「はい、ちょうどメール拝見したところなんですが……このセリフを入れるとかなり早口になってしまうんですけど、大丈夫ですか? ……はい……はい……ああ、なるほど……了解しました。それでは、このところに、今おっしゃったキャンペーンのこと、追記しておきますので。はい……はい……ええ……了解しました……いえいえ、とんでもないです。こちらこそありがとうございました。今後ともよろしくお願いします……はい……では、失礼いたします……」
電話を切ると、クライアントからのメールの本文に記でされた文面を、早速指定された地点にコピペする。「[i:でもでもちょっと待ってこのキャンペーンは予約が埋まり次第終了しちゃうからあなたのお住まいの地域だと今日までしか表示されないかもだし本当に赤字覚悟のサービスだからこのチャンスに絶対予約しないと損だからおねがい!!]」……
自動読み上げソフトはこれ以上回りようのない舌を稼働させて、60秒に詰め込めるだけ詰め込んだ文章をまくし立てた。文字通りのマシンガントークだ。テロップを用意しないと、まともに聞き取れないところがいくつもあるが、もはやお構いなしという感じ。動画の下端にはそれでも音声に乗り切らなかった諸々の注意書きが視認できるギリギリまで文字サイズを小さくして掲載されている。
今日もいつものように仕事をしていた。といっても、アルバイトなのだが。
へそ曲がりな大学生活を送り、就職先を決めないまま大学を卒業してしまった私だが、幸いなことに小さな広告代理店のアルバイトを見つけることができた。訳あってPhotoshopにIllustratorに動画編集ツールなんかも多少使えたので、拍子抜けするくらい簡単に職を得られた。
フリーター生活をしているのは、真面目に就活に取り組まなかった私の自業自得ではあるのだが、今のところは後悔していない。もしかしたら何年か働いているうちに、同級生たちと年収の格差が生まれたり、みんなが先に結婚して子供を産んだりしたら、ぼんやりと不安を感じるようになるのかもしれないけれど、それはまだ遠い話だ── と、どこか他人事のような態度でいる。
広告代理店なのでもちろん広告を制作するのが仕事になるわけだが、職場が受け持っているのは、YouTubeとかInstagramとかでよく流れている動画広告だ。誰もがお気に入りの動画を再生する前に出くわすアレだ。整形とか脱毛とか増毛とか、その手のクリニックの広告が、ものすごい早口で耳に障るナレーションと、昔のニコニコ動画でもやらないくらい大袈裟な編集を組み合わせた、要するに見て1秒で不愉快になれるやつだ。
そういうのをリスティング広告と呼ぶのだが、この職場に来て学んだのは、リスティング広告はとにかく情報が具体的でありさえすればいい、ということ。気の利いたキャッチコピーなんかを脳味噌をこねくり回して考えてまで、何も知らない人の関心を惹く必要がそもそもない。世の中の99%は鬱陶しいものと感じるだろうけど、世の中には毛深いとか頭が薄いとか、もしくは自分の体型に切実に悩んでいる人は確実にいて、そういう人たちは真面目に広告を見て、リンクを踏んでくれたり、場合によっては診療の予約をしてくれたりする。実際、クライアントの反応を伺う限り、それなりの広告効果は上がっているみたいだった。
どうして世の中にはこんなに不快な動画が存在できるんだろう? という世間話やら、広告を消すことまでサービス化し金に変えてしまうという後期資本主義ってやつは云々……みたいな議論を引き出すには格好の存在だろうけれど、好きか嫌いかはさておき、誰もが苛立たしげにしかめ面を浮かべるようなネットの広告だって、所詮は人間が作ったものなのだ。それを現場から知れるだけでも、ほんの少しだけ人生が豊かになったような気がするのだ。
クライアントに言われた通り動画を修正しておいたので、直属の上司である田中さんにデータを送っておく。こういう仕事でもちゃんと報連相というものはあるのだ。それでOKをもらったら、もう一度クライアントにメールを送って、問題がなければそれでいけるはず。一週間も経てば、YouTubeで私が作った動画が流れ、少なくとも数千万人の眉を顰めさせることになる。そういうのって、なんだか不思議なことだ。
仕事が一段落したので、空になったタンブラーをぶら下げながら、職場の隅っこに置かれたウォーターサーバーで水を汲んで一息つくことにする。空いた方の手は自然とポケットからiPhoneを取り出し、黒地に白いマークが刻まれたXのアイコンをタップしている。
タイムラインに流れてくるのは動物をモチーフにしたキャラクターたちのイラスト。私たちの界隈では「ケモノ」と呼んでいるものだった。そういうものを見ている私もまた、そういう「ケモノ」を愛好していて、そういう人たちのことを「ケモナー」と呼んでいる。
スマホを眺めるときは、周囲から画面が見えないように、壁に背を向ける。私のタイムラインではセンシティブなイラストやアニメーションがモザイクなしに流れてくるし、下ネタを呟く人もいるし、時には生モノを流す奴もいる。文字通りNSFWな代物を見られるのは嫌だから、自ずとそういう姿勢になる。サッとタイムラインに目を通して、気に入ったものにいいねとリポストをつける。
元々、子供の頃から動物は好きだったし、動物のキャラクターを好きになるのは自然の流れだった。それが年齢を重ねるごとに興味や関心が高じて、アニメとかゲームとかファンタジー小説に手を伸ばすようになる。そこで気になったキャラクターのことをSNSで調べていると、素敵なイラストや面白い小説を投稿している人たちを見つけて、片っ端からそうした創作を見たり読んだり、そうして芋づる式にのめり込んでいくうちに自他共に認める「ケモナー」というものになっていた。そこまでが大まかな経緯というわけだ。
私自身、創作している人たちに影響されて自分でも絵を描いたり小説のようなものを書いてみたりしていた。Adobeや動画編集ツールが使えるというのも、実のところ創作活動の一環でちょっと背伸びをして手を出した結果だった。
「あ、メールありがとねー」
田中さんが私のそばへやってきたので、手早くアプリを閉じ、スマホをポケットにしまった。上司といっても私より歳が1つか2つ上というだけで、特別上司という感じはしない。あまり詳しく話を聞いたことはないが、専門学校を卒業して今の会社に入社してきたそうだから、せいぜい2年か、3年かくらいだろう。この頃はあまり見なくなった気がするオールドタイプなオタク風の男性だ。
「すみません、今って仕事どんな感じ?」
今って仕事どんな感じ? そう聞いてくるあたり、ああ、追加のタスクがあるんだな、と悟った。田中さんが声をかけてくるのは、ぎこちない世間話をする時を除けば、新しい仕事をさりげなく押し付けたがる時なのだ。
「実はちょっと変な依頼が入ってきたんですけど、僕は別の案件で手につかなくて、ちょっと代わりに話を聞いてもらってもいい?」
「はい、いいですけど……」
嫌だと言っても仕方ないし、さっきの案件が終わって手が空いているのは事実だから、そう答えた。で、ちょっと変わった依頼、というのは?
「さっきメール転送しておいたから、それ、見ていただけますか」
自分のデスクに戻って、冷水をチビチビと飲みながら早速上司から転送されてきたメールに目を通して見る。
突然のご連絡となり恐れ入ります。ヒライワと申します。
この度は、貴社に広告を依頼したくメールをお送りいたしました。
いかにも恐縮しているなあ、という感じのお硬い定型文が続いた後で、こんな一文が目に飛び込んできた。
「獣化薬」の広告をお願いしたいのですが、それにあたり資料一式をご手配いただけると……
すぐに田中さんのところに向かい、相談をした。
「いいんじゃない?」
「ええ……」
「うちは表に名前すら出してないわけだし、騒ぎになったとしても、責任負うのは依頼した方だし」
「けど……痩せる薬とかならともかく── ともかくではないですけど── 獣化できる薬とか、本当にやって大丈夫ですかね?」
「まあ、ジョーク商品ってことなんじゃないの? そういうのってこの業界じゃあ結構あるし」
「そういうもんですか」
釈然としないところはあるけれど、田中さんがそう言うのだからそうなのかもしれない。第一、私は単なるアルバイトで、法律上社会保険や厚生年金には加入しているけれど、会社の方針に対してどうこう言う立場でもない。幸い、給与も待遇も、アルバイトの割には恵まれている方だと感じる。一応、契約書には正社員登用の可能性有りとも記されている。
とりあえず、このヒライワという依頼人に大まかな値段表が記された弊社の資料一式を添付して返信した。それにしても、獣化薬の広告かあ、ともう一度そのメールの文面を目で辿りながら考えた。
ケモノというか動物になりたいという人は現実に少なからずいる、というのは知っている。ケモナーの世界で生きていれば、そういう人の存在はより身近だ。そういうのを獣化願望と呼んでいて、キグルミを身につける人もいれば、もっと踏み込んで動物そのものになろうとする人もいる。確かに、獣化薬が実在すれば大ヒット間違いなしだろう。
でも本当にそんな依頼を受けていいのだろうか。悪質な投資詐欺に比べれば、穏やかなのかもしれないけど。私は何とも言えなかった。
ポケットにしまったスマホがブルッと震えた。ファントム・バイブレーションではなく、正真正銘の通知だった。スマホを手に取ると、通知欄に白地に赤い色をしたマッチングアプリのアイコンが見えた。
── ゲラートさんから新着メッセージが来ています
何というか、このタイミングで来るか、と思った。所詮ケモノなんて世の中にはいない、そう思っているのだったが、私の日常には思いがけず、ケモノの影が差し始めていた。
☆
誰にも話していないことなのだが、半年ほど前から自分はオオカミ獣人だと名乗る人物に付きまとわれている。正確にはマッチングアプリで一方的にメッセージを送られているだけだから、語弊のある言い方かもしれないけれど。
とりあえずアカウントを開設してみたら、初日にいきなりメッセージを送ってきたのがゲラートという[rb:HN \> ハンドルネーム]の人だった。年齢と身長は私と同じくらい。もっとも、アイコンはこういうアプリにありがちなただの風景写真だから、プロフィールの情報が正しければの話ではある。けれど、自己紹介のところには「ケモナー」と書かれていたのに興味を惹かれて、ちょっとだけやりとりしてみることにした。話題が趣味のことに及ぶと自然とケモノの話になったので、ひとしきりケモナー同士にしかわからない会話をしているうち、ゲラートという人はこんなことを打ち明けたのだった。
── 信じられないかもしれないんですけど、僕はオオカミ獣人なのです。
あまりにもあっけらかんとしていたので冗談のようにも見えなかったが、私はどう反応すれば良いのかわからず、結果としてメッセージを放置してしまった。けれどもそれからも一週間に一度は「こんにちは」とか「こんばんは」とか「お久しぶりです」だとかメッセージが送られてくる。私が返信してこないのはあまり気にしてないかのようだった。
今日送られてきたメッセージも、やはりそういう類のもので、「こんにちは」と一言だけ。こんなおかしい相手なんて気味が悪いからさっさとブロックしてしまえばいい、というのはその通りなのだが、どこか引っかかるものがあった。まあ、放っておいても無害ではありそうだからと、何となくそのままにしていた。
引っかかるものがある、というのは、やはり私自身が獣人という概念に対して関心を持っているからに他ならないのだが、だからといって、メッセージを送ってくるゲラートという謎の人物が本当にオオカミの獣人だなんてことを本気で信じているわけではなかった。
だって、ケモノというのは、あくまでも二次元上の存在であって、映画や漫画やアニメの世界にしか存在し得ないから。
もちろん、ケモノが実在したらとても嬉しいとは思うし、何か話してみたいとか、できれば一緒に暮らしてみたいとか、そんなことを空想はするけれど、結局は空想だ。たまに夢の中に出てきてくれればラッキー、くらいのものだ。そりゃあ、グリーティングイベントでキグルミを着ている人たちを見た時には「ケモノって実在するんだ」と感じることはあったけれど、それも年に数回あるイベントの間だけだ。日常に帰れば結局はみんな人間に戻る。
メッセージを送ってくる相手が、どういうつもりで自分はオオカミ獣人だなんて言っているのかはわからない。敢えて尋ねようという気も起こらなかった。そうこうしているうち、振られる仕事も少しずつ増えて忙しくなってきたこともあって、この頃はメッセージに目を通すことも減っていた、のだが。
仕事で獣化薬の広告などという不思議な案件を受けることになってしまったこのタイミングで、再びゲラートなる自称オオカミ獣人からのメッセージが来たことで、否応もなく私は彼のことを、ひいてはケモノのことを強く意識せざるを得なくなった。
考えられる可能性なんてたかが知れている。詐欺かもしれない。ただロマンス詐欺にしては手口がいい加減すぎやしないか。悪戯かもしれない。それはあり得ることだ。そうであってくれた方が話がわかりやすくてずっといい。そうだ、選択肢なんてそのどちらかしかありえない。二つに一つだ。
でもその一方で、その二つの選択肢のずっと下に、隠しコマンドのように存在する別の選択肢を意識の埒外に置くことがなぜだかできなかった。── 彼が本当にオオカミの獣人だったら?
アイコンは相変わらず風景画だし、根拠になるものなんて何も無い。そんなこと考えるなんて馬鹿馬鹿しいとも思う。にもかかわらず、私はゲラートという自称オオカミ獣人のことが気になってしょうがなくなってしまっていた。詐欺に引っかかる人たちもおおよそこんな心境を経ているのかもしれないよな、と自分で自分を冷笑しつつも、彼が獣人であるという考えそのものは、まるで捨てたくても捨てられない思い出の品みたいに、否定し去ることができないのだった。
☆
アルバイトからの帰り道。東京メトロとJRを乗り換えて最寄り駅を降り、駅前のアーケード街を抜け、よく行っているスーパーで簡単な夕飯の買い出しをして、アパートや一軒家が密集した路地を抜け、もうすぐ家に着くという頃合いになって、不意に思う。
この世界に、ケモノっていないんだよな。
そうだ。どうせケモノなんていないのだ。
ケモノという存在は好きだし、ケモナーの世界も楽しんではいる。にもかかわらず、そう思っている。
街を歩いていて、見かけるのは当然ながら人間ばかりだ。ありとあらゆる服装をした老若男女の人間が、集まるでもなく散らばるでもなく、まるでふわふわと空気中に舞う塵埃を思わせるように、思い思いに行動している。その光景を見ていると、都市の中の孤独、群衆の中の孤独と呼んでしまうとあまりにも陳腐だけれど、人間は社会的生活を営んでいるくせ、多分そう思われているほどには団結もしていないし、かといって孤立してもいないのだろう── そんなことをぼんやりと考えるのだ。
それに気づくと、決まって思い出したかのようにいつもはなおざりにしている風景の細部を観察し始める。そうしないと、ちょっと申し訳が立たない気がするのだが、何に対して申し訳が立たないのかと言えば、そこまで明確でもないから変だ。当たり前のことながら、テナントの窓ガラスの向こうにも、電線と電線の合間から覗く空にも、通り過ぎる自動車のナンバープレートにも、看板の裏側に貼られた謎めいたステッカーの集合体にも、ケモノの気配を見出すことはない。
何も、見つからない。
当然のことといえば当然のことなのに、時折真面目くさってケモノを探している私は、馬鹿と言えば馬鹿な奴だ。そんなことを考えているうち、自分の部屋にたどり着く。残念なような、でもそれもしょうがないよな、という気持ちになりながら、玄関のドアを開けるのだった。
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