クラスメイトは使い魔!? 〜全裸で首輪つけられて平面化される私の魔法学園生活〜
■ Part. 1: 使い魔の首輪
春の日差しが魔法学校の中庭を照らす。美咲と玲奈は、古い石のベンチに向かい合って座っている。玲奈は栗色の髪を軽く風になびかせ、美咲を見つめた。ほんの少し不安げな眼差し。
美咲は黒髪をかきあげながら言う。その声には珍しく焦りが混じっていた。
「明日の実技試験、使い魔がいないと不可なの」
「どうにかならないの? 召喚儀式、昨日も失敗しちゃってたし…」
「明日香先生に相談したけど、『実地での使い魔がいないなら試験は不可』って言われた…」
玲奈は困った表情で友人を見つめる。美咲はこのところ、召喚の儀式で使い魔を呼び寄せられずにいた。努力は誰よりもしているのに、成果が出ない。玲奈には、美咲の苦しさがよく分かった。美咲はかばんから小さな箱を取り出す。中には、繊細な銀細工が施された首輪があった。
玲奈は目を見開く。一瞬、言葉が出なかった。
「これ…使い魔の首輪。玲奈、お願い」
「え…それって、私が…?」
「そう、玲奈しかいないの。頼む、試験の時だけでいいから」
美咲は真剣な眼差しで言い、前のめりになる。その熱意に、玲奈は口を閉ざした。彼女は「使い魔の首輪」の意味を知っている。魔法使いの道具として扱われるということ。しかも、使い魔は通常、衣服を身につけない。恥ずかしさと戸惑いが胸を締め付ける。
「でも…私、人間だよ? 使い魔じゃなくて…」
「試験のときだけ! お願い、玲奈。私、このままじゃ留年しちゃう…」
美咲の顔には涙が浮かんでいた。玲奈はため息をつく。
「…わかった。試験のときだけね」
美咲の顔が輝く。玲奈は後悔の予感を感じながらも、友人の笑顔に安堵する。
試験の朝が来た。魔法実技試験場。明るく広々とした円形の部屋の中央に、美咲が立っている。その横には、玲奈の姿があった。全裸に首輪だけをつけた姿。
周囲のクラスメイトたちが動揺の声を上げる。みな、玲奈の姿に目を丸くしていた。
〈ザワザワ…〉
「あれ、玲奈ちゃんじゃない?」
「マジでやってんの、美咲…?」
「使い魔として…? 冗談じゃないよね…?」
言葉が飛び交う中、玲奈は視線を地面に落としたまま、震えていた。肌は露わになり、首だけを締め付ける銀の首輪は、彼女が「使い魔」であることを主張している。周囲には獣や幻獣の使い魔たちが並び立つ中、人間の少女の姿は明らかに異質だった。
(自分だけが"見られる側"…)
羞恥が身体を突き刺す。試験官の明日香が近づいてくるのを感じた。明日香は眉をひそめながら、美咲を厳しい目で見る。
「あなた、これは…?」
「私の使い魔です」
「…君、これ、本当に"使い魔"ですか? 彼女は確か、あなたのクラスメイトでは?」
「はい。でも今日は私の使い魔として召喚しました。実技試験のルールによると、『使い魔の形態は問わない』とありますよね」
美咲はきっぱりと言う。明日香は口をつぐみ、記録用紙を見下ろした。確かにそこには「形態不問」とある。しかし、人間が使い魔になるということは…
「……通例ではありませんが、規則に反しているわけではないようですね」
そう言うと、明日香は距離を置いた。試験が始まる。
「玲奈、伏せて」
美咲の命令に、玲奈は躊躇する。全裸で床に這いつくばるなんて…。しかし、首輪が軽く締まる感覚があり、玲奈は意に反して身体が動くのを感じた。床に両手をつき、四つん這いの姿勢になる。
明日香の声が響く。
「模擬戦闘を開始します。使い魔を使った防御魔法を展開してください」
「忠実なる使い魔よ、我が盾となれ…光の護りを与えん!」
美咲は杖を振り上げ、詠唱を始める。魔法の光が玲奈の背中に広がり、魔法陣が現れる。彼女の全身に魔力が通り、美咲の命令に従って動く。身体が熱くなり、魔力に満たされる感覚。
「吠えて!」
「わ、わん…」
美咲の命令に、玲奈は声を振り絞る。
周囲から笑いが漏れる。玲奈の顔が真っ赤に染まる。しかし、そこには蔑みはなかった。ただ驚きと好奇心。まるでそれが「当然」であるかのように、誰も彼女を"人間"として見ていない。その視線の"なさ"こそが、何よりも屈辱だった。
明日香は眉をひそめつつも、杖を構える。
「では、攻撃魔法を放ちます。防御してください」
光の矢が放たれる。玲奈は反射的に身体を盾にして美咲の前に立ちはだかった。魔力の盾が展開され、攻撃を防ぐ。
「素晴らしい反応です、美咲さん。そして…使い魔も」
明日香は複雑な表情で言う。試験は続く。美咲は次々と魔法を繰り出し、玲奈は使い魔として完璧に機能した。人間の身体は実は魔力を通しやすく、美咲の命令に対する反応も鋭かった。
試験後、明日香は美咲のもとへ来る。記録用紙を片手に、口元に手を当てながら静かに言った。
「合格です。ただ…」
明日香は玲奈を見た。全裸で床に座り込み、自分の身体を抱きしめている彼女を。明日香は言葉を探すように口ごもり、そして続けた。
「…これが終わったら、彼女には元に戻してあげなさい」
「ありがとうございます、先生」
美咲はにっこりと笑った。
試験が終わり、教室に戻った二人。玲奈はようやく解放される時が来たと思った。しかし、美咲は首輪を外そうとしない。
「ねえ、約束だよ? 首輪、外して」
「うーん、でも思ったより良かったんだよね。試験、満点だったよ」
「約束は『試験の時だけ』って…」
「そうだったね。でも、あと少しだけ、お願い。今日の放課後まで」
美咲は甘えるように言い、玲奈の肩に手を置く。玲奈は断りたかったが、首輪の圧迫感が増す。
「…わかった。放課後まで」
その「放課後」は来なかった。
夕暮れ時、美咲の部屋。玲奈は床に座らされていた。全裸のまま。美咲は机に向かって魔法の宿題をしている。
「ねえ、早く首輪を…」
「ごめんね、もう少しだけ。あなたの魔力、すごく使いやすいの」
美咲は振り返らずに言う。そして何気なく指を鳴らす。
床に金属製の小さな皿が2つ置かれる。一つは水、もう一つはドロドロに崩された粥。
「お腹空いたでしょ? ほら、食べなさい。手を使っちゃダメだよ、玲奈。使い魔なんだから」
美咲は笑顔で言いながら、スプーンを取り上げて遠くへ放る。玲奈は全裸のまま床に膝をつき、震える唇を粥に沈める。こぼれた粥が顎をつたって胸元に落ちても、美咲はハンカチを投げるだけ。
「美咲…頼むよ…これ以上は…」
「あら、まだ名前で呼ぶの? 使い魔は『ご主人様』って言うんじゃない?」
(これは冗談だよね? 明日には元に戻るよね…?)
美咲は冗談めかして言うが、その目には冷たさがあった。玲奈は言葉に詰まる。
しかし、翌日も、その翌日も、首輪は外されなかった。
一週間後。美咲の部屋の中央。玲奈は全裸で立っていた。美咲は彼女の背後から細い魔導鞭を手に持っている。
「次は『使い魔としての命令学習』よ」
美咲は冷静に言う。玲奈は恐怖に震える。
「やめて…美咲、お願い…」
「『美咲』じゃなくて『ご主人様』でしょ? それからお願いじゃなくて『はい』と言いなさい」
美咲の声は厳しい。玲奈が言うことを聞かないと判断したとき、鞭が空気を切る。
〈ピシィッ!〉
「あっ!」
玲奈の背中に赤い跡が浮かぶ。痛みに涙が溢れる。
「もう一度。何と呼ぶの?」
「…ご、ご主人様…」
「そう。何て言うの?」
「は、はい…」
美咲は満足そうに笑う。
「覚えが早いね、助かる」
彼女はノートの横に"調教済"の印を記す。その日から、美咲の言いつけに背くと、必ず鞭が玲奈の身体を打った。最初は抵抗していた玲奈だったが、次第に「痛みを避けるため」に素直に従うようになっていく。
授業では、全裸の玲奈が美咲の横を静かに四つん這いで歩く光景が、もはや珍しくなくなっていた。最初こそ驚いていたクラスメイトたちも、次第に「美咲の使い魔」として玲奈を見るようになっていた。
「あ、使い魔ちゃん、筆落としたよー」
「まあ、美咲の使い魔だしね」
「便利そうでうらやましいなー」
口々にそんな言葉を漏らすようになる。動物の使い魔と同じように接し、「玲奈」という名前で呼ぶ者はいなくなっていた。
ある日の使い魔の訓練授業。教室の後ろには、各生徒の使い魔が並んでいた。翼のある小型竜、元素精霊、炎を纏う狼……そして、首輪だけをつけて正座する玲奈。
「お前んとこの使い魔、毛並み整ってんなー。昨日風呂入れた?」
「うん、寝る前に拭いた」
「えらいな。俺、昨日さぼってて、ガルムの尻尾が絡まってさ〜」
美咲も加わるように笑って言う。
「うちもメンテナンスしてるよ。玲奈、ブラッシング好きだもんね?」
玲奈はピクリと震える。まるでペットとしての"好み"を公言されたようで、顔から血の気が引いた。
(私は、友達だったのに…)
しかし、その思いは誰にも届かない。もう誰も、彼女を「クラスメイト」として見ていなかった。
■ Part. 2: 裸の使い魔
朝日が差し込む魔法学校の廊下を、美咲は颯爽と歩いていく。その後ろを、玲奈が全裸に首輪だけの姿で這うように従っている。もう珍しくない光景。廊下ですれ違う生徒たちは、当たり前のように会釈をする。
「おはよう、美咲」
「そっちの使い魔、今日も調子いい?」
「ええ、ばっちりよ。おはよう」
(もう3週間...首輪を外してもらえない...)
美咲は笑顔で返しながら、玲奈の頭に軽く手を置く。玲奈は顔を下に向けたまま、震える手で床を這う。首輪から伸びたリードが美咲の手に握られている。
玲奈の心の声は、誰にも届かない。最初は「試験だけ」と言っていた約束は、いつの間にか無期限に延長されていた。
第一限目の授業。魔術史の講義中、玲奈は美咲の椅子の横で正座をしている。教室の後ろには各生徒の使い魔たちがいて、その中に混ざる彼女の姿。差異といえば、あくまで「形が人間」というだけのこと。
老教授のカルヴァンは、黒板に魔術史の年表を書きながら、ふと玲奈に目をやる。
「美咲君、使い魔を前に出して実演してくれないか? 人型は貴重な教材になる」
「はい、教授」
美咲は言う。玲奈は顔を上げ、一瞬、助けを求めるような目で教授を見た。しかし、カルヴァン教授の目には「人間の生徒」ではなく「珍しい使い魔」としか映っていない。
(教授、私を覚えていますか?)
「前に来なさい」
美咲の命令に、玲奈は膝立ちで教壇に向かって進む。全身の視線を感じながら、彼女は震える。教壇に立つと、カルヴァン教授は彼女の身体を観察するように近づいてくる。
「実に興味深い。人型使い魔の魔力経路は複雑だ。表面だけでも、これだけの回路が見える」
教授は杖の先で玲奈の背中をなぞる。肌の上に魔力の青い線が浮かび上がる。
〈ジリジリ〉
「ひっ...」
「反応が良いね。使い魔として、これは上等だ」
玲奈は小さく震える。その反応に、教室の生徒たちが興味を示して身を乗り出す。カルヴァン教授は玲奈の首輪を調べ、魔術的な結合について説明し始める。美咲はうなずいて聞き、時折メモを取る。玲奈は「標本」のように、その場に立たされたまま。
「では、魔力経路の活性化を実演しよう。美咲君、指示を」
「はい。玲奈、両手を広げて」
玲奈は言われた通りに両腕を広げる。美咲が杖を取り出し、彼女に向けて魔法を唱える。
「魔力開放、経路顕現」
〈バチバチッ!〉
「うっ...あっ...」
電流のような感覚が玲奈の全身を貫く。彼女の肌の表面に、青と紫の魔力の線が浮かび上がる。胸から腹部、太腿に至るまで、複雑な魔法陣のような模様が現れる。玲奈は声を押し殺す。痛いわけではないが、全身が疼くような奇妙な感覚。
「素晴らしい! これが人型使い魔の特徴だ。通常の獣型と違い、魔力経路が細密で複雑。理論上、魔力増幅率は獣型の1.5倍以上になる」
カルヴァン教授は熱心に説明する。教室の生徒たちはメモを取り、中には画像記録用の魔晶石で玲奈の姿を記録している者もいた。
「教授、使い魔として他に何か特長はありますか?」
「実はな、人型の最大の利点は『自己意識』による魔力調整だ。通常の使い魔は本能で動くが、人型は意識的に魔力を制御できる。美咲君、命令して試してみるといい」
美咲はにっこり笑う。
「玲奈、魔力を左手に集中させて」
「見事だ! これが『意識による制御』だ。言うなれば、使い魔と魔術師の中間のような存在だな」
玲奈は指示に従い、意識を左手に向ける。すると、左手から指先までが青く光り始める。カルヴァン教授は玲奈の左手を持ち上げ、教室に向けて見せる。玲奈は顔を伏せる。かつての教授は、彼女を「生徒」として扱っていたのに。今や「教材」として。
「もう十分です、教授」
美咲は言う。カルヴァン教授は残念そうに玲奈を解放した。彼女は美咲の横まで這って戻る。授業は続き、玲奈は再び「使い魔の場所」に座った。
午後の授業、実技訓練場。広い石造りの空間で、生徒たちは使い魔とのコンビネーション訓練をしている。玲奈は美咲の前に立ち、盾となるように指示されていた。
訓練相手の男子生徒が声をかける。彼の使い魔は炎を纏った鷹で、天井近くを旋回している。
「美咲、今度はもっと派手な攻撃がくるよ!」
「任せておいて! 玲奈、構えて!」
美咲が命じると、玲奈は反射的に身体を大きく広げ、魔力の盾を展開する。鷹が急降下し、炎の弾を放つ。
〈ボォッ!〉
「見事! さすが美咲の使い魔!」
(私には名前がある...玲奈という名前が...)
玲奈の展開した盾に火の玉が命中する。彼女の身体が熱さで震えるが、魔力の防壁が攻撃を完全に防いだ。
周囲の生徒たちの目には、もはや「美咲の使い魔」としか映っていない。クラスメイトだった記憶は、彼らの中から薄れていく。訓練が進む中、放課後の飼育係がやってくる。彼らは使い魔の健康チェックをしている。
「美咲、君の使い魔をチェックさせて」
「はい、どうぞ」
飼育係の女子生徒が近づいてくる。美咲はうなずき、玲奈に座るよう命じる。飼育係の生徒は手帳を開きながら玲奈の前にしゃがみ込む。
「この子が使い魔...えっ、人間? すご...」
「大丈夫、規定はクリアしてるから」
美咲は当然のように答える。飼育係の生徒は一瞬驚いたが、すぐに通常のチェックを始める。
「えっと、じゃあ毛艶と体温チェック...あ、ちゃんと肌ツヤいいね。発熱もなし」
彼女は玲奈の肌に触れ、首から肩、腕をなでる。まるで動物を調べるように。玲奈の顔に屈辱の涙がにじむ。それを見た係生徒は笑って言った。
「あー、うちのマンドラゴラも感情出るよ。かわいいよね〜、こういうとこ」
「そうでしょ? 玲奈、表情豊かなのよ」
美咲も嬉しそうに言う。玲奈は俯き、涙をこらえる。
チェックが終わり、美咲は訓練を再開しようとする。そのとき、使い魔控室から奇妙な声が聞こえた。
「お前、ほんとに人間だったんだって? マジうける」
「意思持ってるのに従ってるってことは、つまり"壊れかけの奴"ってことだよね」
声は低く掠れていた。黒い影を纏った低級精霊と、毛むくじゃらの雷獣の仔。どちらも人語を解する知能の高い使い魔たちだった。彼らは玲奈を見て、嘲笑するように声を上げている。
「……私は、美咲の役に立ちたいだけ……」
雷獣の仔が鼻を鳴らす。
「ははっ、人間の真似してるだけの"失敗種"ってやつ? 中途半端っていっちばんダサいな」
「まあでも、便利なんだろ。"飼い主"次第じゃな」
精霊はそう言って、低く笑う。彼らの目には、玲奈はもはや「壊れた使い魔」にしか見えていなかった。
夕方、美咲は他の生徒と話すために席を離れる。玲奈は机の上に放置された魔法書に目を向ける。かつて彼女も学んでいた本。そっと手を伸ばし、ページをめくる。
(私も、ちゃんと勉強すれば、また戻れるかもしれない……)
「なにやってるの?」
そう思って本を読んでいると、背後から声がした。クラスメイトの男子が、眉をひそめて玲奈の手元を見下ろしている。
「使い魔の分際で、本に触るとか、ありえなくない?」
周囲にも視線が集まる。
「それ、持ち主の許可あった?」
「手、洗ってる? 使い魔の手で魔法書とか最悪なんだけど」
声が次々と飛ぶ。玲奈は震える手で本を閉じようとする。そこに美咲が戻ってきた。
「玲奈、何してるの?」
「美咲、君の使い魔が勝手に本に触っていたよ」
男子生徒が言う。美咲は苦笑しながら言った。
「玲奈、そういうことはしないで。ほら、恥ずかしいから」
美咲は本を取り上げる。玲奈は静かに両手を膝に置き、目を伏せた。頭ではわかっていた。"私は使い魔"であり、"人間の真似"は許されないと。けれど、どうしても涙だけは止められなかった。
(私は、もう「考えちゃいけない」んだ。「読んじゃいけない」、「喋っちゃいけない」、「疑問を持っちゃいけない」。それが"使い魔"だから……)
休憩時間、演習室。誰かが杖を落とす音が響いた。木製の柄が床を転がり、玲奈の足元で止まる。
それは元クラスメイトの一人――佐倉ほのかの杖だった。その穏やかな顔と柔らかい声は、玲奈の記憶にまだ鮮明に残っていた。
「……あ、ほのかちゃん、落としたよ」
小さくそう言って、玲奈は杖を拾い、両手で差し出した。一瞬、空気が止まった。ほのかは杖を受け取ることなく、目を見開いたまま、言葉を失っていた。
「……今、なにしてるの?」
「使い魔が、勝手に人の杖に触った…? うそでしょ?」
〈ザワザワ…〉
背後から聞こえたのは、別のクラスメイトの声だった。
「てかしゃべった? 今しゃべったよね?」
「"ほのかちゃん"って呼んだ? 名前で??」
「こっっわ……! 人間ぶってんの、こいつ……」
「あーあ、やっちゃったな。"自意識系"の使い魔だ」
玲奈は差し出したままの手を引っ込められず、固まっていた。そのとき、美咲が近づいてきた。ゆっくりと、乾いた声で言った。
「玲奈。使い魔は、他の魔法使いの道具には触らない。ましてや声をかけるなんて、もってのほかよ」
「あなた、使い魔としての自覚、あるの?」
玲奈の肩が震えた。目の端が熱くなる。けれど、泣くことすら"人間のすること"で、許されてはいけない気がした。
「……ご、ごめんなさい。わたし、ただ……」
「"ただ"? 何を考えたの? 君に"考える権利"なんて、まだあると思ってるの?」
クラスメイトの誰かが冷たく言い放つ。それを合図に、笑いが生まれた。
「使い魔が"わたし"とか言ってるの、ウケる〜」
「てかもうさ、人型やめて獣に変えてもらいなよ。中途半端なんだよね」
玲奈は静かに、膝を折ってその場に座り込む。床に視線を落とし、口を閉じたまま、再び"正しい使い魔の姿"をとる。美咲は彼女の首輪を引っ張り、連れ出した。
(どうして……あのときの"私"でいちゃいけなかったの? 声をかけただけなのに。渡しただけなのに。でも、もう"かつての私"は、誰にも求められてないんだ……)
夜、美咲の部屋。玲奈は床に座っている。美咲はブラシを手に、彼女の髪をとかしている。
「今日は大変だったね」
美咲は言う。その声には些細な優しさがあった。玲奈は顔を上げずに黙っている。
「でも、みんなの前であんな風に喋っちゃダメだよ。使い魔は黙って従うものなの」
ブラシが玲奈の髪を滑るたび、彼女は少しずつ緊張を解いていく。美咲の手つきは優しい。
「毛先がきれいになったね。使い魔が汚いのは、私の恥だから」
(褒められたい...)
美咲のその声を聞くと、なぜか少しだけ"救われた気"がした。どこか心が壊れていく音が聞こえる気がした。美咲が彼女の髪を撫でる。
「明日からはもっと大人しくね。そうすれば、また褒めてあげる」
美咲の言葉に、玲奈はゆっくりとうなずく。意識の奥で、かつての自分が少しずつ薄れていくのを感じていた。
■ Part. 3: 魔導書への平面化収納
午後の実技授業。高い天井を持つ実演ホールに生徒たちが集まっている。空気がピリピリと魔力で震える。教師が指導台の上から声を張り上げる。
「今日のテーマは『魔導書への使い魔収納術』です。使い魔の魔導書収納は、長距離移動や戦闘時の携帯に有効です。では各自、使い魔を魔導書に収める練習をしましょう」
玲奈は美咲の横で全裸のまま正座している。首輪が喉を締め付ける感覚。周囲の生徒たちは、自分の使い魔に向かって次々と魔法の詠唱を始める。
「収束、縮小、平面化」
「物質転写、紙面結合」
「魔導書収納、開始」
様々な声が教室に響く。各自の使い魔たち——小型ドラゴン、炎の鳥、水晶のゴーレム——が光に包まれて小さくなり、開かれた魔導書のページへと吸い込まれていく。どの過程も滑らかで静か。使い魔たちは抵抗せず、むしろ心地よさそうにページの中へ溶け込んでいく。
美咲の番が来る。彼女は玲奈の前に立ち、魔導書を開く。
「玲奈、いくよ」
「……お願い、痛くしないで……」
玲奈は顔を上げる。美咲の表情には少しの緊張が浮かんでいた。これは初めての試みだ。玲奈は小さな声で言う。美咲は杖を取り出し、詠唱を始める。
「物質と精神、紙と肉体、今ここに転移せよ。平面化、開始!」
「や……だ、ちょっと、まって、やだやだやだっ……ああああ゛ああ゛っ!!!」
魔導書が青い光を放ち、玲奈の全身を包み込む。はじめは温かい感覚。しかし次の瞬間——強烈な"押し潰される"ような圧力。四肢が無理やり引っ張られ、皮膚と骨が平面へと圧縮されていく。玲奈の目も口も閉じる間もなく、痛みと恐怖が脳を突き抜ける。
「あ゛っ……がっ、がぁっ……ぐぅっ……っっはあ……っ……!」
〈ギュルルルッ...バキバキッ...ベチャッ〉
骨の軋む音、皮膚が引き伸ばされる音が、彼女の耳に直接響く。全身が薄く、薄く、一枚の紙のように伸ばされていく。呼吸も叫びも止まらない。
次の瞬間、"ページ"の上に、平たく押しつぶされた大の字の玲奈が出現する。目は見開かれ、口は絶叫の形で固まっている。皮膚は薄く透け、完全に"素材"として貼り付いていた。腕も脚も、まるで潰れたカエルのように無様に平面に広げられている。
美咲は眉をひそめ、教師の方を向く。
「先生、うちの使い魔、またこれです。人間型ってやっぱ相性悪いんじゃ……」
「まあ、調整不足かもね。初めてだから痛みもあるだろう。慣れれば薄れるよ」
教師はページを覗き込み、玲奈の固まった表情を見て、少し顔をしかめる。教師は特に問題視せず、ページをパタンと閉じる。中では、玲奈の肺がつぶされそうになりながら、声にもならない息が漏れていた。
「……っ……はぁ……っ……ぅ……」
(私は、何もしてないのに、何も悪くないのに…… ただ苦しい。叫んだのに、誰も止めてくれない…… "これが当然"って顔で、閉じられて—— )
暗闇、圧力、空気のない世界。指一本、目ひとつ動かせない。ただ、意識だけは鮮明に残っている。周囲では、他の生徒が笑い合っていた。
「うちの使い魔、ページの中で寝てるわ」
「かわいい〜。さすが幻想種はお利口さん」
「人型はやっぱりトラブル多そうでやだなあ」
美咲は魔導書をカバンに入れ、ため息をついた。
「……ほんと、めんどくさい子。早く魔力になじんでくれないと」
休憩時間。魔導書を手にした美咲が、友人たちとカフェテリアでおしゃべりしている。テーブルの上には彼女の魔導書が置かれている。
「見せて、美咲の使い魔って人型なんでしょ?」
「うん。でも収納が苦手みたい」
美咲は言いながら、魔導書を開く。パタンと表紙が開かれ、クリーム色の羊皮紙のページに薄く伸びきった肉体が大の字の姿勢で貼り付いている。
「うわ、すごい...」
「これって、本当に収納できてるの? なんか...痛そう」
友人の一人がそう言いながら、ページを覗き込む。美咲は魔導書の上に指を伸ばし、爪の先で玲奈の胸のあたりのピンクの突起をカリカリと軽く引っ掻く。
「反応あるよ。見て」
「反応あるの、面白いな」
その瞬間、ページの中で玲奈の身体全体がビクリと震えた。ぺたりと貼り付いて動けないはずの四肢が、筋肉の収縮だけで微細に痙攣する。震えは顔に集中し、目尻から涙が、にじむことなく薄く広がっていく。
美咲がくすくすと笑う。彼女は手元の羽ペンを取り出し、玲奈の腹部のあたりに、練習がてらルーン文字を書き始めた。
「これ、ちょっと使い魔に書き込んで魔力回路を作る練習」
「え、それ先生から習った?」
「ううん、自分で考えた。ほら、反応見て」
ページの上にインクがのると、玲奈は喉の奥から「ひぎぃっ…」と小さく震えるような呻きを上げる。声は出せない。けれど、文字が走るたびに、感覚は確かに皮膚を焼くように通っていく。
(やめて、書かないで、消さないで、触らないで、お願い…… 私は、"紙"じゃない……!)
「あ、失敗した」
美咲がそう言って、取り出したのは消しゴム型の魔力修正器具。ゴリゴリ、とルーン文字を腹の上から削っていく。そのたびに、玲奈の全身がピク、ピクと跳ねるように揺れた。表面に浮いた文字の下から、肌が擦られるたびの痛みと、くすぐったさと苦しさの中間の感覚が交錯し、それが逃げ場なく続いていく。
「ふふ。書いたり消したりできるの、便利ね」
美咲の声が遠くで響く。友人たちも興味津々で覗き込む。
「うちの使い魔も書いてみようかな」
「ちょっと貸して、私もやってみたい」
美咲は笑いながら断った。
「ごめん、まだ練習中だから。もうちょっと上手くなったら」
(私……今……どこにいるの? 息、できない。身体、動かない。痛いのに、伝えられない…… 助けて。助けて、美咲。…いや、違う。あなたが、私を…… やめて、書かないで、消さないで、触らないで、お願い……)
玲奈の意識ははっきりしていた。全身に走る刺激に耐えながら、何もできない、何も返せない、ただのページの一部として存在することに、頭が壊れていきそうだった。
午後の授業時間、魔導書収納の成果確認。教師が一人ずつ魔導書を集め、収納状態を確認していく。
「では、魔導書を提出してください。収納状況を評価します」
生徒たちは次々と魔導書を提出カートに置いていく。美咲も自分の魔導書を表紙に魔力タグを付けて提出した。教師の前には、各生徒が提出した魔導書が積まれていく。
やがて、採点の時間。教師が魔導書を次々に開き、収納された使い魔の様子をチェックしていく。
「水晶ゴーレム、収納状態良好、評価A」
「風の精霊、ページとの一体化完璧、評価A+」
「炎龍、若干の余熱痕跡あり、B+」
教師は次々と評価していく。ある魔導書を開くと、幻獣がページ上でぐるぐる回るように動いていて、微笑ましい光景に思わず笑みがこぼれる。次は、美咲の魔導書。
教師が本を開くと、そこに広がるのは、大の字で完全に潰され、顔を引きつらせた玲奈の姿。目は見開かれ、口は叫びの形で固定されたまま。皮膚の上には中途半端に消えかけたルーン文字の跡が、痛々しく残っていた。
「……これは……」
教師は眉をわずかにひそめる。けれど、それ以上の反応は示さない。玲奈の苦悶の表情は、彼女の目にはただの「使い魔の反応」でしかなかった。
「うーん……人型の収納はやはり苦しそうね。ただ、輪郭ははっきりしてるし、ページとの密着度はかなり高い」
教師は魔力探知機を使って、ページから発せられる魔力を測定する。
「反応も確認できるし、実戦的には問題ないと判断します。評価はA-……。もう少し感情表現を抑える魔力制御ができると、周囲への動揺を避けられるわね」
「調整、次回までにしておきます」
玲奈はページの中で、教師が自分を見ていることを感じていた。見開かれた目、開かれた口、痛みに歪んだ表情——すべてが「助けて」と叫んでいるのに。
ページを見た教師は、眉を寄せたが、何も言わずにまた閉じた。
(誰か、見て。この顔、叫び、目の奥の痛み。なんで助けてくれないの……"見る"って、こういうことじゃないよ……)
放課後、美咲は提出された魔導書を受け取り、自室に戻ってきた。彼女は机に向かい、宿題を始める。その横で、玲奈は魔導書から解放され、床に横たわっていた。全身が震え、ゆっくりと呼吸を取り戻そうとしている。
「大丈夫?」
「...はい」
美咲が言う。その声には、少しだけ心配の色が混じっている。玲奈は小さく答える。全身が痛み、皮膚がピリピリとしびれるように感じるが、それを口にはしない。
「良かった。次回はもっとスムーズにできるといいね」
(もう一度あれをするの…? 耐えられない…)
美咲は言って、また勉強に戻る。玲奈は床に座り、自分の手を見つめる。平面化されていた手。今は元の形に戻っているが、まだその感覚が残っている——薄く、無力で、何も掴めない感覚。恐怖が込み上げる。しかし、もう選択肢はない。彼女は"使い魔"だ。それが使い魔としての義務なら、従うしかない。
美咲は何か思いついたように顔を上げる。
「そうだ、玲奈。収納に慣れるための訓練をしよう」
「...訓練?」
玲奈は怯えた声で尋ねる。美咲は立ち上がり、杖を取る。
「そう。平面化に耐えられるように、体を慣らさないと」
美咲が扉を開くと、廊下には巨大なゴーレムが立っていた。どうやら美咲は友人から借りてきたらしい。
「ゴーレムさん、お願いね。軽く踏んで、1分間そのままで」
「命令、受理。潰す」
ゴーレムの目が赤く光る。玲奈は恐怖で後ずさりする。
「ま、待って! 美咲、お願い...」
「大丈夫、これで慣れるから。魔導書収納に耐えられるようになるの」
美咲の声に優しさはあるが、それは「使い魔を訓練する主人」としての優しさだ。
「床に四つん這いになって」
玲奈は震える手足で床に伏せる。ゴーレムの足が、ゆっくりと玲奈の背中に向かって持ち上がる。重厚な岩肌の足の裏は広く平らで、角ばった金属板のような質感だった。
次の瞬間、鈍い音とともに、玲奈の身体が床に平たく押しつぶされた。骨という骨が軋み、内臓が潰れて、〈パシン〉という音が身体のあちこちから響いた気がした。
〈ドンッ!〉
「ぐ……ッ……あ、ああああああああああっ……!」
玲奈は歯を食いしばりながら、潰されていく感覚に耐える。肌が、肉が、薄い膜のように床に張り付き、もはや厚みは数ミリ以下。呼吸もできず、感覚だけが過敏に残り続ける。
「60秒計測開始」
美咲は冷静に言う。ゴーレムの重みの下で、玲奈は意識を保とうと必死だった。
1分後、ゴーレムの足が引き上げられる。床の上には紙のようにペタンと潰れた玲奈の姿が残っていた。元の姿に戻るまで、30秒ほどかかる。筋肉も関節も、うまく動かせず、彼女は震える指で床を掴もうとした。
「……3回繰り返す。まだ潰れ方が均一じゃない。その程度で叫ぶようじゃ、実戦で魔導書に収納された瞬間、またパニックになるでしょ?」
美咲は言う。目の前で玲奈が苦しんでいるのに、その表情には研究者のような冷静さがあった。玲奈の視界が滲む。涙が、ぺったんこになった頬からじわりと染み出して、床に薄く滲む。ゴーレムの足が、再び上がる。
「再踏潰、開始」
〈ドンッ!〉
(お願い、壊れちゃう、わたし……でも、潰されるのに慣れなきゃ…… だって、美咲に迷惑かけたんだ。わたしが、悪いんだ…… "使い魔"なんだから……ちゃんと潰されなきゃ……)
2度目の潰しが終わった直後、玲奈は床にべったりと薄く貼りついたまま動けずにいた。脚は床と一体化するように平らになり、肩から手先までのラインは、まるでシート状の樹脂素材のように滑らかだった。顔の輪郭すら浮き出ていない——完全に"潰しきった"理想的な状態だった。
「ちょっと、みんな。踏んでみていいよ」
美咲は廊下にいた数人のクラスメイトを呼ぶ。彼らは好奇心に満ちた目で部屋に入ってくる。
「使い魔の潰し方、綺麗になったからさ。感触、わかると思う」
クラスメイトたちは興味津々に近づき、玲奈の背中側にあたる部位を、靴の裏でそっと踏みつけた。
「……うわ、なんか、柔らかいのに沈まないって感じ。すごい」
「たしかに、ゴーレム踏んでるときとは違うな……生きてる感じ、ある」
「でもこれ、よく見たら"顔のへこみ"ある? 鼻のとこちょっと高い。かわいい〜」
「え、やば、ちょっと写真撮っていい?」
美咲は首を振る。
「だめよ、それは提出物なんだから」
(褒められてる……役に立ってる…… 美咲の、役に……)
玲奈は動けないまま、全身に他人の足裏の感触が乗るのを感じていた。顔も潰されているのに、どこか"自分"がそこにいるという感覚は消えない。屈辱も羞恥もある。
3回目の踏潰が終わり、ゴーレムの足が最後に引き上げられた。玲奈の身体はしばらく貼りついたままの状態でピクとも動かない。ゆっくりと魔力の戻りとともに厚みが戻り、関節、皮膚、筋肉、そして最後に頭部が立体に戻っていく。
全裸で床に膝をついた玲奈は、全身を震わせ、口を開いて喘ぐ。
「っは……はあ……はあ……」
美咲は玲奈の顎を軽く持ち上げ、真正面から見下ろす。
「よくできたじゃない、玲奈。今の潰れ方、完璧だった」
「顔のゆがみも出てなかったし、悲鳴もなかった。反応抑制できてたわね」
クラスメイトたちが拍手する。
「あれなら実戦での収納も余裕だね」
「うん、"人型でも使える"ってこと証明したんじゃない?」
美咲は満足げに微笑む。
「ふふ、よかった。ちゃんと"使える使い魔"に育ってきたわね」
「…………ありがとうございます……」
(痛くなかったわけじゃない。苦しくなかったわけでもない。でも……でも、「上手に潰された」って、褒められた…… 役に立てた、って、思ってしまった……。私は——もう、人間じゃないのかな……)
玲奈はゆっくりと頭を下げた。頬にはうっすらと涙がにじんでいた。痛みの涙か、安心の涙か、自分でももうわからなかった。美咲は玲奈の頭を優しく撫でる。
「明日の実技では、この調子で魔導書収納、完璧にできるわね」
玲奈は黙ってうなずく。もう抵抗する気力も残っていなかった。
■ Part. 4: フェレットに変身させられる
冬の朝日が窓から差し込む。魔法学校の3年生になった美咲の部屋は、より整然としている。机の上には色とりどりの魔法薬と杖が並び、壁には卒業後の就職先として内定をもらった魔法省の紋章が掲げられていた。玲奈は床の隅に正座している。首輪が喉元を締め付け、背筋をまっすぐに保つ。すでに1年以上、彼女は美咲の使い魔として生活してきた。肌は陽に当たらず白く、瞳は人間の輝きを失いつつある。
「玲奈、こっちに来て。今日は特別な日よ」
美咲が呼ぶ。玲奈は四つん這いになって這い寄る。もう抵抗感はない。それが「正しい動き方」だと身体が覚えている。美咲は微笑みながら言う。彼女の手には小さな瓶があった。中には青い液体が揺れている。
「これから使い魔としての形態を変えるわ。もっと使いやすく」
玲奈は顔を上げる。美咲の言葉の意味を理解するのに少し時間がかかる。
「形態を...?」
「そう。人間の姿は不便なの。大きすぎるし、目立つし」
美咲は瓶を開け、中身を小さなお碗に注ぐ。液体は青からやや紫がかった色に変化する。
「これを飲んで」
「何が...起きるの?」
玲奈は恐る恐る尋ねる。美咲は首を傾げる。
「フェレットよ。魔力を通す導線毛皮のフェレット。魔法少女の杖や武器に巻き付いて、魔法を伝導・増幅するの」
美咲の声は優しいが、その目には冷たい決意がある。
「私...人間に戻れるの?」
「もともと使い魔なのに、何を言ってるの? さあ、飲んで」
美咲はきっぱりと言い、お碗を玲奈の前に置く。玲奈は青紫の液体を見つめ、震える手でお碗を持ち上げる。選択肢はない。拒否すれば痛みが待っている——そう身体が覚えている。彼女はゆっくりとお碗を傾け、液体を口に含む。苦い。喉を焼くような感覚。
最後の一滴まで飲み干す。はじめは何も起きない。しかし次の瞬間——
〈ゴクゴク...〉
「あ...ああっ...!」
激しい痛みが全身を走る。骨が溶け、筋肉が引き伸ばされ、皮膚が毛皮に変わっていく感覚。玲奈は床に倒れ、苦しさのあまり体をよじる。身体から異音が響く。四肢が縮み、背骨が伸び、顔の形が変わっていく。痛みで意識が飛びそうになるが、完全に失うことはない。すべての変化を鮮明に感じ取っている。
〈ビキビキ...メリメリ...〉
「ギィ...! キイイッ...!」
気がつくと、彼女の声は人間のものではなくなっていた。体がずっと小さくなり、床の感触が違って感じる。四つの短い足、長い胴体、そして尖った顔。目覚めると、自分の手足がない。全身に柔らかい毛、尻尾が揺れる。悲鳴を上げようとしても「キィッ」という鳴き声しか出ない。
(戻して、お願い、私は人間...私は...っ!)
「かわいい! 予想以上にうまくいったわ」
彼女の意識の中で叫んでいるが、外に出るのは小さな鳴き声だけ。美咲が彼女の小さな体を拾い上げる。美咲は嬉しそうに言い、フェレットの姿になった玲奈を持ち上げて見つめる。玲奈は彼女の手の上で震え、必死にもがく。
(’やめて! 美咲、やめてっ...! 私は、使い魔なんかじゃ——)
「キー! キキッ!」
玲奈の脳裏で叫ぶ声は、口を通って出ることはなかった。代わりに口先から漏れたのは、フェレット特有の短い鳴き声だけ。美咲は笑って、その頭を撫でる。
「フェレットになれて嬉しいのかな? かわいいね」
美咲の指先が優しく毛皮を撫でる。
「そのほうが魔力通しやすいし、可愛いし。しゃべれなくても、意思疎通は感じられるよ」
「ね、しっぽ振って。ほら、いい子だ」
反吐が出そうなほど屈辱を感じる。玲奈は美咲を睨みつけるが、それすらも「かわいい仕草」として受け取られるだけだった。
「明日から授業にもこの形で連れていくわ。みんな驚くだろうね」
美咲は机に戻り、ノートに書き込みを始める。
「使い魔変身:完了。人型から導線フェレットへの変身は安定。副作用なし」
(これが私の...これからなの...?)
フェレットとなった玲奈は床に下ろされ、その場にうずくまる。体は小さく、無力。声は出せず、人の言葉も話せない。もう誰にも、自分が「かつての玲奈」だと伝えることはできないのだ。
翌日の授業。美咲は肩にフェレットの玲奈を乗せて教室に入る。クラスメイトたちが驚いた顔で近づいてくる。
「うわ、それ新しい使い魔?」
「人型はどうしたの?」
「この子のほうが使いやすいから、形態変更したの」
美咲は誇らしげに言う。玲奈はじっと耐えながら、美咲の肩に座っている。
「ねえ、そういえば人型の子、名前なんだっけ? クラスメイトで同じ名前のやついなかった?」
「玲奈だよ。今もこの子の名前は同じ」
クラスメイトは首を傾げる。
「ああ、そうだっけ...なんか記憶が曖昧...」
美咲は微笑むだけで答えない。玲奈は絶望の淵にいた。わずか一年半で、彼女の存在はクラスメイトの記憶から消えかけていた。「人型使い魔」の記憶だけが残り、「人間だった玲奈」は忘れられつつある。授業では、美咲は杖を取り出し、フェレットの玲奈を杖に巻きつけるように促す。玲奈は最初、抵抗しようとするが、首輪の圧力で従わざるを得なくなる。彼女は細長い体を杖に巻きつける。途端に、彼女の毛皮が青く光り始める。
「素晴らしい魔力増幅率です、美咲さん」
教師が近づいてきて言う。
「ありがとうございます。フェレット型の方が魔力伝導に適していると判断しました」
「賢明な選択です。人型は珍しいけれど、実用性を考えると小型の方が便利ですね」
教師はフェレットの玲奈を観察し、その毛並みを軽く撫でる。
「毛質もとても良い。どこで入手したのですか?」
「自分で変身させました」
美咲の言葉に、教師は感心したように頷く。一方、玲奈は絶望に打ちひしがれる。教師でさえ、彼女が「人間だった」ことを忘れていた。または、最初から知っていながら無視していたのかもしれない。実技の授業では、美咲は玲奈を巻きつけた杖で魔法を次々と繰り出す。フェレットの身体を通じて魔力が増幅され、美咲の魔法は通常よりも強力になる。クラス一の成績。玲奈は美咲の成功を支える「道具」として機能していた。
夜、美咲の部屋。小さな籠の中に玲奈は横たわっている。体は疲れ切っていた。一日中、魔力増幅器として使われ続けた疲労感。しかし、それ以上に苦しいのは心の痛みだった。
「今日はよく頑張ったね」
美咲が籠の前にしゃがみ、フェレットに小さな餌を差し出す。玲奈は顔を背ける。
「まだ拗ねてるの? そのうち慣れるわよ」
「キッ!」
小さな抗議の声。美咲はため息をつく。
「仕方ないな。これは少し強引だけど...」
美咲は杖を取り出し、短い呪文を唱える。途端に、玲奈の体に痺れるような感覚が走る。
「これで少し大人しくなるはず。使い魔の反抗期対策の魔法よ」
玲奈の意識はそのままだが、体を思うように動かせなくなった。彼女の怒りと絶望は内側に閉じ込められ、外からは「従順なフェレット」にしか見えなくなる。
「おやすみ、玲奈」
美咲は部屋の明かりを消す。暗闇の中、玲奈は動けぬまま横たわり、静かに涙を流す——フェレットの目から、人間の涙が。
■ Part. 4: 使い魔の運命
時が流れ、3年間の学業を終えた美咲は魔法学校を卒業した。彼女は魔法省の実用魔術部門に採用され、一流の魔法使いとしてのキャリアをスタートさせる。
オフィスは近代的な建物。魔法と科学技術が融合した空間で、様々な魔術師たちが働いている。美咲は若手ながら頭角を現し、難しい任務を次々とこなしていく。そして常に、彼女の側にはフェレットの姿となった玲奈がいた。
「次の任務は境界線の魔法障壁の修復です」
上司が美咲に告げる。彼女はうなずき、準備を始める。玲奈は美咲の机の上の小さな籠から這い出てくる。すでに3年目だ。彼女はすっかりフェレットの身体に慣れ、動物の本能が一部、自分の意識と融合し始めていた。しかし、人間としての記憶と自意識は失われていない。
現場に到着した美咲は、杖を取り出す。
「玲奈、来て」
「キッ!」
彼女の声に、玲奈は機械的に反応する。杖に巻きつき、魔力を増幅する導線となる。境界線の修復作業は複雑で高度な魔力を必要とするが、玲奈の増幅効果により、美咲は難なくこなしていく。
「さすが美咲さん、その使い魔は本当に優秀ですね」
「ええ、もう3年以上一緒に。完全に息が合ってます」
美咲は誇らしげに答える。玲奈は杖に巻きついたまま、内心ではため息をつく。
(もう3年...私はただの道具...)
作業が終わると、美咲は玲奈を肩に乗せて、魔法省に戻っていく。帰りの道すがら、彼女は考え事をしている様子だ。
「そろそろ、もっと上位の使い魔が欲しいかな...」
「キッ!?」
美咲の言葉に、玲奈は身体を強張らせる。慌てた鳴き声を上げる玲奈。美咲は軽く笑う。
「なに、心配してるの? でもね、これからもっと難しい任務を任されるようになったら、もっと強力な魔力増幅が必要になるのよ」
「キー! キキッ!」
玲奈は必死に首を振る。美咲は玲奈の頭を軽く撫でた。
(やめて、私を捨てないで!)
「まあ、今すぐじゃないわ。今のところは十分活躍してくれてるし」
玲奈は安堵のあまり、美咲の肩で小さく震える。この生活は屈辱的で苦しいものだが、それでも「捨てられる」よりはましだった。夜、美咲のアパートに戻った二人。彼女は杖を置き、軽く伸びをする。
「疲れたわ...今日は早く寝ましょう」
(もう3年...このままずっと、使い魔なの? 私は元に戻れる? 誰も私が人間だったことを覚えていない...美咲も、私を「ただの使い魔」としか思っていない...)
玲奈は小さな籠の中で丸くなる。美咲がベッドに横になり、明かりを消す。暗闇の中、玲奈は考える。微かな月明かりが窓から差し込んでいる。玲奈は籠の隙間から見上げる夜空に、かつての人間としての記憶を重ねる。友達と笑い合った日々。授業を受けた教室。そして、美咲との最初の友情。すべてが遠く、遠く感じられた。
(ああ、もう戻れないのかな...)
その夜、玲奈は悲しい諦めと共に眠りについた。夢の中でだけ、彼女は人間の姿に戻り、自由に走り、声を上げて笑う。けれど朝が来れば、また小さなフェレットの身体で目覚めるのだ。
数ヶ月後、美咲のキャリアはさらに前進していた。より重要な魔法プロジェクトを任され、彼女の名声は省内で高まっていく。
ある日、美咲は高級魔法道具店の前で足を止める。
「ちょっと寄っていきましょう」
「キキッ」
美咲は言って、店内に入る。陳列棚には様々な魔法の道具が並び、奥の部屋からは魔力の濃い気配が漂ってくる。
「いらっしゃいませ」
「使い魔を見せていただけますか? 上位のものを」
店主が姿を現し、美咲に声をかける。年配の魔法使いだ。美咲は使い魔について尋ね、店主はうなずき、奥の部屋へと美咲を案内する。玲奈は美咲の肩に乗ったまま、不安に震える。
奥の部屋には様々な生き物が檻に入れられていた。美しく輝く鳥、幻想的な姿の小さな龍、そして、小さな瓶の中に渦巻く青白い光の群れ。
「こちらは最高級の風の精霊です。実体を持たず、魔力を5倍に増幅します。キャリアウーマンに人気の使い魔です」
「素晴らしいわ...」
「しかも、実体がないので扱いが簡単です。瓶のキャップを開けるだけで出てきて、あなたの周りを回ります。動物の使い魔のように世話も必要ありません」
店主が誇らしげに説明する。美咲は興味深そうに風の精霊を観察する。美咲の肩の上で、玲奈は絶望に打ちひしがれる。
(私は...もう...役に立たない...?)
美咲は瓶を手に取り、中の光の渦を確かめる。
「値段は?」
「100万ゴールド。ただし、魔法省のエリート魔術師には特別価格を...」
美咲は考え込む様子を見せる。玲奈は恐怖で震え、小さな声で鳴く。
「キ...キー...」
「今日は見ただけにしておきます。また来ますね」
美咲は玲奈を見上げ、少し笑う。店を出た美咲は、沈黙のまま歩き続ける。玲奈は不安で胸が張り裂けそうだった。アパートに戻った後、美咲は玲奈を机の上に置く。
「別のものに買い替えようかと思ったの」
美咲が突然言う。玲奈は凍りついたように動けなくなる。
「でも、まだ決めてないわ。あなたはもう3年以上、私の使い魔として頑張ってくれた。愛着もある」
「キー?」
美咲の言葉に、玲奈は希望の光を感じる。しかし、次の言葉がその光を消し去る。
「でも、これからはもっと強力な魔力が必要になる。あなたじゃ足りないかもしれない。風の精霊は魔力を5倍に増幅できるのよ」
「キー! キキ!」
玲奈は必死に首を振る。もっと頑張る、今よりもっと魔力を通せる、と伝えたいのに、言葉にならない。美咲はため息をつく。
「そんなに心配しなくても。捨てるわけじゃないわ」
「キー?」
その言葉に玲奈は僅かに安堵する。しかし、美咲の次の言葉が、彼女を凍りつかせる。
「使い魔としての役目を終えても、別の形で活躍してもらうから」
玲奈は身を震わせる。「別の形」とは?
「沙耶さんって知ってる? 魔法道具の加工屋さん。彼女なら、あなたをもっと素敵な魔法道具に変えてくれるわ」
(加工...? 道具に...?)
玲奈の世界が崩れ落ちる。美咲は優しく微笑む。その笑顔は、かつての友人のものではなく、「所有物」を適切に扱う主人のものだった。
「また新しい使い魔を迎える前に、ちょっと考える時間が欲しいの。だから、まだしばらくは一緒よ」
(私はどうなるの...? 加工って何...? もう人間には戻れないの...? ああ、誰か助けて...)
美咲はそう言って、玲奈を籠に戻す。玲奈は絶望の淵で、小さく身を丸める。しかし、その悲鳴は小さなフェレットの鳴き声としてしか外に出ず、誰にも届かない。夜が更けていく中、玲奈は恐怖と孤独の中で震えていた。
■ Part. 5: お払い箱と毛皮への加工
朝の光が部屋に差し込む。美咲は既に身支度を整え、鏡の前で髪を整えている。その隣の小さな籠の中で、フェレットの姿となった玲奈が目を覚ます。不安と恐怖で眠れない夜を過ごした後の、重たい目覚めだ。美咲がクローゼットを開け、そこから小さな布袋を取り出すのを玲奈は見ている。異様な緊張感が部屋に漂う。
「今日は、ついに決心したわ」
「キー...」
美咲が言う。その声には迷いがない。玲奈は弱々しい鳴き声を上げる。
「あの風の精霊、買うことにしたの。もう予約も入れて、明日には届くわ」
玲奈の小さな心臓が早鐘を打つ。恐れていた日がついに来たのだ。
(そんな...私はどうなるの...?)
「心配しなくていいわ。言ったでしょう? あなたは別の形で活躍してもらうから」
美咲は籠を開け、玲奈を優しく手に取る。かつてないほど優しい手つき。それがかえって恐ろしい。
「今までありがとう。使い魔としては優秀だったよ」
美咲はそう言って、玲奈を布袋に入れる。玲奈は必死にもがき、抵抗しようとするが、首輪の魔力が彼女の動きを制限する。布袋の中は暗く、締め付けられる感覚だ。
「おとなしくしていなさい。この後、良い人に会わせるから」
(加工屋...私は加工される...?)
美咲の声が布越しに聞こえる。玲奈は恐怖で身を震わせる。街の裏路地を美咲は歩いていく。雨が降り始め、石畳が濡れて光を反射している。玲奈は袋の中で揺さぶられ、どこに連れて行かれるのか分からない恐怖に震える。
やがて足音が止まり、ドアを叩く音。
〈コンコン〉
「お待ちしてました、美咲さん」
「沙耶さん、お願いしていたものを持ってきました」
初めて聞く女性の声。冷たく、感情のない声だ。美咲の声が響く。布袋が開かれ、玲奈は明るい光に目を細める。彼女を見下ろしているのは、30歳前後の女性。金髪混じりの無造作な髪、常に手袋とエプロンを着けている。冷たい目が玲奈を値踏みするように見つめていた。
「これは良い素材ですね」
「そう思いますか?」
沙耶と呼ばれた女性が言う。彼女は玲奈を手に取り、専門家の目で観察する。
「毛並みも良く、魔力の通りも上等。ですが...普通のフェレットの使い魔とは何か違いますね」
沙耶の言葉に、美咲は緊張した表情を見せる。
「ど、どういう意味でしょうか?」
「魔力の流れが複雑すぎる。意識の残滓が強すぎるんです。普通の動物ではあり得ない」
(気づいた?私が人間だったって?)
沙耶の鋭い指摘に、美咲は言葉に詰まる。玲奈は耳をそばだてる。一筋の希望が玲奈の心に灯る。沙耶は玲奈を持ち上げ、明かりに透かすように見る。
玲奈は身を震わせながらも、何かを期待して沙耶の言葉を待つ。
「高度な魔法で作られた特殊な使い魔ですね?通常の野生動物から変性させたのではなく、最初から魔法で作り出された人工生命体かと」
「さすがプロの目は違いますね」
沙耶の結論に、美咲は安堵の表情を浮かべる。玲奈の中の希望の灯火が消える。
(違う!私は人間だったの!気づいて!)
「なるほど。だからこんなに魔力の流れが複雑なんですね。これは上物ですよ」
美咲は安堵の表情を見せる。
「加工費は?」
「通常の2倍いただきますが、その価値はあります。魔力の調整が良いものは道具に加工しても効果が高いですから」
沙耶はそう言って、冷たく笑う。玲奈はその笑顔に震え上がる。
「では、契約書にサインを」
「ありがとうございます」
短い商談の後、美咲は玲奈を沙耶に託す。
「明後日には完成します。取りに来てください」
美咲は去り際、玲奈に最後の一瞥を送る。その目には少しだけ迷いがあったが、すぐに消えた。
「さようなら、玲奈」
「キー! キキッ!」
(行かないで! 美咲! 私を置いていかないで!)
ドアが閉まる音がする。玲奈は美咲が去っていくのを、ただ見送ることしかできない。しかし、その声は届かない。もう美咲は彼女の主人ではなくなったのだ。
加工屋の作業場。金属製の台の上に、フェレット玲奈の身体が十字に固定される。四肢は魔力の拘束具で縛られ、動くことができない。沙耶は作業台の周りを行き来し、様々な道具を準備している。
「さて、始めましょうか」
沙耶は冷たく言い、魔力探知機を玲奈の体に向ける。探知機が青く光り、玲奈の体内の魔力の流れを示す。
「魔力の中心は背中と四肢...これを意識して剥がしていきます」
沙耶が刃物を手に取る。それは銀色に輝く薄い刃。魔力が宿っている。
「魔法道具のための生体加工は、生きたまま行うのがベストなんです。魔力の流れが途切れないように」
沙耶は淡々と説明する。まるで玲奈が理解できないとでも思っているかのように。しかし、玲奈は完全に理解していた。自分がこれから何をされるのか。
沙耶は笑って言い、メスを玲奈の背中に当てる。
「目だけがぎょろぎょろと動く動物は見ていて不快ですが、我慢してください」
〈ジュッ〉
「キィィィッ!!」
激痛が走る。メスが皮膚を切り裂く感覚。魔法の刃は肉を傷つけず、皮だけを少しずつ剥がしていく。玲奈は悲鳴を上げるが、小さなフェレットの鳴き声しか出ない。
(お願い、殺してからにして……)
「この段階が一番、素材が活きるんだ。生体毛皮は"魔力の悲鳴"が通るからね」
皮がゆっくり剥がされていく。沙耶は言いながら、器用な手つきで皮を剥いでいく。痛みに身を悶える玲奈。しかし、魔力の拘束具が彼女をしっかりと固定し、逃げることも身を捩ることもできない。
「感情が強いほど、いい杖になる。可哀想に。でも、君、いい仕事するよ」
沙耶は無感情に言う。まるで玲奈の苦しみを見ていないかのように。
「まだ目が生きてるな。あんまり動くと、仕上がりが乱れるよ」
(痛い...痛い...誰か...誰か助けて...)
メスが背中から尻尾へと移動する。皮が少しずつ剥がれ、露出した筋肉や内臓が震える。玲奈は意識が遠のきそうになるが、完全に失うことはない。魔力が彼女を覚醒状態に保ち、すべての痛みを感じさせる。
しかし、誰も助けに来ない。ただ皮を剥がされ、生きたまま「素材」になっていく。
時間が経ち、沙耶の手には長く美しいフェレットの毛皮が。台の上には、皮を剥がされた玲奈の身体が震えながら横たわっている。
「さて、最後の仕上げです」
沙耶は魔法の薬品を毛皮に塗り始める。それは皮の中に浸透し、魔力の経路を固定する。
「これで永久に魔力を通す導線として機能します。美咲さんの杖にピッタリですよ」
沙耶の言葉に、玲奈の意識が揺れる。もう力が残っていない。痛みも遠くなり、ただ自分が「形を変えていく」感覚だけが残る。
「さあ、あとは乾燥させて...」
皮が魔法の架台に広げられ、魔力のランプの下で乾かされていく。玲奈の意識はまだその皮の中に残っている。しかし、身体はもう別の場所に捨てられようとしていた。
(私の意識は...毛皮に...宿っているの...? 皮だけになった...私...)
2日後。美咲は加工屋を訪れる。
「お待ちしてました、美咲さん」
沙耶は満足げに言い、包みを美咲に手渡す。美咲はそれを開く。そこには美しく輝く、フェレットの毛皮が巻かれた杖があった。
「素晴らしい...」
「この杖、魂が込められてるの」
美咲は感嘆の声を上げる。杖を手に取ると、それは彼女の手にピッタリと馴染み、暖かさを感じる。まるで生きているかのように。美咲は嬉しそうに言う。沙耶は微笑む。
「ええ、言わば。あの使い魔の感情が全て込められています。だから、他の杖よりも反応が良いでしょう」
「本当にありがとうございます。これなら、もっと高度な魔法も使えます」
美咲は杖を軽く振る。空気が震え、魔力が杖から溢れ出す。かつてないほどの力強さ。美咲は代金を支払い、新しい杖を大事そうに持って加工屋を後にする。
美咲のオフィス。彼女は新しい杖を同僚たちに見せびらかしている。
「これが新しい杖よ。特別製」
「すごい! 見たことない素材ね」
「元は私の使い魔だったフェレット。その毛皮を特殊加工したの」
同僚たちは感心して見つめる。その間も、杖に巻かれた玲奈の毛皮は静かに魔力を通し続けている。意識はあるが、何も話せず、何も動かせない。ただ美咲の手に触れるたびに、かつての友情の記憶が蘇る。しかし美咲には、それがもはや「道具」でしかないことが分からない。
オフィスの後、美咲は重要な任務に向かう。高度な魔力を必要とする障壁の構築。彼女は自信に満ちた様子で杖を掲げる。
「さあ、行くわよ」
魔力が渦巻き、杖から強力な光が放たれる。玲奈の毛皮の中に残された意識は、魔力が通るたびに苦しみを感じる。しかし、それは美咲には伝わらない。
「この杖、本当に素晴らしいわ。反応が良すぎるくらい」
夜、美咲は自宅に戻る。彼女は新しい使い魔——瓶に入った風の精霊——に話しかけながら、杖をくるくる回す。
「この杖、ちょっとクセはあるけど、反応はいいの。昔の相棒の名残りかな?」
美咲は笑いながら言う。その目には、玲奈への哀れみはもうない。ただ"所有者"の優越感があるだけだ。
杖の中の玲奈の意識は、かすかに震える。見えるのは光と魔力の流れだけ。触れられるたびに"体温"を感じるが、それは彼女の意識の残滓。誰にも自分が「かつての玲奈」だと気づかれず、使われ、振られ、置かれ、忘れられていく。
美咲が戦闘中に杖を取り出すと、それに巻かれた玲奈の毛皮が一瞬だけ震える。魔力が通るたびに"熱い"感覚が駆け巡り、痛みと快感が交差する。だが誰にも気づかれない。戦いの後、美咲は汗をぬぐいながら言う。
「やっぱりこの杖、反応いいわ」
(私は...これが...最後なの...? もう...二度と...人間には...)
静かな夜が過ぎていく。美咲は杖を大切そうに専用のケースに収め、ベッドに横になる。深い眠りに落ちる彼女。一方、杖の中の玲奈の意識は眠ることができない。永遠に覚醒し、永遠に意識を保ち続ける。感じることはできるが、何も伝えることができない。声も出せず、存在を誰にも証明できない。
(私、このまま元に戻ることも死ぬこともできないまま...ただの道具として扱われ続けるしかないの…?)
美咲は翌日、また新たな任務に向かうだろう。そして、その杖を手に、魔法を放つだろう。玲奈はその瞬間、痛みとともに「役に立っている」という倒錯した満足感を得るだろう。
彼女の感情だけは杖の中に閉じ込められたまま、永遠に生き続けるのだ。
【おわり】