20

  夏の過ごし方を、二人で決めた。

  村から距離を取り、見回りは最低限にすること。

  昼はなるべく静かに過ごし、熱が強い日は洞穴から出ないこと。

  そして――衝動に飲まれそうな夜は、無理をしない、体を重ねること。

  どれも、ガレンが長年ひとりで守ってきたやり方だった。

  だが今年は、そこにエリアスの声が混じる。

  最後だけ違う。

  「……私もいるよ」

  そう言われたとき、ガレンは返事ができなかった。

  獣人の理性を削る期間をどう過ごすかは、生き方そのものだった。

  話し合って、決めた。

  避けるのではなく、奪うのではなく、折り合いをつけることを。

  力を抑えるのではなく、形を変えることを。

  ――人の姿で、共に在る夜を選ぶことを。

  最初の夜は、ためらいから始まった。

  火の残り香が、洞穴の奥に薄く漂っている。

  夜は深く、外の気配は遠い。

  ガレンは、エリアスの前に座ったまま、しばらく言葉を探していた。

  視線を合わせない。だが、離れもしない。

  「……すまない、エリ」

  低い声だった。

  謝る必要のないことを、謝るときの声。

  「……やはり、熊の姿は……お前の負担が大きい」

  一拍、息を整える。

  「……その、たくさん……したいときは……」

  言葉が、少しだけ詰まる。

  「……人の姿で、抱いたほうが……いいと思った。

  …したことはないが…できると、思う」

  それは、提案というより、告白だった。

  己の力を恐れ、同時にエリアスを欲しているという、正直すぎる言葉。

  エリアスは、すぐには答えなかった。

  少し驚いたように目を瞬き、

  それから、ゆっくりと笑った。

  「……どっちでも、ガレンはガレンだよ」

  当たり前のことを言うみたいに。

  「……ガレンが、つらくないほうが、いいに決まってる」

  健気すぎる答えだった。

  自分の身体のことより、相手のことを先に考える声。

  ガレンの喉が、わずかに鳴った。

  「……エリ……」

  名を呼ぶだけで、胸が詰まる。

  人の姿のまま、そっと近づく。

  熊のときのような重さはない。

  だが、その分、距離が近い。

  指先が、肩に触れる。

  心地よい力で抱きしめ、唇を食む。

  エリアスは、身を引かなかった。

  むしろ、少しだけ前に出た。

  「……ん、…ぁ、」

  小さな声。

  驚きと、気づきが混じった音。

  人の体温。

  人の呼吸。

  人の鼓動。

  それらが、こんなにもはっきり伝わる距離は、初めてだった。

  「……近い、ね……」

  思わず漏れた言葉に、ガレンは小さく息を吐いた。

  「……嫌なら、言え。王は獣で抱かれるほうが好きか」

  低い声。

  だが、手は離さない。

  エリアスは、首を振る。

  何を言われてるか理解した顔は真っ赤に染まっていた。

  「……な、嫌じゃ、ない…そうじゃない…」

  それから、少しだけ言い直す。

  「……なんか……安心する……人間のガレン…」

  その一言で、ガレンの肩から、目に見えて力が抜けた。

  (人間の俺、か…)

  人の姿で、抱き寄せる。

  包むように、支えるように。

  重さはない。

  だが、肌のぬくもりがある。

  エリアスは、ガレンの胸に額を預けた。

  呼吸が、自然と合っていく。

  (……これ……)

  熊のときとは、違う。

  荒々しさも、圧倒的な存在感もない。

  けれど――

  「……ガレン……」

  名を呼ぶと、すぐに返事がある。

  「……ここにいる」

  それだけで、身体の奥が、じんわりと緩んだ。

  初めて、人の姿で交わる夜は、

  激しさよりも、時間があった。

  確かめるように、何度も触れて、離れて、また近づいて。

  解れきった後ろをガレンの熱が出入りする度に声が漏れた。

  「あ、あ、あっ…ん、ガレン…」

  愛らしく震える身体、伝う汗、濃くなる互いの匂い。

  そのたびに、

  「壊れていない」

  「拒まれていない」

  という事実が、積み重なっていく。

  「出すぞ、」

  ガレンの喉が低く鳴った。

  交わりが終わる頃、エリアスは、ぼんやりとした頭で思った。

  (どっちも、ガレン。

  熊の姿も、愛おしい…人の姿のガレンは、こんなにも…安心する)

  「エリ、愛おしいな…」

  (人間が発情期を持たない理由が少し、わかりそうだ…こんなの、止められるか、)

  それは、後戻りできない感覚だった。