触手淫獣

  実に最悪な気分だ。

  付け狙っていた賊の賞金首が逃げ込んだ先が鬱蒼と繁る密林だとは。

  俺は目に染み込む汗を拭うと、憤りを晴らすかのように軍刀を力任せに振るった。

  行く手を遮る[[rb:蔓 > つる]]をひたすら打ち払う単調な作業を続けてすでに一時間は経っただろうか。視界は相変わらず深い緑の膜に覆われている。一息つきがてら、ふと刃先を見れば植物の汁が[[rb:膠状 > こうじょう]]にべっとりと厚く付着していた。道理で先ほどから切れ味が鈍くなっていたわけだ。

  「ちっ……」

  爪で黒い粘着を削ぎ落としながら俺は派手に舌を鳴らした。

  まったく忌々しい。

  熱帯雨林の不快極まる湿気が体に纏わりつく。高木や蔓植物、着生植物が密生した濃緑の空間は葉の囁きすらない無風状態で、全身はとっくに汗だくだった。見上げれば、上空は日光を少しでも浴びようと貪欲に[[rb:側枝 > そくし]]を伸ばした木々によって形成された樹冠にすっかり塞がれている。辺りは薄暗く、その幾重にも重なる枝葉の間から弱い光が辛うじて落ちる先には[[rb:羊歯 > シダ]]類が逞しく繁茂していた。

  確保した進入路に踏み込んだ片足が柔らかに沈む。

  腐食した落ち葉の堆積した地面からたちまち茶色く濁った汚水と黴臭い悪臭が滲み出す。気に入っていた革靴はとっくにふやけてどす黒く変色していた。

  こうも向かっ腹が立つのは何も劣悪な状況だからではない。

  そんなものはとうに慣れている。

  俺ら下民出の傭兵にとってはむしろこっちのほうが本領発揮といったところだ。お偉方や正規軍には強行軍に感じる悪路でも何てことはない。

  そう思えるのは俺が熱帯生まれのトラ種の獣人であることが大きい。

  高温多湿の環境下に適応した体の頑強ぶりは俺の自慢のひとつでもある。2m近い上背と100kgを優に超える巨躯、脂肪率わずか一桁のバルクマッチョ体型は生得もあるが、これまで積み重ねてきた厳しい鍛錬の賜物だ。丈夫に生んでくれたお袋といつも胸糞悪い薄笑いを浮かべながら激務を課してくる糞団長には感謝している。

  ぬかるむ足場をまた一歩前に踏み込んで、刀に怒りを込めて振り下ろす。

  蔓が[[rb:千々 > ちぢ]]に砕け落ちる地面には水の溜まった小さな足跡が点々と奥の方へ続いている。その真新しい獲物の痕跡を映す俺の瞳はおそらく烈火のごとく燃えているだろう。

  「ドブネズミ野郎が」

  思わず罵詈がこぼれ出る。

  賊は意図的にこの密林に逃げ込んだに違いなかった。小回りの利く鼠男の[[rb:矮躯 > わいく]]が緑のバリケードを軽妙にかわしていく姿が脳裏に甦る。地の利は逃亡者側にもあったわけだ。振り返った奴の、こちらを得意げに眺めやる下卑た笑みが思い浮かんで、堪らず唾を吐く。

  無性に腹立たしい。

  いくらこの環境に順応できて底無しの体力が俺にあるとはいえ大柄な体は分が悪かった。

  奴自体つまらない小悪党なのがなおさら虫の居所を悪くする。

  帝都で盗みを働き続けているコソ泥だと団長から聞いた。奴の素早い身のこなしにはどうやら憲兵どもも[[rb:匙 > さじ]]を投げたようで、優先事項の低い仕事はこうして末端の俺らに役目が回ってくる。と言っても、奴の貧相な首にかかった褒賞金と同じく、請け負った際に支払われる謝礼金も微々たる額なのだと団長は渋面で言っていた。

  そんなチンケな盗人野郎を俺は汗みどろになりながら追いかけているのだ。

  目の前にいれば一刀のもとに屠れるというのに。

  鼻息荒く、傍らにある小木を賊の首に見立てて一閃に両断すると、

  「まったく……ヴァルターの兄貴、そんな大きな音を立てたら俺らの居場所を知らせているようなもんっスよ」

  背中を溜息混じりの太い声が叩いた。

  「うるせぇな、文句あるならお前が代わりやがれ」

  俺は振り返ってすぐ背後にいるその豹頭の男へ言い放つ。

  目が合った瞬間、人好きのする顔を咄嗟に苦笑いに崩したこいつの名は豹獣人のダリル、俺の相棒だ。身に降りかかってこようとする力仕事を愛想笑いで振り払おうなんざ随分小憎たらしい真似をしてくれるが、こんな荒くれで無愛想な俺を兄貴と呼んで慕ってくれている酔狂な奴だ。

  「俺は兄貴の無防備な背中を守るので手一杯っスから」

  「それは何か、俺が賊の一太刀もかわせねぇ鈍重なうすのろ野郎ってことか?」

  鋭く[[rb:睨 > ね]]めつけて言えば、こいつ斜め上へ視線を泳がしやがる。

  「いい度胸してるじゃねぇか、砦に帰ったら覚えとけよダリル」

  不敵に笑みつつそう脅してみたが自分で言っていてあながち間違っていないのが口惜しい。

  筋肉を付けすぎたと薄々感じてはいるのだ。

  暇さえあれば体を動かしているせいで、と言う以前に暇がなくても転戦の激しい傭兵稼業のせいで俺の全身はどこもかしこも分厚い筋肉に覆われていた。今はこうして、上半身は革紐で結わえた左胸当てのみという半裸に近い状態だから、積み重ねてきた修練の成果が一目見て分かってもらえるだろう。噴き出す汗に被毛がすっかり寝てしまっている体は筋肉の陰影をくっきり生々しく浮き立たせている。

  自分で見ても惚れ惚れとする肉体だった。

  男はこうでなければならない。

  男子たるもの体が資本だ。傭兵ならなおさら強靭な体が求められる。

  鍛えに鍛えたこの肉体は俺の誇りなのだ。砦では同胞たちからの好奇や羨望の眼差しを浴び、戦場では敵兵から『戦場の死神』の二つ名で呼ばれて恐怖の眼差しを浴びることに一種の快感すら覚えていた。

  逞しい肉体こそが最高の鎧だと俺は思っている。

  生半可な刃など跳ね返せる気がした。それはこれほど恵まれた体を持つ俺の慢心からくる[[rb:驕 > おご]]りなのかもしれないがついそう思ってしまうのだ。体を守る物が左胸の薄い鉄板一枚というのもその表れだ。どんな剛の者の一撃も、俺の心臓を穿つどころかこの筋肉の重層すら打ち破れまい。

  やはり筋肉を付け過ぎたからといって気にすることはないのだ。

  「筋肉は裏切らねぇぞ、ダリル」

  少しの逡巡の末に出した結論を俺はドンッと左胸を叩きながら言った。

  「さすが万夫不当のヴァルター兄貴が言うと説得力あるっスね」

  ダリルが白い牙を見せながら青味がかった猫目を輝かせた。

  少々その持ち上げた物言いが引っかかりはしたが悪い気はしなかった。

  豹獣人のダリル。少人数で事に当たるときは団長の指示で何かとこいつと組まされることが多い。今回の標的は一匹ということで俺とこいつの二人で任務に就いているが、図体のでかい腕自慢な虎男と、瞬発力と洞察力に優れる俊敏な豹男の組み合わせの相性は疑いようがなく抜群だった。こればかりは糞団長でも感心せざるを得ない。

  憧憬に頬へ朱を散らす弟分だが決して柔なわけではない。

  俺ほどの体格ではないが、それでも無駄な贅肉のない筋肉質なガタイは同性の俺ですら一瞬目を奪われることがあった。筋肉達磨のような俺の体にはない、よくしなう締まった筋肉は美しいものなのだとこいつによって気付かされた。今は革の全身鎧を装着しているので分かり辛いが、その下には弾力に富んだしなやかな肢体が隠れている。敵を感知するや、即座に臨戦態勢をとれる鋭敏な肉食獣の肉体が。

  俺にとってダリルは背中を任せるには十分過ぎるほどの男だった。

  だからこうして前方に意識を集中していられる。

  背後をこいつに任せて敵の気配を、足跡を、臭いを追って感覚を研ぎ澄ませながらなおも密林奥深くに分け入っていく。薄汚い身なりの鼠男は長らく水も浴びていないのか、その体臭は汗の饐えた臭いとは別に果実が腐って発酵したかのように仄甘く臭っていたのでよく鼻が覚えている。……覚えたくはない類の臭いだが。

  さらに一時間ほど歩いただろうか。

  辟易するほど目に映る光景に変化はなかった。濃い緑の湿気と臭気が果てしなく続いているようだった。こう全方位が植物に埋め尽くされていると次第に方向感覚が狂いつつあることに俺は焦りを覚えていた。賊の足跡が大きく蛇行しているせいだった。迂回しなければならないような障害物があるわけでもないのにその不可解な足取りはまだ途切れることなく繁みの向こうへと続いている。

  もしかしたら奴にとってこの地は勝手知ったる棲家であるのだろうか。だとしたら土地勘のない俺たちは今いいように弄ばれているのではないか、そんな疑心がふと湧き上がった。

  「貧乏クジを引いちまったか……」

  だが今さら愚痴を吐いても仕方がない。

  一体どれほど進んだのか。障害物を除きながらではそうは進めていないはずだ。後ろを振り返ると切り拓いた道の泥濘に俺たちの靴跡がくっきりと付いている。仮に退くことになっても迷う憂き目にだけは遭わずにすみそうだ。

  またしばらく黙々と俺たちは歩き続けた。

  密林の中は驚くほど静かで、聞こえてくるのは足が泥に沈む湿った音と、遠くの方の何かの鳥の[[rb:囀 > さえず]]りだけだった。

  いや、もしかしたら繁みの中で賊が息を潜めてこちらを窺っているかもしれない。身を隠す場所は無数にあるのだ。俺たちを返り討ちにするにはこれほど恵まれた状況はない。もし手駒を揃えられていて力業で不意打ちされても何とかなるだろうが、ここで毒を塗りたくった飛び道具でも仕掛けられたら厄介だ。あいにく解毒剤は持ち合わせていない。

  万が一この場で果てることになったら俺の体は食い出があるぞ、[[rb:腐肉食動物 > スカベンジャー]]ども。

  そんな柄にもない妄想に自嘲気味に薄笑った俺の足が、つと止まった。

  手が腰に吊るしてある水を入れた皮袋へ伸びていた。意識しなくても体が欲していたらしい。汗が滝のように流れているのだから無理もない。吸い口を咥えるや、体が失われた水分を取り戻そうと喉を鳴らしながら生温い水を一気に胃まで落とし込む。

  横目をやると、さすがのダリルもへばっていたのか長い舌を垂らしながら、俺に[[rb:倣 > なら]]うように自身の皮袋へ手をやっていた。

  俺の耳がその微かな音を拾ったのは、喉を潤し終わって人心地が付きかけたときだ。

  しんと静まる中に枝葉をポツンと軽妙に打ち鳴らすそれは、

  「ちっ……運がねぇな降ってきやがった」

  恨めしく頭上を睨んだ瞬間、篠突く雨となって俺たちに襲いかかった。

  スコールだ。

  一瞬にして視界が白く煙る。逆巻く強風が木々を揺らし、バケツを引っくり返したような豪雨が体を痛いほど打ち付ける。

  「あ、兄貴っ!」

  「分かってらぁ!」

  激しい雨音に掻き消されまいとがなり声で後ろに返答する。

  ダリルが言わんとしていることは分かる。

  足元を見れば瞬く間に濁った水が地面を覆っていく。追う目印にしていた賊の足跡も早くも雨水に満たされつつあったが、じきに雨粒に穿たれてただの泥土に還るだろう。そうなれば頼りになるのは奴の臭いだけになるが、それも雨が大方洗い流してしまったようで随分と心許なかった。

  「一刻の猶予もねぇから先を急ぐぞ!」

  俺は鼻を大きくひくつかせながら視界を覆う白い幕へと身を躍らせた。

  まったく冗談ではない。

  骨を折ってこんな未開の地を彷徨い続けた挙句、肝心の賊を捕らえられないとなっては。

  戦場で襲いかかってくる猛者どもを豪腕で軽々いなしてきたこの俺が、小汚い鼠一匹捕まえられずにすごすごと砦に帰還する姿は耐え難いものがあった。恥だ、武勇を誇ってきた戦士としての面目が丸潰れだ。そのうえ団長からつまらないそしりを受けるのも糞食らえだ。

  重い雨のベールを切り裂き俺は駆けた。

  へし折れた枝がズボンを貫いて太腿に鋭い痛みが走ったが構わず駆けた。

  目も開けていられないほどの[[rb:驟雨 > しゅうう]]が容赦なく降りそそぐ。腕で額にひさしを作って最低限の視界を確保しながら、消えかかり始めている足跡をどうにか追う。日暮れのように暗くなった中をしばらく突き進むと、煙る雨の膜が突如払われて俺たちの前に忽然と現れたのは、盛り上がった岩盤にぽっかり開いた大きな洞窟だった。

  見上げれば高さ百m近くに育つと言われるメランチの巨木が岩を包み込むように根を下ろしている。雨粒がこいつの幾重にも重なった葉に遮られて地上まで降ってこないのだ。

  霧雨状になった空間にようやく一息つくや、

  「行くぞ、油断するなよ」

  「やっぱりあの鼠野郎はこの穴に隠れたんスかね」

  俺は頷きながら洞穴に足を一歩踏み入れた。

  まず間違いないだろう。入り口付近に積もった朽葉を含んだ腐食質の泥土にはしっかりと憎たらしい痕跡が刻まれている。

  単に雨宿りのために避難したのか、それともここが奴の棲家か。定かではないが賊は確実にこの中にいるのだ。文字通り袋の鼠だった。だが、窮鼠猫を噛むという言葉もある。もしあの蛇行した不可解な逃避経路が俺たちを撒くための策だとして、結局撒けずにこの洞窟へ命からがら逃げ込んだのだと仮定したなら深追いは用心するに越したことはない。

  さてどう出てくるか。

  「糞下らねぇ追いかけっこにここまで付き合ってやったんだ、せいぜい俺を愉しませてくれよ?」

  皮肉をたっぷり込めた俺の大声が辺りに反響する。

  我ながら下卑た趣味だ、弱い者をいたぶるとは。だがそうでもしなければ労苦と報酬があまりにも釣り合わない。肉弾戦で憂さを晴らさせてもらいたいところだがそれも望めそうもない。せいぜいなます切りの恰好の練習台になるぐらいか。

  「出てこい腑抜け野郎」

  だが再度放った挑発も虚しく岩壁に吸い込まれていった。

  「逃げ出す心配もいらないし、もう急ぐ必要もないっスね」

  顔を洗う猫よろしく拳でしきりに目元を拭いながらダリルが言った。

  さっき油断するなと釘を刺したばかりなのにまったく現金な奴だ。もう広大なジャングルの中を捜索しなくて済むと分かった途端安堵してやがる。後ろで嬉しげにくねっている尾に俺は呆れ気味に鼻を鳴らした。

  だがこいつの言うことも一理ある。

  この洞窟の先がどこかの出口に通じているなら話は別だがおそらくその心配はないだろう。通り抜けできるなら空気の流れが僅かでもあるはずだ。奥の方へ数歩足を進めて意識を集中させてみたが、俺の髭は微細な流れすら感知しなかった。猫科の髭はとても敏感だから風や湿度の変化を素早く感じ取ることができる。

  しかし代わりに嗅覚が奴の臭いを拾った。足跡はないが洞窟内の淀んだ空気の中に甘く饐えた臭いが若干混じっている。

  「兄貴、仕留めたら駄目っスよ? 団長は生かしたまま連れて来いって言ったんスから」

  「抜かせ、手加減できん俺にそんな無理難題言うんじゃねぇよ」

  「兄貴には肉壁になってもらって奴が逃げ出すのを封じて、その隙に俺の俊足で取り押さえる算段で」

  おい何だよ肉壁って。黙って突っ立ってろと言うのかこの俺様に。

  「[[rb:小賢 > こざか]]しい口を利くな、駄賃に奴の手足二、三本へし折らなきゃ割りに合わねぇぞ」

  鼻頭に皺を寄せてそう言うも、ダリルはさして気に留めることなく革靴を脱いで中に溜まっていた雨水を捨てていた。そして全身をぶるぶるっと豪快に震わせやがった。

  こっちまで飛んでくる飛沫を浴びさせられながら、

  「……ったく、何なんだよお前は」

  もう嫌気がさすほかない。

  こいつぐらいなものだ、俺を畏れる素振りもなくこうも自然体で絡んでくるのは。皆誰もが、団長ですら俺の武勇をそれこそ賞賛しはするが、彼らの目にははっきりと怯えの色があった。心底怖いのだろう、この見上げるほどの巨躯も人並み外れた剛力も。

  だがダリルだけは違った。

  昔から不思議だった。

  俺に向けるこいつの屈託のない笑顔はあまりに眩しすぎた。俺の血塗れの人生の中でそれはとりわけ異質で、直視するにはある程度の勇気がいった。なぜそうまで笑えるのか。血飛沫を浴び慣れた俺の顔面は久しく笑みを刻めないでいるというのに。もう三十路の俺には十も年下の奴の考えていることなど理解できるべくもない。

  目の前で豹の美しい斑紋を浮かせた体が飛び跳ねている。

  「軽くなったっス兄貴!」

  やはり理解できない。『兄貴』か……。もしかしたら同じ猫科としての[[rb:誼 > よし]]みがそうさせるのかもしれない。

  「目をキラキラ輝かせて言うんじゃねぇよ、ったく餓鬼臭ぇ」

  俺は舌を鳴らして洞窟の奥へ足を向けた。

  思い返せばこいつの出自は何だったか。確か団長が賊のアジトを襲撃したときに拾った孤児だったと思う。もう十五年以上も前の話だ。おそらくどこぞの村から[[rb:攫 > さら]]ってきたのだろうが、まだ言葉もろくに話せない赤ん坊を傭兵団で育てることに俺は反対だった。団長は一端の傭兵に仕立て上げるんだと意気込んでいたが、周りをうろちょろされるたびに踏み潰してしまうんじゃないかとやきもきする俺の気持ちも察しやがれっていうもんだ。だがまあ……今は俺の背を任せるに足る存在になっているから今更ケチをつけるわけにはいかないが。

  洞窟の奥行きはどこまであるのか見当がつかなかった。

  大の大人が横に並んでも余裕があるほど広い空洞を気を引き締めながらひたすら進む。

  灯りの一切はないが、俺たち猫科の目は暗闇でも日中と遜色なく識別できた。もし鳥野郎のゴドとセバスだったらこの任務は達成不可能だったに違いない。

  「潜っていくよう……っスね」

  確かに緩やかだが下へ勾配している、地下へ続いているのか。

  密林は基本的に平坦な地表がどこまでも続くが、この地点だけ隆起していた点から考えると大昔に局所的な地殻変動でもあったのだろうか。足の裏に感じる細かな砂の粒子や、角の取れた比較的滑らかな岩肌といい、太古の昔ここは水の通り道だったのかもしれない。それが地殻の変動で分断されて地表に洞穴となって現れたのだろう。

  そんな成り立ちを頭の片隅で弾き出しながら俺は黙々と歩いた。

  どれほど潜っただろうか。外とは打って変わって、泥に足を取られることも蔓に絡め取られることもない軽い足取りのせいか、

  「片が付いたら早く帰って女を抱きてぇぜ」

  つい、そう軽口を叩いてしまったのが俺自身意外だった。

  普段は決して任務の最中にその手の話題は口に出さない。それが思わず口走ってしまったということはそれだけ警戒心を持つに値しない相手ということもあるのだろうが、それにしても少々気が弛んでいるな。

  「……すまねぇ、失言だったな」

  「いえ、兄貴が任務中にそんなこと言うのはちょっと驚いたっスが、へぇ、なるほど……」

  「何だその目は」

  横を見ると詫びた俺をダリルがいやらしい笑みを浮かべて見上げている。

  「いや、ヴァルター兄貴はモテるっスもんね、性欲の発散に勤しむのはモテる男の嗜みっスよ」

  「まだ尻の青い餓鬼が生意気な口叩いてんじゃねぇよ」

  そう言って俺はダリルの尻を軽く蹴り上げた。

  女の経験もまだ無さそうな童貞臭い餓鬼に言われる筋合いはない。

  だが自慢ではないが人から特別な好意を持たれることは事実だった。これまで女に不自由したことは一度もない。一たび戦場から街の盛り場に同胞たちと繰り出せば、女どもの粘つくように悩ましい視線がとりわけ俺の体にだけ纏わり付いた。本能的に強い男の遺伝子を求めているのか、積極的に肉体関係を迫る女もいた。俺は拒まなかった。来る女は美醜問わず抱いた。

  また俺も人一倍性欲の強いほうだった。

  自分でも時々その異常ぶりに驚くことがある。ある日一晩で十発以上放ってなお萎えもしなかったのだから。

  正直、一物の乾く暇がなかった。

  生まれ持っての性豪か、それとも、死地に身を置き続ける俺の肉体が子孫を残そうと性欲を限界を越えてまで昂ぶらせているのか。いずれにしても好色な俺の脳味噌はふと暇があれば女を犯すことだけを考えているのだから、我ながらその規格外の精力っぷりには呆れるほかない。

  「英雄、色を好むって昔から言うじゃねぇか、俺のはそれだよそれ」

  もっともらしい理由付けに懐疑な視線を横から感じるがどうということはない。

  それにしても何だ……。

  [[rb:下 > シモ]]の話をしたせいか、どうにも気持ちの収まりが悪い。一度脳裏に描いてしまった女との淫らな行為が簡単に消えてはくれなかった。

  「畜生が……」

  ぼそりと独りごちる。

  不味いことに股間に向かって血が集まりつつあった。

  ここ最近は昼夜の入り乱れた連戦のせいで女を抱くどころかろくにマス掻きすら出来なかったからそのせいか。女がいない戦場では千摺りで済ます毎日が続くが、この数日、とんと性欲の処理をした記憶がなかった。少ない時でも日に五回は兵営の便所や外の物陰でこっそりブッ放しているというのに。

  鎮まれと念じれば念じるほど海綿体が充血していく。

  厚く硬い革で出来ている股間当ての狭っ苦しい中で、急激に体積を膨らます愚息に俺は焦った。

  「どうしたんスか、そんな苦虫を噛み潰したような顔して」

  「何でもねぇよっ! お前が余計なこと言うから気が散っちまったじゃねぇか!」

  不思議そうに顔を覗き込んでくるダリルに俺は声を荒げて言い捨てる。

  脚を前後させるたびに俺の急成長したデカブツが容赦なく痛みを伝えてくる。股間当てを装着している時の不意の勃起はこれだから辛い。

  蟹股のまましばらく歩いていくと随分と開けた空間に出た。

  「ここでいったん休憩するぞ」

  強張りが治まるのを待つべく俺はその場に何食わぬ顔で腰を下ろした。

  「いいんスか、そんな悠長に休んでて」

  「いいんだよ。それにお前が言ったんじゃねぇか、どうせ袋道だろうし逃げ出す心配はねぇって」

  どかりと胡坐を掻きながら俺は進むべき方向を探した。

  この円形状の広間は大規模な落盤が起こって出来たのだろうか。崩れ落ちた岩はかつて流れていたはずの激流に揉まれてすっかり跡形もないが、水の通った道が向こう側の岩壁に黒い横穴を開けていた。

  「まったくとんだ大冒険だぜ」

  盛大に溜息も出るというものだ。

  午前中に片を付けるはずの案件がよもやこんな大事になるとは。午後には酒場で[[rb:贔屓 > ひいき]]にしている酒盛り女を引っかけて朝まで宿でしっぽりやる算段だったのにそれも怪しくなってきた。

  「……ったく、あんな[[rb:別嬪 > べっぴん]]な女を犯れる機会はそうそう来ねぇっていうのによぉ」

  そう何気なしにぼやいた俺は、次の瞬間、ぎょっとした。

  いつの間にか自分の手が無意識に股間当てを撫でていたのだ。

  目を疑った。

  いくらこの数日抜けずに溜まっているとはいえ、人前で一物を弄くろうとするとは。俺はそれほど女に飢えていたというのか? 確かに今すぐにでも街に飛んで行って女とまぐわいたいことには違いはないが。

  「…………くっ」

  どんなに股間当てを擦ったとしても快感が生まれるはずもなく、俺は滑稽で哀れな指先を憎しみをもって睨んだ。

  「何だってんだ」

  手を股座から取っ払って地べたに唾を吐く。

  明らかに気が散漫になっているのが自分でも分かった。先ほどからどうにも無性にムラムラして仕方がないのだ。ここ数日の意図しない禁欲生活がここにきて限界に来たのかもしれない。

  ああ、ダリルがここに居なかったら今すぐにでも下穿きを脱ぎ捨てて手淫しまくってやるのに、糞もどかしい。

  ああ……扱きたい。

  ……ああ……豪快にブッ放したい。

  ああ……快感に身をわななかせたい、ああ……ああ……。

  脳裏に己の怒り狂った剛直の先から迸る白濁が思い浮かんだ。そう、それだ。俺は今すぐにでもその絶頂の証を噴き出させたいのだ、この俺の股に付いている得も言われない快感を生み出してくれる男の誇らしい器官から。

  夢想の中で気持ちよさげに射精する自身の姿に、俺の意識が陶然と蕩けていく。

  煮え滾る子種を尿道に通したい。早く、一刻も早く……っ!

  この熱く火照る肉体を誰も慰めてくれないのなら自慰するしかないではないか。そう自慰だ。右手一本ズボンの中に突っ込めばめくるめくほどの快感を得られるのだから[[rb:容易 > たやす]]いことだろう? 他人の目など気にするな、兄貴と慕ってくれている相棒なら、少しの軽蔑を覚悟するだけで済むだろうが。ほら救ってやれよ可哀相に、こんなに窮屈な中に閉じ込められて愚息が粘った涙を浮かべて泣きじゃくっているぞ?

  手が、甘美な刺激を求めて再びゆっくり股間へ伸びていく。

  何なんだこれは一体。

  この絶頂を渇望してしまう異常なほどの急激な性欲上昇は。

  震える指先が股間当ての留め金にかかった刹那、

  「う……ううっ……うううぅぅぅ……」

  すぐ横から聞こえる苦しげな呻き声に俺はハッと我に返った。

  振り向いた先で突っ立ったままのダリルの体が小刻みに痙攣していた。

  「ど、どうしたっ!?」

  賊の不意打ちでも食らったか。毒蟲にでも刺されたか。反射的に立ち上がった俺の腰は、しかし途中ではたとその動きを止めた。

  「ダリルお前……?」

  言葉を失うのも無理はない。

  どぷり、と音を立ててダリルの革靴の中から尋常でないほどの白く粘り気のある液体が溢れ出てきたのだ。

  どういうことだこれは。

  恐る恐る視線を上げていくと、異様に前へ突っ張っているズボンの股間部分が見る見るうちに濃く変色していく。その染みは瞬く間に広がり、内側から同じく白く粘った液体が滲み始めていた。

  俺の嗅覚が男特有のあの臭いを拾った。

  ダリルは射精していたのだ。

  「……おい、お前一体何を」

  「兄、貴っ……」

  立ち上がった俺の体に倒れるようにしてダリルが身を寄せる。その表情は羞恥と苦悶に歪み、目は熱っぽく潤んでいた。

  一体何が起こったのか訳も分からず、俺は腕の中でなおもビクビクと体を震わすダリルの突然の変わり様に狼狽した。俺を呼んだ弱々しい声色と表情はまるで別人を見るようだった。こいつは勝気で活発な少年の面影を残してはいるが勇敢な一人前の戦士であり、決して女々しい部分はない。だがどうだ今の姿は。息も絶え絶えに女のような[[rb:艶 > なまめ]]かしい吐息をついているではないか。

  この短時間のうちに何かがダリルの体に起こったのだ、異常な量の精液を迸らせるほどの何かが。

  未だ恍惚状態の目を覗いてみたが精気はある。今のところ命に関わるほどではなさそうで少し安堵に胸を撫で下ろしながらダリルの全身へつぶさに流していた視線が、ふとそこで止まった。背後に垂れている細長い尾の先端辺りで。

  何かが巻き付いていた。

  豹の斑紋を浮かせる茶けた尾に、黒っぽい紐状の物体が絡み付いている。

  蛇か。一瞬そう思った。

  もしや毒蛇に[[rb:咬 > か]]まれて毒が体内を巡って一時的なショック状態に陥って先の痴態へ至ったのか。

  だがその安易な疑問はすぐさま打ち消された。

  皮膚がぞわりと粟立った。全身の被毛が一斉に総毛立つ。

  なん……だ?

  絡み付いていたその黒い物体の先を辿っていた俺の眼球は信じられない光景を映し出していた。

  尾から垂れたそれは地面を左右にうねりながら奥の闇の中まで続いていた。それも徐々に太さを増しながら。暗闇に消えるその直前の太さは優に男の腰ほどもあるだろうか。世界一の巨体を誇るアミメニシキヘビどころの比ではない。想像を絶する巨大さだ。このような未開の奥地の地下洞窟に未知の大蛇がひっそりと潜んでいたというのか。全貌を想像すると数十mはあるように思えた。

  気付けば体が震えていた。

  戦場を幾たび越えても不敗だった俺が恐れに震えていたのだ。それは生物としての命が脅かされる根源的な恐怖だった。

  俺としたことが抜かった。

  ダリルの尾をしっかり捕らえているということはすでに獲物として感知しているということだ。ついさっきまでこの辺りには何も居なかったはずだ。それがいつの間にか忍び寄って来ていたのだ。あの太い胴体に巻き付かれでもしたらいくら力自慢の俺でも一溜まりもない。

  「ダリル大丈夫かっ、待っていろ今助けてやる!」

  まだ荒い息をついているダリルにその場へ膝を折らせると、俺は軍刀を一閃させた。

  大蛇の末端が鮮やかな斬り口を見せて尾からぽとりと落ちる。

  体液を撒き散らしながら地面でのた打ち回るそれを俺は困惑の表情で凝視した。

  斬った感触に違和感を覚えたのだ。蛇を斬る手応えではなかった。蛇の骨肉は硬い。だが、手に伝わってきたのはまるで柔らかい飴でも切るかのような拍子抜けするものだった。

  これは肉、ではない? 蛇ではないのか?

  しかし、断面からどろりと流れている体液は血であるはずだ。

  ……どろり? 俺は己の眉間の皺が深くなるのを感じた。

  普通なら斬った瞬間、血は噴き出すものではなかったか。

  血はてっきり赤いものだと信じ切って看過してしまったが、よくよく見てみれば地面を濡らすそれも、断面から糸を引いて滴るそれも、その向こう側が透けていた。透明なのだ。この大蛇と思しき生物の体液は透明な粘液状であった。

  本体や悶え苦しんでいる末端もよく観察すると薄っすらと中が透けて見える。表皮が黒みがかった半透明で肉に当たる部分が透明になっていた。

  「ヴ、ヴァルター兄貴……こいつは一体……」

  「ううむ……新種の蛇、ということか」

  「これほど馬鹿でかい奴がなんでこんな餌も無さそうな地下空間に」

  「…………分からん」

  残念だがその明確な答えは持ち合わせていない。唐突に絶頂を迎えた精神的ショックが大分和らいだのか、よろよろと腰を上げたダリルに俺は押し黙るほかなかった。

  先ほどから心臓が早鐘を打っている。

  歴戦の士として長年戦場に身を置いてきた俺の第六感が告げている。この得体の知れない巨大生物には関わるな、と。体に走る怖気に素直に従え、と。

  背中にじっとりと嫌な汗が浮かぶ。

  広間全体に肌を刺すような敵意が満ちていた。

  本体が地を這いずる不気味な音が鼓膜を震わせる。

  「逃げるぞっダリル!」

  俺の右足は脱兎のごとく勢いよく地を蹴った。

  この際、任務放棄などどうということはない。どうせ達成しても得られるのは雀の涙ほどの報酬と塵ほどの名声なのだ。得のほぼない賊狩りの最中にまさかこんな化け物に出遭うとは今日はつくづく運がない、災難だったのだ俺もダリルも。

  並走しているそのダリルが突然視界の隅から消えた。

  振り返ると地面にうつ伏せに倒れていた。

  脚力に自信のあるこいつがそこらの小石に[[rb:躓 > つまず]]くヘマをするはずがない。俺の目はすぐさま外的要因を下肢に見つけた。

  「糞がっ!」

  急いで引き返してダリルの右足首に巻き付いているそれをぶった斬る。

  先ほどの固体とは別方向から細長い体が伸びていた。二匹目がいたのだ。

  「立てるか、急げ! いちいち真っ正直に相手していたら面倒なことになりそうだ」

  「そのようっスね兄貴、……あっ兄貴後ろっ!」

  ダリルの声に振り向くや否や俺の目に飛び込んできたのは、太い体を宙に躍らせながら向かってくる三匹目だった。

  「くっ!」

  間に合わない!

  軍刀を振り下ろそうとした腕にそいつが素早く巻き付いた、その直後だった。

  絡め取られた右腕から凄まじい性的快感が生じて全身へと[[rb:伝播 > でんぱ]]したのだ。

  「ぐおおっ!?」

  一瞬にして血流が下腹部に集中する。

  「おっ、おっ、おおおっ……な、何だこれはっ!?」

  腕に走った、経験したことのない形容し難い感覚に恐怖した。不気味な蛇と肌との接地面がやたらむず痒い。無数の極小の吸盤に吸われているような、何万匹の蟲が蠢いているような感覚と言うべきか。

  だがその感覚だけで性的快感が生じるはずがない。別にあるはずだ。

  体液か。俺は腕の体毛がべっとりと艶を放っているのに気が付いた。蛇の体表から限りなく粘性の高い透明な粘液が分泌しているようだった。それに[[rb:塗 > まみ]]れて束になってしまった毛と毛の間が糸を引いている。

  間違いない、塗れていくそばから皮膚感覚が鈍化していく。

  おそらく性的な興奮作用をもつ体液の成分が皮膚に浸透しているのだ。それが神経を狂わせているのか。

  「ド畜生がっ!」

  振り解こうとありったけの力で腕をぶん回したがまったく千切れそうにない。しかも緩むどころか逆に締め付けてくる。斬撃には弱いが打撃系の耐性がすこぶる高いというわけか。凄まじい力だった。もし俺がひ弱な小動物だったら呆気なく[[rb:縊 > くび]]り殺されていただろう。

  そうか、分かった。先ほどダリルはこいつによって辱められたのだ。

  「ダリルッ、こいつを叩っ斬れっ、刀なら効果ある!」

  「あ、兄貴っ!」

  その悲愴な声を放つ相棒を見やった俺は愕然とした。

  大の字のように両手両脚を広げた不自然な恰好でダリルは突っ立っていた、四肢の先から黒い紐状の物体を伸ばしながら。

  「す、すまねぇ兄貴……、こいつ斬っても斬っても湧いてきやがって……」

  涙声でそう詫びる相棒の足元にはいくつもの黒い肉片がのたくっていた。

  「うう、うううっ、……はあっはああっ、はあああぁぁぁっ!」

  ダリルの涙声がすぐさま凄まじい嬌声に変わった。震えていた体がたちまち硬直する。

  「糞っ、ダリルっ!!」

  瞬時に再び射精したのだと分かった。

  こんな事が起こってたまるか。大の男がなす術もなく得体の知れない化け物によって辱められるとは。男としての矜持や尊厳がどれほど傷付くか察するに余りある。

  相棒の薄青の瞳から涙が一筋流れていくのを俺は見た。

  [[rb:腸 > はらわた]]が煮えくり返る思いだった。低知能の下等生物なぞに人様がいいように嬲られることが許されるはずがない。

  「グオオオォォォーッ!!」

  俺の鋭い爪で掻き切ってやる! それでも駄目なら俺の鋭い牙で噛み切ってやる!

  怒りに沸き立つ全身の血潮。

  にわかに膨れる極限まで鍛え抜いた肉体。

  それを封じるかのように闇の奥から現れた新たな黒蛇が体に絡み付く。利き腕に続き左腕を、右足を、左足を、そして首すらも……まるで噛まれまいとするかの如く。

  「ぐっ、放しやがれ糞野郎っ!」

  その巨体からは想像もできないような俊敏な動きだった。

  さらに驚くべきは複数匹のこの連携したような無駄のない動きだ。只事ではない。よく訓練された軍用犬を思い起こさせた。もしやこの蛇どもを飼い慣らして統率している者がいるのか? そんな疑問が湧いた時ふと、あの賊の鼠男の姿が思い浮かんだ。

  そういえば思い当たる節がある。

  蛇の体液が放つこの甘い匂いだ。

  広間に入る以前から薄々と香っていたが、今俺の鼻腔は甘ったるい濃密な薫香に満たされていた。密林で賊を追いかけている最中も嗅いだ匂いだった。奴の不潔な体臭とは別に非常に微かだがこいつと同じ甘い香りが確かに混じっていた。

  体液に催淫効果があるならその匂いにあっても何ら不思議ではない。ここまでの道中でやたらと発情したのもそれで説明がつく。

  鼠男とこの蛇は主従の関係にある。

  だが、その推定は早々に打ち砕かれた。

  推定が正しかったならどれほど幸せだっただろうか、まだ救われる望みはあったかもしれないのだ、賊とはいえ会話のやり取りができる相手なのだから。

  俺は唖然と天井を見上げていた。

  「冗談じゃねぇぞ……」

  体に纏わり付いている蛇の伸びる先を追っていた俺の目は理解し難い現象を捉えていた。

  天井が迫ってくるように感じたのは目の錯覚ではなかった。天井の中央部分が、まるで底が抜けるように大きく膨らんだのだ。その兵舎一棟分はあるかと思われる丸く巨大な物体が、地響きにも似た不気味な音を響かせながら降りてくる。何百本と生える大小の黒蛇を蠢かせながら、数限りない体液の糸を長々と滴らせながら。

  「…………」

  絶句した。

  俺は悪夢でも見せられているのか。

  大蛇という生易しいものなどではない。こいつらは……、

  否。

  こいつ〝ら〟ではない、こいつ〝は〟だ。こいつはこれで一個の生命体なのだ。

  冷静さを著しく欠いた頭がそんな有り得ない結論を導き出す。[[rb:蛸 > タコ]]や[[rb:烏賊 > イカ]]のような多腕を持つ軟体動物が陸上にいるはずがない、それもべらぼうな腕の数と途轍もないほど体の巨大な。こんな既存の生物の枠組みから大きく逸脱したおぞましい超常生物をあの鼠男が扱えるはずもない。もしや鼠男の理性はすでに失われていてこの化け物が操っていた、そして俺たちはまんまとこいつの巣穴に……いや想像したくもない。

  恐ろしい妄想を描く脳味噌を今すぐにでも握り潰したかった。夢なら覚めてくれと、俺は初めて神に祈った。

  ずっと天井の岩に擬態していたのだ。

  天井一面が奴の本体だったのだ。

  こんな化け物にどう抗えというのか。横のダリルを見れば、すっかり戦意喪失してしまったようで呆けたように同じく天井を仰いでいる。その横顔はまるで快楽を与えてくれる主をようやく見つけたとばかりにうっとりと喜悦に染まっていた。

  「しっかりしろダリルっ!」

  俺の呼び声にこちらを向いた顔には勇敢な豹戦士の面影は少しも残されていなかった。

  「……兄貴ぃ、へへ……なんでか止まらねぇんだ、あっはぁ凄ぇぇぇ……」

  断続的にダリルの体が痙攣している。ズボンはすっかり変色し、足元は放出したと思われる[[rb:夥 > おびただ]]しい量の精液でぐっしょりと濡れていた。

  相棒は折れたのだ、化け物が際限なく注入してくる快楽物質に。

  他人事ではない。それは着実に俺の体内にも蓄積されているのだ。

  「ぐうっぅぅぅ……糞っ、糞っ、糞がぁっ!!」

  拘束された四肢をいくらばたつかせてもどうにもならずに俺の咆哮はただ虚しく広間に響くだけだった。

  寒気を覚えるほどの超絶的な快感が体の端々から忍び寄ってくる。

  「舐めるなっ、ダリルは一発でイかせられたが俺はそんな柔じゃねぇぞっ!」

  そう強がってみたが一体いつまで耐えられるか。痛みならとことん耐えてやるが初めて味わう快感の波に俺は己の肉体を信じるほかなかった。裏切ってくれるなよ、と。

  頭上から滴ってくる粘糸が体のあちこちに付着していく。

  ぼとりと頭に落ちた粘液体は背中へと流れ、マズルに落ちたそれはやがて口元に滲んで舌に甘くも生臭い味を覚えさせ、首元に滴り落ちたものはそのまま胸の谷間を下って腹を濡らしていった。

  「おお……おっ、おっ、おぅっ、ふぐっ……ぐうぅっ」

  腰の奥底から耐え難いほどの射精感が込み上げてくる。

  怪物の分泌液に全身は瞬くうちにべっとりと濡れそぼった。それは体毛に滲み、皮下へ強力な催淫成分を染み込ませていく。

  俺は牙を噛み締めて踏ん張った。

  その食い縛った牙の間から漏れる荒い息遣いには憤怒のほかに欲情が混じっていることを俺は痛いほど分かっていた。甘みに痺れる舌が嬌声を乗せたいと震えているのも分かっていた。

  俺の肉体が今、全身から悲鳴を上げていた。

  狭い股間当ての中に押し込められている息子が怒り狂っている。内側を我慢汁でベチョベチョに濡らしまくりながら束縛からの解放を望んでいる。この手が自由になれば今すぐにでも不憫な[[rb:倅 > せがれ]]を解き放ってやりたい。そして自慰を覚えたての餓鬼のように思いっきり扱きたい。そして欲望の証を、子種をブッ放したい……。

  「んぐぅぅ……だ、駄目だっそれだけは、それだけは絶対……」

  一瞬の隙を突いて浅ましい欲望が思考に流れ込んでくる。

  駄目だその流れに身を委ねては。委ねたらもう二度と戻れなくなる。大切な何かを失ってしまう、そんな予感がした。

  だが――

  薄っすらと[[rb:靄 > もや]]がかかったような意識のなか、俺の目はしっかと見た。

  「はああっ、またっ、またイッぢまうぅぅぅーっ!」

  全身粘液塗れになったダリルの、その緩んだズボンから露出してしまっている怒張の先から太い白線が高々と打ち上がるところだった。

  同性として十二分すぎるほど分かってしまう、今ダリルの体をめくるめくほどの快感が襲っているのだ。

  「ダ、ダリル……」

  喉が生唾を飲み込んだ。

  お前が羨ましいと言ったら、俺はお前に軽蔑されるだろうか。兄貴風を吹かせてきた俺があられもない痴態を今からお前に見せても蔑まれないだろうか。そんなことないよな、お前も愉しんでいるのだから。

  もう我慢できない。

  ――よせ、止めてくれ。

  俺をとことん[[rb:善 > よ]]がり狂わせてくれ。

  ――ふざけるな、猛虎の威厳を喪失するぞ。

  「あああ……ああ……止めろ、もう止めてくれ……」

  狂おしいほどの葛藤が胸を掻き毟る。悪意が俺の頭皮から脳中枢へと侵蝕し、平常心をゆっくり蝕んでいく。先ほどから脳内で悪意が、奴が囁くのだ。『私に身を委ねよ』『この世ならざる絶楽を与えてやる、存分に身を焦がせ』と、妖しく優しく。

  そう、奴が――。俺の見つめる直上で黒い肉塊が脈打つように波打っていた。

  その肉塊から無数に伸びてくる触手の一本が俺の肩に触れた。

  何かを探るような動きだった。体毛を掻き分けながらしばらく右往左往と彷徨っていたが、やがて肩から胸に下り、左胸の胸当てに辿り着くと、あろうことかその革紐の結い目を器用に解いたではないか。薄い鉄板が地面に乾いた音を鳴らして落ちる。

  「な、何だっ、何をする気だっ!」

  戦慄が走った。

  たまたま結い目が緩んでいてそこに引っかかって解けたのではなかった。その触手はさらに下へと伸びていくと、今度は股間当てとズボンを脱がしにかかったのだ。

  恐るべきことだった。こいつは確かな意思を持っている。この化け物は装備の構造を理解しているのだ。頭上の重々しい気配に今更ながら怖気が走る。もし人並みの知能が備わっているのだとしたら……。

  全裸にされるまで数分とかからなかった。

  ダリルと同じように大の字に拘束されたまま、全ての着衣を奪われて素っ裸になってしまった俺にどれほどの威厳が残されているだろうか。羞恥の極みだった。屈辱の極みだった。

  怒りに身を震わすなかでただ一ヶ所、そこだけは歓喜に涙していた。

  俺は血走った目を股間に落とした。

  全長30cm、幅10cmはある自慢の逸物が、長時間にモワッと蒸らされて茹っていた。鼻先まで漂ってくる野蛮な雄の臭いを放ちながらそそり立ち、その先端からはお預けをくらった犬のように淫らな涎を長々と垂らせている。

  「くっ……」

  俺は唸った。己の勃起姿にこれほど興奮してしまうとは。

  淫水にすっかり赤黒く焼けている陰茎が収まり所を求めてビクビクとひくついている。赤子の手ほどある亀頭がヴァギナを穿たんと凶悪にエラを張っている。この魔羅で今まで何人もの女を失神させてきたのだ。

  「ぐうぅっ……もう勘弁してくれ、こんな、こんな[[rb:酷 > むご]]い仕打ちはねぇだろうがっ!」

  蛇の生殺しだ。

  片手だけでいい、片手が自由になるだけで俺はこの苦行から解放されるのだ。

  腰の奥にずっとわだかまったままの射精感がもどかしい。俺の重く垂れ下がっている陰嚢はパンパンに膨れていた。その中の丸々と肥えた睾丸で、今も盛んに活発な精子が作られ続けている。ここ数日一発も抜けず精液でたっぷり満たされているというのに、だ。

  扱かせてくれ、もう頭がどうにかなっちまいそうだ。

  その、この上なく下品な願いがよもや別の形で叶えられるとは。

  「くっ! 俺もダリルのように嬲るつもりかっ! この俺をっ、戦場の死神と恐れられたこの戦士ヴァルター様をっ!」

  気炎を吐く俺の前に、無慈悲にも新手の魔手が伸びてきた。

  先端が異様に膨れている奴だった。それだけ見るとまさに蛇の頭だ。

  その触手は俺の腹の前まで伸びてくるや、ふん反り返った怒張の真上でぴたりと停止した。膨れている先端がペニスの蒸れた臭いを嗅ぐようにひくひく動いている。やがてさらに怒張へ近づくと、次の瞬間、傘を差すようにその先端が半球形状にブワッと広がった。

  「や、止めろ……まさか俺の魔羅を……冗談はよせ、それ以上近寄るなっ!」

  何をしようとしているのか、これから何が起こるのか、俺はその予感に震えた。

  不気味な化け物に慰められるなど決してあっては……あっては……。

  じゅぷり――

  「止めっ……」

  じゅぷりじゅぷっじゅぶじゅぶぶぶぶぅぅぅ――

  「あがっ、あ、あ、はあああ……っ!」

  ペニスが生温かな粘膜に包まれるや、目も眩むほどの恍惚感に脳髄が痺れて俺は言葉を失った。

  ……あ、抗えねぇ。そんなことされちまったら俺、俺はもうっ。

  亀頭を丸呑みにした触手は、粘液の泡を吐き出しながら男根をさらに咥え込んでいく。

  「おほっ、ほおおっ……凄ぇ、何だこれはっ、腰が蕩けちっ、まうっ!」

  催淫効果のある粘液がペニスの皮膚に直接擦り込まれる快感は想像を絶した。

  半透明になっているせいで呑み込まれていく様子が丸見えだ。

  触手の中には管が走っているらしく、たっぷりの粘液に塗れたその狭い管の内部を押し広げながら男根が喰われていく。しかも内部の壁は細かい溝状になっているのかその凹凸が男根にぞわぞわするほどの刺激を与えてくるのだ。更にその表面には微細な繊毛がびっしりと生え、何千何万の個々が別々に蠢いている感覚すらあった。貪欲に俺のを根元まで咥えて味わっているこの触手は、まさに男性器から精液を搾り取るために出来ているような内部構造をしていた。

  射精感が急激に腰の奥から込み上げてくる。

  「やべぇっそんなに吸われたら……出ちまうっ、出るっ出る出る出るっ!」

  絶頂を迎える寸前、触手がキュッと引き締まった。

  微小の空気の一粒さえ入り込む余地のないほど管内部の繊毛[[rb:襞 > ひだ]]がペニスに吸い付く、密着する。更にそのまま上下にズリュッと[[rb:擦 > こす]]られたのだから堪らない。

  「グオオッ!? 駄目だっもう辛抱できねぇっ……ガ、ガアアアァァァーッ!!」

  咆哮と同時に、溜まりまくっていた獣液が凄まじい勢いで精管を駆け抜ける。

  精管を、尿道を、煮え滾るそれに焼かれて一瞬意識が飛び、視界が白み、脳裏に火花が散った。

  会陰部が激しく脈打ち、肉茎が極限まで膨れ、鈴口がぱっくり開き、

  「グオッ、グオオッ、グオォォォッ、イ、イッぐうぅぅぅっ!!」

  数日分の精液が放水銃のごとく噴射する。

  俺のだらしなく開きっ放しのマズルから涎が、つつぅと一筋垂れた。

  出ている……欲望の体液が。性的興奮が最高潮に達した俺の肉体が射精中枢を馬車馬のごとく駆り立たせている……。もっとだ、生温い。もっと激しく鞭を打て。精巣が空になるまで、最後の一匹まで子種はすべて吐き出させろ。

  自然と腰を突き上げていた。

  性欲旺盛な俺の本能が命じるのだ。俺の種を求める者を確実に孕ませろと。それがたとえ異形の化け物だとしても――

  腰の動きに合わせて、凝り固まった[[rb:澱 > おり]]のように濃厚なザーメンが次々に噴き出し、瞬く間に管の中を満たしていった。

  「ハァ、ハァ、ハァ……」

  甘美に煙る意識のなか、俺は久しぶりの絶頂に酔い痴れていた。

  すっかり弾を撃ち尽くした後の心地いい疲労感に浸りながら呆っと見ていた管内部の精液が上へと吸い上げられていく。そのまま目で追っていけば、それは触手が繋がる頭上の本体のほうまで上っていった。

  もしや雄性が持つ精液を養分として生きている生命体なのか。

  そんなことを思いながら程なくして。時間的にはちょうど俺の放ったそれが本体へと持っていかれて二、三分経った頃だろうか。半勃ちほどに萎えてしまったペニスを咥えていた触手が再び刺激を与え始めたのだ。

  「うぅっ!? よ、よしてくれもう俺は全て出し尽くしたんだ、これ以上はもうっ!」

  そう拒絶しながら、俺は悪い予感がした。

  奴が先ほど俺の精液を頂戴したのはもしかしたら味見が目的で、まさか俺はその結果気に入られたのではないか。

  「くはっ、止めっ……糞っぐうぅっ」

  にわかに海綿体が充血して強制的に勃たせられていく。

  やはりまた射精させる気だ。美味い精液をもっと出せと催促するかのように触手が[[rb:蠕動 > ぜんどう]]しだす。

  射精の余韻に燻っていた肉欲に再び火が灯る。

  「ハァハァ……畜生、女じゃなく化け物に搾り取られるなんざ真っ平だっつうのに……」

  快感と苦渋に顔を歪める俺の魔羅にふと違和感が湧いた。

  何かと見下ろせば、ペニスに被さっている触手とは別のさらに細い一本の触手が[[rb:鼠蹊 > そけい]]部に這い寄っていた。声を上げる間もなかった、そいつは注射針のような形状になっている頭をぐぐっともたげると躊躇することなくその針状の先端を陰嚢へプスリと突き刺したのだ。

  「なっ何をするかっ!?」

  だが不思議と痛みは感じなかった。

  確かに無痛ではあったが、ところが変化はたちまち下腹部に現れた。

  信じられないことに一瞬にして男根がバキバキに奮い勃ったのだ。グロテスクと思えるほど太く蛇行する青筋を浮き立たせて。

  「グアァッ、ああっハアァァ……何を、したっ……」

  吐精する前と同程度、いやそれ以上の尋常でないほどの射精欲が突如生まれていた。

  何日も禁欲していたかのような凶悪な性欲の昂ぶりを感じる。

  陰嚢が重い。最後の一滴まで放出したというのに再び容量限界まで貯精している感覚があった。おそらく精力増強と精子の製造能力の向上効果のある体液を直接睾丸にでも注入されたのかもしれない。

  「ああ出してぇ……出してぇよぉ……吸ってくれ早く早くっ!」

  ついに俺は情けない声をだして懇願した。虎として戦士としての威厳などどうでもよかった、そんなもの糞食らえだ。今は一刻も早くこの狂おしいほどの性的欲求を解消してほしかった。蟻の門渡りを激しく脈動させたかった。

  はち切れんばかりになった肉棒で、じゅぷり、と淫らな音色が鳴った。

  「ひひっ……」

  脳味噌が蕩けた。思考能力が鈍麻するほどの快感に俺は白目を剥いた。

  数秒と持たなかった。灼熱の奔流が再び尿道を[[rb:爛 > ただ]]れさせると、一気に噴き出す。ビュビュッビシューッビシューッ! と音が聞こえてきそうなほどの凄まじい射精に理性が焼き尽くされていく。続く、射精が続くまだ続く。

  射精が……止まらねぇっ!!

  チンポが馬鹿になっていた。

  射精するたびに精液が無尽蔵に腰の奥から湧いてくるようだった。溢れさせまいと会陰部が激しく脈打って精液を体外へ送り出している。すでに数分は経っているというのに一向に終わる気配がない。その間、ずっと絶頂感が続くのだから堪ったものではない。

  「ひぃぃぃっ、全然止まらっねぇ!? ひあっ、くはぁぁぁぁぁぁ凄ぇ凄ぇよぉぉぉ」

  涙でぼやける視界に先端が針のようになった触手が二本、揺れていた。

  そいつらは俺の胸元に近寄ると、陰嚢に突き刺したように両方の乳首へその切っ先を沈ませた。こそばゆい感覚が一瞬走った刹那、

  「ハアゥッ……そんなっ、そんなことが、くふぅぅぅ……」

  俺の喉は胸に生じた甘い快感に悩ましい喘ぎ声を放っていた。

  [[rb:疼痛 > とうつう]]の走る乳首が無性に痒かった。ジンジンと熱を持って[[rb:疼 > うず]]き始めたのだ。

  普段の俺は胸を弄くる趣味はなかった。大きく発達した大胸筋は女の胸より揉み応えがあると同胞からからかわれたりもするが、そこに性的な快感を求める気はなかった。自慢の魔羅一本で十分事足りていたからだ。

  だがどうだ。

  俺の乳首が今愛撫を激しく求めている。

  胸にあるただの肉の突起でしかなかった乳首が今や立派な性感帯と化してしまっている。疼きが止まらない。汗に艶めく5cm程の肉厚な乳輪の真ん中で、親指サイズの乳首が赤く腫れている。遊び慣れていない[[rb:初 > うぶ]]な薄桃色の乳首だったそれが[[rb:濃艶 > のうえん]]を帯びて触手へ媚を売っている。

  熱い……胸が、熱い。

  乳輪に刺さっている触手が体液を送り込んでいるのが胴体の拍動する様子から分かった。

  また新たな触手二本が上から降ってきた。俺の精液を貪り食っている奴と同種の形状のそれは、くぱっと先端を広げると乳首にかぶりついた。

  「くはっ、野郎の乳首がっ……そんなに、美味い、かっ」

  わずかに残っていた理性の[[rb:滓 > かす]]が俺の舌から憎まれ口を叩き出させたが、肉体は感動に打ち震えていた。捕食された乳首に身悶えるほどの快感が芽生えていたのだ。

  吸っている。

  飢えた乳飲み子のように力強く乳首を吸われている。

  胸先まで何かが上って来る……何かが……。この感覚には覚えがある。そうだ、初めてマスを掻いた餓鬼の頃のあの感覚だ。精通を迎えようとする若茎の根元から何か正体不明の熱が込み上げて来るあの時の。

  来る……来る、来る来る来るっ!

  脳裏に星が散った瞬間、未だかつて経験したことのないオーガズムが体を貫いた。

  緊張に筋を刻む厚い胸板がブルブルと震え、背が大きく反り返る。

  「おほぉぉぉっ乳首がぁっ、俺の乳首が射精してやがるっ! ガハァァッ、乳首がぁっ!」

  俺の体に何事が起こったのかは一目瞭然だった。触手内部の管に白い線が走っていた。俺の乳首から乳が迸っていたのだ。

  「凄ぇっ、凄ぇよぉ……はああぁっ、ガァッ、俺の体が、体がぁ……」

  俺の体が――雌になる。母乳、否、父乳を触手へ授乳させる体が雌に成り果てる。

  大胸筋が痛いほど張っている。おそらく触手の体液の影響だろう、乳腺が異常発達しているようだった。狂った乳腺が乳飲み子へ少しでも栄養価の高い乳を与えようと今懸命になって父乳を増産している。

  今や計四本の触手が俺の乳首を嬲っていた。

  乳までも餌とするのか、止め処なく噴出するそれが管の中を上へと運ばれていく。

  生殖器から乳首から、同時に白濁を搾り取られる感覚に俺は身悶えた。搾精されている男根が狂ったように精を吐いている、搾乳されている乳首も狂ったように乳を吐いている。しかもどちらもまったく萎える気配がない。ただひたすら化け物へ栄養源を供給している。

  俺の顔が濡れていた。

  涙と鼻水と汗と粘液でべとべとに濡れていた。

  それは随喜の涙だった。肉体が諸手を挙げて悪意の塊が与えてくれる快感を享受していた。

  「もっと……もっと吸ってくれ、もっと、もっともっともっと俺に快楽をっ!」

  知的能力の格段に低下した脳が浅ましく快感だけを求めてしまう。

  脚を拘束していた触手がゆっくりと俺の股を広げていく。

  向こうの闇からぬっと姿を現した異形の魔手を俺の濡れる瞳は歓迎の眼差しで見やった。

  「すっげぇ……」

  思わず感嘆した、その立派な形状に。

  それは今までの触手より胴体が一回り以上太く、先端が人の男性器そっくりだった。俺の巨根かそれ以上の威容には男として唸るほかない。先は醜悪なほど節くれ立つ分厚い傘を広げて、雁首から陰茎に当たる部分の表面にはびっしりとイボ状の突起が取り巻いていた。何という禍々しい姿か、もし幻想の世界で悪魔の男根を拝めたならまさにこのような形であろう。

  俺に恐怖心はなかった。

  次はどんな快楽を与えてくれるのか、こいつも俺の肉欲を思う存分煽ってくれるだろう、俺のまだ知らない淫靡な世界を覗かせてくれるだろう、そんなふしだらな期待に胸が打ち震えた。

  露わになってしまった肛門に触手の先端が触れた。

  俺はそこへの性的興味は乳首と同じく皆無だった。俺にとって肛門は糞をひり出すただの排泄器官に過ぎない。それが今劇的に変わろうとしている。三十年間、食って消化し切れなかった滓を排出するしか能のなかった器官が性的な器官に生まれ変わろうとしている、新しい役目を与えられようとしている。

  動悸で心臓が張り裂けそうだ。

  ググッと肛門に圧を感じた。

  愛撫に粘液をたっぷりと塗りたくられながら括約筋がこじ開けられていく。固く窄まっていた秘肛が無理くりに広げられる感覚にわずかな罪悪感が湧いたがそれは一瞬で、ただちに甘ったるい[[rb:掻痒 > そうよう]]感に押し流されていった。

  「ああ……[[rb:挿入 > はい]]ってきやがる、ぶってぇ……はぁぁぁ」

  艶かしい吐息をつきながら俺は化け物の男根を受け入れた。

  未通の処女穴が異形に犯されていく。肛交に不慣れだというのに怪物の逞しい男根が我が物顔で侵入してくる、括約筋を極限まで引き伸ばしながら巻き込みながら。

  「おほおおおっ、ほっほっほおおおおっ、ほおおぉぉぉおうぅぅぅ」

  腹の底に生じた切なくなるような異物感に俺は堪らず情けない声を漏らした。

  腸壁を掻き毟りたくなるほどの刺激が襲う。男根型の触手が吐き出す粘液によって潤滑に挿入されていくのが分かった。直腸をみっちりと満たしながらさらに奥、S字結腸の方まで。

  「いぎっ、ぎぃぃぃ……ひぃっ奥がっ抉られちまうぅぅぅーっ!」

  軟体であるからS字カーブを難なく曲がりながら最奥まで触手が入り込んでくる。

  意識が吹っ飛びそうだった。奴のえげつないイボが腸の弁を引っ掻くのだ、前立腺を押し潰すのだ。その強烈な刺激に俺は口から泡を噴かせながら、怒張から特濃ザーメンを迸らせた。

  「イグぅぅぅ……あうぅぅっイヒヒッ、またイっぢまうぅぅ……」

  尻でジュボジュボッと鳴る淫音を耳にしながら立て続けに放精する。

  肛門を触手が激しく出入りしていた。

  射精に硬くなっていた前立腺を手加減なしに殴られて俺はまた無様に精を放つ。その圧倒的なピストンに腸液と触手の粘液がきめ細かく泡立ちながら辺りの地面に点々と淫らな染みを飛ばしている。こんな[[rb:不埒 > ふらち]]なマーキングがあるだろうか。

  抽挿運動が俺の体が突き上がるほどさらに激しさを増していってすぐのことだった。

  「おごっ!? おごおぉぉぉおおぉぉぉおおおおおおーっ!!」

  ぴたりと男根型触手の動きが止まるや、みるみるうちに下腹が膨れていくではないか。

  膨大な量の何らかの液体が注ぎ込まれていくのが分かった。腸内を逆巻きながらその激流は結腸の奥深くまで遡っていく。やがて暫くして勢いが弱まると満足したかのように触手は俺の尻穴から身を引き抜いた。

  その直後、鮮やかな肉色を覗かせたままの肛門から怒涛のごとく射出される白濁。

  この色合い、この粘り、この生臭い臭い、それはまるで……。

  触手は、いや、異形の怪生物は射精していたのだ。何たる量の種汁か、獣人の比ではない、俺の足元に青臭い汚液が瞬く間に大きな水溜りとなっていった。

  開き切って締まらなくなっている肛門をさらなる凌辱が襲う。

  男根型触手と入れ替わるようにして今度は先端に十字の切れ込みの入った触手が潜り込んでいった。前任者にすっかり[[rb:解 > ほぐ]]された塩梅のいい汚液塗れの腸内をそいつは滑らかに進むと、ちょうど俺の臍の下辺りで侵入を止めた。

  暫く経ったが何の動きもない。

  出入りするでもなく精を吐くでもなく。

  さらに経つこと数分、俺の視界の隅にふと動きが湧いた。薄気味悪い光景だった。尻を犯している触手の本体側へと続いている一部分が異様に大きく膨れて、その[[rb:瘤 > こぶ]]らしき物がゆっくりとこちらに向かって来る。それも一ヶ所や二ヶ所ではない、視認できるうちでも等間隔に複数個の瘤があった。まるで蛇が自身より大きな獲物を幾匹も丸呑みにしたような。

  瘤……か? いや違う。卵だ!

  間近まで迫った一番手前の膨らみを見て確信した。透ける触手内部に灰色めいた見事な楕円型が見える。殻のような硬い外郭は見受けられず、弾力に富んでいそうな印象だったが、しかしその形状はまさしく卵だった。管を通して頭上の本体が送り込んできたのだ、俺の体内に卵を植え付けるべく。

  なけなしの理性が再び恐怖を呼び起こさせた。

  こんな得体の知れない物を体内に産み付けられてしまったら俺は一体どうなってしまうのか。

  この化け物は雌雄同体なのだ。雄と雌の生殖器官を有しているのだ。

  ならなぜ自身で生殖せずにわざわざ他の生物の体の中に卵を送り込むというのか。その答えはただ一つ。こいつは両性を有してはいるが単体だと繁殖できないのだ。俺たち獣人と比べるとかなり低い体温から考えるに、卵を孵化させるためには獣人のような恒温動物の腸内や膣内に卵を托卵させて子孫を増やしているのだと思われた。付け加えれば、栄養価の高そうな精液を吸収していた点からこの怪生物はとりわけ雄を好むのかもしれない。

  「おっほぅ……入って、化け物の卵が入ってきやがるっ、ぐふぅぅぅ……」

  餓鬼の拳ほどの大きさの卵が肛門を目一杯拡張させながら入り込んでくる。

  俺の腹がおぞましい怪生物の苗床にされようとしていた。身篭るのだ、母になるのだ、男のこの俺がこの精悍な戦士ヴァルター様が。

  腹の中を卵が移動しているのが分かる。

  なぜ触手の先が十字に切れていたのか、このためだったのだ。一つ、二つ、三つ……次々と腹奥深くで触手が先端をくぱぁと開いて排卵していく。腸の形がボコボコに膨れていく。さっきまで男根型に歪めさせられていた腸が今度は歪に連なる卵型に変形させられながら。

  すでに十数個は腹の中に納まっただろうか。

  排卵を終えた触手はスッと身を引かせると、再びまた男根型の触手を中に挿入された。

  間をそう置かずに、先ほど放ったにもかかわらず再度の汚液が中出しされるのを感じた。托卵させた卵に精液をブッかけているようだった。卵の外皮の柔らかさから察すると受精でもさせているのだろうか。そうだとしたら見事これで受精卵となったわけだ、俺の腹の中で。

  酷使され続けた肉体はすでに限界だった。

  今や俺の体は粘液と白濁に塗れて生臭い悪臭を放っていた。

  気付けば辺りは触手の海だった。蠢く数千本もの触手に埋め尽くされ、俺の口の中にも、腋にも、乳首にも、魔羅にも、肛門にも、触手が侵入し、巻き付き、吸い付いていた。とくに俺の汗臭い臭いが大好物なのか腋窩を執拗に弄りながらその窪みの中で射精されたり、口の中に放出される精液を喉奥へ無理やり流し込まれながら、俺もまたもう何回目とも知れない精液を噴き上げる。

  朦朧とする意識のなかで俺はダリルの声を聞いた。

  「兄貴…………」

  一抹残っていた正気が視覚をどうにか覚醒させる。

  目と鼻の先に見知った顔があった。

  「……ダリ、ル?」

  「ああ、俺の兄貴……俺の愛しい兄貴……」

  相棒はそう耳元でふっと優しく囁くや、俺のマズルの先に戯れる柔らかな唇の感触。

  「兄貴となら俺はどんな運命でも享受してみせるっス、だから今は一緒に気持ちよく……」

  「ダリルお前……」

  寄り添ったダリルが再び唇を重ねながら俺の片方の太股を持ち上げていた。

  「ずっと慕っていた兄貴とやっと一つになれるんだ……」

  すでに触手に犯されている尻穴にダリルの灼熱が押し当てられる。

  相棒の秘めた熱情を肌に知った。こいつは俺のことを好いていたのか。

  不思議と嫌悪感は湧いてこなかった。以前の俺なら野郎から告白なんぞされたらその場で鉄拳制裁を加えていただろうが、今そんな気は毛頭なかった。心神喪失状態にでもあるのか、自分でも驚くほど感情の起伏が乏しかった。今はただ、どっぷり浸かっている快楽の海に少しでも長く居たかった。相棒が更に快楽を恵んでくれるというなら、俺は喜んでこの身を差し出そう。

  お前を愛そう。

  「ダリル……」

  「兄貴……」

  俺たちは口唇を激しく求め合った、舌を絡めて唾液を流れるままに交換して。

  互いに依然四肢を触手に拘束されたまま、産み付けられた卵に膨れる腹を押し付け合いながら、共に快感を更なる高みへと昇華させていく。獣人の雄同士、同じ戦場を駆けた者同士、雄々しく荒々しく。

  虎の凛々しい縞柄も、豹の美しい斑紋もすっかり[[rb:汚穢 > おわい]]に塗れてしまった体を密着させてサカり合う俺たちは色狂いの二匹の獣だった。

  ダリルの剛直が俺の中を掻き乱していた。

  獣根と触手の二本挿しに俺は天を仰いで呻いた。堪らなかった。下半身が原型もなくぐじゅぐじゅに蕩けていくようだった。

  二本の男根がどちらが優れた雄の生殖器であるか競うようにして出入りを繰り返している。そいつらが卵を押し退けて前立腺を小突いてせがむのだ、早くご褒美の精液を噴き出してくれよと。すまんダリル、いくらお前がせがんでも俺の精液は放った途端に化け物に食われてしまうのだ。哀れな相棒だ……だから代わりにお前の子を腹に宿してやろう、俺を見事一発で妊娠させてみせろ、豹の子種で虎の俺を孕ませてみせろ。

  その倒錯的で狂った思考に俺は何の疑問も持たなかった。

  「兄貴っ、兄貴っ、ヴァルターの兄貴ぃぃぃーっ!」

  逞しく腰を打ち付けながらダリルが俺の名を叫ぶ。

  愛おしかった。一途なこの若者の迸りを体内に受けたかった。子を身篭りたかった。母になりたかった。

  「ああっイくっ、兄貴っ俺イくっ!」

  「おおぅいいぞっ遠慮せずブッ放せっ! 俺の中をお前の種で満たしてくれっ!」

  「グウゥゥゥッ、兄っ貴ぃぃぃーっ!!」

  渾身の一突きが尻を深々と抉る。

  触手の精液とは比べ物にならないほどの熱水が一気に腸壁を焼き尽くし爛れさす。

  「おほぉっ、感じるっダリルお前のザーメン感じるぞぉっ!!」

  何という熱量だ、これほどまで獣人の精液が熱いとは。勇猛で筋骨逞しい若い戦士の子種である、一滴あれば確実に受精してしまうだろう。

  感無量だった。感涙に[[rb:咽 > むせ]]び泣きながら俺も釣られるように射精していた。

  ああ……口惜しい。

  ダリルの精液を触手が啜っている音がする。射精するそばから奴が美味そうに吸っている。ああ大切な子種が……俺とダリルの子の源が……。

  口惜しい、ああ口惜しい……。

  極度の疲労が意識にゆっくり暗幕を下ろしていく。

  淀んだ濃い闇の向こうで大気が揺れる気配がした。洞窟を抜ける風音のような響きで異形の化け物が静かに[[rb:嗤 > わら]]っていた。

  [newpage]

  一筋の光明も許さない漆黒の闇の中で、低く重く苦しげに、獣の声が響いていた。

  私の傀儡であるその成熟した逞しい虎男の肛門が、内側からの圧力に屈してメリメリと広げられていく。やがて中から粘液にねっとり濡れた灰色の異物が頭を覗かせた。それはこの男の腹の中で巨漢の拳ほどにまで成長した私の卵だ。

  私が産み付けたそれを虎男は大股を開き、[[rb:蹲踞 > そんきょ]]の姿勢で今まさにひり出そうとしていたのだ。息を詰め、腹に力を入れて顔を真っ赤にしていきみながら。

  苦しくはあろうが、だが痛くはあるまい。

  男の腸の中に着床していた十数個の卵たちから素晴らしい効能を持つ粘液が滲み出ているのだから……。

  腸の動きを活発化させて産卵しやすくなる成分とさらに、

  痛みを和らげる鎮痛成分に催淫成分。

  卵を産み落とす行為に目も眩むほどの快楽が生じては堪るまい。産卵時に限りなく依存度の高い脳内麻薬が分泌されるように肉体が作り変えられてしまった男は、排卵に喜びを覚え、私の卵の苗床になることを使命と心得ている。実に殊勝なことだ。

  デュポンッと音を立てて肥え太った卵が産み落とされていく。

  孵化寸前の卵が括約筋を下方へ引き伸ばしながら排泄されていく様子はまるで海亀の産卵を見るがごとくであった。

  ほら男の顔を見てみろ。

  苦悶の表情だったのが、肛門が広がっていくのに合わせて何とも知能の低そうな薄笑い顔に変じていくではないか。白目を剥き、涎の滴る舌をでろんと伸ばし切って。

  卵を産むごとに前立腺が容赦なく押し潰されて射精しているのだ。

  男の生殖器を頬張っている私の手が一滴も零してなるものかと手先を陰毛の繁みにまで食い込ませながら必死に飲んでいる。お陰で放たれたばかりの大量で新鮮な餌がすぐさま体内へと送られてくる。

  ああ、美味い……。

  猛々しい雄の体内で作られた精液は格別だ、活発な精虫がうじゃうじゃ蠢いている。

  男は多幸感に包まれているに違いない。醜くぼっこり膨れている腹に詰まっている卵の個数分は少なくとも絶頂が約束されているのだから。

  己の精液を私へ与えながら、

  己の父乳を私へ与えながら、

  私の繁殖の苗床となりながら、この虎男は短い天寿を全うするのだ。

  私に都合のいい肉塊と成り果てた男はもう知る[[rb:由 > よし]]もない。男が献身的に尽くしている私が、星の彼方より飛来した高次元の知的生命体だということを。もし正気を取り戻すことができたとして、それを知ったらどういう反応を見せただろうか。驚喜するか、畏怖するか。いや……今さらどうでもいい、ここには知性が喪失してしまった哀れな男が一匹居るだけ、ただそれだけの事だ。

  忠実な下僕となった今なら私の言葉がはっきり聞こえるだろう。

  私はずっとお前に囁きかけていたのだ。

  聞け、お前の記憶を覗いたら食指が動いた。よって私は新しい餌と苗床を所望する。砦に巣食っているあの猛き男どもの肉体はさぞかし旨みがあろう、そうは思わんか戦場の死神ヴァルターよ?

  完