#05 ~異形の繭包み 進化のソース~

  1時間後。

  体育館には、ほぼ全ての生徒と教師が集まっていた。

  彼らは皆、人の姿形を保っている。

  しかしその裏では様々な虫をその身に取り込み、未覚醒の状態で遺伝子変質を起こしていた。

  自我は完全に破壊され、奈央が放った寄生虫により操られた人形として辛うじてその身を保っている。

  奈央はそんな彼らを壇上から見下ろし口元を歪ませた。

  「へぇ~ みんな偉い偉い。 こんなに沢山の種類がいたんだぁ~」

  彼らの体内を精査し、その身に宿した昆虫の遺伝子情報を全て掌握した奈央は満足げに頷く。

  バッタや蜂、蠅や蜘蛛といった定番の虫は勿論、蛾や毛虫、ナメクジやミミズまで。

  更には、ハサミムシやムカデといった、その構造に興味を引かれる虫も確認できた。

  そして、目的としたゴキブリの遺伝子を宿した者も……

  奈央はニヤリと笑い、彼らに向けて片腕をゆっくりと前へ差し出した。

  「面倒くさいから、全部私の体に取り込んであげる!」

  そう宣言した瞬間、彼らの体から夥しい数の寄生虫が溢れ出し、奈央の体へ向け一斉に飛びかかっていった。

  それは、彼らの体内で融合を果たした虫の遺伝子を寄生虫が取り込み、奈央の遺伝子融合に最適化され変化を遂げたモノ。

  奈央は、それら大量の寄生虫をその身で全て受け止めていく。

  「ヴォエェェエエッ! グォボボァッ!ヴッギャッ!!」

  全校生徒から放たれた寄生虫が、我先にと奈央の体内へ侵入する。

  しかし、その数はとても体で受けきれる量ではない。

  奈央の口が裂け、顎が吹き飛び、遂には首すらも千切れて頭部が後ろに向かってブラブラと垂れ下がった。

  それでも彼女に群がる寄生虫の量は減る気配は無く、体を地層のように積みながら奈央の体を覆い尽くす。

  そして、繭のような構造物へと変化させた。

  ゆうに3メートルを超えるほど成長したそれは、表面を透明な薄い膜が覆い、中の様子が外から見えるようになっている。

  内部は寄生虫が溶けた白い液体で満たされており、その中には奈央の姿どころか、生物の痕跡すら見ることはできない。

  奈央の体はドロドロに溶かされ、新たな設計図を元に繭の中で変態を始めていた。

  肉体構造の改変だけでは対応できない、膨大な生物の遺伝子情報と融合を成し遂げ、その体を一から作り直すために。

  その光景は、培養槽で新種の生物を創造していくかのようであった──

  ◇

  繭の中で強烈な遺伝子改変が繰り返され、奈央の体を形作るためのコアの形成が始まった頃。

  聡が異形の姿のままで学校へと到着した。

  その体にはべったりと血肉が付着し、人を死に追いやる程の臭気を撒き散らせながら校庭を進んでいく。

  「何でしょうかアレは」

  「さぁな。 どこかの研究所が作った生体兵器か…… それとも宇宙人か」

  聡から距離を置き、特殊な防護服を身に纏った自衛隊員がそう囁く。

  彼らは、その怪物が昨日まで人間であったとは夢にも思わないだろう。

  街中で人間を無差別に喰らい、近寄るだけで死を与える存在。

  見るだけで吐き気を催すような、そんな存在が今、目の前に居るのだから。

  「昆虫…… を素体にした人造生物の様にも見えますが」

  隊員の一人が聡の姿を見てそう呟いた。

  2メートルは超えるその体は、大きな膨らみを持つ胴体が上へ突き出るように盛り上がり、首と頭部は胴体から前へ飛び出している。

  そして、脇腹からは節のある巨大な昆虫の脚が蠢き、その先端に付いた鋭い爪が血に混じった体液を地面に滴らす。

  その様は、パッと見は巨大な昆虫を彷彿とさせる。

  しかし。

  「昆虫があんな構造を持つか?」

  体表が昆虫の持つ外骨格に包まれている様に見えるが、その上には体液がたっぷりと染み込んだ人工的な繊維が張り付いている。

  それは、使い古した剣道の小手先を思わせる色と質感を持ち、体液が滲み出るほどたっぷりと染み込ませ腐臭を撒き散らしていた。

  そして、所々に付いたケーブルのようなモノが、その体を覆う外骨格と繋ぐように接続されている。

  昆虫とサイボーグを混ぜたような…… 人造昆虫型サイボーグとでも言えば良いのか。

  そんな異形の生物が、多くの生徒が残る学校へと入ろうとしていた。

  「どうしましょう。 校舎に入りそうですね。 このままだと更に被害者が……」

  「これ以上近づくと、我々も巻き込まれる。 我々の目的は捕捉だけだ。 一端引いて、本部に指示を仰ごう」

  彼らがそう判断した時、聡の足がピタリと止まった。

  そして、頭頂から伸びた触覚が忙しなく動き回り、その頭が隊員の方へと向く。

  「まずい! 見つかっ──」

  「キィーーッ! シィヤァーッ!!」

  聡が高周波にも似た奇声を発すると、隊員の纏っていた防護服が砕け散った。

  そして、その目に化物の胴体が一杯に広がり、上からボタボタと糸を引く液体が滴り落ちてきた。

  「え?」

  隊員が顔をゆっくりと上げる。

  胴体から垂れ下がるように、異形の顔が目の前に在った。

  すぐ後ろにいたはずの仲間の隊員の頭と思われる頭部を、その強靱な下顎で咥えた状態で。

  その光景を目に焼き付けたまま、彼の視界が真っ白に染まる。

  それは化物の放つ腐食液により自分の体が溶けて立ち上った蒸気。

  「シャァァアア!」

  彼の頭部が宙を舞い、校門の壁に激突すると熟れた果実のようにグシャリと潰れ、鮮血の跡だけを残して消え去った。

  二人の隊員が立っていた場所には、人の痕跡は残っておらず2つの真っ赤な水たまりが煙を立ち上らせるだけだった。

  そんな悍ましい行為を何の躊躇もなく行った聡は、再び触覚を動かしながら奈央の待つ体育館へと歩き始める。

  ◇

  奈央は、繭の中で急速に進化を加速させていた。

  膨大な種類の昆虫の遺伝子から、最も優れた能力を取捨選択し、それらを組み合わせて最適化していく。

  人間と昆虫、そして今まで取り込んだ無機物の構造情報を全て展開し、遺伝子レベルで融合されたコアが新たな設計図を描き出す。

  それは、生物を超えた極めて高いレベルで創造された存在。

  奈央の体が、心が究極の生命体として形作られていく。

  繭の中を満たしていた液体は、その養分を全て肉体を創造するための構成要素へと使われ、その姿を硬い蛹のような外骨格へ姿を変えていた。

  ドクン…… ドクン……

  蛹の体表が不気味に脈打ち、成虫へ変態する準備が整ったことを告げる。

  それに合わせるかのように、体育館の入り口から聡が内部へ足を踏み入れた。

  「シャーァアアア!」

  ドロドロに溶けたドアが、ガシャリと大きな音を立てて崩れ落ちる。

  ガシッ! ガシンッ!

  体育館の床を聡の異形の足が踏みしめ、不気味な足形に合わせて液体がその跡を形作り煙を上げた。

  そして、遂に蛹の外骨格に亀裂が走る。

  奈央の変態が完了し、新たに創造された肉体が羽化する。

  メリメリッ……

  ミシミシッ……

  音を立てて殻を破り、奈央の体が産声を上げた。

  「グゥオアァアア! グギャァーアアッ!」

  3メートルは超える巨大な体躯。

  全身を昆虫の外骨格にも似た外皮が包み込み、奈央の肉体を茶褐色に染め上げていた。

  その表面にはビッシリと細かい体毛が覆い尽くし、体液が糸引きながら絡みついている。

  背中からは異常に長い昆虫の節足が8本、そして体の両側からはムカデのような腹脚が数え切れないほど伸びている。

  頭はヘルメットのような巨大な複眼が頭部を包み込む。

  その細かい一つ一つの個眼には赤い瞳が忙しなくグリグリと動き回り、昆虫の複眼とは異なる形で周囲を見渡していた。

  「どうかしら聡、この姿は」

  奈央は、変態した自分の姿を見ながらそう呟く。

  人間の時よりも格段に大きくなった頭は胴体と一体化しているが、その視界は360度あらゆる角度を見渡すことができる。

  「とでも美じいでず…… 奈央女王ざま」

  「ごの世の生物の頂点どじで、相応じいお姿でず…… 奈央女王ざま」

  生徒達から、次々に賛辞の言葉が発せられる。

  それは彼らの言葉でなく、取り憑いた寄生虫の声。

  奈央の配下であり、一部でもある寄生虫達もまた進化を遂げ自我を確立させていた。

  「シャァァアアア!!」

  聡が、その場で足の関節を複雑に折り曲げ跳躍する。

  そして、奈央の目の前にズドンッ!と床に窪みを作りながら着地した。

  「安心して聡、ちゃ~んとゴキブリの遺伝子も取り込んだから。 ほら見て」

  奈央の臀部がズルッ!と後ろに迫り出し、ゴキブリのような腹部が姿を現わす。

  柔らかそうなブヨブヨした腹部の先端に、バックリと割れた生殖器が脈動している。

  そして、その先端からジワリと液体が滲み出し強烈なフェロモンを周囲に撒き散らす。

  聡の股間を包む外骨格がバクリと開き、中から赤黒い棒状の器官が姿を表した。

  それは、太く大きく、人間のモノの数倍の長さを持ち、表面は無数の凹凸に覆われている。

  そして、その凹凸全てが液体に濡れテラテラと光を反射していた。

  「そのおチンポ、突き刺してぇ!!」

  奈央は聡を押し倒し、ブヨブヨした臀部を折り曲げるとそのイチモツを秘所に突き刺した。

  ズブッ! メリメリッ……

  ゴキブリ化した腹部が聡の生殖器を躊躇することなく飲み込んでいく。

  それと同時に、奈央の口からは苦痛と快感の入り混じった声が漏れ出した。

  「凄い! 凄い凄い!! 想像以上!!」

  グプッ…… ブシュッ! グプッ……グプッ…… ブシュッ!

  聡の肉棒が膣内を進む度に、奈央は愛液の代わりに強烈なフェロモンを膣内で分泌し、聡のペニスに染み込ませていく。

  そして、子宮が聡の亀頭を包み込み、グポッ! と吸い上げた。

  「ギッ! ギィィイイッ!!」

  子宮の壁が意思を持って蠢き、聡のペニスに強烈な刺激を与える。

  雄の射精欲を極限まで引き上げ、精子の量を限界まで増やすフェロモンを打ち込みながら。

  そして、その時が遂に訪れた。

  聡の亀頭が開花し、奈央の子宮壁へ根を張り巡らせる。

  奈央は膣を溶かし聡の肉棒と融合させ、射精による大量の精子を全て受け止めようと待ち構える。

  モワァ~……

  大量の精液が肉棒と融合した膣…… いや、体内に染み出す。

  その濃厚な雄汁をゴキブリ化した下腹部の全てで受け止めた奈央は、ゾクゾクとした快感で体を反らした。

  「これ…… 凄すぎぃ」

  奈央は、更なる快楽を得ようと再び腰を持ち上げ……

  聡が痙攣を起こしグッタリとしていることに気づく。

  「嘘でしょ? もしかして…… 終わり?」

  確かに、今の射精は今まで味わったどの快感とも違い、今まで経験したことのないほど強烈なモノだった。

  しかし、今の一度で終わりというのは納得できない。

  蟻化し一度きりの交尾である事は理解しているとはいえ、許されるはずがない。

  最強の絶頂を貪るために、奈央はここまで進化したのだから。

  「そっか…… 私、規格外の進化をしちゃったんだ。 じゃあ仕方ないか」

  奈央は聡の体に手を触れ、その肉体を人間に近い姿にまで強制改変させた。

  「うっ! がぁあああああ!!」

  聡が、人間の悲鳴を上げながら悶え苦しむ。

  そして、体表をボコボコと蠢かせながら、奈央の顔に目を向けた。

  「な、奈央…… 一体何を!?」

  「聡は強くないとダメ。 私を守れないでしょ? だから、私を孕ませられる体に…… 一から作り替えてあげる」

  奈央が、聡の腹に食らいついた。

  そして、中身を食い荒らさんばかりに顎に力を込める。

  ブチブチッ!! 聡の体の至る所から体液が噴き出す。

  「がぁああ!! 止めてくれ奈央! 生命維持が! ぐあぁあああ!!」

  奈央は、聡の懇願を無視して次々と体を、臓器を食い荒らしていく。

  そして、最後に聡の頭を噛み砕いた。

  ゴキッ グチャッ……

  口の中で頭蓋骨と脳を咀嚼する音が響く。

  それは、今まで聞いたどんな音よりも心地良く、官能的な響きだった。

  奈央はゴクリと喉を鳴らして脳髄を飲み込むと、ゆっくりと腹部を両手でさすり始めた。

  直後、臀部から突き出たゴキブリの腹部の先端から、棒状の物体がニョキニョキと生えてくる。

  それは、紛れもないゴキブリの卵…… 卵鞘。

  「あ~ 聡の臭いがお腹を包み込んでるぅ~ 私がもっと、もぉ~と臭っさい生き物に進化させてあげるからね」

  奈央が、卵鞘が突き出る下腹部に向け、肛門から糸を出して張り巡らせていく。

  何キロにもわたる糸を吐き出しぐるぐる巻きにし、臀部を巨大な蜘蛛の腹のような形へと姿を変えていった。

  そして、地面に付くほど巨大に膨れ上がったその腹部を支えるようにムカデのような節足が何本も生え、不気味に蠢き始める。

  「うっわぁ~ 気持ち悪い姿…… 最高~っ」

  奈央が、腹部をワシャワシャと這わせながら楽しそうに笑う。

  その姿は、既に人としての理性を保っていた頃の面影は片鱗もない。

  そこに在るのは、ただの醜い化物だった。

  だが、それこそが奈央の望んだ姿。

  人を超えた存在に進化したことで、奈央はついに本当の自分を手に入れたのだ。

  「奈央女王ざま…… 宇宙一ぎれいでず……」

  「ごの星を、奈央女王ざまの手で収めでくだざい……」

  体育館に集まった全ての生徒が、奈央に向かって跪き、思い思いの言葉を口にする。

  それは寄生虫の声であり、奈央の声。

  本能であり願望。

  「私はこの世界を統べる王を産む。 そして、この星の支配者として君臨するわ。 貴方たちと一緒に!!」

  奈央が体育館の天井に向けて高々と宣言をする。

  直後、体育館にいる生徒達の体が反り返り、体が変化を始めた。

  「王の誕生をわだし達がァァアアアア!! シャー」

  「奈央女王ざまに栄養をォオ! ギギギィィィ!!」

  彼らは次々と自らが取り込んだ虫の遺伝子を発現させ、その姿を人外へと変貌させていく。

  異形と化した体から、奇声と体液を撒き散らしながら……

  蠅、蚊、ムカデ、蜘蛛、バッタ、ミミズ……

  皆、悍ましい昆虫人間へとその姿を変貌させた。

  それだけでは無い。

  彼らには奈央が持つ遺伝子の一部が寄生虫を介して組み込まれており、無機物の展開や更なる進化を遂げる事ができる。

  そして、体中から放たれるその臭いも奈央の…… 聡の臭いと同じ。

  「お前達は人間を簡単にひねり潰すことが出来る存在へと進化した。 私の為にその力を使いなさい」

  奈央の…… 女王の言葉を聞き、館内から音波にも似た人外の甲高い奇声が響き渡り、奈央は満足そうに頷く。

  女王の命令は絶対。

  その命に代えてでも遂行する。

  それが、奈央に寄生し共に進化を遂げた寄生虫達の絶対の掟。

  「人間を喰らい、その栄養を私に捧げなさい! 行け!!」

  奈央の号令を受け、全ての者が体育館から飛び出していった。

  何メートルも高く跳躍する者、巨大な羽根を背中から生やして空を飛ぶ者。

  それぞれ昆虫の遺伝子から得た力を存分に発揮し、街で地獄絵図を作り上げるだろう。

  奈央はその様子を想像し、全身から愛液を噴いて体をよがらせる。

  そして、進化を進めた自らの体を見渡す。

  「次は動物…… 植物も取り込んでみたいわね。 どんな風になるのかな?」

  自分の体が更に進化した姿を想像し、奈央はゾクゾクとした快感を覚える。

  それは、人を超えた存在へと進化を果たした彼女の新たな幸福。

  そして、その先に在るのは……

  きっと人類の終焉。

  奈央は、臀部で進化を進める聡を感じながら、その甘い未来を想像して微笑んだ。

  「ねぇ聡? 私達の理想の世界を一緒に作りましょ? 私達だけの、誰も知らない世界を」

  奈央はその悍ましい姿で次なる遺伝子を求め歩き出した。

  更なる進化を続けるために。

  最強の生命体として君臨し、この世に存在する全ての情報をその身に宿すまで、奈央の進化は止まらないだろう──

  おわり