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______寒い。お腹すいた。暗い。
胃を締め付けるような飢餓感と斬るような寒さによりぼーっとする頭で、自身の体に降り積もっていく雪を眺める。
屋根の代わりにもならない雑木林の中、私は十数回めだろうか…はっきり数えるのは途中でやめた月明かりの下で、体温を逃さないように必死に膝を抱え丸まった。
つららのような無慈悲な風が吹くたび、手先とつま先を丸めるがしもやけとあかぎれにより鋭い痛みが走る。
「にゃーーん…」
お腹すいたと呟いたつもりだったけど、あぁなんだもう充電切れか。それを自覚したのと同時に、段々と目が霞んでまぶたが重くなっていく。
ただの睡魔かそれとも次に目を覚ますと川のほとりなのか。せめて最期に美味しいご飯食べたかったな…と思った途端、私の視界はブラックアウトした。
「っあ"ぁあ!!くっっそさみぃ!九井あの野郎!」
三途は麻袋に包んだモノをずりずりと乱雑に後ろ手でひきずりながら、これまた乱雑に車のトランクに投げていく。
ぽーいっと軽やかな動きはさながらバッターのようだが彼が扱ってるのは金属バットではない。"人だったモノ"である。
なんだってこんな極寒の日に荷物運びなんだとブツブツ文句を言う三途に、蘭は車の助手席から楽しそうに茶化す。
「そーら、頑張れ頑張れ春千夜くん♡」
「うるせぇ!!歩く能無し腐れチンコが!大体いつまでてめぇらは車内にいんだよ、さっさとこっち手伝え!あと何体残ってると思ってんだ!」
機関車のように白い息を吐きながら怒鳴る彼をみて蘭と竜胆は「えーーそんな寒いとこ行くと凍っちゃうよぉ」「春千夜くん女子にぜーんぜん優しくないよね〜あたしきらーい」なんてぶりぶりきゃぴきゃぴしながら暖かい車内にいながらからかう。
「………」
同時にこめかみに青筋を立てた三途が、静かに鈍色に光る銃を蘭達に向ける。
「オーケーわかったよハニー。そんな怒んなって。美人な顔が台無しだぜ?」
「これからはちゃんと記念日にリングがついた薔薇渡してやるから」
命惜しいと言ったふうに両手を挙げた彼らは、素早くドアを開閉し降り積もった雪へと足を踏み出した。
_____その時、竜胆の耳にかすかにか細い声が届く。
「にゃーーん……」
こんな雪山に猫?普段、路地裏だろうが高架下だろうが動物の鳴き声なんて振り向きもしないが場所が場所なので聞こえた辺りを見つめじっと耳を澄ます。
「兄ちゃん、聞こえた?」
「えなにが」
「猫いるっぽい」
「はぁ?猫ぉ??お前んなの趣味だっけ」
寒いやら早く帰りたいやらで機嫌が少し悪くなっている蘭はめんどくさそうに眉をしかめ三途の手伝いへと向かおうとするが、強引にスーツの裾を引っ張られたため半歩後ろに戻る。
「一回!一回みてみようぜ」
「別に山に猫くらいいるだろ。何も珍しいことじゃねぇし寒すぎて俺死にそーなんだけ」
「レアポケモンだったらどうすんだよ」
「行く」
やっとこちらに向かってこようとしていた灰谷兄弟達が踵を返して雑木林に向かっていく背を眺め、あ、もうこいつら置いて今のうちに車で山降ろう。と三途は冷え切った脳みそで考えた。
しかし熟考した結果、あいつらの仕返しがとんでもなくねちこそうなので片手で掴んでいた死体の脚を離す。
「クソがっ!!お前らあとでまとめてスクラップな!」
二人揃った灰谷兄弟の仕返しほどメンドくさいことはない。
共に梵天で働く彼はそれを嫌でも知っていたので、声を荒げながらザッザッと大股で雪に革靴を沈めついて行くのであった。
「この辺りだった気が…あ!いた!兄貴ほら」
「え、ちっさ。てかこれ生きてんの?」
樹皮がめくれた根元には目を凝らさなければわからないほど雪と同色で小さい子猫がいた。所々黒い模様があるお陰でなんとか見つけ出せたが、小さい体をさらに小さく丸めており息をしているのかも危うい。
「おいクソ谷兄弟。なに見てんだよ…んだこれ猫畜生か」
死んでるんじゃねと三途は屈んで小枝で突くが反応はなく、雪に熱を奪われた子猫の体温は冷え切ったガラス窓のように冷たい。
「いや数分前まで鳴いてたからたしかに違いないって。ちょっとどいて」
そっと膝をつき心臓が動いてるであろう場所に手を置く。
「…動いてる。コイツまだ生きてる」
「なに竜胆、飼いたいの?兄ちゃんだけじゃダメなの?」
俺世話なんて出来ねぇよと言いながら弟と同じくそっと猫に触れる。
スーツを伝って膝が凍っていく感覚など気にせず二人して真剣に猫をまじまじと見、そして同時に三途を見上げる。
「あ?こっち見んなクソ谷兄弟。もういいだろ早く戻ってゴミ処理すんぞ。おい見るなって!!うちでは飼えねぇーからな!そこに置いとけ!!」
騒ぐヤク中を無視して蘭はおもむろに子猫をすくって抱き上げた。竜胆は着ていたジャケットを脱いで猫を不器用に包む。
そして兄弟二人はもう一度三途を見た。
まるでおもちゃコーナーで欲しい物を買ってもらうために駄々を捏ねるだけでなく、少し知恵がついて不動を貫き目で訴えるスタイルを会得した子供の如くである。
三途は二人がこうなったら例え真横で核戦争や隕石が落ちても動かないと知っている為、盛大なため息をついて無言で踵を返す。何もかも面倒になったのだ。
肯定だと受け取った兄弟二人はニッコニコな笑顔で降りしきる雪の中、軽やかに元いた場所へ歩を進めた。
「三途ん家ってキャットタワーとか猫の餌とかある?」
暖房が効いた黒塗りのセダンは滑らかにネオンが光る高速道路を駛走する。
あれから灰谷たちは稀に見る速さでゴミをトランクに積みワンコールで出た部下に処理を任せ梵天への帰り道を三途に運転させていた。
ここまでするということは彼らは大の猫好きなのでは?と思われるが、ただの"気まぐれ"である。幹部ということもあり激務に追われボロボロになりベッドに辿り着くまでもなく気絶同然に眠る日々。疲れた人間が求めるのはそう、癒しである。
酒女タバコだけでは足りない癒し成分を補う為開いたYouTubeでたまたま目についた子猫動画を見た瞬間、一筋の涙が頬を伝ったのだ。
これがただの眼精疲労と知る由もない二人は、あぁ天国はここにあったとばかりに片っ端から子猫動画を見ては足りない心の中の何かが満たされていくような気がした。ただの眼精疲労だが。
「いやコイツ持ってたとしてもラリったとき自分で使うだろ。味覚ねぇからうまそうにボリボリ餌食ってんじゃね。キャットタワーの頂点で」
「おいドブカス。今すぐ畜生ごとお前をここでおろしてひき肉にしてやろうか」
一方で三途は元々潔癖の性もあり、動物には一切の興味はない。ましてや可愛いなんて微塵も思ったことなく、動物とはそこらへんのゴミを食ってドブ水を啜ってるもんだと認識している。街中で犬を散歩させてる奴らを見てはラットに新薬を摂取させて反応を観察してる時間の方が有意義だろと本気で思っている。それが三途春千夜という男だ。
「仕方ない。無いなら買うしかないよなぁ、この近くにドンキある?あそこなら大抵そろうだろ」
「竜胆ナイス。会計は春ちゃん持ちなー」
「いい加減にしろゲロシャブ野郎が!お前らで勝手にタクでも拾って行ってこい。俺ぁ先に戻ってボスに報告する。てか一生戻ってくんな。おらUSBさっさと渡せ!」
赤信号になったタイミングでこちらに見向きもせず手だけ差し出すが、中々USBが渡されない為急かすように人差し指を何度かクイっと動かす。
「静かにしてくんね?俺いま腕に小さき命抱えてんだから。尊き生命の灯火が消えたらどう責任とんの?」
「急に語彙力あがんのキモ…」
信号の赤と色とりどりのネオンに照らされた三途の後ろ姿は見なくとも最高に眉間にシワを寄せてるであろう。
結局今回の報告に必要不可欠なUSBが蘭の手元から離されることなく、ドンキに向かうしかなかった彼は通りすがりの半グレを手当たり次第蹴ったり殴ったりした。
完全なるやつあたりでこうして無駄な犠牲者が増え、新宿の街は今日も賑やかに夜を迎えるのである。
同日梵天本社にて。
「____やっぱ__方が__」
「___のとき__」
「いやでも_____」
頭上でぼんやり声がする。段々と意識が浮上し耳を澄ますと聴こえてくるのはどうやら男の人の声だ。
ゆっくりまぶたを上げると眩しい蛍光灯の光が入り思わず目をつぶる。
「にゃ…」
意識せずに出した声に男たちはぴたりと動きを止め一斉にこちらを振り返る。
高い位置にいて逆光になっている為、顔が見えず人というよりかは大きな柱が立っているみたいで威圧感があり、ビクッと体が反射した。
「起きた!目ぇ覚ました!やっぱ湯たんぽであっためて正解だったわ」
紫色でキノコみたいな頭をした男が嬉しそうに笑って隣にいる同じく紫色のサッパリ頭の男の肩を掴み揺らしている。
「すんげー綺麗な目してんじゃん。顔シワシワだけど」
サッパリ頭の男は「よーちよち♡」と甘ったるい声で私の頬を撫でる。くすぐったい。
「え、名前なにする?どうしよ兄貴おれ今日寝れねーかも」
「そうだなぁ〜…じゃあ殺生丸」
「それテメェんとこの新入り嬢がクジで決めた源氏名じゃねぇか」
かなり大きな音と共に白髪の男がサッパリ男の後頭部を丸めた書類で叩いた。
完全に目が覚めた私は現在どこにいるのか確かめる為立とうとするが、力を入れたはずの足は何故か柔らかいマットにへばりついたままだ。
「やっぱ相当弱ってんな。明日オフのやついる?早めに病院連れてった方がいいよな」
「夜間で空いてるとこない?三途調べてくんね」
「ググれカス」
どうやらソファでだるそうに足を組み仰向けに沈んでてる男はサンズというらしい。ピンクの綺麗な髪色をしてるのにお口が悪く行儀も悪い上、紫の人達と仲も悪そうだ。
「ミルクあっためたぞー。人肌ってこんくらいでいいのか?」
軽快な家電音と共に白髪の男が持ってきたそれが鼻腔をかすめる。
「ッンミ!みゃあ!みゃああ!」
そうだ。私お腹すごく空いてるんだった。急なことがありすぎて忘れていたが、一度ミルクの匂いを認知すると遅れてきたかのようにお腹が鳴る。
「急に元気なったなお前。ほら慌てずゆっくり飲め。後で病院つれてってやるからそれまでたらふく腹膨らませとけよ」
優しく私の背を撫でながらミルクを置いてくれた白髪の男の口は微かに弧を描いてる。
この人は優しい人だとインプットし、鼻につくことも気にせずガブガブとミルクを飲む。
その様子を紫の男たちは四角い板をこちらに向け「後でエアドロして」「兄ちゃんもな」と楽しそうに話していた。
久方ぶりの栄養を補給しお腹もぱんぱんになったと同時にまた瞼が重くなる。
雪山とは違い今度は食後の満足感による眠気だ。
「ねえみて竜胆。めっちゃ腹ぱんぱん」
「膨らみすぎじゃんツチノコみたい。これ破裂して死なない?大丈夫だよな?」
「そこまでやわじゃねーよ猫は」
屈みながら私を取り囲んで話す男たちは顔は怖いがどうやら悪い人じゃなさそうだ。
誰かのおっきくて温かい手が私を抱き上げた。再び遠のく意識で、美味しいミルクをありがとうとお礼を言えたらいいなと思い固い男の腕の中で目を閉じた。
チュン__チュチュン____
「は?」
灰谷竜胆は戦慄していた。しばらくぶりにスッキリ快眠でき、爽やかな朝を迎えたのにもかかわらず今自分が目にしている現状を受け入れられないでいた。
見間違いでなければ自分の真隣に女がいる。朝チュン経験なら幾度もあるが、昨晩は子猫を病院に連れて行ってそのまま自宅に直帰したはずだ。しかもどう見ても未成年のようなおぼこい顔立ちをしており、なによりそう、彼が驚いたのは女に"猫耳"が付いてることである。
黒壇の髪と真逆の白い耳は、カーテン越しの光を通してピンク色に透けている。
肌は真っ白で、職人が丹精込めてつけた羽毛のようなまつ毛は影を落とし気持ちよさそうに寝息を立てている。
竜胆は必死に灰色の脳細胞を活性化させ、一つの仮説に辿り着いた。しかし確証が持てなかったため、そぉーっと女に近づき耳に触れてみる。
「んん…」
「ホンモノじゃん…」
触れた瞬間弾くように動いた耳に空いた口が塞がらなかった。
それならばとゆっくり足元の布団を捲るとしなやかに伸びた白いしっぽが見えた。さらに問題なのははっきりと確認してないが女が全裸であるかもしれないってことだ。
一体俺が何したんだってばよと寝起きの竜胆は天を仰ぐ。
今すぐにでも兄を叩き起こして事実確認をしたいが、なんせ寝起きの兄は低血圧なため大層機嫌が悪い。朝から二重での面倒ごとは避けたいので一旦自身の着ていたスウェットを脱いで女に被せた。
着せるなんて野暮なことはできない。YES未成年ノータッチだ。そのまま起こさないように女の反応を伺いながら静かにかつ素早くベッドから降り、壁側に背をくっつけてドアを閉める直前まで目を離さず全神経を使って去っていく。
これはクマと遭遇した時の対処と全く同じである。
***
高層階の開放的なガラス張りのリビングから覗くビル群は、朝霞と太陽の光に包まれ主張強く乱反射している。
竜胆は深く息を吸い込み死んだ目で
「俺には心の休息が足りてないんだ」
そう呟きながら右手に握ったスマホでこころの健康相談ダイヤルに電話をかけた。
______続く
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