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梵天でお手伝い

  夢を見ていた。

  そこでの私は毎日美味しいものをお腹いっぱい食べ、誰かと笑いあって一人寂しく膝を抱え俯くことはなかった。

  いいなぁなんて思うのは贅沢だろうか。

  楽しそうな情景と笑い声は次第に光に包まれ遠のいていく。

  『幸せになって』

  会いたいよ____

  「お母さん、」

  柔らかな風を含んでゆらゆら揺れるカーテン。その隙間から漏れる朝日が目を掠めた。

  はっきりしていく部屋の輪郭に寝起きの頭をフル回転させる。

  どこだろう、ここ。

  コンクリート調の壁とシックな黒の腰板。おそらく夜はあそこから間接照明が照らされるのだろう。

  全体的に大人の部屋という感じで落ち着かない。

  「?」

  慣れない匂いがすると思い布団を捲ると、上半身におっきなトレーナーが重ねられていた。

  すん、と遠慮がちに嗅いでみるとこれまた大人っぽいスモーキーな甘い匂いがした。

  そこでやっと自身の体が元に戻ったことに気付く。

  まだ少し温かいこれは、置いていってくれたのだろうか。

  確かに裸のままだと見苦しいか。

  もそもそと頭と腕を通してみたがかなり大きくて太ももあたりまである。

  やはり住んでいるのは男か…。

  男、

  男…。

  「えっ、売られた?私ついに売られた…??」

  ピャッと恐怖で耳と尻尾が真上にあがり、冴えた脳が警報を鳴らす。

  見知らぬ天井とベッドの上で目覚めると裸。

  あまり知識のない私でも分かる。

  これから腎臓を取られるのだと。

  もう少しで、あの扉から身長2mの巨体で顔や腕にモンスターの爪痕だらけ眼帯の強面おじさんが、血濡れたエプロンを着て拷問器具をガラガラ運んでくるんだ。

  彼女は震えながら羽毛布団を抱き寄せる。

  かくなる上はここからの脱出。

  ターゲットが気付かぬうちに部屋を抜け出し、出口を目指してミッションコンプリートだ。

  ピンと立てた耳を澄まして音を拾う。

  離れたところから足音が聞こえる。

  おそらく男は一人だろう。

  なにやらカチャカチャ鳴らしているが、まだ準備中ならこちらが優勢だ。

  チャンス!と勢いをつけ軽やかにベッドから降り、ドアの隙間から外の様子を伺う。しかし目の前は壁でありこの部屋は廊下にあることがわかった。

  左をみるとリビングに続くドアが半開きになっている。

  出口はあそこを抜けたとこだろうか?

  「ふぅー…」

  深呼吸して抜き足差し足でリビングへと向かう。

  あと少し___。あともう少しで______。

  「お前誰?」

  「きゃあああ!!!」

  「うるさっ」

  背後から忍び寄る影に気付かなかった彼女はお手本のような叫び声をあげた。

  浅い呼吸をしながらギギギ、と壊れかけのブリキ人形のように振り返るとかなり背の高い紫髪の男がいた。

  男は寝起きだろうか、不機嫌そうに首を回しながらボサボサの前髪越しに私を睨む。

  あまりの威圧感に唾液を嚥下しながら半歩後退した。

  「兄貴どうした?!」

  「いやぁあ!!もう一人いた!」

  目的地だったリビングから男が何事かと慌ててやってくる。

  終わった。挟まれた。

  今日こそ命日だと悟り、音のない涙を流した。

  「竜胆ー、なんか家に知らねぇ女いるんだけど。遊ぶなら俺が起きる前に返しとけよ」

  「いや、ちがくて、」

  「は?言いたいことあるんならハッキリ言えよ」

  一触即発な彼らに挟まれながら戦意を失った彼女は、一周回って冷静になった頭で喧嘩なら他所でやってくれませんかねと遠い目をしていた。

  「ん?てかなにこの猫耳。そういうプレイ?」

  おもしれーなんて言われながら突然耳をつままれる。

  「いっ、やだ離して」

  「は、え?本物?えっ、てかその尻尾も?」

  「シャー!」

  尻尾も掴まれそうになったため即座に威嚇する。

  私だって怒ると怖いんだから、と女は必死にシャーシャー威嚇するが、人の骨を笑顔で折って音を楽しむ阿修羅のような二人には赤ん坊があうあう言ってぷりぷり怒ってるのと同じだった。

  「それよりなーんかどっかで見たことあんな。まさかお前、」

  「そのまさかだよ兄貴」

  顎をさすりながら思案する男と、汗を垂らしながらこちらを見下ろす男の顔を改めてよく見つめた。

  あれ?どっかで見たことあるかもこの紫頭。

  確かそう、一人はこんな感じでキノコ頭でもう一人は…

  「ああ昨日拾った子猫か!」

  「昨日拾ってくれたサッパリ頭!」

  お前か!と互いに指をさし固まる。

  入れ替わった二人の物語が動き出す軽快なメロディーが始まる______

  訳でもなく無駄に広い廊下で彼女達のやまびこがこだました。

  ▽

  「俺白猫の獣人は初めて見たわー。てかこんな面白いこと起きてたんなら早く起こせよな竜胆」

  「兄貴いつも寝起き機嫌最悪じゃん。朝から一か八かのギャンブルなんてしたくねぇよ」

  食器があたる音が広々とした光の差すリビングに響く。

  あれから朝の支度を共にし180度機嫌が良くなったサッパリ男こと蘭は、「そっかそっかぁ♡」と女の手を引いてご丁寧にテーブル席までエスコートして座らせた。

  何がそっかで何を納得したのか聞くのが怖かったので、大人しくされるがままである。

  竜胆はこんがり狐色に焼いた冷凍のハッシュドポテトと、オムレツを目指して作ったが失敗に終わりごまかしたスクランブルエッグのプレートを置く。

  猫舌なのでふぅふぅ冷ましていたが、蘭がプレートごと奪い取り一口大に切って冷めたものから親鳥のように餌付けしていた。

  あまりの兄の変わりように竜胆は若干、いやかなり引いていた。

  彼はいまだに困惑していたのだ。

  なぜなら獣人が本来の姿に戻ったところを見たことがないので、拾ったときただの子猫だと思っていたからだ。

  まさか獣人の少女だったとは。病院で軽い脱水と栄養失調を起こしていると診断されたから今は少し痩せ細っているが、これからたらふく食わせればぺっぴんさんになるだろうと窺えるほどおっきな猫目がキュートでかなり可愛かった。

  正直どタイプである。昔の自分ならアタックしていたが、この年にもなると少女にはもはや親や兄のような心持ちになってしまう。それに昨日子猫の姿だったこの子を胸に抱いたんだ。これから俺が立派に育てないと。

  湧き出す母性と責任感でそれまでの困惑を打ち負かし、無言で彼女の頭をぐりぐり撫でた。

  「急にどうしたの?リンドー」

  「ははっ、竜胆顔真っ赤」

  「うるさい」

  久々の人との温かい食事に緩みきった頬を抑えることなんてできない少女は腎臓とられなくてほんと良かったとしみじみしながら、口に運ばれてくるしょっぱいスクランブルエッグを食べた。

  「そういや名前ある?まずなんで雪山なんかにいたんだ」

  朝食替わりのプロテインを飲みながら竜胆がキッチン越しに問う。

  あれからきっちりデザートのいちごヨーグルトまでいただいた少女は満腹になったお腹をさすりながら彼を見上げる。

  「ルリ。目が瑠璃色だから。お母さんがつけてくれた」

  「随分安直だな」

  蘭は横で暇そうにルリの髪の毛をいじりながら気だるげに会話に参加する。

  「気に入ってるからいいもん。山にいたのは施設から脱走して、」

  「施設?」

  ピタ、と兄弟二人の手が止まる。

  ルリは彼らの様子を特に気にすることもなく話を続けた。

  「うん。広くて真っ白な部屋がいっぱい並んでて、先生達も白衣着てて真っ白だった。そこにはお母さんと別れたあとだから…えと、5年くらいいたよ」

  上の方に視線を移し指折り施設にいた年数を数えるルリを見たまま二人は固まったままだ。

  「お前今いくつ?施設ってどんな施設?」

  沈黙を破った蘭が矢継ぎ早に彼女の肩を掴む。

  指先に力が入っており少し痛いが、彼の目が瞳孔をかっぴらいていたため怖くて注意することもできず、再度口を開く。

  「こ、今年で17、だったはず。それで施設にはおんなじ耳付きの子いっぱいいた。私は白猫で珍しいねってよく先生たちが言ってた」

  「チッ、収容所の方か。面倒なことになった」

  「最悪だな」

  蘭と竜胆は互いに顔を歪め、腹の底から煮え返る苛立ちを隠そうともせず近くにあった椅子を力強く蹴る。

  床と衝突した音に驚いた彼女は咄嗟に耳を伏せる。

  どうしよう、怒らせちゃったのかな。どうしよう私のせい?

  「で、でも先生たちみんな優しかったよ!院長はたまに飴くれるの。棒付きよ」

  二人が怖い顔をしているのは院長たちの優しさが伝わってないのかもしれない。

  なんとか二人を宥めようと空元気に身振り手振り当時の様子を必死に思い出し教える。

  それに反して彼らの顔はますます険しくなるばかりだ。

  この世界の人口の約3割は獣人である。

  生まれながらに多種多様な動物の耳としっぽを持つ彼らは、人間より遥かに高い身体能力を授かる。

  容姿こそ違うが、扱いは人同然で法も人権も当たり前に適用する。

  がしかし、一部の国や地域での扱いは奴隷と同じである。人と違う容姿、人には無いものがある異物感。

  いつだって人間は自分達とは違う存在を忌み嫌ってきた。

  平和の象徴日本ではもちろんそのようなぞんざいな扱われることはない。何故なら獣人を人として扱わず暴行や危害を加えた場合即ブタ箱行きだからだ。

  けれども一握りの例外はやはりどこの国でもいるもので、獣人のなかでも選りすぐりの少女を攫って薬で堕とし専用の店で売春させたり、特に身体能力と持久力が高い犬の獣人は紛争が起こっている国に斡旋され少年兵として戦闘マシーンに育て上げられる。

  一昔前までは日本でもこのようなことが相次ぎ、政府はそれらを食い止めるために新たな団体を公式的に立ち上げたのだ。

  獣人保護団体。

  一般の保護団体と変わらないが、獣人を守ることを徹底としている。二度と悲劇を繰り返さないために、今では様々なサポート体制や施設が拠点である東京を中心に各地に設営された。

  これにより獣人を扱った犯罪は激減し、一件落着のように思たが水面下ではそうではなかった。

  法的に設営したため政府から給付される多額の資金。

  それをくすねる目的で代表として着任する者がいないわけではなかった。

  獣人の保護活動をするにあたってひとつ守らなければいけない鉄則がある。

  "獣人のみを保護しないこと"

  人と獣人の平等性を育むことを目的としているためだ。人間と違う姿をしているから人ではないと思う者。また、獣人の中には人より自分達の方が優れていると思っている者がいる。

  その間で齟齬が生じないよう、獣人保護団体の施設、特に孤児院ではメインは獣人であるが、人の子も平等に保護しているのだ。

  先程ルリが脱走してきたと言う収容所は鉄則に違反して、獣人のみ保護している所だ。

  表面上では他の施設と変わりなく活動をしているようだが耳付きがいっぱいいた発言が事実だとするとそこは完全に黒だ。

  収容所の院長とやらはどうやら相当頭がキレるやつらしい。いつ設立されてどこにあるのかまだ分からないが、ニュースになっていないのを考えるとウラと繋がってる可能性が高い。

  蘭は以前、六本木のバーで収容所で働いていたという男から聞いた話がある。

  あそこでも獣人の扱いは2種類あってな。

  一つは人間より耐性が優れた丈夫な体を使った実験。

  もう一つは容姿の整った個体はさまざまな界隈の好事家による需要のため丁重にされるんだ。

  理由は至極簡単で、専門のオークションで高く売れるからさ。ペットとして飼われるだけならまだマシでひどい場合だと変態に引き取られたら性奴隷、サイコパスいかれ野郎に引き取られたら喰われる。迷信に過ぎないのに未だに獣人の肉は滋養強壮にいいだとか長寿の秘訣だとか信じる馬鹿がいてな。

  さすがにイカれてると思ったよ。

  いくら高給取りだからってあんな腐ったとこにいるもんじゃないね。

  喉が焼けるほど強いタバコを吸いながら男は目を掠め話していた。

  酒のつまみ程度に適当に聞いていたがまさか本当に実在したんだと、暗い照明の下で度数の高い酒を煽っていた男の横顔が浮かぶ。

  けれどこのクソみたいな収容所の話を聞いたとて、自分達にできることは何もない。

  管轄外だからだ。ウラと繋がってるならそこを潰せばいいが根本的解決にならないし、別に自ら政府に首を突っ込むバカなことはしない。反社なので。

  唯一できることとすれば、今目の前にいる少女が連れ戻されないよう自分達で匿うだけである。

  「いいかルリ、俺らが帰ってくるまで絶対家から出るんじゃないぞ。分かったな?」

  先程とは違い、目線を合わせ優しく子どもに言い聞かせるように伝える。

  竜胆もご飯はレンチンするやつ冷凍庫あるからと開けて見せた。

  「晩飯は美味しいとこのやつ出前で頼むから楽しみにしてろよ」

  大きい手のひらでポンポン頭を撫でられる。

  「じゃあ夜までいい子にしててな〜。22時いや、23時…ま、日付変わる前に帰ってくるわ」

  「ランちゃんたちどこ行くの?」

  スーツを羽織り、袖口を整えながら玄関に向かう彼らの背に小走りでついていく。

  「お仕事♡ルリちゃん養うためにお兄さんたち頑張ってくんね」

  「おしごと」

  「出来るだけ早く帰ってくるからな」

  「ルリ一人でお留守番…?」

  革靴を履こうしていた竜胆はスーツの裾を引っ張られ振り向く。

  「暗くなるまで帰ってこないの」

  寂しげに耳と尻尾を項垂れさせながら見上げるルリ。

  目を押さえ天を仰ぐ蘭。続けて竜胆もモスキート音を出しながら口元を押さえた。

  ▽

  「んで、お前らバカ二人は遅刻した上素性も知らぬ女を連れて出社したわけだ」

  九井は眉間を揉みながらでかく長いため息をつく。

  「よく見てココ。この子見覚えない?」

  「あ?」

  ずいっと竜胆に肩を抱かれルリは前に出される。

  目一杯背筋を伸ばした彼女を穴が開くほど見つめた。

  彼女もまた、瑠璃色の瞳で瞬きせずに見つめ返す。

  「お前…いや、おいおいマジか」

  「マジもおおマジよ。ちなみに収容所出身でーす。な、ルリ」

  「うん。耳付きパラダイス」

  「マジかぁあ…」

  なんだってお前らは面倒ごとばかり。そう言いながら九井はセットした髪の毛を気にすることもなく意味のない母音の羅列言葉と共に項垂れる。

  季節は12月。

  フロント企業の決算期でクソ忙しい時に、悪魔のような兄弟が無邪気に拾ってきた猫が獣人な上、収容所出身だなんて。

  ただの猫であればときたまちゅーるでも買って、これお前ん家の猫に食わせてあげろよべべべべ別にたまたま寄ったドンキで買っただけでお前らのためじゃねーからなと言えたのに。

  「とりあえずお前ら2人のどちらかソイツを家に置いてこい。ここは託児所でも猫カフェでもねぇ」

  しっしっと手で振り払い、書類に目を戻す。

  「ほんと薄情な男だな。仕方ねぇ、帰ろっかルリちゃん」

  ルリの頭をひと撫でしながら彼女の右手を握る蘭。

  どうやら彼が自宅に帰すことにしたらしい。

  「あ!待ってランちゃん」

  「ココさん」

  「…なんだ」

  まさか自分のところにくると思ってなかった九井は少し警戒しながら見上げる。

  瞬きするたびバチッと音が鳴りそうなほど迫力のあるキャッツアイに思わず固唾を飲む。

  人間離れした瑠璃色の瞳は見れば見るほど吸い寄せられそうだ。

  「美味しいミルクをありがとう」

  「!」

  とろけるような笑顔を向けられ彼は石化した。こんな純粋無垢な笑顔を見たのはいつぶりだろうか…。

  右を見ればヤク中。

  左を見れば極悪非道の兄弟。

  下を見れば疑心暗鬼の世界と血溜まり。

  産まれたての赤ん坊のように輝く汚れの知らない瞳に九井は半分砂になりながらつぅーっと音もなく涙を流した。

  のちに彼がオカンと呼ばれ誰よりもルリを甲斐甲斐しく世話をし風邪ひかないようにとブランケットをかけポンポンお腹を叩きながら子守唄を歌うようになるのはまだ少し後の話。

  「ルリ。この書類あの棚2番目の引き出しに入れてくれるか」

  「はーい」

  あれから結局彼女は梵天にいた方が安全だろうということで取引先との打ち合わせで出払っている灰谷兄弟が帰ってくる間、九井のいるオフィスで簡単なお手伝いをすることになった。正直ちょっと、いやかなり賢さの面で心配したがテキパキと書類整理してくれるのをみて杞憂だったなと温かい目で見守る。

  しかし彼の元来の目つきの悪さによりガンつけられてると思ったルリは、冷や汗をかきながら一所懸命迅速な速さで書類を棚にぶち込んでいた。

  「この調子ならゆくゆくは出入金の管理、経費の処理、なんなら月次と年次決算もぜひ任せたいな。猫の手も借りてぇと思っていたがまさか本当に借りることになるとは。ははっ、夢みたいだ」

  この男、実は完徹3日めである。今日寝なければ4日目に片足を突っ込むところである。

  成り行きは多少強引だが、こうして事務作業を手伝ってくれる人が一人増えただけでもかなりありがたい。

  会話が出来る相手だってできた。

  もう1人寂しく秒針と書類をめくる音だけが響く虚しい空間で仕事することがなくなるのだ。

  まさに天の助け。猫様々だ。

  「ココ」

  「ん?どうした」

  「お腹すいた」

  「もうそんな時間か」

  時計に目をやると針は13時を指していた。

  ランチにしては少し遅めの時間で、ルリは遠慮がちにお腹を抑えながら下を向く。

  頭の丸いフォルムと耳があまりにも可愛くてつい撫でそうになるが、そういうのはもうちょっと距離を縮めてからしようとギリギリの理性でとどまった。

  「なんか好きなもんある?出前とるぞ」

  「好きなもの…」

  うーんと首を捻り考えるが、十数年生きてきてこれといった好きなものはない。なにぶん彼女は好物といえるものが出るほどレパートリーの多い食事をしたことがなかったからだ。

  うんうん唸る様子を見てこれはキリがないなと思った九井は特にめんどくさいと感じることなく優しく語りかける。

  「じゃあ寿司でも食うか」

  「おすし」

  「まさかお前寿司食ったことないのか?」

  「おさない、すばやく、しゃべらない」

  「それ避難標語な。逆になんでそれは知ってんだよ」

  「施設の避難訓練でならった」

  「そうか。ちゃんと覚えてて偉いな」

  慣れた手つきでデリバリーアプリから高級寿司4人前を頼む。ちなみに4人前なのは蘭と竜胆を呼ぶからではなく1人で3人前を食べるからだ。徹夜ゆえバグってる脳でコーラも適当に5、6本くらい頼んで飲むかわからないがルリ用にカルピスもカートに追加する。

  もちろんここには届けさせない。適当な場所に指定して部下に取らせに行くつもりだ。

  「あまりの美味しさにトんじまうかもな」

  「バタフライ」

  「そういう意味じゃねぇ」

  密かに望んでいた久方ぶりの和やかな時間に、まなじりが自然と下がる。

  隈が目立つがそれさえもアクセサリーかのように男臭くクシャッと笑う彼は眩しかった。

  ルリはそんな彼を見てかっこいいお兄ちゃんができたようで嬉しく思い、同じようにクシャッと笑った。

  「こっこのーいくーん!ちいっと相談があるんだけどぉ」

  バン!と扉が跳ね返るほど強い力で開けられた。

  突然の音にびっくりしたルリはポロ、と掴んでいたサーモンごと箸を落とし、九井は咀嚼しながら驚くことなく急に現れた男___三途をみやる。

  「あ"?誰ソイツ。てか獣人かよ。通りで獣くせぇと思ったわ」

  「いきなりなんの用だ三途。内容次第では殺す。あと今ので扉が傷ついたような気がするから100万な」

  「まーまーそうかっかすんなよぉ。九井にとってもいい話だ」

  「いい話?」

  三途は鼻歌混じりにドカッと革張りソファに腰を下ろす。相当機嫌がいいみたいだ。

  私邪魔かしらとルリは大人しくもそもそ炙りサーモンを口に運ぶ。

  「そう、金のなるハナシ♡今すぐたけぇ酒片手に語りたいとこだがその前に」

  チャキ…

  ルリの額に冷たく固いものが当てられる。使ったことはないが見たことがあるソレに反射的に体が硬直する

  「ぇ、」

  粘っこい唾液が絡むくせに異様に喉が渇く。波のように引いていく血の気で末端が痺れ人差し指がひくついた。銃だ。なぜ私に?どういう状況?

  ココが何か叫んでる気がするが、まるで水中にいるようにはっきりと言葉が聞き取れない。

  それだけ体が恐怖反応を起こしているのだ。

  「コイツ、殺していいか?」

  美しい顔立ちにはあまりにも似合わない獰猛な目つきをした三途は、角ばった指先で銃のセーフティを外した。

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