アオイは薄手で着心地のいい入院着に袖を通し、ぼんやりと病室の窓を眺めていた。
暗くなり始めたばかりの空に、ぽつぽつと小さな星々が浮かび始める。
入院着は作務衣状の上着と、伸びるゴムの七分丈のパンツ。下着だけは医師によって制限され、今は厚手のタオル地を内側に配したブリーフ状の下着、いわゆるトレーニングパンツを穿かされている。
クショ……
下半身のごわごわとした感触に、若干違和感を覚えるが、おむつよりはずっとマシだ。
「なんか、久々だな」
病院は都心からやや離れた山の中に建っているだけあって、アオイの目には何年かぶりに見る暗くて明るい夜空が映る。
入院の件を告げると、驚くほどあっさりマネージャーの許可が下りた。レンのほうもレッスンは続けながら、久々の休暇を楽しむそうだ。
思い返せば、ここのところ働き詰めだった。レンに至っては慣れないキャラ作りに悩みながら、スケジュールや予算管理などマネージメントの仕事も半分くらい引き受けていた。
「仕事も伸び悩んでるし、二人共破裂寸前だったのかもね」
とマネージャーからの説得に後押しされ、アオイはすんなりと入院を受け入れた。
それから、あの頼りない管理職が言うには、オーナーの計らいで個室の病室をあてがってもらえるとのことだ。
「そう言え、ログボ……」
無意識にポケットに手を伸ばすが、スマホは手元に無かった。
病院の方針で入院患者の通信手段は制限され、スマホやパソコンといった電波を発する装置などはすべて預けられてしまった。
「あー、まぁ、別に良いか……」
手元に無ければ意外に諦めがつくもので、アオイはゲームを諦め、またぼうっと夜空を眺めた。
家にいると気がついたらスマホやパソコンでゲームばかりしていた。楽しいと思ってゲームを遊んでるつもりだが、いつしかゲーム側から「俺を遊べ」とせっつかれてる自分を薄々と感じていた。
「たしかに、マネージャーの言うとおりかもな……」
こうやって一人で考える時間を渡され、ゲームを止められない自分にも向き合ういい機会になった。
コンコン……
「おう。入るぞ」
小気味いいノックの音と共に、痩せぎすの主治医、ヒグルマが部屋に入ってきた。
「久々にゆっくりできただろ? どうだった?」
その痩せた大男はベッド脇のパイプ椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「悪く無かったです。たまには、こういう時間も……」
アオイは素直に返答した。
「それは良かった。夜尿症は精神系、ストレスが原因になる場合も多いからな」
「あー……」
ストレス。面と向かって言われると、小さな心当たりがふつふつと浮かぶ。
仕事が終わると、何かから逃げるようにゲームにかじりついていた。そうこうしているうちにお漏らしが再開したことも、振り返れば破裂寸前ってやつだったのか。
「まずは、自分を見つめ直すことから始めるぞ」
「は……はい」
ゆっくりと心地よい抑揚の言葉に諭され、いつしかアオイは彼を信用し始めていた。
「もちろん。お漏らししたらそのぶん、お子様扱いに戻すからな」
「あっ……う、うん」
入院初日から言い聞かされた言葉が、アオイの胸にズシンと重く響いた。
「じゃあ、今日の診察は以上だ。また明日」
「う、うん……」
パチン
ヒグルマが部屋の電気を消して去っていった。
いつもの就寝時間よりずっと早い時刻なのに、ベッドに入るとうつらうつらと瞼が落ちていく。
「ゆっくり寝るのも、久しぶりかも」
都会の喧騒を離れ、静かな夜へと沈んでいった。
グショ……
翌朝、じっとりと濡れた感触にアオイは目が覚めた。
「あ……こ、これ……」
お尻からじっとりと広がるの不快感に、薄黄色に湿った薄手のシーツをたくし上げる。
「あ……や……」
股間から尻にかけてがぐしょぐしょに濡れている。
見た目にすぐわかるくらい、盛大なおねしょだ。
「う……うそ」
慌ててベッドから身を起こすと、白く清潔なシーツに拡がる大きな世界地図が見えた。
「や……やだ……」
トレーニングパンツはもとより、パジャマのズボンまでもが、ぐっしょりと濡れている。
寝ぼけた頭が回転し、じわじわと事実が染み込んでくると、恥ずかしさのあまり顔が熱くなった。
「そんな……」
情けないおねしょ姿に呆然としていると、部屋の扉がコンコンとノックされた。
「おはよう。アオイくん……」
ヒグルマが寝ぼけ眼をこすりながら、のそのそと部屋へと入ってきた。
アオイは反射的にベッドシーツをかき集め、濡れた下半身を覆った。
「お、おはよ……う、あ、あの……その……」
手あたり次第に取り繕ってみたものの、盛大に濡れ広がったお漏らしはまるで隠せていない。
どう説明しようか、頭の中がぐるぐる回る。
「あーあ、おねしょしちゃったか」
「あうっ……うぅ……」
「ちゃんと、先生に報告できるよな?」
ポンポン……
優しく頭を撫でられる。
「あぅ……」
「アオイくん。今朝の調子はどうかな?」
「お、おお……おね……しょ。しちゃい……まし……たっ」
ポンポン……
再度頭を撫でられる。
「よしよし、よく言えたな」
「うぅ……」
「シャワー浴びて綺麗にしたら、また新しいおむつつけてやるよ」
「えっ、やっ……」
「アオイくんはこれからも、おむつの取れない赤ちゃんなんだから」
「いやっ、そ、そんなぁ……」
弱々しく抗議するアオイだが、ヒグルマの大きな手からは、もはや逃れられそうに無かった。