その出会いは突然だった。これが、自分の運命を180度変えてしまうなんてーーーー
「わっ!」
ドンッ!と、勢いよく胸を突き飛ばされ、背中から地面に倒れた。
「何すんだよ!」
「へんっ、お前が生意気な事言うからだろう」
倒れたところから顔を上に向け、突き飛ばした相手を強く睨んだ。
「ここは俺様が一番なんだから、お前は俺たちの言うことを黙って聞いてればいいんだよ」
サトシよりも身長も体格も一回り大きい少年。仁王立ちで腕を組み、サトシを見下げていた。
「言うことって、人の夜ご飯をバレないように奪ってるところを黙って見てるだなんて無理に決まってんだろ!」
そんな偉ぶる少年に、言葉だけで噛みついた。しかし、そんなサトシの言葉など、少年達はまるで聞いてはいない。
「上手いこと巡回回避してやるからさ、一晩外で過ごして頭冷やせよな!」
「じゃあなー」
「あっ!待てっ!」
慌てて立ち上がるも、孤児院の門扉は閉められた。
「クソッ!アイツらが悪いのに…!」
重く閉まった門扉の前に、ガンッ!と、一つだけ拳を叩きつけ、悔しさを投げつけた。
親を早くに亡くしたサトシは、ここで暮らしている。その中で起きている虐め。それにサトシは正々堂々と立ち向かった結果、孤児院内を我が物顔で歩く上級生に目を付けられてしまった。
「はぁ…一晩どうしよう…寒いし…」
夏も終わりを告げ、秋口。夜は冷たい風が吹き、半袖半ズボンの肌には応える。
門扉を背に、ズルズルと尻を着け、膝を抱えた。
「ママ……」
目を閉じて、脳に呼び起こす昔の記憶。今は亡き母親と過ごした日常。
『いーい、サトシ。困っている人、苦しんでる人が居たら、迷わず助けてあげなさい。それが例え悪い結果になっても、後で必ずいい結果を生むわ。だからあなたはあなたの思う通りに動きなさい』
母はかつてこう言った。教えを忠実に守って動いた結果が、今だ。
「まっ、あいつのご飯守れたし、いっか!」
上級生が下級生のご飯を取ろうとした。それをサトシは体を張って守ったのだ。その結果、このような状況になってしまったが、自分よりも相手を守れたことの方に安心し、良いことにした。
「もういいや。明日、風邪引くかもしんないけど、このまま寝ちゃおう」
そうして目を閉じた時だった。シュンシュンシュンッと、何かが擦れる音が聞こえた。一度は無視しようと思ったものの、その音がだんだんと耳に大きく残るようになってきていた。
「もう何?寝れないんだけど」
自分の安眠を守るため、その音の正体を探りに向かった。孤児院の前に広がる山へと。
ガサガサと藪を掻き分けて音のする方へと足を進めた。
「こっちの方、かな」
どんどんと進んでいくと、音がはっきりしてきた。そうしてたどり着いたのは、川縁。
「へっ!?何これ!?」
すると、そこには見たことがない光景が広がっていた。
「えっ、穴??」
どこにもない空間に、人一人分通れるであろう穴が空いていた。その先に見える何か。
「何なんだろうこれ…って、何か見える」
その穴に近づいてみて気がついた。空間の奥に広がって見える光景。
「あっ、危ない!」
そこには、誰かが何かと戦っていた。そして、白いスーツのような洋服を着て、頭に何やら獣の耳をつけている男の人が。
「つっ、助けなくちゃ」
このままでは、あの人が危ない。そう感じたら、体は勝手に動いていて、何の躊躇もなく、穴に飛び込んでいた。
「く、っ!」
ガクッと、膝から折れた。それから、だらんと左腕は垂れ、立つこともできずに地面に座った。
「油断、したな…まさかこちらに仕向けてくるとは…」
右手で抑えていた手からは、鮮血が滲み、白いスーツを紅く染めていた。
「はっ…」
視界が歪む。前をまっすぐ見られない。目の前には紫色のコブラのようは生き物。
「シャーボッ」
このままでは殺される。助けも呼べない。どうする、どうするーーー
「わあっ!」
ドテッと、地面に何かが落ちたような音がした。
「(なん、だ)」
目が霞んでいる光景では、何があったのかまるでわからない。それに、少しずつ意識も遠のいている。
「いててっ…あっ!」
尻を摩りながらゆっくり立ち上がると、後ろの人に気がついた。
「お兄さん大丈ーーー」
伸ばした手を近づけた時だった。
「痛っ」
サトシの手は強く払いのけられてしまった。手がジンジンと痺れ、思わず自分の手を持った。
「もう、何だよ」
「グルルッ…」
文句の一つでもついてやろうかと思って、止まった。歪んだ顔。その顔にある銀緑色の瞳は、苦痛に耐え、何かに怯えていた。
「お兄さん…「シャーボッ」
声を掛けようとして、それは獣の声で遮られた。バッと後ろを振り向いた。
「つっ、蛇?あんな大きさ見たことない」
自分が知っている大型蛇は、アマゾンなどに住むアナコンダ。あんな色のコブラのような体型の蛇はまるで見たことがなかった。そんな大蛇が、ジリジリと滲み寄ってきていた。
「蛇だが何だか知らないけど、これ以上お兄さんを傷つけたらオレが許さないからな!」
しかし、これ以上、目の前の傷ついた人に近づけさせる訳には行かない。だから、サトシは小さな体を大きく広げた。
「来るな来い!オレが相手だ!」
「シャーボック!」
「つつっ!」
紫の大蛇が飛びかかってきた。目を強く瞑った。
その瞬間だった。
「ピカッ、チュウゥ!」
「わっ!」
「シャーボッ!」
ビリビリビリッ!と、突然電撃のような物がサトシの横から飛び出して、一直線に紫の大蛇へと当たった。大蛇は黒焦げになり、地面へと倒れてしまった。
「なになになに!?」
一体目の前で何が起こったというのか。サトシの頭は疑問符でたくさんだった。
ガサガサ、茂みが揺れ動いた。思わず身を構えた。
「ピッカ!」
そこに現れたのは、黄色い体でふさふさの小さな獣。背中には茶色縞模様が施され、耳の先端は黒い。尻尾は電撃のような形をしていた。ネズミともウサギとも取れる姿だった。
「あっ、お前が助けてくれたのか?」
「ピッカ!」
そう聞いてみると、黄色い獣は手を挙げた。どうやらそうらしい。
「助けてくれてありがとう。オレもこのお兄さんも助かったよ」
「ピカチュッ」
素直にお礼を伝えると、獣は首を縦に振った。
「あっ、そうだお兄さん!」
慌てて襲われていたお兄さんに向き直った。
「ねぇお兄さん大丈夫?腕、血がたくさん流れてる」
腕からは血が今も尚、流れていた。
「はぁっ、はぁっ…」
しかし、先ほどよりも酷くなっているのか、サトシの声は届いていない様子だ。
「どうしよう…でもとりあえず、アイツがいつ起き上がるかわからない。すぐに移動しないと…」
ここがどこだかも、この人が誰なのかもわからない。けれど、この場には居ない方がいいことだけは、わかっていた。
「ピッカ」
すると、一緒に居た黄色い獣が、サトシの服の裾を小さく引っ張った。
「どうしたんだ?」
「ピッカ、ピカチュゥ」
グイグイと引っ張ると、茂みの方を指した。黄色い獣の行動と視線を追い、予想を立てた。
「もしかして、休める場所があるのか?」
「ピッカ!」
そうだと、黄色い獣は首を振った。
ここは、この森を熟知していそうなこの小さな獣に頼った方がいいように思えた。
「頼む。そこに案内してくれ」
「ピカッ!」
そうと決まれば。お兄さんの両腕を前に持ってきて、背負う形にした。
「うわっ、重い」
自分よりも何十個も上の大人の男の人。その重みはサトシにズッシリとのしかかっていた。しかし、決して降ろしはしない。
「お兄さん、ちょっと間我慢してね」
引きずる形で、黄色い獣の後を着いて行った。
黄色い獣に案内されたのは、人と小さな獣なら入れるが、先ほどの大蛇は入らないであろう洞窟だった。
「ふうっ」
お兄さんを降ろして一息付いた。床には草木が生えていて、それがベッドがわりとなっていた。
そのままお兄さんを仰向けに寝かせた。
「えっ、と、腕の血を止めないとだ…」
前にサバイバル系ヨーチューブで見た。もし、こういうところで怪我をした場合は、タオルや何かでまずは止血をするのだと。
「うーん…これでいっか」
自分の着ていたTシャツを脱いで、それを縦に破いた。
「ピッカ!」
「ん?この草は?」
早速撒こうと思ったところで、どこかに行っていたのか、黄色い獣が何かの草を咥えて戻ってきた。
これをどうすればいいのか悩んでいると、黄色い獣はお兄さんの着ていたジャケットのボタンを口で外していっっていた。
「あっ、脱がさないとか」
そのまま当てようとしていたが、黄色い獣の行動でわかった。白いジャケットを脱がすと、中には体にピッタリ合っている半袖シャツを着ていた。
「(うわぁっ、凄い筋肉。カッコいい。それにこのーーー)」
脱がしてみると、服の上からでもわかるほどの筋肉に目を奪われた。こんなに鍛えている体を見たことがなかった。
そしてそれは、お兄さんの頭と後ろから生えている物で更に映えていた。
「ピカピッ」
「あっ、ごめんごめん。それでこの草をどうするの?」
先ほど咥えていた草を手に取ると、黄色い獣は腕に付けるようジェスチャーで伝えていた。
「あっ、もしかして薬草的な?へー、ドロクエみたい」
黄色い獣の意図することが漸くわかった。ゲームのドロクエでHPを直すのに薬草がある。それの要領で使うのだと理解した。
「あれ、上手く巻けない…ちょっと抑えてて」
「ピカピカ」
なかなか薬草を抑えながら破いたTシャツを巻くのは難しくて、この黄色い獣と協力して巻いた。薬草が落ちないよう、キツく巻いた。
「よし、これでいいな」
何とか上手く巻けた。
すると、足の部分にフサフサした感触が。その感触の方を見て、目を開いた。
「うわぁ、フサフサ。銀色で綺麗…頭の耳と同じ色だ」
足に当たっていたのは、この寝ているお兄さんから出ている大きな尻尾だった。そして頭にはその尻尾と同じ色の獣の耳が生えていた。どうやらそれが耳らしく、自分と同じ肌色の丸い耳は着いていないようだ。
「さっきの瞳の色。あの色と重なったらもっと綺麗だろうな」
さっきは、怯えていた。怯えながらも、瞳に映る銀緑色が、とても綺麗だと思った。
「へクシュンッ」
そんなことを思っていると、体が震えて、くしゃみが出た。
「ううっ、ちょっと寒いかも…」
流石に上に何も着ていないのは寒い。思わず両手で体を抱いた。
「どうしようかなぁ。シャツ破っちゃったし…」
無惨にも破られてしまったシャツ。悩んでいると、足にはフサフサの感覚。
「うーん、まぁ、いいよね!ちょっと借りるだけ」
お兄さんとは逆向きに寝転がり、大きな尻尾をお腹の上に置いた。幾分か寒さが軽減したように感じる。
「ピカピィ」
「えっ?」
すると、黄色い獣がサトシの胸元にピッタリ寄り添った。こちらもフサフサ。それでいて、暖かな体温。
「あははっ、一緒にあったまってくれるの?」
「ピーカピ」
黄色い獣は、サトシを見つめて穏やかに頷いた。
「ありがとう。そういえば自己紹介がまだだったな。オレはサトシ。お前の名前は?」
「ピッカチュウ」
「ピカチュウって言うのか?」
「ピカピカ」
「そっか、よろしくピカチュウ。今日は本当に助かったよ。お兄さんも助けられたし……お兄さんの名前、起きたら聞けるかな…?」
どんな名前なのだろうか。どうして戦っていたのかだろうか。ここはどこなのだろうか。色々と聞きたいことはあれど、眠気が勝ってきた。
「………」
瞼がゆっくり、降りてきていた。
「ポッポー、ポッポー」
「ん……」
鳥の囀りと共にゆっくりと目を開けた。洞窟の隙間から日差しが入り、風も心地よく入ってきていた。
少しずつ体を起こした。
「ここは…」
どうやら洞窟らしい。どうやってここまで来たのかも記憶にない。
そうして周りを見渡していると、漸く気がついた。尻尾の違和感。
「えっ!?」
そこには、明らかに子どもであろう男の子が、上半身裸で自分の尻尾を布団代わりに、見たことがある、しかし珍しい黄色い獣と眠っていた。
「なっ、どういう…痛っ」
これは一体どういうことなのだろうか。そう思っていると、左腕に痛みが走った。
右手で痛みのあるところを抑えてみると、布の感触。よく見れば、布の中には薬草が当てられていた。そして、その少年の傍らに破れたシャツが転がっていることにも気がついた。
「まさか自分のシャツを布代わりにして…」
もう一度、眠る少年を見つめた。
ギュッと、自分の尻尾を抱きしめて寝ている少年を。
「んっ…」
ピクッと、少年の瞼が動いた。
そして、ゆっくりと開かれた。
「おにい、さん…?」
「おはよう、少年くん」
黒い瞳。それも、この世界ではあまり見たことがないような、汚れのない物。
その瞳に目を奪われつつも、目を覚ました少年に挨拶をした。
「!!お兄さん!!」
覚醒。その瞬間、勢いよく体を起こした。
「お、お兄さん大丈夫!?怪我の具合は!?」
慌てて飛び起きたかと思えば、人の心配。
自分は上半身裸なのに。
「ふふっ」
「へっ?」
そんな少年の奇行に自然と笑いが込み上げた。
それと同時に、自分に掛けてあった白いジャケットを少年へと着せた。
「君の……いや、君とそこのピカチュウ、二人のお陰で大分痛みは引いているよ。この薬草が無かったら熱が出ていたかもしれない。自分のシャツを犠牲にしてまで治療をしてくれてありがとう。助かった」
「本当!?よかったぁ」
「ピカピカ」
まるで自分のことのように安堵するその少年の心が綺麗だと思った。
知りたい、君のことが。
「僕の名前はツワブキダイゴ。君の名前は?」
「オレ、サトシです」
「サトシくんか。いい名前だ」
そう伝えると、サトシは微笑んだ。
「つっ」
微笑んだ顔に、胸が高鳴った気がした。
「亡くなったママが付けてくれたんです。えへへっ」
「そうだったのか。それは辛いことを聞いてしまったね」
悪いことを聞いてしまったかもしれない。そう思ったが、サトシはブンブンと、顔を横に思い切り振った。
「全然!ママはずっとオレの中で生きてるから」
それでいて前向き。とても逞しく、眩しい。
ふとっ、サトシの顔の横に着いている肌と同じ色の丸い耳に目が行った。
「この耳…」
「あっ、」
ダイゴの手が伸びてきて、耳に触れた。大きなゴツゴツとした手に触れられて、ビクッと体を震わせた。
「ああ、すまない。けれど…そうか…」
「??」
突然耳に触れられて、そして何かを悟った様子。
何が何だかわからない状況に頭の中では疑問符がわいた。
そんな様子が可愛らしくて、思わず手が伸びていた。サトシの肩を持ち、自分の方にグイッと引き寄せた。
「ダ、ダイゴさん?」
大きな手、広い胸板、安心する包容力。その全てに、サトシの胸はドキドキと打っていた。
「街に帰ってから詳しく話そう」
「は、はい」
素直に返事をしてくれたサトシの頭を優しく撫でた。
こんな風に誰かに優しくしたいと思ったのは、初めてだ。
「ピカチュウも、一緒に来てくれる?」
「ピッカッチュウ」
ピカチュウも心良い返事で返した。
朝日が眩しく照らしていた。
これから始まるのは、一人の狼獣人と人間の少年。異世界で育む純愛ストーリー。