、手に持ったドーナツを涙ながらにちょびちょびとゆっくり食べ、人生最後の甘味であるかのようにそれを食い尽くしたのであった。

  [newpage]

  「ん…むっ…んっんっ…❤」

  「ん…ちゅ…ん…ふ…❤」

  中央にベットだけが置かれた狭いホテルの部屋の中で、笹田はそのベットの縁に腰掛け、そばに居る小柄な青年に上からがっつくような、余裕の感じられない拙いキスをしている。

  逆に青年の方は手慣れた様子で、笹田の丸く突き出た腹を優しく撫でながら、目を閉じて乱暴なキスを受け入れていた。

  ここはとある繁華街の風俗店。仕事終わりの笹田は、相も変わらずこの青年に会うため、一週間ぶりにこの場所へと来ている。

  長い長いディープキスが終わると、青年は自らの唇をペロリと欲情的に舐め上げて、ニッコリと笹田に向かって笑いかけた。

  「ん……煙草の味がする。」

  「あっ…!…ご、ごめん!今すぐガムを噛むから…っ」

  「ふふふ、いいよ全然。…僕好きだよ?大人の味。」

  「へ?…へへ…そ、そうなんだ。」

  青年のそんな妖艶な言葉に、思わず笹田は頬を赤くして蕩けたような笑顔を見せた。こちらの腕を抱き締めるようにして寄り添ってくる青年の温もりだけで、ムクムクと股間の逸物が鎌首をもたげる感覚がする。人間である青年の、スベスベの太腿を優しく撫でて、その感触を楽しみながら、笹田は鼻息荒く、高まる気持ちを抑える事が出来ずにいた。

  「でも、珍しいね。笹田さんがケアを忘れるなんて。」

  「あ…あぁ…それは、その…」

  「……なんかあった?」

  笹田は今日大我に指摘された事を気にして、自らの腹を見下ろした。ぶに…と摘めば、大きな肉の塊が目立つようで、気落ちしたように溜息を吐く。

  青年はその様子を見て、目をパチクリとさせながら笹田の言葉を待った。パンダ特有の黒い模様で目が分かりずらい笹田であるけれど、長い付き合いでその瞳がどこにあるのか知っている青年は、チラチラとこちらに視線を向ける笹田の挙動不審さに、首を傾げることしかできない。

  「……かーくんは…お、俺みたいな太ってる男…嫌い?」

  「え?」

  「お、俺…すごく太ってるだろ?…だからその…」

  途中で言葉を失った笹田を見て、青年はぷっ…と吹き出すように小さく笑った。それは別に嘲笑の混じった笑い方という訳ではなく、どちらかというと冗談を笑い飛ばすかのような、そんな優しい笑い方だった。

  「そんな事気にした事ないですよ。言ったでしょ?…僕、笹田さんの事好きだって。」

  「で…でもそれは…」

  仕事の内。社交辞令。思い浮かぶ言葉はいくらでもあるけれど、喉まで出かかったそれらの言葉を、笹田は途中で飲み込んだ。彼も結局馬鹿ではないし、刑事という仕事柄、他人の嘘を見抜くのは得意であって、それがただのお世辞であることは理解している。

  彼は優しいから、誰相手でも分け隔てなく接してくれるのだ。こんな仕事である以上それはきっと自分以外にもそうであって、別に自分が彼にとって特別な存在というわけじゃないのはわかっている。でも、それでも笹田は、そんな甘い甘い優しい嘘を、手離したくない一心で、彼にいつまでも[[rb:縋 > すが]]ってしまっている。

  「あ、そうだ!…あ、あのこれ…い、いつもの…!」

  「……笹田さん」

  「う、受け取ってほしいんだ…!その…これくらいしか…君を助けてやれないから…。俺の為だと思って…。」

  言葉を飲み込んで、バックからいそいそと一つの封筒を取り出した。丁度細長い紙を入れるのに丁度よさそうなその封筒には、言わずもがな、彼が汗水垂らして稼いだお金が入っている。

  青年は、眉を八の字にして、困ったように笹田を見た。それでも笹田はまるでその封筒を押し付けるように、ずいと半ば無理やりそれを突き出して、青年とは目を合わせないように俯いたまま言葉を切る。

  結局、やっている事は水商売にハマって身を滅ぼして行く者たちと同じ事だ。こう見えても警官になって長い笹田は、その末路が破滅であることを理解した上で、それでもこうして甲斐甲斐しく青年に金を貢いでしまっている。

  そこまでしてでも、笹田にとって青年は、無くてはならない存在だった。当然、金で嘘や夢を買っているという自覚はあるだろう。けれど、それで青年の関心を自分に向けられるなら、それだけで笹田はただ、一時的にでも彼にとっての特別になれた気がして、満足な気分に浸れた。

  他に彼を抱いているだろう大勢の客よりも、自分はきっと彼にとって印象に残っている人物である筈だ。そんな一時的な独占欲と思い込みで、笹田は自分の心を誤魔化している。

  少しの沈黙のあと、ソッと青年が、震える笹田の手を取った。

  拒否されてしまったらどうしよう。そうなったら彼にとって自分は、たった一瞬ですら特別な存在になれない不要の長物だ。そんな恐怖感に支配され震えた手も、彼が握りしめてくれると途端に落ち着いて、その温もりに心が満たされていく。

  「…ありがとう。大事に使わせてもらうね?」

  両手で握りしめられた拳。その拳から封筒が引き抜かれ、そう言って青年が困ったように微笑むと、笹田はホッと息を吐いて強ばった身体から力を抜いた。

  これでまた、自分は彼にとっての特別になれた…。

  そんな歪んだ価値観で、自分をひたすら誤魔化し続ける様子はまさに、薬や人間関係などにどこまでも依存し、破滅の道を進んでしまっている被害者の一人だ。

  とはいえそれでも、彼にとってその依存は何よりの救いでもあった。

  自分のように、臭くて、太っていて、不細工で…。SEXの腕も良いわけじゃない。いつも青年にされるがまま、与えられる快楽を享受する笹田は、こうでもしなければ彼にとって自分は全く存在価値のない人物だと考えている節がある。

  そして、そう思っているからこそ、お金で特別な立場になれたと思い込むことで彼は、青年と対等な立場になれたような、そんな偽りでも、救いのある気分に浸れるのだ。

  「……じゃあ、今日はどうしたい?」

  「……あ、あの…いつもみたいに…」

  「ふふ…笹田さんも飽きないね、それ。」

  青年が封筒をベットの脇に置いて、そう言いながら笹田の首に腕を回した。息が触れるほどの距離。どこか達観したかのような、青年の黒い瞳から目が離せなくなる。

  聞かれて、緊張し乾いた口から、うわ言のように言葉が出た。まるで幻惑にでもかかってしまったかのような、ふわりふわりとした感覚に思考が溶ける。

  青年が笹田の腕を引いてベットに寝そべると、笹田は荒く息を吐いて彼に覆いかぶさった。

  甘い匂いが全身から香ってくる気がする。その甘美な香りに恐る恐る顔を近づけて、笹田は青年の耳元へ舌を這わせた。

  「んっ❤」

  そこからはもう止まらなかった。野太い舌の腹で、羞恥心すら無く、ただがむしゃらに青年の身体を舐めていく。

  首筋、鎖骨、腋の下、胸。

  輪郭をなぞるように、ベットリと笹田の舌が青年を舐めまわし、薄らと滲む彼の汗を美味そうに啜っていく。

  「あっ❤…ん…❤」

  桜色をした胸の突起にも、当然のように舌を這わせて刺激した。青年の声があからさまに大きくなると、笹田は得意になってフンフンと鼻息を荒くし、その興奮に合わせて刺激を強くする。

  「んんっ❤…あぅ…っ❤…き、気持ち…っ❤」

  青年は、笹田の大きな頭を腕いっぱいに抱きしめるようにして、荒く息を吐きながら呟いた。片方の乳首をひとしきり舐めた後は、もう片方もしっかりと舐め回す。そのうち口先がどんどんと下がっていって、青年のヘソ、ひいてはペニスにもそれは及んでいく。

  「あっ❤」

  パクリと、青年の逸物が呆気なく笹田の口の中に囚われて、その刺激に青年はビクンと身体を大きく震わせた。柔らかい口内は、ねっとりと彼のちんぽを舐め回して、大量の唾液で全体を包み込む。

  ふんすふんすと笹田の鼻先から蒸気のような息が漏れ出した。青年が気持ちよくなってくれているというだけで、笹田の興奮は果てしなく高まり、丸くて短い尻尾が忙しなく動き始める。

  「あっ❤だめだめっ❤イッちゃう!笹田さんだめぇっ❤」

  青年がそう言って笹田の頭を押しのけようとすると、彼はその手を掴んで抵抗出来ないようにした。動き回る青年の足も、肩に乗せるようにしながら固定して、口の中の舌の動きだけでグチュグチュにチンポを刺激し続ける。

  「やぁぁっ❤❤」

  青年が口元に軽く手を当てながら、ビクンと身体を反らして足先をピンと伸ばした。

  口の中に含まれた小さなペニスから、ドクリと精子が吹き出すと、少量しか吹き出さないそれを大事そうに、笹田はゆっくり喉を鳴らしながら飲み干していく。

  「はぁ…❤…はぁ…❤」

  射精の余韻に、荒く息を吐く青年の股の間から、ちゅぽんと音を立てて笹田が顔を上げた。

  その刺激にまたしてもビクンと震えた青年を見下ろして、笹田は充実感を胸に満たす。

  「き、気持ちよかったかい?」

  「……ん」

  青年が恥ずかしそうに目元を腕で隠して、コクリと頷くと、笹田は満足気にニヘラと笑って、そのまま彼の口元にキスをした。

  青年の両頬を手のひらで包むように押さえて、情熱的な口付けを交わす。

  酸っぱい汗の刺激的な臭いが部屋に充満し始めた。けれど、青年はそれを気にした様子もなく、むしろ笹田を抱き締めるようにしながら、口内を掻き回される心地良さに酔っているようだった。

  「ちゅ…❤んっ❤…ふっ❤むっ❤」

  「んっ❤むっ❤…ん…ふっ❤」

  相変わらずがっつくような慌ただしいキス。30を越え、初めて青年と出会うまで、ずっとこうした性の営みをしてこなかった笹田のそれは、まるで中学生や高校生の拙い初体験を見ているようだった。

  青年がそんな笹田へと、お預けを食らわすように顔を離す。きっと、放っておいたら一生こうして口付けを交わし続けるだろうからだ。少し戸惑ったように青年を見つめる笹田は、肉付きの良い胸元を押されてその場に仰向けになると、ゆっくりと覆いかぶさってきた青年に、優しく頬を撫でられる。

  「次はこっちの番ね?」

  言われると、心臓の脈打つ速度が目に見えて速くなったように感じた。音が全て遠くに聞こえて、全身の血が滾るように熱くなる。

  青年はベットサイドからラバータイプの拘束具を手にすると、それを手慣れた様子で笹田の腕に装着した。目元には目隠しをされ、視界さえも完全に支配される。そのまま腕は頭の上へと持ち上げられるように拘束され、笹田はベットの上で、自らの無防備な姿を青年に晒してしまう。

  「相変わらず立派だね、笹田さんのチンポ❤」

  「んひっ❤」

  青年がそう言って、つぅと笹田のペニスの裏を指先で根元からなぞった。瞬間、ビクンと大きく身体を跳ねさせた笹田が、頼りない声で悲鳴を上げる。

  立派と言えば立派であると言えるが、それは人間基準で見た場合であり、笹田のペニスは獣人の平均から比べると些か短めだ。ただし、その太さと言ったら缶コーヒーを彷彿とさせる見た目で、その点で言うとしっかり他に負けず劣らずデカイと言える。

  勃起しても完全に皮を被った仮性包茎で、普段からの汗っかきな体質もあって、そこは多少洗ったくらいでは落ちないくらいの蒸れた臭いが染み付いてしまっている有様だった。先端の皮のすぼまりから、トロリとした粘性の高いカウパーが漏れ出し、何度も竿全体がしゃくりあげて、今か今かと刺激を待ち望んでいる。

  青年が、そんな笹田の匂い立つ股の間に顔面を埋め、特に蒸れて臭いのキツイ、ペニスの横の足の付け根の臭いを嗅ぎ始めると、笹田は恥ずかしくなって思わず声を出した。

  「あ゛っ❤そ、そこはっ❤」

  そればかりか、青年は舌を伸ばして、毛にまみれたその場所を舐め上げる。あえて竿には手を触れず、丸々と饅頭のように柔らかい金玉にも鼻を近付けて、それをパクリと口に含みながら舐め始めた。

  瞬間、ビクンと跳ねたふとましい両足から力が抜けて、自然とそこを明け渡すかのように股が呆気なく開かれてしまう。

  「あ…ぁぁぁ〜〜…っ❤…き、んたま…溶け…っ❤」

  「ちゅるるるる…っ❤」

  青年の吐息からもたらされる熱と丁寧な愛撫を受けて、笹田は全身からぐったりと力を抜き、ただ金玉を好き勝手弄ばれる快楽に降伏した。青年の口内と玉が一体化してしまったかのような感覚に陥り、まるでそれその物を捕食する邪悪な魔物に捕らわれてしまった気分だ。

  ――嗚呼…俺の金玉はこのまま彼に食われてその役割を全うするのだな……

  そうして屈服し、全てを諦めて達観した笹田は、間延びした声を上げてだらしなく舌を垂らし、その破滅的な運命を当たり前のように受け入れてしまうのだ。

  「ふふ…しょっぱくて美味し…❤」

  「はへぇぇ…❤」

  普段から自らの主人にさえもあまり関心をもたれていない金玉は、まるで警戒心が欠如したかのようにその身を捧げ、ふんわりと膨れ上がって膨張し始めていた。それが例えどんな存在であっても、自分に関心を持ち、優しく愛撫してくれるのであれば、もはや相手なんて誰でもよかったようだ。

  青年という淫魔に甘やかされ、野生を失ってしまったこの玉袋は、これから空っぽになるまで精液を吸い取られ萎びてしまう運命なのに、その結末を知る由もなく、ただ無邪気にも捕食者の前で全てをさらけ出す愚かな獲物の一体でしか無かった。

  円を描く様に舌で表面をなぞられ、やわやわと唇で丁寧に揉み込まれると、その膨らみは最高潮に達し、口の中いっぱいに広がり始める。勿論片方の玉が終わったら、もう片方も同様に弄ばれ、たまに下へと引っ張られたり、ほんの少し強く全体を圧迫されたりと、責めのバリエーションには際限が無い。まるでその様相は、まな板の上に用意された食材を丁寧に丁寧に下拵えでもするかのようであり、実際その思惑通り、金玉の中では喜び勇んで青年の餌となる精液が急速に作られていっている。

  そして、金玉全体に唾液をまぶし、パン生地のように優しく揉み込まれた後は、とうとうメインディッシュのお待ちかねだ。

  ダラダラと先端から小便のようにカウパーを漏ら す笹田のペニスへと、青年の意識の矛先が向き、彼が玉から口を離して鼻先をペニスの先端に近づけると、その臭いを嗅いで思わず笑みを浮かべながら呟く。

  「くっさ❤」

  「うぅ…❤」

  臭いを指摘されると、笹田は縮こまるようにして頬を赤くした。恥ずかしくて恥ずかしくて堪らないはずなのに、青年にそう言われると、その感情の奥で得も言えない心地よい気持ちが湧き上がる感覚がする。

  青年が、笹田の竿を掴んで、ゆっくりと焦らすようにその皮を根元まで下げ始めた。

  途端に、むわりと臭いが一段強くなったような気がする。篭ったそれに湿度も上がって、青年の鼻先に僅かな水滴が滲むようだ。

  「ふふ…❤いつも通り溜めてきてくれたんだ?❤」

  「ん…っ❤」

  青年のそんな言葉に、笹田は羞恥に堪えながらも小さく頷く。捲れた皮の内側、亀頭の雁周辺にベットリと付着しているのは、強い臭いを放出するチーズのような恥垢。それは笹田が、青年のリクエストに応えて蓄えた努力の結晶でもあった。風呂に入ろうとも決して皮は剥くこと無く、青年に会うその時まで熟成させ続けた我慢の集大成。

  青年は、あえて皮を元に戻し、またしても包茎の状態へと竿を戻すと、その先端にチュッと口を付けて、そのままぬるりと、長い長い舌を突き出した。

  「ん゛お゛ぅっ!!❤❤❤」

  瞬間、突然の快楽に笹田の肉体が大きく跳ね、自らの意思に反して低い唸り声が部屋に響き渡る。

  青年の舌が突如皮の内側へ挿入されたかと思えば、亀頭全体を円を描くようにグルリグルリと掻き回して、滓と唾液をドロドロに混ぜ合わせた冒涜的な調合を開始したからだ。

  ちゅくちゅく…という、別段派手でもなく、激しくもない小さな音だけが股の間で聞こえてくる。それに対して、顎をしゃくり上げ、鼻穴を大きく拡げながら、唇をひょっとこのように突き出した笹田の口からは、先程とは比べ物にならないくらいの激しい雄声が溢れ出している。

  「お゛っ❤お゛っ❤お゛〜〜っっ❤❤ぞれっ…やべっ❤❤」

  全身を震わせて、ガクガクと危なげに震える笹田。腕は縛られているため当然動かす事は出来ず、どうにか快楽を逃がすように突っ張ったふとましい足が、青年の顔の横で何かを堪えるようにブルブルと痙攣して、足の指をグワリと開いていた。そんな彼の様子に反して、当の青年は目を閉じながら、ただ悠々と優しく、舌を皮の内側で動かすだけに留まっていた。

  何を隠そう、笹田をこのようなフェラの虜に堕としたのは青年本人であり、特に、こうして皮の中をほじくられる快楽に笹田が目覚めてしまったのは、すべてこの青年の日頃の行いのせいと言っても過言では無い。

  青年は、笹田のふとましい太腿に手をついて、口いっぱいに広がる恥垢の塩気に、上機嫌で舌鼓を打っていた。言った通り笹田のペニスは缶コーヒー程の太さがあるものだから、その先端を咥えるだけでもかなり苦労する。その上で、舌を亀頭に這わせようとすると非常に大きく動かさなければいけないのだから、思ったよりも重労働だろう。

  けれど青年は慣れたようにそれをこなして見せた。以前も訪れた笹田に対して一晩中、こうやって責め立ててみせたように、横から見ると、密着した皮の内側で、寄生虫のように激しく動き回る舌の動きが否応なく確認出来る。

  そのうちあっという間に限界が訪れて、笹田は僅かに腰を引き、どうにか逃げるようにしながら口を大きく開けた。

  オナ禁して一週間、これもまた青年に指示された事だが、その一週間の内に蓄えられ、今も大量に増産された無数の精子が、今か今かと放出を待ちわびていて、堪らないのだ。

  「がっあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!❤❤イグッ❤イグッ❤イッぢまうぅぅう!!❤❤」

  「んっ!?❤んく…んく…っ❤」

  伸びた唾液が糸を作る程マズルを大きく開いて、笹田は全身の筋肉をグッと強ばらせながら叫んだ。大の大人が、目隠しの下で泣きじゃくるかのような表情を見せ、眉が八の字に眉間へと強く皺を寄せる。相変わらず太いペニスの先端だけを咥え込んだ青年が、唐突に吹き出したザーメンに少し驚きながらも、ゼリーのようにドロドロのそれをものともせず、当たり前のようにゴクゴクと飲み干していく。

  喉に絡んで、飲み込むのも苦労するような粘性だ。

  吹き出したそれは、改めて尿道から流れてくる精子に押し出されなければ動こうともしない有様で、舌の上へと根を張るようベットリ付着し続ける程だった。

  それはまるで水に溶けきれない片栗粉。まだ切り取られていないナタデココの塊。木枠から押し出されてくるトコロテンのよう。

  力強く、口の中で笹田のペニスが膨張と縮小を繰り返し、ドクンドクンと、生命の素を青年へ献上し続けている。

  「は〜…❤は〜…❤」

  柔らかい脂肪に包まれた肩と胸が大きく上下していた。たった一回の射精にも関わらず、数時間掛けて必死に自慰に勤しんだ状況よりも疲労感が強く感じる。

  青年は、未だ喉を鳴らしてゴクリゴクリとザーメンを余さず飲み込むと、その状態のまま、唇で器用に笹田の仮性包茎を捲り上げ、根元まで一気にそれを喉奥へ飲み込んでいく。

  「ん゛お゛お゛っっっ!!❤❤」

  イッたばかりで敏感な亀頭を喉で締め付けられる感覚に、間髪入れず笹田はビクンと全身を震わせてまたしても顎をしゃくりあげた。

  青年は密着した陰毛の茂みに鼻先を押し付け、深く深呼吸をして、そこから香る極上の臭いに脳を満たしていく。笹田特徴とも言える酸っぱい臭いは今掻いた汗の臭い。それよりもやや時間が経ったのか、鼻の粘膜にこびり付くような感覚の名状し難い別の臭いは、今日一日下着の中で蒸れに蒸れた、男特有の崇高な臭いだ。

  皮が捲れせいで、中で醸造されていたチンカスと唾液のソースもとうとう啜り取り込まれた。あれだけ長く掻き回されながらも、未だ雁に残ってこびり付いた恥垢も舌の腹でゾリゾリと溶かし、削り取りながら、ずろろろろ❤とゆっくり時間を掛けて、根元から先端までの道程を焦らすように舐め上げるのだ。

  その結果、尿道に残ったドロドロのザーメンも、余すことなく青年の胃の中へと送られていく。

  その後は先程と同様、改めてまた先端だけを咥えるようにしたかと思えば、青年は懲りずに皮の中を掻き回すように舌で刺激し続けるのだ。

  それはある種、刺激の弱い亀頭責めのようで…。

  とはいえ、どんなに弱い刺激でも、長時間続けられれば、蓄積したそれはどんどんと大きくなっていく。

  しかも、一度射精した後となれば尚更だ。

  「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!がぁ゛ぁ゛ぁ゛!!❤❤❤」

  「ぢゅるぢゅるぢゅる…❤ぢゅっぢゅっぢゅっ❤❤」

  ガッチリと拘束された腕が、頭の上でガチャガチャと乱暴に動き回る。それでも自由な足や腰の動きで、決して彼を遠ざけようとしないのは、無意識下で青年に対する服従心が培われているからだろう。肉付きの良い太ももを掴んでいた青年の腕が、柔らかい笹田の腹を撫でながら、徐々にその胸へと伸びていって優しく乳首を摘んだ。

  「く゛ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ❤❤❤」

  一層笹田の肉体の震えが強まった。牙を剥き出しにしながら歯を強く噛み締め、口の端から唾液が頬を伝う。青年によって弄られ、この店に通う事で一から開発された乳首は、元々大きく敏感だった事も相まって、今ではしっかり性感帯になってしまっている。

  身体の大きさに見合うような、一円玉大の乳首を親指と人差し指の関節で挟まれ、コリコリと優しくすり潰されながら引っ張られれば、力士のように垂れ下がる胸肉が、青年によって下に引き寄せられ、毛皮が柔らかく伸びていく。

  「まだイ゛ぐぅぅうっっっ❤❤❤」

  そうするとあっという間に射精する羽目になった。青年が焦らすのを止めたという事もあるが、乳首とペニスを同時に刺激されると、興奮も相まって、そもそも青年以外とのSEXにこの歳まで馴染みがなく、元より快楽に弱い笹田は抵抗出来ない。

  またしても、笹田の大きく豊満な肉体がビクンと大きく震えて、力強くしゃくりあげたチンポの先端からザーメンがビュルビュルと吹き出した。そうやって射精する間にも、青年の舌先がペニスの裏筋と鈴口の下をチロチロ舐めて刺激するものだから、最後までその勢いが途切れることは無い。

  「んっ…❤…んっ…❤」

  「は〜…❤は〜…❤お゛゛っ❤」

  コク…コク…コク…と喉を鳴らし、青年は堪らないといった様子で笹田の種汁を飲み干していった。それは口内にしつこく絡みつく上、臭くて、量も多いけれど、青年にとっては他に代用の効かない唯一無二のご馳走のようなものだ。それ故、射精中も休む事を許さないとばかりに金玉を優しく揉まれ、それを促されると、笹田はその意志とは反して、されるがまま、否応なくザーメンを提供してしまうミルクサーバーと化すしかない。

  しばらくそうやって射精を促され、刺激を加えても反応が悪く出が少なくなってくると、やっと青年がペニスからちゅぽんと音を出しながら口を離して、そのままニッコリと微笑み、上目遣いに笹田を見た。

  「連続でいっぱい出せてエラいね❤」

  「……っ❤」

  そう優しく言われて、金玉と亀頭を優しく撫でられると、笹田はまるで犬のようにハッハッと息を吐いて、嬉しげにコクコクと忙しなく頷いた。自身が青年にとって都合のよいただの餌であったとしても、彼からすればそれは喜ぶべきことであり、むしろ本望ですらある。

  相変わらず、青年の舌先が亀頭を撫でるようにねっとりとそこを這うと、笹田のペニスは尚更興奮に期待して、ビクンビクンと強く竿全体をしゃくり上げた。

  人間のオスならば二回射精出来たら御の字というところであるのに、やはり獣人の精力は目に見張るものがあって絶え間なく、青年は妖艶に微笑みながら優しく金玉の下側をサラサラと掌で擽る。そうすると、まるでナメクジをつついたみたいに玉袋がキュッと縮こまるものだから可愛らしくて笑みが止まらなくなった。

  「ふふ…❤可愛いね❤」

  「うぅ…❤」

  思わずそう気持ちを呟くと、恥ずかしそうに口を噤む所も愛おしくて堪らなかった。

  笹田自身、青年に対して自分が一方的に恋慕の感情を抱いているだけだと思い込んでいるが、しかし青年にとっても笹田は利用客の中で一番の好みのタイプである事は間違いない。

  初めて会った時から奥手な様子は伝わってきたのだが、どうやら最初は普通の男性用風俗…つまりは、女性の接待を求めて門を叩いたつもりが、あれよあれよと流されるように連れ回されて、いつの間にかそれを案内していた呼び込みのボーイにここへと連れてこられてしまったらしい。

  話を聞くと、臭いがキツすぎて他の女の子達には全て断られてしまったとの事。そう言うボーイも、案内した手前、断られまくった笹田を哀れみを持って少し気まずげに横目でチラリと見下ろし、笹田も笹田で、女の子に拒否され続けたのが非常に堪えたのか、ショボンと大きく肩を落としていた姿が印象的だった。

  男相手でもいいのかと聞くと、ボーイは笹田にバレないようこちらへ縋るような視線を向けて訴えかけてくる。もうここにしか案内する場所がない。そう言いたいのだろうが、客にも好みというものがあるのだ。女の子目当てにやってきたノンケ男子を、ボーイの営業実績の為だけに犠牲にするなんてすべき事では無いと青年は考えている。とはいえ、あまりにも女子に断られすぎて心に傷を負った笹田は、もう男でも良いと小さく呟き、ヤケになった様子で、とぼとぼと部屋へ歩を進めてしまった。それを見たボーイが一転、捲し立てるように営業スマイルで青年の紹介をすると、断られる前にそのままそそくさと彼を置いて出ていってしまったから、もう何も言うことができなくなってしまう。当然、お互い気まずい空気を漂わせながら沈黙してしまった。

  それが笹田との初めての出会いである。

  「…あ、あの…えぇと…」

  笹田は、しばらく立ち尽くしていたが、時間が経つにつれて冷静になり、そして青年と一瞬目が合うと、今度は緊張して、頬を赤くしながら挙動不審にサッと目を逸らした。

  青年も内心、ノンケで、ほぼ無理矢理連れてこられた相手である手前、積極的に関わり辛かったが、仕事である以上、客をもてなすのが義務であると考え、そっと立ち尽くす笹田の元へと近寄っていく。

  笹田からは当時も今と変わらず酸っぱい汗の臭いが漂っていた。なるほど女性はこの臭いが好きではなさそうだなと納得するが、ゲイである青年にとっては特段珍しい臭いには思えない。

  汗ばんだ手を優しく取ると、笹田はビクリと震えて、その緊張が伝わってくるようだった。だが、青年はそんな彼を安心させるように、自らの胸元にそれを持ってくると、そのまま小さく微笑みかけて柔和に話しかける。

  「大丈夫ですか?嫌なら無理しなくていいですよ。こっそり裏から出してあげますから。」

  「…い、いや…っ」

  笹田は、そんな青年の言葉に反応して、一瞬目を合わせると、そのまままた、緊張したように顔を背けて、そしてチラチラと視線だけ忙しなく往復させていた。

  顔はどこか強ばっているけれど、頬を赤く染めている様子から、一応満更ではないらしい。その緊張はどちらかというと初めて性的に人と触れ合う状況からくるもののようで、こちらが男だからだとか、内心どうやって断ろうか考えているからだとか、そういう気まずさからくる緊張とはまた違った理由だと、青年にはなんとなく察する事が出来た。

  そうとなれば、別に気を使う必要は無い。興味が無い相手を無理矢理ベットに誘うのは気が引けるけれど、そうじゃないならば遠慮する理由はないのだから、青年は笹田の手を引いてベットへと連れていった。ここで抵抗されれば話は変わってくるけれど、笹田はされるがまま、腕を引かれて青年と共に歩き出す。

  「お名前を聞いてもいいですか?」

  「…さ、…笹田…です。」

  「笹田さん。よろしくお願いしますね。」

  そう言ってニッコリ微笑むと、笹田はカッと顔を赤くして、頭のてっぺんから蒸気を吹き出すような勢いを見せた。触れ合った掌が尚更じっとりと汗ばみ、どんどん部屋に立ち込める彼の臭いが強くなっているような気がする。そのまま腕を引いてベットの縁に腰を下ろした青年が、今度は向き合うように笹田の方を下から見上げると、どうやら彼は緊張から直前で歩みを止めてしまい、まるで石像にでもなってしまったかのように立ち尽くしてしまっているようだ。

  「ぷっ……ふふふ」

  「………」

  典型的な童貞の挙動。今の時代、こんなコテコテで漫画に出てきてしまいそうな童貞が存在しているのかと、青年は思わず小さく吹き出すように笑ってしまい、口元を軽く指先で押さえた。笹田は白目を剥いており、こちらの笑い声を気にかける余裕すらないようで、そんな様子の彼を内心、青年はすぐ気に入ってしまっていた。

  ノンケで、童貞で、しかしどうやら身体はそこそこ鍛えているらしい。質の良いスーツの上からでも分かるムチムチな肉体は、スポーツか格闘技を嗜んでいると見た。少し贅肉も目立つようだが、触れた手の無骨な感触から考えても、その肉の下には確かに、これまで鍛え上げてきたのだろう努力の結晶が伺える。

  その癖奥手で、あまり自己主張の強いタイプには見えない。どちらかというとオタク気質な雰囲気で、気弱そうな感じが、無垢な子供にエロをレクチャーするようで、どこか背徳的な興奮があった。

  青年は笹田の緊張をほぐす為、目の前に立ち尽くす彼の股の間へと、おもむろに腕をスッと伸ばす。

  「ふほぅっ!?❤」

  「ふふふ…立派なモノをお持ちですね。」

  固まっていた筈の笹田の肉体が、青年のそんな行動に驚き、ビクンと大きく跳ね上がった。それと同時に気が抜けるようなあられも無い声が部屋に響き渡り、青年はそれでも構わず、スラックスの上から笹田の股の間をスリスリと優しく撫で回す。

  今はまだ萎えているそこであるが、なるほど、服の上からでも分かるくらいには良い大きさをしているようだ。そしてそれは、青年が触れれば触れるだけ質量を増し、いつしかズボンの内側から窮屈そうに、その存在をアピールする程まで膨張した。

  「あ、あのっ、お、俺、やっぱりっ…ぃっ❤いっ❤あっ❤うっ❤」

  「……今更そんなこと言っても、ここはもうこんなになっちゃってますよ?」

  「あ…あぁ…ぅ…❤」

  「ふふ…大丈夫。全部優しく教えてあげますからね。」

  「っ…❤❤」

  トタトタと倒れそうな、覚束無い足取りで前に引き寄せられた笹田が、恥ずかしさのあまりとうとう意を決して言葉を放とうとした瞬間、しかしそれはスラックス越しに股間をいやらしく撫で回す青年の手により呆気なく中断されてしまった。

  布越しとは言え、初めて他人に触られたペニスは、ビクビクと何度もしゃくり上げ、下着の中で窮屈に膨張しきっている。

  そして次の瞬間にはもう、与えられる快感に笹田は夢中になってしまっていた。こちらを見上げ、妖艶に微笑む青年の目を見ると、ゴクリと期待に喉を鳴らして、思わず唾液を嚥下してしまう。

  ジ…ジジジ…と、青年のたおやかな指先が、ゆっくりとスラックスのチャックを下に降ろした。

  「ン゙…❤………はぁ〜……❤……くっさ…❤」

  「ぁ…❤…っ…❤」

  青年が、パックリと開ききった社会の窓に鼻先を埋めると、瞬間眉を八の字にして小さく呻いた。深く強く、鼻で臭いを嗅いでいる事は、ペニスを伝う風の動きで如実に伝わってくる。

  笹田はすぐさま腰を引こうとしたけれど、しかし青年の腕が相変わらず股の間から差し込まれ、腰を引き寄せている為に逃げることが出来ない。いつもだったらこんな人間の細腕など、力づくで引き剥がす事も出来ただろうが、今の笹田にはそのような発想すら思い浮かばなかった。

  ドクドクと心臓が激しく高鳴り、コンプレックスを刺激されて思考が鈍る。その次に来る言葉を予想するだけで、これまで周りから受けてきたトラウマが蘇るようで恐ろしかった。

  案の定、青年の最後の言葉に、笹田の目の前は真っ暗になってしまって…。

  「すげぇ男臭い…❤」

  「…ぇ…?…ぇ?❤」

  けれど、次の瞬間、青年が手早くカチャカチャと腰のベルトを解除しに掛かると、笹田はハッとして、一体彼は何をしているのかと戸惑いに立ち尽くした。

  臭いと言われたのだから、次に来る言葉はきっと、近寄るなとか、汚いとか、気持ち悪いとか……、この部屋に来るまで散々言われた女性達の言葉を思い出す。

  そう思っていたのに、いつの間にかあっという間にベルトは外され、青年は手慣れたように笹田のスラックスをストンと太ももに落とすと、そのまままたしても、彼の使い古されてよれた、柄物のトランクスの前袋に顔を埋めて、深く呼吸し始めたではないか。

  笹田はそんな青年を見下ろし、唖然として自らの腹の前でモジモジと指を絡ませ合う事しか出来なかった。相変わらず勃起は強くなり、じっとりと先端が下着に染みを作り始める。

  「デッカ…❤」

  トランクスの内側から、布を突き破る勢いで勃起するペニスを見て、青年が恍惚に呟いた。ボタンを突き上げる全面のスリットに鼻先を突き出すと、丁度陰毛や汗の貯まりやすいペニス横の溝の発酵した臭いがダイレクトに脳へと響いて、青年の興奮を強く刺激する。その上、滲んだカウパーが鼻先に糸を引いて、臭いがこびり付くようだ。

  笹田は、自分の想像していた反応とは違いすぎたのか、顔を真っ赤に染めて、ただただ戸惑い続けていた。その間にも、青年の手先があれよあれよと笹田の暑苦しい上着のスーツを脱がしに掛かっていて、あっという間に、笹田はシャツとパンツだけになってしまう。

  青年が、汗に蒸れた笹田の姿を見て、おもむろにその腕を持ち上げ、ムワリと湯気の立つ腋の中へと、顔を埋め始めると、流石に笹田も驚愕に目を見開いて、叫ぶように声を出す。

  「ひっ❤な、何を…っ!?❤」

  「スンスン…❤…ン゙…❤…凄い…❤癖になる臭い…❤」

  「…へ?❤」

  困惑する笹田を他所に、青年はノンケパンダ獣人の全身の臭いを余すこと無く堪能していた。働き盛りの雄の臭い。特に獣人ともなると、体毛の影響もあってか、その香りは人間とは比べるまでもなく熟成され、臭いフェチの青年にとっては堪らないものとなる。

  恥ずかしくて恥ずかしくて、今にも倒れてしまいそうになっていた笹田も、次第に自分の臭いを嗅いで平気などころか、むしろ好んでいる様子の青年を見ると、そのうち拒否される恐怖心が和らぎ、臭いを嗅がれるという新感覚の快感に酔い始めた。それと同時に、自分を受け入れてくれる青年の事が気になり始めて、何だか言葉に出来ない、得も言えぬ感覚が胸を焦がし始める。

  いつの間にか汗の滲んだシャツも脱がされ、笹田はトランクス一枚の姿にされていた。腋の臭いを嗅ぎながら、青年の腕が彼の股間に伸びていく。

  「んあぁっ❤❤」

  「ぢゅる…ちゅ❤…ん…しょっぱ…❤ん…❤」

  青年が、あろう事か毛の生い茂る腋の中へと舌を伸ばして、そこから抽出される汗の味に舌鼓をうち始めた。そして、それと同時に金玉をヤワヤワと布越しに揉まれて、笹田は思わずビクンと全身を震わせる。

  熱に浮かされたような、微睡んだ瞳が虚空を眺めた。部屋全体に熱帯雨林のような熱気が立ち込め、笹田はどんどんと、今まで体験したことの無い淫欲の世界へ呑まれていく。

  いつまでも止めどなく溢れ出る汗の味を堪能した青年が、笹田の肉付きの良い身体を、上から下へと這うように流れて、またベットに腰を降ろす。

  トランクスを期待で内側から縦に揺らすペニスが見えた。

  青年が、相変わらず熱に浮かされて放心する笹田を上目遣いで見つめながら、そっとその先端に口を付け始める。

  「ぢゅっ❤」

  「ッッ…❤」

  ビクン…!

  笹田の大きな肉体がまた跳ねるように震えて、だらしなく開ききったマズルから声にならない僅かな吐息だけが漏れた。布越しに滲んだ雫は塩っけが強く、汗と同様に口内を彼色に染めて満たしていく。

  改めてそんな笹田の様子を確認し、続けても問題ないと思った青年が、ゆっくりとトランクスを下げると、一旦は布に引っかかったペニスの先端が、そのうちブルンと大きく縦に震えて顔を出し、鈴口から沢山の飛沫を飛ばして現れた。

  笹田は相変わらず脳がオーバーヒートを起こして、現状を理解する事も出来ないし、しようとも思っていない。

  そんな彼にかこつけて、好き放題出来る青年は、とうとう彼のペニスの先端、皮に隠れた亀頭へと狙いを定めると、ペロリと自らの唇を舐め…。

  「いただきます…❤」

  「ッッ…❤ッッッッあ゙ッッッ…がぁ〜〜〜ッッ!!❤❤」

  それまでぼんやり放心していた笹田も、流石にその快楽には声を出し、ビクンと顎をしゃくり上げながら間伸びした声を出した。

  まるでアリクイが舌を伸ばして食事をするかのように、ヌルリと青年の長い舌先が笹田の包皮の中へ差し込まれると、亀頭全体をジュルリと舐め上げ、仕事終わりで一日中蒸れに蒸れた初々しい桃色の果肉を徹底的に磨き上げ始める。

  そこはあまり衛生的ではないのか、滓が溜まっており、舌で[[rb:刮 > こそ]]ぐ度モロモロとそれが剥がれては唾液に溶けていくけれど、むしろ青年にとってそれは好むべきオヤツだ。

  「あっあっあっあっ……???❤❤」

  「ぢゅるるるるっ❤んっ❤ちゅるる❤」

  何もかもが予想外かつ未知の体験で、笹田は、ただひたすら困惑に喘ぎながら、全身を強烈な快楽の雷に焼かれているような感覚に陥った。視界がパチパチと明滅しながら見開いたままになり、斜め上を向いて、ガクガクと瞳孔を揺らす。下半身の疼きがもはや自分の意思では全く抑えられなくなっており、初めて与えられた他人からの直接的な快楽に、脳はそれを理解できず、頭には疑問符が浮かび続ける。

  そして、そんな彼とは裏腹に、青年はただそのペニスの先端に口を付けて、静かに舌を動かすだけだ。大して激しい動きではないのに、それでも、その快楽の大きさは、笹田の痙攣の強さを見ると一目瞭然に思えた。

  抵抗を許さないとばかりにふとましい腕は、腰の横で気を付けの状態のまま青年に掴まれており、皮肉にも背筋を伸ばした、非常に美しい姿勢のまま、笹田は快楽に喘ぎ続けるしか出来ない。

  「あ゙ぁ!!❤❤あ゙ぁ〜!!❤❤」

  「ン゙っ!?❤❤」

  すると、これまで何の性的経験もしてこなかった奥手な童貞よろしく、そうして初めて他人の手によって導き出された射精は青年も予期出来ない程、あっという間に始まってしまったようだ。

  「ん゙うっ❤❤ゔる゙ぅっ❤❤」

  「ん〜…❤んむっ❤…ぶっ❤…ごほっ❤❤」

  ガクン…!ガクン…!と笹田の巨体が弾けるよう痙攣し続けた。自分の意志とは関係なく、馬のように太く、震えた吐息が口から漏れて、射精する度面白い程身体を震わせる。

  腰が自然と痙攣に合わせて前に突き出され、青年の喉を突いては、その反動のままジュポッ❤と、今度は引き出されるのを繰り返していた。

  青年も青年で、あまりにも唐突な射精に、途中からそれを受け止める事が出来ず、口の端から多少漏らしてしまっている。

  ドロッドロで、黄ばみの強い、ゼリーのような固形の精子。あまりにも粘度が高すぎて、全て飲み込めなくても仕方がない、そんな非常に濃厚なザーメンだ。

  「んっ❤美味し…っ❤んっ❤ちゅっ❤」

  「んはぁっ!!❤」

  青年は、それでもなお、できるだけその精子を喰らおうと舌を這わせた。相変わらず大袈裟に全身をビクンビクンと痙攣させる笹田は、舌をだらし無く垂らして、痴呆のように瞳孔を上擦らせている。そして、射精したばかりの敏感な短小極太チンポを青年にまたしても弄ばれれば、流石に自然と強く腰を引いて、膝をガクガクと震わせ始めたのだった。

  青年はそれを逃がさないとばかりに、頭を激しく前後させ、唾液を垂らしながら、尿道に残ったものも吸い取っていく。

  「はー…❤はー…❤」

  「……ふふ、まだまだ沢山、搾り取れそうですね❤」

  未だ勃起するペニスを見つめ、呟く青年。

  あまりの快楽に、その場へと尻餅をつきそうになった笹田の腕を引き寄せて、間一髪ベットへと誘導した。

  柔らかいシーツにグッタリと倒れ込んだ笹田の視線は、眉間に寄り、上擦って、鼻からは無様にも鼻水を垂らしている。

  そんな彼を、青年は妖艶な笑みで優しげに見つめるのだった。

  「ゔゔゔっッッがぁぁぁ!!ま゙ら゙イ゙ぐっ❤射精るぅっ❤❤あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙〜!!❤❤」

  「ぢゅるるるるるるっ❤ぢゅっ❤ぢゅるる❤ん❤」

  そうして、初めての出会いから、数ヶ月、数年と通う内に笹田は青年の手管の虜となった。

  それまで知識はあっても、実際に体験したことの無い性の技、その全てを青年に与えられ、教えられた笹田の童貞チンポも、今ではすっかり青年に使われて黒ずんでしまっている。

  こうやってしゃぶり搾り取られるだけではない。勿論、当然のように青年の秘孔を穿ち、その肉筒に自らの雄の象徴を擦り付ける快楽もたっぷりと教え込まれた笹田は、もはや彼なしでは到底生きられない身体に変えられてしまっているのだ。

  でも、それは笹田が自身で望んだ事なのだから、彼に後悔はない。

  そうしてこの日、いつもの様に、既に十数回もの射精を青年の口淫で喰い尽くされた笹田であったが、彼にとってのメインディッシュはまだ訪れていなかった。

  「はー…❤はー…❤…か、…かーくん…❤」

  「んっ?」

  「そ、そろそろ…❤」

  「…ふふふ…。うん!❤」

  未だ下半身に顔を埋めて、ペロペロと幹の掃除をする青年へ、笹田は息も絶え絶えに呟いた。

  その言葉で彼が何を求めているのかすぐに理解したのだろう。青年は無邪気に微笑むと、仰向けに横たわる笹田の真上に移動し、自然と彼の手を取って指を絡める。

  「[[rb:挿入 > はい]]るよ?❤」

  「ん…❤」

  言って、笹田の腰の上に跨り、未だ硬く膨張するペニスを、ゆっくり受け入れる青年。

  相変わらず、長さはそこそこだけれど、驚く程太くて、少し挿入に手間取るチンポだ。それでも、青年は手慣れたように角度を調整して、息を吐きながら腰を落としていく。

  「ん…んん…っ❤はい…って…❤」

  「あぁ…❤」

  腹の中へ満たされていく圧迫感に、青年は息も絶え絶えになりながらなんとかそれを受け入れる。笹田も笹田で、自らの逸物をねっとりと包み込み締め付ける、青年の暖かい腸内の感触に惚けた息を吐き、全身から力を抜いた。

  何度身体を交わそうと、いつも変わらない心地良さだ。笹田にとって初めて性行為を体験した青年の肉体であったが、もはや他の身体にうつつを抜かす気持ちなど微塵も感じない程、彼は青年に夢中になってしまっている。

  そして、だからこそ、時折笹田の心情の片隅にジリジリと燃え上がるのは、青年が自分以外の誰かと寝ているという事実で…。

  「ゆっくり…っわ!」

  一息つこうと声を出した瞬間、突然身体を起こした笹田に抱きすくめられ、青年は驚いたような声を出した。

  ケツにチンポを挿入されたまま、対面座位の体位になり、正面に笹田のどこか真剣な瞳が見える。

  青年は唖然とする間もなく、ただ惚けた表情で見つめ返した。笹田は、眉間に皺を寄せ、必死になって腰を下から突き上げるように動き始める。

  「あっ❤やっ❤まっ❤あっ❤」

  「ふっ❤ふっ❤ふっ❤ふっ❤」

  瞬間、青年の表情が快楽によって歪み、突如として[[rb:惚 > ほう]]け始めた。笹田のチンポは硬く、長さは無くてもその先端が丁度前立腺を抉るように突いて非常に心地よい。

  突然の激しい快楽責めに、思わず一旦止めてもらおうと抵抗して腕に力を込めてみるけれど、笹田はそんな青年の抗いを無視するように、尚更強く身体を抱き締めて、鼻息荒く腰を動かすばかりだ。

  「あっ❤あっ❤当たるっ❤うっ❤ダメっ❤ダメっ❤こんなっ❤すぐにっ❤」

  「はっ❤はっ❤はっ❤…気持ちいい?❤気持ちっ❤イイかい?❤かーくん❤…かーくんっ❤」

  「んひぃぃっっ❤❤」

  問いかけられながら、分厚くザラついた舌の腹がベロりと伸びてきて、目の前で揺れる青年の乳首を舐め上げると、彼は顎をしゃくりあげながら、大きく身体を痙攣させた。

  こういう商売を生業としているのだから、当然笹田の知らない所で他の男にも抱かれ慣れ、快感にも耐性が付いている筈の青年であるが、しかし、そんな彼を持ってしても何故かこうしてすぐさま性的に屈服させられてしまうのが、笹田という男の不思議なところだ。

  身体の相性とでもいうのだろうか。特段珍しい事や、上手い手管でこちらの身体を責めている訳でも無いのに、青年は笹田の行為に喘ぎ、平伏して、されるがままになる。

  この唐突に行われた何気ない愛撫だってそうだ。普段他の客を相手にしている時には、このくらいで叫び、快楽に動揺する事など殆ど無いのに、笹田にされると異常に身体が敏感になって仕方が無くなる。

  実際のところ青年は、ずっと前からこのSEXという土壌おいて、プロフェッショナルでありながら既に笹田の支配下に置かれてしまっていたのだ。笹田はそれに気がつけていないだけで、彼の細部に至る挙動の全てが、青年に対して特攻を持っているという事実を理解できないままでいる。

  船が波に揺れるよう、ギッギッと艶かしい動きで下から青年を突き上げながら、笹田は派手な音を立てて彼の乳首を吸い寄せた。

  広い肩幅の上に添えられるよう、力無く置かれた青年の腕がブルブルと徐々にその痙攣を強くしていき、ギュッと強く笹田のペニスを肛門で締め付けたかと思うと、硬直していた青年が肺に溜まった大量の息を吐くよう、突然大きく声を漏らして…。

  「イ…ッッぐぅっ!!!❤❤イクぅぅッ!!!!❤❤❤」

  「ん゙っっ❤❤」

  全身の筋肉が緊張に強ばったかと思いきや、すぐに勢いよく脱力して、笹田の背中に回されていた足がガクンガクンと無尽蔵に跳ねた。

  ペニスが挿入されている腸内の痙攣が凄まじく、脱力の勢いに任せて笹田の肩へ垂れ掛かった青年は、先程までの余裕綽々な態度はどこへやら。開いた鼻穴から小汚い鼻水を垂らし、口の端から唾液を漏らして、瞳孔をあられも無い方向に飛ばしてアヘってしまっている。

  そう。実はこれが、本来の彼の現実だ。笹田を相手にしてしまうとあまりにも肉体の相性が良すぎて、少しでも受け手に回ってしまったら最後、すぐ青年はこうしてあっという間に屈服されてしまい、快楽に抗えなくなってしまう傾向にある。

  笹田のペニスが良いところ当たるから?…それもある。

  貪欲に教えられた性知識を物にして、青年の肉体に最適された責めを彼が熟知してしまっているから?…それもある。

  丁寧で、尚且つ、激しすぎない、愛の籠った愛撫と、彼特有の独特な責めのリズムが、青年の隙を当たり前のように突いてくるから?…それも……いや、正直全て本当にそうなのか、彼自身も分からない。

  とにかく青年は笹田と性行為を重ねれば重ねる程、彼の手管の虜になって、本当は接待しているようでされている。そんな逆転現象が、いつの日からか当たり前になってしまっていた。だから、彼が会う度いちいち気を使って機嫌取りのような事をしようとしてくれなくても、彼の性格、相性、人柄、それだけで充分、青年にとって笹田は大事な人に成り上がっている。

  

  笹田は、脱力した青年を抱き締め、その太く豊満な身体を翻すと、容易くベットに彼を押し倒した。

  こうやって上から見下ろす度、相変わらず、青年が他の男にも、自分と同じかそれ以上に、この場所で喘がされている。そんなネガティブな妄想に苛まれるが、それでも、懸命に奉仕しようと躍起になって、その思考を振り払った。

  柔らかく曲がる青年の足を広げ、自らの肩に引っ掛けるようにしながら、腰を突き出し…。

  その身体全体を押しつぶすかのように前倒しになっては、上反りのペニスが、先程よりも強く、前立腺を刺激するような体位で。

  ズッ…❤と重たく窮屈そうに腰を奥へ奥へと埋没させれば、笹田の腹の肉で青年の股間が覆い尽くされてしまった。

  もう限界だという地点まで挿入された事が分かると、柔らかい脂肪を蓄える臍の周辺が、縦にブルブルと震えて、完全に密着させながら中を掻き回すよう動かしていることが傍目からでもよく分かる。

  笹田もまた鼻穴を大きく開き、肉に埋もれた細目で青年を見下ろすと、グッと身体を倒して、お互いの指と指を絡ませ合うように握り締めた。

  「ん゙…お゙っ❤…な゙が…っ❤抉れて…っ❤」

  「かーくん❤…かーくん❤」

  笹田の決して軽くない全体重が上からのしかかってきて、ダラダラ溢れ出る汗で湿った空気が蒸気と化し、二人の身体を繭のように包み込んでいく。

  笹田が身体を前のめりにすればするほど、太く圧迫感の強いペニスが青年の前立腺をゴリゴリと押し潰して、視界の中に雷鳴が走った。そのあまりの快楽に、思わず漏れ出す声も掠れてしまう。

  肉付きが良いと思いきや、想像よりも遥かに無骨で、力強い掌がギュッとこちらの指に指を絡めてくる。

  同時に、興奮のまま突き出された笹田のマズルが、青年の唇へ噛み付くように覆い被さり、野太いベロを侵食させていった。

  「んじゅっ❤んむぅっ❤んっ❤んっ❤ん゙っ❤」

  「ん゙っ❤ん゙っ❤ん゙っ❤ん゙っ❤」

  笹田の熱と愛と性の欲望に包まれて、青年の思考や視線がふやけたように弛緩する。決して激しい動きではないが、上下に揺するような腰使いで中を掻き回されると、快感の海を泳ぎ、深く潜っていくような感覚に襲われ、徐々に徐々に絶頂へと追いやられる緩やかな快楽に脳が溶けていくようだ。

  「ん゙っ❤…ん゙〜〜〜っ!!❤❤」

  そのうち、青年の筋肉が何かに備えるよう強ばったかと思うと、突如として全身をガクガクと震わせ、足の指をデタラメに開いたり、閉じたりし始めた。

  ふくらはぎがピンと張り詰めて、足先がビクンビクンと大きく揺れる。同時に痙攣の反動で尻もまた跳ねるように動き、笹田のペニスを締め付ける腸内が強烈な締まりを見せながら、じんわり滲むような絶頂が青年を襲った。

  快感の弾けた脳に、笹田の体温と臭いが染み込んでいく。それでもまだ、タプタプと腹の肉を揺らしながら腰を動かし続ける彼に、青年は口を離して激しく怯えるよう乱れ始める。

  「ぷはっ❤あ゙っ❤らめっ❤らめらめっ❤今イ゙っでるっ❤イ゙っでるがら…ささださ…っ…ゔ〜〜っっ❤❤」

  「ふっ❤ふっ❤ふっ❤」

  口を離して、泣きじゃくる子供のようにイヤイヤと頭を振って懇願した。未だ泥風呂に浸かるような、じっとりと纏わりつく弱い絶頂の快楽から降りてこられず、全身が敏感な状態で絶え間なく責められたら、そりゃ勘弁して欲しいと叫ぶのも無理は無い状況だろう。

  けれど、そんな風に懸命な様子で頼み込む青年とは裏腹に、笹田は相変わらずふとましい腰をリズムよく動かすと、暴れる青年の手をギュッと握り締め、上から体重を掛けるようにして彼の動きを制限させた。

  そうすると、もはや動かせるのは笹田の脇から伸ばされる足くらいのものである。そして、笹田の巨体にすっぽりと隠されてしまった青年の様子を観察できるのは、その足先の様子だけだった。そこが今またピンと伸ばされ、足指をグッと丸め込む姿を見せると、下に閉じ込められた彼の状況など想像に容易くないだろう。

  その様子の激しさを表すかのように、またしてもくぐもった叫びが部屋の中に響き始め、その声に同調するよう、笹田の興奮もまた最高潮に達していく。

  「はぁ❤はぁっ❤すごいっ❤締まるっ…〜❤うっうっ❤」

  「んアぁぁアァっ❤❤」

  お互いの手と手をギュッと握り締めて、二人は同時に強い嬌声を上げた。元々快楽に弱く、早漏気味の笹田もまた、自らの愚息をネットリと締め付ける青年の膣の締め付けに降伏して、早々に絶頂への階段を上り始めている。

  ふとましい腰周りがブルリと震えて、欲望のままにペニスを突き出した。できるだけ奥の奥、結腸には届かないまでも、とにかく深い場所でイキたくて、体重を掛けながら、尚も青年の肉体にギュッと強く覆い被さる。

  「射精…るっ!!❤❤うぐぅ…っ!!❤❤」

  「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙〜っっ❤❤」

  牙を剥き出し、マズルに沢山の皺を寄せて呻くように声を出す。巨体の下に押し潰され、隠されたその場所から、微かに青年のくぐもった嬌声が響いて、同時に生暖かいヌメっとした感触が、笹田の腹を濡らしているのが理解出来た。

  ガクン…ガクン…と、射精の度に大きく腰が跳ねて、笹田は自らの間抜け面を隠そうともせず、絶頂の余韻に浸っていた。漏れ出した粘液で鼻先を濡らし、唾液が糸を引く口をだらしなく開いて野太い舌を垂らす。トロりと蕩けた瞳孔は中央付近に寄り、どこか遠くを見るような視線で、全身から力を抜いていった。

  青年も青年で、笹田の腹と胸の肉に押しつぶされながら、全身を彼の臭いに包まれて恍惚とした絶頂の中に沈んでいく。脳を直接焼かれるような臭いと快楽に抱かれて、多幸感で頭が一杯になっていた。

  他の客を相手にしている時とは違い、笹田に種付けされると、実際に自分が孕まされてしまっている感覚に陥り、異常な背徳感に心が支配される。

  それに、身体がまるでその種をもっともっとと欲しがるように、腸壁は脈動し、ペニスを根元から搾り取るような動きを見せるのだ。

  「はぁ…❤はぁ…❤うっ!?❤」

  射精直後の、敏感なペニスを、ギュッと強くアナルで締め付けられ、笹田が頬を赤く染めながら、欲情に塗れた瞳で青年を見下ろす。

  そこには、まるで淫魔のように、妖艶で快楽に惚けた青年の顔があって、その表情を見つめていると、なんだか自身の知覚している世界全体が、激しく揺れ動くかのような、そんな前後不覚な感覚に陥ってしまうのだ。

  「ささだ…さ…❤」

  青年が、そう優しく名前を呼ぶと、脳内麻薬が溢れ出て、サイケデリックな色合いが視界を走る。

  そして、自ら何をすれば良いのか、何をしなければならないのか、その答えを教えるように、身体が勝手にまた動き始めるのだ。

  浅い浅い呼吸の音が、過呼吸に陥った時を思い出させる。

  笹田は、もう一度、貪るように青年の身体へと覆い被さり、その全身に舌を這わせるのだった。

  そして、夜はまだまだ続いていく。

  [newpage]

  「ふぅ…」

  時刻も朝方八時を回った所。

  大我は数日ぶりに自宅への帰路へつき、玄関の扉を開けてから一息大きく呼吸をした。

  過去の事例から今の今まで、調べ物をし続けて早五日。仕事に夢中になって、署に寝泊まりし続けながら没頭していたら、大神や他の部下達に心配され、帰らされる羽目となった。

  大我は、今日署内であった大神とのやり取りを思い出す。

  ―――…さん……我さん…――

  「ん…んぅ…」

  ――…きて……てください――

  「ぐっ…うぅ…」

  「大我さん…――!!」

  「っ…!」

  自らのオフィスに備え付けられた大きめのソファに寝そべり、軽い睡眠を取っていた大我の身体を、何者かが揺すりながら声を掛ける。

  それでも、徹夜続きの日々だったからかレスポンスは悪く、彼にとっては珍しく、声を掛けた本人――大神が本気で声を荒らげなければ反応出来ないくらい、数分の睡眠で寝入ってしまっていた。

  「大我さん…?…はぁ…まったく…あまりに起きないので過労死したかと思いましたよ。……大丈夫ですか?」

  「…大神…。………すまん…、軽く仮眠するつもりだったんだが、どうやら思ったより寝入ってしまっていたようだ。……何か進展があったのか?」

  「いえ、そろそろ容疑者の何名かと連絡がとれそうですが、今署内にある情報じゃこれ以上は…」

  「…そうか。まぁ仕方ない。……俺もすぐ捜査を再開して……」

  「何言ってるんですか!…大我さん働きすぎですよ!もうここに寝泊まりして何日目ですか?」

  皺だらけのスーツに、小汚く汚れ、跳ねた顔の毛。全身からはプンと香る獣臭が匂い立ち、本人は気付いていないだろうが、傍から見るとその姿は異様だ。

  大我はそんな己の姿に無頓着な様子を見せながら、ポリポリと自らの頬を掻いて、とぼけたように視線を逸らした。

  「あ〜……、ま、まだそこまで長く寝泊まりしてる訳じゃないだろう…」

  「……はぁ…本気で言ってるとしたら相当問題ですよ大我さん。……貴方はもう五日もこうしてここで寝泊まりしてるんです。それを理解できないくらい疲れてるなら、役に立たないので一度帰ってしっかり休んでください。」

  大神は、それだけ言うと、呆れたように溜息を吐いて踵を返した。役立たずと言われて聞き捨てならない大我は、そんな大神の後ろ姿に腕を伸ばしながら、慌てたように弁明を口にする。

  「ま、待て!今のはただ[[rb:惚 > とぼ]]けただけだ!自分の体調くらいしっかり把握してるに決まってるだろう!」

  「はぁ…そうですか…。…まったく…。どちらにしろ、言った通りもう五日も寝泊まりしてるんですから一度くらい帰って頂かないと。他の部下も気を使って帰りづらくなりますし、貴方身重の番を放っておいて事件に没頭してていいんですか?運命の相手なんでしょ?」

  「ぐっ……!」

  「……あと、素直に風呂入って下さい。臭いです。人間の署員ですら顔を顰めるんですから、俺みたいな獣人の署員にはどれだけ苦痛かよく分かりますよね?鼻は捜査にも使うんですから衛生管理はしっかりして下さい。」

  「………」

  そこまで正論を叩きつけられると、大我はもはや何も言い返すことが出来ずに、ガクリと肩を落とした。部下にそこまで言われるという事は、相当無理をしているように見えているのかもしれないし、単純に言った通り迷惑だからかもしれない。

  どちらにしても、確かに昴の様子もここに来て気になってきたし、結局一度帰宅するという事になったのがつい30分程前のこと。

  帰ってきて、会話を思い出し、大我は自らの腕や腋の臭いを嗅いでみた。

  そんなに臭いか?等と思いながらも、家に帰ったら帰ったで、これまでの眠気なんて吹き飛んで、早く昴の顔を見たくて仕方なくなってしまう。

  「昴ー!帰ったぞ〜!」

  声を掛けても、勿論返事が帰ってくることはない。五日も家を開けたのだから、ほんの少しくらい心配して顔を見せてくれるかと思ったのだが、どうやらまだまだ信頼は足りていないようだと、一人小さく溜息を吐いた。

  一応毎日最低一回はスマホでメッセージを送っているが、それも既読ばかりついて返事が帰ってくる事はなかったのだ。そんな昴が、わざわざ顔を出して出迎えてくるようなら、それこそ何か事件があったのかと疑って心配してしまう事案である。

  大我は乱雑に革靴を脱ぎ捨てると、居間の扉を開けて中を見渡した。すると、中央に置かれた大きめのソファーの肘掛け辺りから、昴のものと思われる素足が少しばかり突き出しているのが見えて、早速むしゃぶりつきたくなる衝動に駆られる。

  職場では決して見せないような、綻んだ笑顔に顔をだらしなくさせると、大我は勇み足でソファーの側へと駆け寄り、正面に回って、そこに寝そべる愛しの妻へと視線を向けるのだ。

  「昴!ただいま!五日も家を開けてすまん!何も異常は無かったか!?具合悪くないか!?飯はしっかり食ってるか!?」

  「………」

  「よしよし…大丈夫そうだな。お腹の赤ん坊も元気か?……おーい、パパが帰ってきたぞ〜!ふふふ。また大きくなったか?……おっ!動いた動いた!そうか、お前もパパが帰ってきて嬉しいか!ハッハッハ!」

  五日間という長い時間、顔を合わせなかったのは、同居を始めてから初の事であった。殺人という大きな事件が起こったのもこれが初であったから、何の参考にもならないけれど、今までは毎日欠かさず家に帰ってきて、昴の世話を焼いていた大我にとっては、思ったよりもこの時間が恋しかったようで、思わずテンションが大きく上がる。

  それとは対照的に、早口で捲し立てる大我が視界に入っていないかのように、昴はボンヤリとテレビを眺めており、それ以外はされるがままだった。何か一言でもあるかと思ったが、全く何も無く、帰ってきて嬉しそうでも、嫌そうでもない、静かな反応である。

  大我は、そんな昴の頬にキスを落とし、チュッチュッと音をたてながら、その大きなお腹を優しく撫でた。ついでに失った養分を補給するよう、深く深く彼の匂いを肺に溜め込みながら顔を擦り付ける。

  そうすると、これまで仕事で誤魔化されていた性欲が刺激されるような感覚がして、ムクムクと欲望が鎌首をもたげ始めるような……。まぁ有り体に言うと、下半身、スラックスに埋もれた股間部分がヒクヒクとひくついて、反応を示してしまうような、そんな露骨な変化が身体を襲った。

  腹を撫でていた腕が、その感情の赴くままに、昴の股の間へと伸びていって…。

  「むふふ…❤…痛っ!」

  思わず下品な笑いが漏れた。しかし、そんな折、昴が大我の手の甲を抓り上げた事で、それは中断を余儀なくされてしまう。

  「す、昴?」

  今まで、嫌だ嫌だと言いながらも、決して直接それを拒否せず、されるがままだった筈の昴。

  そんな彼が突然、そのようにあからさまな抵抗を示して、その上ムッとしたような、不機嫌な表情でこちらを睨み付けてくれば、大我は思わずタジタジになり、額から大粒の汗を垂らした。

  「…………臭い」

  「へ?」

  「臭い。汚い。風呂入って」

  そして、容赦なく浴びせられる罵声、凄惨で衝撃的なド正論の事実。

  言葉を失い、唖然とした大我を、シッシッと追い払った昴は、拗ねたように身体を翻して、正面をソファーの背もたれ側に隠してしまった。

  昴に拒否されたのが思いのほか心に響いて、暫く固まってしまう大我。

  何度か名前を呼んで、優しく身体を揺すって話しかけても、サッと腕を払われてしまっては、もう父親、ひいては旦那としても全くと言っていいほど立つ瀬がないだろう。

  大我は、大きく肩を落とし、シクシクと悲しげに鼻を鳴らしながら文字通り尻尾を巻いて風呂へと向かった。いつもなら一緒に入浴して、ラブラブなSEXをする至福の時間も、今では遠い過去の出来事のようだ。

  「ふぅ〜…」

  熱い熱い熱湯を頭から浴びていると、これまでの疲れが一気に襲ってきたかのように、全身から活力が消えて、シナシナになった大我。一瞬脱衣所に昴が入ってきた気配があり、もしや途中からサプライズで入ってきてくれるのかと思いきや、そんな訳もなく、何かゴソゴソと動いてはすぐ出ていってしまって、尚更肩を落とした。

  どんどんと際限なく気落ちしていく気分のまま、緩慢に全身を洗い、特にくつろぐことも無くさっさと風呂から上がる。そしてふと目の前の棚を見ると、そこにはいつの間にか新しい下着とシャツが用意されていて、一瞬頭に疑問符が浮かんだ。

  どうやら先程脱衣所に昴がやってきたのは、こうしてうっかり用意し忘れていた着替えを持ってきてくれていたかららしい。そんな当たり前にも思える細かな気遣いがなんだかとても嬉しくて、大我は自然と優しげな笑顔を浮かべる。どんなに言葉や態度が冷たく見えても、こういうふとした日常の一コマに、昴の愛情を感じる事が出来れば、それだけで大我は温かい気持ちになれるのだ。

  それこそ、何年も警戒され、こうしてなし崩しに同棲する事となってしまった経緯を考えれば、これでもかなり進歩した方だろう。

  贅沢な事は言わないし、これ以上を求めすぎる資格も権利もないのだ。ただ昴がそばに居てくれるだけで、大我にはとんでもない程の幸福だと思っている。

  一変して上機嫌になり、着替えて鼻歌を歌いながら居間に行くと、しかしそこに昴の姿はなく、慌てて家中を探し回って、最後寝室に辿り着けば、まだ昼前だというのに、既にベットへと横たわる彼の姿を見つけた。

  「昴…?」

  そして、当然のように大我もその横に寝そべると、彼の名を甘く呼びかけ、後ろから抱きしめるように腕を伸ばした。

  思ったよりも抵抗が無いと分かるや否や、このまま、あわよくば回した腕をその下半身に持って行って、今度こそさっきの続きを……!と思った所で、寝返りを打った昴がギュッと胸元に身体を寄せてくるものだから、何も出来なくなる。

  「むっ…?」

  そんな、珍しく甘えた様子の昴の行動に嬉しいと思う反面、期待していた行為に辿り着けなかった大我は手持ち無沙汰になってしまって、仕方なく、そんな昴を抱きしめるようにしながら、自身も自然と目をつぶった。五日間溜め込んだ性欲が爆発しそうだという気もあったし、こんなに密着されていたら当然ムラムラして寝れないだろう……なんて思ったのも束の間、思ったよりも疲労が強かったのか、そのまま意識は微睡みの中にすぐさま飲み込まれて、瞼が意思に反し全く持ち上がらなくなってしまう。

  大我は気付いていないだろうが、全ては昴の不器用な優しさ故だった。

  五日も働き詰めだった父を、更に疲れさせるような事をしたくなくて、ぶっきらぼうに振る舞いながら、彼をベットへと引き込むよう仕向けたのだ。勿論、五日間もほったらかしにされた意趣返し……とは本人も認めたくは無いが、そういう意図も無意識にあったのだろう。

  案の定、すぐさま静かな寝息が聞こえてきて、大我は気を失ったかのように眠ってしまう。

  自分の身体の状況も分からずに、馬鹿な人だと、そんな悪態を心の中でつきながら、昴もまた、久しぶりの大我の温もりと匂いに包まれるよう、ゆっくりと静かな眠りの中に落ちていく。

  昴にとっても、久しぶりに心地よく眠れるような気がした。いつもはウザったくて、遠ざけたいと思っていた父の温もりだけれど、無ければ無いで落ち着かず、いつしか一人での睡眠は徐々に短くなっていたのだ。

  ともすれば、昴もまたすぐに規則的な寝息を立て始めて、心の底から安心しきったように大我の胸元へと身体を預ける。

  洗いたての、フワフワで柔らかい胸の体毛に顔先を埋めて、ウォッカやジンと言った酒精の強い酒を彷彿とさせる渋いコロンのような体臭が警戒心をすっかり薄れさせた。

  これが運命の‪α‬のフェロモンとでも言うのだろうか。どんなに香りの強いボディーソープで身体を洗った直後でも、大我の身体に鼻を埋めれば、いつだってこのほろ苦い香りがして、身体の奥がじんと熱くなるような感覚がする。

  そして、昴は無意識にそれを追い求めるよう、尚更強く、大我の胸元に顔を埋めていくのだ。

  カーテンの隙間から、ほんの僅かに朝日が射し込む。

  そんな薄暗い部屋の中で、2人の静かな寝息がいつまでも響き渡っていた。

  [newpage]

  「ん…ふぅ…」

  時刻は夜の八時になる頃だろうか。たっぷりと眠って、たっぷりと英気を養った大我が、軽く身動ぎをしながら、緩慢な様子で目を覚ました。

  相変わらず傍で寝そべっている昴の髪にマズルを埋め、スーッ…と深く鼻で息を吸い、運命のΩである者の甘い甘いバニラのような香りを、目いっぱい肺の中に溜め込んでいく。

  同時に、チュッ…チュッ…と音を立てて、頬、首、鎖骨へと、どんどん下へ下がるようにキスを落として行った。妊娠によって丸く突き出した腹の先端、少しめくれかかっている膨れた臍にも啄むようなキスをして、そのまま滑るように昴のズボンを下ろしていく。

  「ん……なに…っ…?…やっ…父さ…やめて…っ❤」

  「ん〜?」

  そんな様子に思わず身動ぎをして、ふと目を覚ました昴が、寝ぼけた思考で自らの下半身を見、僅かな[[rb:逡巡 > しゅんじゅん]]の後、驚いたように声を上げる。

  当たり前だ。何者かに身体をまさぐられているというような違和感に目を覚ませば、いつの間にか隣で寝ていたハズの父親が、こちらの股座に顔を埋めようと足を左右に広げているのだから混乱するのも無理は無い。

  とはいえ、明確な拒絶とは程遠い反応にも思えた。足を肩に乗せられて、マズルがすっかり股間に埋没し始めても、寝起きという事もあるのか、昴は無茶な暴れ方をする訳でもなく、されるがままである。どちらかというと、腹が重くて動けないし、赤ん坊に配慮して暴れられなかっただけかもしれない。

  それを調子の良い事に、いつしか腰を下から支えられ、少し浮かされるよう角度を調整されると、次の瞬間にはもう、ザラついた棘のある舌の腹が、いつもの様に柔らかい縦割れを下からゼロリと舐め上げていて、クリトリスの皮を器用に捲り、刺激し始めてしまった。

  そうすれば、久しぶりの直接的な刺激に、昴は思わずビクンと腰を持ち上げるようにしながら身体を跳ねさせ、寝ぼけ眼を覚醒させて、思わず甲高い嬌声を上げてしまうのだ。

  「んっ…ひぃぃっ❤❤」

  「ジュルッ…ジュルッ❤…ジュツッ❤ブチュ…❤」

  口元を手の甲で抑え、顔を真っ赤にしながら何とか声を抑えようと試みても、そんな努力など全て徒労に終わる。

  クンニするだけでこのような音が出るのか?と疑ってしまうような、唾液と唾液の弾けるような音が響いて、あっという間に湧き出る愛液を余さず啜りとられると、昴の腰が小刻みにガクガクと震え始めていた。

  割れ目をベットリと開いて全体を余さずザリザリと撫でられたかと思えば、舌先が小さな窄みをなぞるように捲って、鈴を鳴らすようにクリトリス全体を激しく揺さぶってくる。そうすれば既に、収縮した尿道から、ピシュッ…ピシュッ…と、予行演習でもするかのように短い潮が噴出していて、大我はそれへと美味そうに舌鼓を打つのだ。

  「っ…ほぉぅっ!!❤❤」

  「ん゙っ…!?」

  そして、そんな間の抜けた驚きの声と共に、昴がブリッチするよう僅かに腰を持ち上げ、大我の肩に乗せた足をピンと伸ばして、下半身だけを器用に突き出すよう反らした。同時に、舐め上げたマンコ全体が激しく収縮を繰り返して、彼が明らかに絶頂へと上り詰めた事を如実に伝えてくる。

  尿道がこれまで以上に痙攣を繰り返したかと思えば、その動きに押し出されるよう勢いよく透明な潮が吹き出して、大我の口蓋にブシャリとぶち当たる。勿論いつも通り、余さずそれらの液体を飲み干す大我は、舌で尿道を擽るようにしながら、尚更勢いを助長するように、敏感な部分を責め続けるのだ。

  「…ィッ…クッ!!❤❤イ゙グッッッ!!!❤❤」

  「ん〜〜…じゅるる…❤」

  喉の奥から、何とかひり出すように掠れた声が出て、身体が跳ねると同時に大きな叫びとなった。抱え込むように太腿を引き寄せられ、腰を下から支えられるように持たれると、力が入らず引き離す事が出来ない。それでも痙攣は抑えられている方である筈なのに、目に見えて下半身がガクガクと震えているのだから、その激しさが理解できるだろう。

  濡れた割れ目を掃除するように下から上へと何度も舐めるけれど、その度に追加される愛液で一向に湿り気が無くなることは無い。

  大我は、昴から供給されるそんな特製ジュースへと上機嫌に舌鼓を打ちながら、自らの鼻先でペチペチと上下に揺れる小さな金玉の裏の臭いを嗅いで、目元を柔らかく細めていた。

  ねっとり、ゆっくり、優しくマッサージするように、そして、時折昴の蕩けた表情を観察しながら、分厚い舌で一方的な快楽を与え続けている。

  「じゅるっ❤んっ…んる…む❤」

  「っ!?〜〜ッッひぃぃっ!!❤❤」

  そして、グッと腰を引き寄せた大我が、目を閉じながら、少し難しい顔をして何か探るように片眉を上げると、瞬間、息を飲んだ昴が、ギュッとシーツを掴む手に力を込めて、甲高い悲鳴を放った。

  ザラザラとザラついた、柔らかい棘がびっしりと生えた舌先を、大我はゆっくりと腟内へ挿入していく。

  痙攣と収縮で、思ったよりも抵抗の強いそこへ、無理矢理差し込まれた舌が、中の振動を感じながら、膣壁をゾリゾリとヤスリで削るように刺激して、広げていった。

  そのまま、溢れ出る愛液を掬うように舌を丸め、引っ掻き回すように刺激すると、マズルの隙間から醜く卑猥なブチュブチッという音が弾けて、とうとう飲み込みきれなかった粘液が、ゆっくりと顎髭を伝うようベットへ垂れていってしまう。

  「ん゙や゙ぁ゙ぁッッ!!❤❤ぞれら゙め゙ぇっ!!!❤❤」

  ガサガサに掠れた悲痛な声が薄暗い部屋の中に響き渡った。少しでも逃げようと大我の頭に突き出された腕は何の抵抗にもならず、むしろ尚更引き寄せられるようにして力を込められると、昴は奥をゾリゾリに掻き回す舌の感触に口を大きく開けて、声にならない声を叫んだ。

  視線が中心へと寄り始めて、焦点が合わなくなり、こめかみに青筋が浮き出て、全身に力が入る。既に何度目か分からないくらいの絶頂に苛まれ、休む暇もなく快楽を叩きつけられるうちに、バチバチと思考に火花が散り始めて狂いそうだった。

  「ジュルルルルッ❤❤❤」

  「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙〜〜ッッ❤❤❤」

  溢れ出る愛液を啜られながら、子宮の入口を押し潰すように捏ねくり回されると、昴は全身をピンと反らしながら無様な絶頂にアホ面を晒してしまった。

  一際大きなオーガズムによって、視界が真っ白に染まり、チカチカと光の明滅が瞳の奥でチラついているのが見える。

  ピュルッ…と使われていない小さなチンポから、酷く薄れたザーメンらしきものが吹き出して、妊娠に膨れ上がった腹を汚してしまう。

  暫くそうして、昴の痙攣と絶頂を見届けた大我は、相変わらず溢れ出る愛液を啜りながら、勢いよく舌を引き抜いて、その衝撃にビクンと大きく身体を浮かし「ンヒィ❤」と声を上げる彼を妖しく見下ろしながら、自らの口元をベロリと舐めあげて、腕でそこを拭うのだった。

  「ん゙ッッお゙お゙お゙お゙っほぉぉぉぉぉ!!!❤❤❤」

  「ぢゅるっ!❤ぢゅるるるるるっ❤ぢゅるっ❤❤」

  場所を少し移動して、ベットの縁に昴を座らせた大我が、その僅かに膨らんだ胸の先端に吸い付きながら、ゴチュゴチュゴチュゴチュ!と激しく彼のマンコを筋張った指で掻き回す様子が見える。

  部屋には昴の無様で獣のような声が響き渡り、勢いよく吹き出した潮が床をびちょびちょに濡らしてしまっていた。

  二本のふとましい指先が第二関節まで腟内に挿入され、子宮口を前後に掻き毟ると、ガニ股に開かれた足がガクガクと激しく震えて振動する。

  完全に身体を預けるようにして大我の屈強な腕に寄りかかった昴は、顎をしゃくり上げながら、吹き出す母乳をじゅるじゅるといやらしく啜られ続け、見開いた瞳孔を小刻みに乱していた。

  そして、まるで弄ばれるように突然ビッと勢いよく指を引き抜かれると、その衝撃に一瞬、強烈な収縮を繰り返した腟から、プシャーと潮が吹き出す。「ん゙っッひぃぃ!!❤❤」と全身をまたしても激しく震わせた昴が、ひとしきりそうやって余韻のままに痙攣したあと、グッタリと脱力して息を荒く吐き始めれば、大我は吹き出す母乳を舌の腹で拭うように舐めあげて、ベロリとまた自らのマズルに唾液を走らせたのだった。

  「気持ちいいか昴?」

  「はぁ…❤はぁ…❤……も…おかしくなる…❤」

  「数日ぶりだからな。今のうちにしっかり整えとかんと駄目だろう?まだまだ沢山気持ちよくなろうな?」

  「やっ…❤んっ❤ん゙〜っっ❤❤」

  いつも職場で見せる厳格な表情とは打って変わって、男らしくも無邪気な笑顔でニッと牙を見せながら笑う大我が、泣きじゃくる昴を見下ろしながら呟いた。一見頼り甲斐のある優しい笑顔にも見えるが、言っている事もやっている事も鬼畜の所業であり、普段の責任感ある彼からは考えられない、‪α‬という性と屈強な雄の原始的な欲望が垣間見える瞬間でもある。

  抗う事の出来ない強烈な庇護欲から来る、一方的な愛と奉仕。それは傍から見ると‪α‬のエゴでしか無いように見えるが、運命で繋がれたΩには、その愛が生きる為に必須だ。

  実際、今こうして強い快楽を与えているのも、妊娠中のΩがそれを必要としているからであり、特に男のΩとなると、ホルモンなどの問題から、‪α‬によってできるだけ発情状態を維持され、肉体を管理されなければ危険な状況に陥ってしまう可能性もある。

  だからこそ、こうして発情を促され、このような状況になっている訳だが、結局のところ、発情させられるだけさせられて放置されるのと、それをしっかり‪α‬の手によって発散させられるのでは、どちらが良いのかという話なのだ。

  まぁ、運命のΩが目の前で発情しているというのに手を出さない‪α‬など存在しないだろうし、長時間、こうして一方的に快楽を与え、奉仕するのは、そうした建前以前に、大我の元々の趣味という事であることは否めないだろうが…。

  大我は、いやいやと首を横に振る昴の上から顔を近付けて、その唇に噛み付くようなキスをした。

  そして、膨らんだ腹を愛おしげに撫でていた手は、またしてもゆっくりと、下半身へと伝うように降りていき、そのまま先程の行為の続きを再会しようと試みている。

  割れ目を優しく、上下に何度か撫でた後は、筋張って硬い指を二本、そのまま滑るように中へと滑り込ませて。

  始めはゆっくり、そして徐々に激しく、淫らな水音が、グチュグチュと音を立て始めると、繋がったマズルの中で、くぐもった叫びを上げた昴の口内へ、容赦なく野太い舌が侵入し、そこを蹂躙し始める。

  「ん゙っ❤❤ゔ〜〜!!❤❤ゔ〜〜〜〜〜ッッ〜〜〜❤❤❤」

  力無く突き出された腕が、大我の屈強な胸に空しく添えられていた。ガニ股に開かれた股の間でグチュグチュと激しい水音が響き渡り、つま先立ちになったふくらはぎがまたガクガクと震え始める。

  いつの間にか、添えられていた手はギュッと縋るように大我の体毛を掴んでいた。溢れ出る愛液が股座と床をグチョグチョに濡らすのと同じくらいに、目尻から頬を伝って流れる涙が快楽の強さを物語っている。

  そして、子宮口の周り、円を描くように二本の指でそこを撫で、爪先で引っ掻くように何度か弄んでから、腟の上辺をゴリッと圧迫して、そのまま曲げた指を勢いよく引き抜かれると…。

  「ん゙〜〜〜〜〜っっ❤❤❤ん゙っ❤ん゙っ❤」

  何度かパクパクと入口が横に開閉し、一拍置いてからプシュー!と勢いよく潮が吹き出した。昴の腰が、その潮の噴出に合わせてカクッと前に突き出されたかと思うと、また二度目、三度目の噴出と共に何度も突き出され、激しい痙攣の様相を呈している。

  じゅるると唾を吸引されながら口を離されると、あまりの快楽に無様な顔を晒す昴が、ビクビクと全身を痙攣させながらダラリと溶けるように全身から力を抜いて、息も絶え絶えに浅く呼吸を繰り返す。

  何とか開いた瞼は痙攣し、瞳孔は震えて殆ど機能しているとは言えない状態だった。もうとっくに発情に伴う性欲の増強など、許容量を超えて満たされ尽くしているというのに、大我のねちっこい責めの前では、こんなものまだまだ序章であるという事実が恐ろしかった。

  「……さぁ。そろそろ父さんも辛抱たまらなくなってきたぞ。…最後にいつものあれをして、とりあえず今は終わろうな❤」

  「は…はひ…❤」

  無骨で大きな、男らしい手のひらで頭を撫でられ、曇った思考に得も言えぬ多幸感が訪れる。その間にも脳と身体は絶頂から降りてくる事が出来ずに、これまで散々教え込まれた深イキの沼に浸かって抜け出せなくなっていた。

  全身の痙攣はいつまで経っても止まらず、肌を軽く撫でられるだけでも絶頂してしまいそうになる。

  そして、朦朧とした意識のまま、耳元で囁かれる大我の言葉に、昴はただ反射的な返事を返すのだ。

  「ようし、準備できたな。」

  「あ゙〜〜…❤」

  腕を後ろ手に縛られ、目には真っ黒な目隠しをされている。床にグッタリと座り込んだ昴は、その短い舌を摘ままれて、唾液を垂らしながら顔を無理矢理上に向かされていた。

  先程とは打って変わって、ベットの縁に腰掛けているのは、寝巻きのボクサーパンツを脱ぎ去った大我。そして、その股座から生えるグロテスクで赤黒い、子供の腕程もありそうな半皮被りのペニスが、項垂れるようにしながら昴の頬にカウパーをベットリ垂らすと、漂ってくる雄の臭気が一層濃くなったようで、ヒクヒクと鼻穴が反応するようにひくついた。

  「さて……いつも教えてやった通りに出来るな?❤」

  「はへぇ……❤」

  目隠しされていると、視界以外の感覚が鋭くなって、朝の蒸れた濃い雄臭が鼻腔をずっと刺激する。その上、重たく頬にのしかかる湿ったチンポから、ムワリと立ち上る生暖かい熱が、昴の体温を酷く暑くさせるようで、息もまた荒くなった。

  大我は、そんな風に自主的な奉仕を促しつつも、昴の頭を掴んでは、グイと少し乱暴に自らの股座に押し付け、殆ど有無を言わせぬ様子で、あからさまに何をどうすれば良いかと要求するようだった。

  まずは短い毛がビッシリと生えた、一つが野球ボール大の金玉へ舌を這わせ、しっかり口に含んで唇で按摩する所から。昴は、無意識に口を動かして、懸命に顔を動かし奉仕し始める。

  「お゙〜…❤いいぞぉ❤…すっかり口の動かし方も覚えたな。偉いぞ昴❤」

  「ん…ん…❤じゅる…❤ん…❤あむ…❤ふ…❤」

  腕を縛られて使えないようにされている為、自然と顔をグリグリと押し付けるようにして奉仕する事になり、すると竿の上側に生えた陰毛部分や、ペニスの横にある、臭いがこもりやすい鼠径部分に鼻先を押し付ける事になって、ツンとした刺激臭が粘膜を刺すように掻き毟った。

  クチュクチュと湿った音が響き渡るにつれて、昴の上空から、低く響き渡るような雄臭い声が、心地よさそうに聞こえてくる。顔面にのしかかってくるペニスも、ビクビクと刺激にしゃくりあげ始めて、どんどんと硬度を取り戻していくそれが、いつしか太い血管を伴って臍を超える程に硬くなると、何を言われずとも無意識のままに、下から竿をなぞるよう舌を這わせた。

  ドクドクと鈴口から溢れ出るカウパーが、幹をなぞる舌先からはみ出るようにして雫を作り、分流し始める。しかしそんな事気にする余裕もなく、懸命に奉仕を続ける昴が、その先端にカプリと口を付けると、そこから溢れ出る愛液を懸命に喉を鳴らして飲み干していき、口の中が塩辛い味と雄の臭いでいっぱいになって行く。

  「いいぞ…❤お゙っ❤…しっかり皮の中も…っ❤ふっ❤綺麗にしてくれな❤へへ❤」

  「ん゙…❤レロ…❤じゅる…❤うえ…❤え゙…❤」

  勃起しても、亀頭の半分を覆う包皮の中に舌を挿入して、中を唾液で濡らすように舐めとる。どうやら、昨日寝る前風呂に入った際、あえてそこを洗う事はせず、数日分の汚れをそのままにしていたらしい。雁の部分にベットリとこびり付いた恥垢は、塩辛く、アンモニアの臭いを漂わせて、舐めとる度口内に臭味をこもらせる。

  それでも、妊娠中の身体はむしろ、‪α‬のそれを栄養として渇望してしまうようで、嫌悪感よりも先に、無意識のまま夢中になって舌を這わせた。唾液でドロドロに溶けた澱をじゅるじゅると啜って飲み込むと、下半身がキュンキュンと疼いて、満足感に心が満たされるような感じがする。とにかく‪α‬のフェロモンを身体が欲していて、数日ぶりに与えられるそれを、昴は貪欲に貪っていた。

  「あ゙〜…❤いいぞ…っ❤…ぉ゙…ッたまらん!❤」

  「じゅるる❤…ん…❤ん゙じゅ❤❤」

  筋肉が膨張する屈強な股ぐらを無防備に開き、ベットに後ろ手を付いて、胸を張りながら快楽に牙を食いしばる大我。口の端からは唾液が僅かに垂れていて、毛に覆われた顔を真っ赤にしながら、時折ビクりと下半身を跳ねさせたかと思えば、力みすぎてふくらはぎがブルブルと震えている。

  数日ぶりの直接的な快楽は、大我の理性を崩壊させるのに充分過ぎる威力だった。亀頭全体を舌で舐められる気持ち良さに思わず唇を突き出し、軽く顎をしゃくり上げて腰を突き出す。

  そうすると、その大きな金玉に凝縮された子種汁が、今か今かとタイミングを見計らってグルグルと流動し始め…。

  「ぐっ…があっ!!❤❤[[rb:射精 > で]]るぞっ!!❤❤イくっ!!❤❤飲めぇ!!❤❤」

  「んぶっ!?❤ん゙むぅ〜〜っっ!!❤❤」

  口を大きく開け、生え揃った大きく鋭い牙を剥き出しにしながら、大我は派手に絶頂した。一本のうどんのように繋がった、ドロッドロのザーメンが、突き出す腰の勢いのまま、昴の喉奥へと穿つように噴出されていく。

  突然の射精に驚き、咳き込んで口の端から僅かにそれを零しながらも、しかし先端の鈴口周りをパックリと咥えこんで、ゴクゴクと懸命に精子を飲み込んでいく昴。

  それは糊のように粘着性があり、口の中だけでなく、喉奥にもベットリと粘り着くような手ごわいザーメンで、いくら必死になって飲み込もうとしても、上手く飲み込む事が出来ない、鼻から抜けるような非常に生臭いザーメンであった。

  それでも、‪α‬からもたらされる全てを貪欲に取り込もうとするΩの欲望は、自らの意思とは反して、年代物のワインのようにその味を楽しんでしまっていて…。

  「お゙〜〜…❤すげ…❤っ…❤まだまだ[[rb:射精 > で]]る…❤」

  「ん゙…く…❤…ごく…❤ごく…❤」

  脱力し、深く息を吐きながら、大我は久しぶりの射精を全身で味わっているようだった。

  時折咳き込み、何度か口の端から精子を零しながらも、小便のように吹き出すそれを口内に貯め込み、なんとか飲み込んでいく昴。

  当然何を言われずとも、零した分も含め、舌を伸ばして掬い取り、最後の最後まで味わい尽くした昴は、ここ何十回かのSEXによって習慣となってしまったからか、自然としっかり後片付けするように、大我の太いペニスへと舌を這わせて、根元から先端まで、横から笛を吹くように唾液をまぶしていた。

  そしてそのうちよしよしと、いつの間にか優しく頭を撫でてくれる感触がして、同時に、久方ぶりの濃ゆいザーメンをなんとか飲み干した昴は、満足感に全身から力を抜き、脱力するのだが…。

  しかし、後頭部を掴んだ大我の手がいつしか、グッと後ろから無理矢理圧迫するように力を込め始めると、僅かに抵抗を見せ、頭を離そうとする昴の意思に反して、ペニスが徐々に、口の中へと埋没していく。

  「ん゙…っ❤ん゙〜〜〜!!?❤❤」

  「よしよし、じゃあ今度はしっかり奥まで咥えこもうな?❤」

  呻き、叫びながら抵抗する昴の様子などお構い無しに、ベットに座っていた大我が、優しげな口調と表情を見せつつ、腰を浮かして立ち上がった。かと思えば、おもむろに角度を変えて、真上から垂直になるよう、昴の頭を跨いでは、ゆっくりゆっくり、力を入れて喉奥へとペニスを挿入しようとする。

  後ろ手に腕を縛られている為、ろくな抵抗も出来ず、身体を左右に揺らして呻く昴だが、しかしそのうちピンと張った背筋からぐったりと力が抜けていき、苦しさと酸欠のまま、全身を脱力するしかなくなって。

  「が…❤ご…❤」と口の端から息と共に抜ける苦しげな声だけが聞こえるようになった。大きな金玉が上向きになった顎先に密着する様子が横からありありと見えれば、あの巨大なペニスがすっかり口の中へ収まってしまったのだと分かり驚いてしまう。

  その証拠として、大我の筋肉質なふとましい太腿が昴の顔面を完全に隠してしまい、陰毛部分がぴったりと密着して彼の鼻をすっかり覆い隠していた。それに、しゃくり上げ、無防備にさらけ出された昴の喉の部分が、不自然な盛り上がりを見せると、間違いなくそこまでペニスが侵入してしまっているのだと、傍目からでも容易に理解出来てしまう程で、これまでですっかり開発された喉奥の成果を把握するには充分だ。

  「あ゙〜〜❤…すっげ…❤昴の喉奥、父さんのチンポキュウキュウ締め付けて堪らんぞ❤久しぶりに喉奥で味わうチンポはそんなに美味いか?❤ん?❤」

  「んじゅ❤…ぼえ❤…え゙ゔ❤ご…❤」

  「そうかそうか❤これからもたっぷり味合わせてやるからな?❤赤ん坊にも父さんのザーメンの栄養、しっかり届けてやらんとダメだもんな❤」

  「す〜…❤ごぶっ!❤ごえっ❤え゙ぅ❤」

  酒に酔ったかのような真っ赤な顔で、ニッと人好きのする笑顔を浮かべながら、両手で昴の頭を抱え込み、股ぐらに押し付ける大我。

  ごきゅ…ごきゅ…と、上向きになった喉が上下に[[rb:蠕動 > ぜんどう]]するよう動いて、まるで差し込まれたペニスを更に奥へ奥へと飲み込むような動きを見せているのが非常に印象的だ。

  ずっぽりと根元まで挿入されている為、相変わらず鼻先が大我のワサワサとした手入れのされていない陰毛にすっかりと埋没して、そこから香り立つ濃厚な雄の臭いが、酸欠の脳を焼くように刺激する。

  ずるるるるぅ〜↑…とゆっくりペニスが引き抜かれ、亀頭部分まで抜かれたかと思えば、ズパン↓!と勢いよく喉奥を突かれて、首がまるでカエルのように一回り膨れ上がるのが見えた。

  狭い食道は、大我のペニスをキュウキュウに締め付け、発せられる声の振動によってバイブレーションのように竿全体を刺激するものだから、ケツとはまた違った快楽を味わえると、大我のお気に入りの行為だった。

  ダラリと舌を無意識に口から垂らし、恵比寿顔で腰を振り出す大我。

  ベチンベチンと大きな陰嚢が何度も顎にぶち当たり、激しいピストンで漏れた唾液で口元を濡らしながら、昴もまた喉奥を突かれるという危ない快楽に目覚める寸前であった。

  「ぶちゅっ❤え゙❤ごぇ❤お゙…❤ぼっ❤ぶぇ❤え゙っ❤」

  「いいぞぉ…っ❤そのままチンポ締め付けておけよ!❤ほっ!ほっ!ほっ!❤」

  苦しくて、辛くて、本来であれば快楽など到底感じえない行為である筈なのに、昴は確かに、酸欠の脳みそが得も言えぬ快楽で染まっていく感覚を全身で感じてしまっている。

  気絶寸前で、死を感じるような意識のなか、それとは別に、それら全てを覆い隠してしまうような、強烈な多幸感が湧き上がり、ぼんやり、薄く広がる、その快楽によって、思考が穏やかな絶頂を迎えていた。

  その証拠に、脱力して、弛緩した膀胱から、ジョロジョロと小便が漏れ、床にホカホカとした水溜まりを作ってしまう。

  ケツでイクのとも、膣でイクのとも違う、形容し難い絶頂感に、昴は瞳孔をぐるりと瞼の裏に隠して、ガクガクと背筋を震わせながら、意識を手放そうとしていた。

  「おっと!…へへ…❤危ない危ない❤」

  「ぶあっ❤…あ゙…❤ごほっ❤…ごほごほっ❤」

  けれど、そんな心地よい絶頂感の中に居た昴も、突然ペニスを引き抜かれ、呼吸が再開されると同時に、現実へ意識を引き戻されるよう、覚醒する羽目になった。

  時間が止まって、音も聞こえなくなるような感覚の中、呼吸が出来るようになると、突然その全てが引き戻されて、夢の中から現実に戻されるかのように身体が重くなる。

  切り刻んだオクラから滲み出る粘液のように粘着いた太い唾液が、いくつもの糸を作って、ペニスと口とを結び付けていた。

  肩を揺らし、激しく胸を上下させながら、目隠しに隠された視線は顔の中心にあるペニスを布越しに見つめるようで、瞳孔が真ん中に寄っている。

  しばらく呼吸を整えて落ち着くと、また当たり前のように大我のチンポが迫ってきて、そして、今度は何の気遣いもなく、スムーズに口の中へと挿入されていく。

  「ん゙❤じゅるるるっ❤」

  「そら、お待ちかねのチンポだぞ❤」

  視界が布で覆われているため、腰を突き出されるタイミングが分からず、一瞬身体が強ばった。けれど、今度こそ最初から容赦なく腰を振られ、まるでオナホールのように口を使われると、すぐにまた全身から力が抜けて脱力し、先程と同様、じんわり染みるような快楽が昴を襲い始める。

  口からは、空気と粘液とが混じりあって弾ける卑猥な音がずっと聞こえていた。そこに[[rb:嘔吐 > えず]]くような声の振動が加わると、まるで水の中で溺れているかのような、ブクブクと振動する泡の弾ける音が混じって、ジュルジュルとそれを啜る響きが加わっていく。

  「んぼっ❤ぼっ❤む゙っ❤ぶっ❤ぶじゅっ❤じゅぶるっ❤」

  口の中にたっぷりと溢れ出した大量の唾液が幾つも糸を引き、白く泡立って口元とチンポの根元に付着していた。時折ただピストンするだけでなく、最奥に押し付けるようグッと腰を突き出して静止したり、僅かな慈悲とでもいうのか、少しの間呼吸の為に引き抜いたりしながら、緩急をつけて喉奥を開発されてしまう。

  ペニスを引き抜く度、タコのように吸い付いた唇が、強烈な吸引をしているのが傍目から見ても理解出来た。既に口内は完全な真空状態になっており、自然とペニスに肉襞が密着して一体化してしまっているのだ。

  自らの運命のΩであるという以前に、実際に血を分けた息子である相手に欲情し、その喉奥を犯して快楽を貪るという仄暗い欲望が、大我の加虐心を酷く刺激しする。

  そうした興奮が、また強い快楽を産み、そして直接、チンポの奥へと響くような快感が広がっていくのを大我は確かに感じていた。

  「あぁ…っ❤[[rb:射精 > で]]るぞ…❤……射精る射精る射精るっ❤……イク!!!❤❤❤オ゛ルァっっ!!❤❤❤」

  「ん゛ッッ!?❤❤〜〜〜〜〜ッッッ❤❤❤ッ❤ッ❤」

  一瞬、脱力するように息を吐いて、そこから徐々に絶頂へ向けて身体が強ばっていった。声にどんどん力が篭もり、腰を一層強く上から突き刺すよう落とすと、マズルにギュッと皺を寄せて、昴の頭を両手で抱え込むようにしながら、分厚い股で強く挟む。

  一瞬、ほんの一瞬だけだが、大我の全身から一気に力が抜け、顔がだらしなく弛緩した。かと思えば、そのままビュルルルルッと、勢いよく喉奥にザーメンを吐き出され、もう一度身体中の筋肉が弾ける快楽に強く強ばっていくではないか。ベチンと跳ねて当たった金玉がきゅ〜と射精に縮み上がり、小便のように吹き出す精子が、食道から胃に向かって直接排泄されていった。

  「お゙っ❤お゙ゔっ❤射精るっ❤お゙っ❤」

  前屈みになり、腰をビクンッと大きく痙攣させる大我が、何度かペニスを抜き差しするようにして、喉奥へザーメンを叩き付けた。どこか遠くを見るような、惚けた表情の半目になって、また一段と強い射精が来る度、眉間に皺を寄せながら強く牙を噛み締めているようだ。

  同時に、昴の喉もまた絶頂に痙攣して、機械のように上下へと波打っていた。外からでもゴキュ…ゴキュ…とくぐもった[[rb:嚥下 > えんげ]]の音が響いており、時折溺れるような音を出しながら咳き込んだかと思えば、チンポの密着した交接部分から白く泡立った粘液をどろりどろりと漏らしている。

  密着する唇の下から伸ばされた舌先が、無意識に動いてはレロリとチンポの根元を舐め、金玉と竿の間に舌を這わせながら、粘液を啜って余すことなくそれらを口に含んでいた。

  プシャー…とΩマンコからは潮を吹き、垂れた極小のチンポからはトロリと精子が零れている。しっかりと開発されてしまった喉奥の快楽だけで絶頂に達し、ドライオーガズムに溺れる度、ぴゅるぴゅるとそれを表すかのように床へと潮を吹く。

  喉の中で上下にしゃくり上げる力強いペニスの動きと、その度ビュルリと吐き出されるザーメンの勢いを感じながら、ブルブルと震える昴は、酸欠の脳に大我の雄臭を取り込み続け、身体がそれを取り込むよう作り替えられていった。

  「はぁぁぁ〜……❤」

  大きく息を吐き、脱力した大我が、ズルゥッ↑と勢いよく速度をつけてペニスを引き抜いた。

  相変わらず粘着いた唾液と、今度は吐き出したザーメンが幾つも糸を引いていて、昴の濡れた口元には縮れた陰毛が幾つもへばり付いている。その上、開いた口の中には、引き抜く間も吹き出していた精子が溜まりに溜まり、昴の呼吸に合わせてスライムのようにプルプルと元気に揺れていた。

  ぬちゃぬちゃと、舌を動かす度にそれらが蠢いて、大我がそれを見下ろし「飲め❤」と命令すると、昴は口の中に絡みつくそれを、なんとかゴクリと、苦いものでも口に含んだかのように顔を顰めて飲み込んでいく。

  次に口を開いた時には、そこにもう白く濁った粘液の姿はなく、大我は舌を引っ張りながら、満足そうに「よし❤」と小さく頷くのだった。

  そして、その後も一日中、まるでこの数日間の空白を埋めるように、大我と昴は求め合った。…といっても、大抵大我の方から、下心のある笑顔で擦り寄ってきたかと思えば、無関心を装う昴に手を出すという感じである。

  事ある毎に、昴の下半身へと顔を埋める大我。そのザラついた棘のある舌を使って、何度も何度も終わらない絶頂に昴を追い込んでいく。

  同時に必ず喉を使われて、喉奥の絶頂も徹底的に教え込まれた。妊娠の為、膣とアナルを使うことが出来ない今の期間で、とにかくそれ以外の性感帯を容赦なく開発するつもりなのだろう。

  既に父乳が溜め込まれている胸の性感帯もそうだ。ミルクが溜まり過ぎると身体に悪いからなどという大義名分の元、舌で舐められ、吸われ、搾乳されて、噴乳しながら無理矢理絶頂させられる。

  指でケツ穴とΩマンコを同時にほじくられる事もあった。大我のペニスでは大きすぎて負担になっても、指や道具で中を掻き回すくらいなら問題ないと判断されて、M字に身体を拘束されながら、恥ずかしい部分を全てさらけ出すかのようにひっくり返されて、無様に潮を吹くまで、弱い所の耐久を実験されてしまう。

  「ほら、ここはどうだ?ん?❤」

  「ヒィィィ❤❤ソコっっっ!❤❤…ッぇぇぇぇぇ!?❤❤」

  ソファーに足を開いて座らせられ、正面に腰を下ろした大我が、まるで動物実験でもするかのように、膣とアナルを指でグチュグチュ掻き回す。

  その指先がとある部分をグッと強く擦り始めると、昴は思わずビクンと腰を強く跳ねさせて叫び、そしてその勢いのまま、無様に尿道から潮を吹き出すことしか出来なくなった。

  当然、その瞬間、慌てたようにマズルを近付けた大我が、溢れ出るそれらの蜜を、余すことなく飲み込み、舌先でもっともっとと、尿道の入口を擽る。

  相変わらず、その間もアナルに挿入された指は、内側から前立腺を擦り立てて容赦など無い。

  足の指先をグッと強く丸め、大我の肩の上でガクガクと太腿を揺らす昴の顔は、鼻水を垂らし、舌をまろびだして、目隠しの下を涙でグチャグチャに濡らし尽くしてしまっていた。

  そしてふと、そばから振動する耳掻きのような器具を取り出して、ニッと屈託なく微笑む大我。

  それを一体どのように使うと言うのだろうか。

  昴が身構える暇もなく、次の耐久実験に移っていく鬼畜な‪α‬

  まだまだ彼の研究は終わらない……。

  そして一日が終わる頃には、快楽で昴の頭はぼんやりと霞がかるようだった。大我も大我で、数日の間溜まりに溜まった性欲を発散出来て、毛艶がとても良くなっている。

  明日にはまた長い長い事件調査の日々だ。本来であれば一秒だって身重の運命を一人にしたくはないけれど、無理を言って復帰した仕事を疎かにする事も出来ないし、そんな事をしたら何を隠そう、その運命のΩである昴の方が怒って休ませてくれない。

  いつの間にか家出されて消息不明になられるよりかは、仕事をして数日会えなくなる方がまだマシだ。

  大我は、隣で寝息を立てながら、こちらのシャツをギュッと掴む昴の髪を撫でて、優しく微笑む。

  「それじゃあ、父さん、また仕事に行くからな?」

  「………うん」

  名残惜しそうに、玄関前で振り返った大我が、自らの腹を擦りながら立ち竦む昴を見下ろして呟く。

  本当はまた昴が眠っているうちに、メモでも残して仕事に行こうと思っていたのだが、服を掴んで眠っていた昴に気が付かれて、すっかり怒られてしまった。

  「何も言わずに何で行くの…!」

  「あ…い、いや…その…」

  Ωを置いて仕事に行くという後ろめたさと、昴の顔を見ると仕事に行こうとする決意が揺らぐからとは言えず、コンコンと怒られた朝方。

  やっぱりあの時、適当に誤魔化して寝かしつけてから、こっそり出てしまえばよかったと、こうして悲しそうな顔を見せる昴の顔を見ると思う。

  「すぐに解決して、できるだけ早く戻る。……だからそんな顔しないでくれ。な?」

  「……別に、何とも思ってないし…」

  言いながら、強がるようにツンと顔を逸らす昴は、その様子とは裏腹に、大我のコートの裾を掴んで離そうとしない。

  一呼吸置いて、また正面を向く。何か言葉を出しづらそうにソワソワとする昴の、その髪を優しく撫でて…。

  「じゃあな。行ってきます。」

  「…………」

  踵を返して、扉を開けると、去り際に小さな声で「早く帰ってきてね…」と聞こえた気がした。

  Ωの期待に応えるのが‪α‬の使命だ。それに、いつまでも妊娠中の昴を放置しておくことなど出来ない。

  改めてやる気に満ちた大我が家を出ると、一人残された昴は、途端に静かな空気が張り詰めた、寂しげな屋敷の中で、途方に暮れるよう、ポツンとその場に立ち竦むのであった。

  [newpage]

  警察本署内、笹田のオフィス――

  事件に関する様々な資料を纏め、一息ついた彼の元に、意外な人物の来訪があった。

  「笹田さん♪」

  「…え?…か、かーくん?!…ど、どうしてここに?!」

  「えへへ…ちょっとした用事があって、来ちゃいました。」

  「え、あ、よ、よく入れたね…」

  「笹田さんの名前を出したら、結構あっさり通してくれましたよ?」

  「……う〜ん…普通そんな簡単に部外者は入れない筈なんだけど…しかも受付から連絡すらないし…事件の参考人と思われたのか?…にしても連絡くらいは…」

  俺…舐められてるのか?…なんて、ぶつぶつそんな事を呟きながら、突然の来訪者に驚きを隠せない笹田。

  青年は、そんな笹田の様子などお構い無しに、興味深く彼のオフィスを見渡して、ゆっくりと笹田の側へと近寄って行った。

  「ここが笹田さんのいつも働いてる場所なんですね。」

  「あ…はは…。まぁね。狭いし汚いだろ?警部って言ってもこんなもんさ。」

  「個人オフィスがあるだけで凄いじゃないですか。…まぁ確かに色んなものがごちゃごちゃしてるけど、警部のお仕事してたらこんな風にもなっちゃいそうですし。気にする事ないよ。」

  「かーくん……。あ、ありがとう。」

  青年がいつもの優しい笑みでそう呟くと、笹田は後頭部を掻いて、照れたように苦笑いした。本当なら、こんな情けない部屋なんて見せたくはなかったのだけど、凄いと言われれば、その言葉を鵜呑みにして、何だか胸の辺りが妙にこそばゆく感じてしまう。

  窓越しに周囲を見渡すと、まだあまり部外者が存在しているという事に気付いている者は居そうにないけれど、一応機密の溢れた場所だ。いくら好いている者であったって、長居させてはいけない場所なので、笹田は少し慌てたように、資料を見下ろす青年へと声を掛ける。

  「それで、かーくん。どうしてここに?」

  「…………これ、今担当してる事件の資料?」

  「え?…あぁ…うん。そうだけど…」

  「レストランの殺人事件でしょ?…ニュースでやってたなぁ…」

  言いながら、纏めていた資料をパラパラと捲る青年を見て、笹田は焦りながらそれを制止するよう手を伸ばした。

  「あの…ごめんね。これ、機密情報だからさ。見せたら駄目なんだ。」

  「あ…そうだよね?ごめんなさい。」

  「う、ううん…いいよ。…それで、用って言うのは――」

  言いかけた所で、遠くからよく通る低い声で「笹田ぁ!」と呼びかけるような声が聞こえてきた。

  反射的に窓の外を見れば、エレベーターから出てきた大柄な虎の男が、何やら資料を持ってこちらに歩いてきている姿が見えている。

  「や、やばい!か、かーくん!ここに隠れて!」

  「えっ?」

  笹田は、慌てて青年をデスクの下に押し込むと、自身は椅子に座って何事も無かったかのように佇まいを正した。

  やって来ている白虎の男…虎尾大我に、部外者の存在を感知されたら、一体どんな叱責を受けるかわかったものでは無い。

  息を整え、なるべく冷静を装って、笹田は纏めた資料へと適当に目を通す。

  「笹田!居るか!?」

  「虎尾?…どうした?」

  オフィスの扉を開けて入ってきた大我に、笹田はまるでその存在に気が付いて居なかったとでも言うような反応を返す。幸運にも大我は、出入口付近に立ち止まって中に入ってくる気配はなく、何事も無ければ青年の存在は気付かれないように思えた。

  そう、何事も無ければ……。

  一方、無理矢理窮屈なデスクの下に押し込められ、その場に座り込んだ青年は、わけも分からず手持ち無沙汰で時間が過ぎるのを待つしかなかった。

  まぁ、おそらく今入ってきた何者かに、こちらの存在がバレるとややこしい事になるのだろうという事は何となく察していて、とりあえず空気を読んで大人しくしていることを選んだのだ。

  しかし、目の前には、椅子に座った笹田の、スラックスをパッツパツに膨張させたふとましい下半身がどっしりと存在していて…。

  青年のイタズラ心にちょっとした火が灯った。上の方では真剣な話し合いが行われていて、笹田も、デスクの下に青年を押し込んでいる事を忘れ、会話に夢中になっている。

  適当に、まずはその革靴に手を掛けて、あっという間に脱がせてみた。すると、デスクの下には、男性特有のむさ苦しい、皮脂の発酵した臭いが漂い始めて、青年はその臭いを嫌がる事もせず、肺いっぱいに深呼吸して吸い込み始める。

  「それで、どうやら凶器は現場に落ちていたキッチンナイフとは違うものであるそうだ。」

  「っ…そ、そうなのか?(な、何で靴を…?)」

  「あぁ、といっても、胸周りを何度も刺した得物である事は間違いないようだが、直接死因になった首の傷と、刃の形状が微妙に違うらしい。」

  「な、なるほどな…。――はうっ!!?」

  「ん?どうした?」

  「あ!い、いや!なんでもない、靴に小石が詰まって、それを勢いよく踏んでしまって…ぁ…❤」

  「そ、そうか?…続けるぞ。」

  「あ、あぁ…ッ…ァッ❤」

  笹田は、突然青年の手によって両方の靴を脱がされた事に多少動揺しながらも、まだ一応の冷静を装ってそのまま話を続けていた。目の前に大我が居る以上、例え何か困った事をされたとしても反応する訳にはいかないのだが、こんなことをして一体何を企んでいるのかと、少しばかりこめかみに汗を流す。

  青年は、そんな笹田の様子をいい事に、今度は直接、ズボン越しに笹田の股座へと鼻先をくっ付けると、そこに顔を埋めて、深く深く深呼吸し始めた。すると、先程とは打って変わって、そんな刺激に思わず声を出してしまった笹田が、慌てたようにそれを誤魔化した。

  その間にも、ジー…と社会の窓を開ける音が僅かに聞こえて、当然それに気が付いた笹田の心臓が、はち切れんばかりの鼓動を響かせ始める。

  (……うわぁ…❤すっごい蒸れ蒸れ❤…えへへ…❤美味しそ❤…す〜…はぁぁぁ❤❤)

  ダサい縦柄ストライプの黄ばんだトランクス越しに、一日中蒸れに蒸れた男の獣臭がして、青年はその臭いをどこまでも堪能するように嗅いでいた。座っている為か、もっこりとソフトボール大に膨れた前袋の、今にもちぎれそうに膨張するボタンを取り外してしまえば、途端に中から尚更濃い臭いを漂わせた逸物が飛び出してきて、青年はその包茎の先端や、玉裏、鼠径部に陰毛へと鼻先を埋めながら、恍惚の表情を浮かべて臭いを楽しんでいる。

  そういえば、いつも店で出会うと、そういう目的という事もあってか、既に興奮して勃起している逸物しか見たことが無かったので、こうして笹田の萎えたモノを見るのは意外と初めてかもしれない。

  それは完全に皮を被った包茎で、よく言うドリルのような形状をした逸物だった。思っていたよりも随分と小さくて、一見すると、普通の人間男性のチンポとあまり遜色の無い大きさをしているように見えるが、これが興奮によって膨張すると、まさかあんなにも太くなってしまうのか…と興味津々に観察しながら、青年はそのチンポの皮先を引っ張ってみたり、中に指を挿入して鈴口らしき部分をクチュクチュと戯れに擦ってみたりと、やりたい放題し始める。

  笹田の焦りが強くなっていく反面、青年の行動は徐々にエスカレートしていき、手がつけられなくなって行くようだ。それとなく静止しようとしてデスクの下へと伸ばした手には、恋人繋ぎのように指を絡められ、ギュッと握り返されて、とうとうどうにも抵抗出来なくなってしまう。

  机に隠れた下半身で、今まさにチンポをしゃぶられそうになっているというのに、それ以上何もする事が出来ず、されるがままの笹田は、額から滝汗を流し、いつバレるとも分からない緊張と恐怖に、興奮など出来ようもなかった。

  萎えた太い、すっぽりと皮の被った包茎チンポへと、とうとう青年の魔の手……いや、魔の口、いや魔の舌が伸びていけば、笹田は思わず素っ頓狂な声を上げて、それを誤魔化すのに必死になってしまう。

  「つまりッ!?イッ!?❤…ぁ…ぁの…❤つまりその…っ❤きょ、凶器と…ぉ゙❤凶器と見られるっ❤そのっ❤モノは…❤れ、レストラン内にはなかっ…❤たぁ…っん❤だ、だな…っ!!!❤❤」

  「そ、そうだが………。あー…笹田、大丈夫か?なんだか汗が凄いぞ?」

  「だっ❤大丈夫っ!❤だっ!❤つ、続けてぇっ❤くれっ❤」

  「そ、そうか。分かった…」

  「ぉ゙…ィく❤❤」

  青年の長い舌先が伸びて、萎えたペニスの中に挿入されたかと思えば、円を描くように中をクチュクチュと掻き回して、笹田の全身がビクリと大きく震えた。

  流石にバレるリスクで興奮出来なかった肉体も、そのように直接刺激されてしまえば話は変わってくるようで、徐々に徐々に青年の責めによって口の中で膨張し、いつしか頬一杯に溢れるくらいの様相を呈しながら、ビキビキに勃起してしまう。

  相変わらず、勃起してもスッポリと先端までを覆い隠す包茎を、青年はいつも通り舌で弄んでいた。

  根元まで咥え込む訳ではなく、あくまで先端だけをカプリと唇で覆い隠して、皮の中を舌でこそぐように刺激し、裏筋や雁、澱のように溜まった恥垢も、嫌がる素振りすら見せず啜り取っていく。

  すると、これもまたいつもと同じように、あっという間に絶頂が訪れて、笹田は声にならない声を上げながら、青年の口の中へと無様に餌となるザーメンを吐き出してしまった。

  この刺激方法で数分も経たずに射精してしまう早漏に仕立てあげたのは、他の誰でもなくこの青年自身なのだから、笹田に最初から我慢する選択肢などなかった。

  笹田は人知れず、虎尾大我という同じ警察の同僚の目の前で、青年の口により射精絶頂を味合わされ尽くす羽目になり、そうした背徳感と、普段では味わう事の出来ない緊張感、焦り、そうした感情で胸の奥がざわつくものの、それがいつも以上の強い快楽を生み出す要因になっているとは、気付くべきもない。

  もちろん、一度の射精で、青年が満足するわけもなく…。

  「とりあえず、害者の家やら、行きつけの店なんかで凶器になりそうのものを探しに行こうと思うんだが、お前は害者の自宅を探してきてもらっていいか?」

  「お゙っ❤お゙っ❤お゙っ❤お゙うっ❤そ、そこっ❤そこっ駄目…っ❤い、イクッ❤」

  「ん?どっちだ?イクのか?イカないのか?」

  「イクッ!❤❤イクイクッ!❤俺イクッ!!❤❤」

  「そうか。わかった。じゃあ害者の自宅はお前に任せたぞ。」

  「イクッ❤またイクッ❤[[rb:射精 > で]]るっ!❤❤」

  「あぁ、そう言えば害者の自宅にイクのは二度目だったか?…ハッハッハ!今すぐ出たいだなんて、気合い充分じゃないか。俺も負けてられないな。」

  「お゙〜っ❤お゙っ❤お゙っ〜〜❤」

  「気合いも充分みたいだな!なら、よろしく頼んだぞ!期待してるからな!」

  「イク〜ッッ!!❤❤」

  弱点をしつこく責められ、笹田はコメカミに太い血管を浮かばせながら、前屈みになって何度も絶頂に達していた。上半身は何とか椅子に支えてもらって耐える事が出来ても、デスクの下ではガクガクと膝を震わせ、つま先立ちになってふくらはぎを痙攣させているし、瞳孔が中心に寄って焦点が合わず、牙を噛み締めるようにして唾液を漏らしていても、遠目の大我にその違いは分からないでいる。

  そのうえ、奇跡的に会話が都合よく繋がって違和感を持たれる事はなかった。その事に内心胸を撫で下ろす暇もないままに、踵返した大我が、ふと何かを確認するように、もう一度振り返って戻ってきてくると。

  「ところで、何か変な音がしないか?」

  「〜〜〜っっっ❤❤」

  「そうか。気のせいだよな。」

  聞かれて、ブルブルと震える痙攣が、どうやら首を横に振っているように見えたらしい。

  大我はそれだけ言うと、特に何か気づいた様子もなくオフィスを出ていってしまった。

  瞬間、顎をしゃくり上げ、必死に耐えたつもりの絶頂を、全身で味わう笹田。

  口は力無く開き切り、端から唾液を垂らしながら、デスクの下の図太い足の指先を、黒いソックス越しにグパリと開け放った。

  震えるふくらはぎを掴むようにして、青年の頭が何度も股ぐらで上下する様子が見える。

  笹田は、声にならない声を出し、力無く開いた下半身をされるがままに、惚けた半目で遠く天井の向こう側を見つめることしか出来ないでいた。

  結局そのまま、笹田が20数回、射精するまで、青年のフェラが終わる事は無く…。

  職場という、笹田にとって神聖な場所で、肉欲の快楽を嫌という程味合わされる。

  そんな奇妙な体験をした午前。

  「はぁぁぁ…❤はぁぁぁ…❤」

  「気持ちよかった?❤」

  椅子にぐったりと背を預け、息も絶え絶えに呼吸する笹田に、青年がそう問いかけながら、チュッとキスした。

  もはや返事を返す元気すらなく、生気を吸われ尽くした笹田は、最初青年をなんの為に匿ったのか、そもそも何故青年がここにいるのか、理解する事も出来ずに、ぼんやりとした頭で荒く呼吸することしか出来ない。

  「時間使っちゃったし、笹田さんも仕事が忙しそうだから、僕、今日は帰るね?」

  「ん〜〜❤」

  言って、笹田の頬を優しく両手で包むよう掴んだ青年が、最後に舌を絡めるドロドロのディープキスをすると、笹田はうめき声を上げ、あれだけ射精したペニスをピクリピクリとしゃくりあげて、未だ興奮を顕に反応する。

  数十秒にも及ぶキス。ヨシヨシと片方の手で笹田のペニスの先端を撫でてやれば、膨れ上がったそこからびゅるりと、尿道に残っていた精子が吹き出し、無意識にドライオーガズムへと達する様子が伺えて、一体どるだけ射精すれば満足するのかと驚くばかりだ。

  片方の乳首も、スーツ越しにカリカリと指先で引っ掻き、ビクンビクンと震える笹田を、相変わらず愛おしげに思いながら…。

  それからも結局興が乗ってしまって、そのまま蕩けるようなディープキスとシャツ越しのカリカリ乳首責め、亀頭のナデナデという三種の神器で、また何度目かの絶頂に達した笹田を見届けた青年。そのあまりの心地良さに、惚けてぐったりする笹田の様子を見て、満足し立ち上がった青年は、彼の放出したザーメン塗れの掌を怪しげに舐め上げると、まるで淫魔の如く妖艶に微笑み、その場からそっと踵を返していく。

  笹田は、その時間、白昼夢でも見ていたかのような感覚に陥ると、しばらく椅子の上で呆然と、ただぐったり座り込む事しか出来なかった。

  あまりにも唐突で、いつ周囲にバレるとも分からない危険な行為ではあったが、そのハラハラとしたスリル満点の状況が、いつしか笹田の興奮を最高潮にまで高めていた事を、彼自身、知る由はない。

  そして、今でさえ溢れんばかりに心を満たす依存とも言えるような青年への好感度が、尚更、笹田の中で手に負えない程強くなってしまうには、充分過ぎる出来事でもあったのだ。

  

  [newpage]

  席が奥に向かうにつれて階段状になっている、半円形に広がった薄暗い会議室で、正面の巨大なスクリーンに、今回の事件の概要が映し出されている。

  担当警部として捜査に関する全権を任された大我と、その補佐として様々な命令を下す為任命された大神が壇上に立っており、その他の捜査員達が席に座って会議が始まるのを今か今かと待っていた。

  画面には、被害者の身辺関係や、何か私怨などがあったかどうか、それから、殺された時の状況など、様々な情報が表示されており、ひと目で分かるよう理路整然とまとめられていた。更に、席に設置されたノートPCには、事件に関する資料の同梱されたソフトが起動され、何ページにも渡るそれら情報が事前に用意されており、スクリーンに記載されている内容がより詳細にそれぞれのページを確認する事で可能となっていて、皆真剣な面持ちでそれらの情報を精査している様子が見える。

  全員が集まったのを確認すると、一度咳き込んで喉の調子を整えた大神が、マイクに向かって話し出した。

  「では、今回の事件……繁獣街レストラン‪α‬惨殺事件の概要について、今わかっている情報を報告しようと思う。」

  大神が、レーザーポインターでスクリーンを指し示しながら、説明を始める。

  「今回の被害者である尾猿飛鳥は、この[[rb:獣京都 > じゅうきょうと]]、[[rb:繁獣区 > はんじゅうく]]にて、SNSやテレビ等で取り上げられた事もある、大人気イタリアンレストラン、[[rb:Anima gemella > アニマ ジェメッラ]]で働く、オーナー兼シェフ、37歳、‪α‬、猿獣人の男性だ。」

  大神が、そう言って基本的な情報から丁寧に読み上げ、捜査員たちに内容を共有していく。彼は四年前に結婚しており、[[rb:尾猿優子 > おざる ゆうこ]]という配偶者が居ること。既に両親は他界しており、妻と実の兄、そして弟以外の家族が存在しない事。

  また、レストランで働く従業員のリストや、担当のかかりつけ医まで、とにかく容疑者として疑いの掛かる者全て、現時点で分かるだけ羅列していった。

  「被害者は、自身がオーナー兼シェフを務めるレストランの男子トイレで遺体として見つかった。全身には30箇所以上の刺し傷があり、鑑識の捜査情報によると、それらは被害者の死後、傍にあった包丁で後から付けられた傷だと判明している。……決定的な死因になったのは、この首を横切る一本の切り傷だ。おそらく、動脈を切り付けられ、呼吸困難になり、パニックに陥ったのち、そのまま失血死したと見られている。……現場状況を精査した結果、争った形跡も無いことから顔見知りの犯行であると断定しているが、まだ詳細は分かっていない。また、全身を滅多刺しにされる殺され方から見ても、かなり強い恨みからの犯行である可能性も示唆されている。……ここまではいいか?」

  「はい。質問いいですか?」

  大神の確認に、捜査員の一人が手を挙げて立ち上がった。静かに大神が頷くのを見ると、彼は了承を得られたとして質問をする。

  「争った形跡が無いという事は、犯人は顔見知りでほぼ断定できるのでは無いですか?殺され方から見ても、明らかに私怨のこもった殺人に思えますし、これ以上の詳細を調べる必要があるのでしょうか?」

  「……それに関しては、虎尾警部から説明がある。……警部。」

  「……」

  大神に視線を向けられ、腕組みをしながら様子を伺っていた大我が前に出てきた。

  代わりにマイクのある壇上に立つと、一つ咳払いした後に、質問への回答を言葉にする。

  「今回の事件、結論を言うと私は、連続殺人犯による犯行の可能性も危惧している。」

  「…え?」

  大我の突然の宣言に、質問をした捜査官だけでなく、周囲で黙って聞いていた者達も皆、揃って目を丸くし、ザワザワと動揺し始めた。

  それもそうだろう。一体全体、どういう話から飛躍したら突然、連続殺人犯などと言う可能性が浮かんでくるのか、彼等には全く分からなかったからだ。中には鼻で失笑を浮かべる者さえいる。やはり、何らかの伝手で突然復職した男など信用出来ないし、誰もが内心馬鹿げた理論だと考える一方で、昔から大我を知っている者は動揺しながらも、彼なら或いは…と顔を見合わせていた。

  「静かに!!!」

  大神のそんな怒声に、会議室がシンと静まり返った。目を閉じ、冷静に待機していた大我は、静かになった周囲を見回すようにすると、特に何を言うわけでもなく、淡々と自身の考えを口にする。

  「キッカケは、私がこの仕事を離れる最後の事件について思い出した事だ。」

  当時、大我が担当した事件。最終的に犯人をあと一歩の所まで追い詰め、結果的に取り逃がす事となった未解決事件で、今回と全く同じような犯行が行われた事を思い出したのがキッカケだった。

  その事件でも、被害者は首の動脈を切られた後、全身を滅多刺しにされて殺されており、今回と同じように身内による犯行が濃厚だと思われていた。

  「だが、その事件で最も容疑者に近かった人物は、自宅で焼身自殺を図り、どうやら風呂場で焼身死体として見つかったようで、結果、彼女以上に証拠が出揃っている者も居らず、事件はお蔵入りとなったと聞いた。」

  なら、今更なぜそんな話を掘り返してくるのか。その場に居た者達は揃ってそんな風に考えた。しかし、勿論話はそこで終わる訳ではなく、大我は更に言葉を続けていく。

  「しかし、個人的にこの10年に渡って似たような事件を調べてみた結果、私は類似点が多く、更に未解決事件となっている案件を他に三つ程見つけた。……資料の53ページを見てくれ。」

  捜査官達が半信半疑のまま、手元のノートPCを捜査していく。モニターにも資料の情報が大きく映し出され、大我はそれを一瞥する事もなく説明を開始した。

  「一つ目は今から8年ほど前の事件。[[rb:獣戯街 > じゅうぎがい]]ホストクラブ殺人事件の詳細だ。」

  当時の獣戯街で、最も人気を博したホストクラブ、[[rb:Fatestar > フェイトスター]]の従業員であり、No.1ホストであった、[[rb:猫和田翔次 > ねこわだ しょうじ]]…源氏名「[[rb:蒼空 > ソラ]]」27歳、‪αの猫獣人が殺害された事件で、彼もまた、首筋を一閃、動脈を切られて亡くなっている所を発見された。

  今回の事件との類似点は、その殺害方法と、被害者が‪α‬であった事。唯一胴体に傷こそ無いものの、首筋の動脈を狙い済ましたかのように切られているという特殊な殺し方と、被害者が‪α‬の男性であるという点から、無視できない類似点があるとして、大我はまずこの事件について不審に思った。

  当然、不審に思っただけであり、この事件だけで連続殺人を疑った訳では無い。

  スクリーンのページをスライドさせて、大我は話を続ける。

  「次のページだ。二つ目は“人気アイドル宅惨殺事件“についての詳細になっている。ここで明確に強い類似性が確認出来た。」

  次に紹介された事件では、当時日本国内で非常に注目を集めていた人気男性アイドル、[[rb:獅子沢拓斗 > ししざわ たくと]]、23歳、‪α‬の獅子獣人が自宅にて殺害されていた事件が紹介された。彼は勿論首の動脈を鋭利な刃物で一閃。その上で、数こそ少ないものの、死後に胸部分ばかり数回刺された痕が残っており、寝室で発見されたという情報が記載されていた。

  これは言わずもがな、首の動脈を切断されている事と、全身とは言えないが、胸を何度も刺されているという点、そして、‪α‬の男性という点で、今回の事件と類似性が見られ、それから一回目と同様、犯人が見つかっていない事件として処理されていた。

  この事件を発見した時、疑いはますます強くなっていく。犯人が見つかっていない未解決の事件に、似たような状況の犯行が三件。

  「そして3年前に行われた最後の事件だ。この“有名資産家殺人事件“に関しては、何故誰も今回の事件との類似性を見抜けなかったのかという程、殺人方法に似た部分が多すぎる。」

  大我の言う通り、ページを開くと、そこには全員が納得してしまうくらいには、明らかな類似性の見られる事件の詳細が、当時の写真と共に記載されていた。

  被害者は人間の‪α‬男性。首の動脈を一閃。そして、今回は下半身ばかりを複数回刺されているが、死体の見つかった場所が、被害者の勤める会社のトイレの中という、より屈辱を与えるような殺し方に変更されている。そしてそれは、今捜査している事件とも強い類似性が見られるだろう。

  さらに言えば、どうやらこの被害者は誰もが認める女好きとして有名だったらしい。

  女好きで浮気性の男の下半身を、ズタズタに切り裂くという事件。

  どの事件も、殺される直前に抵抗したような様子はなく、身内の犯行とばかり思われていたのに、しかし犯行動機のある者に限ってアリバイが存在しており、掴めない犯人の足取り。その癖、どこか報復や、見せしめを思わせる犯行は、ただの突発的な殺人とは思えない行為に見えた。

  「以上の事件から、犯人はおそらく同一人物であり、何らかの意図を持って殺人を行っている連続殺人犯なのではないかと考えた。そして、事件を追っていく内に、おそらくこいつはより恨みの籠った方法で、弄ぶように相手を殺している。つまり殺人方法が悪い方にエスカレートしているという訳だ。ここまでは理解出来たと思う。」

  大我のそんな説明に、とうとう周囲のざわめきが抑えきれなくなっていった。彼の言った通り、これらの事件には明らかな類似性が見られ、もしこの予想が当たっているとしたら、かなりの重大事件ということで間違いないからである。

  そうした周囲の反応を見た上で、大我は最後に、それらに更なる決定的な情報を加えた。

  「だから私は、保管室に残っていた10年前の僅かなDNAを元に、当時犯人の有力候補と思われていた[[rb:犬塚京子 > いぬづか きょうこ]]と、その遺体だと考えられた焼身死体のDNAを、事件発生後、この疑いが頭に浮かんだ時点ですぐ再検査に掛けた。はっきり言ってかなりの時間も経過しているし、DNAの劣化が酷ければ、何の意味もない捜査ではあったが…。……どうやら、最新の検査方法で検証したところ、当時では見極めることが難しかった遺体のDNAに、決定的な違いがあるという報告がこちらへと上がってきている。」

  大我のそんな言葉に、他の捜査官は揃って「すごい」「まさか最初からそんな予想を立ててたなんて」と口を揃えて驚きの声を上げた。そして、側に立っていた大神の方が、何故か誇らしげに口角を上げ、胸を張っている姿が見えている。

  「犬塚京子は、遺体に自分の血液か何かを振りかけるなど…検査を誤認させる小細工をしかけていたと想像している。だから10年前の未熟な技術では本人だと誤認されて、彼女が本当は逃げていた事など思いもよらなかった。……しかし、今回の検査でわかった通り、犬塚京子は生きていて、更にまだ同様の殺人事件を繰り返している可能性がある。……つまりこれは、10年前の同一犯人による連続殺人事件である疑いが強い。」

  そうした予想を話すと、周囲が騒然としたのち、唖然としたようにパチパチと疎らに拍手し始めた。単なる身辺者の恨みの犯行だと簡単に決めつけていた捜査員がほぼ全てであったにも関わらず、まさか誰も想像すらしていなかった10年前の事件と類似性を見出し、更にそれに関する合理的疑いの余地まで提示してしまったのだから驚くのも無理は無いだろう。

  あくまでまだこれらは可能性の話であるが、便宜上そう主張しているだけであり、今回の事件に犬塚京子が関わっている可能性は非常に高い。

  まずは、10年前の事件の洗い直しから、今回類似性が認められた未解決事件の再調査。それと並行して、現在進行形の事件に関する捜査も行わなければならない為、非常に忙しくなるだろうが、捜査員達は皆一様にやる気を見せ、その後も続く会議の内容を、真剣に傾聴していくのだった。

  「あくまで犬塚京子は、現時点でほんの少し疑いが強いというだけの第一容疑者であって、まだ今回の事件の確定的な犯人である証拠はない。……ただし、10年前の事件については確実に犯行が認められている為、改めて別の捜査班を結成するつもりだ。……チームリーダーは……そうだな。笹田、お前が担当しろ。」

  「お、俺っ!?」

  「……10年前の事件を最後に引き継いだのはお前だろ?……あの時の言葉、期待してるからな。」

  「うぐ…っ」

  それだけ言うと、ひとまず、現在分かっている情報などを共有し、調べる事件に関して班を決めると、会議は一旦終わりを迎える。

  用意した資料などの回収は部下に任せ、ゾロゾロと部屋を出ていく捜査員の列で、最後尾を歩いていた大我は、廊下に出ると僅かにため息を吐き、去っていく署員の後ろ姿を見送りながら、ほんの少しだけ一息ついた。

  そんな大我の隣に立っていた大神が、彼と同様捜査員達の背中を見つめながら呟く。

  「それにしても、本当に貴方には驚かされます。……まさか、誰も気付かなかった10年前の事件と今回の事件に類似性を見つけて、これが連続殺人である可能性を示すなんて。…普通そんな事、誰も想像すらしませんよ。」

  「……フッ…つまり俺は、想像を絶する馬鹿者という事か?」

  「…勘弁してください。素直に尊敬してるんです。同じ‪α‬でも、貴方と俺とじゃ、明確な違いがある。……正直、こんな差を見せ付けられると、今までの仕事で培ってきた色んな経験からの自信が簡単に折られてしまって大変ですよ。」

  「…そんな事はないさ。……今回の事件はたまたま運良く気付けただけだ。お前の実力はよく知っている。」

  大我のそんな言葉に、大神は軽く肩を落として、困ったように眉を八の字にした。

  「そうは言いますけどね。…事件発生から即座に過去の事件との類似点を導き出しただけじゃなく、この10年間で起こった関連性のある事件まで調べて、DNA鑑定から合理的疑いまで見つけ出してしまうなんて、普通の捜査官じゃこうはいきませんよ?…これを運が良かっただけ…なんて言葉で片付けられちゃ、我々その他大勢の捜査官の立つ瀬がないんですが…」

  「フッ…言っただろう?今回は本当に運が良かっただけだ。……俺が10年前、最後に担当した事件で、印象に残っていたという事もあるが。そもそもあの事件で犯人が捕まっていないという事実も、俺は後から知ったんだ。…もし仮に今回、犬塚京子が自殺していて、当時のDNA鑑定から間違いなく遺体が犬塚京子のものだった……という事実を事前に知っていたら、俺はこんな疑いなんて持っていなかっただろうし、調べようとも思わなかっただろう。その事実を知る前に疑いを持って、多少調べる時間があった。……運が良かったというのは、そういう事さ。」

  10年前の事件。もしあの事件を最後まで担当し、当時被疑者として最有力候補だった犬塚京子が自殺したという事実を知っていたなら、おそらく今回の事件に関しても、似ているだけの全く違う犯行だという風に決めつけ、こんな大規模な捜査にはならなかっただろうと、大我は本気でそう考えていた。

  たまたま10年前、最後に担当していた事件と犯行の類似性を見つけてしまって。

  たまたま10年前、最後まで事件を担当出来ず、犬塚京子が自殺したという事の顛末を知らなかっただけ。

  10年前にあの事件を担当していなかったら気付かなかっただろうし、今回の事件に関しても、疑いはするだろうが、きっとこのように確証の無い理由で彼女を犯人なのではないかと推定する事もできなかったであろう。

  だから、運が良かったと言った。全てただ折り重なった偶然がこの答えを導きだしただけだ。

  大我にとってここまでの成果は、何ら自分の功績ではないと、本気でそう考えている節がある。

  「はぁ…ま、そういう事にしておきますよ。」

  「そういう事もなにも、事実だ。それに犬塚の件や連続殺人の件は、まだまだ憶測の域を出ない机上の話だぞ?」

  「はいはい。謙遜もそこまで来ると嫌味ですよね。全く…」

  大神は、相変わらず自身の功績の大きさも、実力の凄さも、全く認めようとせず、ただ愚直に突き進む大我の姿を見て、少し呆れたようにそう呟いた。

  まぁ、こういう自分の成果を鼻にかけない所が彼の長所でもあり、短所でもあるのだろうが、どちらにせよ、今回の会議によって事件は大きく進展を迎える事になるだろう。

  「そら、我々もこんな所で突っ立ってるわけにはいかんぞ。そろそろ調査に戻らなければな。」

  「はい。…では行きますか。」

  大我の言葉に、大神はわざとらしく敬礼をしてお茶目に振る舞いながら頷いた。

  小さく鼻で笑った大我が、そんな大神を一瞥して、その場から歩き出す。

  事件はまだ少し進展したばかりだ。

  連続殺人犯となった、凶悪な犯人を捕まえるべく、二人は決意を新たに、捜査を再開するのであった。

  [newpage]

  

  「だから、私はやってません。」

  「奥さん、先程からそう一辺倒に仰られても、その証言だけで貴方の容疑が晴れるわけではありませんよ?」

  「ふん…」

  署の中にある薄暗い取調室の中で、一人の人間の女性と、今回の担当刑事のメンバーである大神が向かい合って座りながら、険しい表情で言葉を交わしていた。

  女性の方は腕を組んで椅子に背中を預けており、ふてぶてしくも不機嫌そうな表情で、大神を睨み付けたり、視線を外したりしている。

  大神の様子を見るに、話はあまり生産的に進んでいないらしい。女性の方はとにかく、自分は何も関係が無いとそればっかりで、事件当日の話や、普段の生活の様子についても何も話そうとはしない。

  「弁護士が来るまで何も話しませんから。」

  「はぁ…ご勝手に…」

  そう言ってフンと視線を逸らした女性は、今回の被害者である尾猿飛鳥の妻であった。名前は尾猿優子。32歳の人間女性で、被害者とは五年前に出会い、一年の交際の後結婚している。

  そして、どうやらその結婚生活もあまり上手くいってなかったらしい。それは、旦那がほんの数日前、無惨に殺され、この世から去ったというのに、この場で涙一つ見せることすらせず、強情な態度を取り続けている彼女の姿を見ても分かるだろう。

  マジックミラー越しにその様子を腕組みしながら観察していた大我が、大きく鼻息を漏らしてから、とうとう辛抱出来ずに部屋から飛び出した。

  同じ部屋にいた笹田も、そんな大我に声をかけようとして、あまりの圧と速さに何も言えずに見送ることしか出来ない。

  ガチャン!と取調室の重厚な扉が乱暴に開かれ、その向こう側から、扉をくぐるようにして巨人を彷彿とさせる白虎が現れる。

  「困りますねぇ奥さん。……警察の取り調べには真摯に返答していただかないと。……そのような態度では、こちらもそれ相応の対応をさせて頂きますよ?」

  「ひっ…!」

  「た、大我さん…!」

  あくまでも口調は丁寧だが、地獄の釜が開いたかのような地を這う低音で威圧的に囁かれると、取調室の中は一瞬で室温が10度以上下がったかに思えた。

  普段大我と交流し、慣れている筈の大神でさえ、尻尾をくるりと丸めて背筋を震わせてしまうレベルである。そうなると、設問される女性の方がそれに耐えられるはずも無いが、驚いた事に、彼女は震える声で、未だその強情な態度を崩すことなく、なんとか強気に言葉を出す。

  「ちょ、ちょっと!何なのこの人!?こんなの違法捜査じゃないの!?こ、怖がらせたって、私は絶対に何も言いませんからね!!」

  「お、落ち着いてください奥さん!彼はこの事件を担当してる刑事です!威圧的に見えるのは間違いないですが、ただ顔が恐ろしいだけで、これは違法捜査じゃありません…!」

  「信じられないわ!私の弁護士はまだなの!?」

  場が騒然となるが、大我は構わず女の正面にゆっくり腰を下ろすと、指を組んでテーブルに肘をついた。ギロリと相手を睨み付けているように見えるが、言った通りただ強面なだけで、決して威圧しようとしている訳では無い。………たぶん。

  やれやれと頭を抱える大神が、しかしそんな大我を止める訳でも無く、その場を任せるようにため息を吐いた。

  「奥さん。貴方が強情な態度を取ればとるだけ、我々は貴方を疑わなければならなくなりますよ。…それに、無実と言うのであれば捜査に協力していただかないと、貴方をこのまま捜査妨害で逮捕する事だって出来るんです。弁護士を待つのは勝手ですが、こちらにも取れる処置はいくらでもある事をお忘れなく。」

  「…っ」

  大我の言葉に、女の顔が怯えたように歪んだ。そしてそれを見た大神が、すぐさまフォローの為の言葉を尽くす。

  「もちろん、そちらが協力してくれるのであれば、我々もそのような事はしませんよ。それに、こうは言っていますが、貴方を犯人だと断定してここに呼んでいるわけではありません。ただ、被害者の最近の生活や、普段の生活など、なんでも良いので情報が欲しいだけなんです。」

  そこまで言うと、女は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。そして一瞬視線を外して何かを逡巡すると、観念したかのように大きく溜息を吐いてから、背もたれに背中を預けて腕を組む。

  「……分かったわよ。話せばいいんでしょ話せば。でも私は本当に何もしてないわよ。それに、普段の生活だって…」

  女はそう言うと、すこし悲しげに目を伏せて言葉を濁した。結婚生活があまり上手くいってないというのは大我達が予想した通りのようで、どうやら被害者の尾猿飛鳥は、普段から仕事に明け暮れ、殆ど家に帰ってくる事はなかったらしい。

  「だいたい寝に帰ってくるだけの生活だったわ。結婚する前だって充分忙しい人だったけど、有名になってからは尚更。……レストランの事務所で眠るか、近場のホテルで過ごしてばかりで。たまに帰ってきたと思ったら、相変わらず仕事の話ばっかり。泥のように眠って、朝早くまだ日も登りきってない時間から出ていくんですもの。関わり合う時間なんて全然なかった。……貴方達も‪α‬なら心当たりがあるんじゃないの?……そこの刑事さんなんて、数日家に帰ってなさそうですものね。」

  女の言葉に、二人は揃ってギクリとした。大我は一昨日ほど前に一度だけ家に帰ったので、まだそこまで見た目が汚れているという訳では無いけれど、大神の方は特に妻帯者という訳でもなく、付き合っている者も居ないため、基本的に署に泊まりっきりで、今日で七日が経過していた。

  大我に帰れと言う前に、一度帰宅はしていたが、その後は大我の居ない穴を埋める為、風呂にも入らず仕事していたから、確かに見た目は少し汚れて見えてしまうだろうし、近くに寄れば臭いもあるだろう。

  大我にとっても、言った通りほんの一昨日前まで帰宅せず、一週間以上捜査に明け暮れていたのだから耳が痛い話だ。

  ‪α‬とは、元来そういう気質である為、被害者の‪α‬が仕事に明け暮れて家に帰らず過ごしていたと聞けば、その言葉を信用せざるを得ない。

  特に大我にとっては、現在進行形で彼女と同じような気分にさせている相手がいると思うと、どこか苦い顔をせざるを得ない状況であった。

  女はそんな二人に気付くこと無く、構わずに話を続ける。

  「……でも、別にそんな事はどうだっていいのよ。私だって、それを承知であの人と結婚したんだもの。……元々私があの人を好きになったのは、仕事に向かって一直線で、真面目に生きるあの人の横顔に惹かれて、私が一番になれないと分かってて、それでも一緒に居たかったから。……だから、あの人が仕事で忙しくしてるだけなら、別に良かったのに…」

  女の言葉に、含みのある意図が察して見えた。それはまるで、仕事以外の何かを見つけてしまったかのような、そんな言い草で、大我と大神の眉がピクリと動く。

  女は言葉を切って俯き、黙り込んでしまった。そんな彼女に大神は質問をぶつけてみる。

  「……奥さん、貴方は何か違和感に気づいていたんじゃないですか?……被害者の身に何か異変があったなら、それが捜査の手掛かりになるかもしれません。」

  「…………」

  「……教えてください。奥さん。」

  大神の言葉に、眉をクッと眉間に顰めた女が、意を決したように息を吸い込んだ。

  どこか言いにくそうに二人を交互に見つめ、それからまた少し目を伏せると、震える声で話し出す。

  「……確証はないわ。……でも、一年くらい前から、あの人の態度が露骨に変わって……。」

  最初は小さな違和感だった。たまに帰ってくるだけの生活でも、被害者の男はいつだって妻に愛想良く振る舞い、態度だけはどこまでも女を気遣って接してくれていたハズなのに。

  いつしか、扱いがぞんざいになったような気がした。声を掛けてもどこか上の空で、いつもならば嬉々として話す仕事の報告などを促してみても曖昧な返事。

  違和感はそれだけではなかった。

  「……服から嗅ぎなれない香水みたいな匂いがしたわ。甘い感じの匂いで、最初は新しいデザートか何かの研究でもしてるのかと思った。……でも、食べ物の匂いと香水の匂いは明らかに違うでしょ?……帰ってくる度服にその匂いがついていて……きっと……浮気されてるんだと思ったわ。」

  しばらくは気付かぬ振りをしていた女だったが、帰ってくる度あからさまにその匂いが気になり始めると、いつしか匂いの正体について、思い切って夫に問い詰めた。仕事だけならいざ知らず、浮気する暇なんて無いはずなのに、妻を放っておいて他の女にうつつを抜かすだなんて許せなかったのだ。

  すると、夫は露骨に顔色を変えて「運命でも無いくせに、俺に指図するな!!」と妻を怒鳴り散らした。

  「……初めて見る顔だった。普段は温厚で、仕事にしか興味無いと思ってたのに、突然そんな風に怒鳴ってきたんだもの。思わず言葉を失っちゃったわ。……それから気まずい感じになって、スグにあの人は家を出ていった。……帰ってくる頻度はただでさえ少なかったのに、今日この日まで、一度しか顔を合わせてなかったんですもの、あの人が亡くなったと聞いても、あまり実感がわかなかったのよ。」

  「……なるほど。」

  女は話し終わって大きく息を吐くと、背もたれにグッと体重を掛けて全身から力を抜いた。相変わらず不機嫌そうに振舞っているが、先程よりもどこか哀愁のようなものを漂わせており、かなり意欲を削がれてしまっているようだ。

  「一度顔を合わせたという事ですが、その時はどのような会話を?」

  「別に何も。相変わらずあの人は、まるで私に対する興味を失ったみたいに振舞って、着替えだけもってすぐ出ていったもの。」

  「全く一言も話してないんですか?」

  「そうよっ!…逆に聞くけど一体何を話せばいいって言うの?喧嘩すると分かってるのにいちいち浮気してるかどうかの話なんてしたくないし、世間話だって無視されるに決まってるもの!話そうなんて思えないわ。」

  女が気色ばんで叫び、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、大我と大神は顔を見合わせ静かに頷きあった。大体の話の内容は理解出来た為、もう彼女にこれ以上聞きたいことはないが、一応形式的に定番の質問も投げかける。

  「事件当日は何を?」

  「女友達と居酒屋で飲んだ後、家に帰って寝たわ。大体…深夜の三時くらいだったかしら。」

  「そのアリバイを証明出来る方は…友人以外でいらっしゃいますか?」

  「知らないけど、店には居たんだから店の人に勝手に聞いてちょうだい。必要なら店名も教えるわ。」

  「なるほど。」

  それだけ聞くと、二人は椅子から立ち上がり、大神は掌を広げながら取調室の扉を指してニッコリと微笑み、女を退室に導く。

  「では尾猿さん。必要な情報は得られましたので今日はもう帰宅して頂いて構いませんよ。」

  「…いいの?」

  「ええ。改めて何かありましたらお話を伺う可能性もありますが、今日のところはこれで充分です。……ほら、協力して頂いた方が手っ取り早く済むでしょ?」

  「……」

  女はどこか警戒したような視線を変えずに二人を睨みつけるけれど、バックを片手に立ち上がると、早々とその場から出ていった。

  咄嗟に観察室から出てきた笹田が、一応見送るため、彼女に声を掛ける。

  「出口まで案内します。」

  「ちょっと待って。薬を飲むわ!」

  そう言って女は、肩に下げたバックから薬品ケースを取り出すと、そこから薬を一つ手のひらに出して、勢いよく飲み込んでいく。緑色をした特徴的な見た目の薬だ。ケースに移し替えられたものだったので、名前までは分からない。

  そのケースを片付けた後は、ラベルのないペットボトルを取り出して、一口それに口を付けた。多分水だろう。

  飲み終わった後は、キッと笹田を睨み付けて、恨みがましく呟く。

  「たく…!あんな刑事を使って脅してくるなんて、警察も腐ってるわね!…薬を飲まなきゃストレスで気が滅入る所よ!」

  「も、申し訳ありません。」

  「ふん!あとあんた汗臭いのよ!近寄んないで!」

  そう言って、笹田をシッシッと遠ざけながらその場から去っていく女。

  それを察してか、取調室を出て、扉のすぐ横の壁に背を預けた大我は、ヘコヘコと頭を下げる笹田に連れられて歩いていく女の背中を眺めながらも、鋭い眼光を絶やさないままだった。

  「……浮気…ですか。……大我さん、どう思います?」

  「……うむ。……嘘をついている感じじゃなかったが、まだ何か隠してる事がありそうな素振りだったな。…強情な態度だったのも気になる。普通自分の旦那が殺されたとなれば、大なり小なり悲しんだりするもんだが、最初から自分はやっていないと、そればっかりだっただろう?…何か知られたくない事があるのさ。…何名か交代で捜査員を付けて、家の周りを張り込んでもらうか。」

  「わかりました。話は通しておきます。…次は、第一発見者の[[rb:犬井美希 > いぬい みき]]ですね。…もう呼んであります。」

  「あぁ。…早速始めよう。」

  妻の取り調べを行った後は、矢継ぎ早に次の関係者だ。

  被害者のレストランでバイトとして働いている犬獣人の女性で、忘れ物を取りに深夜、店に顔を出すと、嗅ぎなれない異臭がしたらしく、男子トイレで殺された被害者を発見。通報したらしい。

  大神がそばに居た捜査員に指示を出すと、足早に去っていったその捜査員が、浮かない顔をする犬獣人の女性を連れてくる。まだ20代半ばで、惨殺された死体を目撃するというショックに見舞われたのだ、トラウマになっていても仕方ないだろう。

  大神が、できるだけ警戒心を持たせないようニッコリと微笑んで取調室へ誘導すると、女は不安そうな表情で中に入り、ゆっくりと正面の椅子に腰を下ろした。

  「大神、お前だけだと一向に話が進まんから、今回は俺も初めから同席させてもらうぞ。」

  「うっ…!さ、さっきの方が特殊だっただけで、自分一人でも問題ないです!大我さんは顔が怖すぎて相手に警戒心を抱かせるので、別室でお待ちください!」

  「…むぅ」

  「今回の子は大丈夫ですよ!」

  小声でそう叫んだ大神が、大我を胸を押し退けるようにして遠ざけ、扉を閉めて中に入っていった。やれやれと思いつつも、実際のところ、大我の強面は女性に対して威圧感があるようで、これまでの取り調べでも評判が良いとは言えないのが難点だ。

  仕方なく、隣接したマジックミラーの向こう側の部屋へと足を運ぶと、先程と同じように腕を組んで、大我は二人の会話に耳を傾ける事に徹する。

  「今日はわざわざ足を運んで頂いてありがとうございます。犬井さん。……辛いとは思われますが、事件当日のお話を、できる限り鮮明に思い出して、話していただいてもよろしいですか?」

  「…………はい」

  犬井は、先程の被害者の妻とは違って、素直に事件当日の話をした。いつも通り21時頃には残業も終わって居て、大抵そのまま仕事を続ける被害者を残して、その日はさっさと帰宅したらしい。

  「家に帰ってお風呂やご飯を済ませた後、スマホを店のロッカーに忘れてしまった事に気がついたんです。…次の日が休みだったので、取りに行かないと大変だと思って、急いでお店に向かいました。」

  レストランに到着すると、裏口から見える事務所の窓に明かりがついており、犬井はまだ尾猿が残業をしているのではないかと思った。

  実際、裏口の従業員専用の出入口に鍵は掛かっておらず、犬井は中に入ってロッカールームに向かったらしい。

  その時は特に違和感もなく、案の定ロッカーに置きっぱなしにしていたスマホを手にして、ホッと胸をなでおろした。そしてなんとなく、尾猿にももう一度挨拶をして帰ろうかと考え、事務所に向かったのだが、しかしそこに彼の姿はなく、では厨房に居るのかと思って向かう途中で、何か錆のような濃い匂いがする事に気がついたらしい。

  「嗅ぎなれない匂いで、それは厨房に向かえば向かうほど強くなりました。…最初は何か新しい料理の試作でもしているのかと思ったんですけど、何だか明らかに違和感のある匂いで、嗅げば嗅ぐほど具合が悪くなる感じだったんです。……鼻を押さえながら厨房に向かったら、そこにオーナーの姿はなくて…。とても嫌な予感がしました。改めて匂いの発生源を探してみたら、それは厨房じゃなく、すぐ近くの男子トイレから漂って来る事に気がついて、何かあるといけないから、恐る恐る中を見たら…」

  男子トイレの個室から、真っ赤な血の沼が床に広がっていた。半開きになった扉からは尾猿のものと思わしき足が伸びており、犬井は口元を押さえ息を飲むと、思わず悲鳴を上げてその場から駆け出したらしい。

  途中で腰が抜けて、事態が受け入れられずパニックになった。震える手で、どうにか警察に連絡した後、自身は廊下の途中で、彼等が来るまでの間、ただ怯えて待つことしか出来なかったという。

  話しながら、当時の状況を思い出したのだろう、犬井は目尻に涙を蓄え、鼻を鳴らしていた。次第に溢れ出した雫をポロポロとこぼして、それを服の裾で拭っている。

  「数時間前まで、凄く元気だったのに…どうしてオーナーが…」

  「貴方が家に帰宅した時間は21時頃で間違いないですか?」

  「…はい。……ぐす…。……すいません。……厳密には確か、21時ちょっと前…20時40分から50分くらいだったと思います…。それから家に到着したのは大体1時間後で、22時半を過ぎたくらいから0時頃までご飯を食べたり、就寝の準備をしていました。それから携帯が無いことに気がついて店に向かったので、1時くらいに到着した時には、もう…」

  犬井の証言は、被害者の死亡時刻とも特に相違は無かった。通報があった時間は1時21分。警察が到着したのはその10分後の31分で、それから各々へ連絡が行ったのはその20分後くらいだった。

  鑑識が調べた結果、死亡時刻は23時頃で確定している。死因は首の動脈を切られた事による失血死で、身体に付けられた刺し傷は全て死後の傷だったらしい。

  「事件当日、被害者に何か変わった事はありませんでしたか?」

  「…変わったこと…?…相変わらずお仕事に没頭してました。新しい料理のアイデアが浮かんだとかで、いつもみたいに残業していて…。」

  「では、変わった事は何も?…ほんの少しの違和感でもこちらには大きな手掛かりになる可能性があります。」

  「…違和感…という事の程でも無いですが…」

  犬井は事件当日の尾猿の様子を思い出してみた。心無しか機嫌が良さそうに見えた尾猿が、懸命に新しい料理のデザインを紙に描いていたように思う。「何か嬉しい事でもあったんですか?」と犬井が聞くと、彼は少し驚いたように目を見開いて、その後言葉を濁すようにしてはにかんだという。

  「なるほど。そのレシピについて何か聞いていることは?」

  「えぇと…。たしかとにかく特別なものにしたいとかなんとか。………私は、きっと奥さんとの結婚記念日か何かなんだと思いました…。オーナーはいつも、自分には料理を作る事しか出来ないからと、不器用に笑っておられましたから…。」

  「なるほど。……ところで、香水は何を使っていらっしゃいます?」

  「…え?香水ですか?……私、香水はつけてません。お料理に匂いが移りますし、お店でも厳しく注意されていましたから。……何か香りがするのでしたら、もしかして柔軟剤とか…?」

  「あぁ、いえ、少し気になったので確認してみただけです。…ほら、我々獣人は香りに敏感でしょう?…なんだか甘い香りがしたような気がしたので…」

  「甘い香り…ですか?…私も獣人ですから、香りには充分気を付けているつもりですけれど…。もしかしたら、今朝家で作ったパンの香りが移ったかしら…。あの…もし不快にしてしまったらすいません。」

  「いえいえ、大丈夫です。」

  大神はニコリと微笑むと、それだけ聞いて犬井に退室を促した。それと同時に、部屋を出ていく彼女を見届けるように大我がやってきて、大神の隣に並んで立つ。

  「どう思いますか?」

  「……嘘を言っているような様子は見られない。だが、犬獣人という事は、犬塚京子である可能性は否めないだろう。…整形すれば年齢なんていくらでも誤魔化せる。特に獣人なら尚更な。……犬塚京子は悲しむ演技が非常に上手かったから、或いは…。」

  「一応体毛のサンプルを提出してもらうよう促しますか?……拒否してきたら疑いも強くなるでしょう。」

  「あぁ、頼む。」

  そう言うと、大神は足早に犬井の背中を追って歩いていった。

  大我は、そんな大神の様子を眺めながらも、自らの顎を撫でて物思いに耽る。

  (それにしても、被害者は事件当日、何か浮ついた様子だったと……。妻が言うには、お互い気まずい雰囲気になっていたと言うが、彼女の言った通り、やはり害者は浮気でもしていたのか?……犬井の証言から察するに、相手は彼女ではないようだが。)

  出揃った証言を元に、事件の推察を立てていく。順当に考えれば、その浮気の相手こそが、10年前に自殺を偽装し、生き長らえているハズの犬塚京子である可能性が否めないが。

  しかし、可能性はただの可能性であって、真実では無い。犬塚京子が生きているという事だけは突き止めたものの、本当に彼女が一連の事件を引き起こした犯人であるかどうかは、実際まだ分かっていないのだ。

  

  どちらにしろ、この程度の証言と証拠だけでは、まだまだ事件の真相を探るには足りないだろう。

  決定的な証拠を得るためには、一体どこを調べたものか。

  まずは、犬井が証言していた、被害者の考案したレシピとやらを調べてみてもよいかもしれない。

  大我はそんなことを考えながら、大神と笹田が戻るのを待つのであった。

  [newpage]

  毎日来ていたはずのメッセージが届かなくなって三日が過ぎた。

  あまりにも毎日しつこく届いていたはずのそれを、昴は正直鬱陶しいと感じてうんざりしていたのだが、しかし来なければ来ないで、何となく気に入らない気持ちになりモヤモヤする。

  妊娠中の不安定なホルモンバランスがそうさせるのか。それとも、単に自分が父の事を思ったよりも大事に思っているからか。

  無くなってから気付く大切さ…なんて臭い台詞を言うつもりはない。ただ、あれだけ過保護な父親が、そんな自分よりも優先して仕事をするなんて、正直そんな事はあまり考えられなかったので、ちょっとだけ不安になる。

  仕事で何か怪我をしたとかなら、真っ先にこちらへ連絡がくるはずだろう。となれば、おそらく単純に、忙しくてメッセージする暇も無いということなのだろうか。

  そんな状況が全く想像出来なくて、昴は少しだけ落ち着かない気持ちになった。

  数日前、久しぶりに父が帰ってきた時も、毛並みはボサボサで、上質なコートやスーツを着用していなければ一見浮浪者にも間違えるような見た目になってしまっていた。水で直す暇さえなかったのか寝癖で至る所の毛が跳ね上がり、顎の黒い髭みたいな部分も長く伸びていて、全身から獣人男性特有の獣臭のようなものがしたのを覚えている。

  それでも、メッセージだけは欠かさず毎日届いていたのだが、あれだけ仕事に没頭しているように見えても、まだ先があったみたいで、それがとても不安なのだ。

  誰もいない静かな家の中は、母が入院し、居なくなってしまったあの日の日々を思い起こさせて、昴はギュッと、抱え込むように、自らの膨れたお腹を強く抱き締める。

  もう、父以外に身寄りはない。

  言った通り、母は病に倒れ、祖母もずっと前に亡くなった。

  幼少期に離婚した父の存在を、すっかり忘れるよう教育されてきた昴は、ちょっと前まで、これから先、多分自分はずっと一人で生きていくのでは無いだろうかと、そんな、寂しいと思う事はありつつも、別に絶望とまではいかなかったはずなのだけれど。

  父が現れてからは、何もかもが変わってしまって、その変化についていくのがやっとになった。

  まさか、運命の番が実の父親だなんて、一体どこのサスペンスドラマだろう。

  そもそもΩとして産まれることすら稀有であるにも関わらず、数ある‪α‬のその中で、まさか運命として選ばれたのが父だなんて、神様が考えたシナリオにしては、ちょっと出来が悪すぎると思う。

  窓の外を見てみれば、すっかり草木は枯れ落ちて、寒々とした鉛色の空が広がっている。

  あれからもう一年も経とうという事実に、なんだかあっという間に過ぎていく時間の速さを感じる日々だ。

  すっかりと大きくなったお腹も、もうそろそろ1ヶ月もしないうちに出産予定日だ。

  はっきり言って、未だに子供を産むという自覚がついてこず、本当にこのまま父の子を産んで、自分はこの子を愛せるのか、しっかり育てていけるのかという不安が心を[[rb:過 > よ]]ぎる時がある。

  それに相変わらず、いい歳こいて甘々でデレデレな父親とは一転して、昴は彼の事をまだあまり割り切れていないし……。

  まぁ、割り切れと言われても到底そのようにするのは無理だろう。何せ、今までずっと、父は悪者であるかのように母に教えられてきたし、顔を合わせたのも一年前が初めてで、その上、半ば襲われるようにして番にされてしまったのだから、割り切って[[rb:夫夫 > ふうふ]]になれと言う方が無理という話である。

  父が自分を運命のΩだと気付いた時、幼い自分に手を出してしまった事。

  それがトラウマとなって、記憶が心の奥にしまい込まれてしまったこと。

  母と父が口論し、結果自分は母に引き取られ、毎日のように父という危険人物について忠告されたこと。

  理由は色々あるが、本当によくこれだけの事があって、今一緒に暮らしていけているのか不思議だ。それだけでもかなりの奇跡だし、自分的には最大の譲渡だとも思う。

  それに、そうじゃなくても顔を合わせれば必ずと言っていいほど手を出され、大変な目に会うというのに。

  あれは正直勘弁して欲しい。もう40代にもなるというのに、父の振る舞いはまるで中学生の男子学生くらいに節操がなくて、どこに行っても常に発情しているような状態だ。

  妊娠中は‪α‬によってある程度ホルモンを安定させる為に手ずからそういう処理は積極的にするよう指示されたけれども、流石に限度があるのではないだろうかと思う。

  いつも一方的に与えられる快楽は強烈で、これまでそんな経験がなかった自分には、あまりにも強い刺激ばかりだった。

  その上、父は甘やかしつつも適度に加虐心を昂らせ、時折変態的な行為を強要してきては、昴はされるがまま従うしかなくなってしまうし。

  そんな事を考えていると、昴は今まで実の父親にされた様々な行為を思い出し、頬を赤く染めながら複雑な表情を浮かべる。

  男同士というのもそうだけれど、まるで人のことを性奴隷のように扱う様は、本当に血の繋がった父親なのかと疑うレベルで酷いものばかりだ。

  これまでΩであるという性質上、人との関わりを極力絶ってきた昴にとって、性的な触れ合いなど当然それが初めてであったのに。

  父の柔らかい棘がびっしりと付いた舌で、金玉の下にある割れ目をふやける程長く舐め回された。

  乳首はことある事に弄り回され、摘まれて、弾かれる度、ミルクを吹き出しながら絶頂する程まで敏感に開発された。

  汗に蒸れた腋や、股間周りの臭いをたっぷりと吸わされ、それを嗅いだだけで発情するよう身体を調教されて。

  あまつさえ、他人を受け入れたことの無い無垢な割れ目に、あの凶悪な…棘のついたペニスで、ザリザリ、ゴリゴリ、ゾリゾリ、グチュグチュ…と。

  一度それが始まると何時間も、何日も、気絶したとて終わることなく膣壁をじっくり耕され、まるで獣のような、今まで出したこともない酷く無様な声で絶叫しながら、とにかく絶頂させられまくった。

  毎回必ず中に大量の精子を出され、孕め孕めと命令されながら抱き潰されているうちに、当然のごとく、こうして妊娠してしまい。

  それからも終わらない淫らな日々は、昴のこれまでの常識を一変させ、Ωとは、‪番であるα‬の所有物なのだと、身体に覚え込まされる日々だ。

  ジュンと熱くなる下半身を熱っぽく見つめて、昴はしかし自らの欲望を我慢する。

  どうせ自分で弄ったところで、父からもたらされる以上の快楽など味わう事ができないし、それに慣らされてしまった肉体は、もうオナニー程度で我慢できるようにはなっていない。

  きっと、医者が言っていたホルモンを安定させる為に出来るだけ‪α‬に性処理させろというのも、こういう事態を想定してのことなのだろう。

  妊娠中はどことなくムラムラする事があって、でも‪α‬からもたらされる快楽を考えると、自分では到底満足出来ない。

  本当に、父があの日、目の前に現れてから、何もかもが変わってしまったものだ。

  昔ならば、性欲など、ただ義務で解消するだけの、鬱陶しいだけのものでしか無かったはずなのに。

  ある意味で父を恨めしく思う。

  そんな自分に、抗えない程の快楽を植え付けておきながら、こうして何日も家を不在にし、放置する父を。

  昴は、ソファーの溝に埋もれた自身のスマホを手に取ると、画面を見つめてアプリを起動した。

  相変わらず、画面には新規のメッセージを表した表示はなく、あるのはただ、くだらないアプリ更新やSNSの公式アカウントによる発信の通知だけ。

  眉間に皺を寄せながら、ぐったりとソファーの背もたれに身体を預けてため息を吐いた。

  静かな部屋に、時計の針の進む侘しい音ばかりが、ただ響き渡るのだ。

  [newpage]

  「なかなか用意周到な犯人のようだな。」

  「……そうですね。わざわざ監視カメラのデータを消しておく余裕すらあるとは、かなり手馴れているように思えます。」

  「……ヒトを殺した後は、大なり小なり動揺や昂りで思考が鈍くなるものだ。…にも関わらず、監視カメラのデータを消すだけの余裕があるということは、やはりこういった殺しに慣れていると考えて間違いないだろう。……推察通り、こいつが一連の事件に関与した連続殺人犯である可能性はかなり高いな。」

  あれから調査を続ける事一週間。被害者の死亡した店の監視カメラを調べた結果、事件当日のデータがごっそりと消されている事実に気が付いた。

  どうやら犯人が犯行を隠す為に手を回していたらしい。あまりにも冷静なその行動を分析すると、やはりこの事件を起こした人物は、かなり人殺しという行為に慣れているのではないだろうかという結論に達し、改めて事前の考察が現実味を帯びてくる。

  ただし、その犯人が結局のところ、10年前に自殺を偽装して逃げたと思われる犬塚京子であるという証拠は今のところ見つかっていないし、事件現場には現在発見している以上の証拠も無さそうである。

  言った通り、用意周到な犯人はしっかり自らの犯行に繋がる証拠を消しているようだし、あとはもう、ここ数ヶ月の間、被害者がどのような行動をして、誰と会っていたのか。それを調べることくらいしかするべき事が見当たらないくらいだった。

  結局、容疑者候補であった気弱な犬獣人の店員、犬井と、10年前の事件の犯人と思われ、今なお生きて潜伏しているだろう犬塚とは、採取したDNAは合致しなかったし。

  被害者の妻である尾猿優子のアリバイも、店側に確認したところ有効であった。彼女は尾猿が亡くなった時、しっかり友人と遠くの飲み屋で交友していた事の裏付けが取れて、結局家への張り込みも、理由が無い為中止になった。

  一方、10年前に起こった犬塚京子が関与していると思われる件の事件について。

  こちらも残念ながら進捗は思わしくないとの報告が来ていた。

  なにせあまりにも時間が経ち過ぎている事件なのだ。当時の証拠は既に大我が調べ尽くしているものばかりだったし、はっきり言って改めて検査できるほどのDNAが残っていたのが奇跡と言ってもいいくらいの状況である。

  10年経過すれば、当時の状態と、今の状態では当然環境も変わってくるし、また最初から調べるだけでも大変な労力だ。既に無くなった証拠も多いだろうし、人々の記憶も曖昧になる。

  あまり思わしくない現状に、大我は目を細めながら、自らの顎の毛を神妙に撫でる。

  「分かっている事は、害者に浮気相手と思われる人物の影がある事。そして、事件現場に漂っていたあの特徴的な匂い。……それにしても、仮にこいつが一連の事件に関与した連続殺人犯だとして、こうもあっさりと被害者の懐に潜り込み、抵抗も許さず殺害する事が出来るとは……一体どういう手段を使ってるんだ?」

  「……確かに。……その点を踏まえても、かなり用意周到な印象を受けますね。…明らかにこの殺害は被害者の信頼を得てから行われている。…つまり、時間を掛けた計画的な犯行という事でしょう。……相手は既婚者の‪α‬で、例に漏れず仕事一筋のタイプ。…信頼を得るだけでもかなり大変そうな気がしますが…。……だからこそ昔から交友のある身辺者である可能性が高い。けれど、これまで確認した類似の事件を見れば、今回の事件に関わりがありそうなのは確か。それなのに、以前の事件と、殺害方法以外の類似点がなく、当時容疑者だった者達と、今回の事件で関わりのある人物は誰一人居ません。」

  「ふむ……。とりあえずこのまま監視カメラの映像を取り寄せて、ここ数ヶ月の間で、店に通い詰めていると思われる客のリストを作成しよう。…それから、店員である犬井含め、改めて証言を確認し、被害者の周囲に居たそれらしい人物の情報や、店の常連客について聞き込みをするんだ。」

  「分かりました。……大我さんは何を?」

  「俺はまた別の角度から捜査を試みる。…それから、犬塚京子の件について、何か進展が無いか笹田に確認を取ってこよう。」

  そう言うと大神は神妙に頷き、大我は踵を返して映像証拠確認用のモニタールームから出ていった。

  スラックスのポケットに片手を突っ込み、眉間に皺を寄せながら、相変わらず顎の毛をさすって物思いに耽る。

  先程大神と共に会話していて、何となくこれまでずっと抱いていた違和感の正体を突き止めると、この事件の異様さがよく分かる。

  というより、一連の事件がどこか妙なのだ。それは、事件の被害者を自分に当てはめてみると、深く考えずともすぐ気付くべき案件だった。‪α‬が仕事一辺倒になりがちというのは、自身の周囲も含めてよくあることである。そして、仕事以外にあまり興味を持たないという事も。

  「……俺としたことが、仕事から離れ過ぎてすっかり勘も衰えちまったようだな。」

  言って、長年のブランクを今更ながらに実感する。

  警官という仕事を辞めてからも、探偵という似たり寄ったりな仕事で食いつないでいた分、そこまで自身の直感や事件に対する嗅覚は失われていないと思っていたのだが、どうやらそれは酷い自惚れだったようだ。

  10年前の事件との関連性に気付いて、それと類似する案件をいくつか見付ける事が出来たところまでは良かったものの、全盛期の自分であったなら、とっくに気付けているだろう部分に関して、これほどまでに無自覚だった事に、正直驚いてしまっている。

  まぁ、探偵はただ浮気相手と思われる人物を尾行したり、誰かの家の前でずっと張り込みばかりしている事が常だったのだから、推理力が衰えても仕方ないだろう。それに加えて、接近禁止令を出された自身の息子を遠目からずっとストーカーしていたとなれば、腑抜けてしまうのが当たり前という話である。

  とはいえ、次の指針が定まったのは明確な進展だ。

  これからまた、捜査に長く時間を取られるだろう事態に考慮して、大我は、先に終わらせるべき案件の為に、笹田のオフィスへと急いで向かった。

  「お゙…っ❤っ…っ…❤」

  一方、自身のオフィスに備え付けられた机へと腰を下ろし、椅子の背もたれに深く腰掛けている様子の笹田。

  そんな彼は、なにやら瞳を僅かに上向きにし、喉の奥から雄臭い声を出しながら、唇を突き出してビクリと全身を大きく跳ねさせている。

  正面から見れば、下半身は完全に机の下に隠れてしまっていて、確認できるのは、そのむっちりとした肉体を窮屈そうにスーツへと押し込める脂肪の豊満な胸から上だけ。

  ふと、何か、シャツを内側から盛り上げる、蛇のような隆起が下からスリスリと這ってくるのが布越しに見えた。それは、おそらく丁度、笹田の胸の突起があるだろう部分で止まってしまうと、まるで犬が尾を振るように左右へと動き始めて、瞬間、彼の身体の震えが強まる。

  「ゔッ…❤ィ゙…ッッ…❤」

  低く、押し殺したような声がまた漏れた。

  椅子の肘置きに爪を立てるくらい強くそこを引っ掻いて、ほんの少しだけ前屈みになった上半身と、尚更遠くを見るように上向く瞳孔。

  あからさまに肩が力み、脂肪の下の筋肉が隆起して、シャツを尚更はちきれんばかりに盛り上げているが、それもたった一秒前後の出来事。

  すぐに笹田の全身が弛緩し、だらりと黒い鼻先の片方から鼻水が漏れて、否応のない腑抜けたアホ顔が晒された。

  肉体の緊張が一瞬でも解けると、まるでそのタイミングを見計らったかのようにドッといきなり汗が吹き出して、彼の毛深い身体をジットリと濡らし始める。

  遠くを見るような上向きの瞳は相変わらずだった。というより、目は開いているけれど、脳が何か視界から得る情報をシャットダウンするかのように、余裕が無くて自然とそうなってしまっているようだ。

  ハァハァと、長時間走り続けたかのような荒い息を吐いて、なんとか今のタイミングにでも呼吸をしようと健闘するのも束の間。…結局、またしてもすぐさま、まるで時が止まったかのように全身が硬直し、音が消えて…。

  「……〜…ぉ゙❤」

  半開きになった瞼がヒクヒクと小刻みに痙攣し、瞳孔が白と黒とをガクガク上越しに見え隠れさせた。完全に瞳は中心に寄り切り、だらしなく開いた口がポカンと開きっぱなしになって、喉の奥から掠れて押し殺されたような息だけが微かに聞こえてくる。

  他人が見たら、完全に薬か何かをキメているんじゃないかと疑ってしまうような顔だ。

  一体全体、何がどうなっているのやら……と、そんな事を思っている矢先に、机の下から「ん゙〜❤」と少しだけくぐもったような声が聞こえてくる。どうやら恐ろしいことに、何者かの存在が見え隠れしているようだ。

  そして、それと同時にビクン!とまたしても大きく笹田の肉体が震える。

  「ィ゙…ッ…❤」

  もう何度目か分からない全身の派手な痙攣。ビクビクビクゥと身体全体が小刻みに震えて、椅子を重たくガシャガシャと鳴らす。

  その度にこめかみへと血管を浮かべて、目尻から涙を滲ませる笹田は、眉間へと深い深い皺を寄せてもはや鬼のような形相である。

  どうやら、それほどまでに、机の下で行われているらしい、何らかの行為が圧倒的すぎるのだろう。何度も何度も休みなく与えられ、気が狂ってしまいそうになるそれに、笹田は仕事中である事も忘れ、夢中になってしまっているようだ。

  まぁ、獣人は元来性欲が強く、一度“コト”に及べば際限が無いとまで言われる程だ。その上、こんなナリでも一応‪α‬である彼からすれば、これほどまでに雄として生まれた喜びを体験させられ続けているんだから、きっとそれは本望に違いないだろう。

  弛緩してヘロヘロになり、舌をまろびだしながら涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている笹田は、実際とても幸せそうに見える。

  雄としての威厳などは一切無いが、雄としての喜びに満ち溢れたそのだらしない表情には、これさえ与えられれば、プライドなどは微塵も必要ないと言えるような、ある種潔ささえ伺える程だった。

  そして、性懲りも無くまたしてもビクンと大きく震えた笹田。

  それを機に、暫くの静寂の後、やっと少しだけ落ち着いた様子を見せ始めた部屋の中。けれど、かといって行為が終わったかと言えばそういう訳では無いようで…。

  僅かな水音はずっと机の下から聞こえてきている。ともすれば、また数分もしないうちに、おそらく下半身で行われているだろう秘密の行為で、笹田の身体が跳ねるのは時間の問題だろう。

  けれど、そんな時、丁度そのタイミングを見計らったかのように、オフィスの扉が豪快に開けられ、向こう側から飛び込んできた大我に、笹田はビクリと肩を震わせ慌てて背筋を伸ばした。同時に、笹田のシャツの内側に這っていた何かも、驚いたようにシュッと下半身の方へ戻っていく。

  「入るぞ笹田。」

  「へあっ!?と、虎尾っ!?な、なんだ!?」

  「……?大丈夫か?…汗が凄いぞ…。部屋も…なんというか、換気した方がいいな。」

  大我が明らかに様子のおかしい笹田を見て、訝しげに眉間へと皺を寄せた。そして、部屋の中に充満する濃い雄の匂いに顔を少しばかり顰めて、どことなく気を使ったように、そのまま扉を開けっ放しにする。

  当然、あまりにも突然の来訪者に、笹田はそれに応対するだけの準備など出来ているわけもなく、何かを隠すように椅子ごと机へと体を押し付けて、できるだけ下半身の秘密がバレないよう隙間を肉で埋め立てる。

  「犬塚について、そろそろ何か分かったことがあるかと思ってな。」

  「そ、そうか!?…あ、あぁと…ーーッひ❤」

  「ん?」

  大我の言葉に、ハッと我に返った笹田が、気を取り直したように机の上にあった資料を漁り始めた。

  けれど、そうやっていくつかの紙の束を捲ったところで、突然全身の毛をゾワリと逆立てた笹田が、背筋をピンと伸ばしながら、甲高い声を出す。そして、その声に反応した大我が、片眉を上げて、またしても訝しげな表情で振り返ると、笹田は正面を見据え、大きく目を見開きながら固まっているではないか。

  「どうした?」

  「…っ…❤…っ❤な…んでも…ない!❤」

  「…?…そ、そうは見えんが…」

  「は…っ❤は…っ…❤…ヴッ…!?❤❤」

  大我の視界に映る笹田は、まるで辛いものでも食べたかのように顔全体から汗をダラダラと垂らしてしまっている。にも関わらず、まるで喉の奥から踏ん張るように牙を噛み締めて何事もないように言うから、大我は困惑しながら僅かに顎を引いた。

  肩を上下に大きく揺らし、震える手で緩慢に資料へと腕を伸ばす笹田であるが、そうしている間にも、まるでゾンビのように指先をガクつかせて、いちいちビクビクと痙攣しながら停止してしまうものだから不審である。

  ちゅく…❤…じゅ…❤…じゅるる…❤

  そして、大我の丸い虎耳が、ひくりひくりと僅かに動いたかと思えば、なにやら部屋の中に響き渡る微かな水音を聞き付けて周囲を見渡す。

  とはいえそれも結局、笹田の荒い息ですぐに聞こえなくなってしまったので、そっちの方に意識が向いて、気にしている暇などなくなってしまったが。

  「すこし休んだ方がいいんじゃないか?明らかに気分が良さそうには見えないぞ?」

  「お…っ❤う…っ❤…ぅ❤」

  ここ数日、誰も彼もが仕事詰めだったのだ。正直、笹田が自身の体調の悪さを隠して仕事していたとしてもおかしい話ではないだろう。そう都合よく解釈してくれた大我が、笹田を心配したように見つめて呟いた。

  笹田はその言葉に肯定も否定もせず、ただ唇を突き出し、腕を伸ばした状態で固まりながら呻いていて、まるで声など聞こえていないかのようである。

  大我は、そんな様子の笹田にやれやれと頭を左右に振って、そのままオフィスの扉へと踵を返した。

  「笹田。今日はもう良いから上がれ。話は他の奴から聞いておく。…全く、捜査へ真剣に取り組んでくれるのは嬉しいが、そんなに様子がおかしくなるまで根を詰めるのは関心しないぞ。…いいな?」

  「お、お゙うっ❤ぉ゙…っ❤」

  扉を中程まで締めながら、そう言って部屋を出ていった大我。返した返事もどこかおかしいのだが、元からおかしい様子だったのでもはや気にすることもなく、そのままオフィスの扉が閉められる。

  目の前に居た人物が居なくなった事で、張り詰めた雰囲気からやっと気を抜いた笹田であったが、瞬間、その気の緩みのせいか、またしてもヒッと息を飲んで、目を見開きながら口をあけ…。

  「あ゙っ!?❤イ゙ッッ…ぐっっ❤❤…射精るっっ❤❤お゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙〜〜ッッ❤❤❤❤」

  ビクビクビクゥ…っ❤と、今まで以上に身体を痙攣させて、とうとう我慢していた声を出しながら、笹田は顔を惚けさせた。

  体面上、仕事中という事もあり、一応できるだけ射精を我慢しようとしていたのだが(と…言っても、ご存知の通り、普通に何十回も搾り取られている)、思わず気を抜いたせいで、本日もっとも気持ちの良い一発を出してしまったらしい。

  射精中も、ジュルジュルと顔を前後され、口で搾り取られるだけ搾り取られる笹田は、喉奥からひくついた声を出しながら、何度も何度も身体を痙攣させて、絶え間なくザーメンを吐き出していく。

  この前のように、突然仕事場へとやってきた青年。午後の間、机の下に潜り込んだ彼の口淫によって、今までザーメンという餌を提供し続けていた笹田は、正直言って、あまり仕事に集中していたとはとても言えない状況だった。

  とはいえ、大我の新しい推察が発表されてから、調べる事が多すぎて仕事詰めであったのは事実であり、青年が今日やってきたのも、しばらく会わずにいた笹田を心配しての事だったという事を、彼は知らない。

  机の下から、ゆっくりと笹田の肉体に寄りかかって出てくる青年は、何時間にも及ぶフェラによって汚れた口元を拭いながら、惚ける笹田の瞳を見つめてニッコリと妖艶に微笑む。そして、その丸い頬を両手で優しく掴むと、人目が無いのをいい事に、熱い熱いディープキスで、尚更彼を天国へと送り届けるのだ。

  「……今日はもう帰っていいって。……帰って続きしよ?」

  「はへ…❤」

  青年のそんな淫らな誘いに、まるで催眠にでも掛かったように返事を返した笹田は、彼に手を引かれるまま…。

  その後、たっぷりと、今まで以上に搾り取られる幸せな時間を過ごしたのであった。

  [newpage]

  [[rb:犬塚京子 > いぬづか きょうこ]]に血の繋がった家族は居ない。

  どうやら彼女が赤ん坊の頃に、両親であっただろう者が彼女を道端に捨てていたようで、結局保護された彼女は、物心着く前から孤児院で孤独な幼少期を過ごしたのだという。

  10年前……彼女が暮らしていたと言われる孤児院を実際に訪れた時、彼女の育ての親だという院の院長が、そう語っていた記憶を思い出す。

  彼女は、家族という存在に酷く固執していたらしい。そして、その上で、自らを捨てた両親を常に恨んでいたとも院長は言った。

  その為彼女は、自分を捨てた両親を見返す為、そして、より良い出会いを求める為、必死に勉強し、奨学金で医大に入学するまでに努力したのだという。

  だからこそ、10年前の事件。大我は彼女のそう言った面を含めて、恋人殺しの可能性が最も高い…つまりは、犯人ではないかという考えに至った。

  家族に固執し、より良い人生を得るために、‪遺伝的にも優等なα‬の恋人を求めた犬塚であったが、その恋人に選んだハズの相手が、自らを捨てて浮気していたとなれば、きっと彼女にとってそれは、とても許せるような行動ではなかったのでは無いか…と考えたからだ。

  捨てられるという行為が、彼女にとって最も許し難いことだった。一度両親に捨てられた彼女は、もう二度と他人に捨てられたくないと考えていた。

  だからこそ、激情に駆られて、もしくは、捨てられるくらいならば逆に殺してやるという、そんな思惑で…。

  犯行に及んだのではないかと、大我は当時そんな風に考えていた。

  ただ、そう結論付けると、最終的に彼女が自分の人生に絶望して自殺を計ったというのも頷ける話ではある。だから大我は、最初彼女が自殺したという話を聞いた時も、神妙にその事実を受け入れていたのだ。

  けれど、ふと感じた疑問。…親に捨てられたという事実を知っても自分の人生を諦めず、孤児院に居た頃から努力し続け、実際に目標を勝ち取ってきたような人物が、たった一度裏切られたというだけでそう簡単に自死を測ろうとするだろうか?

  天啓のように思い立ったそんな些細な違和感と、今回の事件で行われた殺害方法。まるで記憶の中の景色が視界の先でダブるかのような感覚に襲われ、まさかと思って調べてみれば、犬塚京子の遺体とされる人物のDNAと、当時彼女の体毛から得たDNAの結果が合わず…。

  今回の件に関係なくとも、どちらにせよ犬塚京子は生きているという事が分かった。彼女は10年前の事件の犯人としては最有力候補であり、まだギリギリ時効の期間を満たしていないのだから、見つけられれば逮捕する事は可能だろう。

  それに、彼女が生きている事が分かった今、当時と似通った殺人方法で殺されている、今回の事件と関連付けるには、充分な理由になる。

  大我は車を運転しつつ、そんな物思いにふけりながらハンドルを右に回した。

  向かう先は、犬塚京子が幼少期を過ごしたとされる孤児院である。10年前も訪れたその場所であるが、改めて何か情報が無いかと考えて向かう事にしたのだ。

  都心から二時間ほど車を走らせて、自然が残る長閑な町の、車通りが少ない簡素な住宅地の一角に、その施設はある。

  もう何年も手入れのされていない、ペンキが剥がれる古ぼけたコンクリート造りの建物。

  そこまで広くない庭には花壇もあるが、冬も近いという事もあってか、植物は何も植えられていなかった。

  車を車道に停めて、錆びた鉄製の軋む門をゆっくりと開き、大我はその場所へと歩いていく。

  年季の入った古い型のインターホンを押してまもなく、若い女性の声が聞こえてきて、大我は自身の役職と目的を簡潔に述べた。

  「お忙しい中申し訳ない。獣京都警察の者だが。少し伺いたい話があって来ました。」

  『け、警察の方?!』

  焦ったようにそう口走る女性の声。大我は、インターホンのカメラ越しに自らの身分を証明する警察手帳を掲げると、これが嘘でもイタズラでもない事を明確にする。

  しばらくして中からやってきたのは、10年前には見なかった若い人間の女性だ。少しおどおどとした様子で、困惑したようにこちらを見上げている。

  大我は単刀直入に、この孤児院の責任者について質問した。

  「失礼。こちらの孤児院の責任者で。確か…[[rb:馬田 > うまだ]]さんという女性の院長さんが居たと思うのですが。」

  「え、えぇと…馬田ですか?……たしかにここの院長でしたけれど…」

  女の表情が曇り、どこか悲しげに眉がひそめられると、大我は目を軽く細めて言葉を続けた。

  「今はいらっしゃらないのですか?」

  「……はい。……というより、亡くなりました。ちょうど三年ほど前に、病気で…。」

  「……そうでしたか。不躾な事を聞いてしまった。お悔やみ申し上げます。」

  「いえ、大丈夫です。…馬田が亡くなってからは私が孤児院を引き継いで運営してます。……あの……何かありましたか?」

  「……ふむ。……いえ、とある事件について確認したい事があったのですが。…そうですか。馬田院長は亡くなっていましたか。」

  大我はそう言って、何か思案するように自らの顎先をさすった。

  正直、ここの院長が亡くなっているというのはそこまで驚くべきことでも無い。というのも、10年前の時点でそれなりに高齢だったのを覚えているからだ。

  しかし、だとしたら、ただでさえ少ない犬塚京子に繋がる人物が一人いなくなってしまった事になる。大我は難しそうに眉をひそめた。

  「あの…この孤児院に関係する事ですか?…それとも、馬田に関係する事でしょうか?」

  「…あぁ、いえ、馬田院長が存命だった時に、この孤児院に在籍していた者に関する事を聞きたかったのですが。馬田院長がもういらっしゃらないのであれば、聞けることもなさそうですので、私はこれで失礼します。」

  「…あ、この孤児院に在籍していた者でしたら、記録があるかもしれませんけれど…」

  「記録?」

  女性の言葉に、大我は片眉を上げて、反応を返すと、説明を続ける彼女の言葉に誘われるまま、孤児院の中へと案内されたのであった。

  廊下を歩く色々な種族の子供達が見える。事務所の窓の外から、興味ありげにこちらを覗いては、大我がチラリと視線を向けると、ハッと目を見開き、驚いたようにドタバタと足音を立てながら慌ただしく逃げていった。

  「元気の良い子供達ですね。」

  「ふふ、そうですね。こう見えても大人しい方ですわ。いつもはもっと騒がしいんですけれど、刑事さんが来て緊張しているのかしら。……本当はあまり部外者を入れるような事はしないんですよ。……子供達に余計な期待を抱かせてしまうと可愛そうですから…」

  女性の言葉に、大我はハッと気が付いた。

  孤児院に大人がやってくるという事は即ち、誰かが養子として貰われていく可能性があるという事に他ならない。

  中には慣れ親しんだ孤児院での生活を望む子も少なからず居るだろうが、それと同じくらい、幸せな家庭に貰われていく事を望む子も多いと女性は語る。

  話を聞きながらちらりと視線を部屋の隅に向けると、積み込まれたダンボールの箱が目に入った。一部は中身が見えていて、お菓子や保存食のようなものが見える。

  どうやら、支援者からの贈り物らしい。けれど、送り元である名前が書かれていないものばかりであり、なんだか不思議な感じがした。

  「意外と支援してくれる方は多いようですね。」

  「え?……あぁ、これですか?……そうなんですよ。どうやら、この孤児院を思って、こうして毎月のように沢山の食べ物を送ってきて下さる人がいらっしゃって。……おかげで、財政はギリギリですけれど、食べるのには困らない生活が出来てます。」

  「……不自然には思わなかったのですか?……殆どに送り元の名がありませんけれど。」

  「こうして物資を送って頂けるだけで感謝しておりますわ。……たしかに最初は少し不審に思っていましたけれど、まだ馬田が存命の時から定期的に来ているものですから、もうすっかり慣れてしまいました。……きっと、この孤児院から貰われて行った子や、大人になって出ていった子、それに、馬田を本当の母親のように思っていた子の中に、思い入れがあって送ってきている人がいるんでしょう。……名前をあえて書いていないのは恥ずかしがっているからかもしれませんね。……そんな事を気にする必要なんてないのに。……本当に頭が上がりませんわ。」

  女性が言うには、送り元のない物資はおそらく殆ど同じ者からの支援物資ではないかという話だった。

  名前こそ分からないものの、内容物には関連性が多く、食べ物やお菓子、たまに玩具なども含まれていて、孤児院の運営にもはや欠かせないものだという。

  しばらく大我は、ジッとそれらのダンボールを見つめ、眉間に皺を寄せていた。

  「…こちらです。馬田はマメに子供達の記録を付けていましたから、まだ残っていたようですね。」

  「…ありがとうございます。」

  差し出された分厚いファイルを見て、すぐさま顔を戻す。それには犬塚京子という名前と、入園年などが書かれていた。

  ページをめくると、ほとんど日記とも言えるような文章量で、馬田個人の犬塚京子に関する所感がびっしり書かれている。

  これを見る限りでも、馬田院長はとても丁寧な性格だったようで、孤児というデリケートな環境に置かれた子供達と真摯に向き合おうとしていた事が、その文量からも容易く想像できた。

  「以前伺った時は、見せて貰えませんでした。」

  「個人情報ですからね。馬田は本当に孤児達の事を自分の子供のように扱っていましたから…。例え犯罪を犯していたとしても、我が子可愛さに隠したのかも知れません。」

  「…そうですか。そのようなものを見せていただいてもよかったのですか?」

  「ええ。……もちろん私も子供達の事は我が子のように思っていますけれど、だからこそ、犯罪者の情報を隠したりして、犯罪幇助か何かで孤児院が潰されるような事になってほしくないですから。……今居る子供達が、また大人の事情に振り回されるような事はあってほしくないんです。」

  「…なるほど。それは確かにそうですね。」

  院長である女性がそう真剣な表情で呟くと、それもまた立派な理由だと大我は納得したように頷いた。

  孤児という幼少期を過ごした性質上、言っては悪いが、半ばグレるようにして犯罪に走る者も少なくは無いという。そうなった時、せめてもの心遣いで彼等を庇うと、そう言った子供達は反省すること無く、また優しさに漬け込んで犯罪を犯す。

  いつしかそれはどんどんとエスカレートしていき、もう後戻り出来ない程の習慣となって、子供達は悪を悪と思わず、自制心を養わずに育ってしまうだろう。

  そうならない為にも、あえて厳しく突き放す事も、場合によっては必要なのだと、女性は複雑そうにそう呟いた。

  コトリと目の前のテーブルの上にお茶を出され、それに礼を言いながら、手に取った資料へとしっかり目を通し始める。

  言った通り文量が非常に多い為、必要な情報を精査するだけでもかなり大変そうだ。

  しかし大我は、そんなことを気にした様子もなく、速読の要領でスラスラと文字に目を流していくと、しばらくページを捲り、そして特定の位置でピタリと視線を固定する。

  「……[[rb:文獣区 > ぶんじゅうく]]…[[rb:来金 > きがね]]整形外科クリニック…」

  それは、馬田院長が個人的な知り合いを通して犬塚に紹介した、研修医として実績を積むための研修先の一つであった。

  あくまで個人的に、人手が足りなかった来金クリニックの院長に、研修先を探していた犬塚と、お互いの利害が一致したとして、彼女を紹介することになったという旨の内容が書かれている。

  このような情報は、彼女が通っていた大学でも記録に残っていなかったはずだが…。と、大我は眉間に皺を寄せて真剣な表情でそれを見つめた。もう10年以上前に調べた過去の情報であったが、間違いない、このような病院に犬塚が研修医として勤めたという話は無かった筈である。

  「何かありましたか?」

  「ええ。とても有力な情報が見つかりました。……申し訳ありませんが、こちらの資料はお借りしても?」

  「構いませんよ。もう何十年も前の資料ですから、それもそのうち処分する予定だったんです。…最悪返して頂かなくても問題はありません。」

  「ありがとうございます。……申し訳ないのですが、これを急いで捜査する必要があるので、私はこれで失礼します。ご協力に感謝します。」

  「は、はい。」

  突然慌ただしくし始めた大我の様子に、少しばかり動揺した様子の女性であったが、特に何を言うでもなく素直に頷いて、大我をそのまま見送った。

  車に乗りこみ、もはや物置と化している助手席へと特定のページが開いたままの資料を放り投げると、キーを回してエンジンを掛ける。

  詳細な住所は書かれてなくても、病院のような施設なら名前を検索するだけで簡単に場所が分かる時代だ。大我は車両に備え付けられた警察用の小型PCを操作すると、MAPを開いてナビを起動した。

  アクセルを踏んで走り出す。今はとにかく、僅かな情報からでも事件解決の糸口を手繰り寄せる事が先決だった。

  来た道を戻るように運転して、都市部の方へと戻っていく。

  様々な地区に分かれている獣京都の込み合った道路を器用に運転して行って、目的地となる病院の前へと向かっていった。

  警察稼業から離れている間も、まるまる一週間車の中で生活するなど当たり前に会った事だ。人混みと車の往来が多い市街地であっても難なく移動してやってきたその場所は、MAP上の位置情報こそ間違っていないものの、建物の形も、名前も変わってしまっている、事前情報とは全く別の場所になってしまっていた。

  「……なみきこどもクリニック。」

  小児科という事もあり、分かりやすい平仮名とカタカナで書かれた看板が目立つ、真新しい建物であった。

  見立てでは、まだ建築されてそれほど経過しているようにも見えず、実際周囲を歩いていた住民らしき女性に話を聞くと、ここ四、五年の間に改築されたばかりの建物だという。

  「前は整形外科だったんだけど、その先生が亡くなったみたいでね。それで別の病院に変わったのよ。……私はもう子供も成人してしまったから利用した事がないんですけれど。」

  「そうですか。ありがとうございます。」

  想像していた証拠が得られず落胆する一方で、窓の外から見える中の様子から、少しでも何か次に繋がる情報が無いか探してみる。

  いくら刑事とは言え、子供連れという訳では無いし、何の礼状もなく、今回の事件に関与しているかどうかも分からない施設に、手帳だけで入っていくことは出来ない。

  しかし、しばらく観察してみた結果、特段変わった所もなく、あまり長居すれば、流石に周囲の目も気になってしまう為、大我は大きく溜息を吐きながら、その場を後にする事にした。

  車に戻って、小型PCから、同名のクリニックのホームページを確認してみれば、どうやら医院長は女性であり、しかもトイプードルの犬獣人らしい。

  画像を見た限りでは、犬塚京子の面影は全く感じられない。犬塚はイヌ科獣人の中でも比較的に数が多い柴犬系の獣人で、本当にどこにでもいる、地味なタイプの女性だった。

  しかし、ホームページの画像に表示されている医院長と思しき女性は、どこか自信に満ち溢れたような出で立ちと、整った顔付きをしている。どこを比較しても、大我の知っている犬塚京子と情報は一致しているように思えなかった。

  とはいえ、犬塚が以前研修医として勤めていた病院に、犬獣人の女性医院長。

  不確定な違和感を胸に抱きつつも、どちらにせよ、今回これ以上の捜査は出来そうもない。

  大我は、車のエンジンを掛けると、渋々本署への道を帰路につくのであった。

  [newpage]

  「大我さん。店の防犯カメラは軒並みデータが消されていましたが、繁華街という事もあって、周囲に設置されたカメラのデータから、事件があったと思われる日の夜、不審な黒いバンが店の裏口に向かった事が分かりました。また、犬井が店を出た後、尾猿と思われる人物が、すぐタクシーでどこかへ向かった様子も確認されています。」

  「ふむ…」

  大神の言葉と共に、ノートPCの画面へと映された映像を見ると、確かに人一人楽々と運べそうな車が、事件のあったレストランの裏口がある店の裏手へ向かっていく映像が記録されていた。

  それは、尾猿が出かけてから一時間程経過した後の映像だ。

  明らかにこれは怪しいと言わざるを得ない。

  「……表示時刻を見る限り、この車は犯人のモノで間違いなさそうだな。……やはり尾猿は現場とは違う場所で襲われ、殺害された後、レストランにわざわざ連れてこられたのだろう。……現場の壁に血があまり付着していなかったのも頷ける。普通頸動脈をあのように切られたら血が吹き出す筈だからな。つまりこのバンは…」

  「ええ。おそらく遺体を運んできたバンなのでしょう。……それから、当日のデータは無くなっていましたが、数ヶ月分、過去の映像を確認して、頻繁に店へとやってきていた一部の者たちの身辺調査も終わっています。取り急ぎ、すぐに接触出来ると思われる二名。身元の確認が容易だった二名です。」

  「ごくろう。」

  そう言って大神が差し出してきた写真付きの資料を受け取り、大我は自らの親指をひと舐めしてから、真剣な表情でページを捲る。

  「一人目は[[rb:尾猿健二 > おざる けんじ]]。[[rb:尾猿飛鳥 > おざる あすか]]の弟で、兄と違って‪α‬性ではなく、あまり出来た弟では無かったようです。」

  「‪α‬ではないか…。まぁ、産まれた子供が全て‪α‬として性を受ける可能性は低いからな。」

  「えぇ。そうですね。……どうやらこの男は兄である尾猿飛鳥に多額の借金をする程のギャンブル狂で、この数ヶ月の間にも兄への金の無心の為、こうして店に通い詰めています。事件があった数日前にも来店し、害者とはどうやら金の問題で口論をしていたようですね。」

  「……なるほど。動機はバッチリというわけか。」

  世界的に‪α‬の性を持つ者の方がある程度多いと言っても、それは殆ど生まれることのないΩという性の数や、国の総人口に比べて比較的…という程度の話だ。決してβより多い訳では無い。

  警官という職業上、この職場にも‪α‬はそれなりに在籍しているが、実際の所‪α‬性を持って産まれる者はそう多くない。せいぜい一つの大きな職場に一人…という程度だろう。もしくは、尾猿のように自ら企業して成功しているタイプだったり、医者、政治家、弁護士等、所謂エリートと呼ばれる職に多く在籍しているイメージがある。

  だからこそ、兄弟で性に違いがあるというのは珍しい話ではなかった。特に、‪α‬を兄弟に持つと何かに付けて実力などを比べられ、家族の中で孤立するような体験をする者も多く、この尾猿健二のようにグレて人生を投げやりに過ごす者の話はよく耳にする。

  兄弟が‪α‬の性を持って産まれたからと言って、全ての子供がそうなるとは限らない。冷静に考えればそんなに不思議な話でも無いのだが、実際にそのような状況を体験する者の身になって考えれば、これほど残酷な事実も無いだろう。

  日常的に金の無心をし、ギャンブルに明け暮れて兄に迷惑ばかり掛けていたとなれば、おそらく兄弟仲はそこまで良くなかっただろう事が予想できる。

  その上で、事件のあった数日前にも口論していたとなれば、金の用意をしてもらえず逆上して殺しに走ったり、店の金や遺産目当てに兄を手にかけたとしても何ら不思議では無いだろう。

  容疑者の一人としては充分ありえる話だ。

  「もう一人は同じくイタリアンレストランを経営する[[rb:犬間翔子 > いぬま しょうこ]]。βという非凡な性を持ちながら、あらゆる料理コンクールで‪α‬を下し優勝してきた実力の持ち主です。……尾猿とは何かと張り合っているライバルだったようで、コンクールでは何度も優勝を争う仲だったようです。……彼女もまた事件の数日前に害者の店を訪れていて、何やら口論をしていたとか。どうやら店で出しているレシピを真似されたとして、尾猿にクレームを入れていたようですね。……どちらかというとコンクールでも尾猿に辛酸を舐めさせられてばかりで、かなり強い嫉妬心を抱いていたようだったとか。……秋田犬種の犬獣人であり、年齢的にも犬塚京子に近い所が気になります。…料理を彩る細かい細工が得意だという事もあり、冷静に首元を狙って切り付ける事も彼女なら容易でしょう。」

  「……なるほどな。秋田犬種なら、柴犬種から整形したとしても誤魔化しの効く種族ではあるな。……弟の方もかなり怪しいが、こちらはもっと怪しい。……とはいえ、犬塚京子に関しては、あまり先入観を持ちすぎて捜査が偏っても困る。しっかり注意しながら事情聴取するとしよう。」

  「はい!…あとの人物は、まだ身元も分かっていない者ばかりですが…。」

  「チームに共有して早急に身元を調査してもらおう。尾猿健二と犬間翔子にもすぐに事情聴取を行う。逃げられる前に身柄を確保しよう。」

  「了解です。」

  「……か、かーくん…あまり職場に…ぁ❤こ、来られると…❤…お、俺も仕事が…っお゙❤」

  「だって、笹田さんに会いたいって言うと、何でか普通に入れてくれるんだもん。……それに、少しくらい息抜き出来た方が仕事も捗るでしょ?」

  「そ、それは……そうかもだけど……ぅ゙ぉ❤」

  スーツ越しにスリスリと勃起した乳首を指で撫でられ、スラックスの下から盛り上がる股間部分の先端をカリカリと爪で引っ掻かれる。

  笹田はフルフルと身体を小刻みに震わせ、頬を赤く染めて熱に浮かされたような表情をしながら、寄り添ってくる青年を困ったように見つめていた。その実、瞳は青年に釘付けで、まるで魅力されているかのように熱っぽい。

  毎日仕事場にやってきているという訳では無いが、数日おきに笹田のオフィスへと来訪してくる青年は、決まってこのように仕事中の笹田へとちょっかいを掛けては、甘く淫らな誘惑の世界に彼を誘い込んでくる。

  新たな調査を命じられてから、青年の務める店に顔を出す事が出来なくなっていた為、彼に会えること自体は非常に嬉しいのであるが、こうも淫らな行為で責め立てられると、笹田は調査どころの話ではなかった。

  今にもこの暑苦しいスーツを脱ぎさって、青年を目の前の机に押し倒し、バックから激しく突き下ろしたい衝動に駆られるものの、そんな事をしたらクビどころの騒ぎではない為、何とか理性を総動員して耐えているというのが現状だ。

  かわりに、毎回と言っていいほど机の下に潜り込んだ青年によって、金玉が空になるまでザーメンを搾り取られてしまっている。

  まるで無料のミルクサーバーにでもなってしまったかのような面持ちだ。ある意味淫魔よりもタチが悪い青年という存在によって、笹田は自らの精子を差し出すだけの都合が良い餌人となってしまっている。

  職場で搾り取られた後は決まってホテルや家に直行し、変わらずザーメンという食事を飽きるまで提供する日々。

  目隠しをされ、腕を後ろ手に縛られ、足をすっかり開かれて、一日中チンポをしゃぶり尽くされた時は、あまりの気持ちよさと連続射精の負荷に、最後にはもう挿入させて中出しさせてくれと泣いて懇願するくらいには大変な目にあった。

  最終的には青年への種付けを熱望する辺り、‪腐っても‪α‬の性の持ち主という事なのだろうか。

  子作りし、相手を孕ます事に幸福を感じる。‪α‬には本能的に子孫繁栄を渇望する本能のようなものがあるのかもしれない。

  「こ、コーヒー買ってくる!!」

  「ふふ、そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。」

  そう思い切って誘惑を断ち切り、スラックスの股間部分を盛り上げながら立ち上がった笹田が、歩きづらそうにしながら慌ててオフィスを出ていった。

  それを妖艶な色気を放つ苦笑の表情で見送った青年であったのだが…。

  「………」

  しかし数秒後、スッ…と真顔になると、人が変わったかのように、手際よく笹田の机の上を物色し始めたではないか。

  その中から、いくつかの資料を手に取ると、あろう事か、それらをスマホの写真で撮り始め、手早く紙を捲っては、次々とページの写しを端末に取り込んでいった。

  それらの資料は10年前の犬塚京子に関する資料ばかり。そして、今現在の資料も数枚。

  暫くして、笹田がコーヒー缶と、ジュースのペットボトルを持って帰ってくると、青年は何事も無かったかのように椅子に座って、そんな笹田へとニッコリ微笑んで呟く。

  「僕の分も買ってきてくれたの?…ありがとう。…でも、今日はもうそろそろ帰るね。」

  「え?…何か用事があるのかい?」

  「うん。買いたいものがあるから、ちょっと買い物して行こうかと思って。…笹田さんの顔も見れたし、あんまり仕事の邪魔しちゃうと悪いかなーって。ね?」

  何やかんやと言いつつも、心の底では少しばかり期待していた笹田だ。青年がそう言うと、残念そうに丸い両耳を垂らして肩を落とす。

  手にしたペットボトルに手を触れられ、チュッと頬にキスを受けると、流れる水のようにスルリと脇を抜け、その場から去って帰ろうとする相手を無理やり引き止める事も出来ず、笹田は青年をそのまま見送る事しか出来なかった。

  まさか、彼が机の上の資料を盗撮していた事も気付かずに…。

  デスクに置かれた署用のデスクトップパソコン。

  そのスピーカーからメールが届いたという旨を知らせる特徴的な通知音が鳴ると、笹田は手元の資料を真剣に眺めつつ、ゆっくりと頭だけ振り向き、視線は資料に釘付けになったまま、一瞬だけ目線を画面に移して眉をひそめながらそれをクリックした。

  一日に何度も届くメールの中には、例えば署で今後行う予定のレクリエーションだの、今週はなんたら強化期間だのという、あまり緊急性の高くはない内容の連絡も数多く届くのだが、とはいえ、通常時からも重要な知らせを記載したメールが送られてくる頻度は高く、基本的には届いた時点からなるべく早く目を通す事が全体に義務付けられていた。そしてそれが今回の事件の担当刑事でもある虎尾大我から届いたメールとなれば尚更である。

  タイトルを確認してみれば、新しく確認できた容疑者候補についての共有と書かれていた。

  おそらく監視カメラか何かで面の割れた者が何人か増えたのだろう。こういった進展は他の事件対応であっても決して珍しくない展開である為、笹田は手早く、添付されたファイルを慣れた手つきで閲覧する。

  するとそこには、どうやら自分の予想通り、監視カメラの映像から切り取りしたかのように思える、引き伸ばされた荒い画像のデジタル写真が数枚。

  まだあまり詳しく調べられていないのだろう。というより、こうして共有されたという事は、暗に捜査規定に則って各自調べて欲しいという、いつも通りのマニュアル対応を命令されたに他ならない。これらの画像に映された者達の名前も分からなければ、年齢、職業、自宅。現時点で分かっていることはこの容姿以外に何一つ存在せず、メールの内容も本当にただそれだけの共有だった。

  いくつかの画像をクリックし、表示される顔を見つめていると、ふと、一つの人物の写真で笹田の手がピクリと止まる。

  思わず目を細めてジッと見つめた。そこに表示されている顔は、どこか見覚えのある、いや、なんなら、いつも見慣れた馴染みのある顔に見えて…。

  「…へ…?」

  そこでハタと、笹田は思わず突拍子もない声をあげながら、口をぼんやりと開けて固まってしまった。

  何故なら、その共有の画像に映し出されているのは、自らが想い人として意識している、つい先程までもここに居た青年であり…。

  何度も身体を重ね合わせた相手だ。顔を見間違えるなんて今更そんな事あるはずも無い。

  笹田の身体の震えが徐々に強まり、焦りと困惑でジットリと体毛が濡れていく。

  容疑者となる相手を、むざむざ自らのオフィスに招き入れていた事もそうであるが、なぜ?どうして?と、頭の中では、青年の笑顔が浮かんでは消えていった。

  そもそも、事件捜査中のオフィスに部外者を入れたなんて知られるだけでも不味いというのに、それがまさか容疑者だったなんて、前代未聞の不祥事である。

  けれど、笹田はそうして自らの保身を考える以前に、ただひたすら、青年のことを思って頭がいっぱいになった。

  すぐさまスマホを手に取り、誰もいない外の非常階段の方へと足早に歩いていく。そして、登録してある青年の電話番号を見つけると、受話器ボタンを押して連絡を取ろうと試みる。コール音が鳴るたび、心臓の音と混じって弾けそうだった。

  「……もしもし?」

  「か、かーくん!?…あ、あの…っ」

  受話器の向こう側から、笹田の予想に反した青年の軽い応答の声が聞こえてきた。思わず驚きに大きな声を出してしまった笹田が、拍子抜けして声量を落としてしまうくらいに、いつもと変わらない彼の声。

  「……どうしたの?何かあった?」

  「え、えぇと…」

  青年は事件の事を知らないのだろうか。しかし、そんな筈が無いのは分かりきっていた。テレビは連日この殺人事件の話題で一色であるし、笹田が刑事として調べている事もきっと彼は知っている。

  ただとぼけた振りをしているだけなのか?それとも、自分が事件の容疑者として候補に上がるだなんて思っていないのかもしれない。

  どちらにしても、冷静にならなければロクな応答も出来ないと、笹田は何度か深呼吸をして気持ちを整えた。

  「…少し…会って話せないかな?」

  「……どうしたのいきなり?さっき別れたばっかりなのに。もう寂しくなったの?」

  「へ…へへ…そ、そんなとこ。」

  「分かった。じゃあいつものカフェに、七時でいい?」

  「う、うん。それじゃあまた…」

  「うん。またね。」

  耳に当てたスマホから、プツリと音声の途切れる音が聞こえても、笹田はしばらく固まって動くことが出来なかった。

  眉をひそめ、遠く、落ちていく夕日を眺めながら、身体に添わせるようゆっくりと、携帯を持った方の腕を下ろしていく。

  まさか、青年がこの事件の容疑者として候補に上がるだなんて…。

  何かの間違いであってくれと心の底から思う。反面、突然自分の勤める警察署へ顔を出したのも、そういえばこの事件が発生してからだったと思い立つ。

  今までは仕事上の客と店員という関係でしかなかった青年の、突然の来訪。自分は何度、彼を置いてオフィスを後にしただろうか。

  完全に信頼して部屋に残したまま、30分以上席を外していた事もある。

  気付けば、笹田は牙を噛み、今にも泣きそうな表情で、強くスマホを握りしめていた。

  七時…

  そして、約束の時間になっても青年は現れず…。

  いつも青年との待ち合わせ場所として使っていた思い出のあるカフェで、笹田は一人、呆然と虚空を眺めることしか出来なかったのだった。

  夜の帳が降りる。

  [newpage]

  尾猿健二。両親が既に亡くなっている尾猿家において、妻である尾猿優子以外に存命している、数少ない肉親の一人。

  厳密にはもう一人、尾猿飛鳥には兄が居るようだが、もう何年も海外で暮らしており、日本に帰ってきていないことを確認済みであることから、今回の事件に関与はないとして、あまり調べられていない。

  だからこそ日本に居る兄弟であり、尾猿健二の身元はすぐに調査されていたし、本来であれば真っ先に訃報を伝える相手でもあった。

  しかし、そうした実情とは裏腹に、尾猿健二は捕まらなかったという。聞けば、忽然と姿を消してしまったらしい。

  そのため、今回の事件がおそらく近親者によるものだと考えられた時から、彼が犯人である可能性も当然のように考えられ、すぐに捜索が始められた。

  しかし、今になっても彼の身柄は拘束できていない。

  事件から既に三週間が経過しようとしている所だった。

  「……どう思いますか?」

  「……まぁ、自然に考えれば、やましい事をして逃亡したと考えるのが妥当だろうな。しかし、忽然と姿を消した…という部分に、少し違和感を覚える。……自宅周辺で張り込みしてるんだろ?何か動きはなかったのか?」

  「どうやら何も進展はないようです。部屋に居ないのは確かだとか。電気も付いておらず、人が住んでるような気配すら無いと報告が上がってます。」

  「……ふむ。張り込みしていた奴らにはご苦労と伝えておいてくれ。…容疑者として候補に上がったのだから令状が取れるだろう。…アパートの大家に連絡してそのうち行くと伝えてくれ。鍵を用意してもらって部屋を調べよう。令状が取れるまで早くて数時間、遅くて数日掛かるだろうから、いつでも準備しておいて欲しいとな。」

  「分かりました。」

  大我の指示に、大神から目配せされた捜査員達がすぐさま動く。

  腕組みをして、目の前のガラス越しに向こう側を見た大我は、神妙な顔つきで、そこにいる人物に目を向けた。

  「さてと……彼女が?」

  「はい。犬間翔子です。彼女は特に逃げるような様子も見せず、ここに呼ばれた際にも困惑していました。取り調べを受けると聞いて緊張していたようですが、今は落ち着いてるようですね。良くも悪くも‪α‬にいい思い出のない女性のようですから、お気をつけて。」

  「わかった。今回は俺が取り調べる。お前はできるだけ早く令状が取れるように、アイツらをサポートしてやってくれ。」

  「分かりました。」

  取調室に併設されたマジックミラーの向こう側、観察室から同時に出た二人が、各々別の方向へ歩いていく。

  大我は言葉通り、そのままファイルを脇に携え、取調室の扉を開け、大神は他の調査員のサポートへ。

  部屋に入った大我は、目を細めて振り向いた女性を観察しながら、ゆっくりと彼女の向かい側に座り、そしてテーブルの上でファイルを開くと、神妙な顔つきで女性を見つめる。

  「どうも初めまして。犬間翔子さん。この度はご協力感謝します。……突然このような場所に連れてこられて困惑したでしょう。特に何も無ければすぐに解放されますので、私の質問には素直に答えて頂きたい。」

  「分かってるわ。あの猿野郎の事でしょ?毎日のようにニュースで報道されてるものね。…ふ、馬鹿馬鹿しい。…大方、アタシがアイツと仲が悪かったからって殺しを疑ってるんでしょ?冗談じゃないわ。」

  「何故そう思うんですか?…実際貴方は尾猿飛鳥に怒りを抱いていましたよね?…何度もコンクールで争った仲だとか。……しかも、最近までずっと負け続きだった。ここ何度かの大会では優勝しているようですが、それにしても負けが込んでるようですが?」

  大我の言葉に、犬間翔子は腕を組み、特に焦った様子もなく、椅子に深く腰掛けて彼を睨みつけた。

  「ふん。それが大きな間違いだって言うのよ。……イイ?アイツとアタシは実力を認め合ったライバル同士よ。アイツは他の‪α‬共と違って、βであるアタシの実力をしっかり認めてた。認めていた上で真剣に戦って負けたのよ。……勿論、負け続けて辛酸を舐めさせられた事は数知れず。当然面白くなかったのは事実よ。でも、アイツの料理には毎回アタシを唸らせるような創意工夫がされてた。アタシはアイツをリスペクトしてたのよ。……それなのに…ふん。」

  「ほう?…お互いをライバルと認めあっていたと?ここ6年の間、彼が現れてから貴方は毎回優勝していたコンクールで2位に降格し続けていましたよね?去年と今年に関しては1位に返り咲いたようでしたけれど、ぽっと出の新参者に独占していた賞を荒らされて不快には思わなかったのですかな?」

  「その逆よ。アタシはとうとう自分と張り合えるだけの実力を持った奴が現れたと思った。これまでアタシと競い合った奴らは腑抜けばっかり。自分が‪α‬だから、βのアタシに負けるわけがないだとか、審査員に賄賂を送ったと騒ぎ立てた奴もいた。そんな中で、唯一アタシに実力で泥を付けたのが尾猿飛鳥という男なのよ。アタシは彼をライバルとして認めていたわ?なのにどうして殺したりするの?!アイツに泥を付けるのは料理だと決めてたのよ!」

  徐々に声を荒らげる犬間に、大我は冷静に質問を続ける。

  「では、ここ最近のコンクールで勝てたのは随分大きかったようですね。…念願叶ったりという所ですかな?…それで?実力で追い越したのでもうライバルだと思えなくなったの…と?だから殺したんですか?」

  「ふざけないで!全然違うわよ!アタシがアイツに怒っていたのは、むしろ最近料理の腕前が落ちたからだわ!それも明らかに!!普通じゃありえないくらいの下落ぶりよ!……しかも、あろう事かコンクールでアタシのレシピを盗用して、ちょっとアレンジしたくらいのモノまで出して!!だからアタシはどういうつもりか店に突入してまで問い詰めたのよ!」

  「ふむ。そこで何か気に障るような事でも言われてカッとなった。そういう事ですか?」

  「ふん!……いいえ!何も!…何一つ話さなかった。アイツは。このアタシにさえね!……明らかに料理の質が落ちて、自分でレシピも考えられないほどに落ちぶれてる癖に!…ライバルだと思ってリスペクトしてたのはアタシだけだったの?……おかしいわ。ホントに。どうにかしてる。」

  犬間は、大きな動きで首を横に振りながら、失望したようにそう言い放った。その様子に嘘が含まれているようには思えない。

  「去年の暮れにあったコンクールからどこかおかしかった。まだ目に見えて料理の質が落ちた訳では無かったけれど、いつも通りの彼とは程遠かった。……調理中もぼんやりとしてて、まるで集中出来てなかったわ。コンクールなんてどうでも良いかと思ったくらいよ。今年に至っては、調理学科を卒業したばかりの新人みたいな手際の悪さだった。その癖、すでに出来上がったレシピ通りのモノさえ作れないだなんて。明らかに何かおかしい。」

  犬間翔子の言葉からは、非常に強い失望の念が伝わってきた。そして悲しみや哀愁も含まれている。彼女はどうやら、本気で尾猿飛鳥の事を心配していたらしい。けれど、店にまで行って問い詰めても何一つ話さない彼に怒って口論になった。

  唯一ライバルと認めていた相手が、こうも簡単に落ちぶれている姿など見たくなかったのだろう。

  「一目で分かったわ。料理以外に何か大事にしたいものが見つかったんだって。彼の様子から何となくそう思った。」

  「なるほど。それはなんだと思います?」

  「さぁね。検討もつかないわ。……いいえ。違うわ。そうよ。あの身体から香ってきた甘ったるい香水みたいな匂い。そう言えば、様子がおかしかった去年のコンクールの時から、あの匂いを身にまとってた気がするわ。……あの匂いがしたから、アタシはアイツがコンクールを捨てたと思った。香水の匂いなんて料理に移ったりしたら大変だもの。料理人失格よ。……女かしら。確か奥さんがいるのよね?」

  「ええ、彼は結婚してますよ。ですが、‪α‬の例に漏れず、あまり交流は無かったとか。」

  「それはおかしいわね。それ以外で心当たりなんて一つも無いわ。アンタ達‪α‬って性は、才能を発揮すると他の誰よりも没頭して天才的な実力を発揮するんでしょ?…そんなヤツらが自分の才能を捨ててまで夢中になるものなんか他にあるの?こっちが聞きたいくらいよ。」

  「……自分の才能を捨ててまで夢中になるもの…。」

  犬間の言葉に、大我が小さく呟いた。

  他の誰でもない。自分で経験した事だからこそ分かる。大我にとって、警官という天職を手放してまで追い求めたモノ。自らの運命の番。Ωの性を持つ息子。

  しかし、この世界において、Ωは絶滅したと言われるくらいに、もう長い事観測されなかった性だ。

  今も昴以外にΩが現れたという話は聞いていない。と言っても、Ωが生まれたからと言って大々的に報道される訳では無いし、隠そうとすれば隠せるのだから、実際のところもしそんな存在が居たとしても分からないのだが。

  犬間翔子の事情聴取が終わった後も、大我は自らのデスクに戻り、ペンを口元にリズム良く当てながらずっと考えていた。

  ‪α‬がΩ以外に夢中になるものなどあるか?……何度考えても答えは否。となれば、もしかしなくても、尾猿には運命のΩが居たという事になるが。

  そんな話はこの事件を捜査している中で一度も耳にしていない。

  尾猿飛鳥は、一体どういう状況に置かれていたのだろうか。

  去年から何か様子がおかしくなったという証言は、妻である尾猿優子の言葉とも合致する。それを鑑みれば、去年の内に何か尾猿飛鳥の身に変化が起こり、そして彼は殺される羽目になった。

  そういえば、尾猿優子も甘い香水の匂いがすると言っていた事を思い出す。つまり、ここまでの証言を総合すると、尾猿飛鳥は誰か別の人物と浮気していたというか、おそらく運命のΩを偶然見つけてしまい、その相手に仕事も忘れて夢中になってしまった。

  確か、事件現場でも一瞬、何か甘い匂いがして、その時頭を過ぎったのは……。

  何か……決定的な何か情報がまだ足りていないと感じる。

  「考え事ですか?」

  「っ……大神。…驚かせるな。」

  「え?すいません。これ、コーヒーです。」

  「あぁ、すまないな。」

  そんな事を考えているうちに、背後から声を掛けられ、大我は僅かに肩を揺らしてデスクチェアごと後ろを振り返った。

  そこに居たのはコーヒーのカップを両手に持った大神だ。

  少し非難めいた声色でそう言うと、大神は予想外とでも言うように少し焦って謝罪する。手に持ったコーヒーを渡され、それを受け取った。

  「何か分かりましたか?」

  「……ん?…あぁ。……大神、お前、自分の運命のΩが目の前に居たらどうする?」

  大我が突然そんな事を神妙に呟くと、大神はブッ…とコーヒーを吹き出し、自らの口元を手で煽りながら咳をして、焦ったように声を出した。

  「ゴホッ!ゴホゴホ!な、なんですか突然?」

  「そう驚くな。ただの興味本位だ。」

  「…興味本位でそんな事聞くなんて…。…なんですか?まだオレが昴くんを狙ってるとでも思ったんですか?」

  「む?狙ってるのか?!」

  「なわけないですよ!運命の番は原則一人って決まってるんですから、相手がいるΩを狙う必要も、意味も無いですって。」

  「ふぅむ…。」

  「……はぁ、もしかしてやっぱり、家に一人置いておくのが不安なんですか?」

  「あぁ…。いや、まぁ、それは当然そうだがな。」

  「身重の奥さんですもんね。自分なら、仕事なんか放り投げて付きっきりで世話しそうなもんですが。」

  「む?それは俺への当てつけか?」

  「ち、違いますよ!ただ、唯一の運命の番ですから。大我さんみたいに仕事も運命もって、器用に両立するのが難しそうってだけです。」

  「……器用にやってるように見えるか?」

  「充分そう見えますよ。毎日連絡も欠かさずしてますし、家に帰らないだけで、しっかりしてるじゃないですか。今回の被害者だって、普段から奥さんを放ってたでしょ?大我さんは運命じゃない奥さんが相手の時も、しっかり毎日連絡してたじゃないですか。つまり、運命とか関係なく、器用にやれる人って事です。オレなんか彼女が出来ても結局放ったらかしになって、別れを突き出されるんですから。どっちか一つにしか集中出来ません。」

  「ふぅむ…」

  大神の言葉を聞いて、大我がまたしてもペンで口元を叩きながら考えるように呻いた。大神はそう言うが、実際のところしばらく昴にメッセージを送ることを忘れていた時があった。

  どちらにせよ反応は帰ってこないのだが、そうであっても、連絡を忘れた事に気がついた時、大我はこの世の終わりとでもいう程、非常に後悔した事を覚えている。

  それに、そもそもメッセージだけを送って過ごすのは放ったらかしていない事の証明にならない気がするのだが…

  同じ‪α‬の大神が言っているのだから、別に間違ってはいないか…?

  「それで?なんで突然そんな事を?」

  「……いや、少し参考までにな。中々興味深い話だった。」

  「ならいいですけどね。……そうそう。尾猿健二の家宅捜索ですが、あと一時間もすれば令状が発行されるようです。」

  「速いな。」

  「まぁ、連続殺人犯かも知れない相手の家宅捜索ですからね。検事と裁判官のケツを叩いておきましたよ。」

  「ふっ、流石だな。昔の指差し確認は健在か?」

  「勘弁してくださいよ。これくらいの手続きならもうカンペ無しで慣れたもんです。」

  「よし、ならすぐに出れるよう準備しておこう。」

  「はい。」

  そう言うと、大我は飲み干したコーヒーのカップをデスクに置いて立ち上がった。尻を机の角に乗せて寄っかかっていた大神の二の腕をポンと叩いて、椅子の背もたれに掛けた上着を肩の後ろに持ちながら歩き出す。

  その後を追うように大神も歩き出せば、二人は揃って捜査を再開するのだった。

  [newpage]

  「尾猿健二について、何か知っている事はありますか?」

  「さぁねぇ。ま、いつも家賃を滞納するもんだから何度か催促に来た事もありますけど。ギリギリで払ってはくれましたからねぇ。」

  「他には何か、例えば彼女らしき人物が居たとか。」

  「さぁ。……アタシゃそもそもあんまり関わってこなかったんでねぇ。今回だってまぁた家賃を滞納してるしねぇ。その上警察まで出張ってくるなんて、ホント勘弁してほしいですわ。」

  「ふむ。目立った情報はなし…か。」

  二階建ての年季が入ったボロアパートの階段を、狐獣人である初老の大家と一緒に歩きながら、大我はいくつかの質問をぶつける。

  しかしどうやら、家賃の催促以外でロクに交流していなかったようで、大家は面倒臭そうに気だるくそう答えるばかりだった。

  尾猿健二の部屋は、二階の角部屋らしい。鍵を持った大家の後ろをついて歩くようにしながら進んでいく。そして、部屋の前に着いた時、二人はその違和感にすぐさま気が付いた。

  「…っ…この臭いは」

  「…おい!………すいません大家さん。そこをどいて。」

  「あ、ちょ、ちょっと!?」

  「おい!尾猿健二!居るのか!?」

  懐から銃を取り出し、両手で支えるように持ちながら扉越しに声を掛ける。

  当然反応は帰ってくることがなく、大我と大神は二人、目線で軽く頷き合うと、真剣な表情で手早く身体を動かした。

  戸惑って焦る大家に向き直り、すぐに鍵を寄越すよう要請する。慌てて彼はそれを明け渡した。

  「鍵を下さい。…開けるぞ。」

  「はい。」

  「3、2、1……。」

  ガチャ!

  大我が秒数を数え、一気にそこへと力を込めるが、しかし、ドアノブを回しても、何かにつっかえているのか、扉が開かない。

  「チッ!ドアに何か突っかえてるな。…下がって!蹴破ります!」

  「なっ!か、勘弁してくだせぇ!誰が修理すると思ってるんだい!」

  「緊急事態だ!修理費はこちらで持ちますよ!」

  大家の言葉に大神が煩わしく反応を返しながら、大我は二人を下がらせると、ドアノブの辺りを勢いよく正面から蹴り付けた。一度目のキックでドアノブ付近にヒビが入り、二度目のキックでそこが陥没し始める。三発目でとうとう穴が開いたが、やはり扉の前に何かあるようで、穴は空いても扉は開かず、その向こうに人影が見えている。

  既に嫌な予感を感じつつ、大我は大神に目配せすると、二人揃って横向きに並び、タイミングを合わせて、肩からタックルした。

  「3、2、1…ッ!!」

  「オルぁ!」

  バギャ!!

  大きな音を立てて扉が壊れ、二人の息の合ったタックルで内側に倒れていく。

  金具ごと壊れた扉は既にその仕事を終えており、そうやって無惨な木屑になってしまったそれらを、大我は乱暴に掴むと、引っ張って廊下の横に退けた。

  すると、持ち上げたその扉の内側のドアノブに、何か引っかかるように、人影が浮き上がって…。

  「ひ、ひぃぃ!!」

  狐獣人の大家が悲鳴を上げて外側の柵に背中を押し付け、ズルりとそのまま腰を抜かした。そんな彼に構っている余裕もなく、二人はその引っかかった人影を険しい表情で見つめる。

  そこには、猿獣人と思われる男性の身体がグッタリと引きづられており、その様子を見る限りでは、既に事切れているようだ。

  念の為、大神がその場にしゃがみ込んで、男の首元へと指を伸ばしたが、しばらくの後、大我を見上げて、ゆっくりと首を横に振った。

  大我はすぐさま、自らの耳に挿入された無線機を押さえて、各所に通達を行う。

  「すぐに捜査員を派遣してくれ。……おそらく、尾猿健二と思われる男性の遺体を発見した。周囲は厳重に封鎖して誰も通すな。いいな。人っ子一人だ。」

  「……警部。これを。」

  「…遺書?自殺か?」

  「どうでしょう。」

  身振りと目線で大家を一度現場から離し、そうしている間にもいち早く部屋の中を確認していた大神から一枚の紙を渡される。

  それは、自分が兄を殺したという告解と共に、生きる希望が無いため自ら命を絶つという旨の内容が書かれた遺書らしきものだ。

  これが本当ならば、事件は悲惨な結末を迎えたという事であるが、果たして……。

  すぐさま現場周辺の道含めて封鎖され、閑静な住宅街に喧騒が広がっていく。

  野次馬として現れた人々が、何事かとテープの前でスマホを掲げながら覗き見るのを、警官達が両手を広げながら制止した。

  そうこうしている間にも、事件現場となった部屋の中を、捜査員が行き来して忙しなく時間は進んでいく。

  そんな中で、大我は荒れた部屋の中、その中心に立つと、ぐるりと観察するように周りを見渡していた。

  「死亡していたのは尾猿健二で間違いないようです。玄関の扉のドアノブに紐を括りつけて、自らの首に引っ掛けて窒息死していました。遺書と見られる文章は筆跡鑑定に出していて、まだ本人のものかどうかは確定していません。遺体の状態から見ても死後三週間は経過しているようですが、今年は気温が低かった事もあり、腐敗が思ったより進行していなかったのが、発見の遅れた要因かと。」

  「三週間前か…。尾猿飛鳥が死亡した日付に近いな。」

  「そうですね。となるとやはり…」

  「同一犯である可能性も無くはないが…。……見ろ。犯人はどうやら密室殺人を装ったつもりだったみたいだが、窓の留め具に釣り糸が引っ掛かってる。下の茂みにも、衣服のモノと思われる糸くずが一本、木の枝に引っ掛かっていた。…相手はそこまで完璧な犯罪者じゃないという事だ。朗報だな。」

  「二人目の被害者なのでしょうか?」

  「どうだろうか。……正直この現場を見る限りでは、尾猿飛鳥を殺した時とは全く違う[[rb:杜撰 > ずさん]]さを感じる。尾猿健二には悪いが、ある意味では犯人に繋がる証拠が増えたとも言えるだろうな。遺体を回収して司法解剖に回そう。……コイツも抵抗した様子が見られない。身辺調査が必要になるな。」

  部屋には争った形跡などなく、窓は完全に閉じられていて、一見すると自殺としか思えない死に方であったが、この短時間でも大我は、これが他殺である根拠を見抜き、指摘してみせた。

  そうでなくても、遺書の筆跡鑑定が済めば、おそらくそれが偽装されたものであることはいつか明るみに出たであろう。

  どうやら、犯人の用意周到さにも限界があったという事で間違いがない。

  「それにしても、どうして今になってβである弟の方まで殺害を?これまでは‪α‬だけに留まっていた筈では…?やはり別人の犯行と見て間違いないのでしょうか。」

  「ふぅむ…。そうだな。現時点では正直、こいつが同一犯によるものか、別人による犯行かは特定が難しいと言えるだろう。ただ、もし同一犯として仮定した場合、用意周到な犯人にしては珍しく、この犯行は予定外だったのではないかと推測されるかもな。」

  「予定外?……尾猿健二は事件に巻き込まれたという事ですか?」

  「かもな。殺し方が違うのもそれに起因している可能性がある。とはいえ、全く別人の犯行である可能性もかなり高い。どちらにしても、今は何も言えんだろうな。」

  大神の疑問はもっともだ。一体どう言う理由があって尾猿健二も殺される事になったのか、現状ではあまりにも証拠が少なすぎる為判断が出来ない。

  しかし、これまでと違う殺害方法や、ザッと見ただけでも他殺と分かってしまうような工作の数々など、計画的に行われた犯行だと仮定するならば、今までの犯人像には似つかわしくない杜撰さが垣間見えていると思う。ともすれば、尾猿健二を殺す事は、犯人にとって予定外の出来事だったのではないかと、そういった仮説が何となくあった。

  とはいえ、別人の犯行である事も否めないのは確かだろう。殺し方があまりにも違いすぎるし、その後の誤魔化し方に至っても、今回の事件の犯人像に合致しない。

  

  どちらにせよ、司法解剖などでもっと情報を得られなければ、仮説はあくまで仮説に過ぎないだろう。

  大我はそれ以上の会話を締めて、まだ調査の終わらない部屋から出ていった。

  大神も後に続く。

  「容疑者の犬間を始め、尾猿健二の所在も分かった。残っているのは?」

  「一人は常連の獅子獣人の男でした。確認してみましたが、特に怪しい所もなく、単に味を気に入って通いつめているだけの一般客でした。……付近の商社に務めている‪α‬男性で、高級レストランに通えるだけの財力があり、尾猿飛鳥を殺す必要も、動機も無い男です。店には通っていましたが、基本的にフロアに出る事が無い害者と直接の接点もなく、容疑者である可能性は著しく低いかと。」

  「そうか。…一応資料を送っておいてくれ。」

  「わかりました。」

  「残りは?……たしかもう一人居ただろう?」

  「残りは…「それについては俺の口から話したい。」」

  大神の言葉を遮って発言したのは、丁度現場にやってきた笹田。その人であった。

  今回、この場所の捜査ではなく、犬塚の足取りを追っていた筈の笹田が突然現れた事に、二人は驚いて言葉を失ってしまう。

  そもそも、容疑者の身辺調査に関しても別の者が担当していた筈だ。にも関わらず、どうして笹田から報告があるのか、大我と大神は唖然としたように顔を見合わせて、そのまますぐ、真剣な面持ちの笹田へと視線を戻す。

  「笹田。…驚いたな。犬塚の件について何か進展があったのか?」

  「いや、そのことじゃない。……新たに容疑者となった四人のウチの一人、そいつについて、俺から報告する事があるんだ。」

  「それは…。…まぁ、何か報告があるならそうなんでしょうが。どうしてわざわざここに?…警部の担当では無いですよね?」

  「あぁ…。まぁ、そうだな。それについても報告があるんだ。…悪いが、虎尾と二人だけにしてもらえないか?」

  笹田のそのような提案に、尚更意味が分からないと顔を顰めた大神であったが、大我が振り返って、ただ視線だけで頷くと、不審に思いながらも、二人の脇を通って去っていく。

  いつにも増して浮かない顔をする笹田の様子は、何やら深刻そうで大我は困惑していた。コートのポケットに手を入れたまま、身振りで二人になった事をアピールした大我が、おどけたように笹田の方へと近付くと、彼は相変わらず俯いたまま、大きな溜息を吐いて肩を落とす。

  「どうした?なにがあった?」

  「……ここじゃ人目も多い。どうせこれから署に戻るんだろ?…車の中で話そう。」

  「……いいだろう。」

  笹田の願い通り、自前のパトカーに乗り込んだ大我の後に続いて、笹田も助手席へとトボトボ肩を落としながら乗り込んだ。

  いつも眉を八の字にして、大抵困ったかのように浮かない顔をしている笹田であるが、今日は輪にかけて辛気臭い顔だ。車に乗り込んだ後も、シートベルトを着ける前に一息、着けた後にも一息と、溜息を吐く姿を見れば、流石の大我も渋い顔をせざるを得ない。

  「それで?なにがあったんだ?」

  「……四人目の容疑者。……居るだろ。まだ若い見た目の男だ。……実際若いだろう。…たしか、26歳くらいだって聞いた。同性愛者向けの男性用風俗で働いてて…名前は…」

  「待て待て待て待て…!…その容疑者の事を知ってるのか?」

  唐突な笹田の言葉に、運転しながら思わず何度も視線を横に向けた大我が、慌てたようにそう問いただすと、笹田はまたしても大きな溜息を一つ。それが明確な返事に思えて、尚更訳が分からなくなる。

  「……通ってたんだよ。その風俗に。……というか、何度か話しただろ?……俺がかーくんって呼んでる相手さ。……これまで何度も顔を合わせてきたんだ。間違いない。四人目の容疑者は、俺の知ってるかーくんだ。」

  「かーくんてあの……っ…つまり…〜〜〜…な、なるほど。」

  大我は思わず声を失って、笹田に掛ける言葉が見つからなかった。

  デリケートな話題であるのは確かだし、それが通っている風俗の話となれば尚更だ。笹田が二人で話したいと言った理由も納得出来る。

  喉まで声が突っかかったようになって、思わず納得したかのような言葉でお茶を濁した。流石の大我も、こういう時に行える処世術など何も思い浮かばない。

  「名前は、[[rb:西園寺赫哉 > さいおんじ かくや]]…ま、多分源氏名だろうけどな。実は、容疑者のリストに上がった時点ですぐに彼だと分かっていたんだが、電話して確認を取ろうとした所、どうやら何か察する事があったらしい。待ち合わせ場所にも現れず、すっかり雲隠れされちまったんだ。仕事場にも現れてないらしい。住所やら何やらは、令状を持ってきてから教えるってさ。裏の稼業をやってる奴らは、警察の扱いにも慣れてて困ったもんだよ。」

  「……そうか。」

  大我はそう短く呟いて、ただ頷いた。令状はこれから取るとして、笹田にはまだ何か言いたいことがあるのではないかと、そんな雰囲気を感じたからである。

  そうじゃなければ、あれほど神妙な面持ちで話しかけてもこないし、わざわざ担当外の事件現場にまで来て直接話しかけてなど来ないだろう。

  「それで?」

  「それで…つまり…俺たちは、その…、まぁそういう仲だったわけで。……見知った顔だから、たまに署の……。俺のオフィスに、彼が顔を出す事もあったんだ。」

  「………」

  「……消息が分からなくなる直前も、オフィスに来てた。…俺は彼を信用して、捜査機密の置かれたオフィスに置き去りにしたまま、数分席を外す事もあったんだ。……だから。」

  そこまで聞いて、笹田の言いたいことが大我にも分かった。それはつまり、取り返しのつかない重大な不祥事という事である。

  おそらく、聞く者が聞いたらクビになってもおかしくないくらいの凄まじい失態だ。

  つまりは、犯人かもしれない容疑者に捜査情報を渡したということである。

  大我はどうしたものかと、困ったように息を吐く。

  「……なるほどな。」

  「…………」

  部下の失態は上司である大我の失態でもある。同じ警部という役職についていても、今回の事件を捜査をする上で全ての主導権を握っているのは大我だ。ということはつまり、他人事とは言えない。

  部下のやらかしなんて、これまで幾つも体験してきたつもりだったが、まさかここまでの不祥事を、警部である笹田が起こしてしまうとは。

  窮地に立たされる程、むしろ頭はすっきりと冷静になって、大我は驚くほど静かに、ただ運転を続ける。

  「……現時刻を持って、お前の捜査権限を剥奪する。ついでに言ってしまえば、手帳と拳銃を置いて、さっさと出ていけ……。なんて言いたい所だが?」

  「………それくらいの失態を犯した自覚はある。クビになっても受け入れるよ。」

  「……そんな事言って…本当のところ、お前はどうしたいんだ?」

  「……なんでそんな事聞く。」

  「……別に、ただの興味本位さ。」

  「俺は……」

  笹田が、自らの太腿の上で、強く拳を握りしめている姿が、運転する大我の視線の端にも分かるほどだった。

  笹田にとって、容疑者の青年は人生における全てだ。自分が彼にとっての運命でなかったとしても、それでも、離れがたくて、心の底から求めていた相手で、辛い現実を唯一生き抜ける希望でもあった。

  そんな青年からの裏切りにあっても、もう絆されてしまった心は、簡単には彼を切り捨てられなくて…。

  沢山の思い出と記憶が、笹田を縛り付けている。まさか彼が殺人鬼だったなんて、そんなあるかもしれない事実を、どうにか否定しようともがいている。

  だからこそ、ここでクビになってしまえば、永遠にその答えは謎のままで。

  それでも、一人の責任ある刑事としての葛藤が、プライドが、この事実を隠そうとする自分を否定した。

  笹田の心にある正義が、そんな甘えを凌駕したのだ。

  「……俺は責任ある立場だ。恋にうつつを抜かして、オフィスに部外者を入れるなんて、初めからどうかしてたんだ。」

  「…ふむ」

  「だから、許してくれなんて、甘えた事は言わない。捜査から外されて、あまつさえ警察をクビになったとしても、俺は、俺の罪を受け入れて生きていく。そこに俺の感情なんて関係ない。」

  「……なるほどな。」

  どうやら、笹田の決意は変わらないらしい。大我は彼の言葉を聞いて、神妙な顔つきでただ頷いた。

  まぁ、ここでまさか、自分の提案に甘えた反応を返してきたならば、おそらく大我は、冷たく彼を突き放していた所だろうが。

  恋はヒトをおかしくする。それは大我も痛い程知っている。

  自覚があるならば、治すことも出来るはずだ。

  笹田という男は、しっかりとした芯を持った男なのだ。それは、彼が何だかんだ警部という役職に付けていることからも明らかであろう。

  「…お前の気持ちはよく分かった。」

  「あぁ…」

  笹田が観念したかのように俯く。その顔は暗く、しかし大我の決断を受け入れるかのような、真剣な表情だった。

  「だから……これからしっかり捜査して、汚名を返上しろ。……幸いな事に、この話を知っているのは、上司の俺と、罪を犯したお前だけだろう。なら、この話はこれでおしまいだ。」

  「…っ…な、何言ってるんだ?!そんなの…おかしいだろう!」

  「別に、俺の裁量で決められる事を、俺の裁量で決めただけだ。何もおかしいことはないだろ?……今回の殺人も加わって、事件は尚更複雑になっていってるんだ。今お前が抜けてチームの士気を下げるのも都合が悪い。それに、お前が抜けたら、その穴を埋める奴も居ないしな。」

  「だ、だからって…っ!……だが、オフィスにやってきた容疑者を見ている奴だって一定数居るだろ?どう誤魔化すつもりなんだ!」

  「あんな荒い画像で面が割れるのは、頻繁に顔を付き合わせてたお前くらいのもんだ。…それに、仕事の同僚ならともかく、取り調べやなんやらで毎日のように部外者が出入りする環境で、いちいち来訪者の顔を気にして覚えてる奴なんか居ない。俺だってお前の所に容疑者が通ってたなんて知らなかったしな。」

  「…それはっ……そうだが…………。……いいのか?お前はそれで。バレたら俺のクビだけじゃ済まないんだぞ?」

  「…どっちみち、部下の失態は俺の失態だ。……これだけの不祥事を隠すのは褒められた事じゃないが、事件が解決してしまえばもう誰も気にする奴なんかいない。むしろ、言った通りお前が突然抜けた穴を埋める奴が居ない事や、チームの士気が下がる方が問題だと考える。俺はしっかり、客観的事実と、それに伴って合理的に判断を下した。……ってわけだ。…ま、……それでも満足出来ないなら、事件が解決した後、お望み通りクビにしてやる。覚悟しとけ?」

  そう言って、大我がいたずらっぽく微笑むと、笹田はその横顔を眺めて、唖然としたように言葉を失っていた。

  処分されると思っていたのに、まさか許されるとは考えておらず、頭が現状を理解できなくて困惑しているのだ。無理もない。

  けれど、ハッとしたように一度体勢を立て直すと、笹田はクッと唇を噛んで、複雑そうに眉をひそめながら、ただ一言呟いた。

  「……悪い。恩に着る。」

  「あぁ、当然これは特大の恩だぞ?……だからシャンとして、捜査にしっかり貢献してくれ?俯いてる暇なんかないんだからな。」

  「あぁ。分かってる。」

  一変して、気合いが入ったかのように真剣な面持ちになった笹田を横目で見た大我が、フッと小さく笑って視線を前に戻した。

  おそらく、この判断は間違っていなかっただろう。そんな確信が、なんとなく大我の笑みを深くする。

  曇っていた空に、一筋の陽光が差した。

  その足取りはゆっくりであっても、事件の核心へと着実に近づいている予感がした。

  [newpage]

  「うっ……てて…っ」

  出産予定日が近付いてくるにつれ、最初の頃から驚く程膨らんだお腹の内側から、強い振動が唐突に訪れる。……胎児が腹部を内側から勢いよく蹴ったのだ。

  獣人の子は元気が良くて暴れやすいので、日頃から衝撃に備えおく事をオススメすると担当医が注意していたことを思い出す。

  そんな事言われても、慣れないものは慣れない。

  「はぁ……」

  自らの膨らんだ腹を優しく擦りながら、大きな溜息を吐いた。

  ロクに仕事から帰ってこない父親のせいで、まるでこの広い家の中、これから先も一人で子育てしなければならないのでは無いかと、そんな事をつい考えてしまう自分がいる。

  連絡ばかりは毎日のように送られてくるものの、元より昴は父親の事をよく思っていない為、そんなプライドが邪魔して、素直に気持ちを吐露できない。

  というより、[[rb:偏執病 > へんしゅうびょう]]の母親を見ながら育った環境からして、あまり弱音を吐かないよう、極力自身の感情を抑え込んで過ごしてきたのだ。父親に引き取られた後も、結局その性格が変わることはなく、何もかも自分の中に溜め込んでしまうのは、もはや根本的な本質とも言うべきものであった。

  父親が仕事に付きっきりになってから、もう1ヶ月が経とうとしている。最後に顔を合わせたのは一週間前になるだろうか。一応あまり長く顔を合わせないのは嫌だったのか、不定期で帰ってくるものの、会う度まだ事件が解決していなくて申し訳ないという顔をしてくるので責めづらいものである。

  出産まではあと数週間あるけれど、そろそろいつ産まれてもおかしくはない感じで、流石に父のケアがプライドより欲しくなってくる時期に差し掛かっていた。

  相変わらずただ一人、この冷たい家の中で、この大きなお腹を支えながら生活するのは、とても孤独で、寂しいものである。

  父親が居たら居たでウザったいと一蹴する所だろうが、どちらかと言うと、出産という大仕事を控えている昴にとっては、そんなウザイ父親でも居ないよりはマシ。心の安寧を得る為には、今まさに必要な存在と言えた。

  (いっその事、このまま家出してしまおうか。)

  元より、孕んでしまったのならば産むと決めたものの、最初から父親と同棲するのには否定的だった。

  10年もの間関わりを持たなかった相手であったし、当初言っていた、産んだ後、改めて学校で学び直せる機会が得られるかもしれないという話も、今この状況から察するに懐疑的である。

  いつ起こるとも分からない事件の度に、これほど長期間家を留守にするような男が、学校に通っている短時間の間でも赤ん坊の世話をしてくれる保証などどこにも無い。

  その上で更に言うのならば、結局のところ一人で育てる可能性が高いのだから、あんな父親居ても居なくても関係ないのである。だったらいっその事一人で生活する方がストレスも無く良いではないか。

  そんなヤケになったような考えが昴の頭に思い浮かぶ。おそらく不安からくるストレスが思ったよりも蓄積してイラついてしまうのだろう。

  まぁ、本当にそんな事が出来たのならば、どんなに気が楽か。

  実際には、産んだ子供を育てるお金も、住処も無い。そして、学歴も無ければ、雇ってくれる職も低賃金の限られたものばかり。

  Ωの発情は常に身体を襲うだろうし、それによって欠席が多くなれば、ただでさえ低賃金で人手の少ない仕事にも居場所はなく……。

  父親に寄生しなければ生きていくことが出来ない。自分の人生はどこまでも詰みだった。

  「うっ…」

  そんな事を考えている間にも、また腹を蹴る赤ん坊。

  痛みはストレスになり、孤独もストレスになる。これから先の未来を考えてもストレスだ。

  ストレスストレスストレス………。胎教に良くないと言われるものの、こればっかりはどうしようも無い。

  少しでもそんなストレスを発散する為に、緩慢な動きで立ち上がった昴は、腰とお腹を支えながら服を着込み、そしてまだ子供の産まれる随分前から玄関の脇へと用意されたベビーカーを手に取ると、それを支えにしておもむろに外へと歩き出した。

  冬も半ばだ。こんな寒いのにわざわざ妊婦が外に出るなんて正気を疑われても仕方がないだろう。とはいえ、食材なども今では便利なネットスーパーで済む時代。たまには運動がてら、例え曇り空であっても外の空気を吸って、陽の光という名の放射線を浴びなければ、どんどん気が滅入ってしまうのも事実。

  昴は相変わらずムッとした顰めっ面で、あからさまに機嫌が悪いような表情を、キュッと締め付けたフードの下に覗かせながら、よちよちとベビーカーを支えにして動く。

  気持ちはすっかり70代後半のおばあちゃんだった。身体は至る所がもうバキバキに折れてしまいそうな程痛むけれど、こうして歩いているとその痛みに振動が響いて、逆に効果があるようにさえ錯覚出来てくる。

  きっと、こんな風に歩き出した所を父に見られたならば、彼は必死になって進行を止めるだろう。あまつさえ、身体を抱え込まれて強制的に家の中へと引き戻されるに違いない。

  ――つまるところ、これはちょっとした昴の反抗意識なのだ。本来ならば絶対に許可されないような行為をする事による父への抗議。

  今、アンタの大事な大事な妻兼息子と赤ん坊は、アンタの目の届かないところで一人寒空の下をノソノソ歩き回って居るぞ…という。目を離した父への責任を問うような行い。

  ヨチヨチとゆっくり歩きながら、家の周辺を散歩する。赤ん坊が産まれたら、きっと近くの公園なんか通う事になるのだろうな。

  子供が利用しても良さそうな施設を確認するように歩きながら、だいたい一時間もした所だろうか。

  そろそろ帰ろうと思ったところで、お腹の中の元気っ子がバタバタと暴れ始めた。

  「イタタタ…ッ」

  陣痛ではない。ただ子供がとても活発で、今にも産まれたいと暴れ回っているだけだ。

  しかし、思わずその場にしゃがみ込んでお腹を抱えてしまった。何度も経験しているが、慣れないものは慣れないのだ。

  荒く肩で息をしながら、しばらくそうやって蹲っていると、ふと、横から人の気配がした。

  「あの…大丈夫ですか?」

  「…え?」

  身体を優しく支えられながら、すぐ近所の公園のベンチへと連れられてくる。

  既に赤ん坊の動きは止まったが、痛みによる消耗が激しく、身体を支えてくれるのは正直助かったと言わざるを得ない。

  声を掛けてきてくれた犬獣人の女性…彼女はどうやら、小児科の医者らしい。トイプードル獣人のその人にお礼を言って、昴はゆっくりと肩で息をする。

  女性は、優しく背中をさすってくれた。久しぶりのヒトの温もりに、昴は何だかホッと、心が落ち着くのを感じていた。

  「ありがとうございます。」

  「いいえ。苦しんでいる人が居たら声を掛けるのが当然ですわ。…それが妊婦なら尚更。」

  女性はニッコリと優しく微笑むと、ポーチの中からお茶の入った新品のペットボトルを取り出して差し出してきた。

  どうやら、自分に声を掛ける前にちょうど自動販売機で買っていたものらしい。

  どうぞと差し出され、昴は少し迷った後、それをそっと受け取る。

  「…温かい」

  「今日は寒いでしょ?お腹の子が暴れたのも寒かったからかも知れませんね。…それで身体を温めて下さいな。」

  「ありがとうございます。お金は…」

  「そんなの気にしなくていいですわ。」

  女性はそう言って優しく微笑んだ。

  渡された温かいペットボトルを両手で握り締めると、両肩を上げてホッと息を吐く。外気温とは程遠いその温度をじんわり感じれば、思ったよりも自分の身体が冷たく凍えている事に気がついて、確かにこれでは赤ちゃんが抗議してしまうのも仕方ないなと、自分自身に呆れるほどだった。

  舌を火傷しないよう、お茶を一口啜って一息つく。

  「ふぅ…なんだか思ったより身体が冷えていたみたいです。…なんて言うか…助かりました。」

  「妊娠中は適度な運動も大事ですけれど、今日みたいに寒い日はあまり無理しないようにして下さいませ。冷えすぎると胎児にも貴方にも良くありませんから。」

  「…はい。すいません。」

  優しく諭されるようにそう言われると、昴は申し訳なさそうに顔を俯かせて素直に頷いた。

  分厚い服の上からそっとお腹を撫でて、ごめんねと謝る。まだまだ全然、親になるという自覚が薄くて申し訳ない。何もかもが非現実的で、受け入れるのにも時間が掛かるし、もう一人の命を育んでいると考えるだけで、これから想像もできない事が山積みだった。

  「あの…普段はどちらでお医者さんを?」

  「私ですか?…ここからは少し遠いかしら。四駅くらい行った先の町です。いつもは自家用車なんですけど、今日はたまたま歩きたい気分で。……たまにこうして子供達が遊んでいる姿を眺めるのが習慣になっているのですわ。」

  女性がそう言って、目を細めながら周囲を見渡した。

  休日という事もあって寒いけれど子供連れの親子が多い気がする。そんな人々の様子を遠く見つめる彼女に釣られて、昴もまた、親子の営みを羨ましそうに眺めた。

  産まれてくる子供と一緒に遊ぶ自身の姿を見るというより、過去、失われてしまった幸せな家族の日々に思いを馳せる。この公園でも、よく母や父と休日に遊んだものだ。あの頃はまさか、自分が妊娠する側になるとは思わなかったし、それが実の父の子供だなんて想像すらしていなかった。

  しばらくそうして沈黙の中、周囲を眺めていると、ふと、何か思い出したかのように、女性がゆっくりと振り向いてくる。

  「そういえば気になっていたのですけれど、男性の妊婦という事は、Ωの性を?」

  「えぇと…はい…そう…です。」

  「まぁ…とても珍しいですわね。今では非常に希少な性だと聞いていますもの。」

  「自分でも…びっくりしてます。…しかも妊娠までしちゃいましたし。」

  「お相手の方はどちらに?」

  「……仕事です。もう何週間も掛かりっきりで。」

  「……そう。それはとても残念ね。運命の番なら、てっきり何よりも優先するものかと思いましたのに。」

  「……ずっと一緒にくっつかれても、疲れるので良いんですけどね。」

  昴が強がったようにそう言って小さく笑った。遠い目をして俯き、地面を見つめる。その横顔にはどこか、自嘲めいた感情が含まれているようだった。

  本当は寂しいと思っている癖に、素直になれなくて、メッセージへの返事はしたとしても簡素。挙げ句の果てに、ヤケになって、会えない鬱憤をぶつけるように、ただの散歩で無理をした。

  あれほど執着するような事を言っておきながら、結局仕事に夢中になってしまうくらいなら、初めから父の子を妊娠などしたくなかったし、無理やり同居なんてするべきじゃなかったのに……。なんて。

  昴は、大我のそんな無責任な対応にイラついている振りをしているが、しかし、自分がもっと素直になれたなら、父が仕事など二の次にして家に帰ってきてくれる事も知っているし、彼がこうしてあえて家を空けているのは、昴の普段の態度が、父を疎ましく扱っているかのように見せているからだと、本当は何となく察していた。

  大我も大我で度が過ぎるくらい明るく振舞っているけれど、実際のところは、実の息子を孕ませたという後ろめたさがない訳では無いだろう。

  その上で、普段の素っ気ない昴の態度を見ていれば、やはり距離感とプライベートを大事にしてやった方がいいかもしれないと考えるのは妥当に思えた。

  事件の事がなくても、いつかこの問題には直面していただろう。それはただの都合の良いキッカケに過ぎなかったというわけだ。

  とはいえ、そんな事を、今日会ったばかりの見ず知らずの女性に話せる訳もなく。

  昴が溜息を吐きながら立ち上がり、憂鬱な気分を抱えたまま呟いた。

  「そろそろ家に帰ります。…今日は助けてくれてありがとうございました。」

  「でしたら、お家までお送りしますわ。途中でまたお腹の子が暴れたら大変ですものね。」

  「……助かります。」

  ニッコリと優しく微笑んだ女性が、そう言って昴と同じようにベンチから立ち上がる。

  ソッと背中に手を添えてくれて、二人並びながら、世間話をしつつ、家への帰路へついた。

  「……ここです。送ってくれてありがとうございました。ご迷惑をお掛けして申し訳ない。」

  「困っている人を助けるのは当たり前ですわ。大事が無かったようで良かったです。…お腹の子もそうですが、身体を温めて、風邪を引かないようになさって。」

  「はい。肝に銘じます。」

  「また機会があったら会いましょう。それでは。」

  「さようなら。ありがとうございました。」

  自宅の玄関先まで付き添ってくれた女性が、そう言って微笑みながら踵を返すと、昴はその後ろ姿が見えなくなるほんの数秒の間、深く頭を下げて彼女を見送った。

  全く見ず知らずの他人に助けられてしまうだなんて、流石に今日はむしゃくしゃしてたとはいえ、無理をし過ぎたと素直に反省して、ほぅと溜息を吐く。

  しばらく父以外の人と会話していなかったし、妊娠している男であると言うことで、Ωである事がバレ、好奇の目に晒されるかもしれないと、身構えていた身体からやっと力が抜けたような気がする。

  すると、尚更寒さが身に染みるようで、昴は自らのお腹を下から支えながら、家の中へと帰っていくのであった。

  [newpage]

  検死の結果、尾猿健二は明らかに他殺であるという数々の証拠が浮上し、署内が軽く喧騒に包まれる事態となった。

  昼下がり、その報告を聞いた大我と大神、そして笹田は、しかし同時に、犯人が件の連続殺人と関係の無い人物である…という結論を導き出さずにはいられないでいる。

  「詳しい検死の結果、尾猿健二はどうやら、兄である尾猿飛鳥が殺された次の日の午後には既に殺されており、その上彼の胃の中に残留した内容物から大量の睡眠薬と思われる薬剤成分が検出された事が分かった。」

  大我が、資料を見つめながら呟くのを、二人の刑事達も黙って聞いている。

  「犯人は、尾猿健二に睡眠薬を飲ませて意識が朦朧としているところで、扉の側まで彼を運び、ドアノブにつけた縄で首を引っ掛け殺した。……バレバレな偽の遺書で自殺を装わせてまでな。」

  筆跡鑑定の結果、その遺書もやはり、尾猿健二の文字を真似た、他人の偽装であることがバレている。

  しかも、犯人がおそらく脱出の為に使った窓の下の地面。そこには強い衝撃で出来たと思われる足跡も残っており、それらは今、調査中である。

  「しかも、兄である尾猿飛鳥が殺されている事を知っている人物による犯行なのは間違いない。何せ遺書には、兄を殺したのは自分だという、擦り付けの言い訳も書いてあったからな。……とはいえ、これら一連の犯行を見るに、犯人はおそらく尾猿飛鳥を殺した者と同一人物では無いと考えている。これまでの犯行から導き出される犯人像には似ても似つかない杜撰な殺し方であり、そうでなくても証拠を残し過ぎだ。おそらくそう遠くない未来には、犯人を捕まえる事が出来るだろう。」

  ――それから…。と大我は言葉を続けながら、手元の資料を机に置いた。

  「先立って調査していた第三の容疑者について、報告が上がってきているので共有しようと思っている。」

  「第三の容疑者というと、あの青年ですか?」

  「そうだ。」

  二人の言葉に、笹田がビクリと肩を震わせた。真剣な表情ではあるけれど、額からは汗をダラダラと流し、どこか緊張しているようでもある。

  それも当然だろう。なぜなら彼は、その青年とつい先日まで懇意に過ごしていた仲なのだから。

  その上、もしかしたなら、これまでの調査内容など、一部見られた可能性さえある。職場のオフィスに篭って、彼から与えられる非常に濃厚な口淫を楽しんだのだと言うことは、当然口が裂けても言えるわけがないけれど。

  「彼が勤めていた職場から住所を聞き出し、しばらく張り込みしたが帰ってきている様子は無かった。家宅捜索も、大家の協力の元すでに完了。……そして驚くべき真実であるが、彼がΩであるという証拠の診断書を発見している。」

  「Ωですか!?」

  「っ…!?」

  「そうだ。念の為診断書を発行した医療機関に赴かせて事実を再確認させたが、どうやら間違いないという調査報告が俺の元に届いている。」

  これには流石の大我も驚いた。まさかここ数十年もの間、めっきり姿を消していたと思われるΩの性が、昴も合わせて二人現れたなどと、そう簡単に信じられる話ではない。

  同時に、言葉を失って唖然としたのは笹田の方だ。彼はそんな事実を青年から知らされておらず、ここでもまた嘘があった事に愕然としてしまっている。

  「これまでの状況を精査するに、尾猿飛鳥が浮気をしていたというのは間違いないだろう。…そして、彼は突然妻に対する言動が乱暴になり、運命がどうというワードも飛び出している。……ひいては、有り得ないと思っていた可能性が、少し真実味を帯びてきたな。」

  「つまり…その青年は、尾猿飛鳥の浮気相手であり、運命の番だったという事ですか?」

  バン!

  大神がそう言った瞬間、突然乱暴に立ち上がった笹田が部屋から出ていくのが見えた。

  「笹田さ…っ」

  「良い。……今は放っておけ。一人にさせておこう。」

  「は、はぁ…?」

  「それよりも、本人を見つけて事実を確認しなくてはな。まぁ、あの診断書は最近のモノのようだから、可能性として一応精査する程度のものだが。……当然、彼が何かしらの理由で被害者を殺したという可能性も充分ありえる。どうにか足取りをつかもう。」

  「そうですね。了解です。」

  言ったところで、笹田の出ていった出入口から、一人の捜査員が顔を出した。

  彼は大神の元までやってくると、手に持った資料と共に、いくつかの要項について話す。

  真剣な表情でそれを聞いていた大神が、確認を求めるように大我へと顔を向けた。

  「警部、どうやら尾猿飛鳥の直近の足取りが掴めたようです。……それによるともう一人、尾猿飛鳥と行動を共にしていた人物の情報が浮かび上がってきたようで。」

  「ほぅ。」

  「尾猿飛鳥と親しげに会話しているところを目撃されていたらしいです。……凄いですね。どれも会員制の高級レストランばかりだ。……こちらがその資料です。」

  「ふむ。」

  「尾猿飛鳥を追っていた記者や、彼等が利用した店の店員の証言です。クレジットカードの履歴から判明したようで、まるで人目を忍ぶかのように繰り返し会っていた裏は取れているとの事。」

  資料を受け取った大我が、ザッとそれに目を通した後、眉をひそめ、瞼を細くした。

  「すぐに対象の事情聴取を行う。……大神、お前は笹田と一緒に、青年の方を頼む。」

  「了解しました!」

  立ち上がりながら机にピシャリと叩き付けられた資料。そこには、以前大我が訪れた小児科、その医院の院長をしている、犬獣人の女性の姿が写っていた。

  怪しいとは思いつつも、捜査するための大義名分がなく、それ以上何も確認する事が出来なかった医院である。

  バタバタと騒がしく、部屋から出ていく男達の群れの中、もう一度、手に取った資料を眺めた大我は、そこに写った女性を険しい表情で見つめると、一人、すこし遅れるようにして部屋を後にしたのだった。

  「ここに居たんですか笹田さん!探したんですよ!」

  「…………」

  「警部が容疑者の行方を調べろと仰せです。こんな所で休憩してる暇はありませんよ!?」

  「…………」

  「……はぁ」

  いつも笹田が喫煙の際に訪れている外の非常階段、そこに彼は居た。

  大神が扉を開けて笹田を見つけると、彼は非常階段の柵に寄りかかるようにして腕を乗せ、ぼんやりと遠く、景色を眺めている。

  「一体どうしたって言うんですか?……会議中も突然部屋から出ていくし。」

  「…………」

  笹田は、大神の問いかけに対しても無反応で、まるで魂が抜け落ちたかのようにポカンと口を開けたまま静止している。隣に立って、その顔を見てしまった大神は、どう対応してよいのか困った様子だ。

  とはいえ、仕事はしなければならない。こんな人でも職場では先輩だ。そして、彼と一緒に捜査しろと上から命令が下っている以上、この状況を何とかするのも自分の仕事だろう。

  ひとまず大神は、笹田の肩に手を置いて、その身体を揺さぶってみる。

  「笹田さん!笹田さん!」

  「うぐぐぐ…」

  流石に身体を揺さぶられると動かざるを得ないようだ。ガクガクと頭を左右に揺らして呻き始めた笹田に、大神は呆れて溜息を吐きながら呟いた。

  「はぁ……全く。……黙ってたって何も分かりませんよ?」

  「………放っておいてくれ」

  「それは無理な相談ですね。…警部から貴方と共に容疑者の青年を捜索しろと命令されてますから。…悪いですが、その気が無くとも無理やり働いてもらいます。」

  クッと眉間に皺を寄せ、少しマズルを突き出すようにそう言った大神。

  睨みつけられた笹田はグッと呻いたあと、怯んだように歯を噛み締めて僅かに仰け反り、反論する事も出来ずに肩を落とした。

  「……はぁ…、分かったよ。」

  「頼みますよ!……まずは容疑者の職場や自宅周辺の聞き込みから。」

  「……今更そんなことする必要あるのか?」

  「あるに決まってるじゃないですか。……そもそも行方が分からないんですから、容疑者の行きそうな場所を片っ端から捜査しないと。」

  「…………」

  大神の言葉に、笹田は憂鬱な気分を噛み殺して、ただそっと目を伏せた。

  こうやって改めて考えてみると、自分は一切彼の事を知らなかったのだな…と思い知らされるようでウンザリする。

  それもそのはずだろう。いつだって笹田が一方的に店へと会いに行くような関係で、外で待ち合わせした事など、数える程度しか無いのだから。

  そもそも、普段なら会いにこない筈の青年の方から、わざわざ職場にやってくる理由をしっかり考えておくべきだった。

  彼が会いに来てくれるというだけで舞い上がり、その意味を深く考える事もせず、ただ彼の言葉を信じきって受け入れた笹田は、さぞ利用しやすい相手だったに違いない。

  そういった浅慮な自分自身への嫌悪感が、ずっとずっと笹田の頭を巡っている。

  「…………」

  分かっている。

  本当は分かっているのだ。

  自分はきっと、あの青年に利用されるだけされて、最後には裏切られてしまったのだと。

  彼がΩである事も知らずに、彼には既に運命の番がいた事も知らずに、一人舞い上がっていた傀儡人形。

  結局のところ、自分は金払いが良いただの客でしか無かったのだ。そんなことは痛いほど分かっているし、ずっとそうであったのに、何を今更という風に思うかもしれない。

  けれど、彼が少しでも、ほんの少しでも、自分を気にかけてくれたことが嬉しくて……。

  ただそれだけの事が嬉しすぎて、盲目になってしまっていた。

  きっと何か理由があって、警部という立場である笹田との関係を利用したのだろうけれど。

  今となっては、そんな事どうでも良かった。

  熱は冷めていない。…冷めていないからこそ、息をするのも億劫な程傷付いていて…。

  「行方が分かりませんから、とにかく足で一から探さないとですね。……こういう地道な捜査は久しぶりですから、腕が鳴りますよ。」

  「……はぁ」

  大神のテンションとは裏腹に、笹田のやる気はどこまでも下降して行くようだった。

  それでも仕事は待ってくれないし、こんな緊急事態だからこそ、休むことも出来ずに駆り出されるのは決まりきっていて……。

  煙草を吸おうとして、既に一本も残っていない事に今更気が付いた。

  くしゃりと力強く握り締めた包装紙。

  それでも笹田は、それを捨てる事も出来ず、胸ポケットの中に入れ直すのだ。

  一方、一足先に署から出動していた大我は、以前一度だけ顔を見せて捜査を断念した文獣区のクリニックに向かって、早速パトカーのハンドルを切っていた。

  ここに来て浮上してきた、犬塚京子と関わりのありそうな病院。いつしか廃業したその病院の跡地に改めて開業し、そこの医者として振舞っている犬獣人の女医院長。

  本来ならば、多少怪しくても、それだけで関連性が認められる訳もなく、見逃されるはずだった不審点であったのに、まさかそこの医院長が、今回の被害者と裏で密会をしていたとなれば、随分と話が変わってくるというものである。

  もう一人存在している、Ωの青年もまた怪しい事に変わりは無いが、犬塚京子と見えない糸で繋がっていそうなこちらの女医にしたって同じくらい…いや、それ以上に怪しいのも確かだ。

  大我の頭の中で、色々とばら撒かれたパズルのピースが、徐々に型へと嵌っていくような、そんな感覚が、確信となって訪れるのを感じている。

  数十分のドライブ。

  閑静な住宅街にあるそのクリニックを見上げていると、思えばこの場所は、件の繁華街から程近い位置にあるなという閃きが何となく思考の片隅に落ちてきた。

  裏に行けば、調度良いくらいに車を隠せそうな駐車場もあり、そこはスタッフ用の裏口へと繋がっているのも分かる。

  「…?」

  ふと、傍には、地下に繋がっていると思わしき大きな見開きの扉もあって、大我は何となくそれが気になり確認してみた。鉄製で出来た重そうな扉だ。錆び付いた錠と鎖で鍵が掛かっており、戯れにそれを足の先で突き、音を鳴らしてみる。

  改めて建物を見れば三階建ての、意外と大きな病院である事が分かった。

  どうやら一応入院する為の部屋も完備しているらしい。ホームページで見た女医は確か30代前半の、まだまだ若い年齢だった筈。

  このような立地の建物を購入するには、元より前の所有者から直接譲渡されるとか、そうでないと考えらないような気がする。少なくとも、かなり順調に稼ぐ事ができなければ、‪α‬のような才能に溢れた存在であっても、この大きな建物を丸ごと購入するのは骨が折れるだろう。

  尾猿飛鳥が繁華街の一等地を手に入れられたのは、彼の腕前を評価したスポンサーが資金を提供したのもあっただろうし、沢山のコンクールで優勝を手にしていた部分が大きい。‪α‬でも、あそこまで成功出来るものは少ないのだ。一介の女医に用意出来る金額だろうか。しかも、配偶者も居ない。独身のβ。

  裏から表へと戻り、とうとう大我は正面の入口から病院の中へと足を踏み入れる事にした。

  受付の看護師は、明らかに子供連れでは無い、仰々しい見た目の、分厚いコートを着た大男の存在に、少し表情を強ばらせて身構えている。

  少し覚束無い笑顔で「こんにちは」と挨拶されると、大我は警戒心を与えないように、出来るだけ柔和な表情でここに来た目的を話し始めた。

  「突然申し訳ない。私はこういうものですが…」

  胸の内ポケットから警察手帳を取り出し、それを看護師にしっかりと見せながら要件を伝える。

  「今、とある事件の捜査なんかをしておりましてね。……大変お手数ですが、こちらのクリニックの医院長にちょっとお話を聞きたくやってきた次第です。」

  看護師達が顔を見合わせて、どこか不安そうにボソボソと驚愕を口にする。

  少しお待ちくださいと立ち上がったその中の一人が、裏の扉を開けて中に入っていくと、しばらくして呼び出された女医が、その看護師と共に顔を出した。

  「……警察の方?…お話があるとか。…こちらに来てくださって。」

  白衣のポケットに手を入れた、スラリと姿勢の良いトイプードルの女医師だ。

  ホームページで見た印象の通り、不気味な程整った表情をしており、柔和に微笑んでソッと通路の奥を指し示す。

  警察に事情聴取されるとなれば、どこか不安のようなモノを感じさせる人物が大半であるにも関わらず、彼女は良くも悪くも一切動揺を感じさせない様子で歩き出し、廊下の奥の小さな休憩室のような場所までやってきた。

  「掛けてくださって。」

  「失礼。」

  傍にあった椅子を指し示され、女医はその正面の椅子にゆっくりと腰を下ろす。

  まるで始めからこうなることを知っていたかのような落ち着き具合だ。

  長年刑事をやっていると、大抵犯人と思われる人物の様子で何となく直感が働くものだが、彼女はどこまでも感情を感じさせない様子で、ただ目を伏せている。

  先に声を出したのは彼女の方だ。

  「尾猿飛鳥のことでしょう?」

  「……ほぅ。ご存知でしたか?」

  「…えぇ。連日ニュースでやっていますからね。いつかここにもやってくるのではないかと。そう考えておりました。…思ったより時間がかかったようですけれど。」

  予想していた…ということは、ある種この落ち着きようもまた想定していたからと言い訳出来るだろうか。

  女医は悲しげに眉を伏せて、艶やかに息を吐いている。

  「どうして自分から警察に連絡を入れなかったのですか?……こうして私が来る前に、関係者として出てきて下さったら、疑われる事も少なかったでしょう。」

  「……それは。……当然そうする事も考えましたけれど。……尾猿は既に妻がいる身ですもの。亡くなってから浮気していたなんて恥の上乗りを避けたかった…というのもありますし。」

  「ほう?」

  「それに怖かったんです。……私が犯人だと思われるのでは無いかと。……尾猿とはお互いに関係を隠すような仲でしたから。尚更。」

  悲しげに呟く女医の言葉。それを聞く限りでは一応筋は通っていると思う。不審な点はどこも無いが、ただし演技が上手ければどうにでも誤魔化せる内容であるのも事実だ。

  彼女がずっと警察の捜査を待ち構えて予想していたのなら、この1ヶ月間でいくらでも言い訳を考える事は出来ただろう。

  大我は尚のこと警戒して、注意深く彼女の様子を探り始める。

  「尾猿とはいつからの付き合いで?」

  「……あれは…そう。一年ほど前だったかしら。…あの方が経営するレストランで出会いましたの。友人のススメで、話題のレストランがある事は知っていましたから。休日を利用して伺った時に。」

  一年前。嘘をついていないのならば、丁度尾猿の行動が不審になった時期と重なる。

  「どのような出会いで?」

  「私、アーモンドのアレルギーなんです。…[[rb:浅慮 > せんりょ]]なものですから、お料理にそれが含まれていることを知らなくて、食べられないので交換していただきたいと店員にお願いしましたら、何故かシェフの尾猿がいらっしゃいましてね。」

  ふふ…と記憶を思い出すようにして、女医は小さく笑いながら呟いた。その様子に嘘をついている感じは全くしない。

  「何か不都合がありましたか?と聞かれました。…きっとお料理の味が物足りないことでクレームを入れられたのだと勘違いさせてしまったのでしょう。…それで、ただアーモンドのアレルギーなので、お料理を変えたいのだと素直に申し上げたんです。……それが彼との初めての出会いでしたわ。」

  女医はそうしてお互いに一目惚れしてしまったのだと語った。

  数秒見つめ合って、まるで運命の出会いを果たしたかのような、そんな心地になったのだと。

  そこまで聞くと、まるで彼女がΩであるかと疑ってしまうものだが、念の為聞いてみると確かに女医は「βです。Ωだなんてそんな…」と苦笑したように呟いた。

  だとすれば、尾猿の不調や不審な態度はΩに関する事では無かったとでも言うのだろうか。

  もしくは、彼女以外に何か理由があったか。

  思い浮かぶのは、既にΩとの確認が取れている、もう一人の容疑者であるが…果たして…。

  「それから尾猿とは、たまに人目から隠れてデートするような仲になりました。……なにぶん有名な方ですから、常にマスコミの記事のネタになるらしくて、完全にプライベートが約束されたお店でしか会うことは叶いませんでしたけど、それでも私は満たされていましたわ。……あの方には既に奥さんが居て、いけない関係という事は分かっておりましたもの。」

  「……奥さんと離婚する事を、尾猿は考えていなかったと?」

  「……それは分かりませんわ。あの人は滅多に家庭に関するお話をする方ではありませんでしたから。……いつもキラキラした瞳で、大好きなお料理に関するお話をしてくれました。私はそれを聞くのが好きだったんです。…突然私から、奥さんに別れを切り出して欲しいだなんて、厚かましくて言えるはずもありませんし。」

  「なるほど。」

  尾猿の妻である尾猿優子から聞いた証言と矛盾することは何も無い。彼女も尾猿は料理に夢中で、その事ばかり話す傾向にあったと告白していた。

  ここまで聞くと、浮気自体はしていたものの、しかし普段と劇的に変わったとされる周囲の印象とは辻褄が合わない。

  「肉体関係は?」

  「……もちろん、我々は大人の男女ですから。それなりにはございました。」

  「そこまでの関係だったのに、お互いそれ以上は望まなかったのですかな?」

  「尾猿がどのように考えていたかは分かりませんわ。……でも私は、彼とただ一緒に居れるだけで満足でしたから。……無理にそう言った話題を出そうとは思いませんでした。」

  「ふむ…では他に変わった事は?…貴方から見て、尾猿の様子はどうでした?」

  「尾猿の様子…ですか?」

  「えぇ…」

  彼女が尾猿の不調の原因であるとするならば、おそらく彼は彼女の前ではいつも通りだったであろうから、彼女がその事実を知らなくても無理は無い。

  とはいえ、話を聞く限りでは、不調の原因は他にあり、彼女はただタイミングよく時系列が被っただけの浮気相手という印象だ。

  ここで何か情報が得られなければ、彼女が何かを隠しているという証明にもなるが…。

  しばらく物思いに耽るよう首を傾げていた女医が、何かを思い出したかのように言葉を紡ぐ。

  「そういえば……」

  「何か?」

  「……なんだかいつも会う度にどこか、体調が悪そうにしていましたわ。…どことなく顔色が悪いというか。…きっと心配を掛けたくなかったからなのでしょうけれど、隠していても、医者ですから病人の様子はどことなく分かります。」

  「体調が?」

  「えぇ?目の下には隈が色濃く出ていましたし、なんだか頬も痩けているような。そんな気がして。」

  「ふむ。」

  そこまで聞いて、大我は目を細めると、少しばかり頭の中でこれまでの証言をまとめ始めていた。

  丁度一年ほど前から、不審な行動が目につくようになった被害者の尾猿飛鳥。

  ライバルで同じ料理人の犬間によれば、大会でのパフォーマンスも悪く、それは日を追う事に酷くなっていった。

  当初大我は、そうした不審な行動の裏には、もしや浮気相手である何者かの関与を疑っていたのだが、今目の前で実際に浮気をしていたと認めた相手は、それに心当たりが無いという。

  当然、彼女が嘘をついていて、会う度に尾猿へと毒か何かを盛っていた可能性も無くはない。

  とはいえ、ここで少し疑惑が持ち上がってくるのは、今現在行方不明であり、笹田が贔屓にしていた、隠れΩの青年という存在であるが…。

  大我は、あえて切り出さなかったもう1つの手がかりについて、ここで女医に確認を取ってみることにした。

  「そういえば何か、尾猿と会う時には、甘い香りのする香水か何かを付けていませんでしたか?もしくは、香りの強い柔軟剤など。」

  「香水?……えぇ、確かに付けておりましたけれど。」

  「それは今ここに?」

  「…ありますよ。少々お待ちくださいませ。」

  女医は席から立つと、部屋を後にしてその香水を取りにいった。

  手持ち無沙汰になった大我が、ただ何となく周囲を眺めていると、ふと、部屋の端にダンボールが幾つか積まれているのが目に入る。

  見覚えのあるダンボールの箱に釣られ、席を立ってその中身を見てみると、どうやらそれには、子供が好むお菓子や、非常食のようなものなど、どこかで見た事のあるような物が大量に詰まっている箱であった。

  「ありましたわ。」

  「あぁ…。ありがとうございます。」

  と、そんなタイミングで、部屋の引き戸が開けられ、女医が手に何かを持ってやってくると、大我はそこに振り返り、慣れた笑顔でそれに礼を言う。

  「何かありましたか?」と問いかける彼女には、ただ小さく頭を横に振って返し、手渡された香水を受け取って、その噴出口に鼻を近付けると、確かに甘い香りではあるが、予想していたような匂いでもなく、大我は片眉を上げて、訝しげに首を傾げた。

  「これはどちらのお店で?」

  「お店?……あぁ、これは私が手作りで作っているオリジナルの香水ですの。…ほら、市販のものだと中に入っている成分が不明瞭ですから、病気の子供達にとってあまり良い結果にならない可能性がありますでしょ?……アレルギー成分なんか含まれていたら大変ですわ。……ですから、そういった事に配慮して自分で作ってます。……ふふ。それがいつの間にか趣味になってしまって。…これが意外と奥深いんですよ。」

  「ほぅ…オリジナル?…なかなか珍しいですね。今は付けてないんですか?」

  「えぇ、バックに常用してますけど、気分でつけたりつけなかったりで。」

  もう一度確認の為に匂いを嗅いでみるが、もはや記憶の片隅で忘れかけている、現場で一瞬香った匂いとは、少し違う気がする。

  甘い香りではあるのだけれど、あの時感じた匂いよりももう少し柔らかくて、癖のない香りだ。当然昴を突然連想するような事もなく、大我はそれを女医に返す。

  「……ご協力ありがとうございます。助かりました。」

  「いいえ。……尾猿が亡くなってしまったのは本当に残念ですわ。…何か協力出来ることがあったらいつでも。」

  「そうですね。……もしかしたら、容疑者を絞る為に署に赴いて写真など幾つか確認して頂くかもしれません。……今は手持ちにありませんので。お手数ですが。」

  そう言うと女医は、一瞬目を細めてから、ニッコリと人好きのする笑顔を浮かべて、小さく頷く。

  「分かりましたわ。…私なんかでよろしければ。…けれど、あまり尾猿の交友関係には詳しくありませんが。」

  「構いません。少しでも情報があれば助かりますので。」

  「……そうですか。」

  大我も負けず劣らず、ビジネスライクな笑顔を顔面に貼り付けてそう返した。

  部屋を出る直前、何か思い立ったかのようにふと、病院の壁を見て、そこをコンコンと、拳の裏で小突いてみる。

  「どうかなさいました?」

  「……いえね。中々立派な建物だと思いまして、少し興味本位で。……高かったでしょう?…リフォームもされてますか?」

  「…あぁ。…以前の持ち主から安く買い取る事が出来ましたの。…身内の知人でしてね。…ここで整形外科をしていた方なんです。……彼女が亡くなってしまう直前に、融通を効かせてもらいましてね。…惜しい方を亡くしたわ。」

  「…………」

  女医はそう言って、悲しそうに。

  本当に悲しそうに目を伏せ、何か思い出すかのように遠い目をした。

  大我はその様子を無言で眺めた後、特に何を言うでもなく、その病院を後にするのだった。

  [newpage]

  「至急尾猿飛鳥の浮気相手…この[[rb:犬沼美玲 > いぬぬま みれい]]の経歴を洗いざらい調べ尽くしてくれ。…出生から家族構成、出身校、大学、これまでどういった経緯であの建物を買う事になり、医者として開業する事になったのか。出来るだけ詳しくな。」

  ピシャリと数枚の資料をテーブルの上へ乱雑に投げ落とし、そこに記載された写真の人物。あのクリニックの医院長であり、今回の被害者の浮気相手でもあった、犬沼美玲の捜査を開始するよう命令すると、捜査員達がこぞってそれらの資料を手にして、自らの持ち場に戻っていく。大我はそれを、腕を組みながら難しい表情で眺めていた。

  それを横で見ていた大神が、資料を一枚手に取り、それを眺めながらやってくる。大神には、現在行方不明となっている容疑者の青年――勤めていた風俗での源氏名を西園寺赫哉と言っただろうか。彼の捜索を任せていたはずだが、進展はあったのか、視線で問いかけた。

  「この犬沼美玲……もしかして彼女が例の…?」

  「……可能性はかなり高いと思っている。上手く誤魔化してはいるが、綿密に経歴を調べればどこかでボロを出すのは時間の問題だろうな。…………それより、もう一人の容疑者の行方はどうなってる?見つかったのか?」

  「……それが。足取りはめっきり掴めてませんね。念の為見張らせてますが、家にも職場にも訪れる気配はないですし、交友関係もあまりなく、かなり謎の多い人物だったのは確かです。」

  「ふむ…」

  大神の言葉に、大我が尚更難しい顔をする。

  しかし、朗報とでも言うように大神は一枚の資料を取り出すと、それを大我に手渡して、内容の報告をした。

  「ただし、なぜ西園寺赫哉があのレストランへと頻繁に通っていたのかは、彼の自宅捜査から理由がわかって来ました。これを見てください。」

  「……これは?」

  「……尾猿飛鳥の兄で、今は海外にいる[[rb:尾猿練也 > おざる れんや]]との写真です。飛鳥と、弟の健二も居ます。……どうやら、西園寺赫哉……いや、[[rb:尾猿赫哉 > おざる かくや]]は、被害者の甥のようで、海外にいる兄に変わって、日本における保証人のような、そんな関係だったみたいですね。」

  「……甥。つまりは血の繋がった家族のようなものだったのか。」

  「そうです。……驚くのはそれだけじゃありません。」

  大神がもう一つの資料を取り出し、それを大我に渡す。

  「こいつは…。…[[rb:獅子沢拓斗 > ししざわ たくと]]?」

  「そうです。五年前殺害されて、今回の事件とも類似性が見られる事件の被害者。当時人気アイドルだった獅子沢拓斗。どうやら尾猿赫哉は、彼とも何かしらの関わりがあったようで、二人のツーショット写真があったんですよ。」

  「ふむ……仲の良い友人…のようにも見えるな。」

  渡された資料に写った写真には、獅子沢拓斗と尾猿赫哉が二人、笑いあってポーズを取っている姿が写っている。恋愛や性的な関係というよりかは、お互い仲の良い友人のような印象を覚える写真だ。

  五年前というと、赫哉は21歳という事だろうか。年齢的には近いし、二歳差なら、学校の先輩、ほんの少し年の離れた幼なじみ、何にせよ、関係があったとしても不思議は無いように思える。

  「……それで。…お前はこの尾猿赫哉が犯人だと、そう言いたいわけか?」

  「…うーん。実はこの写真を見た時、確かにそう言った線も考えてみたんですがね。」

  「ふむ。」

  「……可能性は低いと思います。考えれば考える程、ただの身内による犯行とは到底思えないのが、この事件のおかしな点ですよね。……たしかに尾猿赫哉は今回と五年前の事件に関与している可能性はありますが、8年前の類似事件はともかく、三年前の事件との関わりは全くありません。…赫哉のような存在が付近に居たのなら、今回のようにすぐ見つけられたと思います。しかも三年前の被害者は完全な女たらしで、赫哉の勤める同性愛者向けの風俗なんか利用しないでしょうし。そもそもコイツが手を出していたのは全員が素人女性ですから。……元々女を買うより、口説いて手篭めにするのを好きな奴が、身売りしてる、しかも男相手と関係を持つとは考えづらい。」

  「そうか?……男相手だからこそ、普段女を口説きまわる男からしたら隠したい事実で、巧妙に存在を隠蔽していた可能性もあるぞ?」

  「う……そ、それはそうですが。…可能性を考えたらキリが無いですよ。…何でもありになっちゃいますんで。……どっちにしろ、8年前の事件でも、尾猿赫哉の影は一切ありませんし。」

  「ふ…。そうだな。」

  「それに、獅子沢拓斗の実家にも確認しました。……赫哉はかなり頻繁に彼の仏壇へと手を合わせにきていて、やはり二人は幼少期からの幼なじみだったようです。獅子沢の両親も、赫哉が息子を殺したとは微塵も考えていませんでしたよ。」

  「ふむ…そうか。」

  戯れに惑わせようとイチャモンを付けると、大神は一瞬バツの悪そうな顔をしたが、すぐ冷静に考え直して上手く切り返してきた。もう少し動揺すると思ったが、流石にそこまで無能な男では無い。

  それにしても、まさか西園寺赫哉が、尾猿家の血を引いた家族の一員で、五年前の事件の被害者と関わりがあったとは、面白い情報が出てきたと思う。

  となると、Ωであったとしても、幼い頃から尾猿飛鳥と交友があった赫哉は、飛鳥の運命の番では無いという結論が濃厚になる。

  なぜなら、尾猿の様子がおかしくなり、運命だなんだと言い始めたのは今からたった一年ほど前の事実であり…。

  それ以前に出会っている赫哉が運命の相手であるならば、そもそも尾猿飛鳥が今のβの妻と結婚している事実に、辻褄が合わないからである。

  ……まぁそもそも、あのΩの診断書は最近のものであって、日付は事件が起こってからのものだったと記憶しているから、一応可能性の話をしたものの、今回の事件に関わりがあるかどうかは怪しい情報だ。

  この歳で初めてΩの診断を受けたという事は、何か本人の身体に違和感があって審査した結果、元々βだと診断されていた筈が、直近になってΩに変わっていたという、珍しい事例である可能性が高い。

  たまにいるらしいのだ。βと診断されていた者が、何かのキッカケでΩの性になってしまう事が。

  どちらにせよ、尾猿赫哉が、何かしらの意図を持って、署内に潜入し、事件を探っていたのは疑いようのない事実であるはず。

  何一つ隠す事が無いならば、わざわざ身を隠すような事もしないだろうし、疑われる前に弁明する事も可能である。つまるところ、彼は何か、事件に関する重大な秘密を抱えている。

  そんな予感があった。

  「父親の方と連絡は取ったのか?」

  「赫哉のですか?……えぇ。そしたら本人は電話に出ず、マネージャーらしき男からの代理返答で、全て弟の尾猿飛鳥に任せているからそっちで確認してくれ…と、その一点張りでした。……尾猿飛鳥が亡くなったので尾猿練也本人とやり取りがしたいと言うと、それを伝えてから改めて電話するとの事で、結局未だに連絡は帰ってきてないです。」

  「ふぅむ…なるほどな。」

  「まぁ、この写真を見る限りじゃあ、おそらく赫哉と父親の仲はあまり良くなかったようですね。」

  言われて、改めて渡された写真を確認してみると、確かに尾猿赫哉は、実の父親である尾猿練也と距離を置いた位置におり、その顔もどこか不快そうな感じだ。

  わざわざ身売りで生計を立てる破滅的な生活模様や、父親が海外にいてこの対応となると、あまり家庭環境の良くない幼少期を過ごしたのかもしれない。

  明らかに作り笑いと分かる貼り付けた笑みを浮かべる尾猿練也。不機嫌そうに距離を置きカメラから視線を逸らす赫哉。カメラを持って全員に向けるよう構えながら、一人笑う飛鳥に、そもそもこうした状況をあまり楽しめてなさそうな健二と…、見ているだけで当時の状況が手に取るようにわかる写真だ。

  きっと、尾猿飛鳥が気を利かせて家族写真を撮ろうと提案したのだが、周囲の者達は気が乗らなかったのだろうな。それでもこうして保存しているあたり、素直では無いが、赫哉にとって大事な写真の一枚だったのかもしれない。

  「この写真の他には、殆ど尾猿飛鳥とのツーショットばかりが目立つようでした。…小学校から高校までの卒業アルバムにも、一緒に写っているのは今回の被害者ばかりです。……どうやら、本当の父親よりよっぽど父親をしていたのは弟の飛鳥だったようですね。頻繁に店へ会いに行っていたのも、ただ大好きな叔父に会うため…と考えたら、辻褄が合います。」

  「店の店員達には確認してみたか?」

  「しましたが、赫哉が来るのは決まって殆どの店員が居なくなった夜の時間が多かったようです。そのため、残業で残った経験のある何人かが彼を何度か見かけたとの事ですが、尾猿飛鳥はすぐに彼を奥の事務所に連れて行ってしまう為、どんな事を話していたかは誰も知らないそうです。…ただやはり気安い仲ではあったようで、会う度にお互い笑顔だったとか。…赫哉も赫哉で、店員を見かけても軽く会釈する程度で話さなかったそうですからあまり参考にはなりませんでしたね。」

  古い監視カメラの映像からも、肉体関係があったという訳では無いらしい。

  音声を録音出来るカメラではないので、あくまで事務所の中の二人の様子を上から観察した程度の認識でしか無いが、ただ二人で座って談笑するような、そんな様子ばかりだったそうだ。

  この事からもやはり、赫哉が今回の被害者である尾猿飛鳥の運命の番だったとは、到底考えられない事実だった。

  では、何故一見して事件に関与していなさそうな赫哉が、こうして身を隠すことになってしまったのか。

  まさか、第二の被害者である尾猿健二の殺害に関わっているのだろうかと、大我は顎髭を擦りながら考える。

  「なるほどな。……分かった。このまま捜査を続けてくれ。……そういえば笹田の奴は…?」

  「笹田さんなら、これらの事実を確認して、監視カメラの映像を食い入るように何時間も見た後、なんだかホッとしたように今はオフィスで休んでます。………調子がいいんだか悪いんだか。浮き沈みが激しくて困りますよ。」

  「ハッハッハ。そう言ってやるな。…あぁ見えて根はかなり繊細なのさ。その分、予想だにしない所から新たな情報を探ってきたりと、意外と有能な部分もあるんだ。」

  「まぁ、腐っても警部なのは分かりますけどねぇ。」

  ため息を吐く大神の隣で、毛深く筋張った野太い腕を持ち上げた大我が、そこに着用された腕時計を見つめて時間を確認する。

  時刻は既に夕方。今日もまた朝まで残業して情報を精査するのは確定だろう。

  そして場面は、一度笹田の方へと変わっていく。

  [newpage]

  青年の自宅を家宅捜索する事になり、調べていくうちに色々な情報が集まった。

  特に笹田にとって大きかったのは、彼が尾猿の家の血を引いているという事実であり、卒業アルバムや写真や記載されている苗字などの証拠から、それを導き出せたという事であろう。

  幼い頃…具体的には幼稚園児の頃の写真を見ると、そこに一緒に写っていたのは、今回の捜査では見慣れない人間の女性と、尾猿練也と思わしき猿獣人の男。

  しかし、小学校の卒業アルバムを見ると、何があったのか、そこで一緒に写っているのは若い頃の尾猿飛鳥…すなわち今回の被害者となり、そこから高校まで、彼との写真が殆どになってしまっていた。

  最初はどこか暗い表情だった青年は、年を追う毎に、尾猿飛鳥の隣で笑顔を見せるようになっている。

  両親の離婚か、はたまた……。今現在、尾猿練也が海外に居て、一向に姿を現さないことからも、何か家族関係のトラブルがあるのは、この写真から見ても明らかだった。

  とはいえ、まだその時点では、大我のような事例もあるわけで。

  まだまだ安心できない笹田は、更に決定的な証拠がないかと、血眼になって部屋を探索し始める。

  そのうち、そうやっていくつか散見された写真の中には驚く事に、五年前の殺人事件の被害者となった、当時人気アイドルとして名を馳せた獅子沢拓斗と、今回の容疑者である青年とのツーショット写真が見られることに気が付いた。

  大我が、事件として類似点が見られると報告しなかったのならば、きっと誰も気が付かなかったであろう証拠。

  まさか彼が運命の…!?と、相変わらず先走って勝手に一人焦る笹田であったが、しかし写真に写る若い二人の様子に、そのような淡い気持ちが含まれているようには見えない。

  どれもかけがえの無い親友と言った様子の写真ばかりで、一緒に隣合ってゲームしてる所を誰かに撮られたものや、肩を組んで笑いあっている写真。疲れて二人眠りこけている写真など、年代も場所も様々だ。

  どちらかと言うと、一緒に育ってきた兄弟と一緒の写真と言われた方がしっくり来るかもしれない。

  そんな写真が、大切な思い出のように、アルバムに挟んで本棚に収められていた。

  そうして一度家宅捜索を切り上げ、署に戻った後は、レストランの監視カメラを確認して尾猿と青年が会った日を重点的に確認する。

  話の内容こそ従業員達も知らないという事であったが、事務所に設置されたカメラの記録映像を見れば、一体中でどういった事が行われていたのかは見れるであろう。

  そう思って確認し続けた映像では、特段二人の間によこしまな空気は流れておらず、どちらもただ向かい合って話し合うだけで、大体一時間もするとそれも終わる。その繰り返しだ。

  どうやらこの映像を見る限りでは、二人は運命の番という訳では無いらしい。

  後から大我の発言で発覚した事なのだが、そもそもあのΩの診断書はごくごく最近になって受けた診察の結果であって、今回の事件が始まってからの検査結果だったらしい。

  彼の予想では、本人が身体の違和感を理由に病院に行ったら、元々βだったはずが、Ωに変わっていたという、後天的Ω性である可能性が高く、今回の事件との関与は薄いかもしれないとの事だった。

  つまり笹田の焦りはただの杞憂。愚かな勘違いにしか過ぎなかったという訳である。最後まで話を聞かずに会議室から出ていったのが悪いと、呆れた口調で大我に説教されたのは言うまでもない。

  ともすれば、現時点でまだその事実に気がついていない笹田。

  何時間も掛けて監視カメラの映像まで確認し、無駄に時間を使った挙句、やっとの事胸をなで下ろして、自身のオフィスにてグッタリ机に上半身を預けた笹田は、ふとそこで、事態がまるで解決に向かっていないという事実に閃きを得る。

  ガバリと身体を起こして、目をギラギラさせながら思い立った。

  こんな事で安心してしまっているが、調べているのは青年が誰のΩなのか…ということでは無い。

  彼が何故、警察署に侵入までして、その後姿を消してしまったのか、それを探る事なのだ。

  当たり前の真実に今更気付き、そして真っ先に思い浮かぶのは、殺されていた尾猿健二や、被害者の尾猿飛鳥の事。

  正直な話、これまでの証拠を見る限りでは、あれ程慕っていた尾猿飛鳥を、突然殺害する理由が全く分からないし。

  まさか、五年前の事件に関わっているのか?とも以前は考えたが、大神が別口で獅子沢拓斗の実家を尋ねた際には、どうやら赫哉はかなり頻繁に、彼の仏壇へと手を合わせに来ていたらしく、獅子沢の両親からも評判の良い様子だった。それを考えるとやはり二人は子供の頃からの幼なじみで、青年が自分達の息子を殺したとは微塵も考えていない様子だったと聞く。

  ともすれば、やはり唯一怪しいのは尾猿健二殺害の容疑についてだが…。

  不審な点はいくらでもある。青年を信じたい笹田の偏った希望的観測から、彼を犯人にしたくないという心理が働いているというのも無くはないだろうが。

  

  思い立った笹田は、尾猿健二の遺体を検死していたと思われる鑑識課の知り合いを尋ねてみることにした。

  笹田が所属する刑事部捜査一課、所謂殺人事件を取り扱う部署からほど近い建物内部にある鑑識課は、白を基調とした清潔感のある内装をしており、扉を開ければプンと嗅ぎなれない試薬や薬品の匂いで溢れる場所だった。

  何かの作業をしているらしき者は白衣等の作業着に身を包んで移動している時もあるが、彼等も警察官に代わりが無いため、基本的にはスーツを着用している。軽装と言っても、せいぜいノーネクタイや、ジャケット無しで居るくらいだ。

  その中で、各々作業に没頭する鑑識官達は、自分のオフィスで書類を整理していたり、連日の捜査で積み重なった疲れを休憩室で僅かばかり解消している。

  笹田は、建物の奥へと慣れたように進んでいくと、見えてきた扉を軽い調子でノックし、返答も待たず中に入っていった。

  「[[rb:古狸 > ふるだぬき]]〜いるか〜?」

  中に入ると、書類や精密機械の積み重なった机が中央に置かれており、その向こう側の窓際の席に、ウトウトと首を傾げる寝ぼけた狸獣人の姿が見えた。

  頬を赤く染め、時折ヒック…としゃっくりをしながら、うつらうつらと椅子に座って項垂れている。

  クンと鼻を鳴らせば、どこかアルコールの匂いが漂って来ていることが分かった。

  どうやらこの狸獣人は、仕事中にも関わらず酒を飲んでいたようで、机には焼酎のカップが3つほど空になって置かれているのが目に入り、笹田は呆れたように溜息を吐いて肩を落とす。

  「おい。狸!……古狸!起きろ!」

  「う〜ん?…むにゃむにゃ…」

  笹田が仕方なく彼の名前を呼びながら近づいて行くと、小さなマズルをくちゃくちゃと鳴らして、狸は寝ぼけたように薄く瞼を開く。

  その身体は、最近脂肪に塗れて大我に注意されたばかりの笹田の肉体よりも更に太く、持ち上げた手の指はパツパツで、関節が肉に埋まり短く見える程だった。

  呼吸する度、腹が机を押して、椅子が動いてはまた戻るのを繰り返す。

  笹田もあまり仕事に対して褒められた態度ではないが、この狸のいつも変わらぬだらしない姿を見ると、自分なんてまだまだ真面目な方だなと実感してしまうくらいには酷い有様に見えてしまう。

  「お〜?…笹田ぁ?…なんだぁ?…ひっく…へへ…」

  「お前また仕事中に酒なんて飲んでんのか?そのうちクビになるぞ?」

  「こんくらいじゃあ酔わねぇからええんよ。…それに多少飲んだ方が集中出来るってもんだや。」

  「はぁ……」

  こう言う古狸であるが、実際にこのような不真面目な様相を晒しながら、その実力を認められ鑑識課の主任を務めているものだから、笹田も強く言えずに困ったものだ。

  酔うのは早いが、その許容量が異常に広く、忘年会などの飲みの席では、他がダウンして床に転がっている間も一人朝までモクモクと飲み続け、ちゃっかりタクシーを拾って家に帰るなんて離れ業をやってのけるような酒豪でもあり、彼がほろ酔い以上に酔っているところを見たことも無いが、逆に仕事中でさえ酔っぱらってないところを見たことも無いという中々にぶっ飛んだ姿を見せる男である。

  起きるや否や、どこからともなくまたしても焼酎のカップを取り出した古狸か、その蓋をめくるように開けながら呟いた。

  「んで、どうしたんでぇ。なんか用かぁ?」

  「ん…あ、あぁ…。尾猿健二の検死を担当したのお前だろ?…報告書を見せてもらいたくてな。」

  「なんだぁ。んな事か。…そこら辺に置いてるから勝手に見りゃええべ。」

  「あぁ…。」

  言って、指し示されたのは、ろくに整理されていない書類の山の中だ。

  笹田は少し顔を引き攣らせながらも、その場に設けられた椅子に座って、書類の山の中を捲り始める。傍からは、焼酎を煽って勢いよくプハァと息を吐く古狸のオヤジ臭い声が聞こえてきて、また一層部屋の中にアルコールの臭いが充満するようであった。

  思ったよりもそう時間が掛からずに、目当ての資料を見つけてそれに目を通す。

  「……被害者は死ぬ直前にカレーを食っとるな。」

  「カレー?」

  何を聞かずとも、古狸が呟いた言葉に、笹田が振り返って返した。

  「んだ。そのカレーに大量の睡眠薬を投入されて昏倒したんだべな。…カレーなら多少薬が入った所でスパイスのお陰で薬の味が隠せるかんな。」

  「なるほどな。」

  古狸が言う通り、資料に目を通すと、検死した際の胃の内容物から、被害者が直前にカレーライスを食べていた事が推測されている。

  じゃがいも、にんじん、たまねぎ、牛肉、そしてライス。それから、調味料と思わしき様々なスパイスの記載。どうやらこれらの具材に紛れ込んで、大量の睡眠薬が検出されたようだ。

  「この…クロルジア…ゼ?…ポキシド?ってのが、その睡眠薬の名前なのか?」

  「んだ。まぁ、正確には初期のうつ症に効果がある、睡眠薬兼抗不安剤だべ。ベンゾジアゼピンっつう中枢神経に作用する精神安定剤の一種で、即効性があるんだべよ。」

  「ふぅん…。一般に販売されてる薬なのか?」

  「まさかぁ。基本的に医者の診断書がなけりゃ処方されねぇ薬だなぁ。依存性があるから長く使うと危険なんだべよ。本来なら睡眠効果はオマケみたいなもんだぁ。実際一粒だば、そんなに眠くはなんねぇべよ。ただ、そんだけ大量に投与されたらかなり意識は朦朧とするべなぁ。だからあえて睡眠薬っつって報告したんだぁ。」

  「……うつ病に効く薬…。」

  笹田は古狸の言葉を聞いて、妙に引っ掛かるような気がした。

  何故だろう。どことなくこういった薬に覚えがあるような。どこかで誰かが何かしらの薬を飲む姿を見た記憶がある気がするのだが、どこだったかが思い出せない。

  「ちなみに、どんな形の薬なんだ?」

  「形ぃ?…形は別に普通の丸い錠剤だべ。んだども錠剤の色が緑だったりするべなぁ。まぁ、色が付いてねぇときもあるんだけどもよ。」

  「緑…緑?…っ…あっ!?」

  そこで笹田はピンと来た。

  そういえば、取り調べに来ていた尾猿飛鳥の妻の尾猿優子が、署から帰る途中で確かそんな色の薬を飲んでいたような気がするのだ。

  それに、その後の発言からも、ストレスを和らげる薬であるかのような、そんな印象を持つ台詞を言っていた気がする。

  もしあれがこの犯罪に使われた薬だったとしたら?

  笹田はすぐに立ち上がると、古狸への礼も言わずに勢いよく部屋から駆け出していった。

  「どういたしましてぇ〜…ひっく…」

  古狸はそう言って腕を振りながら、最後にはカップから焼酎をすするように飲むのであった。

  「なるほどな。……確かな情報か?」

  「あぁ。間違いない。確かに尾猿優子は取り調べからの帰りに緑の錠剤を飲んでたんだ。……もしあれが尾猿健二の犯行に使われた睡眠薬なんだったら…。」

  「尾猿健二は、今回の事件の被害者である尾猿飛鳥の妻。尾猿優子が殺した可能性があるという事か。」

  「あぁ。そうだ。」

  真剣な表情で話す笹田に、大我は顎髭を撫でながら唸るように考え込んだ。

  しばらくの沈黙。

  あまりにも考え込む時間が長いので、もしかしたら情報として弱かっただろうかと、少し不安になって笹田はゴクリと息を飲んだ。

  しかし、チラリと大我の視線が笹田を射抜くと、彼はニッと牙を見せて笑い、バシバシと笹田の肩を強く叩く。

  「ガッハッハッ!よくやったじゃないか!お手柄だぞ笹田!」

  「あ、あぁ…っ…い、痛い痛いっ…痛てぇよ!」

  「おっと…すまんな。」

  大我はそんな謝罪もそこそこに、差し出された検死調査書を改めて見つめ、静かに頷く。

  「まぁ、これだけでは尾猿優子を逮捕する事は叶わんだろうが、少なくとも家宅捜索をする為の口実として使うことは出来そうだな。」

  「……やっぱり、それだけじゃ弱いか。」

  「そうだな。そもそも事件があった日から既に結構な日時が経過している。…発見が早ければもしかしたら、本来処方された使用容量より多く減っている薬の数なんかを確認して、もう少し説得力のある証拠として扱えた可能性もあるだろうが。1ヶ月も経っていたら新しい薬を処方されていても不思議はない。」

  「たしかに…」

  「だが、これによると尾猿健二は薬を盛られる前にカレーを食っとるんだろう?…なら、例えば尾猿優子のクレジットカード履歴を遡れば、同時期にカレーの具材を買うために使用した形跡が残ってるかもしれん。……それに、尾猿健二のアパートの近くにあるスーパーやコンビニの監視カメラを調べれば、どこかに尾猿優子が映っている可能性もあるだろうしな。……そうなればほぼ犯人で間違いないだろう。」

  そんな話をしていると、どこからともなく大神が現れ、事件の進展について話を聞いてくる。

  調度良いとばかりに大我が笹田の功績について話すと、大神もそれを笑顔で褒め讃えた。

  「凄いじゃないですか笹田さん!一気に事件解決へ向けて進展しましたね!」

  「はは。…まぁな。」

  「どうして突然尾猿健二の検死報告書なんて確認し始めたんですか?」

  「…あぁ。それがな。今姿を眩ましてる尾猿赫哉が、何で警察から隠れているのか…もしかしたら、尾猿健二の殺害に関わってるかもしれないと思って、ちょっと確認してみたんだ。一番可能性のある殺人だったからな。」

  「なるほど。……たしかにおかしいですよね。…証拠を見る限りでは正直、尾猿赫哉が我々から隠れるように姿を消した意味が分かりませんし。…まぁ、我々が証拠を見つけきれていないだけで、何かしらの殺人に関わってる可能性はまだ否めませんけれど。」

  「ふぅむ……」

  三人が揃って考え込むように頭を捻った。

  しばらくそうして時間が過ぎていく。

  そんな中、ふと大神が何か閃いたかのようにポンと手を叩いた。

  「もし尾猿赫哉が、我々に姿を見せないのではなく、見せられないのだとしたらどうですか?」

  「む?それはどういう事だ?」

  「つまり…」

  大神は大我の問いに自らが導き出した推測に過ぎないストーリーを話す。

  「尾猿赫哉は今回の被害者である尾猿飛鳥とかなり近い距離にいた人物ですよね?……となると、もしかしたら犯人に目星がついていたんじゃないですか?」

  「我々より早くか?」

  「えぇそうです。…それに、五年前の獅子沢拓斗殺害事件に関してもそうです。あの事件は、今回と類似点があって、見ようによっては関係があると思えなくもない。…それが近親者なら尚更です。尾猿赫哉は五年前の事件、どうやら完全なアリバイがあって容疑者から早々に外されていた為、当時の資料にも名前さえ残っては居ませんでしたけれど、事件そのものは身近で体験したものですよね。……何か彼しか知りえない情報があって、今回もそれに当たるキッカケがあったとしたら?……親しい人を二人も殺されたんですよ?もしかしたら自分の手でカタをつけたいと思うかもしれない。」

  「ふぅむ……つまり、我々より早く犯人の目星がついた尾猿赫哉は、その犯人に復讐をしようと思い立ち向かったが、その際逆に反撃され…」

  大神と大我の言葉を聞いた笹田が、目を丸くして、驚愕したように震える。

  「もしかして…こ、殺され…」

  「いや。早まるのは良くない。これは完全に大神の憶測であって、真実とは言えないんだからな。……とはいえ、一考の価値はあるだろう。」

  「そ、そんな…っ」

  愕然とする笹田を見て、今回の事情を全く知らない大神が困惑したように首を傾げる。

  「えぇと…笹田さんはどうしてそんなに驚いてるんですか?」

  「ふぅ…。…大神、すまないがコーヒーを煎れてきてくれないか?」

  「え?今ですか?…ま、まぁ…良いですけど。」

  「頼む。すまんな。」

  大我にそう言われ、どこか不審に思いながらも、何かを察したようにその場から離れていく大神。

  残った大我は、笹田に向き直るようにすると、眉間に皺を寄せて、唸るように笹田の名を呼んだ。

  「笹田。…笹田!」

  圧のある声で名を呼ばれ初めて、ハッとしたように笹田が大我を見る。

  「いいか。まだ殺されたと決まった訳じゃない。どこかに監禁されている可能性だってある。犯人にとっても、今は余計に動き出して変な注目は浴びたくない時期のはずだ。」

  「あ、あぁ…」

  「そもそも言った通りこれは憶測だ。結局のところ彼自身が単に警察から逃げ続けている可能性もある。そこを誤解するな。分かったか?」

  「……そ、そうだな。」

  「……よし。事件もそろそろ佳境に近付いてる。ここが正念場だ。気合い入れろよ。」

  大我はそう言って呆然とする笹田に活を入れた。

  尾猿優子が義弟である尾猿健二を殺した犯人だとするのならば、そこに至る何かしらの理由があったはずだ。

  そして、あえて弟に兄殺しの罪を着せようと遺書で画策し、殺した意味。それさえ分かれば、この事件の真相がもっと見えてくるはずである。

  大神が戻ったあと、大我はすぐに、尾猿優子の自宅を捜査する為、捜査員達に指示を飛ばし始めたのだった。

  [newpage]

  「はぁ…はぁ…ふぅ…」

  最近、お腹の中の赤ん坊が尚更騒がしくなって、夜も起こされるような日が増えてきた。

  今もまた内側から腹を蹴られ、その痛みに顔を顰めながら荒く息をする。

  もう本当に、いつ産まれても不思議では無い感じだ。それなのに父は未だ事件の捜査が忙しくて帰って来れずにいる。

  最後に姿を見たのは、もう二週間も前の話だった。

  「………」

  ソファーに座り、お腹を抱えながら不機嫌そうに眉を顰める。

  こうなったら、直接文句を言いに行くしかあるまい。

  昴はそう思い立つと、父の着替えを畳んでバックに詰めたり、簡単にお弁当を作ると、それを持って家を出た。

  タクシーを拾い、父が働く警察署まで直行する。

  ただ会いに行くだけでは、まるで自分が父に会いたがっているかのように見えてしまう為、ちゃんと口実を用意する事を忘れていない自分を褒めたいくらいだった。

  タクシーに揺られる事30分。

  相変わらず大きいお腹を支えながら、何とか車から降りた。

  周りにいる警官らしき者たちの中には、ちょっと特異な目で昴を見る者もいたが、そんな事に構っている余裕は無い。

  警察署の受付までやっとの思いで辿り着くと、少し緊張した面持ちで話し掛ける。

  直前になって、やっぱり直接会いに来たのは早まったかもしれない…とちょっとばかし後悔したし、ヒトと話すのがそもそも久しぶりなので、上手く話せるか不安だったけれど、掠れた声で問い掛けた。

  「…あの…虎尾大我の身内の者なんですが。」

  「はい?…どういったご要件ですか?」

  「……えぇと…その…。虎尾大我に会いたくて…」

  「はぁ…」

  受付をしているリス獣人の女性は、その丸くて大きな目に困惑を滲ませながら昴を見つめる。

  それもそうだろう。普通身内の者で、会いたいと言うのであれば、連絡を取れないのはおかしい。

  わざわざ受付でこうして名指ししている時点で変なのだ。

  「あ!……もしかして貴方が噂の…っ!?」

  「…え?」

  「……あ!す、すいません!虎尾ですね?…すぐこちらから連絡致しますわ!オホホホ!」

  一体どういった噂が広まっているのか分からないが、きっとロクな物じゃないんだろうなと昴は思った。

  直前まで緊張していた気持ちはどこへやら…受付の言葉で冷静になり、スーッと頭が冷えていく。

  と言っても、父への殺意が芽生えてきたせいだ。どんな話を職場でしているのか知らないが、変にプライベートなんかを面白おかしく話していたら、絶対に一発殴らないと気が済まないと思う。

  受付の女性に指し示されたベンチに座ると、昴はしばらく不機嫌さを隠さないままの表情で大我を待ち続けた。

  「す、昴!?」

  「………」

  ほどなくして、そんな声が警察署のロビーに響き渡り、ノーネクタイで腕捲りをした、少し小汚い姿をした父が現れ、駆け足で近寄ってくる。

  その表情は明らかに昴を心配している表情で、大きな眉を八の字にしながら、慌てたようにこちらを見ていた。

  連絡もなく、突然身重の息子がやってきたのだから当たり前だろう。

  周囲の者たちが、そんな父を驚いた様に見ている姿が印象的だった。普段とはあまりにも違って見えたからだろう。

  「どうしたんだいきなり!こんな所までやってくるなんて!…どうやってきたんだ!?寒くないか?…あまり心配を掛けるんじゃない!」

  「………」

  大我がそう言って、ベンチに座る昴を見下ろした。昴は相変わらず口をへの字にして、ジト目のまま父を見上げる。

  出会って早々に言う事がそれだなんて、人がどんな想いで一人帰りを待っているのか、彼は考えた事があるのだろうか。

  昴の怒りはますます増すばかりだった。

  「………もうそろそろ出産日だって言うのに、全く帰ってこない父親モドキが、いっちょ前に心配した振りするなよ。」

  「なっ!?」

  昴が辛辣な様子でそう呟くと、大我は目に見えて狼狽し、目を白黒させた。驚愕に口を開き、ショックで言葉も出ない様子である。

  「どうせ俺なんかより事件の方が大事なんでしょ。……ほら、もう二週間も帰ってきてないから着替えが必要かと思ってわざわざ持ってきてあげたよ。どうぞこのまま一生職場で過ごしてもらって構いませんから。……ついでに弁当も作ってきたけど、余計なお世話だったみたいだね。」

  「あ…あ…」

  ゆっくりとお腹を抱えながら立ち上がった昴が、手にした紙バックを大我の胸元へ押し付けるようにして渡す。

  大我は相変わらずショックを受けたまま微動だも出来ず、昴のゴミを見るような冷たい目を見て意識が遠くなるような目眩を覚えていた。

  実際のところ、家へ帰らずに居る事にはしっかり後ろめたい気持ちを抱えていたのだ。それを仕事が忙しいという事で誤魔化しながら過ごしていたようだが、しかし直接昴に事実を突き付けられてしまえばそうも言ってられなくなる。

  踵を返して帰ろうとする昴の肩を慌てて抱き寄せ、大我はどうにか言葉を絞り出すよう叫んだ。

  「な、何言ってるんだ!勿論昴が一番大事に決まってるじゃないか!?……そ、そうだよな!二週間もお前を放置して家を留守にするなんてマトモじゃないよな!父さんが悪かった!な!」

  「………」

  大我の誠心誠意、心が籠った謝罪に対しても、相変わらず昴はジト目で視線をツンと逸らしながら無関心を装った。

  これはまずいと思った大我は、できるだけ昴の機嫌を取ろうと顔に笑顔を貼り付けて捲し立てる。

  「着替えありがとうな!流石は昴、気が利くなぁ!……お!これが弁当か!手作りだなんて大変だっただろう?一体具材は何かな!当然どんなものでも大切に美味しく食べさせてもらうぞ!」

  「………」

  「あ!そうだ!父さんのオフィスに寄っていくか!?な!二週間も離れてたから父さんも寂しかったんだ!昴と久しぶりに話したい事がいっっぱいあるぞ!そこでこの弁当も食べさせてもらうよ!楽しみだなぁ!」

  「………」

  「大きいお腹で歩くのは大変だっただろ!マッサージもしてやるからな!寒くないか!?悪いなコートを持ってきていれば…!ここは冷えるから早く奥に行こう!」

  「はぁ…」

  そんなに焦って機嫌を取るくらいならば、初めから定期的に帰ってくれば良いものを。よしんば帰ってこれないのなら、それはそれで堂々としていて欲しかったものである。

  必死に言葉を捲し立てる大我に、昴は呆れたように溜息を吐いて、促されるまま一緒に歩いていく。実の所、父の職場がどういう所なのか気になっていたというのもあった。

  「……部外者なのに入ってもいいの?」

  「なぁに、文句を言われるようなら父さんが黙らせるから問題ない!」

  「……それは非常識だからやめてね。……手前のところでいいよ。他の人の仕事の邪魔するのも嫌だし。」

  「そうか?……なら休憩室にでも行くか!」

  父がそう言って案内するのについていく。エレベーターに乗ってフロアに出ると、警察官と思われる人々が、広い室内を忙しなく動き回っている姿が目に入った。

  ふと、奥に視線をやると、そこには以前出会ったトイプードルの女性が見える。どう見ても捜査員という感じではなく、むしろ連れられるように歩いている事から、参考人か何かなのだろうか。

  見ていると、ちょうど視線が合って、あちら側も驚いたように目を見開いていた。昴は軽く会釈だけして、そのまま父に連れられるよう、休憩室があると思われる場所まで歩いていく。

  「すまんな。ゴタゴタしていて。」

  「…別に気にならないけど。」

  通る人通る人、大我とすれ違う度「お疲れ様です」と言って軽く会釈したのち、昴を見て目を見開くようにしていた。

  後から視線を振り返れば、こちらを興味深そうにチラチラと見ており、やはり自分の存在はこの職場に広まっているようだと、昴は呆れたように額から汗を垂らす。

  そして、休憩室に行くと、休んでいた何人かの者たちが、ギョッとしたようにこちらを見て、礼をしながら慌てて部屋を出ていく。仮眠していた男なんて、同僚と思わしき者に叩き起され、「すいません!」と叫んだ同僚に、寝ぼけたまま半ば引き摺られるように連れていかれる始末。あっという間に、そこは大我の独壇場となってしまった。

  「……父さん…職場で避けられてるの?…嫌われてる?」

  「む?そんな事はないぞ!ただ気を使ってくれているだけだ。」

  そうは言うけれど、尋常じゃない様子で出ていく者たちを見たら勘違いしてしまうのも無理はないだろう。とはいえ、一応礼をされたり、すいませんと叫ばれてる点で言えば、避けられているというより、尊敬と畏怖の感情で見られているというのがしっくりくるだろうか。

  一気にシンと静まり返った狭い休憩室の中、椅子に座りながら、昴は大我が職場でどういう扱いを受けているのか心配になった。

  言ってしまえば大我は一年前に復職した新人と言っても良い。それまでの経歴がどうであれ、一度仕事を辞めたのであれば、関係値が初期化されていても何らおかしくは無いだろう。尊敬されているならいいが、居心地の悪い思いをしているなら気の毒に思う。

  家に帰ってくると嬉しそうに仕事の話をしていたから大丈夫だと思っていたのだが、無理をして話を盛っていたか、もしくは本当に、恐れられるぐらい尊敬されているか。この時点ではわからない。

  「早速飯を食おう。ちょうど腹が減ってたんだ。タイミングが完璧だな昴は。」

  「……はいはい」

  歯の浮くようなおべっかを口にする大我に、昴は呆れて溜息を吐きながらそう返す。いちいちそうやって気を使われるのはあまり好きじゃない。それでも無限に褒め回してくるのだから、大我にとってはそれが素なのだろう。意外と軽薄だと思う。

  「うん!美味い!最近はコンビニの弁当やパンばかりだったから、手作りの美味さが身に染みるな!」

  「……ご飯を食べれるお店なんていくらでもあるのに。」

  「はっはっは!片手で食えるもんが一番楽なんだから仕方ないさ!」

  きっと店で食う暇もないくらいに捜査が忙しいのだろうと思う。それくらいは昴でも何となく分かるが、せめてご飯くらいはマトモに食べて欲しいというのは心配し過ぎだろうか。

  「……これだけやってるのに、捜査はまだ終わらないの?」

  「ん?……まぁなぁ。あと少しってところだ。この仕事が終わったら、しばらくは絶対昴を優先するから許してくれな。」

  「別にいいよそんなこと。どうせ守られるわけないし。」

  「う゛っ…」

  昴の言葉にまたしても大我は、飲み込んだ食材を喉に詰まらせたかのような音を出して固まった。目を丸くし、額からは大粒の汗を垂らしている。その困った様子を見ると、ほんの少しだけでも溜飲が下がったような気がして、昴の心はやっと落ち着きを取り戻していくようだ。

  意地悪を言っていることは自覚しているけれど、これぐらい言わせてもらわないと困る。むしろ、妊娠中の妻を放っておいて何週間も家を空けるなんてどうかしていると言わないだけマシというものだ。当然他にも言いたいことは沢山あるのに、これでも全然我慢している方である。

  「そ、そうだ!足のマッサージしてやるから!な!?」

  「い、いいよ!何言ってるんだよ!もう!…お弁当食べなよ。……うっ」

  「ど、どうした?大丈夫か!?」

  取ってつけたようにそう言って無理やり機嫌を取ろうとする大我に、昴は慌ててそれを拒否した。

  こんなところでマッサージだなんてされても困るし、そもそもされた所でリラックス出来るはずもない。

  そんなやり取りをしているウチに、またしても子供がお腹を蹴って、昴は呻きながら少しだけ前屈みになる。

  「……平気だよ。慣れてるから。……最近赤ちゃんが凄く暴れてて…早くお腹から出てきたいみたい。」

  「そ、そうなのか!?大変だ!」

  「……そろそろ破水が始まるかもね。……常に携帯を持って救急車を呼ぶ準備しておかないと…出産日まで一週間もないから。」

  「も、もうそんなに経ってたか!?……いや!破水したら父さんが病院まで連れていくから心配しなくていいぞ!」

  「……全然説得力がないけど…。最悪一人で産むから無理しなくていいよ。」

  「そ、そんな事させるわけが無いだろ!大丈夫だ!こんな事件すぐ終わらせて解決させるから!」

  どうやら父は出産日すら覚えていなかったらしい。そんな調子でよくこのような事を言えるものだと昴は呆れながら息を吐いた。

  正直、どうなるかは分からないが、昴はもう、一人で赤ん坊を産む事になるのではないかと半ば諦めている節がある。

  どこまで事件の捜査が終わっているのか知らないけれど、こんな思いをさせる程に取り組んだ事件なのだから、むしろ今更中途半端にしないで、解決させてくれた方が報われるというものだ。冤罪で適当な犯人をでっち上げたりなんかしないでほしい。

  今更慌てふためき、椅子から立ち上がって何か手伝おうと無駄に近付いてくる父をジト目で見つめていると、休憩室の扉が勢いよく開かれ、そこから見慣れた人物が顔を出した。

  「大我さん!ここに居ましたか…!…て…昴くん!?」

  「…大神さん。…お世話になってます。」

  「なんだ大神!今俺は忙しい!!」

  「あ…そ、その…すいません!…昴くんが来てるとは思わなくて……あのっ…時間を改めます。」

  「気にしないでください。父には着替えを持ってきただけですから。そろそろ帰りますので。」

  「な、何!?…そうなのか昴!?」

  実際、ここに来た理由は全て片付けた。大我が機嫌を取ろうと中に案内し始めたので断る事も出来ずに受け入れたが、別に仕事を邪魔してまで長居する必要性も、意味もない。

  振り返ってそう告げると、大神は少し気まずそうに苦い顔をした。大我を見れば、まるで親の仇でも見るかのように大神を睨み付けており、それがまた大神の申し訳なさに拍車をかけているようである。

  これだけ威圧的に振る舞えるのであれば、どちらかというと恐れられているという方に説得力があるなと昴は思った。

  「仕事だって。呼ばれてるよ。…行った方がいいんじゃない?」

  「いや!必要ない!…だよな?大神?」

  「あ、あの…その…」

  「大神さんを困らせたらダメでしょ。…俺はタクシーで帰るから大丈夫だよ。」

  「そんな事させられん!せめて家までは父さんが送っていくぞ!」

  「良いってば。…それより仕事の方が大事でしょ。…早く解決してよ。破水した時父さんが本当に居ないって状況になりかねないよ。」

  最後の言葉は嫌味でもなんでも無く本心だった。ここまで来たのならさっさと事件を解決して戻ってきてもらった方がこちらとしても不安なく出産出来る。

  出産する一瞬だけ一緒にいて、またすぐ職場に呼ばれて戻り、結局病院で一人になる…なんてシナリオになるのはゴメンだ。ただでさえその可能性が高いのだから、少しでも捜査に時間を使ってもらって、さっさと家に帰って来れるようにしてくれた方がよほど有意義というものである。

  「グググ…」

  「大神さん。父さんを頼みます。俺はタクシーで帰りますので。……捜査頑張ってください。」

  「あ、あぁ…。ありがとう。……け、けど良いのかい?お父さんが凄い形相でこちらを睨んでいるけれど。」

  「……父さん。迷惑掛けたら嫌いになるからね。そんな事する暇があるなら早く事件を解決してよ。」

  「わ、わかった…!」

  「大丈夫みたいです。それじゃあ俺はここら辺で。」

  「ま、待て!せめて入口までは送るぞ!」

  「……はぁ。好きにしたら?」

  立ち上がりお腹を抱えながら部屋を出る。三人で歩くけれど、一応配慮してくれているのか、事件の話は一切無かった。心無しか、周囲の視線が痛く、誰も彼もが恐怖に顔を歪めているように見えるのは気のせいだろうか。

  一応確認のために振り返って見ると、まるで取り繕ったかのようにニッコリと微笑む父が居て、そして彼が隣を歩く大神をギロリと睨みつけると、慌てて取り繕った笑顔を浮かべる大神が、ダラダラと大量の汗を流し始めてしまうのがわかった。…そのうち、どこかで「ひぃ!」と誰かが叫ぶ声が聞こえて、走り去っていく音まで聞こえてきた気がしたのは気の所為だろうか。

  こうなるとやはり勢いに任せて突然職場に押しかけるのは止めておいた方が良かっただろうかと昴は反省する。出会う人出会う人が、顔を引きつらせて大我を見つめ、慌てて深くお辞儀をしていくものだから、やっぱりなんだか怖がられているんじゃないかと不安に思った。

  今後はアポ無しに訪れる事は止めようとこっそり心に誓った昴だった。

  [newpage]

  最後までゴネにゴネて、一緒に帰ろうと説得したものの、最終的には「しつこい!」と昴に一喝され、耳と尻尾を垂らし項垂れた大我。

  タクシーで帰って行った妻であり息子である昴を名残惜しそうにしばらく見送ったその後ろ姿に、恐る恐ると言った様子で大神が声を掛けた。

  きっと酷い八つ当たりを受けるに違いない。そう分かっているものの時間は有限であるし、もうかなり待っている状態だ。これ以上は…と、できるだけ穏便に済むよう話し掛ける。

  もし何か言われたら、先程こっそり昴に内緒話をされた際、大我が職場で恐れられていないかと聞かれて、すごく尊敬されていると伝えたことを教えよう。運命の番に良い情報を与えてやったと聞けば、少しくらい気分を直してくれるかもしれない。

  実際、恐れられているのも事実だが、基本的には尊敬されているので間違い無いはずだ。昴は半信半疑だったが、そこはしっかりとフォローしたのできっと信用してくれたはず。

  そうだ。そうしよう。

  「あのぉ…大我…さん?」

  「…………」

  声を掛けても無反応で、昴が消えた方を、腰に手を当てながら仁王立ちで見つめている大我。声を掛ければ掛けるだけ八つ当たりが強くなりそうな雰囲気があり、もう一度話しかけるのはかなりの勇気が必要だった。

  大神も例に漏れず、長い耳と尻尾を垂らしながら、もう一度改めて声を掛けようとした所で、突然大我が勢いよく振り返ってくる。

  「犬沼美玲の事情聴取からだったな!準備は出来ているんだろう?」

  「は、はい!!」

  その勢いに釣られるよう、大神は姿勢を正して返事を返す。予想外な事に、八つ当たりされる事はなく、大我はいつもと変わらない大我だった。

  もう出産間近という状態の昴を見て、これ以上事件を長引かせる事は出来ないとでも思ったのだろうか。

  それとも散々家に居ない事を指摘されて流石に危機感を抱いたのかもしれない。

  どちらにせよ、何も言われなかったことに、大神はホッと胸を撫で下ろす。

  「調査結果はどうだったんだ?」

  聞かれて、大神は慌てて手元の資料を確認した。調査員達が、犬沼について調べたあらゆる情報がそこに書かれている。

  「それが……調べてみた結果、その経歴に何の問題もない事が分かりました。」

  「何?それは本当か?」

  「はい。偽装された身分であったなら、どこかで不審な点が見つかるかとも思いましたが、そうした部分は見つからなかったと…」

  「…貸してみろ」

  エレベーターに乗りながら、手持ちの資料を大我に手渡す。大我は食い入るようにその資料を上から順番に読んでいき、どこか不審な点はないかと、眉間に皺を寄せながら探していた。

  「……ふぅむ…。一体どうなってるんだ。」

  「……本当に彼女は犬塚京子なのでしょうか?見たところそういった形跡は全く見られません。」

  「……俺の勘が外れたのか?…しかしな。」

  大神の言う通り、資料に不審な点はこれっぽっちも見られない。

  だがしかし、犬沼美玲のクリニックで見た箱詰めの食料は、犬塚京子が所属していた孤児院に贈られた差出人不明の支援物資とあまりにも酷似していたし。

  あんなビルを買い取ってリフォームまで行えるとなれば、以前あの場所で整形外科をしていたという前の所有者と何らかの繋がりがあって、何か融通してもらったと考えるのが妥当だ。身内の知り合いで安く譲ってもらったと言っていたが、それをそのまま鵜呑みにするほど大我は純粋無垢ではない。

  それから香水。……自分で作ったオリジナルと言っていたが、だからこそいくらでも匂いを変えられると言っているに他ならないのだ。事件現場で香ってきたあの時の匂いと違うからと言って疑わない理由にはならないだろう。

  何かがある。彼女は何かを隠している。それさえ分かれば、この事件の謎も解けそうなものなのに、そのたった一手が遠く、思うように捕まらない。

  せめてDNAを手に入れる事が出来れば、それを照合して特定に到れるものを。それをする為には、それ相応の根拠というものが必要になる。

  正攻法で手に入れる事が出来ないのならば、不正捜査ギリギリの手段でそれを手に入れるのが手っ取り早いものだが。

  エレベーターからフロアに降り立った大我は、傍にあったウォーターサーバーから、紙コップに水を汲むと、それを持って犬沼の待つ取調室へと向かっていった。

  ガチャリ…

  防音処理の施された分厚い扉を開けて中に入る。

  そして、入るや否や、中で待っていた犬沼に対して、手に持った紙コップを差し出し、自身も正面へと腰を下ろした。

  「お待たせして申し訳ない。…喉が渇いていませんか?…こちらをどうぞ。」

  「……いえ。そこまで待っておりませんわ。…お構いなく。」

  犬沼は、差し出された水を見下ろしてから、ニッコリと微笑むと、それを遠ざけるように横への避けた。もしそのコップに一口でも口をつけていたら、そこから採取した唾液でDNA検査が出来るものを。

  そう上手くはいかないかと、内心舌打ちをしながら、大我は指を組んで、ニッコリと顔面に笑顔を貼り付けた。

  「そうですか。…実のところ我々は、今現在複数の殺人事件を捜査しておりましてね。そこで改めて貴方に事情聴取をしたいと思い、ここへ呼んだんですよ。」

  「そうなのですか。私に協力出来ることならなんでも聞いて下さって。」

  犬沼は、特に焦った様子もなく、ただ柔らかい笑みを浮かべながらそう呟く。

  出来れば少しでも、その余裕が消えてくれる事を願って、大我は言葉を続けた。

  「……もう十年も前になるんですがね。……実は、今回の犯罪と似たような事件が一度、発生しているんですよ。」

  言いながら、大我は当時の資料をどこからともなく取り出して、犬沼の正面に広げていく。

  当時犬塚京子が殺した男性の写真、黒焦げになり、自殺したと思われた犬塚京子の写真。それから、その後も定期的に行われてきた、今回の事件と関わりがあると思われる殺人の、被害者達の写真。

  まだ犬沼の表情は笑顔のままだ。

  「こちらの男性が、一番初めに今回と類似した殺人方法で殺された男性の写真です。結構なニュースになりましたから、もしかしたら覚えていらっしゃるかもしれませんね。……被害者は全身を何十回と刺され無惨に殺されていました。……完全に[[rb:怨恨 > えんこん]]による殺人です。……当時最も有力な容疑者であった犬塚京子はこの通り、自宅の風呂場で焼身自殺をしたと思われていたのですが、つい最近になって改めて確認したところ、どうやらこの遺体は犬塚京子の遺体では無かったようなんですよ。…彼女の所属する医大に保管された研修用の遺体だったようです。……つまり、彼女は自分の死を偽装して、今もどこかで生きているという訳です。……おそらく、整形し、顔を変え、他人の身分を偽ってね。」

  「……おそろしい話ですわね。」

  「えぇ。とてもね。」

  あえて当時殺された被害者の写る犯行現場の写真を見せたのは、犬沼美玲の反応を見る為だ。無惨にも胸を何度も刺されて殺された被害者の写真や、黒焦げになった身元不明の遺体。他、ここ10年で起こった類似の事件に関する凄惨な写真。

  それを説明されると、流石に犬沼の顔から笑顔は消えるが、しかしこんな酷い死体の写真を見せられているというのに、彼女は怯えるでもなく、ただ真顔で写真を眺めている。

  「そこに来て……このように。ここ10年間で幾つか似たような事件が発生しているんです。どれも犯人は捕まっておらず、明らかに無視できない類似点があって……つまり我々は、死を偽装して生き延びた犬塚京子がこれらの事件に関わっているのではないか?…と、そうアタリを付けて捜査しているんですよ。」

  「……なるほど。…つまり、私がその犬塚京子ではないか…と?」

  「そうなんですか?」

  「……ふふふ。」

  大我の威圧的な吹っかけに、犬沼は小さく笑って首を横に振った。まぁ、ここで簡単に自白するような女でないことはよく分かっている。

  自殺を偽装し、他人を偽って社会に溶け込むような女だ。決定的な証拠を突き付けない限り、とぼけるのを止めることは無いだろう。

  普通自分が疑われたら真っ先に否定するようなものだが、わざわざ聞かれてもいないのに自分に疑いがあるのかと質問してくるあたり、やはりこの女はかなりクサイと大我の本能が告げている。

  遺体を前にして笑っていられる程の余裕があるのも不可解だ。医者だとしても小児科である。このような無惨な死体を見慣れているとは思えない。

  「当然私は、その犬塚さんではございませんわ。……それに刑事さん。確かにこれらの事件、殺され方に類似点があるかもしれませんけれど、その根拠に重大な欠点がある事に気が付いておりませんの?」

  「…………」

  「……そもそも彼らを殺す動機が犬塚さんにはあって?……もしや、その方は快楽殺人者とでも言うのですか?…わざわざ自殺まで装って身を隠したほどのヒトが、こんな風に目立つ事をするなんて、なんだかおかしな話ですわね。」

  「……まるで犬塚の内面を見通しているかのような発言ですね?」

  「……いいえ。そのような事は。……ただ、刑事さんも仰ってましたけれど、私10年前、確かこの事件をニュースで見ましたわ。思い出したんです。……それによると、おっしゃる通り最初の事件は怨恨があったようだというお話でしたけれど。だとしたら、他の四名を殺す意味が私には分からなくて。」

  違うかしら?と犬沼は首を傾げながら白々しく呟いた。真っ赤な口紅のついたマズルが妖艶に歪み、こちらを小馬鹿にしたように見つめている。

  確かに動機は無い。だがしかし、犬塚の当時の心境を思えば、あの出来事をキッカケにαという性そのものに恨みを抱いていたところで何ら不思議は無いのだ。

  まるで、動機は他にあるとでも言いたげな言葉に、大我は眉をしかめて彼女を睨んだ。警察の調査の未熟さを嘲笑っているかのような、そんな態度だ。

  ここで挑発に乗ったところで、相手に情報を与えるだけだと早々に理解した大我は、特に気にした様子も見せず、次の話に移り始める。

  「ところで、話は変わりますが、お宅の病院に置いてあったダンボール。中を確認しましたら、子供向けのお菓子や保存食料。玩具などが入っていましたけれど。……私丁度、とある孤児院で同じような物資が積み上げられているのを見ましてね。……その孤児院はこれまた都合が良い事に、犬塚京子の所属していた孤児院なんですよね。不思議なこともあるもんです。」

  「まぁ…そうだったんですか?…実は全国の孤児院にボランティアで支援物資を送る活動をしていますの。……こう見えて子供が好きでしてね。小児科を志したキッカケでもありますのよ。恵まれない子供達には支援が必要ですものね。あえて名前を隠しているのは変に恩返しなんかしようと意識してほしくないからですわ。」

  まるで初めから用意していましたと言わんばかりの決まりきった台詞だなという印象を受けた。どこまでも上っ面だけの心にもない言葉だ。犬塚京子は内科を学習していた学生だったので、最終的に小児科の医者として振る舞うことも難しくはないだろう。だがしかし、彼女を犬塚京子と確定させる為の決定的な証拠はまだ手に入っていない。

  大我は視線を細めて、このもどかしい気分をどうにかバレないように隠した。

  「まさかその程度の事で、私をその犯人と同一人物にしていらっしゃるの?……少し根拠が乏しいんじゃなくて。刑事さん。」

  「いいえ。貴方を犬塚京子だと断定している訳ではありませんよ。……可能性はありますがね。」

  「経歴でもなんでも調べて頂いて結構ですわ。それで疑いが晴れるのでしたらいくらでも。」

  「………では、一応確認の為に物資を送られている孤児院の名前と住所のリストを下さい。確認させてもらいます。」

  「全てうちで働く事務員に任せてますの。確認させますけれど、このような事になるとは思っていませんでしたから、万が一記録が無くてもよろしくて?」

  「……では、事務員の方の記憶で結構ですから、できるだけ教えていただけると助かります。」

  「……分かりましたわ。」

  この自信の溢れる態度。まるでそんなものはとっくに見越していて対策でもしているかのような余裕に、大我は眉間へと眉を寄せ心の中で悪態をついた。

  正直、写真を見せた時の妙に落ち着いた態度などを見ても、彼女が怪しいのは間違いない。

  それに、まるで挑発でもするかのような言動もまた、確信を得るには充分過ぎるほどの根拠だ。

  唯一予定外だったのは、彼女の経歴が思ったよりも完璧であったこと。

  本来他人に成りすまして生きるには、かなり様々な法の抜け道を使用しなければいけない。

  その時の自分と同様の年齢で、既に亡くなっている人物のIDを奪い取り成りすますのだ。それにしたって、日本は海外のように杜撰な管理形態をしていたり、賄賂などにも厳しいお国柄、身分を偽るのは非常に難しい筈だが。

  それを感じさせない異様な程完璧な経歴。一体どんな方法を使えばこれほどまで他人に成りすますことが出来るのか、少なくとも大我の記憶にその方法は覚えがない。

  「これ以上お話が無いなら、もう帰ってもよろしくて?」

  「………えぇ。問題ありませんよ。」

  「ありがとうございます。」

  これ以上の追求は、今の情報だけだと無理であると踏んだ大我が、犬沼の言葉へ静かに返した。

  悠々と立ち上がった犬沼は、取調室の扉の前でふと立ち止まると、何を思ったのかそこで振り返り、小さく笑う。

  「そういえば、ここに来る前妊婦の方と一緒に歩いておりましたけれど、事件の関係者の方?」

  「……貴方には関係の無いことです。」

  「あら。そうですか?……チラッと見た時に、男性の妊婦さんでしたから驚いてしまったんですの。……男性という事はΩ性であるということでしょう?とても珍しいですものね。」

  「………」

  「刑事さんはαの方?」

  「………何が言いたいのですかな?」

  「ふふ。いいえ。ただの興味本位で。気にしないでくださいまし。」

  そう言うと、犬沼は扉を開け、ハイヒールを高らかに鳴らしながらその場から出ていった。

  どこまでもおちょくられたような気がして、思わず気が立ったように視線が険しいものとなる。

  それに、最後の質問がまた不気味な女だった。

  昴の事を見ていたというのも気味が悪いし、何故昴を気にしたのかというのも気になる。なんだか嫌な予感がして、今にも彼女を殴り飛ばし、何をしようとしているのか白状させたくなるが、そんな気持ちを何とか抑え込むよう腕を組んだ。

  その間にも大神が気まずそうに部屋へと入ってきて、そんな大我を見る。

  「……すいません。調査が不十分なばっかりに。」

  「…いい…とにかくもう一度徹底的に調べるんだ。…あの女が犬塚京子である可能性は限りなく高い。目の前で話していても嘘がプンプンと臭ってくるような女だ。……あの化けの皮を剥がして絶対に逮捕してやる。」

  「……えぇ。観察室から見ていましたが、これだけ酷い死体の写真にも動揺する訳でもなく、あらゆる圧を受けても微動だにしないなんて、正常な人間とは思えません。……普通何かしらの反応があるものです。自分が犯人でなくても動揺したり、怯えたり、緊張で喉が乾いたり。……その癖、一口もコップに口をつけない所を見ると、DNAが取られると分かっていて、あえて無視したに違いありませんね。」

  「……何か、何か隠していることがあるはずだ。……クソ…DNAさえ調べることが出来れば一発で本人だと確定出来るものを…!」

  「もう一度、一から情報を調べ直します。」

  机の下で貧乏揺すりをしながら、大我は牙を噛んで怒りを顕にした。犯人であることを確信しているのに手が届かないこのもどかしさに、どうも冷静な判断が阻害されて仕方がない。

  随分昔にとっくに止めたはずの煙草を吸いたくなって、指が自然と胸ポケットに動いた。そしてはたと気が付き、途中で手を止める。吸っていたのは昴が産まれる前の事だ。前の妻が妊娠したのをキッカケに、自分の身体にも悪いからと思ってやめたのである。今更また吸い始めるのも気が引けて、大我はその気持ちを抑え込むよう咳払いを一つすると、その場から立ち上がり、取調室を後にする。

  とにかく、一つ一つの謎を丁寧に解決していくしかない。

  大我は、今一度興奮した脳を落ち着かせるように深呼吸すると、自身もまた、新たに始まった調査の列の中へと加わっていくのだった。

  [newpage]

  ピンポーン…

  滅多に鳴らない家のインターホンが鳴り響いて、昴は身重の身体を引きずるようにしながら立ち上がり、玄関の方へと歩いていった。

  ピンポーン…ピンポンピンポン…

  「はーい、待ってください。今出ます。」

  全くこの程度待たせたくらいでいちいち[[rb:忙 > せわ]]しない事だと、内心悪態をつきながら、サンダルを吐いて扉を開けると、そこに居たのは少し見上げるくらいの長身の女性。

  「え?……貴方は…」

  トイプードル獣人の女性だ。

  ちょっと前に偶然道端で出会い、優しく介抱してくれた女性。

  そして、今日向かった警察署でも、何やら奥の方で調査員に連れられている所を目が合った。例の女性。

  「こんばんは。ちょっとよろしいかしら?」

  「え?…はぁ……?何の用ですか?」

  「いえね、対した用事じゃないんですけれど。」

  女は扉を潜り抜けて中に入るなり、周りを観察するようにぐるりと見回してそう呟いた。

  何やらポケットからゴム手袋のようなものを取り出し、テキパキとそれを手に着用しているのが見える。

  一体何をしているのだろうか。そんな不安を他所に、彼女はニッコリと微笑むと、懐から突然注射器のようなものを取り出して、それを慣れたように持ち上げた。

  「大人しくしてくださる?……手荒な事はしたくないの。特に貴方、妊娠してるでしょ?」

  「は?」

  非常に穏やかで優しげな口調なのに、言っていることが意味不明で、思わず昴は眉間に皺を寄せた。

  元よりΩという性に振り回され、色々な迫害を受けてきた人生なのだ。どちらかというと昴の素の気性は荒い方で、声にもガラの悪さが滲み出ている。

  「貴重なΩの性だもの。ぜひ研究の為に色々とサンプルが欲しいのよ。だから殺しはしないわ。安心して。」

  「何言ってんだアンタ。…近寄るな!」

  「ふふ、そんなお腹じゃ満足に動けないでしょ。時間の問題なんだから、痛い思いをする前に素直になった方がイイと思うけれど?」

  「来るな!!あっちに行け!!」

  「あら……もう、仕方ないわね。」

  咄嗟に傍に立てかけてあったベビーカーを持ち上げ、それを勢いよく投げつけた。ガシャリと女の後ろにあった玄関の窓ガラスが割れて破片が飛び散る。思わぬ身のこなしの軽さでサッと避けられてしまったのだ

  しかし、そんな事にもめげず、すぐさま踵を返した昴は、そのまま何とか全力で走って居間に向かうと、スマホを手に取って電話を掛けようとする。けれど、遠くから飛んできたベビーカーがそれを阻止した。

  腕に当たったせいで携帯が跳ねて地面に転がる。

  「うあっ!」

  「大人しくして。いい子だから。」

  「ふざけんなキチガイババア!!」

  傍にある様々な物を投げて応戦した。ティッシュの箱、リモコン、コップ、皿。

  その内の一つが勢いよく女の顔に当たって怯むと、これ幸いとばかりに床へ落ちたスマホへと駆け出して、すぐに110番通報した。

  割れた皿の破片が女を傷付け、その顔面に一筋の赤い線を作っている。

  「痛いわねぇ〜〜……」

  「…クソ…クソ…早く出ろ!」

  思ったよりもコール音が長くて、繋がるのに時間が掛かる。はやる気持ちで応答の言葉を待つけれど、まるで数十倍にも時間が圧縮されるように、何もかもが遅く感じてしまう。

  『もしもし、こちら110番通報です。どうなさいましたか?』

  「今、家に変なッッ――ぁ゛っ…こんな…時にっ…」

  「全く悪い子ねぇ。ほら、大人しくなさい!」

  「がっ…!?あっ……!?」

  ようやく応答の声が出たと思って気が抜けたせいもあったかもしれない。

  どうにか状況を話そうとして、頭の中で整理できてない言葉を紡ごうとしたけれど、しかしそこで突然、腹を内側から強く蹴られる感触がし、昴は呻き声を上げて蹲ってしまう。

  その一瞬の隙が決定的な瞬間となり、すぐさま横に来ていた女が携帯を手から叩き落とすと、昴の髪を後ろから乱暴に掴んで持ち上げた。

  そして、手に持っていた注射器を首に容赦なく突き刺すと、その瞬間、目の前がまるでゆらゆらゆがむように変形していき、意識が朦朧と霞みがかっていく。

  「父……さ…」

  バキッという激しい音が聞こえて、地面に落ちた携帯を足で壊されたのだと何となく分かった。

  どうにか定まらない意識で最後に助けを呼ぼうとするけれど、瞬間、項垂れるように身体がその場にへたりこんで、瞼が痙攣しながら閉じていく。

  いつしかあっという間に意識を失ってしまった。

  最終的に感じたのは、女に腕を引かれて床を引きずられていく、その嫌な感触ばかりだった。

  「私はやってない!!…これは…これは誰かの陰謀よ!嵌められたんだわ!」

  「そうは言うが、もうアンタが尾猿健二を殺したって言う証拠は出てる。……そして、旦那に隠れて弟の健二と浮気していたという裏付けの写真もな。」

  「っ……!?」

  大我がそう言って乱雑に机の上へとばら蒔いたのは、尾猿飛鳥の弟、尾猿健二と腕を組んでホテルから出てくる妻、優子の姿であった。

  いつか尾猿飛鳥に関するスクープ記事として売り出そうとしていた週刊誌の雑誌記者が撮った写真だったのだが、当の本人が亡くなってしまった為に価値が無くなったとして提供してくれたモノだ。

  他にも、事件当日、犯行現場の近くのスーパーで尾猿健二と共に買い物をしている優子の姿が監視カメラに映っているのが確認されている。当然その時使われたクレジットカードの履歴も調査済みだ。

  犯行に使用された睡眠薬と同様の薬が医者から処方されている事も既に判明しているし、現場に残された僅かなDNAからも、今回採取させてもらった尾猿優子と合致する結果が出ている。被害者の爪の間からは、犯人を僅かに引っ掻いた抵抗の跡が見られ、そこに残されたDNAも優子のものだった。これだけの薬を飲まされたら一気に意識が混濁するだろうし、何かおかしいとでも思ったのだろう。薬を盛られたと察知した被害者は、最後の最後に犯人へと手を伸ばし、どこかを軽く引っ掻いて抵抗しようとした。思ったより争った形跡が無かったのは薬のせいで意識が朦朧としていたからであって、やらなかった訳では無かったという事である。

  以上の証拠から、どう足掻いても彼女が自らの義弟である尾猿健二を殺したという事実は、疑いようもない真実だった。特に被害者の爪から凝固した優子の血液が、DNAとして検出されたのが非常に大きい決め手である。

  とはいえ、問題はその動機だ。

  「さて、ここまで来たらもう観念して打ち明けた方がいいだろう。……なぜアンタは尾猿健二を殺した?……それは尾猿飛鳥殺害と関わる秘密を知られたからか?……それとも、浮気をしていたら相続されるはずの遺産が貰えないとでも思ったから?……正直に話した方が、裁判での心象も良くなるぞ?」

  「……く…、べ、弁護士を…っ」

  「呼んだって構わないが、言った通り既にアンタが犯人であるという事は証拠から見ても明らかだ。今更弁護士を呼んだところで、どうせ大した時間稼ぎにもならん。……陪審員達も、この証拠の数々を見たら疑いようもなくアンタが犯人だと気付くだろう。……ウチの検事だって馬鹿じゃないんだ。どんなに優秀な弁護士をつけたって無駄なモノは無駄だ。」

  机に両手を置き、上から威圧するようにそう突き付けると、僅かに開いた唇を痙攣させ、見開いた瞳の中の瞳孔を揺らしていた尾猿優子は、もう後が無いと理解したかのように、ギュッと目を瞑った。

  スカートの裾を強く握り締めて、その後観念したように脱力する。

  彼女は俯き、暗い表情に顔を曇らせながら、ぽつりぽつりと、今回の事件の顛末について話し始めた。

  「……初めは…ただの好奇心からだった。」

  仕事に夢中で留守にしがちの夫。一人では無駄に広いマンションの一室で繰り広げられる変わらない日々。金だけを与えられて暇を持て余していた優子であったが、心はどこか空虚なままだった。

  初めは確かに夫である飛鳥を愛していた。彼の仕事の熱意に憧れて交際する事になり、そして結婚まで漕ぎ着けたけれど。しかし思っていたよりも生活は虚しくて、すぐに彼に対する熱は[[rb:萎 > しぼ]]んでいってしまった。

  それでもせっかく結婚したのだからと、優子自身も努力して、仕事に夢中な旦那を影から支える謙虚な妻になろうと思ったが……無理だったのだ。家に帰ってきても仕事の話ばかりする飛鳥にイライラが募り、結婚したにも関わらず家族としての責務を全うしない彼に、優子はウンザリしていた。

  その話を聞いて、昴に同様の環境を強いている大我の表情が僅かに曇る。

  自分もまた、仕事を言い訳にして妊娠中の妻を家に一人置き去りにしている。先日昴に直接言われた言葉が胸にまだ刺さったままだ。

  「……そんな時、結婚式や披露宴でしか会わなかった彼の弟が突然現れて、状況が変わったの。」

  尾猿健二は、飛鳥とは違い危険な魅力に溢れた男性であった。サングラスに薄い柄物のシャツを着用して、首にはギラギラと輝く金色のネックレス。一目で軽薄な男だと分かるくらいには、女慣れしているような見た目であった。

  実際、家に突然現れた健二は、兄である飛鳥が居らず、暇を持て余していた優子を見ると、まるで獲物でも見つけたかのように彼女下から上まで舐めるように見つめて笑った。

  強引に玄関から家の中に入られ、馴れ馴れしく乱暴に肩を抱かれて、まるで洗脳されるように耳元で様々な言葉を呟かれる。

  ――オレだったらそんな思いさせないのに。

  ――結婚した癖に家に帰ってこない兄貴なんざ最低だ。捨てちまえ。

  ――もう随分と欲求不満なんだろ?俺が相手をしてやろうか?

  煙草と、キツいコロンの匂いに促されるまま、あれよあれよと流されて、結果行為に及んでしまっていた。

  女の相手に慣れているだけあって、健二の手管は優れており、危険な男の味を初めて知ってしまった優子は、そのまま溺れるようにその快楽へズブズブと沈んでいくことになる。

  「それで…関係が続く内に、彼の要求も大きくなっていったわ。……あの人はお金が目当てでアタシに近づいたの。…まぁ、そんな事は初めから分かっていたけれど。」

  「………」

  会う度会う度金をせびられた。

  見た目に違わず非常に金遣いの荒い男で、裏の賭博やそこで積み重ねた借金の返済に、どんどん口座から金が消えていった。

  当然そんな事をしていたら旦那である飛鳥にもいつかその異常は伝わってしまう。

  浮気をしている事は何とか隠したけれど、こっぴどく荒い金遣いを怒鳴られた優子は、その時、とうとう抑え込んでいた感情が溢れて、飛鳥の殺人を目論んだのだという。

  「浮気がバレたら離婚されるわ。お金が使えないと分かったら健二はアタシから離れていく。だからアタシは飛鳥の遺産を手に入れようと、友人の伝手を使って裏のインターネットに接続し、そこで殺人の依頼をしたの。」

  「殺人の依頼だと?」

  「本当に返事が帰ってくるなんて思わなかった。サイトから連絡したら、メールで詳細な計画が送られてきて、成功報酬は一千万だと言われた。……前払いが必要じゃなかったから軽い気持ちで受けたら、本当に計画に書かれていたような事が彼の身に起こり始めたのよ。」

  「そのメールは?」

  「当然消したわ。そういう指示だったから。………彼から甘い匂いがするようになったのもその時から。…そして飛鳥の様子が徐々に情緒不安定になっていって、計画が上手くいっている事を知った。」

  αである飛鳥は、日に日に集中が維持できなくなっていき、どこか情緒不安定で、語り掛けても上の空になる事が多くなっていった。そして、時折狂ったようにテンションが上がったり下がったりと、見ているだけで異常なのはよく分かった。

  挙句の果てには、運命がどうだのという話ばかりするようになり、目の下には隈が目立つようになって、まるで何かに取り憑かれているかのようだったという。

  「異常に気がついたのはアタシだけじゃなかった。健二はアタシだけじゃなく、時折飛鳥にも会いに行っていたから、実の兄が狂い始めてる事に薄々勘づいていたみたい。それでも確証が無かったんでしょうね。…結局彼が死ぬまで、おかしくなっている事実を確信する事はできなかった。……彼が職場で殺されたと知った時、思ったよりもショックを受けたみたいで、会いたいと言われた。……アタシは彼に会いに行って、愚かにも真相を話してしまったの。だって、喜んでくれると思ったから。……アイツが好きなお金が沢山使えるようになるんだって説得もした。だけど健二は怒り狂ってアタシを酷く罵倒したのよ。」

  その後、何とか落ち着いた健二と共に彼のアパートへと向かい、彼の口から警察へ情報が漏れる事を懸念して、優子は作ったカレーに大量の薬を仕込むと、彼を昏倒させて殺してしまった。

  殺し屋に依頼してから良心の呵責があり、不安定になった心を薬で誤魔化すため、医者から鎮静剤を処方されていた優子は、最終的には自身が捕まる危険を恐れて浮気相手を手に掛けたのだ。――自身の保身の為だけに。

  結局、夫も失い、好きになった男も自分の意思で手に掛けた。救いようのない女が一人残っただけだった。

  「愛してたのに…っ!全部アイツの為にやった事だったのにっ…!」

  「……尾猿優子、アンタを尾猿健二殺害の容疑、及び尾猿飛鳥に対する殺人教唆の罪で逮捕する。……あんたが愛していたのは殺された二人どちらでもない。自分自身だ。……結局あんたは、可哀想な自分という存在に酔いしれただけの、身勝手で自己中な愚か者だったわけだ。…自業自得だな。」

  「うあああああ…ッッ!!」

  最後の最後に後悔してももう遅い。両手で顔を覆い、泣き崩れた女を、警官達が手錠を掛けて連れていく。

  これによって、本来の事件の裏で行われていたもう一つの事件が解決したという事になる。そして更に興味深い事に、殺人を依頼したという優子の証言から、また一歩、表の犯行に繋がる決定的な情報が得られた事で、事件は更に佳境を迎える事となった。

  [newpage]

  「う…ん…っ」

  どれくらい意識を失っていたのだろうか。

  ゆっくりと瞼を持ち上げ、目の前を見つめると、そこは薄暗い蛍光灯の光が僅かに灯る、冷たい部屋の中であった。

  上半身を持ち上げて身体を起こすと、ズキリと頭が傷んで額に手を当てる。

  昴は、瞬間、確か、突然家にやってきたあの医者の女に襲われて、意識を失ったのだと思い出した。

  「……目を覚ましたみたいですね。」

  「っ…誰だ!?」

  「…………」

  ふと、暗闇の中から声がして、そちらへと振り向いた。

  部屋の奥の方、最も暗い一角から姿を現したのは、見慣れない人間の青年で。

  「警戒しないで下さい。……貴方もあの女に攫われたクチでしょ?」

  「……アンタ…誰だよ。」

  「僕も攫われた被害者の一人ですよ。……本当はアイツを殺せたら良かったのに。……失敗しちゃいましてね。」

  そう物騒な事を呟く青年は、自嘲気味にフッと小さく笑って、昴の正面にゆっくりと腰を下ろした。

  よく見ると、コメカミの辺りに酷い青痣がある。殴られたのだろうか。

  あの女の仲間であるという疑いは晴れないものの、こんな狭い部屋の中で二人閉じ込められてしまった以上、抵抗する事もあまり出来そうになく、ただ昴は警戒したように距離を空け、その青年を睨み付けていた。

  「……貴方、男なのに妊娠してるって事は、Ωでしょ?……次のターゲットの配偶者か何かなのかな?…災難だね。…あ、でもお得意の色仕掛けは効かないか。番のいる相手だし。」

  「……何の話だ。」

  「あー…………ま、普通は知らない事だよね。」

  青年がそう言って、何もかも諦めたかのように小さく息を吐いた。

  今さら話した所で何もかも無駄だとでも思ったのか、それ以降口を[[rb:噤 > つぐ]]むと、二人の間にはただ静かな沈黙だけが流れ始める。

  昴はお腹を抱えながらおもむろに立ち上がると、部屋にある鉄の扉の前へと近づいていって、ドアノブをガチャガチャと鳴らした。

  「……無駄だよ。僕だって散々試したけど、この部屋から出る方法はない。」

  「チッ…うっ…」

  青年の言葉に、昴は舌打ちをして、ガンと扉を軽く蹴る。すると、ここに来てまた陣痛が起こり、昴はその場に呻きながら[[rb:蹲 > うずくま]]った。痛みはこれまで以上に長く続き、嫌な汗がダラダラと額から零れていく。どれだけ時間が経過したのか分からないが、このような状況が続くと何かマズイような気がした。

  「大丈夫?」

  「はぁ……はぁ……」

  昴は、青年の言葉を無視して、そのまま仰向けに寝転がった。身体がダルくて動くのも億劫に感じる。どうにか助けを呼ばなければ、このままだとここで赤ん坊が生まれてしまう事になってしまいそうだ。当然、出産はそんな簡単に出来るようなことでは無い。この場所には、道具も無ければ人手も無いのだから、場合によっては死産する可能性だってある。

  「……どうにか……助けを呼ばないと……」

  「どうにかって……どうやって……」

  「うるさい!!お前も考えるんだよ!!」

  「ひっ……」

  青年の言葉に、昴が恐ろしい程の形相でそう叫び、彼はビクリと肩を震わせて驚いてしまった。

  昴にとっては、もう冷静を装っていられる程の余裕は無い状況である。今にも赤ん坊が生まれるかも知れないと言うのに、こんな薄暗い部屋の中で縮こまっているわけにはいかないのだ。

  二人の懸命な脱出劇が、いま幕を開ける。

  「……おかしいな。」

  「どうかしましたか大我さん。」

  「ん?…あぁ…そうだな。……昴に昨日から送ったメッセージの反応が無いんだ。今も何度か送ってるんだが……」

  「眠っているとか?」

  「いつもなら起きてる時間だ。昨日だって深夜に送った訳じゃないんだぞ。適当な事を言うな!」

  「…っす、すいません。」

  珍しく、デスクに座った大我が、机の下で貧乏揺すりをし、手にしたスマホの画面を見つめて、苛立ったように眉をひそめていた。

  昨日のおやすみのメッセージから、今日のおはよう。そして、今現在の起きているか?というメッセージに対して、昴からの応答が無い……というより、既読にならないというのが正しいだろうか。

  いつもなら、返答こそ帰ってこないものの、必ず既読だけは付くはずなのに。今まで一度もなかった事態に、大我は嫌な予感と苛立ちが止まらない。

  「……そんなに心配なら、一度帰った方がいいんじゃないですか?」

  「む…だが……」

  「風邪で寝込んでいたりしたら大変ですよ?…尾猿優子が捕まった事で、だいぶ手の空いた警官も居ますし、大我さん一人くらいの抜けならカバー出来ます。」

  「……そうか。悪いな。」

  大神の言葉を聞いて、一瞬悩んだものの、確かに現状は手の空いた職員が多くいる事で、多少捜査にも余裕が出来ている事を思い出す。

  それに、結局のところ前に昴から言われた言葉が今も頭の中にズシリと重たくのしかかっていた。ちょっと前に聞いた尾猿優子の話も、身に覚えのある事ばかりで、なんだか自分が責められているような、そんな気がしたくらいだ。

  自分は決して、仕事ばかりで運命を蔑ろにする‪α‬ではありたくない。妊娠する妻を放っておいて、出産に立ち会えないなど以ての外だ。この調子で仕事にうつつを抜かしていたら、出産した後も、昴が浮気していつの間にかどこかに消えている…なんて事になりかねないと考えると、大我はいても立っても居られなくなって、すぐに立ち上がった。

  気遣ってくれた彼に感謝しつつ、椅子に掛けたコートを手に取り、それを羽織った大我は、急ぎ足でその場から歩き出すと、そのまま素早く自宅へ向かって車を走らせた。

  運転して20分程度の距離。実際には気持ちがはやって大分早く到着してしまった。

  しかし自宅に着くと、すぐその違和感…割れた玄関のガラスを見つけて大我は立ち尽くし絶句する。

  ハッとすぐに思い立ち、慌てて駆け出しながら乱暴に扉を開けると、中はあらゆる物が散乱しており、明らかに何か抵抗があったかのような跡がある事に気が付く。

  「昴ーー!!」

  家全体が震える程の大声で叫ぶけれども、当然反応はない。

  散らばった雑貨の跡を辿るように居間に辿り着くと、そこに落ちていたのは昴のスマホであり…。

  ゾッと背筋が凍るような思いがした。

  運命のΩを失ってしまうかもしれないという悪い予感だけで、身体中から生きて行く為の活力が霧散していくような気配がする。

  胸の動悸が激しくなり、焦りが心の余裕を無くしていく。

  ――駄目だ。こういう時こそ冷静にならなければ。

  大我は自分自身にそう言い聞かせると、その場から立ち上がり、冷静に周囲を見渡す。

  明らかな抵抗の後、しかし何か物を漁られたような形跡が無いことから、金目の物を狙った強盗ではないとすぐに理解出来た。

  つまり、犯人は初めから昴を狙ってこの家にやってきたという事になる。

  何故だ…?何が目的でそんな事を…?

  と、考えたところで、ふと、こう言った緊急事態に備える為、大我は家に隠しカメラを仕掛けていたことを思い出した。

  元よりストーカー気質のある男だ。昴が家にやってきて一緒に暮らす事となった際に、万が一に備えて準備していた物が、まさか本当に役に立つだなんて考えてもみなかった。

  確か、食器棚の端に…。そう思って、居間から廊下を広範囲で監視できる位置に置いた隠しカメラを確認し、中に収められたSDカードを取り出す。

  スマホにそれを挿入すると、最新のデータを確認してみた。

  それを見た瞬間、大我の頭の奥で、何かがブチリとちぎれるような音が響いたのだ。

  「今持ってる…物は…?」

  「…え、えぇと…ポケットに入ってたガムと…電池と…それから、そこら辺に落ちてた金属の欠片に…運ばれてきた食事…というか、コンビニ弁当の空…」

  「はぁ……はぁ……それ……以外は?」

  「そ、それ以外は何も……もしかして、もう少しで産まれるとか…言わないよね?」

  「知らないけど…陣痛の感覚が…どんどん早まってる…」

  「そ、それって産まれる前兆じゃん!映画とかで聞いた事あるもん!」

  薄暗い鉄の部屋の中、目を覚ましてから数時間が経過し、昴はもはや息も絶え絶えに寝そべっていた。

  嫌な予感はこういう時ばかり的中するもので、いつしか陣痛の感覚は短く、徐々に痛みは激しいものとなっている。

  それでもまだ破水していないだけマシだ。それが来たらとうとう産まれる直前という事になり、もはやタイムオーバー。赤ん坊の命の保証は無くなってしまう。

  傍で見ていた青年は、焦ったように昴を見下ろして眉を八の字にしていた。

  「……どうにか…出られなくても…っ……助けを…っ」

  「そ、そうしたいのは山々だけど…っ」

  昴の言い分を聞いてやりたいと思う一方で、青年はこの状況を打破する術を知らずに戸惑うしかない。

  昴よりも遙かに前からこの場所に監禁されていて、やれる事など大抵全て試し尽くしたのだ。

  どうやら部屋は誰の目にも触れられない地下にあるのか、外からの音も聞こえなければ、こちらの声も当然聞こえるとは思えなかった。

  とはいえ、どうにかして脱出しなければ、最悪目の前の相手は死んでしまうかもしれない。青年は改めて部屋の中を見渡し、どうにか脱出、もしくは助けを呼べないかと画策する。

  「トイレ…には便器以外何も無いし…。金属屑は大きすぎて鍵穴に入ったりもしないし…っ」

  木でできた割り箸を削って鍵にしようとも思ったが、恐らく耐久力不足で、鍵穴の中で折れる可能性がある。そうなったらいよいよ脱出への糸口が無くなってしまうため、下手なことはできなかった。

  「配膳用のエレベーター……これがどうにか使えたら良いのに…」

  それは上から食事が運ばれてくる小さなエレベーターであった。何か脱出や救出の助けになるのはこれくらいしか思い浮かばないが、そのエレベーターは人間の頭より少し大きいくらいの面積しかなく、当然のように中に入って脱出するなんて事は出来ようもない。

  一応こちらから上へ上げるボタンはあるのだけど、ただ上げた所で意味など全くないし。

  「う゛〜〜ッッ…あ゛〜〜!!」

  「っ!?……だ、大丈夫!?」

  「ぐぅ〜っ!はっ…はっ…ッッ!!」

  そうこうしているウチにも、昴は激しい呻き声を上げており、全身にはビッシリと玉のような汗を掻いて辛そうに歯を食いしばっていた。

  それを見ていると、青年の方も焦りが強まって、とにかく何かどうにかしないとマズイという気持ちに追いやられていく。

  誰か助けて…!と心の中で叫ぶと、決まって出てくるのは頼りないパンダ獣人の困ったように笑う笑顔で。

  本当なら、あの時電話が来た時点で行き先を告げておけば良かった。

  けれど、彼のオフィスで、犬獣人の女……犬塚京子が容疑者に挙がっているとわかった時、どうしても彼女に自分の手で復讐したくなる気持ちを抑えきれなかった。

  自分の幼なじみで親友である獅子と、大好きだった叔父を殺された恨み。

  犬獣人と聞いてピンと来たのは、叔父から写真でその姿を見せてもらっていたからだ。叔父は彼女が隠したがっているからと言って相手を言わなかったけれど、彼の状況が、五年前の獅子の時と同様、運命の番を見つけたと浮き足立って、おかしくなっていったあの時とあまりにも酷似していたから、無理矢理聞き出すことにした。

  何を言っても別れようとしない叔父は、結局親友の時と同じような殺され方で殺されてしまって。

  確証は無かったけれど、都合よく笹田のオフィスで見かけた資料に載っていた情報から、犯人が整形して姿を変えた犬塚…つまり犬沼美玲…叔父と隠れて付き合っていたあの女だと気付いた青年は、彼女を殺そうと、奇襲を仕掛けた。

  けれど結局、それは失敗してしまい。

  今は時期が悪いからと殺される事は無かったけれど、そのままこの部屋まで連れてこられ監禁された。

  叔父も同様にこの場所に連れてこられ殺されたらしい。

  薄暗い部屋の壁には、血が噴出したような跡が残っており、犬沼は、自分を心の底まで信用しきっていた男が、突然首の動脈を切られて、わけも分からず死ぬ姿はとても面白かったと、煽られるように扉の向こう側で呟いていた。

  叔父の目は、どうして、何故、と、絶望に染まりながら犬沼を見つめ、そのまま倒れて亡くなったらしい。犬沼はその状況を事細かく説明すると、あとはさっさと高らかに笑い声をあげながら去っていってしまった。

  残された青年はただ、悔しさに涙を流してその場に手をつき[[rb:蹲 > うずくま]]ってしまって…。

  彼女を殺し終わったら、笹田に逮捕してもらうつもりだった。それをするのはきっと酷だろうけれど、彼以外の手に掛かって逮捕されるのは嫌だった。

  だからあの時、時間を決めて会いに行こうと思ったのも本気だったのだ。

  けれど、結局彼女に反撃されてしまった青年は、この部屋に幽閉され、彼に想いを告げることも出来ず離れ離れになってしまった。

  本当は、自分がΩになってしまって、笹田が運命のαになったのだと、復讐を決意する前は、そう報告する覚悟もあったのだけれど……。

  笹田に出会って、βだった青年は、いつしかΩに変化していた。それは、運命に出会えた肉体が、彼に見合うよう身体を作り替えたからであり、肉体の不調から病院を受診した際にわかった新事実だ。珍しい事ではあるが、過去には事例として残っているのでありえない事ではないらしい。

  確かにいつしか笹田を本気で好きになってしまっていたのは事実だが、その結果Ωになってしまうなんて。

  驚きと、期待と、動揺と、喜び。複雑な気持ちではあったけれど、それでも結局、青年は二人も大切な人物を殺した相手に復讐する事を第一として選択し、その結末がこの有様というわけである。

  きっと今頃、笹田は青年に裏切られたと酷く傷付いているかもしれない。

  まぁ、こうなってしまっている時点で、あながちそれも間違いではないのかもしれないけれど。

  [newpage]

  ピンポーン…

  自宅のチャイムが鳴り響いて、自宅待機を警察から命じられていた犬沼美玲は、手にした本から顔を上げた。

  ピンポーン…ピンポッピンポーン…

  忙しないチャイムの音に急かされるよう廊下に出ると、扉の向こう側から声が聞こえてくる。

  「犬沼さん。そこに居るのは分かっている。扉を開けなさい。」

  「……あら、刑事さん。」

  分厚いマンションの扉に阻まれ、少しくぐもった低い声が聞こえた。その聞き馴染みのある声は、犬沼にとって厄介な相手であると同時に、10年前から因縁がある相手でもある。

  「申し訳ないですけれど少し待ってくださるかしら?」

  「………」

  犬沼はそう叫ぶと、キッチンに向かって、そこにある包丁を手に取る。そしてそれを背中に隠すようにしながら持ち、また廊下へと向かった。

  こんな事をするのは、もはや自分があの虎の刑事から逃げられないと半ば諦めている節があるからである。

  犬塚京子という本当の人生を捨ててから、これまで慎重に今の地位を築いてきた。

  αの役員にとある方法で取り入り、偽物のIDを完璧な方法で作り出し、犬沼美玲という女の人生を手に入れて…。

  沢山のαを殺した。10年前のあの日。浮気した自らの恋人を殺したあの時から、αという性そのものに恨みを抱き、殺人という快楽を知ってしまって…。

  ダークウェブにサイトまで作って、殺し屋のような職業についたのは、当然金稼ぎの目的もあったけれど、それ以上にαの男を殺したいという欲望に逆らえなかったからである。

  これまで順調にやってきたのに。まさかここに来てまたあの男……虎尾大我と出会うだなんて。とうとう神の裁きが訪れたのかと思ったほどだ。

  噂では警察を辞めたという話だったのに。いつの間にか復職していて、そしてまたしても、自分の喉までその手を伸ばしてきた最も忌むべき優秀なα。

  用意周到に姿を隠していたというのに、どうやって辿り着いたのか、犬沼美玲という仮面の元へやってきた男を見て、その時からもうこうなる事は予想していたように思う。

  唯一僥倖だったのは、彼のΩと思われる青年と偶然出会う事が出来ていたことだろうか。

  彼の手によって徹底的に調べられれば、おそらく自分が犬塚京子であることはそう遠くない未来にバレてしまうことだろう。

  だからこそ、そうなる前に手を打ったのだが…。

  「もう少しお待ちになって…!」

  どうにかあの男の喉笛に、この刃物を突き立てられたら良いのだが。

  そんな事を考えているウチに――

  ドガァッ!

  「キャッ!?」

  「開けろと言ってる内にすぐ開けんか…」

  目の前の扉が内側に吹き飛び、片脚を上げた虎の男が見えた。頑丈だった筈の扉は、金具がひしゃげて重々しく倒れており、廊下の中ほどまで吹っ飛ばされてしまっている。

  白虎――虎尾大我は、こめかみに血管を浮かべ、鋭く据わった恐ろしい視線で、蔑むように廊下の奥で尻餅をつく犬沼を睨みつけていた。

  あまりにも唐突に目の前で起こった突拍子もない出来事に、流石の犬沼も唖然と、驚くことしか出来ていない。

  「俺のΩはどこだ…」

  「な、何を言っていますの?…それよりこんな事をして…っ」

  「いいか?俺がこうして優しく聞いている内に話せば悪いようにはせん。……もう一度聞く。……昴をどこにやった。」

  「……っ」

  まるで地響きの音でも鳴り響いているかのような低い声だった。殺意を隠そうともしない冷たい瞳で睨みつけられ、犬沼は恐怖に顔を引き攣らせる。

  これまで相手にしてきたαの中でも特別優れたα。武力と頭脳に優れ、他のαからでさえ絶大な信頼を寄せられるαの中のα。そんな大我の本気の殺意をその身に浴びて、理性を保っていられるだけでも褒められた事だろう。一生自慢にして良いくらいだ。

  とはいえそれも、たった数秒の内に瓦解したようだが。

  「あ…っ…ああああああああああ!!!!」

  「………」

  錯乱した犬沼は、その場から何とか立ち上がると、背中に隠し持っていた包丁を震える両手で構え、ただがむしゃらに駆け出した。

  当然、そのような無茶な特攻など、日頃から対人戦に備えている大我の相手にはならない。

  「がっ!?ぶっ…っ!?…かはっ!」

  「どこで俺の家を知ったかは知らんが、今はそんな事どうでもいい。………言え。……俺の妻をどこに隠した。貴様が犯人である事は隠しカメラの映像で分かってる。……俺の気が変わらん内に吐け!」

  構えた包丁は弾かれ、腕を捻り上げられて壁に押し付けられた。

  ガランと床に鉄の落ちる音がし、腕は背中で畳まれる。後頭部を捕まれ、痛い程強く顔面を壁に押し付けられて、犬沼は掠れた声を出した。

  「わ…私に何かしたら…あ、貴方のΩは…っ…ぎぃ!」

  「良いか?…勘違いしているようなら教えてやる。…俺がここに来たのは警察の務めでも何でもない。俺個人の意思だ。……倫理観なんざ、俺のΩを助けるためなら糞溜めに吐いて棄ててやる。……貴様をここで拷問したって、部下共には幾らでも言い訳は効くんだよ。……最後のチャンスだ。……昴の場所を言えっ!!」

  「ふ……ふふ……アハハハハ!!あの子を家に一人残したのは自分の癖にっ!!本当に都合がいいのねαって!?そんなに必死になって探すくらいなら、初めから一人になんかしなければよろしかったのに…!アハハ!アハハハハ!!」

  「………」

  牙を剥き出し、耳元で喉を唸らせるように呟く大我。

  その言葉を聞いて、突然吹き出したように笑い始めた犬沼は命知らずにもそう吐き捨てた。どうやら激しい痛みのせいで逆に冷静になってしまったようだ。……当然、もはや大我にこれ以上温情を施す義理など無い。

  ボキッ…

  「ッ…!?ギャアアアア!!!」

  「言え。言わなければ一本ずつ骨を折る。」

  「はぁ…っ…はぁ…っ!?」

  「二本目。」

  「ッッ…嫌ぁぁぁアアアアア!」

  「言え。」

  そうしてしばらくの間、女の悲鳴が途絶える事はなかった。

  大きな音がして、それから女の悲鳴が聞こえるという通報が警察に届いた後、丁度折良く大我から大神に連絡が届き、犬沼美玲が犯行を自白した為捕まえろという指示が届いた。

  「え!?自白したって…事件の犯人だって事ですか!?そ、それは急展開過ぎじゃ…」

  『詳しく説明してる暇は無い。俺は犬沼の病院に囚われた人質を解放する。処理が済んだら来てくれ』

  「え!?大我さん!?人質って…!?大我さ…っ…」

  途中で切られた携帯。折り返してもそれ以降繋がる事はなく、結局半信半疑で部下に指示を出し、犬沼の住所に向かうと、家の扉は壊されていて、玄関先には泡を噴いて気絶する犬沼の姿があり戸惑った。

  その傍には包丁が落ちており、大我が言っていた通り、刃物を向けられたと言う話は真実のようで、命に別状は無いようだが、犬沼の片腕はあらぬ方向にひしゃげて、骨がグチャグチャに複雑骨折してしまっていた。一体どのように戦ったらそのような惨状になるのかと、流石の捜査官達も唖然とするばかりである。

  実際には大我が一方的に拷問を施しただけであるが、どちらにせよこれを機に、犬沼の血液や体毛からDNAを採取して検査すれば、彼女が犬塚京子の整形した姿だと判明するだろうし、自宅のパソコンから殺しの依頼を受けていた証拠も見つかるだろう。

  そしてついでに、αの感覚を麻痺させ、対象をΩと誤認させる特殊成分の含まれたフェロモンが、彼女の手作りである一部の香水から検出されたと分かったなら、犯行の方法にも想像がつくというものである。

  どうやってそのような薬品を開発したのかは、そのうち彼女の口から語られることだ。

  そうしてひとまず、今回の事件はそんな意外な結末で幕を閉じたのだ。

  [newpage]

  「うあぁぁぁぁ!!う〜〜ッッ!!」

  「どうしよう…っ…どうすれば…っ!?」

  時間が経つにつれて、寝そべった昴の絶叫は酷くなり、冷たい鉄の部屋の中にその声が反響する度焦りは強くなった。

  相変わらず打開策を模索しようにも、一体どうすればよいのか分からない。

  青年は慌てふためきながら、改めて自らの持っているガラクタを地面にばら蒔いて確認し始めた。

  「電池…ガム…割り箸に鉄の屑…っ…あ〜!もう!こんなんで何ができるって言うんだよォ!」

  「があああああああ!!」

  一際大きな昴の叫び声。それと同時に微かな水の音が聞こえてその方向を見れば、昴はズボンをビショビショに濡らし、まるで漏らしてしまったかのようだった。

  破水だ。とうとう赤ん坊を包む膜の一部が破れて、羊水が流れ出してしまったのである。

  「はっ…はっ…そんな…っ」

  「ど、どうしよう…っ…どうすれば…っ」

  昴は自らの下半身を見て目を見張り、青年は出産の時が近いと悟って頭を抱える。

  助けを呼ぶ方法が思いつかない。むしろ助けてもらいたいくらいだ。そうして真っ先に思い浮かぶのはやはり笹田の柔和な顔であり…。

  そしてふと、青年はそこで思い出した。

  笹田がいつも、行為の終わりに吸う煙草の事を。

  いつだったか、火種が無いと言った笹田が、脱ぎ散らかした自らのズボンのポケットを漁って、取り出したのはくしゃくしゃになったガムの包み紙。つまりはゴミだ。

  その時彼はそれを見て、何故かラッキーだと一人笑っていた。それから、電池はあるかと青年に聞いてきて、青年はひとまず、すぐ側にあった目覚まし時計の電池を差し出したのだ。

  何に使うのかと聞いたら、ちょっとね…と笹田は後頭部を掻きながら恥ずかしそうに誤魔化す。そしてイソイソと洗面所のあるバスルームへ向かっていったのだ。

  青年が不審に思って後からこっそり覗くと、パンツ一枚の姿のまま、口に煙草を咥えて、おもむろに手にした電池の端と端へガムの包み紙をくっ付けた笹田。

  するとどうだろう。真ん中を細く切り取ったその銀紙から徐々に煙が吹き出し、最後には僅かだが確かに小さな火が燃え上がったでは無いか。

  その一瞬の内にすぐさま煙草へ火を付けた笹田は、アチチ…と言って慌てて手を振りながら銀紙から指を離す。洗面台に電池と燃えカスが落ちて派手な音を立てた。

  一体何をしているんだと不審に思ったものの、結局どうでもいい事として、今まで記憶から消えていた出来事。

  それを思い出した青年は、ハッとして手元のガラクタを見下ろす。

  青年はガムの包み紙をあの時と同様、真ん中が細くなるように、砂時計の形を模したように破り去ると、それと電池を持って配膳用のエレベーターまで走っていった。

  暖かい毛糸の、モフモフとした上着を脱ぎさりシャツ一枚になる。そして、それで包み込むようにゴミを纏めて狭いエレベーターの中に突っ込むと、銀紙の端と端を、半分に割った割り箸で、器用に電池の左右に押さえ付けた。

  するとどうだろう。思った通り火がつき、それが脱いだ毛糸の服に引火して、どんどん燃え広がっていくではないか。

  暗い室内に、僅かなオレンジ色の光が灯る。それをぼんやりと眺めていた昴が、驚いたように弱々しく呟いた。

  「な…何をして…っぐ…」

  「これなら絶対騒ぎになって人がくる!後はこれを…っ」

  エレベーターのボタンを押せば、燃えた衣服は鈍い音を立てる機械と一緒に上へと上っていった。

  一か八かの賭けだし、もしかしたら火が燃え広がって危険かもしれないけれど、もうこれしか方法は無い。

  青年のSOSが、赤く染まって空へ上っていく。

  「昴ーー!!どこにいるんだ昴!!」

  一方で、一足先に営業を停止している病院の建物へとやってきた大我は、出入口の前で大きく叫んだ。

  ガラスの自動ドアから中を覗き込んで目を細める。犬沼が嘘をついていないなら、この場所のどこかにきっと昴が監禁されている筈だ。

  大我は裏に回ると、裏口の扉をガチャガチャと乱暴に掴んで、最後にはそこを勢いよく蹴破った。

  流石に中の扉にまで鍵は掛かっていない。1階から順番に、昴の名を呼びながら、部屋を駆け回っていく。

  「昴!!居るなら返事をしてくれ昴!!」

  叫びながら部屋の扉を一つ一つ乱暴に開けて中を確認した。ほんの微かに、αである特性からか、昴の匂いがする気がする。けれどそれがどこから香ってくるかは分からない。匂いが薄すぎて、判別するのが難しいのだ。

  3階まである建物を駆け回ったけれど、とうとう昴の姿を発見することはできなかった。確かに気配は感じるのに、どうしても行方が掴めない。そんなもどかしさと焦燥感が、大我の苛立ちを加速させていく。

  しかしふと、鼻を鳴らしてみれば、先程とは打って変わって、何か焦げ臭い匂いがしてきた。

  1階の窓から外を見れば、何やら黒い煙が立ち上っている。慌てて外に出ると、その煙は裏口の更にその下。地下へと続いていると思われる鉄製の扉から立ち上っており、大我はその場所へと駆けていく。

  以前見た扉だ。古びて錆びてしまっている南京錠で閉じられた鉄の大扉。

  大我はその南京錠へ一発蹴りを食らわせると、いとも容易くそれを破壊して、鉄扉を開く。

  「ごほっ…どうなっとる!……昴!昴居るのか!?」

  煙は徐々に大きくなっていき、大我は服の裾で自らの口元を覆いながら叫んだ。素早く階段を降りていくと、何年も放置されているかのような物置がそこにはある。けれど確かに、つい最近ヒトが入った形跡のある倉庫だ。その一角から火の手が上がっていた。

  「昴ーー!!」

  ダメ元でまた勢いよく叫んだ。すると、どこからともなく人の声が聞こえてくるような気がする。

  大我の丸い耳がピクピクと動いて、その音のする先を冷静に聞き分けようと神経を研ぎ澄ませた。

  「〜〜〜っ!!…〜〜〜!!」

  ガンガンと何か硬いものを叩くような音と共に、どこかの壁の向こう側から、やはり微かに音が聞こえているようだ。

  大我は煙で視界が悪くなっていく倉庫を見渡し、大きな本棚のある一角を見つけると、そこに向かって走っていく。

  「〜〜けて!!…たす〜て…!!」

  「ここかっ!?」

  音は確かに近くなっていた。まだどこか聞こえづらいけれど、この本棚の後ろから確実に聞こえてきている。

  大我は本棚を薙ぎ倒すように引くと、その後ろの壁を見た。火は倉庫にある雑貨へと引火していき、徐々にその勢いを増している。

  本棚の後ろには壁があったが、どこか不自然さのある壁だ。周りと違ってペンキの色が劣化しておらず、最近まで使われていたかのような印象を与えてくる壁。

  拳でコツリコツリとノックすれば、中が空洞のようであるかのような音が帰ってきた。耳を近づければ、さっきよりも遥かに明確なヒトの叫び声が聞こえてくる。

  「昴!?今行くぞ!!」

  大我は叫んで、いつものように勢いよく前蹴りを食らわせた。流石に一度だけでは壊れなかったけれど、壁のペンキが剥がれると、そこには鉄の扉が見えている。普通こういった壁の向こう側はコンクリートである筈だ。隠し扉が隠されていると確かに確信して、何度も何度も蹴りつけた。すると、デコボコに陥没した扉がようやく倒れ、その向こう側には、更なる地下へと続く階段があるではないか。

  「助けてください!!今にも子供が産まれそうな妊婦がいるんです!!助けて!!」

  「なにっ!?それは本当か!?扉の前から離れろ!!」

  聞きなれない男の声であったが、しかし彼が言うところの妊婦となれば、それは昴しか思い浮かばない。実際、扉の向こう側からは、微かに昴の苦しげな呻き声が聞こえているし、彼の匂いもここまで漂ってきている。

  大我は男に一声掛けると、階段を降りて、先程よりも明らかに力の入った一撃で蹴りをお見舞いしてやった。

  流石に鉄扉だからか、凹みはしたけれど、まだ壊れない。けれどそれも、二度三度と続けるうちに勢いよく吹き飛ばされていく。

  「す、凄い…鉄の扉がこんなあっさり…っ」

  「昴!?昴はどこだ!?」

  「か、彼ならここに!」

  「……父…さ…っ…ぐううううっ…」

  「昴!?昴!?すぐ病院に連れて行ってやるからな!さぁ、早くこっちへ!」

  「もう随分前に破水したんです!いつ産まれてもおかしくないかも…っ」

  「本当か!?……昴!あともう少しの辛抱だからな!」

  大我は昴を姫抱きにすると、そのまま急いで階段を登っていった。青年も後に続いて着いていく。

  「悪いが、ここを抜ける間だけでも昴の口元を抑えててくれ!煙を吸い込んだら危ない!」

  「は、はい!」

  火元は尚更強くなっており、もう倉庫全体を焼き付くさんばかりの勢いであった。青年は大我に言われた通り、ピタリと二人にくっ付いて、昴の口元を片手で覆う。そして自分の口元も覆いながら、目を細めて視界の悪い中を歩いていった。

  「あと少しで出口だ!」

  外からはパトカーと消防の音が聞こえてきて、すぐに救援が来たと分かった。出入口の階段目掛けて、雑貨な家具などを避けながら慎重に進んでいき登っていく。

  そして、階段を登りきるところで、とうとう後ろから弾けるように炎が大きく燃え上がった。

  間一髪のところで外に出た三人は、あの爆発に巻き込まれていたら危なかったと肝を冷やす。

  「もう安心だ!君は警察に保護を。私は妻を病院に連れていく!」

  「は、はい…」

  「……君が叫ばなければ見つけられなかったかもしれない。ありがとう。」

  「……はい」

  大我は青年に手早くそれだけ言うと、こちらに向かってくる見慣れた狼獣人の元へ走っていった。

  後は頼む。それだけ言えば、優秀な男は全てを察して頷いてくれるだろう。大我はそのまま自身の車に昴を乗せると、すぐさまその場から走り去っていったのだ。

  残された青年は僅かに息を荒らげながら、煤に汚れた頬を汗と共に拭って、駆け寄ってくる警官達に保護された。

  これから事情聴取されて、火事は消防に鎮火されるだろう。

  ようやく本当に、事件はここで幕を下ろしたのだ。

  [newpage]

  笹田が現場に着くと、既に事態は終息して仕事もないような状態であった。

  それでも彼がわざわざこの場所までやってきたのは当然、最愛の青年が保護されたという、そんな吉報が自身の耳にも届いたからであり。

  パトカーから降りて慌てたように周りを見渡せば、救急車の開いたバックドアから足を出し座っている青年が事情聴取を受けているところだった。

  ふと視線がかち合って、お互いがお互い、その存在に気が付く。

  青年は笹田の気持ちを知ってか知らずか、にへらといつものように柔らかい笑みを浮かべると、呑気に手を振って笑うものだから、感極まりそうになる。

  笹田はグッと涙を堪えるように口を噤み、拳を握り締めると、カツカツと早足で彼の元へと歩いていき、青年の顔を見つめた。

  「……笹田さん。久しぶり。」

  「………」

  青年の言葉に、笹田は眉を八の字にして、プルプルとマズルを震わせながら見つめ続ける事しかできなかった。

  言いたい事は沢山あるけれど、今は何よりも、彼が生きていてくれたという事実が嬉しくて、でも、こんな危険な事に巻き込まれた彼が憎らしくて。

  どれだけ心配したかとか、どれだけ不安だったかとか、今にも声を大にして伝えたい気持ちでいっぱいだ。

  でも、そのどんな感情も飲み込んで、ただ今は、いつもと変わらぬ青年の笑顔が、心にじんわりと幸せを芽生えさせる。

  「……ごめんね。約束破って。」

  「…………」

  「……本当に会おうと思ってたんだけど。会えなかったんだ。」

  少し悲しげに、そして気まずげに、目を伏せる青年が、そう言って小さく謝る。

  笹田の拳に尚更力が篭って、涙が一筋、瞳から頬に零れた。

  そして、勢いよく青年に抱き着いた笹田は、驚く彼を無視して呟く。

  「……生きてて…良かった。…ぐす…」

  目を見開いた青年は、笹田のそんな言葉を聞くと、そのまままた、静かに優しく微笑んで。

  ソッと彼の背中に手を回す。そして確かに、その安心する温もりを受け入れるのだ。

  「……うん。」

  パトカーのテールランプが二人の身体を忙しなく照らしていた。

  遠くでそれを見ていた大神が、フッと小さく微笑んで。

  一方、病院の待合室で、祈るように掌を組みながらベンチへと座る白虎の男。

  カツカツと上等な革靴を忙しなく鳴らして貧乏ゆすりをしている。その目は酷く不安げに細められており、見ようによっては壁を強く睨み付けているかのようだった。

  ガラリと音がして、病院の一室から特徴的な青い手術服に身を包んだ医者が現れると、その音を敏感に察した大我がすぐさま立ち上がる。

  「せ、先生、私の妻は…?」

  眼鏡とマスクで表情の見えない医者であったが、その二つのガラスの向こう側で、瞳が確かに優しく細められると、それを見て大我の心がザワザワとざわめき立った。

  「元気な男の子ですよ。おめでとうございます。」

  「っ…!?」

  視線で医者の出てきた部屋をチラリと見れば、それを察してか、どうぞと手で入室の許可が得られる。

  すぐさま扉に向かった大我は、一呼吸、落ち着くように深呼吸すると、ガラリとその引き戸を開けて、中へ静かに入っていった。

  カーテンで区切られた部屋の中、大きなベットが見えてきて、そこには産まれたての赤ん坊を抱えた昴と、何か記録を付けている看護師の姿。

  その看護師も、二人の事を気遣ってか、すぐにニコリと笑って部屋から出ていく。

  大我は区切られたカーテンの向こう側に立ち尽くして、ボーッとしばらく、赤ん坊を抱える昴を見つめながら固まってしまっていた。

  「……何してるの?」

  「はっ!?」

  昴の声でやっと我に返った大我が、恐る恐ると言った様子でベットへと近付いた。

  昴の腕で泣き疲れて眠っているのは、くしゃくしゃな顔で息をする虎獣人の赤ん坊。

  そこでやっと実感が湧いて、大我の瞳に大粒の涙が滲んでくる。

  「あぁ…なんて可愛いんだ。まるで天使だ…」

  「相当わんぱくな子だったけどね。」

  昴は妊娠中に何度暴れてお腹を蹴ったか分からない息子を見つめ、それでも小さく微笑んだ。

  大我がベッドの脇にしゃがみこみ、赤ん坊の頭を優しく撫でて声を掛ける。

  「パパだぞ。……あぁ…赤ん坊ってのはこんなに小さいもんだったか。」

  「父さんの手が大きすぎるだけだよ。人間の赤ん坊に比べたら大きいって言ってた。」

  実際、その子は昴が腕いっぱいで抱きしめなければならない程の大きさであった。大我の掌より一回り小さい頭に見えるけれど、それは大我が大きすぎるだけである。

  そうしてしばらく眠る赤ん坊を眺めた後は、昴がゆっくりと何か確認するかのように大我へと目配せをする。

  「あの…父さん。」

  「なんだ?」

  「…この子の名前なんだけど。」

  「あぁ、そうか!名前を決めないとな!」

  「……それなんだけど、実はもう考えてて。」

  「そうなのか?父さん聞いてなかったが。」

  「それは父さんが家に居なかったからでしょ。俺はずっと暇で子供の名前くらいしか考える事がなかったんだよ。」

  「うっ……」

  それを言われると相変わらず弱い大我が、困ったようにそう呻いて顎を引いた。たしかに、この数週間、自分は父親としての仕事を全う出来ていない。

  ギロリと昴に睨まれてたじろぐ。思わず気まずげに視線を逸らしたけれど、許してくれるわけもない。

  結局その視線に押し切られる形で、昴の考えた名前を聞くことになった。

  自らが抱える子を見つめながら呟く。

  「それで…名前なんだけど…。その…太陽…って…名前にしようかなって。」

  「太陽?……ほう。良い名前じゃないか。何か由来があるのか?」

  「そりゃ勿論。…太陽みたいに明るく温かい子になってほしいから。……冬は寒いし、もうコリゴリだよ。」

  「………そうか。ふふふ。太陽。…分かった。この子の名前は太陽にしようか。」

  昴の言葉に、大我が笑ってそれを受け入れる。何がおかしいのかと思ったけれど、きっと大した理由もなく、ただ嬉しいから笑った。それだけだろう。

  そんな大我の優しげな横顔を、彼にバレないようチラリと見つめた昴は、そのままどこか不安げに視線を伏せた。

  息子の名前を考えていたというのも確かだけれど、実はそれ以外にも、本当は恥ずかしくて、面と向かって大我には言いたくないような事を考えてしまっていて。

  昴は意を決したように、なるべく視線を合わせないよう、なんともないような態度を偽って呟いた。

  「それと――」

  「ん?」

  「それと…あんな風に…一人で家に居たくない。……忙しくても…帰ってきて…ほしい…。すごく…寂…しい…から…。」

  「っ…!?」

  徐々に声が小さくなって、恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じる。こんな風に甘えた事なんて言いたくは無いけれど、ここ数週間の一人暮らしは本当に辛くて、寂しくて、耐え難いものだった。

  強がってそんな気持ちを隠し続けていたけれど、今回不審者に襲われたキッカケに、もうそんな余裕など無くなってしまい、あの暗い部屋に押し込められている間はとにかく父が恋しくなって、彼がどれだけ自分の中で大きな存在になっていたのか、気付かないようにしていた事実を無理矢理自覚させられた気分だ。

  本当なもっと早く素直になっていればよかったのだろうけれど、昴にとって大我にこんな弱味を見せるのは、これまでの人生の生い立ちから考えても、非常に難しい事である。

  言ってから、あまりにも長い沈黙が部屋を包み込むと、昴は思わず不審に思って、俯いていた視線をチラリと何気なく上にあげた。

  するとどうだろう、大我は牙を噛み締め、プルプルと震えながら、自責の念に囚われたかのように目を閉じて拳を握り締めているではないか。

  その様子に思わずドン引きしてしまった昴は、先程までの感傷的な感情など、もう何処吹く風である。

  「すまん!昴!お前にそこまで言わせてしまうなんて!父さんはお前の運命失格だ!本当にすまん!」

  「うわ!しっ!太陽が起きるよ!大きな声出さないでっ!」

  「これからは必ず毎日一緒にいるからな!仕事なんてお前の存在と比べたらクソだ!もう二度とあんな事は無いように誓う!約束だ!」

  「……そ、そこまでしなくても」

  「いや、そうする!決めたぞ!今後は絶対!仕事よりお前を優先するからな!」

  「…………うん」

  ガバリと腕を大きく広げて、男泣きした大我が赤ん坊諸共昴を上から覆うように抱き締めると、昴は恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながら最初はそれを否定しようとした。

  けれど、久しぶりに感じる大我の熱が思ったよりも心地よくて、彼に包まれている安心感が、弱った心も優しく抱き締めて。

  小さく、困ったように口角を持ち上げた。

  

  大我の存在が、昴の愛を徐々に芽吹かせていく――

  [newpage]

  その後

  犬沼美玲…もとい、犬塚京子は、最後まで強情な態度を続け、無言を貫いたまま、事件への関与を認めようとはしなかったが、大我の家を襲い、昴を攫っていた事で、どちらにしろ逮捕は免れない事となった。

  隠しカメラの映像もあったし、実際に攫われた昴や赫哉からの証言もある。昴がさんざん抵抗した時切れた皮膚から、大我の家の床に落ちた血液も証拠として採取され、その時点で誘拐の罪が確定している。

  昴達が監禁されていた鉄の部屋にも、これまでの被害者のものと思われる血痕の染みが大量に見つかった。

  その上PCからは、彼女の裏の顔、つまりは違法な手段で手にした様々な名義が発見されており、それを用いて借りている倉庫のうちの一つからは、犯行に使われていたのだろう手袋や道具、人目を忍ぶ為の黒いライダースーツ。そして、遺体を運ぶのに使っていたと思われるバンも見つかった。

  当然、車内には血痕が残っており、それは明確な証拠となる。

  そして、鑑識の者たちが、没収された様々な凶器を鑑定した結果、首につけられた傷は、医療用のメスによってつけられた傷だという事も発覚した。

  香水からも、麻薬に似た依存性と高揚感を与え、対象の認識を誤認させる効能が発見されており、これによって数々の‪α‬に、自身が運命のΩであるという事を偽って近付いていた事が分かると、もう言い逃れは出来なくなっただろう。医学部出身なのだから、製薬の要領で危険な香水を作れるのも納得である。

  ――事件の概要はこうだ。

  まず、犬塚京子は、自身の運営する闇サイトによって、殺人の依頼を受ける。

  主に、自身が憎んでいる‪α‬性を持った人物だけに的を絞り、違法な独自ブレンドの香水を用いて、対象に接近する。

  犬塚を運命のΩだと錯覚した‪α‬達は、彼女の言いなりになり、その存在を秘匿しながら、長い時間を掛けて徐々に信用を積み重ねていく。時間を掛けなければいけないのは、香水の効果が万能では無いからだ。あまり匂いが馴染んでいない状態だと、地下に連れ込んだ時や、凶器を手にして目の前に立った時点で違和感を感じ、強力な精神力を持った‪α‬は正気に戻ってしまう。そうならない為に、意識が常に混濁するくらいまで、香水の効果を馴染ませなければならなかったらしい。

  そうして、そこまで信頼させた後は、地下に連れ込み、喉を切り裂いて殺す。吹き出した血の処理をしないとダメなので、人目につく場所ではやりにくいからだ。喉を切り裂くのは、それが最も満足感の得れる殺し方だからだろう。理由なんてその程度である。

  そうやって殺した遺体は、バンに詰め込んで、相手の自宅や仕事場に運び、最後に自身が体験した恨み辛みを込めて何度も突き刺したりした。トイレに置くのも‪α‬という存在が憎いからである。慣れてくると、そうしてより屈辱的な殺し方を模索し、それを死体に施して行った。

  それに、明らかな恨みを感じさせる殺し方をすれば、警官の目を欺ける。最初、警官達が、恨みを持った近親者の誰かが犯人だと決めつけたように、存在を秘匿された犬塚…もとい、犬沼を疑う者など誰もおらず、自身は依頼主から金を貰って仕事は完成…と、そういうわけだ。

  犬沼のPCに残った履歴から、以前の犯行の依頼主も割れた。全員、一度は捜査の対象に上がったものの、アリバイがあって逮捕できなかった者たちだ。

  全員‪その時の犠牲者に恨みを持っていた者たち。‪α‬の才能や、女癖の悪さに嫉妬や恨みを持った者たちの依頼だった。

  当然、彼女達も犯罪教唆の罪で逮捕である。

  これによって過去の事件に関しても全て、警察の手によって解決に向かったのだった。

  とはいえ、ここまで大事になってしまうと、どうしてもマスコミには隠しきれず、事件はニュースで大々的に報道されてしまった。

  連続殺人犯。‪α‬を狙った事件。裏サイトによる殺人の依頼。世間を賑わせるには十分過ぎる話題だろう。

  犬沼美玲と名を変えた犬塚京子の件も表沙汰になると、特に当時人気アイドルだった獅子沢拓斗を殺した者ということで、世間からのヘイトが彼女を貫き、SNSでは日々様々な言動がトレンドに上がって、大変な騒ぎとなった。

  しばらく、この事件は人々の心に残り続けるだろう。

  事件の後始末に奔走した警官達は、結局捜査中よりも忙しい日々を送る事になったようだ。

  ついでに、大我が今回の件を重く見て、昴に送ったブレスレットや指輪へ、密かにGPSを搭載したというのはまた別の話。

  事件はこうして、今度こそ本当に、終わりを迎えたのだった。

  [newpage]

  おまけ

  運命の番

  「お、俺がかーくんの運命の番!?」

  「そうだよ?」

  初めて青年からその言葉を聞いた時、笹田は最初、上手くその事実を飲み込むことができなかった。

  というのも、あまりにも突拍子が無さすぎて、それを本当に信じていいかどうか分からなかったからだ。

  と言っても、青年の言う事を否定したくないという気持ちもあり、ウンウンと唸りながら悩んでしまう。

  「そもそも笹田さんαなのに、一般人の時から僕にすごく夢中だったじゃない。その時点で兆しはあったと思うよ?」

  「そ、そうなのかな…?」

  笹田の言葉に、青年はごくごく当たり前のように頷く。実際、αというのは基本、あまり他人に対してそこまで恋愛的な意味で執着したりはしないものだ。例え相手が結婚した相手であっても、他に優先すべき事があれば容赦なくそちらを選ぶ。特に仕事に関して顕著なのは、尾猿飛鳥の事例を見ても明らかだろう。それがαという性の変えられない特性なのだから。

  けれど笹田は、青年を仕事場に入れて平気な顔をしていたどころか、机の下で悪戯をする彼を拒否する事もなく、むしろ受け入れていた節があった。

  そうじゃなくても、わざわざ青年の務める店までやってきて、金一封の入った封筒を毎回手渡しするなんて、充分αの特性からズレていると思われる。

  仕事が命の‪α‬が、そもそも部外者を自身の仕事場に入れて、邪魔してくる事を気にしていない時点で異常だし、例え恋愛感情を持っていたとしても、ただのβを想うにしてはあまりにも重たすぎる感情を抱きすぎだ。

  逆にこれまで一切気にならなかったのか?と驚くくらいだろう。

  「た、確かに俺はかーくんに夢中にはなってたけど…。それは、俺が他のαとは違って、あまり仕事に自信が持てなかったからで…」

  優先順位の話でしかないのではないかと思う。

  笹田は自分で言うのもなんだが、はっきり言って仕事を上手くやれている自覚がない。後輩の大神にさえ劣っていると思ってしまうレベルである。だから、仕事以外に夢中になるものがあっても仕方ないのではないかと、そんな風に呟いたのだが。

  「でも、αだよ?……笹田さん警部なんだよね?……他に沢山いるβの人達を纏める立場にあるんでしょ?一応。」

  「そ、それは……そうだけど…」

  青年の主張は最もであった。笹田が自らと比較している相手は同じα性を持つ者たちばかりで、βの部下達に負けているという自覚は正直全くない。

  彼等はよく陰口を吐いてくるけれど、不快には思っても、結局直に相対すれば、なんだかんだ相手にはならないと感じている。手を出さないのは一重に、そんな事したら問題になるからだ。それに、普段は自分が命令する立場だし、いちいちこんな事で怒るのも億劫だと考えている節がある。陰口を叩いて、結局仕事を増やされる羽目になるのは部下である彼等だ。そんな簡単な事すら自覚出来ていない無能に使う時間などない。

  「つまり他人に興味が無いって事でしょ?…陰口を言われても放置するくらい他人に人一倍興味のない人が、僕みたいな男娼に夢中になってる時点で…」

  「かーくんは立派なヒトだ。男娼だなんてそんな風に自分を蔑んだら…ダメだ。」

  「……ふふ。ほらね。」

  「あ…」

  今はもう青年の性がΩになってしまっているから仕方ないかもしれないけれど、そんなほんのちょっとした事でも声を大にしてしまうくらい、こちらへ夢中になっている時点で、明らかに二人の間には、普通のαとβでは考えられないほどの絆が発生しており、それが即ち運命と呼べる指標なのではないかと思う。

  実際には、いつ頃からΩに変わっていたかは分からない。検査をしたのが最近だったという話であって、もしかしたら二度目に出会った時にはもう、影響を受けて変化していた可能性だってある。むしろ、そっちの可能性の方が全然高い。

  昴も最初は別に笹田を凄く好きなタイプだとは思っていなかったけれど、会えば会うほど彼を好きになっていったし。

  どちらにしろ、βからΩに変化するキッカケは、運命のαとの積極的な交流だと聞いた。青年がこれだけ沢山付き合っているαは笹田しかいないし、元より笹田以外のαが運命だとは微塵も思っていない。

  それに、確実にそうだと確認する方法なら、実は一つだけある。

  「試してみる?…笹田さんが僕の運命なら、僕の発情を操作出来るはずだよね。してみてよ。」

  「え…え?…で、でも…どうやって…」

  「うーん…流石にそれはαの笹田さんにしか分からないから何とも言えないけど。色々試してみたら?ね?」

  「…う、うん」

  笹田はゴクリと唾を飲み込んで、ベットに腰を下ろす青年の身体へ、身体を突き出すよう近づいて行った。

  なんだか、改めて運命の相手だと思うと、とてつもなく緊張するような気がする。

  目を瞑って静かに笹田の対応を待っている青年の顔を見ると、ドキドキと心臓が高鳴って、身体も熱く、紅潮していくようだ。いつも通りキスしようとするけれど、マズルが震えて上手く唇を近付ける事が出来なかった。

  あまりにも行動が遅すぎて、焦れた青年がパッと瞼を開き、息もかかるような距離で二人の視線がかち合う。

  「チューしないんですか?」

  「す、する…しますけど…」

  「ふふ、可愛いね[[rb:圭介 > けいすけ]]さん。」

  「っ…!」

  唐突に下の名前を呼ばれた事で、笹田の理性がパンと弾けるように頭の中で崩壊した。

  先程の恥ずかしがっていた様子など無かったかのように青年へと勢いよく抱き着き、そのまま彼をベットに押し倒してしまう。

  「わー♪」

  「ふー…ふー…んっ」

  「ん〜〜…❤」

  そして、そんなワイルドな笹田の様子を見て、楽しげに声を上げた青年は…――荒く息を吐き、そのまま貪るようにキスを落とす、そんな笹田の口付けに応え、彼のふとましい脇腹を優しく撫でながら、全て受け入れるよう抱き締めた。

  孕ませたい!孕ませたい!孕ませたい!

  この可愛らしい相手を、自分の種で汚し、征服してしまいたい。

  笹田はいつになく、αの本能とも言える感情に侵食され、沢山の唾液を交換し合うよう、青年の口内を蹂躙していく。

  けれどそれも、彼が唐突に肩を叩いた事から、一旦中止する羽目になった。

  「な、なにっ!?」

  「……えへへ…なんか身体熱くなってきたかも…。これが発情って奴なのかな?」

  「そ、そうなのか?……何か特別な事をしたつもりはないけど…っ」

  そう言う青年は、いつものように気安く笑っている風だけれど、頬は赤く染まり、風邪にうなされている時のように、どこか無理をして笑顔を作っているように見えた。

  そして確かに、青年の身体から立ち上るフェロモンというか、なんというか、…気配とでも言えば良いのだろうか。そんな彼がいつもより何百倍も可愛らしく、美しく、魅力的に見えてしまうのは気のせいだろうか。

  それを自覚すると、尚更興奮が抑えきれなくなって、笹田の瞳が充血していく。当然、下半身のそれもビンビンだ。

  実際には、笹田の孕ませたいという気持ちに呼応して、無意識に青年の発情を操作したに違いない。

  青年が、自身に向けられる凶悪な肉筒を見下ろして、ぼうっと瞳を潤ませながら、期待に胸を高鳴らせる。

  「うわぁ…なんだか圭佑さんのチンチンが凄く魅力的に見える…。ふふ…もうこんなに沢山汁を零して…。本当に可愛いね…❤」

  「あうっ❤」

  無遠慮に下半身へと伸ばされた青年の手が、太くギンギンに勃起した笹田のペニスを優しくしたから握り締めて、小さく微笑んだ。

  ビクンと震え、肩を震わせる笹田は、そうやって明らかにこちらを煽ってくる青年の様子に興奮し、尚更鼻息を荒くして、何度も自身のペニスと青年の顔を見合わせる。

  それはまるで餌を前にした犬が、飼い主に許可を求めて足踏みしながら何度も視線を交わしてくる時のようだ。

  今、そのペニスをどのようにすればいいのか、全ては文字通り、青年の手の中という訳である。

  「……ふふ。よしよし。じゃあ、このおチンチンを使って、僕の事孕ませて?…圭佑さん❤」

  「っ…も、もちろんっ!!」

  「――っ…んぁッッ❤〜〜〜ッッ❤」

  この言葉によって、紛うことなく許可を貰った一人の獣が解き放たれ、その手が指し示す通りに、笹田は腰を突き出し、勢いのままペニスを青年の中へとずっぽり挿入し始めた。

  予め青年がペニスの先端を掴んで自らのアナルへと導いていたからか、それは驚く程スムーズに腸壁を拡張していき、あっという間に最奥を小突いて、パンッと肌と肌がぶつかり合う子気味良い破裂音が部屋の中に響き渡る。

  そうして一気に中を拡げた久しぶりの感触に、青年は甘い嬌声を上げながら、自然と彼を受け入れるように、その丸い腰に手を添えながら高く持ち上げた足で彼の膝裏を引き寄せた。

  すぐさまそんな積極的な青年のアピールに応えたい笹田ではあったけれど、彼もまた久しぶりにネットリと自身のペニスを包み込んだ腸壁の感触を感じると、半開きになった口から犬のように舌を出して瞼を細め、惚けた顔で余韻を楽しんでしまう。

  キュンキュンとアナルが収縮して、笹田のペニスに蕩けた腸壁がミッチリとまとわりつく。すると、それだけで射精してしまいそうになるくらいには、笹田の快感も高まってしまって、腰を動かすのを躊躇ってしまうくらいだ。

  本当なら、自分の欲望のままに青年を責め立て、ヒンヒンと鳴かせて自分の内に秘めたる男を魅せたいところなのだが、それどころか笹田は恥も外聞もなく情けない顔を晒して、弱々しく青年を見下ろすことしかできなかった。

  それに、徐々に部屋の中に充満し始めているΩのフェロモンが、αの性感を同時に高めているのも原因だろう。

  挿入された衝撃で、しばらく呆けていた青年が、ようやっとぼんやり顔を上げて笹田と目を合わせると、彼の今にも泣きそうな困惑した表情に気付いて、プッと吹き出したように笑った。

  「大丈夫ですよ。…ほら、肩の力を抜いて❤」

  「うぅ…❤」

  赤く、熱にうなされたような表情でありながらも、青年は朗らかに微笑んで笹田の肩を優しく撫でた。

  青年自身も実際の所は笹田と変わらず、今にも気を抜けば快感が弾けてしまいそうで怖いけれど、それを必死に堪えているところだ。

  肩から頬へと流れていった手のひらが、そのままソッと、笹田の頭を引き寄せるようにすると、彼は青年の導くまま、ゆっくりとキスをして。

  「ん…ん…❤」

  「ちゅ…❤んむ…❤」

  互いの舌を重ね合い、口元が唾液で汚れるのも無視しながら貪り合う。ねばつく粘液がドロドロに混じりあって、白く泡立つ汁を作った。

  その情熱的で獣じみたディープキスが、とうに限界を迎えようとしていた笹田の情欲を最大限に高めてしまうけれど、青年が優しく彼の頬を掴んで離さないので止めることが出来ない。……明らかに力では圧倒的に勝っている筈なのに、まるでその手に頬が吸い付いてしまったかのように固定され、その上、こんなに魅惑的なキスを中断してしまうなんて愚かな行いだ…と、思考の中で怒鳴る心情が、頭の片隅で別人格のように主張するものだから、笹田の脳はパンクして丸い耳から蒸気を吹き出し限界を超えてしまった。

  「んッ…ん゛〜〜〜ッッ!?❤❤❤」

  「ンン゛ッ…❤❤…ん……❤んふ…❤」

  そしてそのままビクンと大きく身体を痙攣させた笹田が、たった一度も腰を動かす事もなく、数秒続けられたキスだけで射精してしまった。

  頬を掴んでいた青年は、彼の震えでキスが中断する事を許さないとばかりに、首へ腕を回し、ギュッと強く抱き締めて尚更深く口付けを継続し続ける。

  何度も何度も、尿道からザーメンが上がってくる度に腰を跳ねさせる笹田は、開いた瞳をあられもない方向に飛ばし、鼻穴を大きく広げながら、ただされるがまま、半開きの口から舌を吸われて…。

  これまでに感じた事のないくらいに心地の良い射精だった。まるで下半身から脳のてっぺんに、何度も何度も銃弾を叩きつけられるような、そんな強い衝撃だ。

  痛いくらいに筋肉が引き締まり、チンポの周りがグワリグワリと射精の度に大きく脈動している。

  数秒…数十秒…数分…と、まるで溜まりに溜まった小便が溢れるように、吹き出したザーメンが青年の腸壁、その微細な皺一つ一つへと染み込むように浸透していくのだ。

  そして青年もまた、自らの腹の中に注ぎ込まれる大量の熱に、Ω特有の強い多幸感を感じながら、ビュルリと自らの腹に射精し、彼と同じくオーガズムへと達するのだった。

  「あ゛〜〜〜!❤❤射精るぅッッ!❤❤まだイぐぅ!!❤❤」

  「あっ…あっ…❤射精して…っ❤僕に圭佑さんの赤ちゃん沢山孕ませてっ❤❤」

  ベットに四つん這いになった青年の後ろから、前屈みになった笹田が腰を振り、デロリと舌を出しながら惚けたように叫ぶ。…そんな彼とは相反して、青年は好色に歪んだ笑みを浮かべながら後ろを振り向くと、自ら腰を妖艶に動かし、彼の射精を尚更加速させてしまっていた。

  「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!❤❤❤」

  当然、そのような事をされて堪え切れる筈もなく、笹田は青年の腰をガッシリと掴んで、牙を強く噛み締めながら射精した。

  ビクンと腰が跳ね、ドクリドクリと搾り取られるようにザーメンを吐き出し、こめかみには今にもはち切れんばかりに血管を浮きだたせてしまっている。

  行為を始めてから一時間。既に射精回数は二桁に達していた。

  「……ぁ…?」

  そして、短時間に何十回も射精してしまった笹田が、とうとう限界を迎えたようにふらりと揺れて、そのまま仰向けに倒れてしまう。それと同時に、未だ勃起して元気な様子を見せる太短いチンポもヌポンッと勢いよく抜けて、その先端から注ぎ切れなかったザーメンがピュルリと吹き出した。

  白目を剥いて、半開きになった口から魂を出す笹田。

  突然静まり返ってしまった彼を不審に思った青年が振り返ると、倒れた笹田を見て荒く息を吐く。

  「圭佑さん?……あっ!?勿体無いっ❤」

  最初は心配したかのように眉をひそめた青年であったが、勃起して天を向いている笹田のチンポから、トロリと精子が竿を伝って垂れているのを見ると、すぐにそちらへと意識が向いて、当たり前のようにしゃぶりつく。

  意識を失っているはずの笹田が瞬間、ビクンとまたしても全身を波打つように痙攣させて反応した。一度舐め始めるとどうにも止まらなくなってしまうのか、青年はいつものように笹田の半包茎チンポを甲斐甲斐しくしゃぶり始める。

  「っ…❤…っ…❤…っ❤」

  「ん…❤美味し…っ…❤」

  笹田が声にならない声を上げて、ただひたすらに全身を痙攣させていた。

  青年も青年で、相当Ωのフェロモンに毒されているのか、気絶している相手のことなどお構い無しにチンポをしゃぶり続ける。当然、幾らでも餌を提供してくれる優秀なミルクタンク…つまりは金玉も優しく揉みこんで、供給を加速させることも忘れない。

  元々βであった弊害からか、Ωの麻薬のような快楽を誘発するフェロモンが、まだ変化したばかりで耐性の弱い青年を、一時的に狂わせてしまったのだろう。

  グポッグポッグボッ…❤とえげつない真空バキュームフェラの音が部屋に響き始め、青年が容赦なく気絶した笹田からザーメンを搾り取ろうとするのが、その音から簡単に理解出来た。

  「ぉ゛…❤…ぉ゛…❤ぉ゛ぉ゛ぉ゛〜〜〜ッッ❤❤」

  「んっ❤…ぢゅるるるる❤…ぢゅる❤ぢゅるる❤」

  ほどなくして、笹田の口から低く微かな声が漏れ、徐々に腰が高く持ち上がって行った。

  気絶しているのに、寝息に混じったかのような心地良さげな声を喉から出し、そしてそのままあっという間に青年の口内へ射精してしまう笹田。

  短い毛にビッシリと覆われたふぐりがキュンと縮んで、竿がドクドクと血管のように脈打つ。裏筋の筋肉が波打つように膨張と収縮を繰り返すのが見えれば、その位置の内側を通る空洞。つまり尿道から、大量の精子が青年の口へと直接流れ込んでいる様子が、傍目からでもありありと見てわかるだろう。

  青年が笹田のペニスの先端だけに口を付け、唇の下から舌を出して裏筋を舐めながら、勢いよく流れ込んでくる粘っこい糊のようなザーメンをゴクリゴクリと美味そうに飲み干す。

  腕は竿に触れる事無く、笹田のふとましい太ももを下から掬い上げるようにして、抱き寄せた股の間に顔を埋め、出が悪くなったと思えば、一度根元まで咥え込み、尿道を圧迫しながら先端までズロロ…↑❤と残った精子まで貪欲に搾り取った。

  そして、ちゅぽん…と子気味の良い音を出してペニスから口を離した青年。それと同時にまたしてもビクンと大きく身体を跳ねさせる笹田。

  その後もしばらく、金玉を口に含んで舌で弄んだり、根元から先端まで竿を舐め回したりと、射精後の余韻を楽しむように奉仕し続けた青年は、しかしその様子を見るに、どうやらまだまだ満足とは程遠いようだ。

  相変わらず熱に浮かされたようなぼんやりとした表情で、コーヒー缶を彷彿とさせる笹田のチンポを惚けたように見つめて、目にハートを浮かべている。

  きっとこの調子で放っておけば何時間でも夢中になって笹田のチンポへ奉仕し続けるだろう。

  そして、その奉仕を受けている笹田が気絶している今、青年を止める者は誰もいない。

  

  ペロリと唇を舐めた青年が、そのまま流れるようにゆっくりと口を開くと、笹田のペニスを上から見下ろし、そこへ覆い被さるよう、彼の股座へと顔を埋めた。

  ――笹田の受難は、まだまだ始まったばかりである。

  [newpage]

  おまけ

  ‪α‬のおやつ

  とうとう太陽という赤ん坊が産まれて、あれほど大きく苦しかったお腹が嘘のように引っ込むと、昴は何だかそんな自分の下腹部を見下ろし、ちょっとだけ妙な感覚に陥った。

  それもそうだ。妊娠したての頃はまだ小さかったお腹であるが、五ヶ月も経過したあたりでは膨らみが目立ち始めて、今まで大きい状態のままずっと一緒に過ごしてきたお腹なのだから、それが無くなって少し不自然に感じたとしても全く不思議では無い。

  元々細かった事もあり、急激に膨れてしまったお腹には妊娠線が浮き出て、その時の名残が残り、あれだけ動きにくかった身体がとても軽く感じて、何だかとても落ち着かない気分だった。

  それに、ベビーベットの中で寝そべっている太陽を見ると、こんなに大きな子供がお腹に居たなんて…と、改めて考えても信じられなくて、本当に何もかも驚く事ばかりである。

  「太陽は眠ったか?」

  「…ん?……うん。」

  ふと、部屋の扉が開いたかと思うと、大我が小声でそのように聞いてきて、少し物思いに耽っていた昴が、一拍遅れて返事を返す。

  ベビーベットの中では太陽が舌をちょびっとマズルから出して眠っており、時折腕を動かしては、夢で何かしているようだ。

  大我が足音を立てないよう静かにやってくると、そんな太陽を見下ろして心底幸せそうに微笑む。親バカなのは結構だが、最近では仕事に行きたがらなくなって、玄関前で子供のように駄々をこねるのが悩みの種だった。しまいにはチューをしてくれないと仕事にいかない…と意味不明な事を言い始め、結局その勢いに負けて言われた通りにしてしまうから、昴は自分もなかなか甘くなったものだなと、自身の変化に驚いている。

  まぁ、大我もちゃんと約束通り、毎日家に帰ってきてくれるようになったので、一応その約束に応えたという事にしておこう。ちょっとぐらい報酬を与えた方が、大我のモチベを維持するためにも必要だ。その結果調子に乗ってこれ以上甘えてくるのであれば、やっぱり少し厳しくした方がいいかもしれないが。

  二人で太陽を起こさないように部屋を出る。初めての子育てという事もあるし、太陽はお腹に居た時と変わらずとても元気な子なので、なかなかお世話が大変だ。

  最近ではこうして太陽が眠ってから、やっと自由な時間が出来たとホッとしてしまうくらいで、ちょっと前のただひたすら暇だった時間が恋しいとすら思っている。

  大我が何もかも世話を焼こうとするのは変わっていないので、昴は基本的に太陽の相手をするだけで良いのだが、大我が仕事で家を空けている間、結局一人でやらないといけないという点で考えると、あまり忙しさに変わりはないだろう。

  その為、太陽が産まれる前に抱えていた、本当に自分が子供を育てられるかとか、実の父親に孕まされた息子を愛せるかどうかとか、そんなくだらない悩みをグダグダ考えている時間もないくらい、あっという間に日々は過ぎ去っていった。

  今日も今日とて、凝った身体をほぐすように腕を高く上げて伸ばしながら、昴は大我と共に1階へと降りていく。息子を抱っこしてお世話するのは、お腹に赤ん坊が居て動きづらかった時とはまた違った大変さがあって、腕や肩の筋肉を酷使するのが辛いところだ。

  そんな昴の様子を見て、大我が優しく肩を揉んでくれる。手のひらが大きいので、首の周りが彼の手だけでいっぱいだ。

  マッサージしてくれるのは嬉しいが、ずっと前からこうして何かにつけてボディタッチしてくるのは、大我がやましい事を考えている証拠でもある。

  素直に喜べない気持ちになりつつ、昴が居間のソファーに座ると、大我は今度、二の腕や前腕に手を伸ばし、ニコニコと厳つい顔に微笑みを浮かべながら、彼を労っていた。

  「どこか痛いところはないか?」

  「ないよ。」

  「そうか。昴は偉いな。普通産んだ直後は皆[[rb:参 > まい]]ってしまうもんだが。」

  「………どうせエッチな事考えてるんでしょ?」

  「っ!?…な、何言ってるんだ!そそそ、そんな訳ないだろう…!」

  (――やっぱり図星だな。)

  こうして露骨に褒めてきたり、ボディタッチしてくる時は、あからさまにいやらしい事を考えているという予想は、やっぱりその通りだったようだ。それとなく指摘してみると、大我は面白いくらいに動揺して[[rb:吃 > ども]]り、額から大粒の汗を垂らして目を丸くした。

  そして、まさか突然そんな図星を突かれるとは思わなかったのか、何か誤魔化すかのように、気まずげな顔で押し黙ってしまう。……そもそも毎日のように似たような方法で手を出してくるのだから、今更それを指摘されたところで堂々としていれば良いのに。元の性格が堅物だからか、素の誘い方が下手くそで、同じ行動パターン一辺倒になっているのに自分で気がついていないのだろう。

  ジト目でジロリと見つめていると、それに気がついた大我が、ハッとして視線を逸らし、話をすり替えるように昴の足をマッサージし始めた。……このまま何食わぬ顔で手を出そうとしてきたってそうはいかない。

  「そろそろお風呂に入ろうかな。…勿論一人で。」

  「す、昴!?」

  「着いてこないでね。」

  大我の手からスルリと逃れ立ち上がった昴がそう言うと、それを聞いた大我が驚愕に目を見張って哀しげに叫んだ。手を伸ばし、立ち尽くす彼にしっかりと釘を刺してから風呂場へ向かう。

  ただでさえ育児で疲れているのに父の相手などしている体力はない。夜だって太陽が夜泣きすれば起きなければならないのだ。ただ寂しくて夜泣きしているならまだしも、お腹が空いていて母乳が必要だったりする場合は必ず昴が出向かなくてはいけないのだから、そこは大人である大我が我慢してほしいものである。

  まぁ、そう言って我慢してくれるのであれば、ここまで苦労していないのも確かなのだけれど。

  浴室に入って、シャワーを浴びながら身体を洗っていると、脱衣所の方からヒトの気配がして(やっぱりな…)と昴は諦めにも似た感情を抱いた。我慢しろと言われてしてくれるのならば、昴は父をもっと好きになっているところだろう。

  そして当たり前のように、ガラガラと風呂場の扉が開いて大我が我が物顔で入ってくる。誤魔化すようにニコニコ笑っているけれど、昴は彼に聞こえないよう小さく溜息を吐いてから、呆れたようにゆっくりと後ろを振り返った。

  「……父さん。」

  「寂しいじゃないか昴。父さんも一緒に入れてくれ。」

  「……来ないでって言ったのに。」

  「そんな意地悪な事を言うなよ。なぁ?」

  恨み言を呟いたとて、言われた本人は勿論去るつもりなど毛頭無く、そのまま昴の背後に胡座を掻いて座ると、腕を伸ばして後ろから彼を抱きしめた。

  分厚く、豊満な胸の筋肉が後頭部を包み込み、硬く筋張った毛深い腕が、優しく身体を抱擁する。むにゅりと尻に柔らかい突起物を腰を動かして当ててくるのは多分わざとだろう。昴はジト目で正面の鏡越しに大我を見た。

  「だってどうせエッチな事したいだけじゃん。」

  「そりゃ当然だ。父さんも一人の雄であり、お前の番なんだからな。愛を伝えるにはこれが一番だろう?」

  「……はぁ」

  指摘したにも関わらず、今度は率直に堂々とそう言う大我を見て、もはや隠すつもりもなくそういう態度で接してくるか…と昴はある意味で感心してしまうくらいだった。そこまで潔いといっそ清々しく思える。いつもの様に遠回しなアピールしてくるより幾分かマシではあるが、それはそれで対応に困ってしまいそうだからどうしようもない。

  既に昴の腹をいやらしく撫でる手のひらが、そのうち少し膨らんだ胸の脂肪を下から絞るように掴んで、昴はその感覚に眉を顰める。

  乳首の先端から、白い液体がピュルリと押し出されるように出てきたと思うと、そこから肌に垂れるよう僅かに筋を作っては、シャワーのお湯に流されて溶けていくのが見えた。

  肉が盛り上がり、ツンと突き出した胸の登頂部へと、大我の太い人差し指が伸びていく。柔らかい肉球の付いたその指の腹が、スリスリと円を描くようにそこを撫で回すと、ビクンと身体を震えさせた昴は、歯を軽く食いしばって、快感に漏れる息をどうにか抑えようと身構え始める。

  「ん…っ❤…ふぅ…っ❤…これ…やっ❤」

  「少し右の乳首の方が左の乳首より硬くなってるな。……太陽に右の乳首でばかり乳を飲ませとるんだろう。……せっかく両方同じくらいに開発してやったのに、仕方の無い子だな。」

  大我の言葉に、今度は昴が図星を突かれたような気持ちになって、耳まで真っ赤にしながら俯いた。

  乳首の硬さなんかに拘っているのは大我くらいなものだし、今まで意識してなかったにも関わらず、そのように言われると何だか妙に恥ずかしい気持ちになる。

  抵抗するように、胸を揉みしだく大我の鍛えられた腕を下から掴んで、ギュッと強く力を入れた。当然それを離れさせようと揺さぶってみたりするものの、まるで溶接された鉄の棒に掴まるが如く、無駄な努力に終わり、昴は不機嫌そうな呻き声を上げながら、不愉快を露わにしていた。

  「う〜〜…っ!❤」

  「こら。そんな声を出したってダメだ。」

  父の意思には逆らえない。

  なぜなら、筋力も、体格も、‪α‬とΩという性一つとったって、あらゆる点において、昴が勝っている部分など何一つないのだから当たり前だ。

  どんなに不快を露わにしたって、どんなに暴れて抵抗したって、大我が本気を出さずとも、その片方の腕を伸ばしてきた時点で、昴にはもはや出来ることなど全く無くなり、彼の思うがまま、肉体を蹂躙される事しか出来なくなってしまう。

  「立ちなさい。」

  「………」

  「立て。」

  言われて、最初は無視したものの、結局強く命令されると従わざるを得なくなり、昴は言われた通りその場に立ち上がった。

  「こっちを向いて。」

  「……ん」

  「股を開くんだ。」

  「……ぅ〜…」

  そしてそのまま、大我と向き合うように振り返ると、丁度座った彼の頭が、自身の胸の少し下の所に来て、こちらが見下ろすような形になる。

  その後は、足を肩幅に開き、昴は拗ねたように唇を尖らせて、大我の肩に両手を置く。

  「右側を太陽に吸わせているのなら、左側は父さんが吸わないといけないな。…だろ?」

  「………っ…❤ふぁっ❤❤」

  肯定も否定もする暇さえ与えられず、そう言って昴を見上げた大我が、舌を突き出し左側の胸へとかぶりついた。

  ビクンと大きく身体を震わせ、甲高い悲鳴をあげて、肩を掴む手のひらにギュッと力を込めながら快感に堪える。

  太陽と違って、しっかりと形成された舌の上の細かい棘が、ザリザリとマズルの中で乳首の先端を撫で始めると、昴は足をガクガクと震わせ、片方の手で思わず口元を覆うように隠した。

  胸の肉を強く吸われながら、舌先で弄ぶように乳首を何度も弾かれる。スリスリといつの間にか太腿を撫でている手が、発情したスリットから漏れる愛液を掬って、それをニチャニチャと指の間でいやらしく混ぜ合わせていた。

  一瞬胸から口を離した大我が、その指先を昴にマジマジと見せながら、意地悪く呟く。

  「おや?…なんだこのドロドロした液体は。……嫌がってる割には、まだ直接触ってもいないここから沢山溢れ出てくるようだが?」

  「はぁ…うっ❤❤…ち、ちが…っ❤」

  「何が違うんだ?…乳首だけで…ほら、こんなに一杯垂らして。……太陽にお乳を吸わせている間もこうやっておマンコ濡らしてしまっているのか?…はしたないとは思わないのか?」

  「やぁっ…❤❤違うぅ…っ❤❤」

  確認されるよう、股の間のΩスリットを指でなぞられ、その快感に今日一番身体を跳ねさせた昴が、恥ずかしさに少し涙ぐみながら頭を横に振った。

  けれど、そんな風に否定したところで、実際に触られたスリットの間から、沢山の愛液が今この時もダラダラと溢れて、ニチャニチャといやらしい音を立ててしまっているのだから説得力などあるわけが無い。

  乳首だけでこんなに漏らすのならば、[[rb:父乳 > ふにゅう]]を与えている時も、その快感でこうなっているに違いない。

  大我の指摘を涙ながらに否定する昴であったが、実際には確かに、開発されてしまった乳首を太陽に吸われて、感じてしまっている自分を知っている。

  そうして言葉責めされると、尚更愛液は溢れ出てしまって、とうとう一本の筋を作ったそれが、大我の指から零れて床にポタポタと落ちていってしまった。

  「コラ!…全く、仕方ない子だ。…こんなに溢れさせて、勿体無いだろう❤」

  「ひぃぃっ❤❤」

  叱責するように大我がそう言って、昴の身体を傍にある浴槽の縁に座らせた。そして、そのまま強制的に股を開かせると、愛液の漏れるスリットに狙いを定めて顔を埋め始める。

  クンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、淫らなΩのいやらしいフェロモンをしっかりと取り込んだ。…かと思えば、そのマズルの中から、分厚く長い舌を伸ばし始め、そこから獣のように唾液を垂らし、貪るようにΩスリットへと喰らいついていく。

  「フンフン❤…じゅるるる❤ぢゅる❤……レロ…ゾリ…ッ…じゅ❤❤❤」

  「ふあっ❤❤やぁぁ…っ❤❤だめ…っ❤だめぇっ❤❤おまんこ食べないでぇっ❤❤やだぁぁ❤❤」

  言ったところで聞いてくれる訳もなく、大我は、とうに使われなくなった昴の小ぶりなふぐりの下に鼻先を埋め、フンフンと蒸れたΩの臭いを嗅ぎながら、容赦なく縦割れを下からゾリゾリなぞるように舐め上げる。

  昴は大我のこの責めが苦手だ。というより、苦手にさせられたと言っても良い。

  毎日のように彼の舌によって舐め上げられ、開発されたスリットは、もはや完全に弱点を把握されてしまっており、あまりにも快楽が強すぎて頭がおかしくなってしまうからである。

  それは当然そうだろう。そもそもその弱点をこうしてじっくりと開発し、[[rb:今日 > こんにち]]に至るまで丁寧に調教したのが大我の舌なのだから。…当たり前のようにそれを受け入れ、迎合してしまうのも何ら無理のない話なのである。

  「んお゛っ❤お゛…❤ほお゛ぉ゛っ❤…りゃ…っ❤❤」

  「ん〜…?…っ…ず…ずずずずず…❤…ぐちゅ…❤…ゾリ❤」

  そして、あっという間に頭がバカになった昴が、視線を軽く上向きにし、やや中央に寄せて、汚濁の混じった声を途中で引き攣ったように中断したかと思いきや……。

  「っ……く…❤…ィ…く❤」

  かすれて消えかかった声で呟いた。

  目を閉じ、何かに集中するよう眉間に皺を寄せた大我が、モゴモゴと口の中で激しく動かしている様子が見える。

  ――舌がスリットの内部へゆっくり、しかし確実に奥まで挿入されてしまったのだ。

  柔らかな膣肉を無理やり押し開き、中にある子宮のすぼまりを尖った舌先でグルリとほじくる。

  昴の伸ばされた腕は、自身の腰の後ろで大我にガッシリと掴まれ動けなくされて、足は虎の頭を挟むようにして伸ばされグワリと足指を開いてしまう。

  瞬間、勢いよく大我が顔を股から離し…。

  「ずろろろろろろろろ…❤ずろん…っ❤」

  「き゛ぁァぁぁぁ゛ッッ…っ❤❤❤」

  それと同時に、挿入されていた舌もまた派手に引き抜かれた。そうすると、こんな長さの、こんな太さの物体が本当にこの狭そうなスリットの中に入っていたのか?と驚いてしまう程の質量がまろび出てきて、昴が低い悲鳴を上げながら歯を食いしばる。

  ――プシャー…!❤とスリットから勢いよく潮が吹き出し、大我がそれを顔面に受けながら嬉しそうに牙を見せてへらりと軽薄に笑った。途中からは、開いた口にそれが向かってくるようわざわざ角度まで変えて、ゴクリゴクリと当たり前のように飲み込んでいく。

  そして何度か、断続的に吹き出した潮も余さずに飲み干すと、ぢょろろ…と勢いの落ちたスリットをもう一度ひと舐めしてから愉悦に浸った。大我にとって、昴の潮を浴びたり飲んだりする行動は、もはや毎日のルーティーン。職場の者が知ったら間違いなくドン引きするであろう彼の趣味だ。

  当然、そこまで好きな行為をたった一度で終わらすわけなどない。

  昴のスリットは大我のおやつ。大好物だ。

  荒く息を吐く息子を無視して、大我はまたしても、彼の股の間に顔を埋めるのだった。

  「ひぃぃぃぃぃ❤❤まらイクぅぅぅぅ❤❤❤」

  昴の絶叫と共に舌をズロン↑❤と勢いよく抜き去る。そうすれば決まって彼のスリットからは潮が吹き出し、またしても大我は愉悦に浸る。

  腕を掴んでいた手は、今度、昴の胸を左右から鷲掴み、親指の腹で乳首をコリコリと撫でていた。仰け反った昴は、足先をピンと伸ばしながら、もう何度目か分からない絶頂に白目を剥き、口の端から唾液を垂らしている。

  弛緩し、絶頂の余韻に全身をグッタリとさせる昴の腕を掴んで立たせようとすれば、彼は当然足に力が入らず、大我の腕に吊られるよう膝から崩れ落ちた。

  そんな昴を軽々と持ち上げ、彼の膝裏から腕を差し込み、豪快に持ち上げた大我は、自らの勃起したグロテスクな魔羅を、昴の開き切った股の間に擦り付けて、まるで純真な少年のように、牙を見せて無邪気に笑う。

  [[rb:所謂 > いわゆる]]、駅弁と呼ばれる体位である。大我と昴程の体格差があると、もはやそれは大きめのオナホールを持っているのと変わらない。いや、ダッチワイフと言った方がよいか。

  とにかく言えるのは、昴にとって一切身動きの取れない体位であるにも関わらず、大我にとっては自由にその身を弄ぶ事が出来る体位であるという事だ。大事なのはその事実である。

  「さて、覚悟はいいか?昴。」

  「はへ…❤…あむっ…❤ん…❤むぅ〜❤」

  そんな事を聞きつつも、結局またしても返事を聞く前に、大我は昴の唇にかぶりついて深い深いディープキスをした。

  膣の奥の奥までほじくれる程の長い舌で、昴の喉奥をゾリゾリと削り、自慢のペニスで何度も開発してやったイラマ性感を舌で刺激する。

  喉を強制的に開かれている為、流し込まれる唾液も、ただされるがままに飲み込むしかない。

  持たれた身体ごと、顔を離されると、相変わらずこんな物が中に入っていたのか?と思う程の長い舌がずるるるる…↑と昴の口から引き出され、それと同時に昴の舌も一緒にまろびでた。

  「ぁえ゛ぇ…❤❤❤」

  まるで犬のように舌を突き出し、熱に浮かされたような涙目でわけも分からず大我を見上げる昴は、とっくに理性など無くなってしまい、ひたすら与えられる快楽の虜となってしまっている。

  そんな自身のΩを見下ろし、加虐心に尚更火をつける真性のドS‪α‬は、自身もまた熱っぽい表情で上機嫌に笑うと、とうとう、その下半身にある分厚い血管に覆われた剛直を突き出して、ヒクヒクと竿全体を縦に揺らしたのだった。

  「[[rb:挿入 > いれ]]るぞ…❤」

  今までの前戯とは比較にならない本当の雄交尾というものが、ここに来てとうとう始まろうとしていた。

  「ふぎっ…❤ぃ゛ぃ゛ぃ゛あ゛ア゛ア゛!!❤❤」

  「お゛…っ…お〜〜…❤」

  ぴとりとケツ穴に先端を密着させた自身のペニスへと、大我がゆっくり昴の身体ごと落としていく。

  支えなど無くても天を向いてそそり立つ鉄塔のような剛直は、まるで鋳造したての鉄のように熱を持ち、驚く程簡単に、昴の腸壁を掻き分けていった。

  既に頭のネジが外れて呆けていた昴は、大我の言葉など理解出来ず、まるで今初めて挿入される事を知ったかのように目を見開き、ひしゃげたような声を上げる。そしてそのまま大我の手によって、抱き上げられた肉体ごと容赦なく挿入が始まってしまうと、否応にもなく無理矢理肉を開いていく強烈な快感に舌を突き出し、大我の男らしい胸の毛を両手でギュッと掴みながら、掠れて消えかかった凄まじい絶叫をあげたのだった。

  そしてそんな昴とは打って代わり、挿入を指揮する大我は、自らのチンポが柔らかくねっとりとした肉筒に詰められる快楽に目を細め、喉の奥から男臭い低い息を吐き出した。そして尚更その快楽を追求するかのように容赦なく昴の肉体を落としていき、業火の楔でもってそのまま昴を串刺しにする。

  身を翻し、壁際に向き合うよう立って、相手の背中を押し付けた。すると、昴は大我の硬い肉体と浴室の壁との間に挟まれる形となり、自然と肌が密着して、大我の豊満な胸板に顔面をミッチリと埋める状態になってしまう。

  ‪α‬の…いや、大我の身体からは、まるで濃度の高いアルコールのような渋い臭いがした。それは普段から嗅ぎなれている臭いでもあり、状況によってはΩである昴には安心感を与える臭いでもあるのだけれど、今はただ凶暴なフェロモンの押し付けとしか思えない、興奮を助長する恐ろしい臭いだ。

  少しでも大我が身体を動かそうと力を込めれば、昴は彼の毛深い虎獣人の肉体に埋もれて、身動きも息もほとんど出来なくなる。

  背後から見れば、大我の鍛え上げられた大きな背中と、股の間にぶら下がる野球ボール大の金玉、そして、両サイドから飛び出す昴の足先だけが見えるだろう。

  そのうち、ついに大我の腰が艶めかしく、揺らぐ波のように動き始め、長い尻尾がくゆりと[[rb:揺蕩 > たゆた]]う。

  角度を調整し、弱点を突くようないやらしい腰使い。筋肉に窪みを作った硬そうな尻の肉が、突き上がる度にキュッと引き締まって、早くも陰嚢の垂れ下がる股の間から、昴が吐き出したのであろうオクラ汁のような粘液が、ボタボタと重たい音を立てて床に粘着質な水溜まりを作り始める。

  「…っ❤…ぅ❤…ぅ…❤…っ❤…っ❤…〜〜〜ッッ❤❤」

  「お〜…❤ハハハ…っ❤すげぇな…❤…おまんこから腹に潮が吹き出してるのが分かるぞ❤…おら、ここがいいんだろう❤父さんには昴の良い所が全部分かるんだぞ?❤」

  「ぅ…〜〜〜ッッ!!❤❤〜〜〜ッ!!❤❤」

  大我の胸板に埋もれた昴の口から、声にはならないくぐもった叫びと振動が伝わってきて、それと同時にブルブルと震える全身からも、彼が絶頂した事は簡単に理解出来た。

  キュンキュンとケツ穴の括約筋が、ズッポリと奥まで挿入された大我のチンポの根元を何度も何度も小刻みに締め付けているし、言った通りΩのスリットからは盛大に潮が吹き出して、大我の割れた腹筋にぶち当たり、そのまま鼠径部の溝を流れるように、股下から床に落ちていった。

  両脇から飛び出す足の先も、グワリと指が開いたかと思えば、直後には弛緩したようにフッと力が抜け落ちて。

  それでも、大我の蛇のような艶かしい腰付きは止まらない。尻で文字を描くように、上下左右の角度を付けては、昴の結腸を抉るように突き上げていた。

  「さぁて…っ❤そら、奥もしっかりほぐしてやるからな❤」

  「っ!?❤っ!?❤」

  「ハハハ!そう遠慮するな!❤昴は結腸を責められるのが大好きだもんな?❤父さんちゃんと分かってるんだ❤」

  「〜〜!!❤〜〜!!❤❤」

  そう言って、大我がいやらしく微笑みながら、抵抗の出来ない昴に否応なく告げると、胸板に顔を埋めた彼は、まるで嫌だ嫌だと言わんばかりに激しく首を横に振り、何かを声高に叫んでいるようだった。

  実際には強く押し付けられてい胸毛に顔面が埋もれている為、首はそれほど左右に動かしきれていないし、興奮でもはや快楽を追い求める機械のように成り果てた大我には、彼にとって都合の悪い言葉は聞こえず、当然昴が何を言ってるかも理解できない。…しようともしていない。

  「よっ❤ほっ?❤」と、大我が何かを探るかのように、根元まで押し付けたペニスで、昴の奥をこねくり回した。それだけでも多大な快楽を生み出しているというのに、これ以上を求められてしまったら一体どうなってしまうというのか。

  そんな事を考える暇もなく、ほどなくして、グポッ❤と何かの嵌ったような音が、ペニスで盛り上がる昴の腹の内側から微かに聞こえてきた。

  「ッッ!?!?!?!?❤❤❤❤❤❤」

  「お?…嵌った嵌った❤よしよし❤よく頑張ったな❤…さて、動くぞ〜?❤」

  「ッッ〜〜〜〜〜!?!?❤❤❤」

  ゴリッ❤ゴリュッ❤グポッ❤

  そのようなグロテスクにも思える音が、確かに耳を近付ければ昴の腹の内側から聞こえてきて、S字に曲がった結腸を乱暴に真っ直ぐ伸ばされているという事実が伝わってくる。

  まるで自由自在に形を作れる粘土のように、まるで両手で強く引き伸ばした薄いゴムの皮のように、昴の内蔵が大我の剛直によってこねくり回され、妊娠線の浮き出た細い腹が、内側からグワリグワリと寄生虫のように蠢いている。

  「ぁ゛〜〜〜〜!!!❤❤❤」

  そのあまりの快楽の強さに、胸の体毛に埋もれたハズの昴の口から、微かにくぐもった絶叫のような声が聞こえてくる程であった。

  この間にも絶え間なくΩスリットから潮を噴出させて、もはや床は浸水しているのかと思うほど濡れているし、何度ドライオーガズムに達したのかも理解出来ていない。

  まだ叫べるだけ奇跡と言えるだろう。なにせ頭は快楽で一杯になり、おおよそ思考と呼べるような意思はもはや無く、殆ど動物のような本能だけで動いているに過ぎないくらいなのだから。

  相対して、大我はまるで鼻歌でも歌ってしまいそうな程の呑気さ。ニコニコと上機嫌に笑い、ただ昴が気持ちよくなってくれているという一点のみを重視して悦楽に浸る、快楽責め担当の拷問官のようだった。

  両サイドから飛び出す昴の足の先が、吊りそうな程ふくらはぎをピンと伸ばして、指をギュッと強く丸め込んでいた。…かと思えば突然力が抜けてフッとつま先が萎れ、そしてすぐさままたビクンと震えては、今度、グワリと関節を開いて、そうして結局すぐ萎れるのを繰り返す。

  腰を前後に艶めかしく動かし、尻を左右にフリフリと振る大我の尻尾が、まるで煙草の煙のようにユラユラと緩慢に動いていた。

  そんな穏やかな休日の台所を彷彿とさせる後ろ姿に隠れたその向こう側では、ドチュリ↑ドチュリ↑❤と重々しく下から突き上げられ、何度も強制的な絶頂を味合わされる哀れな青年が一人いる。

  「ふっ…ふっ…ふっ…❤…ん、そろそろ父さんも限界だ。…中に射精すぞ昴?」

  「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…ッ!!❤❤❤」

  答えなど最初から聞いていない、当たり前の日常会話のような調子で大我がサラッと呟き、彼の胸板の毛をギュッと握りしめた昴が、その体毛の中から想像を絶するような叫び声をあげている。

  当然抵抗など出来るわけもないのだから、初めから拒否権など与えられているはずも無く、勢いを増した激しい突きの動きに、ドチュン↑ドチュン↑❤と空気に粘液の混じった音が尚更大きくなった。

  「お゛っ❤[[rb:射精 > で]]るっっ!❤」

  「ィ゛ぃぃぃぃ…っっ❤❤」

  ゴポリ…❤昴の腹の中で、粘液の膨らむそんなエグい音が聞こえて、ドチュンッッ!↑↑❤と大我が一気に奥の奥まで腰を突き上げた。

  野球ボール大の大きな陰嚢が、きゅ〜…と下から縮こまり、中に沢山用意された子種汁を、どんどんと容赦なく昴の中へと注ぎ込んでいく。

  絶頂で何度も痙攣したように引き締まる昴の肛門括約筋に負けず劣らず、野太い幹のような大我の逸物も、脈動するようにドクンドクンと竿全体を膨らませ、その度筋肉によって上に引き上げられた金玉が、股の間で悠々と上下に揺れるのが、背中側からでもよく見えた。

  身体を翻し、昴の背中を浴室の壁から離すと、やっとグッタリ項垂れた動きに従って、大我の胸元からゆっくりと顔が剥がれていく。…その表情は涙と鼻水、唾液と頬の紅潮により、凄まじいものとなってしまっていて、もはや普通の人間がしてよい表情かどうか悩んでしまう程のものだ。

  相変わらず、膝下から腕を差し込み、駅弁の状態で昴を持ち上げている大我が、彼の身体を唐突に、勢いよく上へ持ち上げた。

  すると当然、ケツマンコから剛直が襞を捲り上げながら抜き放たれ、まるで一瞬卵のように膨らんだスライムのようなザーメンが、ゴポリと濁った音を立てて、そこからぶぷゅりと汚らしく漏れ出してしまう。

  軽々と大我の頭の上まで持ち上げられた昴。そのΩスリットに向かって顔を上げ、マズルを開いた大我は、瞬間、吹き出す潮を予知していたかのように、それをジョボジョボと口の中に溜め込んでから、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。

  そして、やっとの事、昴をその場に優しく座らせると、姿勢が覚束無いようで、ガクガクと絶頂の余韻に全身を震わせながら、引き攣ったような音を定期的に喉から漏らすのだ。

  ――大我は笑う。昴を満足させられたという、その充実感に…。

  「ふがっ❤…ひぃくぅッ❤ひくゥッ!!❤❤❤」

  「お゛〜❤すげ…❤締まるっ❤」

  それでもなお、大我の行為は未だ終わる事を知らなかったようだ。

  背後から抱き寄せた昴。彼の顔面を後ろから鷲掴みにし、片方の腕を自身の腰の辺りまで掴んで引いた大我は、密着する彼のケツ穴を艶かしい腰のグラインドで掻き回しながら、リラックスしたように大きな息を漏らしていた。

  昴は片目を指で隠され、もう片方の目を上向きにして、指で押さえ付けられた鼻先を穴が見えるよう持ち上げられながら、豚のような無様な表情で与えられる絶頂を叫ぶ。口に突っ込まれた薬指と小指の2本の指が舌の動きを阻害し、舌っ足らずな言葉になって、まるでその言語まで一種…動物の鳴き声のようだ。

  一応大我のその屈強な前腕を掴んで、どこか抵抗しているような仕草を見せてもいるけれど、実際それが通用していないのは見ての通り。そもそも、本当に抵抗として掴んでいるのかも怪しいところ。どちらかと言えば、ただ本能的な防御反応でそうしているに過ぎないと考える方が妥当だろう。

  内側からボコンボコンとピストンの度突き出た腹の下、もう随分使わなくなって久しく、以前より遥かに小さくなった極小のポークピッツから、トロリと白く濁った汁が垂れた。

  相変わらず、Ωのマンコからは壊れた蛇口のように潮が吹き出しており、とはいえ流石に種切れなのか、その勢いはチョロチョロと、キレの悪い小便のようでもある。

  「射精すぞ?…受け止めてくれっ…昴!❤」

  「へぇェぇ…〜…っ❤」

  二度目の射精。一発目とはまるで威力の衰えない。いやむしろ、増してさえいる、そんな射精をその身に受けながら、昴は白痴に狂う気の抜けた声を出して脱力した。

  何度も何度も、念入りに皺の隙間まで刷り込むように腰を動かされ、ザーメンで一杯になった腸壁が、グチョグチョに絡んでいる。張り出た亀頭の傘部分が、そんな白濁を掻き出すようにして、ケツと蟻の門渡り…Ωスリットはドロドロに濡れてしまっていた。

  その濃度だけで、実際には挿入されていないというのに、スリットの奥にある子宮がまた受精してしまうのではないかと錯覚するくらいの濃さだ。

  ケツ側から何度も圧迫された子宮は、実際その刺激に活性化しており、キュンキュンと種を求めて、擬似的に妊娠を錯覚している。

  そうして、しばらくしっかり耕した後は、昴の身体を気遣ってちょっとした休憩だ。

  「ふぅ…❤こうしているとまだまだ[[rb:射精 > しゃせい]]してしまいそうだ…。…だがそろそろ終わらないとな。名残惜しいが。」

  「はへ…❤…へぁ…❤あむ…っ❤ん…❤ん〜…❤」

  「ちゅ…❤ぢゅるる…❤ん…❤ん〜…❤ぢゅ❤ぢゅる❤」

  言いながら、顎を掴んで背後に向けた昴の口元へと、大我は後ろから覆い被さるように、喰らいついてキスをした。

  そのまま胸を突き出すように反った彼の身体を抱きしめるようにし、そして下から絞るよう掴んだ乳の先端を、クリクリと人差し指で弄んだかと思えば、漏れたミルクをそこに馴染ませている。

  そうしていると、またしても微かに昴の全身がビクンと震えて、オーガズムに達しているのが手に取るように分かった。

  連続的な絶頂で性感帯が異常な程高まっている今の状況では、もうほんの少しの刺激でさえ、彼の昂りを抑えることは出来ないのだ。

  口を離すと、今にも気を失ってしまいそうな昴を見下ろして、呟く。

  「さぁ、じゃあ後一回、父さんが射精したら終わりにしようか?❤な?❤」

  「へぇ…?❤」

  「よしよし…❤大丈夫だ❤きっとすぐ終わらせるからな❤」

  「んぁ?…❤…ぁ゛…っ❤ぉ゛ぇ❤」

  ニッコリと笑って、思考のままならない昴にそう突き付ける。幸運だったのは、これまでの行為で朦朧としている昴の頭が、彼の言っている事をイマイチ理解出来ていなかった事だろう。

  むしろ、それを分かっていて、大我はそんな事を言ったに違いない。

  相変わらず、状況を理解出来ていない昴の首に腕を回した大我は、そのまま彼をギュッと強く抱き締め、ヘッドロックを掛けながら、鼻から上を手のひらで覆い隠した。

  目元を隠され、首を絞められて嗚咽のまま開いた口の間から、デロリと舌をまろび出した昴が、そのまま激しく後ろを突かれ始める。

  「お゛ぉ゛ッッ!?❤❤お゛っ?❤お゛っ?❤お゛っ?❤お゛ぉ゛〜ッッ❤❤❤」

  「お゛〜…❤いいぞ…っ❤やはり…こうすると、中の締まりが堪らんなっ!❤❤」

  低く掠れて潰れたオホ声が、昴の口から突きのリズムに合わせてひり出される。こうして首を絞めると、腸壁が今まで以上にねっとりと強くペニスを締め付けて、快楽が今までの比ではないのだ。

  相変わらず昴は、自身が一体今どういう状況で、どんな事をされているのか、分からないとでも言うように、頭の上から疑問符を浮かべて快楽を享受している。

  見える片方の鼻の穴からはドロリと鼻水が垂れ、まろび出た舌の脇からは唾液を漏らして、今度こそ本当に、ただ大我の快楽を貪る為の道具として使われているかのようだ。

  当然、そのような事など知ったこっちゃない大我は、これまで以上に素早く腰を動かし、以前の昴を喜ばす腰つきから、自身の快楽を追求する腰つきに変えている。

  半開きに目を細め、熱に浮かされたよう遠くを見る大我は、マズルを突き出して眉を寄せながら、雄としての喜びであるチンポ性感をこれでもかと楽しんでいるのだった。

  「お゛〜〜っ❤❤もうイくぞ!❤❤[[rb:射精 > しゃせい]]する!❤❤父さん昴のマンコまた孕ませるぞ!!❤❤二人目仕込んでやるからしっかり孕めよ!!❤❤覚悟しろ!!❤❤おら!おら!おら!!イクイクイクイク!!❤❤[[rb:射精 > で]]るっっっ!!!!❤❤」

  「ん゛ぉ゛〜〜っっ❤❤ぇ゛…❤…げぇ❤❤」

  射精が近付くにつれて、‪α‬の優秀な高学歴の脳みそがIQ2まで低下し、言葉尻にそれらの兆候が如実に現れ始める。それは男としての本能であり、相手を孕ませたいという欲望そのもの。雄の乱暴な側面を全面に押し出し、遥か昔に他族から略奪を繰り返していた時の、蛮族じみた凶暴さで相手を蹂躙してしまう欲求。

  マンコがどうだの、仕込むだの孕めだの、普段の大我からはおおよそ想像できないワードは、まるで思春期に入りたての中学生のような言葉選びだ。

  しかも、その勢いに任せて尚更強く、抱きしめるようにギュッと昴の首を絞めて引き寄せてしまっているから、彼は顔を青紫に染めて、喉の奥から咳き込むように唾の飛沫を飛ばしていた。

  こんな事を言っているが、射精している先はケツ穴であって、子供が仕込める方では無い。

  ズン…ズン…と、重く、最後の一撃を加えるかのように腰を何度か突き出して、金玉からたっぷりと孕ませ汁を排泄した大我は、徐々に冷静になる脳と思考の中、ゆっくりと身体の力を抜いて、昴の肉体を優しく抱き締めたのだった。

  心地よい余韻の最中、またしても愛に溢れた口付けで、二人の快感が溶け合っていく。

  そしてやっぱり、後になってカンカンに怒られる大我は、それでもどこか幸せそうに、甘んじて昴の言葉を受け入れるのだ。

  もう二度としない!……そんな詭弁でその場を乗り切って…。

  おしまい

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