くもり、のち、晴れ 番外編1

  

  冷たい北風が吹き抜ける

  行き交う人々は慌ただしく

  草花はやがて訪れる季節までじっと息を潜めている

  

  赤や緑に彩られた街並

  恋人や家族が楽しそうに寄り添って歩く

  そんな街に独り、巌はいた

  白い息を吐きながら、足早に住宅街の方へ向かう

  ___今年も、もうすぐ終わりか…

  店の名前が入った紙袋を手に

  身を縮こませて歩いていた

  

  飾られた街を抜け、静かな住宅街になる

  ポケットから取り出した一枚の地図を見ながら辺りと照らし合わせる

  手描きのそれと、普段訪れる事のない場所

  2つを見比べ、時に立ち止まりながらゆっくりと歩を進めた

  

  ようやく、地図の円で囲まれた場所を見つけ表札を確認する

  「ここか・・?」

  住宅街の端の方まで来るとそれはあった

  両側に家はなく、野原に囲まれた一軒家

  石垣の壁に覆われ、綺麗な石に覆われた広い庭には、池や離れがあり

  松や躑躅の木が瓦屋根の家を一層引き立てていた

  何かの道場か、古い地主の家のような

  

  一般の住宅が立ち並ぶ場所には似つかわしくない

  木で出来た門を前で、巌は深く、白い息を吐き出した

  「やっぱ・・来んじゃなかったかもな」

  眉を顰め、尻尾を項垂れさせたまま、また大きく息を吐き出した

  

  

  

  事の発端は1週間ほど前に遡る

  

  部屋に帰った巌のもとに、代理店所長の狸親父から電話がかかってきた

  ¨先方の社長がえらくお前を気に入ったらしいから家での食事会に招かれてくれ¨との事

  以前いた建築現場での仕事中、視察として何回かあって少し話はしたが、別にそれ以上交流はなく、工事が終わると顔をあわせる事もなかった

  ・・・正直、苦手な印象だった

  巌としては、会いたくもないし会う必要も無かった

  断りたかったが、元々、街の小さな代理店に舞い込んだ大口の依頼

  うちの店が潰れてしまう!わしらを路頭に迷わす気か!と電話口から泣き叫ぶ狸親父に頼み込まれて、渋々了承せざるを得なかった

  

  

  (しゃあねぇな・・)

  嫌々ながらも、飯食って酒飲んで適当に帰れば済むと

  諦めて門をくぐった

  色々考えてみたが、他にいい案が浮かばなかった

  

  

  

  

  

  

  

  インターホンを鳴らすと、古そうな外観とはかけ離れた最新のモニター越しに社長自らが出迎えた

  よくよく見ると、家のあちらこちらに警備の為の監視カメラがついている

  (なるほど・・古い造りなのはワザとか・・)

  玄関の戸がガラガラと音を立てながら勢いよく横に開かれる

  「やぁ!巌君!久しぶりだね~、待っていたよ!元気だったかい?相変わらずいいカラダしてるねぇ~」

  そう畳み掛けるように言いながら、着ていた革ジャンの中に手を突っ込み、確認するように不必要なボディタッチをしてくる

  長く伸びた鬣が巌の鼻先をくすぐった

  

  大熊猫 将(おおくまねこ しょう ※パンダではない)

  巌より大柄で、年上の獅子獣人、独身(離婚歴はあるが子供はいないらしい)

  IT関連の会社を経営している

  迫力のあるルックスとは裏腹に、初めて会った時から巌の体を触っては話しかけて来る

  ・・・オブラートに包むなら無邪気な性格の持ち主

  

  「・・・お久しぶりです、将さん・・・相変わらずですね・・」

  巨体を押しのけながら持っていた紙袋を渡す

  「・・これどうぞ、よかったら後で食って下さい」

  名残惜しそうに宙に浮いた手で受け取ると、そのまま中身をみた

  「おぉ七花亭のバターサンドじゃないか!私の大好物だよ!いやぁ~巌君は良いお嫁さんになるねぇ~いつでも大歓迎だよ~」

  突っ込み所をいくつか素通りして、さらに畳み掛けるように喋る

  「さ、こんなトコで話してても仕方ない、上がって上がって!もう準備は出来てるんだ」

  巌の革ジャンを器用に脱がすと、コート掛けに吊るし、中へ招いた

  「・・お邪魔します」

  これから先の不安を隠せないまま、家の中へと入った

  

  

  外観から想像していた通り、畳の敷かれた大広間や広い和室がいくつも並び

  家の至る所に、鳥の剥製やら壺、なんて書いてあるのか分からない掛け軸など

  純和風な家だった

  

  「男1人暮らしだからねぇ~、掃除もろくにしてないからあちこち散らかってるんだ。あんまり見ないでくれよ?」

  そう言って笑うが、見たところ、かなり手入れが行き届いていた

  (根はしっかりしてんだな・・・言動と違って。てか1人暮らしにしちゃあ広過ぎねぇか?この家)

  飾られた絵や盆栽を眺めながら、ゆっくりと後ろを歩いていった

  

  

  巌がキョロキョロと辺りを見渡しながらついていくと、前を歩いていた獅子の足が止まる

  「さ、どうぞ。座って楽にしててくれたまえ、私は酒を持ってくるから」

  巌が通された部屋は、大広間とは違い、少し狭い8畳ほどの和室だった

  真ん中に置かれたテーブルには、所狭し料理が並べられ、色々な種類の刺身と大きな魚の頭が乗った舟盛が中央に陣取っていた

  (おいおい・・舟盛なんて家で見たことねぇぞ?)

  テーブルを挟んで向かい合うように敷かれた座布団に腰を下ろし、正座する

  尻尾がゆらゆらと宙を踊っていた

  

  「待たせたね、ん?もっと楽に座ったらどうだい?」

  日本酒の瓶を数本持って入ってきた獅子は、巌を見るなり目を丸くする

  「あ、いや・・なんか、場違いな感じがして・・・」

  頭をポリポリ爪で引っかく

  獅子は声を上げて笑いながら、向かい合う形で座る

  「なにも心配する必要はないさ。ここには君と私しか居ないんだからね」

  そう言って、瓶の蓋を外す

  お猪口ではなく、巌にコップを差し出すと中身が零れるそうになるまで注ぐ

  「・・君とは良い友人関係を築きたいと思ってるんだ。だから何も緊張する必要はない」

  酒瓶をテーブルに置きながら巌の目を見ながら話す

  「それと!・・・敬語は無し、だ。友人に敬語はおかしいだろう?」

  子供のように笑う目の前の獅子は自分の席に戻り腰を落ち着かせた。

  大企業の社長にそう言われてしまい、巌には断る理由が見つからない

  自分の分を注ごうとしていた獅子の手から瓶を取ると、空いていたコップに酒を注いだ

  座り直し、胡座をかくとコップを手に静かに乾杯をした

  

  それから1時間ほど経っただろうか

  他愛ない話で盛り上がり、談笑しながら酒を飲んでいると、この前出先で買った変わった酒があるんだと、獅子は席を外す

  一人部屋に残された巌は、料理に箸をつけながら、意外にもこの状況を楽しんでいる自分に驚いていた

  (あの変なクセさえなけりゃ良い人なんだけどな…)

  

  お待たせと言って入ってきた獅子の手には一本の瓶が握られていた

  黒く、ラベルも貼られていない瓶

  開けられた形跡のあるそれを、一緒に持っていたグラスに注ぐ

  水のように透明な液体が、グラスの伝っていった

  「この前海外に仕事で行ったときに露店で買ったんだ。変わった香りだろう?」

  渡されたグラスを嗅ぐ

  確かに今まで嗅いだ事のない香りが鼻を擽る

  少し甘ったるい、日本酒のようで違う

  アルコールの香りだけが、それが酒であることを主張していた

  「飲んでみたんだが…私にはちょっと合わなくてね、巌君ならどうかと思ったんだが」

  グラスに口をつけ、少しだけ、中へ流し込む

  ワインのそれとも違う酸味と、日本酒のような甘味が吹き抜け

  咽を通る時に感じた焼けるような熱さと痺れが、その強さを証明していた

  「結構キツイ…けど、不味くはねぇかな…?泡盛の洋酒版、みたいな感じか?」

  それを聞くと嬉しそうに笑いながら

  「お、イケる感じだな。ほら、グッといきなさい」

  言われるがまま、グラスを傾ける

  

  

  

  そしてそのまま、目の前が揺らいでいった

  「ッ!!……!?」

  支えを失ったグラスが、畳の上に転がった

  (なん…だ?…カラダが……ッ!!………!!?!……!!!)

  何が自分に起こったのか全く理解出来ない

  呼吸を乱し、座っていられず、地を這うようにその場に倒れこむ

  そして、そのまま気を失った

  

  

  

  

  

  

  重い瞼を何度か動かし、ふらつく頭のまま目を覚ます

  見覚えの無い、暗い、一面壁に覆われた部屋だった

  「・・・・ここ・・は・・?・・ッ!?」

  突然ひんやりとした感覚に襲われる

  そこで巌は、自身が何も身につけてはいない事に気付く

  唯一身につけているものといえば、腕や足に嵌められている金属の輪

  映画や何かで見た事のある重い鎖に繋がれたそれは、腕を頭の上に、立ったままの状態で、巌の動きを封じていた

  金属の擦れる音が室内に響き渡る

  体中の毛が、ゆっくりと熱を放出していく

  自分の置かれている状況に頭がついていかず、動く事もままならない

  (くそッ・・・外れねぇ・・!・・・何か・・道具でもありゃあ・・)

  そう思い、部屋を見渡しても、金属製の机と椅子、大きな箱が置かれているだけだった

  それでも何とかこの場から逃れようともがいていた

  

  

  部屋に唯一あるドアが音を立ててゆっくりと開く

  外の光を取り込みながら、中を明るくする

  それと同時に

  大きな影が、部屋を闇に染めていった

  「おや?ようやくお目覚めのようだね」

  影の主が抑揚の無いままに言う

  

  「!!?アンタはッ!!」

  聞き覚えのある声に、巌の耳がピクリと反応する

  ゆっくりと、こちらに近づいてくる

  1歩、また1歩

  近づくごとに、次第に影が薄れていく

  

  手を伸ばせば届きそうな距離にまで近づいた影の主は、長く生えた鬣を揺らしながらその足を止めた

  

  

  「__これは・・いったいどういう事だッ!!?___将さんッ!!」

  名前を呼ばれた獅子は、巌を見据えたまま、優しく微笑んだ

  「意識はしっかりあるようで安心したよ、巌君」

  鎖に繋がれたままの巌の前で笑うその表情は、初めて会った時と変わらない、いつもの笑顔だった

  「これは私からのプレゼントだ、気に入って貰えると嬉しいのだがね」

  持っていたコーヒーカップを机に置くと、ポケットに手を入れる

  取り出されたそれは、どこにでも売っている、ペット用の首輪だった

  「___ッ!!」

  逃げようと嫌がる巌の首にそれを取り付けると、満足そうに頷いた

  「うん、とてもよく似合っているよ、さすが___」

  「ッふざけんなッ!!」

  

  

  獅子の言葉を遮り、叫び声が部屋を駆け巡る

  息を荒くし相手を睨み付ける

  睨み付けられた相手は、表情を崩さずにそのまま話を続けた

  「そういえば、自己紹介がまだだったね?私は、とある企業の社長をしている大熊猫 将という者です、以後お見知りおきを__」

  羽織っている白衣を靡かせながら、ゆっくりと頭を下げる

  「そんなことはどうだっていい!いいからこれを__」

  叫ぶ巌に構うことなく淡々と話し続ける

  「__そして、ここで行われている『オークション』の管理人でもある、・・・云わば裏の顔だ。・・・君はそのオークションに出品される大事な『商品』だ」

  「なッ!!?」

  目を見開き、顔を上げる獅子を覗き込む

  「ようやく自分の置かれている状況が飲み込めたようだね?」

  

  

  にっこりと笑う口元が、歪んだ

  恐怖が、徐々に体を支配していった

  

  

  「あまり手荒な事はしたくないんだが・・・君には協力して貰えそうにないから、仕方ない」

  そういって机の引き出しを開けると、中から小瓶と注射器を取り出した

  ナイロン製の手袋をはめると、蓋を外し、中の液体を注射器に注入していった

  

  「・・・こんなもんかな?さぁ『準備』しないと」

  注射器を持ったまま、巌に近づいてくる

  「・・・ッ」

  逃げる事も出来ずに、ただその姿を見ていた

  もがいても、もがいても、鎖は空しく音を立てるだけだった

  それでも、指の一本でも噛み千切ってやろうと牙を剥き出しにする

  「やれやれ・・言ったはずだよ?『大事な商品』だって。あまり手荒な事をさせないでくれ給え」

  「うぶッ!!!・・・!!」

  空いていた左手で、顔面を押さえ込まれる

  恐ろしい力で、呼吸すらも出来ない

  「大丈夫だ・・怖いのは今だけ。後は・・何も考えなくていい」

  

  

  耳元で囁かれる、甘い言葉

  そして、首筋に感じる小さな痛み

  

  時が止まったような時間の中で、薄っすらと大切な人の顔が浮かぶ

  (・・・・ケン・・ッ!!)

  そして

  やがて、消えていった

  

  

  

  

  

  

  押さえつけていた手から開放されると、巌は咽るように咳き込んだ

  倒れ込みそうのなるのを、鎖が拒む

  獅子は空になった注射器を元の位置に戻すと

  巌の手足を縛り付けていた鎖を外した

  そして支えを失い、そのまま地面へと転がった

  「・・?どういう、つもりだ・・?」

  投げかけられた問いに、すぐには答えず、ゆっくりと椅子に座った

  「どういうつもりも何も・・・もう君は、この場から逃れる事が出来ないからね」

  そういって、すっかり冷めたコーヒーカップに口をつける

  (・・逃げるなら、今しかねえッ!!)

  意味を汲み取れないながらも、立ち上がり逃げようとする

  

  その時だった

  

  

  ドクンッ

  

  「!!?ぐッ・・ぁアァ!!!!?」

  蹲り、その場から動けなくなる

  

  ドクンッ

  

  また、繰り返される大きなうねり

  それは心臓の鼓動だった

  巌の心臓が、爆発しそうな勢いで鳴り出す

  

  打ち寄せる波のように絶え間なく、徐々に間隔を詰めながら加速していく

  

  ドクンッ  ドクンッ  ドクンッ

  (・・ッ!!何だ!?何が・・どうなってやがるッ!!?)

  

  血液が沸騰したような感覚に襲われる

  頭の中をかき回される

  思考が乱されていく

  自分が、自分じゃ無くなっていく・・・

  

  「・・効いてきたみたいだね」

  座っていた獅子が、重い腰をあげた

  「さっきのはね?俗っぽい言い方になるが¨媚薬¨ってヤツだ、ちょっと強力な、ね。それを投与されるとヒトは開放的になれる、欲望のままに行動できる。こっちでは違法だが、海外では合法なものだよ?まぁ表立って出回る事はないがね」

  ゆっくりと足音が近づいてくる

  「・・今日のオークションに集まる人達は、そんな欲望を叶えるための『道具』が欲しいんだ・・言っている意味がわかるかい?」

  つまりはこういうことだよと付け足して、巌に近づき、胸の突起物を指で摘む

  「!!ぐああァアアアァァ!!!!」

  体感した事の無い感覚が巌を襲う

  (・・何だ!?俺の体・・いったいどうしちまったってんだッ!!?)

  全身に、快楽の波が広がっていく

  「ふむ・・・感度は良好のようだ・・次は・・」

  視線を下に向けると、先走りを溢れさせながらそそり立つ巌の肉棒が目に入る

  「これはこれは・・なかなか立派なモノを持っているじゃあないか」

  嬉しそうに笑いながら、後ろに回り、背後からそれを握った

  「ウッ!があああアアァぁぁッ!!」

  叫びと喘ぎが混ざった雄たけびが部屋に木霊する

  獅子はそれを気にすることなく、手を動かし始める

  「う・・ぐあァ!!・・ァあ!・・頼むッ!・・ッあぁ・・!やァ・・ッやめ!・・止めてくれッ!!・・・ッがッ!・・ああぁ!!」

  軽く息を吐き出すと、呆れたように言う

  「・・嘘はいけないな、体の方は正直だよ?こんなに、ね」

  先走りでグチョグチョになった手を見せつける

  

  (…くそ…ッ!!……このままじゃ…ッ!!)

  絶頂がすぐそこまで来ていた

  吹き出る汗が、床を染めていく

  動きを止めたくても、身体が言うことを聞いてくれない

  獅子は、その手を緩めず、更に速めていった

  「うッ!!…ああぁ…ッ!!!!…もうッ!!…出____!!」

  

  そして何も出なかった

  正確には出す事を許さなかった

  絶頂を迎える直前に、獅子が根元を思い切り握りしめたからだ

  

  ゼェゼェと息を吐きながら後ろを振り向く

  「おや?意外だね。イキたかったのにって顔してるよ?そんなに此処で不様に果てたかったのかい?」

  クスクスと笑いながらこちらを見ていた

  「ッ!!!!!!」

  引かない熱と羞恥から顔を赤く染めた

  ギリッ!!奥歯を噛み締める音が聞こえた

  「…心配しなくてもイカせてあげるよ、・・何度でもね」

  そう言って、巌の背中に指をあてると、指で黒い模様をなぞった

  「ッんグッ!!ああああアァァ!!!!」

  ただそれだけの事なのに、陸に打ち上げられた魚のように、ビクンッ!!と跳ねながら、地白濁液を撒き散らした

  「ね?もうどこを触っても快感を得られる身体になったんだよ、嬉しいだろう?」

  「ッうがあああアアァぁぁッ!!」

  「まだまだこれからだよ?」

  「ァぐあああああアアぁぁァッ!!!!」

  「ほらほら、休まないで」

  

  

  それは無邪気な子供のように

  何度も、何度も

  行ったり、来たり

  

  とても甘美で、残酷な、壊楽___

  

  

  

  「う~む・・次は・・どうしようかな?」

  遊びに飽きた子供はおもちゃを手放し、机から別の小瓶を取り出した

  

  「・・・・ァあ・・・・う・・ぁ・・」

  飽きられた遊び道具は僅かな呼吸と共に、撒き散らした水溜りの上に横たわっていた

  だらしなく開いた口元と、焦点の定まらない目元から

  透明な液体を流し続けていた

  

  「さて、と・・次はやっぱりココだね」

  再びおもちゃに近づくと、尻尾を掴み持ち上げた

  そして、小瓶の中身を、その根元にかけていった

  「・・ぅあ・・・・ぁ・・?・・」

  もはや首すらも動かせずに、漏れ出た声のみで反応していた

  液体が尻をつたい、その裂け目を流れ落ちていく

  「さ、ここからが本番だよ?・・しっかり『商品』になって貰わないと困るんだ、さっさと起きなさい」

  頭を摑まれ、無理やり上を向かせられる

  「・・・も・・ぅ・・」

  「なんだい?」

  優しく、獅子に問われる

  「・・・も・・・や・・め・・・・・で・・ぇ・・な・・・・・い」

  途切れ途切れに放たれる言葉

  

  それを聞いた獅子は、今までの笑顔から一転し、巌を厳しく睨み付けた

  ドサッ!

  摑んでいた頭を離し、地面に落とされる

  「まだ分かっていないようだね・・・」

  言うや否や、巌の尻に指を這わす

  そして

  慣らされてもいない、その蕾を乱暴に掻き回した

  「ウッ!!!グアアあああああああああああああぁぁぁァァァァ!!!!!!!」

  

  絶叫が

  響き渡る

  

  「・・君はもう・・『商品』なんだよ?」

  

  白衣を

  脱ぎ捨てる

  

  

  「それを・・・私が教えてあげよう!!」

  

  

  自身のいきり立ったモノを

  押し当て、そのまま突き入れた______

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  「______っていう・・ッ!!!痛ったぁ~!!!何で殴んのさ!!」

  「あたりめぇだろうが!!!何だその夢はッ!!!!」

  冬の静かな朝に、狭いアパートの一室から響き渡る、近所迷惑な叫び声

  寒い空に、翼を休ませていた鳥達が一斉に飛び立つ

  

  

  「勝手にひとを夢に出演させやがって!!!」

  小さなテーブルに、叩きつけられる拳

  さっきまで朝食が乗っていた食器達は、一瞬の悲鳴と共に宙を舞う

  「大体!何で俺がヤられなくちゃなんねぇんだよ!!」

  「だってぇ~・・あの人そうゆう人だもん・・」

  頬に生えている毛にご飯粒をぶら下げ

  箸を咥えたままの格好でうなだれる

  「!?・・・本当か?」

  「・・・・たぶん」

  それを聞き、ハァ~・・と重い溜息を吐き出すと

  空になった食器を台所へと運んだ

  「あーッ!!信じてないでしょー!!?」

  「・・あたりめぇだろ?」

  巌はその問いに背を向けたまま答えた

  ケンは皿に残ったものを口にかき込むと、後を追って台所へと向かった

  

  「だからさ~食事会なんてサボってさ!二人でどっか行こうよ~」

  茶碗を洗っている巌の元にやって来ると、尻尾を振り回しながら後ろから飛びつく

  「ッ・・・いいから!さっさと食器持って来い!洗っちまうから・・」

  振り向かずに、洗剤を流しながら言う

  後ろでは、すっかり尻尾を垂らしてしまったケンが、しょぼしょぼと食器を取りにいっていた

  

  茶碗を洗い終え部屋に戻ると、テーブルに突っ伏したまま動かないケンが目に入る

  行き場のない尻尾が、掃除でもしているかのように床を滑っていた

  (わかりやすいヤツだな・・)

  短く溜め息を吐くと、テーブルを挟んで座りタバコに火をつける

  ゆらゆらと漂いながら、部屋を白く曇らせていった

  

  「……何でそんなに行かせたくないんだ?ただ、飯食って帰ってくるだけだぞ?」

  漂う煙が渦を巻き、やがてまた何もなかったかのように漂い続けた

  「……だって…せっかく一緒に居られるのに……明日はクリスマスだってのに……」

  相変わらず顔を伏せたまま、囁くように言う

  明らかにふて腐れている

  (……子供かよ…)

  年齢差を考えれば子供のようなものなのだが

  

  「仕方ないだろ?仕事みたいなもんなんだから。だいたいお前の方は仕事どうしたんだよ」

  「……今日はもう休む…気分が乗らない」

  仮病で学校をサボる子供と同じ理屈だ

  幼い頃の真面目だった反動だろうか?

  社会人として明らかに駄目なのだが、コイツの場合、行かなくていい理由がある分、余計にタチが悪い

  

  理由のうちの1つが、コイツの会社が自由主義ある事

  与えられた役割と仕事さえこなしていれば、会社に出勤しなくてもいいと認めている

  もちろん会社の機密に関わる事は持ち出し厳禁だが

  個々の発想力と才能を出し切って貰う為、わざわざ時間と労力をかけてまで会社に来ての作業を強要していない、

  実際、社員の半数は会社に出勤していない

  皆、自宅やカフェなどでパソコンを開いての作業をしているらしい

  

  

  そして、もう1つの理由が・・

  「お前が・・社長自らサボりなんて、他のヤツらに示しつかねぇだろ?」

  そう、コイツがその会社を経営している社長だという事だ

  高校を卒業後、仲間と共に株やら何やらで資金を貯め、その時はまだ世間も騒いではいなかったタブレットや次世代型携帯端末に目をつけ、主にそれに関わるアプリケーションやネットワーク管理、販売などをする会社を設立したらしい

  最初の頃は苦しかったらしいが、スマートフォン等の端末が世間に浸透した為、今では子会社をいくつか抱えるほど大きな会社になっている

  仲間は既に独立し、他の分野で活躍しているらしいので、現在ある会社の管理、運営はコイツが行っているという

  

  今でもその仲間とは交流があるらしいが、コイツに会社任せて大丈夫かと不安にならないのだろうか?

  実際仕事をしている現場を見たわけではないのだが

  普段が普段だけに心配になってくる

  

  実際、目の前にいるコイツは

  「・・・いいもん別に・・邪魔になっちゃ悪いもん・・今日は行きたくな~い」

  これである

  完璧に幼児化が進んでいる

  でかい図体で手足をバタつかせている姿は、五歳児のそれと何ら変わり無い

  

  「・・そういや、お前・・将さんの事知ってる口ぶりだったが、会ったことあんのか?」

  話題を変え、目の前の子供に聞く

  「あるよ、何回か。うちの会社とも取引あったし、前にあの人の会社が主催のイベントで、パーティーに呼ばれたりしたからさ」

  コイツの口からパーティーなどという非日常な単語が出てくると、やっぱコイツも社長なんだなと改めて思う

  まぁあんなマンションに1人で住んでたんだから何となくは予想出来たが

  「・・その時に・・あの人に言われた事があってさ・・」

  珍しく真面目な顔をする

  普段あまり見られないその表情に思わずドキッとしてしまう

  (コイツ・・わかってやってんのか・・?)

  巌は気圧され、背を正して聞いた

  「・・あの人、その時初対面の俺に向かって言ったんだ・・」

  喉を鳴らし、息を飲み込んだ

  「・・『君は私と同じニオイがするよ』って・・初対面だよ!?俺あんな歳いってないし!!」

  

  どうやら答えはすぐに出たようだ、全くわかっていない

  嫌味のつもりで出した、地の底まで届きそうな深い溜息も、話を続けるところを見るとどうやら本人には効果が無かったらしい

  「だから言ってやったんだ『俺の方は若いし、まだ加齢臭出てませんよ?』ってね☆」

  そうゆうトコだけは頭の回転速いんだなとある意味関心した、そういうトコだ・け・は!だが

  

  それ以降は会ってないけどねと話すケンを余所に

  巌はタバコを消すと、おもむろに着替え始めた

  「どっか行くの?俺も行__」

  「・・食事会に行くんだよ」

  立ち上がろうとした途中で言葉を遮られ、中途半端な姿勢で固まる

  「!?なんで!?俺の話聞いてなかったの!?」

  「……聞いてたよ……っつったって、しゃあねぇだろが頼まれちまったんだから」

  端から見たら、騒ぐ子供と、それをなだめる親にしか見えない

  「だいたい、それ全部お前の妄想だろ?そんな風にゃあ見えなかったがな……まぁやたらと触ってくるのは面倒だが…」

  「ッ!!!!?!?」

  その言葉を聞き、いてもたっても居られず、後ろからしがみつく

  「お、おい!!離れろッ!!!」

  振り払おうとするも、格闘技仕込みのバカ力で一向に離れる気配がない

  「ぜったいイヤ~!!離れない~ッ!!!!」

  「邪魔だ!!くっつくな!!つーか尻尾握んな!!!」

  「ヤダ~!!俺のお姫さまがキズモノになっちゃう~!!」

  「誰がお姫さまだ!!誰がッ!!!!!」

  

  犬も食わないだろうやり取りをしていると、バンッ!!と大きな音をたてて玄関のドアが開いた

  「朝っぱらから五月蝿いんだよ!!アンタ達!!!!少しは近所の迷惑も考えな!!!!」

  誰がどう聞いても、その怒鳴り声が一番迷惑だろうと思ったが、後の事を考えて押し黙った

  大声に驚き、くっついていた力が弱まる

  しめた!とばかりにケンを振りほどくと、声の主である猪の中年女性の間を通り抜け、外に飛び出した

  「あぁー!!!!ずるい!!」

  「ずるくねぇよ、戸締まり宜しくな」

  女性と部屋の中で置き去りになったケンに伝言を言い残すと、街へ歩き出した

  

  かなり遠くの方で

  豆腐の角に頭ぶつけて死んでやるーとか何とか聞こえたが、きっと気のせいだと全て流した

  

  

  

  

  

  

  

  門をくぐった巌は玄関へと続く石畳を歩きながら、朝のやり取りを思い出し、また大きく息を吐き出した

  (ホント・・ガキだよな・・・あれで社長ってんだから・・・世も末だな)

  やがて広い庭を抜け、大きな屋敷が近付いてきた

  

  インターホンを鳴らそうとすると、突然玄関の戸がガラガラと音を立てながら勢いよく横に開かれる

  「やぁ!巌君!久しぶりだね~、待っていたよ!元気だったかい?相変わらずいいカラダしてるねぇ~」

  そう畳み掛けるように言いながら、着ていた革ジャンの中に手を突っ込み、確認するように不必要なボディタッチをしてくる

  長く伸びた鬣が巌の鼻先をくすぐった

  (・・・・なんだこのデジャブ・・)

  誰かさんの妄想が現実のものになっていく

  「・・・お久しぶりです、将さん・・・相変わらずですね・・」

  巨体を押しのけながら持っていた紙袋を渡す

  「・・これどうぞ、よかったら後で食って下さい」

  名残惜しそうに宙に浮いた手で受け取ると、そのまま中身をみた

  「おぉ五花亭のバターサンドじゃないか!私も彼も大好物だよ!いやぁ~巌君は良いお嫁さんになるねぇ~」

  相変わらずの突っ込みどころがあるが、それよりも気になる単語が出てきた

  

  「・・・彼?」

  よくよく家の中を覗いてみると、奥の方からコチラを見ている人影が目に入る

  (・・・何かコッチ睨んでねぇか?)

  漫画かアニメなら、黒いオーラが見えるだろう雰囲気が、家の中から放たれていた

  普段だったら睨み返すのだが、将さんの手前、そういうわけにもいかず、ただそれを受けていた

  「?あぁ・・紹介するよ、私の相棒だ。アオ!コッチに来なさい」

  黒いオーラを纏う人影がゆっくりとコチラに近づいてきた

  相変わらず巌を睨んだまま、将の隣に立った

  

  アオと呼ばれた人影は、巌と同じ、虎族の雄だった

  歳はケンと同じくらいだろうか?巌よりかなり若く見えた

  ただ、違うのは体を覆うその毛並み

  巌が黄、黒、白に対し

  目の前の雄は、銀色に近い白と黒の毛に覆われていた

  光の加減によって時折その銀色の毛並みが青白く輝いて見える

  

  「ほら、挨拶しなさい」

  将さんに頭を撫でられ促されると、睨んでいた目元が途端に優しくなる

  「・・はじめまして、白 蒼(ハク ソウ)です。宜しくお願いします」

  頭を下げ挨拶をする姿は、とても礼儀正しい好青年で

  どっかの誰かさんにも見習わせたかった

  (・・って何で睨まれたんだ?・・何かしたか?)

  

  「彼はコッチの生まれじゃなくてね。昔海外に行った時に、路上生活をしていた彼を、私が連れて帰って来たんだ」

  「ソウというのは本名だが、私は親しみやすくアオと呼んでいる。・・この美しい毛並みに合った良い名だろう?今はここで私と二人で暮らしながら、私の秘書と、生活面のサポートをして貰っているよ」

  目の前の青年は、頬を赤く染めながら照れたように微笑んだ

  その笑顔は本当に嬉しそうで、さっきまでの黒いオーラが嘘のようである

  

  

  「まぁこんな所で立ち話していても仕方ない、さぁ、上がってくれたまえ」

  お邪魔します、と言って靴を脱ぎかけた時だった

  後ろから、聞こえるはずの無い声が聞こえてきた

  「お邪魔しま~す☆」

  驚いて振り向くと、そこには『どっかの誰かさん』がいた

  「ケン君も久しぶりだね。いつかのパーティ以来かな?」

  「だねぇ☆・・・相変わらず手癖が悪いよね☆」

  「ハハハ、君も相変わらずストレートな物言いだね。交流を深めてると言ってくれ給え」

  二人共、談笑しているように見えるが、明らかにケンの目は笑っていなかった

  

  「す、すんません!・・オイ!ちょっと来いッ!」

  二人に頭を下げ、玄関の外にケンを引っ張り出す

  (お前!なんでココにいんだよッ!?)

  (ふふ~ん☆俺の尾行に気づかない方が悪いんだよ☆)

  (つけてきたのか!?)

  (人聞き悪いなぁ~お姫様を守るのが王子様の仕事でしょ?)

  (だから誰がお姫様なんだよッ!?つーか帰れ!今すぐにッ!)

  (ヤダ!!そしたらあの人に純潔奪われちゃうもん!)

  (んなもん奪われねぇよッ!)

  

  「どうかしたのかい?」

  二人に聞こえない様に小声で話していると、中から将さんが心配そうに話しかけてきた

  「え・・いや・・何でも・・ははは」

  乾いた笑いで誤魔化す、我ながら機転がきかないなと思っていると

  「将さん☆俺も一緒にご飯食べていい??」

  馬鹿が一匹、提案を出した

  「あぁもちろん。大勢の方が楽しいからね」

  秒速で許可された

  「ありがと~☆お邪魔しまーす」

  そう言ってさっさと中に入る

  

  独り玄関の外に取り残された巌は、酷い頭痛と眩暈に襲われていた

  冬の風が一段と冷たく吹き抜ける

  「アオくんとは俺もはじめましてだね☆よろしくね~・・・・ん?ほら!何やってんの?早くしなよ~」

  中から手招きしてくる馬鹿、訳も分からず睨んでくる若者、スキンシップ旺盛な社長

  これからの事を考えると、胃も痛み出した

  (・・・薬でも買ってくりゃよかったな・・)

  今にも降り出しそうな空を見上げて、白い息を吐き出した

  

  

  

  

  二人が案内された部屋は、全体的に赤く染められ、丸いテーブルと椅子が並んでいた

  丸いテーブルは二段になっており、二段目が回転する変わったテーブルだった

  その上に、見た事も無い料理が数多く並んでいた

  部屋のあちらこちらに金で彩られた龍や文字が装飾され、この家の外観からは想像できない異彩を放っていた

  「この部屋は、アオの故郷をモデルに造らせたんだ。今日用意した料理も、全部アオが作ったものなんだよ?」

  

  大柄な二人が向かい合って座り、間にケンが座る

  酒を持ってきたアオが全員に注いで回り、注ぎ終えるとケンの向かいに座った

  

  「変わった酒・・ですね?」

  注がれたそれを見て巌が聞いた

  最初、焼酎かと思っていたが、お湯で割った後に、氷砂糖を溶かされた

  「・・・何かの怪しい薬とか?」

  変わった香りのそれを嗅ぎながら、ケンが怪訝そうに訊ねる

  それを聞くと、将は目をキョトンとさせた後、豪快に笑った

  「面白い事を言うね。残念だが、それは普通の酒だ。アオの故郷から取り寄せた物でね。今日の料理によく合うんだよ」

  怪訝そうな目を向けるケンの為に一口飲んで見せる

  疑いを晴らすと

  さ、乾杯といこうか、と将はグラスを持ち上げる

  皆それに習ってグラスを持ち上げた

  「では、乾杯!」

  「「「かんぱーい」」」

  ガラスの打ち付けあう音が宴の始まりを告げた

  

  「甘~い!何コレ?ジュースじゃないよね?」

  「ウイスキー・・に近い気がするが違うな・・飲んだ事ねぇ酒だ」

  思い思いの感想を述べる二人に対し

  「ふふ、どうだい?変わってるだろう?これは『紹興酒』という酒だ。いくら飲んでも次の日に残らない。だから、こういう場ではうってつけなんだ」

  そう言って、中身を飲み干した

  「・・そうは言っても、酒は酒です。あまり飲み過ぎないで下さい・・・御身体に障ります」

  アオが顔を曇らせる

  心配そうに将さんを見ながら、空になったグラスにまた酒を注いだ

  「将さん、どっか悪いんすか?」

  巌が聞くと、苦笑いを浮かべ

  「いや、そういうわけではないのだが・・どうもこのコは心配性でね・・・」

  「体調管理も私の役目ですから」

  間髪入れずにそう答えると、巌を睨みつけた

  (・・・いったい何なんだよ・・)

  若干気まずい空気が流れる

  

  「・・・ね?これ食べてもいい?お腹減っちゃってさぁ~」

  何かに気付いたケンが助け舟を出してくれた

  「あ、どうぞ。口に合えば良いのですが・・」

  アオの返答を待ってから、ケンはいくつか料理を自分の皿に取り分けると一番先に口をつけた

  「あ!このピーマンと竹の子?の炒め物みたいなのイケる☆・・・ん・・エビのヤツも美味しい・・ちょっと辛いけど、お酒によく合うよ~☆」

  それは良かったです、と安堵の表情を浮かべるアオ

  「ほら!食べてみてよ、美味しいよ?」

  「あ?あぁ・・」

  

  料理美味いんだね~☆

  いえ、そんな事は・・とケンの言葉に若干照れながら、将の皿に料理を取り分けるアオは

  やはり、どう見ても好青年で・・

  どうやら睨む矛先は、巌にだけ、向けられているようだった

  最初は、秘書という立場上、警戒しているのかと

  もしかしたら極度の人見知りなのかもしれないとも思った

  だが、同じように初対面のケンと楽しそうに話す様子を見るとそれも違うようだった

  (ワケがわからねぇ・・)

  疑問を抱えたまま、ゆっくりと料理に口をつけた

  

  

  それから1時間ほど経っただろうか

  良い感じに酔いも回っていた頃、将さんが席を立った

  「すまないが、ちょっと飲み過ぎたようだ。用を足してくるから、皆はそのまま飲んでいてくれたまえ」

  と、付き添おうとしたアオを制すると部屋から出ていってしまった

  将さんが出ていくのとほぼ同時に、俺もトイレ行きた~いと後を追ってケンも部屋から居なくなった

  

  取り残された二人

  お互い、会話する事なく、ちびちびと酒を飲む

  部屋に沈黙が流れていく

  巌は、あれから何度か青年に話を振ってみたのだが、返ってきたのは、全て素っ気ない返事ばかりだった

  何故かはわからないが、どうやらかなり嫌われているらしい

  (………気まずい……)

  咽を通らない酒に助けを求めていた

  

  やがて巌の空になったグラスに気付いたのか、アオは立ち上がると、新しく酒を注ぎ足した

  気まずい相手が、至近距離にいた

  

  「………貴方は、」

  流れていた沈黙を破ったのは意外にも青年の方だった

  酒を注ぎ終えたアオは、他の二人が戻って来ないのを確認して、真剣な面持ちで話しかけてきた

  若干睨んでいるようにも見えた

  

  「………貴方は、社長を…将をどう思っているんですか?」

  巌には質問の意味がわからなかった

  ただ、将さんの事を呼び捨てだったのに少しだけ驚いた

  「……どう、って言われてもな……」

  質問の意味を汲み取れない巌に痺れを切らしたのか、アオはテーブルに手を叩きつけ立ち上がった

  「誤魔化さないで下さい!!好きだとか愛してるとか色々あるでしょう!?」

  思わず飲んでいた酒を勢いよく吐き出した

  床に液体が散らばっていった

  噎せて咳き込んでいる巌の事などお構い無しで捲くし立てるように続けた

  

  「あんなにベタベタしといて!今日だって貴方をわざわざ呼んだんですよ!?」

  自ら傷口を抉る

  堪った膿を吐き出すように

  うっすらと滲んだ涙が痛々しかった

  「……私は、彼の事を愛しています。……例え、彼が私の事を愛していなくても……ただの、秘書でしかなくても……一緒に居られるだけで、それだけで幸せなんです……私の気持ちは変わりません」

  どこまでも真っ直ぐな青年の目は、嘘などどこにもない事を証明するかのようだった

  

  そして、向き直る巌をまた睨みつけた

  「貴方が、将の事を本当に愛しているのなら!!……私は何も言いません……でも!!もし、貴方がいい加減な気持ちでいるのなら!!______」

  そこまで叫んだところで、巌の手が、ポンと頭の上に乗せられた

  銀色の毛を、これでもかとワシャワシャと撫でる

  「何ですか!?まだ話は終わってません!」

  

  

  ようやく理解した

  この青年が、自分を睨み続けていた意味が

  彼の目には、最初から巌の事など写っていなかったのだ

  写っていたのは、将・・

  ただ、それだけだったのだ

  そう、これは嫉妬

  誰か、ではなく、自分に向けて欲しいと願う

  

  純粋で、醜悪な、心__

  

  

  「・・・お前、それ、本人に伝えたのか?」

  「・・何をですか?」

  「・・・お前の気持ちだよ・・それはお前の本心じゃねぇだろ?」

  「・・・そんなの伝えられる訳がない・・・私はあの人をサポートするだけ・・・・ただ・・それだけでいいんです・・・」

  「__嘘だな」

  

  頭に添えていた手を離し

  タバコに火をつける

  「・・・ふ~・・・・・もし、その言葉通りだとしたら、俺に聞いたのは何故だ?将さんの居ない所で聞いた意味は何だ?・・・・・・・・・・怖かったんじゃねぇのか?本人の口から言われる事がよ」

  吐き出された煙が、誰かの心を写すように

  宙を漂い、白く靄をかける

  

  

  「・・・貴方にッ・・・貴方に何がわかるっていうんですかッ!!」

  声を荒げ、手を強く握りしめる

  「私は___ッ!!」

  「___・・・私は、拾われた恩を返しているだけ・・・それ以上は求めない・・・・求めたら・・・・求めてしまったら・・・もう、元には戻れないんです・・・・ッ」

  自虐的な笑みが、全てを悟っていた

  

  

  穢れをしらない

  どこまでも愚かで

  真っ直ぐな涙が、静かにこぼれ落ちた

  

  

  

  巌はタバコを消すと、泣きじゃくる頭の上に手を置いた

  「まぁ・・・俺にはそういう気持ちはよくわかんねぇけどよ・・・・・別にお前の『居場所』を盗ろうと思っちゃいねぇよ・・・それに」

  若干照れたように、爪先で頬を掻くながら

  「それに・・・俺にはもう、相棒がいるからな」

  そう続けた

  「馬鹿で、ガキで、自分勝手で・・・・本当にどうしようもないヤツだけどよ・・・・それでも俺は・・・・アイツの隣が、俺の居場所だと思ってる」

  まぁお前の気持ちとは違うかもしんねぇけどな?と頭撫でた

  

  白く漂っていた煙が、音も無く散っていった

  

  「お前は、安心して将さんの隣にいろ。将さんだって、お前の気持ちを知ったって、別に『居場所』を無くすこたぁしねぇだろ?・・・・・それは、お前が一番わかってる筈だ__」

  

  声が漏れる

  堪えきれず、溢れ出す

  溜めていた膿を出すように

  傷口は瘡蓋となり

  淡い熱を帯びて

  やがて元に戻るのだろう

  そして、新たな強さを得て

  いつしか、自身のものとなる

  

  青年が流した涙がそれを象徴するかのように

  どこまでも滲み、広がっていった

  見えない、未来への可能性を秘めて

  どこまでも、どこまでも・・・

  

  

  

  

  やがて青年の声が静まってきた頃、巌はふと思った

  (・・・そういやぁあの二人、用を足すにしちゃあヤケに遅くねぇか?)

  二人を探しにトイレへ向かおうと立ち上がった時だった

  「い゛ッ!!」

  背後からいきなり尻尾を摑まれ、素っ頓狂な声を上げた

  「な~に二人で話してたのサ?」

  巌の尻尾を握ったまま、ケンが話しかけてくる

  「おま__ッ!今までどこ行ってたんだよ!?つーか離せ!!」

  ケンの手から、乱暴に尻尾を奪い返す

  するとケンの後ろから将も顔を出した

  少し、顔の半分が赤く染まっている

  「いやぁケン君と仕事の話をしていてね、すっかり酔いも醒めてしまったよ」

  それなら、とさっきまで泣きじゃくっていたアオが平静を取り戻し、新たに酒を注ごうとする

  「いや___酒はもういい。すまないが今日の食事会はこれでお開きにして貰えないかな?どうしてもやらなければならない事が出来てしまってね」

  唐突な話だった

  「俺も帰ってやる事出来たんだよね☆もう帰らない?」

  ケンもその提案に乗った

  断る理由が見当たらない二人が、お互い顔をを見合わせる

  ケンに催促されながら、バタバタと帰り支度をした

  

  

  

  「たいしたもてなしも出来なくてすまないね」

  玄関先に見送りに来ていた二人に頭を下げる

  「いえ、ご馳走様でした」

  「料理、美味しかったよ☆」

  「また今度食べにきて下さい」

  思い思いに喋る四人

  

  巌は微笑んで、またアオの頭に手を乗せ

  「頑張れよ?」

  とだけ言った

  アオも

  「ええ!」

  とだけ応えた

  そして、もう一度二人に頭を下げると

  手を振る二人に背を向けて歩き出した

  隣に寄り添うように、ケンも歩き出す

  

  門のところまで歩いたところで

  あ、そうだ!と思い出したように二人の元に走って、やがて将さんに何かを耳打ちするとまた戻って歩き出した

  

  門の中で小さくなっていく二人の姿を

  残された二人は、見えなくなるまで、ずっと見続けていた

  

  

  

  「行ってしまったな・・」

  「行ってしまいましたね・・・」

  やがて完全に見えなくなった頃、残された二人は

  その場に立ち尽くしていた

  

  日が短くなった街は

  薄暗く、まるで包み込むように

  空から、ゆらゆらと

  雪が降りてきた

  

  

  「さぁ、外は寒いです。中に____」

  家の中に導こうとした腕を摑まれ、ハッとする

  「アオに・・蒼に・・・伝えければならない事がある・・・」

  今まで呼ばれる事の無かった、名前

  「私は今まで・・・・自分を偽って生きてきた。そうする事で理解のある大人を演じてきたのだ・・・だが、それももう限界らしい」

  腕を握る手が、強くなった

  「私は・・・君を愛している___」

  

  

  時が止まる

  聞きたかった言葉

  聞こえる筈のなかった言葉

  だが、今確かに

  聞こえた言葉

  

  

  「君を見つけた時から既に、私は君を・・・蒼の事が好きだった。言いたかった。だが言えなかった・・・私を慕ってついてくる君を見ているとな。築いた関係を壊したくなかったんだ・・・・」

  摑む手が、震えていた

  「すまない、これは言い訳だな・・・・私には・・・勇気が無かったんだ・・・・・・それをある人に教えて貰ったよ・・・・本当にどうしようもない、ちっぽけなニンゲンだ・・」

  自嘲するような笑顔も、霞んで、よく見えなかった

  「こんな・・どうしようもない私だが・・・愛して貰えるだろうか・・?」

  

  

  雪が、頬に落ちた

  融けて、消え

  水滴となる

  やがて、混ざり合い

  温かく、頬を流れていった

  

  

  滲んで見える、目の前の大きな体に飛び込んだ

  大きな声をあげながら、腕を回し

  頭を撫でられながら、腕を回される

  現実である事を証明するように

  強く、強く

  お互いを抱きしめた

  

  「・・・泣かせてしまったな」

  胸に顔を押し付けたまま首を横に振った

  声にはならなかった

  「それでも・・・蒼を悲しませてしまった事には変わりない」

  そういって俯く

  蒼は、押し付けていた顔を離した

  泣くのを止め、笑顔で

  嬉しい時でも涙は出るのですよ?と

  そっと口を近づけた

  今まで溜めてきた想いをぶつける様に

  荒く、激しい、口付けだった

  

  抱き合う二人を祝福するように

  空から、いつまでも雪が舞い降りてくる

  

  それは永遠の事のようで

  儚い、人の、夢

  

  短い時間の中で咲かせる

  永久に続けと願う

  儚い、人の、夢

  

  

  

  

  漏れ出した声と、糸を引きながら、顔を離す

  お互いを確認するかのように、見つめ合う

  「さぁ中に入ろうか、ここはもう寒い」

  と、蒼を抱きかかえると

  そのまま家の中まで運んだ

  

  

  自分で歩けます!お、おろして下さいッ!

  何だ?嫌なのか?私はずっとこうしていたいのだが

  ・・嫌じゃないですけど・・

  なら良いじゃないか

  ・・・・あの!・・俺・・もっと・・・したいです・・将さんと・・

  ん?・・・良いのか?悪いが今の私は我慢出来るほど余裕がないぞ?

  ・・・///・・構いませんッ・・!!

  

  そして、寝室へと二人の姿は消えていった

  

  

  

  そういえば、さっき何て言ってたんですか?

  ん?

  さっき、ケンさんに・・

  あぁ・・あれか・・あれは_______

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  「・・・やけに機嫌がいいな」

  「ん~?別に~☆」

  目の前を、尻尾が大きく揺れている

  (・・・わかりやすい奴・・)

  街灯が、徐々に辺りを照らし始める

  「そういや、さっき何て言ったんだ?」

  「ん~?」

  住宅街を走る道路

  「帰り際、何か言ってただろ?」

  灰色の影を、薄く延ばした空の下

  「あぁあれは・・・まだ内緒☆」

  吐く息の白さに寄り添いながら

  帰る場所へと二人は歩いていた

  「何だよ・・」

  照れたように笑う相手を見ながら

  ポケットに手を突っ込んだ

  

  「二人・・うまくいくといいね・・」

  「!?気付いてたのか!?」

  「そりゃそうだよ?いくら秘書だっていっても、あんな風にお酒を飲むだけで心配したりしないでしょ?」

  鈍いのか鋭いのか、わからない、感性の持ち主に驚きを隠せなかった

  そうか・・と短く返した

  

  「さっきさ・・トイレにいくフリして将さんに聞いたんだ__蒼くんの事、どう想ってるか。そしたら__」

  「・・そしたら?」

  巌は、次の言葉を待った

  まるで自分の事のようにケンの目を見つめた

  「・・そしたら将さんね、寂しそうな顔してさ『彼はまだ若い。私は、彼にとって親代わりでしかない。それ以上の事は望めない、望んではいけない』って・・」

  「それってさ、本当は好きってことでしょ?本当は望んでるって事でしょ?・・・・・・だから・・・・・・・・・・・意気地無しッ!!って・・・・・一発殴ってやった☆」

  「お、おい!」

  社長を殴りつけたと話す、目の前の人物に思わず声を上げた

  本人は至って明るく笑っている

  

  「大丈夫大丈夫☆・・・・世の中ってさ・・痛みと伴わないとわからない事ってたくさんあると思うんだ・・それが体の痛みでも、・・心の痛みでもさ」

  話すケンは、どこか淋しげで

  何かを思い出しているようだった

  「だから・・・・・たぶん大丈夫☆きっとうまくいく☆」

  そう笑顔で振り向いたケンに

  そうか、とだけ笑って返した

  

  

  

  雪が

  どこまでも白い雪が

  空から、ゆらゆらと

  踊りながら降りてきた

  

  

  

  

  わ~☆雪だ!ひゃっほーい☆

  おいおい・・はしゃぐんじゃねぇ!・・ホント、ガキだよな・・・

  むー・・・どーせ俺は『馬鹿で、ガキで、自分勝手』ですよ~

  !!?聞いてたのか!?

  失礼な!聞こえてきただけですぅ~☆

  ・・どっから聞いてた?

  ん~・・・咳き込んでた辺り?

  思いっきり最初からじゃねぇか!!!

  

  

  

  

  

  赤や緑に染められた街が

  白く包まれていく

  

  寄り添う恋人達を

  まるで祝福するように

  

  ゆらゆらと、ゆらゆらと・・・

  

  

  

  オイ!コラッ!逃げんな!!

  や~だね~☆捕まれるもんなら捕まえてみ~☆

  待ちやがれッ!!!

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  つづく