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うーん。
楓さんは——どんな気持ちなんだろうか。気まずい? 恥ずかしい? 照れ? ……ぼくのことが好き? これらの中の複数? やきとり屋の帰りもぶっ飛んで帰っていったし、少なくともイチャイチャしたいとかふたりでゆっくり話したいとかいうよりは、一緒にいるのがいたたまれないとか、そういった方面だと考えて良さそうだ。
だったらぼくのほうから会いに行ったらどうなるのかな。そう、これまでも特別用事があったわけでもなくても、なんとなく橙矢時計店には行っていたし、それが普通なことだった。白水さんに言われて気がついたけど、なんていうか居心地の良い空間であったことは否めない。
でもあんな状態の楓さんに今会いに行ったらどんな顔をされるだろうか。ひきつった顔で対応されるだろうか、顔を背けられるだろうか、それとも緊張されるだろうか? でもなあ、今まであんなに仲良くしていて気も合っていたのに、突然行かなくなるのもおかしな話だよな。気にしなくて良いのかな。
そもそもぼくはなんであんなに頻繁に橙矢時計店に通っていたんだろう。時計が好きだから? 店が好きだから? ——楓さんが好きだから? うーん、仲がよかったのは確かなんだから、少なくとも親友ではあるんだろう。問題は、ぼくらの中にその先があるのかどうかだ。
うん、何事もなかったように行くのが一番だろうな。だってもししばらく間が空いたりしたら、それこそ気まずくなったり、疎遠になったりすると思う。ただ、実際に行く前に我らのブレインに話を聞いておくべきだ。土曜日にでも行こうかな。
喫茶店。
「うん、気にせず行けばそのうち距離感が分かるよ。でないと疎遠になるよ?」
ぼくはため息をついた。白水さんには悪いけど、分かりきってた結果だというか——などと考えていると白水さんはニヤリとして、ぼくがそう思ってることを看破した。
「逆に言えばそれくらいしか出来ることはないってことさ」
白水さんはクスリと笑う。
「橙矢くんから、君には内緒にしてくれと言われていることがあるんだ。それをぼくがこれからひとりで勝手につぶやくから、聞かなかったことにしてよ」
「え!? さすがにそれはフェアじゃないというか……」
「橙矢くんは伝えるなと言ったけど、ぼくは隠すより君に伝えたほうが上手くいくと思う。それにフェアもなにも、恋愛は成就したもの勝ちだよ」
でもまだ恋愛と決まったわけじゃないんじゃないかと言ったら、ポカンと呆れられた。あの芯の強い楓さんがぼくとの恋愛の話をした途端目も合わせられなくて、挙げ句白水さんに相談してくるほど豹変したのだから間違いないでしょ、と。
ぼくに反論の余地はなかった。じゃあ楓さんはぼくのことがやっぱり好きなのかな。ぼくはどうなのかな。白水さんは誰にともなく、しかしわざとらしくつぶやきはじめた。
「ふふ。実は飲み会の翌日、橙矢くんもぼくをお茶に誘ったんだ。『どうしよう、次もし周くんが来たら、どんな顔していいか分からない』ってね。彼ってさ、結構飄々としたところがあるでしょう? そんな彼が君が来る前にと急いでぼくを誘って赤裸々に本音を吐いたんだ。どれだけ困ってるかわかるでしょう」
そんな楓さん想像もつかないな。ちょっとかわいいかな。
「……もしきみのほうが時計屋で、橙矢くんがそこに通うサラリーマンで、同じような状況になったらどうなると思う?」
「え……ぼくは楓さんが来るなら気まずいかも知れないけど仕方ないかなって。いつもの楓さんなら気にせず来そうだけど……でも今話に聞いた楓さんはまるで別人みたいで……パニックで来られないと思います」
「だよねぇ……『楓ちゃん』はそういう子なんだ。昔から器用だったから、なんでも自分でできちゃうが故に、自分がわからないことがあると人に頼れずパニックになっちゃう」
「つまり、ぼくに拠り所になれ、ということですか?」
「おっと、ヒントはここまで。だってあとは君たち自身がどう思ってるかだからね。でもきみは橙矢くんと逆で、根はどっしりしてるよ。支え合う関係、お似合いだと思うけどな」
……行くか。
ぼくは閉店間際の時間を狙って橙矢時計店へ行った。開けた瞬間に楓さんの毛が逆立つ。ぼくは努めていつも通りに振る舞う。
「今日は腕時計を見るよ」
「あっ、う、うん、ごゆっくり」
ダメだ、楓さんガッチガチだなあ。ここからいきなり椅子に座って向かい合って話すのはちょっと無理そうだ。
「新しく入った機械式腕時計ってある?」
「う、うん、ふたつ入ってるよ」
楓さんはたどたどしく説明してくれるけど、悪いけど今日はとりあえずその内容はどうでもいい。ぼくは隣に楓さんがいて、毛皮と少しの空間を隔てて体温を感じるか感じないかという距離感で、ふわふわの毛を見ているのが好きだった。その、この感情をなんと呼べばいいのか分からないけど、友であれ恋であれ、好きであることは確かなんだろうなあ。
ぼくは相手がいなくなってから好きだったことに気づくタイプだった。高校生のときに中学生のとき好きだった人を、大学生のときに高校生のときそうだった人を好きだったことに気づいた。今回はそれに気づくことができたということなのだろうか? 実感はないな。でもどういう関係でも形でもいいから隣にいてほしい気がするな。……いや、そんなことを思うこと自体、もう好きなのかな。
「……って感じなんだけど、……ふぅ。ちょっとだけ落ちついてきたかな」
「気持ちの整理は?」
「ん……んと……」
ついた、けど言えないんだろうな。
「楓さん」
小柄なレッサーパンダはビクリとする。自分が話す分には落ちついてきたのだろうけど、ぼくがどういう言動をするかがわからなくて、恐いのだろう。でもぼくにとれる選択肢なんて大してない。だから一番フツーだけど、一番建設的な選択肢をとることにした。
「楓さんは、これからぼくとどうありたい? 心配なのかな。恐いのかな。どうしたらいいのか分からないのかな」
「どうしたらいいか分からないよ……でも、前みたいに……普通に一緒に、二人で黙って店の中に居ても心地いい関係に戻れたらいいのに……なんでこうなったんだろう?」
「ぼくを意識したから?」
「……どうしてかな」
「ただの友達の奥に、まだ何かあると気づいたから?」
「……そういうことなのかな」
「実感ない?」
「実感ない」
気まずくなってからはじめて顔を合わせて笑う。空気が一気に緩む。なんかちょっと気にしてるのがバカバカしくなったというか、気にすることもないやと思えたのか。ぼくらはギクシャクしながらも、少しずつ笑い合えるようになっていった。
「ね、今度はお酒じゃなくてどっか行こうよ、周」
「え、でも土日はお店やってるでしょう、楓は」
「平日だって色々あるんだよ。ナイトプールとか、プラネタリウムとか、レイトショーとか」
「一緒にいればぼくらの本当の気持ち、いつか分かるよね、周?」
「うん、一緒に、いられればそれでいいよね」
「あ、でも少しだけ」
楓はぼくのほうを向くと、小さな両てのひらでぼくの手を触った。あたたかいなといいながら、楓はゆっくりとぼくの感触を確認しているようだった。
「なんだか」
楓はぼくの腕をさする。太ましいからちょっと人よりも温度が高いかも知れないそれは、楓の肉球にその体温が伝わっているんだろうな。ぼくにも伝わってくる。
「こうしてると」
楓はぼくの胴に手を廻——しているつもりなのだろうけど、背が低いので丁度ぼくの尻の位置に来ているし、顔も丁度股間に鼻が埋まるのでなんだかやめてください。一方のぼくは楓の頭や肩、背中などを大きな手のひらでさすった。
「もっと先が欲しくなるっていうの、分かったかも」
ああ。ぼくらが女子会で「エッチとかそういうんじゃなんだよね」なんて童貞臭い恋愛観を話していたなあ、そういえば。でも本当に好きな相手を触ると、先を、その先を、ずっと先まで欲しくなるものなんだね。
楓が手を広げてジャンプするので胸に抱えると、自然と唇が柔らかく触れる。その感触の中で少しだけ目を開けると、いつもの気の強い楓とは違う、かわいい素直な楓がぼくの腕に抱かれていた。
楓を床に降ろすと、頭の高さ辺りというかぼくの股間から突起物が出来ていた。すると楓も恥ずかしそうにぼくの脚を抱いてそれを擦り付ける。
「我慢できないよね?」
ぼくは楓をお姫様抱っこすると、橙矢時計店の二階へとゆっくり運んでいった。
楓の部屋に入り楓をベッドに降ろすと、エプロンだけ外してあげて、ぼくは仰向けの楓に覆い被さった。さっきと違って、体のかなりの部分が密着する。顔の位置が近い。楓の呼吸が少し荒く、心拍も早い。楓はいつもの自信たっぷりな表情とは違って、不安そうな顔でこちらを見てくる。なんてかわいいんだろう。
「あの、周? ぼく、初めてだからさ?」
「ぼくも」
「そう、よかった……じゃあヘタクソでも笑わないでね」
かつてないほど二人の距離は縮まり、硬直したちんちんを擦り付けてアピールした。きっとパンツの中はびしょびしょになっているだろう。それに上気したぼくは、さらに強く楓を締め付ける。体を擦りつけ、においを嗅いだ。でもそれでも足りない気がした。どんどん欲しくなっていくのかな。ぼくは欲張りだなあ。……でも、涙を流しながら悶える楓の顔をぼくだけのものにしたい。楓の全部を見たい。
体をくねらせながら切ない表情をする楓もなにか物足りないって表情だ。ぼくは楓のボタンをひとつずつ外していった。
「バカぁ……」
そういいながらも、ぼくを真似るように、楓はたどたどしい手つきでぼくのボタンを外していった。
パンツ一枚になった。ぼくのだぼっとしたボクサー、楓のちょっとお洒落で浅いボクサーの真ん中は、突き出した棒とともに、びっくりするほど濡れていた。でもこれがそれだけ楓を感じて楓に興奮した結果出たものだと思うと嬉しかったし、楓がぼくにそういう感情を向けていてくれていることも愛しかったし、むしろもっと出して、もっと汚したいとさえ思った。ぼくは股間をゆっくり楓のそこへ降ろし、ふたりの股間を触れさせた。軽くぺちょっと濡れた生地が当たる音がした。楓はびくんとする。
「やっ、バカ、バカ」
ぼくは遠慮しなかった。もぞもぞと腰を動かし、股間をゴリゴリとこすりつけた。二人とも童貞で、好きな人と交わりながら性感帯を刺激されたことなんてないから、オナニーなんて比べものにならない快感に襲われた。
「ん……んっ、楓……」
「や、やだぁ、こんな……んっ」
はじめてする行為に不安なのかな。楓はだめ、やだと懇願しながら、でも体は腰を左右にくねらせ、ぼくのソレを必死に欲しがっているようだった。
「あっ」
楓が動きを止める。内股になって力を入れているのがわかる。
「だめぇ……止めないと出ちゃうもん、周と……エッチなことしてるから」
かわいい。かわいいな。本当にこの人のことが好きなんだと実感する。そしてその人は今ぼくの胸元にいて、ぼくを好きだと言ってくれてるんだ。もっとこの人を感じたいな。ぼくは体を起こし、やさしく楓のパンツを下ろした。楓は思わず顔を覆う。ぼくもパンツを脱ぐと、ゆっくり顔を出した楓とぼくは、一糸まとわぬ姿のお互いの全部を見ていた。そそり立つお互いのちんちんも、ぼくのだらしない腹も、楓の小さな乳首も。
しばらく楓に抱きついてキスして落ちつくと、ぼくは楓におしりを向けて座った。そしてゆっくり楓のちんちんを口に含むと、先端を舌でなで回した。
「ちょっ バカバカバカ、あっ、あっ、ダメだっ……て、あああん」
楓の手はシーツをぎゅっと握りしめ、体に力を入れて襲い来る強い快感に抗うけど、それにも耐えられないみたいで激しく高い声を上げながら身もだえしていた。
「まって……ぼくも、するから」
ぼくは口を止めて、ちんちんを楓の口へとゆっくり入れていった。小さな舌がチロチロと裏筋にまとわりついて離さない。ぼくのうめき声が徐々に高くなっていく。
「はぁ、はぁ、そろそろダメだ」
「ねえ……最後は周と抱き合ってイキたいな」
ぼくは向きを戻して再び体を重ねる。ゆっくりちんちんをこすりつけると、楓の高い声があっ あっとぼくの耳をくすぐる。ぼくらは最後に向かってどんどん高まっていく。腰をすりつけ、乳首をつまみあった。
「ああ、ん、あまねっ、やだぁ、恥ずかしい、みないでよぉ」
「見るよ。楓のはじめてをぼくがもらうとこ、しっかり刻んでおくから」
「わ、わかったよ、ぼくも周の顔、見ておくから」
いよいよベッドは分解しそうなほどギッシギッシと音を立てる。ぼくは呼吸を荒らげ、楓は涙を流しながら悶え狂う。
「あ、周、だ、だいすき! ぼくのこと、見て……! ああ! ああああん!」
「楓の初めてもらったから! 楓はぼくのだ! だめだッ! んああああん!」
お互いの体液まみれになることも気にせず抱き合うと、やがて横に寝そべった。
「楓の全部見ちゃったな。他の誰も知らない。ぼくの楓」
「まだだよ。だってまだ……おしり、してないじゃん」
「見せたいの?」
「ば、バカ! ……そりゃまあ、周には見られたいし、周に入られたいし……」
かわいいな。この人でよかったな。そんなことを思いながら、ぼくたちは抱き合って眠りについた。
橙矢時計店。白水さんが来るなり、ニヤニヤする。
「そうか、うまくいったんだね。おめでとう」
何が? ととぼけたいところだけどバレバレだ。ぼくと楓の左腕には、新しい、しかも色違いの同モデルの時計が着けられているからだ。ぼくは青、楓はピンク。
「パートナーリングならぬ、パートナーウォッチってところだね。それぞれが買って、交換したってとこかな?」
「全部お見通しですね……」
裏蓋には2030.10.23 from 橙矢楓 to 嶋野周と書いてある。楓のもそうだ。
「今まで着けてた時計はどうするの?」
「ぼくは服の色に合わせて変えようかなって」
「ぼくは店ではじいちゃんの。今日はもう周が来るから付け替えてたの」
そう、引き出しに入れておいてたまに動かすのもひとつだけど、どうせならどちらもちゃんと使いたいのだ。
「ああ、そういえば戌神くんパートナーできたんだってね」
「え!? なんで白水さんが知ってるんですか? ぼくも知らないのに……」
「やだなあ、さっきメッセージ来たじゃない。イチャイチャしてて気づかなかった?」
ぼくと楓の顔がほてる。出来たてほやほやのカップルだもの、お客さんが途切れたときにこっそり階段の踊り場でギューっとしたりしている。今携帯を確認したら、お相手と一緒のセルフィーが添付されていた。意外にもふとっちょ猪だ。
「ほらあ、やっぱり戌神くんデブ専じゃない! よかったぁ、周取られなくて」
「ははは、別にデブだから付き合ったワケじゃないでしょう……たぶん」
人間模様もどんどん変わっていく。それと共に、時計には新しい思い出がどんどん刻まれていく。
*
三年後。ぼくは三十一歳になった。古い時計は十二年、楓にもらったほうは三年。ということは戌神の時計は九年ってことか。そして戌神にパートナーができてから三年だ。みんな歳を重ねてるんだなあ。
楓は十二年の付き合いで、パートナーになって三年になる。三十五歳になって、いよいよ体にガタがきはじめたというから人ごとではない。古い時計は五十数年、ぼくがあげたほうは三年。
白水さんは三十八歳。階段の上り下りがしんどいと言っている。時計は十八年。とくにいい人はいないみたいだけど。涅田さんが草葉の陰で心配していることだろう。
久しぶりに白水さんとやきとり屋に行く。ぼくらの近況を聞きたいそうなんだけど、もう三年も経っているのだから今さら言うこともないと思うんだけど。
「嶋野くん、橙矢くんのセックスってどう?」
ぼくは巨峰サワーを噴きだす。
「いいじゃない、カップルなら当たり前でしょう。今さら隠すことでもないよ。別に顔を真っ白にしている橙矢くんとか考えてないし」
「考えてるじゃないですか! ……素直で、かわいいかな」
「そう。無理に作らない、素の『楓ちゃん』になれたんだね。……ありがとう」
「え?」
「これでも『おにいちゃん』として心配してたんだよ。だから、ありがとう」
すごく面倒見がよくて、聡明で、いい人なんだよな。いくらでも声かかりそうなものなのに、どうしてアラフォーまでひとりなんだろう。実はお声はかかっているけど断り続けているとか? はたまた、まだ涅田さんのことを引きずっているとか? そんなことを考えていたら全部筒抜けだったらしく、白水さんはぼくの顔を見てニヤニヤしていた。
「涅田……吹っ切れたのは間違いないけど、どんなタイプが好きかって考えたときに、やっぱり理想のタイプはアイツだって思っちゃうところはあるよ」
すると大将がやきとり盛り合わせを持って来てくれた。あれ、こんなの頼んだっけ?
「おい、今日はどうした?」
「彼の彼氏との性生活を聞こうと思ってね」
「まぁたバカなことしてんなあ」
「ははは。ビールもまけてくんない?」
キョトンとしていると、白水さんはさらりと言う。大将とお付き合いさせてもらっているのだと。
最初ぼくは驚いたものの、話に聞く涅田さんも大将もヒグマで体格がよくて、ちょっと荒っぽいところがあるから、大将と涅田さんを重ねているんじゃないのかと思った。
でもよく考えて見れば、数年前の話を聞く限りは、涅田さんは荒っぽいけど頭脳派だし、ときには優しい、って感じがした。でも大将は一貫して気っ風の良い感じだ。ふたりは少し似ているところがあるようで、その実は全然違う。
「そう、彼は全然違うんだ。そして涅田の事を今でも愛しているというと、じゃあまとめて受け入れてやるよと言ってくれた。今度は涅田の懐中時計に大将の時間を刻んで欲しいと言ったら、ガラじゃないけど、と言いながら懐に忍ばせてくれた。ね、もう彼しかいないだろう?」
ひょっとしたら白水さんは恋愛に消極的なのではなくて、複雑な過去のあるおじさんを受け入れてくれるほどの懐の深さがある人を探していたのかな。
「まあそりゃぼくだって、最初は大将に涅田を重ねてたけどね。だから閉店間際にここへ来て、大将をひとりじめして喋って、色々話をしたり、相談に乗ってもらったりしたんだ。それで涅田とは違うけど、この人なら……って思えた」
「好き」にはきっといろんな形があるんだろうなあ。ぼくと楓みたいに、長い間一緒にいたら空気のような存在になっている人もいるだろう。白水さんみたいにちょっと複雑な場合はまあ、例外かも知れないけど。
橙矢時計店。ぼくはいつもどおり閉店間際に来たけど、白水さんも来ている。そしてやきとり屋の大将も来ている。今日は定休日で、白水さんに付いてきたのだそうだ。
「ほら、どれでも好きなヤツをいいな」
「いいのかい? じゃあ、これ欲しかったんだ」
「アホか! 三百万じゃねえか! ケタがひとつ多いんだよ!」
白水さんはえーなんてぶーたれるフリをしながら、大将に時計を買ってもらっていた。あれ? 白水さんからは何かないのかな。
「いや、交換しようと思ったんだけど、仕事柄腕に着けるモンが好きじゃねえ、って。それと、あの懐中時計があるんだから時間は分かんだろ、ってね。それじゃ悪いよって言ったら、そんなら焼き鳥たらふく食っていきなって言ってくれた」
「男らしいね! 周も時計いっぱい買っていきなよ!」
「ぼくはもう贈ったでしょ……」
楓の部屋。散々これからセックスするんだろと冷やかされたぼくらは、閉店後二階でくつろいでいる。さすがに三年目なんだからそんなにしてないもん。……週三回くらいしか。
ぴろりん。
「あっ、戌神だ。へえ、役所にパートナーの届を正式に出すんだって」
「時計贈ろうとしてるでしょ」
「楓も?」
「たぶん白水さんも……」
「三個もいらないよ! ぼくが戌神、楓がお相手、白水さんはバンドでいいよ!」
これで橙矢時計店店主と常連達の十二年に渡る話は終わり。半永久的に動く機械式腕時計には、いやなことも、よかったことも、きっと色々な思い出が刻まれて、それを人にあげたり、交換したり、いろんな形で受け継がれていくのだろう。
いつも身につけているものって、意外とない。財布とかはあるけど、いずれ劣化して使えなくなってしまう。その点、機械式腕時計はいつも手首にあって、いつでも動き続けている。
そんなわけで、機械式腕時計、おひとつどうですか? 今お使いのものと気分で着け替えるのもありですよ。昔は高いものでしたが、今ならお安く手に入ります。なお、橙矢時計店では修理やオーバーホールもお安くお請けしております。知識と技術のある店主がおりますから。さあ、最初の一本をご購入される際はお立ち寄りください。
それでは。
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[[jumpuri:マシュマロ感想よろしくおねがいします > https://marshmallow-qa.com/wolsan_?utm_medium=url_text&utm_source=promotion]]
試験的にコミッションやってます。成果物はpixivにて公開します。
[[jumpuri:skeb > https://skeb.jp/@YamagataBot]]
獣人によるヒューマンドラマかラブストーリーになります。
あまり特殊すぎるシチュエーションや属性だとできない可能性があります。
R-18はグロ・痛い・汚い系は不可です。
[[jumpuri:pixiv requestもやってます > https://www.pixiv.net/users/32494312]]
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