スピリテッド・ホテル ~モリタカの秘め事~

  一

  草いきれが立ちこめて辺りはむわっとしている。深い藍染めの使い込んだ胴着には汗が染みている。灰と生成色の体毛はじっとりとしていて、山の匂いがまとわりつくような気がしてモリタカは合わせを指で引いて、胸元に空気を送り込んだ。

  気流が起こって、わずかながら涼しくはなるが、大した意味はない。むっちりした胸と腹のくぼみには汗が溜まっているばかりだ。

  「ふへえ……」

  辺りに人がいないのをいいことに、モリタカは舌を出して空気に粘膜を晒した。

  パンティングである。

  汗腺の少ない獣人は口内の粘膜から放熱することがある。それは東京においては、はしたないことではあるだが——モリタカの影にして父、シノはとくにこの手の作法には厳しい——この暑さでは我慢ができない。

  「はふはふ……」

  舌の表面が気化熱によって冷たく、心地良い。舌の表面で唾液が蒸発してする際に熱が奪われているのだ。口で息を吐いて、肺で熱くこもった空気を吐き出す。

  シノならば咎めるだろうし、シロウならば心配するだろう。リョウタは舌を扇いでくれるだろうし、ケンゴは一緒に舌を出して暑がるだろう。トウジならばどこかから買ってきた冷たい飲み物を渡してくれるだろう。そう思ってモリタカは頬をほころばせた。そして、サモナーに見られれば犬のように撫でられていたに違いない。

  「ふふ……へっへっ……」

  モリタカのふんわりした尻尾が、彼の意志を離れて緩く揺れた。サモナーの指は柔らかく的確にモリタカのイイところを撫でるのだ。犬獣人だが、犬ではない——、しかし犬のように撫でられるのも、嫌いじゃないのだ。

  耳の裏をかりかりされたり、顎をこしょこしょされたり、お腹をわしゃわしゃされると、拙者は、拙者は——。

  「あ、あおぉ——んっ!」

  いかんいかん。

  せっかくいつもの友人たちから誘われた遊びの予定を断ってまで、山まで修行に来たのだ。主殿との戯れにうつつを抜かしてはいられない。拙者だって強くならねばならぬのだ。

  慌てて頭をぶるぶるとやって懸想を払う。

  夏である。

  夏休みである。

  三人は海に行ったが、モリタカは山である。

  別に高校の山の神に引っ張られたわけではない(そうならないように細心の注意を払ったのだ)。剣の修行である。走り込み、素振り、筋力トレーニングと、鍛錬を重ねる山籠もりである。

  異界が混じった山で、短期の生活の場を提供してくれる宿泊施設があると風の噂で聞いたので、訪れた次第である。

  どうせガセでも構わぬ、野宿でも悪くはないと思いながら山を登ってみると、本当に宿泊施設があった。高校生活の中でよく話に聞く研修やキャンプを行う宿泊施設、という感じだ。入ってみると、客もいないし、学生ということでただ同然で泊まらせてもらうことになったのである。寝床だけでなく、二食付き、ジムにプールまである。

  木々の間から、すぐに施設の屋根が見えてくる。へっへっ、と舌と呼吸で熱を逃しながら、だましだましモリタカは施設に戻る。

  「おう、モリタカじゃねえか。今日もご苦労さん」

  「か、管理人殿! ……お見苦しいところを失礼しました!」

  [[rb: 禿頭 > とくとう]]の管理人が入り口で煙管をふかしていた。全体が金属でできた延べ煙管で、丁寧に使い込まれた金属だけが持つ重厚な輝きを帯びている。先端の火皿からは一筋の紫煙が揺れていた。モリタカのような匂いに敏感な犬獣人にも配慮された、無害な圧縮葉だ。

  身長はモリタカよりもはるかにある。体格はあの剣道師範や警察署長に近い。撫でつけた髪や、蓄えた髭はほとんどが白くなった老爺とはいえ偉丈夫だ。スラックスとポロシャツの上から筋肉が分かるほどだ。

  慌ててモリタカは舌をしまう。恥ずかしいところを見られてしまった。

  「なんだ、ワンころが舌出してたところで気にしやしねえよ」

  「せ、拙者は犬では……」

  「けけけ、俺にとっちゃあ子犬みてえなもんさ」

  管理人は据え付けられた灰皿に煙管の灰を落とし、くわえ直す。吸い口に近い部分で煙管を持った指には、人か天狗の老いた肌特有の皺が刻まれていた。天狗といういうには翼も霊力も感じられない。しかし老齢の人間と考えるには浮世離れしていた。

  「飯の支度はできてるよ。とっとと身体を洗ってきな」

  「はい! 管理人殿、ありがとうございます!」

  ひらひらと気だるげに手を振った管理人に頭を下げて、モリタカは自室に戻って着替えを取ると、風呂場に向かった。

  ◇

  食事を終え、寝支度を整えてベッドにもぐりこむ。薄手のタオルケットをかぶり、目を閉じる。明日は合宿の最終日だ。管理人殿に挨拶をして、軽い鍛錬をしたら学校に戻る。二泊三日の短い鍛錬だったが、多少は強くなれたはずだ。そ、そうであってほしいが……。

  モリタカは布団の中で肩を落とした。やはり実践の量が物をいう。「アプリ」のバトルで主殿をお守りするにはまだまだかもしれない。その主様がまずもって規格外に強いのだ。

  夏が終わる。二学期が始まる。この青山、池袋、六本木の平和的交流と裏返しの停戦状況だって、いつまで続くかは分からない。強くならなくてはならない。

  ……考えていても詮無きことでござる。

  モリタカは袋小路にハマりかけた考えを取りやめて寝返りを打つ。そろそろ眠ってしまおう。鍛錬で身体が疲れているのだから、あまり考えすぎて眠れなくなることは避けたい。先のことを悩んで休息がおざなりになるなど本末転倒。

  「む……」

  ごろん。

  ごろんごろん。

  しかし寝苦しい。

  タオルケットを跳ねのけて、モリタカは大の字になる。だが眠りの気配はない。もったりした丸い腹が呼吸に合わせて定規するのが薄闇の中でも見えた。

  冷房の動作音が低く部屋を震わしている。冷風は控えめだが、山の中だからか気温は高くないはずだ。適温である。

  だというのに、胸がどきどきして、体温が落ち着かない。今は激しい運動もしていないのに息が荒くなってくる。寝間着の浴衣は、毛皮に籠った熱気でへなへなとして、妙に鬱陶しい。

  「……む、無理だ」

  身体を横向きにして、抱き枕のようにタオルケットを腕にくるみ込む。柔らかい布に、モリタカのむっちりとした前腕が沈み込んでいく。

  気が昂っている。鍛錬で身体を動かしていることもあるが、寮にいるときは特定の人物に隙あらば撫でられていたのだ。

  も、もふもふが足りぬ……。撫でられたい……! い、いやいや、拙者は犬ではないのでござるが……。ござるが……。ござるけれども……。

  このままごろごろしてしても仕方ない。水でも飲んで気を逸らそう、とモリタカはくちゃくちゃのタオルケットを離し、立ち上がる。浴衣と寝床を軽く整えて、自室を出た。

  滑らかな引き戸を抜けて、廊下を進む。森や空の自然を感じられれうようにという意図で設計されたのか、片側の壁は大きな窓が取りつけられていて、蒼い月光がリノリウムの硬い床を濡らしている。

  ガラスを通して、山中の虫たちが奏でるざわめきが耳に入る。ワノクニ出身者の足に合うように用意された、室内用の草履が床を擦れる音と虫の声の二重奏が無人の廊下に吸い込まれていくようだ。

  灯りがなくても、月の光があれば困ることはない。山中特有の肌寒い夏の夜に、透き通った月光はよく似合っていた。怖くはない。むしろ、誰かが絶え間なくいるような感じさえあった。

  廊下の先には、おそらく友人同士が交流を楽しむためと思しい、ちょっとした談話室がある。そこにはウォーターサーバーが設置されていて、いつでも水を汲むことができる。

  備え付けの紙コップを取り、続けて二杯飲む。

  「……ぷはぁっ。……ふぅ……」

  冷たい水が喉を滑り落ち、胃の中に溜まっていく。気持ちいい。しかしそれでも体内の熱は治まらない。

  撫でられたい、もふもふされたい、叱られたい、褒められたい……!

  はしたないと抑圧していた欲求不満が、夜にまぎれて漏れてくる。月はいつでも魔的だ。押し込めていたものが目覚めて、首をもたげる。

  ああ……暑い……。

  モリタカはせめて夜風にあたろうと、談話室に取り付けられた勝手口の鍵を開けた。

  ガラス張りのドアをそっと押し開けて、音を立てないように丸い身体をくぐらせる。

  辺りには濃い月光が降り注ぎ、ケラだろうか、低い擦過音が響いている。ガラスを通さない分、ずっと鮮やかに聞こえる。風がゆっくりとモリタカの鼻先を撫でる。その度に梢が密やかに騒めいた。その風の香りを、モリタカは大きく息を吸い込んで味わう。

  森は霊場。あたりには霊気が満ちている。しかし害意はなかった。

  備え付けの突っ掛けに履き替えて、モリタカはゆっくりと森に進んでいく。直立する広葉樹の幹が施設を覆い隠す頃、そっと帯に手をかけた。

  親指をくぐらせて、少し力を入れるだけで結び目は解かれる。一本の布切れに変わった帯を抜くと、はらりと浴衣の合わせが肩から一直線に落ちる。襟に指をかけて、浴衣を落とす。二枚の布を近くの木の枝にかける。

  藍染の六尺だけになる。

  私有地でもなく、ましてや川沿いや浴場でもない。深夜とはいえ公共の場で。

  太り肉の身体を覆う毛皮を、風が撫でていく。その解放感。丸く肥った腹を気流が通り過ぎていく感触、礼儀に外れた露出の背徳にモリタカは息をついた。

  六尺の麻生地の下で、モリタカの雄が膨らんでいる。

  「…………」

  着物をかけた木に背をもたれて、船形にした手の平を股間に当てる。布越しに、肉球が硬い熱を拾う。く、く、と自分の手の中で肉棒が跳ねる。前袋の中の玉袋を指先でくすぐるように刺激しながら、モリタカはもう片方の手を胸に寄せた。

  「あ、ふ……っく……」

  外でこんな格好になって、あまつさえ自涜など……。

  しかし背徳感が快楽を加速させる。

  胸を揉み、肉棒をくすぐりながら、モリタカは自分で与える刺激で声を漏らす。

  こんなところを誰かに見られたら……、そう思うほどにモリタカの感度が上がっていく。

  「お、若えじゃねえの、ワンころ」

  「か、か、か、管理人殿……!?」

  かけられた声に、モリタカは慌てて自らをまさぐっていた手を離し、股間を隠す。首だけで辺りを首を巡らす。

  右手だ。

  見ると、月明りの中でぼんやりとあの管理人が立っていた。無地の着流しを着ているが、背後にうっすらと翼の輪郭が見えたが、すぐに消える。

  「いくら若造ったって、やっていいことと悪いことがあんだろ?」

  「あ、あいすみませぬ、その、これは……眠れなくて……」

  「しまえしまえ。いつまでも出しとくもんじゃねえ。とはいえ——」

  モリタカは背もたれにしていた気にかけていた着物を取ろうと手を伸ばしていた。しかし手首を管理人に掴まれる。片手だ。骨太な手の平だが、振りほどけなくはない。そういう力加減をしている。

  「か、……管理人殿?」

  「おべべは人間様のものだが——、ワンころにはいらねえかもな?」

  「拙者は犬では……」

  こしょこしょと空いた手がモリタカの顎をくすぐった。その甘やかな快感が、モリタカの抵抗を取り去ってしまう。

  振り払うことはできる。

  しかし。

  しかし。

  しかし。

  その手があまりに大きくて、骨のごつごつした感触がして、飼い主としての威厳に満ちていて、指が優しくて甘くてたまらなくて、言い訳が無限に溢れてきて、そうして口ごもっているうちに、モリタカの手の先から着物が取り去られてしまう。

  「あっ……!」

  声には自分でも分かるほどに媚の響きが含まれていた。

  決断をしなくて済んだ、とそのとき思ってしまった。

  管理人の膝がモリタカの股間に押し付けられる。そこは期待で膨らんだままだ。

  「おいたをするワンころにはしつけをしてやろうかね」

  喜悦をにじませて、管理人がモリタカの耳をかいた。

  [newpage]

  二

  「じゃ、そのままいてもらおうかね」

  管理人室。簡素なテーブルとパイプ椅子に監視カメラのモニターが並び、全館放送用の設備があった。その中心で、モリタカは褌一丁のまま立たされている。

  期待と怯えの入り混じった興奮で、硬くなったペニスが布を押し上げている。隠そうと股間に手を回すと、

  「隠すな。金品を盗んでないか確認しなくちゃならなくなる」

  「か、……確認?」

  「ほれ、腕は後ろに回せ」

  言われるまま、腕を後ろに回したモリタカの股間に、キャスター付きの灰色の事務椅子に腰かけた管理人が手を伸ばした。分厚くて硬い皮膚が、モリタカの玉袋を持ち上げるようにして触れる。

  「……っ」

  「ん、前袋には何も隠してないな」

  「せ、拙者はそんなこと……」

  「けけけ、どうだかな? 規律に従う奴はあんなとこで脱がねえからな」

  「……ううぅ……」

  くにくにと前袋ごとペニスを揉まれながら、からかうように笑われる。管理人の手の平の中で男根が跳ねて、興奮を知らせてしまう。

  管理人は前袋に指を潜り込ませる。

  「あ……、そこは……!」

  止めようとするが、彼の指は止まらない。六尺をずらされて、興奮したペニスが露出させられる。半分ほど包皮が剥けて、赤い亀頭が蛍光灯を受けててらてらと光っている。尿道口からはぷっくりと先走りの玉が膨らんでいた。

  「しっかり楽しんでんじゃねえか、ええ?」

  「くっ……」

  指の腹が亀頭に触れる。先走りの雫を潰し、そのぬめりで尿道口をにゅるにゅるとくすぐられる。びくびくとモリタカの肉棒が強く切ない刺激でおののく。

  「あっ! ああっ!」

  「お、敏感なおちんちん触ってもらって悦がってんのか?」

  にゅるにゅる……。

  くちゅくちゅくちゅ……。

  「あぁっ! か、管理人殿……! お戯れを……!」

  管理人はモリタカの尿道から指を離すと、付着した先走りを舐めとる。

  「若え者の精はうめえなあ」

  せ、精を舐められた……抵抗もなく……!

  モリタカの内心のおののきをよそに、管理人は、椅子にふんぞり返ると指で自分の足の間を示した。

  「?」

  「分からんか? おすわり、だ」

  「拙者は犬では……」

  言いかけて、モリタカは言葉を飲み込んだ。

  おめえは犬だろう——、そう管理人のぎらついた瞳が物語っていた。そして自分だって、管理人の手を振り払わなかったのだ。

  「……っ」

  モリタカは管理人の腿の間に膝をついた。

  しかし、管理人はぺちぺちとモリタカの頬を軽く張った。痛くはない。ちょっとしたからかいのような力加減。

  「しつけがなっとらんな。犬の返事も分からんか?」

  「あ……あんっ」

  「そうだ。犬の返事は啼き声に決まってるだろう」

  「…………」

  く、屈辱……。

  ふとしたときに出てしまうのだって恥ずかしいのだ。それを自分の意志で出すのは、強い辱めの感覚を呼び起こす。恥ずかしくて、屈服感が刺激される。だから身体の奥がじりじり熱くなって、視界がぼんやりしてきて、ペニスが跳ねる。

  がしがしと両手で頬をかいぐられる。

  「わふ……」

  サモナーのもふもふの手は柔らかくて優しい。だから好きだ。しかし管理人の荒々しい撫でをモリタカは知らなかった。

  掌底で挟み込まれ、毛皮を撫で手が楽しむのではなく、肉ごとめちゃくちゃにされるような強い愛撫。口吻の緩い皮ごとめくられるような刺激。老練らしく威厳たっぷりの硬い手の平の感じ。

  「あっあっ……あんっ!」

  「偉いぞお、よく返事できたな」

  「あんっ!」

  甘い屈服にむしゃぶりつくようにモリタカは啼いた。

  「ほれ、あーん」

  「あ……んあ」

  つい指示につられて従ってしまう。開いた隙間に指が入り込み、閉じる選択肢を奪われる。こじ開けられるように。モリタカは歯茎、牙の裏、口蓋、喉奥まで晒してしまう。管理人の指が牙列をなぞる。

  「あ、んが……」

  身体の中だ。内表面だ。神経の張り巡らされた敏感な粘膜を触れられる感覚。くすぐったさはほとんど快感に近い。

  こ、こんなことになるなら、歯磨きをもっとちゃんとしておけば……!

  モリタカの後悔を見通しているのか、太い指がぐちゅぐちゅと音を立てて舌の根や奥歯の際に溜まった唾液を泡立てるようにくすぐる。誰にも触れられることのない、それどころか見せたことさえない部分を暴かれる。

  「ふあ……っ!」

  舌に絡まるような愛撫にモリタカは息を漏らす。くすぐったささえ快感に変わっている。気持ちいい。腰が浮いてしまう。身体を支えようと、腕が前に回り、床に着いてしまう。もう犬畜生そのものだ。口内を刺激されて分泌量が増した唾液が唇からこぼれるが、止めようがない。こぼれるままにするしかない。

  口蓋を爪の先がなぞる。軟口蓋の平野を滑り、硬口蓋の波をこりこりとくすぐられる。えづきを誘発する悦楽が、牙の先から尻尾までをざわざわさせる。尻尾は混乱したように毛を逆立てているが、ゆるく揺れている。モリタカは止められない。

  「あっ……! んあぁっ……!」

  やがて管理人は、指を引き抜く。

  「そのままだ」

  疑問に思うモリタカをよそに、管理人は小さなカメラを取り出した。

  かしゃ。

  軽い音と共にシャッターが降りて、モリタカが喉奥まで晒した写真を撮られてしまう。

  「あ……っ!」

  こんな恥ずかしい写真を撮られてはたまらない——そう思ったが、さんざん受けた愛撫で精神が甘く屈服している。うまく反抗心を鼓舞させることができない。

  「どこにも流しやしねえから安心しな」

  懸念を見透かしたように、管理人はファインダー越しににやりと笑った。

  「そら、立ち上がんな」

  管理人は、モリタカを様々なアングルで取った。壁に手を着かせて六尺を回した尻や、その股間からこぼれる先走りを晒させたり、手を後ろに回させて勃起を見せつけるように指示をしたり、ペニスを接写したりあられもない姿を何枚も撮った。

  「か、管理人殿……!」

  「意外と撮られるの嫌がってねえじゃねえか」

  「あっ……」

  乱暴に股間を掴まれる。しかしそれさえも快楽として受け取ってしまう。管理人はモリタカの肉棒を前袋に戻すと、近くの机の引き出しを開ける。

  「最後に、正真正銘ワンころになった写真を撮ってやろうな」

  彼が持っているのは赤い革の首輪と、鎖のリードだった。

  さすがにそれは……、とモリタカが拒もうとすると、

  「おすわり、だ」

  「あんっ!」

  床にモリタカは膝と手を着いてしまう。管理人が軽く頭を撫でる。指示に従うことが心地いい。従ったときにもらえる撫でも好きだ。モリタカは屈服と愛撫の飴と鞭に飼いならされてしまっている。

  「う……」

  管理人の太い指が、モリタカの首に革を通していく。これ以上きつければ苦しいし、これよりも緩ければ余ってしまう、絶妙な位置の穴に留め具を通す。自分の首の大きさにぴったりと合う拘束は、驚くほど気持ちいい。

  相手に、自分を決められる感覚。そこに体重をかける心地良さ。それは服従の快感へ容易に横滑りしてしまう。

  じゃらり、と重い音を立てる鎖が金具に取り付けられる。

  ああ、これで本当に犬になってしまった——。絶望と屈辱がぐちゃぐちゃにまざり、理性を揺るがす。モリタカは、無意識に唇を舐めた。

  かしゃ、とシャッターが下りた。

  ◇

  首輪を引かれて、モリタカは四つん這いで事務室を出る。右手と左脚を前に出し、その次に逆側の手足を出す。対角線上の手足を交互に出して、モリタカはなれない犬の歩行を進める。

  廊下に出ると、辺りの空気は先程までとは全く違っている。明るさも、温度も以前のままだが、雰囲気が全然違うのだ。

  ざわざわしている……?

  モリタカは床に向けていた[[rb: 面 > おもて]] を上げて周りの様子を伺う。

  「……!?」

  霊体が歩いている。白い靄のような輪郭が、老若男女様々な輪郭と気配をさせて、廊下を闊歩している。

  彼らはゴーストと呼べるほど確固たるエーテル体を持っているわけではない。強度としては力場の揺らぎのようなものだ。主殿の繋がりで出会ったことのある小学生、ケンタの保護者のイヌガミよりも霊格は下だろう。

  しかしなぜかこの施設では、微弱な強度の霊体でも、存在を確立させている。術師ではないから、モリタカにはそれ以上のことは分からない。

  「ワノクニ出身だからかね。本来は見えないはずだが」

  モリタカの視線に気づいたのか、管理人が手綱を引いたまま言う。

  「こいつらは山の客さ。安心しろよ、危ない奴らじゃない」

  だとしても、これは……!

  二人きりならばこの異様な状況を飲み込む余裕もあったが、第三者がいるとなれば話は違ってくる。

  「管理人殿……!」

  四肢を踏ん張って管理人室に戻ろうとするが、その途端に、霊体の内一人とモリタカは目が合ってしまう。

  「こんばんは、お散歩ですか」

  霊体はこちらの認識を得た瞬間に更に霊格を高め、実体に近い輪郭を編み始める。緑の着流し姿。初老の男性だ。

  彼は、モリタカからすいっと目を外すと、管理人ににこやかに話しかける。

  「ええ。夜の散歩です」

  「一日に数度の散歩ですか。この子は身体が大きいから大変そうだ」

  このやり取りは知っている。散歩する犬と飼い主に対する態度だ、と理解したモリタカの顔から血の気が引いていく。

  「ちょうどそこで捕まえたんですよ。しつけからやり直さないと」

  い、犬だ。

  拙者はいま犬として扱われている——。

  飼い主とその友人の会話がそれを誇張している。

  「ふうん。撫でても?」

  「構いませんよ」

  し、知らない人に頭を撫でられる。しかも、犬として。褌だけを身に着けて、首輪を引かれるこんなみっともない格好で。

  男が管理人と談笑しながら手を伸ばす。モリタカは目をぎゅっとつぶって俯き、屈辱に身体を震わせるしかない。

  褌の中で、モリタカの性器が波打った。それは明らかに興奮を拾っていた。モリタカの耳は、男の手を迎えるようにぺたんと伏せられている。

  やや冷たい手の平が、毛並みにうずまる。少し遠慮がちにかいぐるとこの手の平に、モリタカは尻尾を振ってしまう。

  「……っ」

  怖くて情けなくて恥ずかしい。

  でも気持ちいい。

  心臓が跳ねる。鼓動が自分の耳の奥で響いている。

  男の手の平が離れた瞬間、

  「くぅん……」

  と、喉が鳴った。

  「では」

  男は軽く礼を言って、廊下を歩いていく。

  「犬ころぶりも堂に入ったもんじゃねえの。本当はずっと犬になりたかったんじゃねえか?」

  [newpage]

  三

  それなりに往来のある廊下を四つん這いのまま歩く。視線やざわめきがモリタカの恥の意識を掻き立てていく。顔が熱くなるのが止められない。屈辱のためか興奮のためか、モリタカ自身にももう分からなかった。六尺の中で、ペニスだけがいきり立っていた。

  首輪を引かれる通りに手足を進めていくと、併設されたジムにたどり着く。霊魂たちはどうやら運動には興味がないようで、こちらまでくると途端に人通りが少なくなる。モリタカの手の平が床を掴むたびに、爪の先が当たるかちゃかちゃとした尾とも聞こえるほどだ。

  「運動っつったら、やっぱジムだよなあ」

  灯りの点いたジム内部には、誰もいない、

  モリタカと管理人だけである。

  設備は入り口から順に、ランニングマシン、筋力トレーニング用のマシンが並び、そして一番奥バーベルや重りの設置されたフリーウェイト、という構成になっている。管理人はその中のランニングマシンにモリタカを連れて行く。

  疑問顔を分かっているのだろうが、管理人はにやにやと笑ったまま答えずに、モリタカをランニングマシンに乗せる。肉球がコンベアのいがいがとした感触を拾う。

  マシンの上のモリタカの後ろに、管理人は回って、六尺を解く。

  「あっ……!」

  「なんだ、まだ勃起してるのか。犬扱いされるだけで興奮してるのか? けけけ、全裸に首輪で、どこから見ても変態だな」

  「うぅ……!」

  露出させられた勃起が、管理人の嘲る声に反応して、ぴくんぴくんと跳ねる。上京の異様さが興奮を加速させていく。

  かち、と電源が押され、モリタカは四つん這いのまま歩く。早歩き程度の速度だ。

  使用者の状態に合わせて安全装置が付けられているタイプではない。電動でコンベアが動き、それに着いていくタイプだ。

  管理人は、歩き始めたモリタカを一瞥すると、リードをマシンの手すりに結び付けた。

  「!」

  コンベアを降りることもできず、もちろん立ち上がることもできない絶妙な長さで。モリタカは駆動するマシンの上に取り残される。抗議する間もなく、管理人はギアを上げてしまう。

  「がふっ……!?」

  速度が少しでも遅いと、コンベアに身体を持っていかれて首が締まる。さっきまでのような互い違いに手足を出す歩法では間に合わない。両足をばねにして、ほとんど飛ぶように走るしかない。その度に、モリタカのペニスが揺れて、豊かな腹をぶつかってぺちぺちと情けない音を立てる。自分の腹に男根が当たる刺激さえわずかに甘くて、モリタカは情けなくなる。

  「はっ、はっ、はっ……」

  「けけけ、運動、つったろ?」

  「……!」

  下卑た笑いをねめつける余裕もない。遊びのないリードに首を絞められぬよう、走り続けるしかない。

  「じゃあな、しばらく楽しんでてくれや」

  「待っ……!」

  モリタカの頭をふわりと撫でて、管理人はジムから出ていく。走ることに精一杯なモリタカは止めることができない。

  駆動音とモリタカの荒い息遣いが無人のジムに響く。

  「はっ、はぁっ……! あぁっ!」

  本来は靴を履いた足が触れる場所なのだ、手の平が徐々に痛みを増してくる。関節も四つん這いの歩行に向いていない。しかし姿勢を変えることができない。

  屈辱と苦痛の火花が散り、モリタカの深いところで抗えない熱に変わる。尊厳が踏みにじられる興奮がモリタカをいきり立たせる。

  いつ終わるとも知れぬ鍛錬という機械の凌辱に、モリタカは耐えるしかない。

  ◇

  モリタカの節々は軋み、疲労の溜まった筋肉は熱を帯びて、牙の間から漏れた舌をしまう余裕もなくなるころ、ようやく管理人が現れて四足走の責め苦から解放されたのだった。

  「っあ……はあ……っ!」

  電源を落としたランニングマシンの傍ら、リノリウムの床に手を着いたまま肩で息をするモリタカ。

  「こらへばるな、まだまだメニューはあるんだぞ」

  「んぐっ!」

  強くリードを引かれてえずく。しかし管理人は緩めない、モリタカは疲労した身体を引きずって、管理人についていく。

  六尺は返してもらえず、廊下を全裸のまま進む。人気がないのが救いだった。それでも勃起は治まるそぶりを見せない。

  運動施設の集まる区画を更に進む。

  やがてモリタカの鼻に、つんとした塩素の匂いが触れた。プールだ。

  言いながら、職員用の直通のドアを使って、更衣室を経由せずにプールサイドに入る。ぶわっと塩素と水の匂いが立ち昇る。むわっとした湿気が毛皮に絡みつく。

  4レーン25mの長方形のプールだ。水を楽しむのではなく、泳ぐための設備。泳ぐ者もいないので、水は鏡のように頭上の白い蛍光灯を反射している。

  プールサイドは滑り止めと防水の素材が作られていて、肉球にはちくちくとする。わずかな凹凸が膝に食い込む。できるだけ手の平に体重をかけながら、モリタカは歩く。

  そして、プールを囲むように作られた排水溝の上で止まる。

  「けけけ、犬っころには水着もいらねえな?」

  「なっ——」

  ばしゃん、と水飛沫が上がる。お座りの体勢のまま、横ざまに水面に叩きこまれたのだ。

  途端のことで、慌てて水面から顔を出す。温水のようで冷たくはないが、それでも水を飲んでしまった。

  「げほっ、げほっ……!」

  「ほれ、泳げ泳げ」

  「ぎゃうんっ!」

  体勢を整える隙も与えてくれず、水中のいるというのに、無理矢理にリードを引かれる。こちらは水中で相手は陸だ。どうしてもこちらが遅くなってしまう。リードがあるせいで、クロールのような泳ぎはできない。邪魔にならない平泳ぎなどをしようとすると、

  「げぶっ!」

  「おい、犬の泳ぎ方くらい分かるだろ」

  「くっ……!」

  やりたい放題ではないか。

  そう思うものの、モリタカの反抗心は摘み取られていて、従ってしまう。

  首を水面に出し、水を両手でかきながら、脚をばたつかせる。

  犬かきだ。

  速度はどの泳法よりも遅いが、リードが絡むことや、管理人から警告を受けることもない。

  管理人はますます楽しそうに、時折戯れるような力加減で首を絞めながらリードを引いって歩く。モリタカは管理人にリードを引かれるまま泳ぐ。

  ……身体に水が絡む……!

  水を吸った毛皮は疲れた体には重い。空気よりもずっと水は粘っこく、抵抗が強い。口の端からは水が流れ込んでくる。少しずつ身体が沈んでいく。しかしやるしかない。

  「っはぁ……っ、はぁっ……っ!」

  「そら休むな犬っころ!」

  「うぶっ……っ!」

  休むのはもちろん、遅くても首輪を絞められれう。

  水に沈みながら、モリタカは眩む視界に痛む身体を引きずられるように、管理人の責め苦を受けるのだった。

  [newpage]

  四

  数度どころではない往復。水泳とは全身運動であり、筋力への鍛錬とはまったく異なった刺激になる。心肺——循環器・呼吸器への継続的な負荷。

  すなわち。

  「はっ……、はっ……、はあぁ……っ!」

  プールサイドに仰向けに倒れ込んで、モリタカは大きく口を開けて何度も激しい息を繰り返す。しかし足りない。酸欠でひどい頭痛がして、指の感覚も朧気だ。

  四足歩行に犬かきの屈辱鍛錬によって疲労しきった筋肉は絶えず酸素を要求し、血液は凄まじい速度で血管を巡る。肺は繰り返し収縮し、酸素と二酸化炭素を入れ替えるが、それでもモリタカの酸欠症状はしばらく治まらないだろう。

  「けけけ」

  管理人は笑っている。彼はいつの間にか全裸になっている。そのまま、横たわる彼に膝をつき、背に左手、膝裏に右手を差し込んだ。鍛錬もしているし、体形の問題もあって、モリタカはそれなりに重量がある。だが、そんなことを気にする風もなく、管理人はやすやすと抱え上げる。

  ……やはり只者ではござらんか……!

  恐らく高位の妖怪の類。それも、「アプリ」のゲームではなく東京という土地そのものの妖。土地神の類かもしれない。

  管理人は歩き出す。モリタカには、どこへ、と聞く余力もない。萎えたペニスを晒しながら、プールに隣接した施設に向けて、荷物のように運ばれていく。

  そこは温浴施設である。

  長方形の石材で組まれた空間には、温かい湯気が満ちている。かけ湯の壺からは湯がこぼれている。右手には洗い場。

  やはり無人の施設を姫抱きにされたまま進み、露天風呂に出る。

  空は夜。都会の真ん中だというのに、満天である。通常の露天風呂ならあるはずの目隠しの塀は最低限で、ほとんど自然の中に風呂があるようなものだ。

  岩を組み上げるようにして作られた浴槽に、管理人は入っていく。そして踏み段に腰かける。湯の浮力を受けるモリタカは、姫抱きの体勢から、九十度回され、後ろから抱かれるような体勢になる。浮力のおかげで姿勢を変えるのは苦ではない。ふわふわとした夢心地でさえある。

  「む……」

  温かな湯が毛皮に染みてきて、身体を緩くとろかしていく。疲れがまるで湯に溶けていくようで、モリタカは管理人に抱えられたまま喉を鳴らした。

  「よく頑張ったな」

  管理人の声が、甘く囁いた。労いの響きが確かにそこにあった。犬を褒める飼い主の響きがそこにあった。低く濁った音程は、あるいは父のものにも通じていた。権威と優しさの両輪がモリタカを崩していく。

  後ろから抱きしめられて、心地良い湯の中でそんなに優しくされてしまうと、もうだめだった。

  「……わふぅ……」

  くてん、と身体が脱力してしまう。湯の中で管理人に身体を預けると、逞しい筋肉が背もたれになってくれる。老体にしては引き締まって、筋肉の頑健な太さを保っている身体は頼もしく、モリタカを包み込むように抱き留める。背中に脂肪の柔らかさと筋肉の硬さの同居した腹が当たっている。

  思えば……このように誰かに寄りかかることもしなくなっていたでござるな……。

  強くなること。主殿を守るために鍛錬すること。そればかりだった。だから、限界を超えた有酸素運動によって緊張の極みにあった身体が、弛緩してどろどろに溶けて、誰かにもたれかかっていることそのものがあまりに甘美だった。

  と、モリタカの落ち着いた優しい気持ちを吹き飛ばすように、管理人が囁く。

  「きつ~い訓練を頑張ったワンころには……ごほうび、がいるよなあ?」

  言うが早いか、モリタカの股間に手が伸びる。それは雄根を通り過ぎ、蟻の門渡りを越えて、肛門に触れた。

  「ひあ……っ!」

  「けけけ、イイ反応すんじゃねえの」

  指先が肛門の襞をなぞる。体毛が逆立つような感じが背筋を登っていく。モリタカの神経はその感覚を容易に拾ってしまう——受け入れてしまう。

  すり……すり……と、優しくゆっくりと、指先が菊門の花びらの一片ずつを撫でる。屈辱と、確かな快楽がモリタカの背筋を震わせる。

  「あっ……あんっ……!」

  反射的に太ももを閉じてしまうが、管理人の腕を挟むだけで意味をなさない。

  もう片方の手がモリタカの胸に回り、色素の薄い乳首を摘まむ。指先でこねるようにくにくにと弄ばれる。

  「か、管理人殿……」

  「こら、『わん』だろ?」

  「きゃうっ!」

  咎めるように強くつねられ、声を漏らす。

  鋭い痛みだったが、その刺激につられて、肛門がひくんと蠢動した。モリタカの意識しないままに勃起したペニスが跳ねて、尻に回された腕を打った。

  「けけけ、メス犬め。乳首つねられて感じてんのか?」

  「んっ……んん……、あんっ!」

  おもちゃのようにくにゅくにゅと秘所も胸も弄ばれてしまう。乳輪を摘まんで左右にこねるように刺激されて、肛門が蠕動する。その収縮に乗るようにして、管理人の指が菊門に入り込んだ。

  「お、入った入った」

  「ああっ……!」

  決して細くはない指が、少しずつモリタカの胎内に潜り込む。指は淫らにうねりながら、腸肉をかき分けていく。腸液のぬめりによって、指は第二関節の最も太い箇所にさしかかる。

  「ん、ちょっと太いかね……」

  モリタカの処女地を無遠慮に広げていく男の指。

  みちみちと筋肉が伸ばされていく引きつりの中で、しかし、モリタカは痛みとは異なる感覚を拾っていた。

  「っん……」

  自らの意思に反して、肛門がきゅうきゅうと締まってしまう。輪状の筋肉に締め付けられた指は、収縮の度にわずかに角度を変えて、何かが押し出されるような感じがあった。

  「あ……、あん……っ」

  締め付けの後のわずかな弛緩を手繰り寄せるように、じりじりと指が入り込む。

  キツい……!

  モリタカは思う。しかし止められない。

  射精とも排尿とも違う、未知の感覚。

  息を整えて、尻の力を抜く。このまだ知らない感覚をもっと味わいたくて、ついこちらから、指を迎え入れてしまう。

  そしてにゅるり、と指が関節の膨らみを飲み込んだ。

  「ふあああっ……!」

  指の腹が腸壁を擦り、関節が先ほどの感覚を与える箇所に食い込んでいる。指が動かなくても、そこに太い瘤があるだけで、モリタカの腸はひくひくと甘えるように管理人の指に絡みついた。

  「あっあっ、あぁんっ……! あんっ!」

  それはペニスではなく穴で与えられるメスの快楽だ。射精という放出に向けて高まっていくのではなく、渦巻きながら深みにはまっていくような快感のぬかるみに、モリタカは引き込まれていく。

  「感度抜群、とんだ淫乱犬じゃあねえの」

  「くう……ふうぅっ……、わおんっ!」

  管理人の指がゆっくりとうねり始める。

  ただそこにあるだけではなく、ねっとりと波打つように指がモリタカの雌を刺激し始める。

  指が与える刺激は先ほどとは異なって、点ではなく面。緩やかに、しかし小刻みに、モリタカの前立腺は圧迫と解放を繰り返される。

  「はあぁ……っ! あぁんっ! あっ! あぁっ!」

  快感の質が、ペニスから与えられるものとは根底から異なっている。

  指が動く度に、ペニスは湯へ先走りを漏らしているにも関わらず、射精へ至る予感がまるでない。快感は確かに渦巻いているのに、その出口がないのだ。

  「ほれほれ……。尻撫でられて気持ちいいなあ。ええ?」

  くにゅ……くにゅ……。

  すりすり……くにくに……。

  「あ、あ、あ……」

  大きな快楽の波の予感が、恐怖に近い危機感と共にやってくる。

  肛門を貫かれたまま、モリタカは身じろぎする。しかし快楽から逃れられない。

  行き場のない快楽がモリタカの下腹に溜まっている。ぱんぱんに膨らんだ水風船にまだ快楽の水が注ぎこまれている。

  きゅっとモリタカの肛門が締まる。

  それが始まりだった。

  「やああぁぁっ……! はあぁぁっ! あんっ! ああんっ!!」

  ぎゅうううっと強く肛門が収縮する。肉壁が管理人の指を甘くしごき上げる。膨れ上がった前立腺を捉えた指は、さらに深くその柔らかな部分に食い込んでいく。

  「うむうむ、メスになっちまうなあ……」

  快楽の濁流がモリタカを押し流す。凄まじい快楽と落下感。反射的にモリタカは管理人の腕にしがみつく。太い腕は命綱のようにしっかりとしている。

  「ああっ! 拙者、拙者……っ! あああぁぁーっ!」

  犬の啼き声を振り捨ててモリタカは絶頂する。

  しかし、絶頂に耐えている間も、管理人の指は甘く優しく前立腺をこねくり回している。

  ある種の絶頂はスタックする。絶頂後の虚脱がないまま、次の絶頂が来る。モリタカの神経が一つの絶頂を処理し終えた途端、次の波が来た。

  「やっ——、か、管理人殿っ! 管理人殿ぉ……っ!」

  「二回目メスイキだ、けけけ」

  夢心地のような気持ちよさでモリタカの前立腺を愛撫している管理人の指。射精を迎えない刺激は甘くとろけるような快感で神経に絡みつく。

  快楽をごまかそうと唇を噛むが、胃から区で焼き切れた脳は痛みをうまく受け取らない。

  確かに管理人の指は気持ちいいのだ。しかし、終わりがない。

  無限に水をため込む入れ物がないように、どんな快感も終わりがなければ苦痛になる。

  おかしくなってしまう……!

  「ああ……っ! やああぁぁ……っ!!」

  「んん? こら、暴れるな」

  も、もう嫌だ……!

  射精したい、射精したい、射精したい……!

  「イ、イかせて下され……! 拙者、もう、もう……」

  「まったく、若い者はこらえ性がなくていかんな。そら、またメスイキだ」

  「はあぁん……っ!」

  くにゅう、と前立腺が押される。

  管理人の指に導かれて、絶頂の波がまたやってくる。

  肛門が締まる。腸壁がうねる。

  波に岩が削れるように、モリタカの意識が削れていく。涙に濡れた瞳は快楽によどみ、唇からは唾液がこぼれて、湯面に落ちていた。

  「管理人殿ぉ……! もっ、もう、拙者ぁ……」

  腰をはしたなく揺らしながら、少しでも快楽の終わりを近づけようと、モリタカが甘える。声は媚びがべったりと張り付いていた。

  「まったく。イきたいならイけばいいだろう。射精しないで苦しんでるのはお前の方だぞ?」

  「あうぅ……。し、しかし……」

  曖昧な唸り声を上げて、もじもじとモリタカは尻を揺らす。

  前を触ってもらわないと、射精ができないのだ。

  精神を持っていかれるような絶頂でも、ペニスは張り詰めはするものの、その先に行けない。

  「……甘えん坊のワンころめ。今回だけだ」

  言いながら、管理人は前立腺を柔らかく圧迫したまま、乳首を愛撫していた指をモリタカのペニスに向けた。

  「はうぅぅ……!」

  「ほれ、犬は何と言うんだったかね?」

  「あ、……あんっ!」

  「うむうむ。啼くのをやめたら射精はお預けだ、気張れよメス犬」

  管理人は満足げにうなずくと、前立腺への優しい刺激を続け、ペニスを扱き始める。

  ちゅこちゅこちゅこ……。

  動き自体は単純な、握った手を上下させるというもの。

  しかし、さんざんメスイキを繰り返させられたモリタカのペニスにはそれで十分だった。

  「あんっ! あぁんっ! わんっ!」

  せっかく与えてもらった前への刺激だ——屈辱に心を這わせてモリタカが犬の啼き声を必死で真似る。

  そして管理人の剛健な身体に包まれて、彼は湯の中に大量に射精したのだった。

  ◇

  翌日、管理人はこれまでと全く変わらない風で、モリタカの帰宅を見送った。

  まるで夢のように、夜のことはどちらも触れないまま解散したのだった。

  帰寮後、夕食とシャワーを済ませたモリタカは自室の寝床に潜り込む。

  しかし……とんでもない目に遭ってしまった。

  決して嫌だったわけではないが、かといってまたしたいわけでも……もごもご。

  そう思いながら、宿泊施設のサイトを調べてみると、そこにはモリタカが泊った場所とは似ても似つかぬ施設であった。内装も、雰囲気も違っており、何より、管理人は小柄な獣人だったのである。

  「……では……あの山のことは……?」

  と、口に出して、しまった、と思った。

  しかし手遅れだ。

  「山と聞いて!!」

  「ザ、ザオウ殿……!」

  ばん、と扉を開けて山岳部の部長が入ってくる。

  消灯も近いのに登山服姿だ。

  とはいえ先輩である。モリタカは慌ててベッドから降りて立ち上がる。ザオウはモリタカの顔をじっとのぞき込んで、怪訝な顔をした。

  「む、後輩、なんだか狐につままれた顔をしているな?」

  「お、お分かりになりますか」

  「あれだな? 山で泊ったはずの宿が実際にはどこにもない……そういうことがあったのではないか?」

  「…………」

  さすがと言えばいいのかなんなのか。

  山のこととなると、この先輩は何でもお見通しである。

  「もしかして……拙者の山修行を見ておられたのでござりますか?」

  「んむ? いや、見てはいないが、山のことなら多少はな」

  「そうでござるか……」

  モリタカの痴態を見ていれば、さすがにこのような態度ではないはずだ。恐らく。きっと。たぶん。

  山の征服者なのだから、山の怪異にも造詣が深いのだろう、とモリタカは思うことにする。

  「その……先輩のおっしゃる通りでござります。確かにお世話になっていたのでありもうすが……」

  「そういうことはよくあるんだ。ほら、山の神っていうのは、田の神も兼ねることがあるから成長だとか豊穣を司ることがあって——まあ、ありていに言えば面倒見がいいんだ。後輩が真面目に修行をしているのを労いたくなったんだろう」

  「ふうむ……」

  それにしてはなかなか過激な労いではあったが。

  そういうことも……、まあ、あるか。なにしろ神のやることなのだ。こちらの論理で推しはかったところで、筋が通ることもあるまい。

  くるりとザオウが部屋に視線を巡らせる。

  「その様子だと山から帰って来たばかりか……余裕があったら山に誘おうと思ったのだが。ゆっくり休むといい。邪魔してしまったな、すまない」

  ザオウが部屋を辞する。

  ぱたんと閉じたドアに背を向けて、モリタカは再びベッドに戻る。そして、またスマホを取り出した。

  画面の上部に「アプリ」の通知が溜まっていた。ザオウと話しているうちに連続で届いたらしい。

  しかし日の沈んだ今になって……?

  気になって開いてみると、連絡先不明の相手から画像が送られていた。

  開く。

  「ひ、ひええ……」

  モリタカの痴態の写真だ。確かに何枚も写真を撮られていた。しかし、廊下を四つん這いになっていたり、露天風呂でしごかれている場面だったりと、知らないうちに何枚も撮られている。

  慌てて彼は画面を閉じてスマホをうつぶせにする。

  しかし、すぐに起き上がって、画像をシークレットフォルダに移動させたのだった。