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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【46-1】

  俺の『妻』は、世界一可愛く、愛らしい。

  「では、いってくる」

  「うん、いってらっしゃい」

  今朝も。屋敷のエントランスで、俺を見送ってくれる、誰よりも愛おしい俺の妻と息子に、手を伸ばした。フラフィーの、ふくふくとしたあたたかな頬に、俺の指が柔らかく沈んでいく。その上でくるりと動く、愛らしく丸い目が、俺を見上げてはにかむように細められた。…その笑顔だけで、俺のなかに幸福が満ちていく。

  「ロバストも、おとうさんに行ってらっしゃいがしたいって」

  言いながら、フラフィーが、その腕に抱っこしているロバストを抱えなおした。まるで、俺のミニチュアの如くよく似た顔が、…俺とは似つかないほどに無邪気な顔で笑う。勢いよく尻尾を揺らしながら、俺に、小さな手を懸命に伸ばして。撫ぜるように、叩くように、その手をぱたぱたと振った。

  「あー、あー、なー!」

  なんと言っているのだろうか。まだ言葉にはならない声で、それでも明るい音を響かせながら、ロバストが俺に言う。それに、フラフィーも嬉しそうに笑って、ロバストの手を優しく握った。

  「おとうさん、行ってらっしゃいって言ってるんだよね。もうすぐ、パパって言えるようになるかな?」

  ね、リジットさん!そう、俺に呼びかけながら、その目をますます嬉しそうに細める、俺の誰よりも可愛い愛妻に。そうだな、と頷いて、愛しい息子の頭をそうっと撫ぜた。ただそれだけで、ロバストがますます楽しそうに口角を上げる。生えそろってきた小さな歯が、口元から覗くのが可愛らしい。

  …俺が触れるのが、それほど嬉しいのだろうか。そんなところは、母親に、…フラフィーによく似てるのだな。そんなことを思って、小さく口角を上げた。けれどきっとこの子は、俺よりも、フラフィーに撫ぜられた方が更に喜ぶのだろう。それは当然だ、何故ならこの子は、俺にそっくりなのだから。この子にとっても、あの柔らかな優しい指で触れられることほど、幸福なことはないに違いない。俺と、同じように。

  それにしても、…俺が『パパ』とは。その言葉の面映ゆさに、さりげなく緩む口元を覆って隠した。勿論、ロバストの父親は俺なのだから、『パパ』で合っている。…が、そう呼ばれるのは、お父さん、と呼ばれるのよりも、なんというか、…何故だか照れた。そうか、『パパ』か。

  「それよりも、お前が『ママ』、と呼ばれる方が先だろうな」

  その照れくささを誤魔化すように、再びフラフィーの頬に手を伸ばす。俺の言葉に、その円い目が俺を見つめて、…それから照れたように笑った。それから、ロバストを片手で抱き直して、片手を空けると。…頬に触れている俺の手に、その柔らかな手を、フラフィーが重ねる。そのまま、指を絡めるようにして、俺の手の甲をフラフィーが握った。そこから伝わる優しいぬくもりと、…この子からの限りない愛情に。俺も、同じだけの、…いや、更に深い想いを返すように。フラフィーの頬を撫ぜる指に力を籠める。

  …数日前。俺の『過去』を、誰にも話すことのなかった、…話せなかった、俺の『過去』を、この子に話した。

  それから、…フラフィーは、前よりも更に、俺の傍に居てくれるようになっていた。今までだって、ずっと俺の傍にいてくれたというのに。今は、…まるで、俺を片時も一人にしないように、いつも、俺に寄り添ってくれていた。

  それが、…俺が寂しくないようにだと、知っている。あの短い話のなかで、きっと、この子は、…俺が口に出来なかった想いすら、汲み取ってくれたんだろう。俺が感じた、絶望や、孤独や、…どうしようもない寂しさも、きっと一緒に感じてくれたんだろう。

  

  だから。もう、そんな想いを俺にさせないように、と。優しいこの子は、思ってくれたのだと思う。俺を、決して独りにしないのだと。

  その想いが、俺には、…何よりこころに沁みた。この子に、それほどの想いを寄せてもらえることに、どうしようもないほどの幸福が、身体中に満ちていく。

  

  「今日は、何時ごろになりそう?」

  「そうだな、…そう遅くはならないだろう。少なくとも夕食には間に合うように、帰ってこよう」

  柔らかなぬくもりを堪能しながら、可愛い妻の言葉にそう答える。俺の返答に、嬉しそうに顔をほころばせるフラフィーに、俺の口元も更に緩んだ。頬に当てる俺の手に、フラフィーが更に顔を寄せる。その、小さな子猫のような仕草に、愛おしさが一層募っていく。

  「じゃあ、今日の夕ご飯は一緒に食べられるね!」

  嬉しいな、楽しみにしてるね。そんな可愛いことを、笑顔で言ってくる、俺の最愛の妻に、俺も笑って頷いて。

  片手で、フラフィーに抱っこされていたロバストを受け取って、抱き上げると。もう片手で、その愛おしいぬくもりを、腕に抱いて抱き締めた。

  

  **************************

  名残惜しくも、あの子と息子から離れて、馬車に乗る。音を立てて馬車に揺られ、それが王城に着くころには、俺の意識も軍の一員へと切り替わる。軍の仕事は、王城を、街を、この国を護ることだ。それが、ひいては愛しいあの子を、俺のなによりな大事な俺の家族を、護ることへと繋がるのだから。

  …昔は。この軍に来たばかりの頃は。ただ、ここにしか居場所がないから、此処で求められていることを必死でこなしていた。それだけだった。それは、軍で階級をあげても変わることはなく。…あの子に逢うまで、それは続いた。俺にとって、護るべきは国でも王でもなんでもなく、…自分すら、守る気もなかった。ただ、生きる為に、戦へと赴く。求められているから、それをこなす。俺には、それしかなかったから。

  …あの頃を思うと、今の自分がどれほどたくさんのものを与えられたのか。あの子に、どれほどたくさんのものを、与えてもらったのか。その幸福を、思い知るんだ。何もなかった、何もかも喪い、空っぽだった俺に。この手に、この身に有り余るほどの喜びと、幸せを与えてくれた、俺の誰よりも愛しいあの子。…あの子に出逢えたからこそ、俺は息を吹き返した。この世に、生き返ることが出来た。…もう一度、生きようと思えたんだ。あの子の為に、あの子の傍に在る為に、生きていたいと。

  

  だから。…俺は、何があろうとも、この国を護らなければ。あの子の在るこの国を。俺たちが生きる、この国を。そう想いを新たにしながら、木床の通路を歩く。

  「リジット」

  「ああ、スティケート」

  そんな俺に、後ろから声が掛かって。聞き慣れたその声に、姿を見る前にその名を口にしながら振り返る。そこには、俺の予想通りに、親友が穏やかな顔で佇んでいた。

  「こんにちは。…先日は、随分飲まれましたが、その後は大丈夫でしたか?」

  「ああ、問題ない。あの時は済まなかったな」

  コイツの言う先日、とは、数日前に飲みに行ったことを言っているのだろう。その時に、…俺の『過去』に何があったのかをフラフィーに話さないのか、と。言いづらいだろうことを、そう切り出してくれたおかげで、…俺は、あの子に俺の過去を話す、その一歩を踏み出せたのだと思う。

  そう実感しながら、彼の問いかけに、言葉を返して。俺よりも若干高い、その背を見上げる。…スティケートが心配しているのは、俺の体調だけではないことに気づいていた。今も、俺を見つめるように見遣る、その顔が、…穏やかながらも、未だに心配そうな色を浮かばせていることにも。

  

  そんな親友に、改めて向き直る。彼の眼を真っ直ぐに見遣って、頭を下げた。いつも優雅で礼儀正しい親友へ、最大限の礼儀と、…感謝を以って。

  

  「…心配をかけたな。もう…大丈夫だ。有難う」

  噛み締めるように口にしながら、そう言って頭を上げる。少しだけ驚いたような顔のスティケートが、モノクルの奥の眼をゆっくりと細めた。

  「フラフィーに話せたのですか?」

  「ああ。…お前の助言のおかげだ。本当に感謝している」

  彼の問いに、頷いて。もう一度、感謝の言葉を口にした。そんな俺に、スティケートが口まで大きく開けて笑った。…珍しい。マナーや礼儀を重んじるこの彼が、こんな風に破顔するなど。もう長い付き合いになるが、俺でも数えるほどしか見たことがない。

  「私は何もしていませんよ。話せたのは、…貴方の強さでしょう」

  破顔したまま、そう言って。スティケートが、俺の頭をくしゃり、と撫ぜた。彼にしてはまたも珍しい、少々乱雑な手つきで。それでも穏やかな、大きな手のひら。

  …俺の、父を連想させるようなそれに、俺の眼の奥が小さく滲んだ。つい先日までは、思い出すことすら身を切られるように辛かった、俺の両親。その姿が、…今は、ほんの少しの痛みと、胸を締め付けられるような切なさと。それを覆って余りあるような優しさで、思い浮かべることが出来る。…こんなことは、初めてだ。

  「強くなりましたね、リジット。…本当に、強くなった」

  ぐしゃぐしゃと、俺の頭を掻き交ぜるように撫ぜながら。相変わらず穏やかで、けれど力強い声が、俺に言う。…まるで、俺の父にそう言われている気がして。滲む眼の奥が、更に熱くなった気がした。ああ、本当にコイツは、…俺の父に似ている。

  口に出すと、何かが漏れ出しそうな気がして。口を閉じたまま、その力強く、穏やかな手で撫ぜられ続けた。この場に、誰も通りがからないことを頭の隅で少しだけ祈る。…俺にも、矜持や立場と言うものが一応あるのだから。

  それでも、彼の手を払いのけることなど思いも着かず、撫ぜられ続けて。…小さな笑い声とともに、その手が離れる。目の前で笑っている顔は、犬獣人ということ以外に、体格も、外見も、何も共通点はないというのに。そのはずなのに。…何故だか、一瞬父の面影が、親友の姿に重なった。その顔に、俺も、…小さく笑い返す。父さん、と幼い頃の呼び声が、喉奥で消えた。

  

  「これで私も安心して―」

  「嫁に行ける、か?」

  笑ったままで、続けられた言葉に。途中で軽口のように、言葉を挟む。…そうでもしないと、眼の奥で熱く溜まっていたものが零れそうだった。

  そんな俺に気づいているのか、いないのか。いつものように、気づかない振りをしてくれているのか。判断のし辛い穏やかな顔が、先程とは違う笑顔で、言葉を続ける。

  「違います。婿を取るのですよ」

  「…婿?」

  スティケートの言葉に、思わず同じ言葉が口を突いて出た。…婿。嫁、の対だというのに、その発想は思いついたことがない。虚を突かれたようにぽかんとして、目の前の親友を見遣ってしまった。そんな俺に、悪戯っぽく笑ったスティケートが、モノクルを指で押し上げる。作戦を立てるとき、訓練兵に説明するとき、…何かを企てるときによくしていたコイツの癖。

  「ええ。地位の高い者が好きに嫁を娶れるのなら、…逆があってもいいでしょう?」

  柔らかな物腰ながら、飄々とそう言ってのける親友に。…少々呆気にとられた後で、笑ってしまった。…その通りだ。この国では、『娶る』側にさえ地位や権力があったのなら、娶られる側がどうであろうと無理を通せる。そうなっている。

  それならば、…地位や権力のあるものが、好きに『婿』を取ろうが、何の問題もない。そのはずだ。

  考えたな、と、素直に思った。そもそもスティケートは、名門である彼の家を継いでいる。その彼が、他の家に嫁げる筈もないだろう。それならば、スティケートが自分よりも地位や権力の低い者の元へ嫁に行くよりも、…婿にもらった方が、何倍も話が早い。ただ、…その前例を、俺は聞いたことがなかったが。

  この間に飲みに行った時の、スティケートの言葉が思い出される。抜け道は幾つでもある、と笑っていた彼の姿も。…そうか、これが。

  「それが抜け道、か」

  「はい。まあ、我がスティケート家では、家督を継いだ男の婿取りなど初めてだそうですがね。身内に、私よりも優秀な者はおりませんので」

  そう言って、楽しそうにスティケートが笑う。穏やかななかにも、…軍人の頃を思い出させるような老練さが見え隠れしている、その笑顔。そうだ、スティケートは軍のなかでも知略を用いて戦う、参謀のような働きが得意だった。きっと、彼の持つ才知を十二分に発揮して、この婿取りに挑んだのだろう。スティケートの家でも、下手に反対でもして彼を手放すことにでもなるよりは、…彼の言うことを飲んで、アステールを婿に向かえた方が好いと、そう結論付けるに違いない。

  「それなら、アステールの婿入りはもうすぐなのか?」

  「どうでしょうね。まだ納得していない者もいるもので、…でも、そう時間はかからないと思いますよ」

  俺の問いに、自信に満ちた顔で、スティケートがモノクルの奥の眼を細めた。…優雅で礼儀正しい彼が、時折見せる、自信家の顔。この顔をスティケートがしたときは、どんな戦も負け知らずだった。…それならば、何の問題も、心配もないのだろう。

  「…その時は、俺たちも呼んでくれ」

  「勿論です。誰を差し置いても、貴方がた一家はお呼びします」

  そんなことを、笑って話しながら。ずっと佇んでいた廊下の、一歩を踏み出した。

  肩を並べて歩く、この親友が。幸せになれる日が、もうすぐ来ることを噛み締めながら。

  

  ********************************

  その後、訓練や指導をこなし。俺の家族が待つ屋敷に帰りついたのは、フラフィーに話した通り、夕食にまだ余裕のある時刻だった。

  この時間なら、ロバストは一足先に、メイドの皆に食事をさせてもらっているところだろう。あとで、顔を見に行かなければな。そんなことを思いながら、表で出迎えてくれた使用人の一人が開いてくれたドアへと、足を踏み入れる。それと、同時に。

  「おかえりなさい!」

  明るい声が、エントランス中に響いて。弾かれたように、フラフィーが俺へと駆け寄って来てくれる。そのまま、俺の腕のなかへと飛び込んでくる柔らかな身体を、受け止めながら抱き込んだ。俺の背に、フラフィーのあたたかな腕が回るのが分かる。そのぬくもりと、腕のなかの心地好い感触が、俺を何よりも癒してくれた。

  「お仕事お疲れさまでした!おなかすいたでしょ?すぐにご飯にしようね」

  俺の腕のなかから顔をあげて、フラフィーがぎゅう、とその円い目を細めて俺に笑う。…本当に、この子の笑顔はどれほど時が経っても変わらない。齢を重ねても、俺の子を産み、母となっても。その、幸福が詰まったような顔で笑う、見ているだけでこちらまで幸福になるような。…俺が惹かれ、焦がれてやまない、その笑顔は。

  その笑顔が、俺に、…俺だけに向けられている喜びに、今日も浸りながら。フラフィーに、そうだな、と頷いて、その髪を撫ぜた。俺の指にだろうか、擽ったそうにはにかむと。フラフィーが俺の腕から抜け出て、代わりに俺の手を愛らしく握る。空になってしまった腕のなかが少々寂しいが、…それはまた、後でだな。そんなことを思いながら、繋いだ手の柔らかな感触を更に堪能するべく、力を籠めた。

  そのまま、食堂までの短い距離を、手を繋いだまま歩く。これも、婚姻当初からの、俺たちの日課のひとつだ。俺が、この子を片時も放したくないと思っているのと同じように。…この子も、俺と離れたくないと思ってくれているのだろうか。…そうだといい。そんなことを、願うように想う。

  「あの、リジットさん、…明日は早い?」

  「いいや。いつも通りだが。どうかしたか?」

  繋いだ手を揺らしながら。フラフィーが、俺を目だけで見上げて、首を傾げる。その愛らしい仕草に、思わず目元を細めて、この子の問いに言葉を返した。そんな俺に、…何故か、フラフィーが頬から耳まで赤に染めて、俯いた。

  「あのね、…ま、前リジットさん、…二人目が欲しいって言ってたでしょ?」

  潜めているのか、いつもよりも小さな声で。ところどころ、声を裏返しながら、フラフィーが俺に言う。…その言葉は、確かに俺が前に言ったものだ。けれど、何故ここで、この子がそんなことを言い出すのか、一瞬意味を捉えられず。…一拍置いて、期待をした。この子がこの後、何を言うのか。なんと、続けるのか。その言葉を。

  ぎゅう、と繋ぐ手に力が籠められる。それは、顔を真っ赤に染めているこの子の力だったのか。それとも、期待に満ちた俺の方だったのか。それすら分からないほどに、繋いだ手を握り合って。ぎゅう、と目をきつく閉じたフラフィーが、大きく口を開く。

  「その、…き、今日、どうですか!?」

  まるで、叫ぶような声が、屋敷の廊下に響いた。ここだけ聞いても、きっと意味が分からないだろう言葉。いや、例え誰に聞かれていても、意味が分かったとて構わない。その言葉は、…俺の期待に、惜しみなく応えてくれるものだったのだから。

  口で、答えるよりも先に。俺の手が動いて、この子の身体を抱き上げた。俺よりも高くなった位置で、真っ赤な顔のまま、瞑っていた目を驚いたようにフラフィーが開く。その顔に、俺も顔を寄せて。

  「お前からの誘いを、俺が断る筈もないだろう?…そんな愛らしい誘いなら尚更、な」

  

  そう、間近の距離で返しながら。…夕食よりも、このままこの子を寝室へと連れ込みたくて、仕方が無くなってしまった。

  (このあとの夕食は、きっと浮足立ってしまうことだろう。それが、周りに分からないようにするのは至難の業だな)

  そんな、幸せで贅沢な悩みが、頭に浮かんで。そんな自分に笑ってしまいながら、誰よりも愛おしい俺の妻を、腕に抱き込んだまま、食堂へと急いだ。

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