[chapter:哀しき星と運命]
惑星ルイン。
生命は存在しないと思われていた、不毛の大地が広がる星。
空から射す光はなく、水は枯れてしまったのか元からないのか影も形もない。
常に夜で、あちこちに文明の名残りらしき朽ちた廃墟がある。
そんな物悲しい光景。
この星は、一体いつからこうなったのか。
今となっては誰にも分からない。
その荒涼とした大地を歩く影がひとつ。
宇宙服を着た猫のような風貌のそれは、アストロキャッツと呼ばれる開拓ロボットのような存在だ。
アストロキャッツ………CAT−01は自身の主から受けた指令を受けてある場所へ向かっていた。
それは、シェルターらしき建造物。
今まで見たような廃墟のように朽ちておらず、それどころか頑丈に出来ているらしい。
もしかしたら生存者がいるかもしれないとの事で調査に乗り出す事となった。
その先に待ち受けている、出会いをまだ彼は知らない。
[newpage]
[chapter:シェルター]
宇宙船ラストニャントリア号から数キロ東に離れた場所に目的の建造物はあった。
それは、巨大な白いドーム………としか形容できないもの。
荒廃した星の中でひときわ目立つ異物。
外の汚染された大気を通さないその造りはニャントリア文明に匹敵するものに見えた。
「マスター、調査対象ヲ発見シマシタ。
コレヨリ調査ヲ開始シマス。」
『うむ、良き報を待っているぞCAT−01。』
「オ任セクダサイ、マスター。」
CAT−01はNYADAMとの短い通信を終えて調査を開始する。
まずは外周から。
ドーム型の建造物は半径5キロほどあり、小さな町であれば収まるものになっていた。
外壁には出入り口らしきものはなく、完全にドーム内と外界が遮断されている事が分かった。
CAT−01は外壁に触れてみる。
アストロキャッツは触れたものの内部を解析する事もでき、高度演算処理を可能とする脳によって建造物の構造を立体的に把握することができるのだ。
それによると、ドームの外壁は相当頑丈な構造となっており、あらゆる災害を想定した避難所………シェルターになっている事まで突き止めた。
問題は中に入る方法だ。
外からは掘削用ツールのマイニングピッケルでは破壊できそうになく、地下もトンネルが貫通しないようになっている。
そうなると、採れる方法は一つだけ。
シェルターの機能を損なわない場所を選び、建築用のビルドハンマーを応用して抜け道を作ることだった。
「シェルターゲートノ建築ヲ開始シマス。」
ビルドハンマーをツールバッグから取り出すと、壁に向けて叩く。
すると、小さいながらも気密性や機能を維持した小さな自動ドアが出来上がった。
「建築完了、内部二侵入シマス。」
CAT−01はそう呟き、自動ドアを使ってシェルターの中に足を踏み入れた。
[newpage]
[chapter:出会いは唐突に]
そこは、小さな村だった。
CAT−01はドーム内に入ったはずだが、とてもそう思えない光景だった。
空は青く、太陽は南の空に輝き、緑があふれ、きれいな川が流れる…………外の惨状からは全く想像がつかないほどの長閑なものだった。
村には小さいながらも多数の家が建っており、道も整備されているため、それなりの生活感を伺わせる。
しかし、やけに静かなのだ。
これだけ整った環境にかかわらず、村の住人も、動物の気配はない。
畑には収穫されず実ったままの小麦が放置され、それを収穫する者はいない。
まるで、時だけが止まったような世界だった。
外のように荒廃する事はないが、そこに住む者は誰も居ない………そう思うほど不気味な静寂に包まれている。
「ダレカ居マセンカ?」
と、CAT−01が家を訪ねても誰も出ない。
トントンとドアをノックしても家からの物音はしない。
そうして何軒目かの家の前に来た、その時だった。
「誰だ!?」
振り返ると、そこには銃を持った人間の青年が立っていた。
「お前、この村の者じゃないだろ?
どうやってここに………」
青年はCAT−01に銃を向けたまま近づく。
CAT−01はその場から動かない。
「そもそも人間、なのか?
どうなんだ、何か言えよ。」
青年は不審げにCAT−01を見る。
「ワタシハ、アストロキャッツ……CAT−01デス。
ワタシハ、ココノ調査二来マシタ。
アナタ二、危害ヲ加エルツモリハアリマセン。」
CAT−01はそう答える。
「調査?
………ふん、まぁいいさ。
ここはもう俺以外誰もいないからな。」
青年は諦めたように銃口を下ろす。
「………誰モ?」
「あぁ。
ここにいたみんなは、俺を置いて逝っちまった。
だからもう、俺一人しか居ない。
俺をどうするかは好きにしろ。
どうせ、ここでいつかは死ぬんだ。」
青年はそう絶望を吐露する。
もしくは、置いていかれた孤独に耐えられなかったのだろう。
明らかによそ者であるCAT−01に対する敵意はもうなかった。
「…………ワタシハ、アナタ二危害ハ加エナイト言イマシタ。
デスノデ、ワタシハ、ココヲ去リマス……。」
本来ならここで別れるはずだった。
青年の、次に口にする言葉がなかったならば…………。
「待ってくれ!
やっぱり、ここに居てくれないか?
俺、ほんとは寂しかったんだ………。」
青年はCAT−01をそう引き留めてきた。
CAT−01はその懇願を断る事ができたはずだった。
このアストロキャッツの目的はあくまで調査。
青年に関わる利点はどこにもない。
しかし…………
「……ワカリマシタ。」
それは同情故か、それとも放っておけないと感じたのか。
CAT−01は青年のためにこの村にしばらく留まることにしたのだ。
「本当か!?
じゃあ、俺の家に行こうぜ。
すぐそこだ。」
青年はCAT−01の手を引いて家まで連れて行った。
[newpage]
[chapter:クリストファー]
ここは青年の家。
飾り気がなくこじんまりとした木造の家だが一人で暮らすには充分だった。
「ここが俺の家だ。
さ、中に入って入って。」
CAT−01は促されるまま中に入る。
そこは家というより部屋という方が正しいのかもしれない。
ちょっとしたキッチンとテーブル、机、ベッドが置かれた小ざっぱりとした部屋だった。
「狭くてごめんな。
家族がみんな死んじまってから、無断でだけどこの部屋使わせてもらってんだ。
家族で住んでた家は………ちょっと思い出がありすぎてな………。」
苦笑いする青年。
しかし、さっきよりにこやかでもあった。
それがたとえ人間でないにしても、話せる相手に巡り会えた事がよほど嬉しかったのだろう。
「そうだ、俺はクリストファーって言うんだ。
長いからクリスで呼んでくれ。
そんでお前の名前………呼びづらいからワンで呼ぶわ。」
「了解、ヨロシクデス、クリス。」
「んー、お前のその話し方どうにかならないか?
なんつーか、うまく言えないけど、ちょっとやりづらくてな………。」
「申シ訳アリマセン。
コレガワタシノ話シ方デス………。」
「……………そっか。
ごめんな、無理言っちまって。
そういやハラ減ってないか?
パン、あるぜ。」
「ワタシハ…………アストロキャッツハ…………電力ノミデ活動デキマス。
食事ノ必要ハアリマセン。」
「んー、やっぱりロボットはパン食わないか………。
電力はこの村にないしなぁ……。」
うーん、と頭を悩ませるクリス。
「クリス?」
「ま、悩んでも仕方ない、後で考えようか。
とりあえず村、見ていかないか?
きっとワンも気に入るところあるかもしれないぞ。」
「了解シマシタ。」
こうしてクリスとCAT−01は家を出て村をまわることになった。
外はあれから太陽は西に向かって動いていた。
外からシェルターから入ったCAT−01は空を含めて本物ではなくシェルターが投影した造り物だと分かる。
しかし、クリスはそれを気にする様子はなく、慣れた足取りで村の外に歩いていく。
しばらくすると、きれいな川に出た。
「ここが川だ。
水はここの川のものを使ってる。
毎日汲みに行くのが大変だけどな。」
そして、今度は森へ。
森にはリンゴの木が混じっており、丁度赤く実ったリンゴがあった。
「こんだけあれば一人で食べていくには充分だよな。
木に登るのも一苦労だけどな。」
次は畑に来た。
クリスはジャガイモを栽培しているようだった。
「揚げて食うとうまいよなぁ。
………あ、わりぃ、ワンは食べ者は食べないんだったな。」
次は村の図書館。
中にはやっぱり誰もいないが、本棚がたくさんあり、みっちりと本が詰まっていた。
「暇なときはここの本を読むんだ。
ちょっとホコリかぶってるけど、俺の唯一の娯楽なんだ。」
図書館を出て最後に向かったのは、礼拝堂だった。
「俺はそこまで熱心な信徒じゃないけど、毎朝ここでお祈りはしてる。
ガキの頃からの習慣ってだけだけどな。」
礼拝堂は長椅子が多数ズラリと並び、奥には色鮮やかなステンドグラスが。
そこには女神のような絵が描かれていた。
「………ちょっと疲れたな。
ここでゆっくりしていくか。」
クリスは長椅子に座り、その隣にCAT−01も座る。
そこは静かな時間だけが流れる。
荘厳な讃美歌が似合いそうな空間だが、あいにくクリスには音楽の趣味はないようだった。
「……………なぁ。
ワンは外から来たんだろう?
………いや、別に答えなくていい。
きっとそうだろうなって思ってたからさ。」
彼はどこか遠い目をしていた。
その目は、深い孤独を湛えていた。
「外はどうだったか、聞いていいか?」
まるで、何でもない事のようにCAT−01に問いかけた。
「…………外ハ、不毛ノ大地デ大気ハ有害物質ガ大半ヲ占メテイマス。
トテモ、生身ノ人間ガ住メル環境デハアリマセン………。」
「…………そっか。」
クリスはどこか諦めたように俯いた。
「外に出れば、もしかしたらって思ってたんだ。
でも、そうじゃなかった。
シェルターの外は、やっぱり地獄だったんだな…………。」
「………ゴメン、ナサイ………。」
「ワンが謝る必要はないって。
きっと、そうなんだろうなって思ってたからさ………だから、いいんだ………。」
それは明らかな強がりだった。
クリスはまだ生きていたかったのだ。
しかし、閉じられたこの世界では万に一つの望みすらない。
クリスの言う通り、孤独に死を迎える事になる。
だから、外からの訪問者であるCAT−01に一縷の望みを賭けていたのだ。
しかし、それも叶わなくなった。
辛いけど、それが自分の運命なんだって受け入れる覚悟を固めるきっかけとして前向きに考えねばと、クリスはそう思い詰めていた。
「…………そろそろ帰るが、ワンはどうする?」
「…………ヨロシケレバ、ワタシモ………。」
「そっか。
じゃ、一緒に帰るか。」
二人は礼拝堂を出てクリスの家に戻る事にした。
いつの間にか外は夜になっていた。
道中、空は星がきらきらと瞬いていた。
「夜になると、こんなに星がいっぱい出て綺麗なんだ。
ガキの頃からよく見てた空だけど、今日は特別綺麗に見えるよなぁ。」
道すがら、クリスはそう呟く。
そうして家に着くと、クリスは寝る支度をしていた。
「そういえば、ワンって寝るのか?」
「………イイエ、ワタシハ睡眠ハ必要アリマセン。
バッテリーガアレバ問題ナク活動可能デス。」
「…………そっか。
でも、一緒に寝るだけ寝てくれないか?
久しぶりにこうして誰かと一緒にいて、いざ離れるのはちょっと寂しくてな。」
「………ワカリマシタ。」
こうして二人は一緒に寝ることになった。
クリスは早々に眠りに落ちる中、CAT−01は眠ることなくクリスを一晩中見守っていたのだった。
[newpage]
[chapter:初めてのトモダチ]
翌朝。
「ふぁぁぁ…………よく寝たぁ……。
………ん?」
クリスが起きると、CAT−01はベッドにいなかった。
それどころか家にも居ない。
「ワン?」
その時、川のある方向からドン、という音が響いた。
何事かと思ったクリスは外に様子を見に行くと、川のそばにCAT−01は居た。
「ワン、こんなとこで何してるんだ?」
「オハヨウデス、クリス。
今カラ、水道ヲ引キマス。」
「水道だって?
お前、そんな事ができるのか?」
「ハイ、オ任セクダサイ。」
CAT−01がハンマーを取り出し、川辺を叩いたかと思うと、あっという間に水道のパイプがクリスの家に伸びる。
そして、ジャガイモ畑にも水道が接続されて井戸が出来上がった。
「す、すげぇ…………。
ワンお前、最高じゃないか!」
「アリガトウゴザイマス。
他二何カアレバ言ッテクダサイ。」
「じゃあさ……………」
クリスはCAT−01に様々なお願いをした。
森とは別の場所に収穫しやすいリンゴの果樹園を造ることに始まり、ジャガイモ畑に自動収穫機構や調理設備を併設し、埃をかぶった古い図書館はブロックを積んだような建築様式にはなったが新しく立派なものに建て替えられた。
「ありがとな、ワン!
お前が来てくれて良かったよ………。
でも、俺、お前にお礼してやれるものが………。」
「イイエ、気二シナイデクダサイ。
クリスハ、ワタシノ初メテノ、トモダチデスノデ。」
「ワン………お前………泣かせてくれるじゃん。
……あぁ、お前は俺の友達だ。」
目頭が熱くなったのかクリスは久しぶりに嬉し涙を流したのだった。
夜、クリスの家。
CAT−01はふと、机にあるものに気づいた。
それは写真立てで、ある写真が飾られていた。
「あぁ、それは俺の小さい頃のだ。
こっちが親父で、こっちが母さんだ。
懐かしいなぁ…………もうあれから十年以上も経ってたんだな………。」
クリスはかつての家族が映った写真を見て、少ししんみりしているように見えた。
「さ、今日はもう寝ようか。
また明日な、ワン。」
「クリスモ、オヤスミナサイ。」
今日も二人は同じベッドで寝る。
相変わらずクリスはすぐに眠りに落ち、CAT−01だけが起きていた。
数時間して、CAT−01はNYADAMからの通信を受信する。
『CAT−01。
連絡がないから心配していたニャス。
それで、シェルターらしき建築物の中はどうなっていたニャス?』
「申シ訳アリマセン。
今、調査中デスガ、内部ハ人ガ住ム村トナッテイマス。」
説明しよう。
この通信は外に内容が漏れない体内通信となっており、これによってクリスに聞かれる心配もないのだ。
『できるだけ急ぐニャス。
吾輩の方でも調べてみたところ、この星の寿命はもうそこまで来ているようニャス。
進展がなければ早急に帰還するニャス。』
「…………了解シマシタ、マスター。」
通信が切れる。
CAT−01は、この星がもうすぐ寿命を迎え消滅してしまう事を伝えるべきか、初めて迷いながら夜を過ごした。
[newpage]
[chapter:揺れる友情]
その翌朝。
二人は老朽化した礼拝堂を建て直すためにそこにやって来ていた。
「………ワン、すまないが頼めるか?」
「オ任セクダサイ。」
CAT−01はいつものようにビルドハンマーを持ち、手際よく建て直していく。
ボロボロだった礼拝堂はあっという間に新しく生まれ変わったが、これもブロックを組み合わせたような外観だった。
「ワンが建てるものって独特だよな。
ま、俺はこれはこれで好きだけどな。」
そう笑うクリス。
しかし、CAT−01の頭の中はモヤモヤしているようだった。
「…………ワン?」
そんなCAT−01の様子に気づいたクリスは心配そうに見ていた。
「…………大丈夫、デス。」
クリスに心配させまいと振る舞うCAT−01。
しかし、事態は急変する。
「………バッテリー残量、10%二減少。
セーフモード二、移行シマス。」
「バッテリーだって!?
ワン、大丈夫か!?」
その場に蹲るCAT−01を見て、しまったと自分の失念を悔いるクリス。
同時に、危機を察したNYADAMからも緊急の通信が入った。
『CAT−01。
バッテリー残量が10%を切っているようニャス。
これはどういう事か、報告するニャス………。』
「ソレ、ハ……………」
『報告するニャス。
命令ニャス。』
苛立った様子のNYADAMはCAT−01に強制的に報告させた。
CAT−01は抗えず、クリスに出会ったところから話してしまった。
『つまりは吾輩に無断でそのニンゲンに入れ込んだという事ニャス。
…………話は後ニャス、そのニンゲンの事に構わず、今すぐ帰還するニャス。』
「申シ訳アリマセン………。
宇宙船マデ、バッテリーガ間二合イマセン………。」
『…………かくなる上は、そのニンゲンをアストロキャッツに変えてしまうニャス。
これは命令ニャス。
ポータルガンでそのニンゲンを宇宙船に転送するニャス。』
「クリス……………逃ゲテ下サイ。
命令、了解シマシタ。」
大元のシステムに逆らえないCAT−01はハンマーから光線銃のようなものに持ち替え、クリスに向けた。
「ワン、一体どういうつもりだ!?
何故、何故なんだ!?」
状況が分からないクリスは困惑する。
「ゴメン、ナサイ…………。
逃ゲテ、クダサイ……………。」
友達を自分と同じものにする事に抵抗するCAT−01だったが、NYADAMからの命令に抗えず引き金を引いてしまった。
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
クリスは絶叫と共にその姿を消した。
CAT−01が放ったポータルガンの光線により、クリスは宇宙船へと転送されてしまったのだ。
「クリ、ス…………。」
ひとり残されたCAT−01は完全にセーフモードに移行し、その場で動かなくなった。
[newpage]
[chapter:友のために]
宇宙船ラストニャントリア号、中央制御室。
クリスは気がつけば見覚えのない宇宙船の中にいた。
「こ、ここは!?
ワン、どこだ!?
どこにいる!?」
あたりをキョロキョロ見回すが、目の前に大きなモニターがある以外は誰もいない。
「俺、ワンによって飛ばされたのか?
どうして………?」
未だに状況を飲み込めないクリスは狼狽えるしかなかった。
だが、目の前のモニターに映像が映る。
それは哀れな獲物を値踏みするような下卑た目をした猫のような生き物だった。
『ほほう、オマエがCAT−01をたぶらかしたニンゲンニャスか。
丁度いい、オマエもアストロキャッツにしてやるニャス。』
「お前は、誰だ!?
ワンは一体どこに………?」
『吾輩はこの宇宙船の独立星間渡航システム、NYADAMニャス。
そしてニンゲンよ、オマエが入れ込んだCAT−01が助かるかどうかはオマエ次第ニャス。』
「なんだと?
どういう意味だ?」
『この惑星ルイン、じき内核が臨界に入り惑星ごと消滅するニャス。
そうなれば、オマエが気にかけていたCAT−01もあのシェルターごと消えることになるニャス。』
「そんな、マジかよ…………。
どうにかならないのか?」
『ニャハハハハ、よくぞ聞いてくれた。
CAT−01を助けるには、オマエもアストロキャッツになるニャス!
それがオマエに残された唯一の方法ニャス!』
「アストロキャッツ………。
俺も、ワンみたいなものになれって事か。」
『そういう事ニャス。
ただし、一度アストロキャッツになれば二度とニンゲンには戻れないニャス。
オマエという自我も消えるニャス。』
「何だと!?
待てよ、ワンも元々は…………」
『そこはオマエが知らなくていい事ニャス。
それで、どうするニャス?
アストロキャッツになってオマエのトモダチとやらを助けるか、つまらぬものに縋ってこの星と心中するか、どっちにするニャス?』
クリスは少し悩んだ。
確かに、家族との思い出は大切なものだ。
今でもそれは変わらない。
しかし、それではせっかく出会えた友達を救えず、この星の消滅に飲まれて死んでしまう。
ならば……………
「…………わかった。
俺も、アストロキャッツになる。」
クリスは、そう返答した。
孤独に死を迎えるはずだった自分に手を差し伸べてくれた友達を助けるために決心したのだ。
『よく言ったニャス。
それでは始めるニャス。
…………対象002のシステム変換シークエンスを開始する。』
あの時と同じく、モニターは『SOUND ONLY』の表示に切り替わると同時に機械的で抑揚のない声になる。
中央制御室の空間は無重力になり、クリスは宙に浮かんだ。
「うわっ、何だこれ!?
気持ち悪い…………。」
プカプカ浮かぶ感覚に翻弄されていると、クリスに次なる変異が訪れる。
『対象002にスーツ装着を実行する。』
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
クリスは無重力空間で高速回転をはじめ、茶色とベージュの竜巻になる。
その竜巻の色は徐々に下から青が混ざった白に変わっていく。
やがて回転が終わると、クリスの首から下は別の衣服に変化していた。
「こ、これは……………?」
それは、やっぱり宇宙服だった。
しかし、佐之助の時と異なるのはスーツのラインの色は青色で、随所に印字されているものは「02」になっていた。
「…………すげぇ恥ずかしい………/////
って、ひやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
羞恥で顔を赤らめていると、次の変化がクリスを襲う。
クリスはまた竜巻となった。
クリスの上から何かが降ってきて、それは竜巻の中に巻き込まれていく。
やがて二度目の回転は止まり、頭にはあの猫耳がついたヘルメットが装着されていた。
「な、なんだ、これ………?」
クリスは思わずヘルメットに触る。
ヘルメットはしっかりスーツと一体化しており、自力で外すことは出来なかった。
「これが、アストロキャッツ……なのか?」
床に映る今の自分の姿。
それは、友と呼べたCAT−01とよく似た姿だった。
しかし、これではまだ完全ではない。
この後に待っている事は言わずもがな。
『スーツ装着完了。
スーツにアクセス開始、対象002のボディの特殊改造開始。』
「これ以上何があるってんだ!?
うっ、あ………プルルルルルルルゥ!!」
それは着せられたスーツを通して伝わる、アストロキャッツのボディへ仕上げる改造の波だった。
骨の髄まで痺れる感覚でありながら痛みも苦しみも伴わない、不思議な感覚だった。
「フルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
クリスは意味不明な叫びをあげながら徐々に変化していく。
身長はスーツと共にみるみる150cmまで縮み、手がまんまるに変化し、声はCAT−01同様の機械的なものに変わっていく。
見た目もCAT−01そっくりになり、アストロキャッツのボディとして完成する。
「お、俺の身体が……………。」
『対象002のボディの特殊改造完了。
最終工程としてブレインの特殊改造開始。』
最後の改造が始まる。
モニターからは脳を改造するあのワームが伸びてくる。
「な、何をするつもりだ………?」
咄嗟に抗おうとしたクリスだが、無重力空間では自由がきかない。
ワームはヘルメット後頭部のコネクタに接続され、クリスの意識にアストロキャッツの侵食が始まった。
「あ………なんだこれ…………?
アタマが、ぼーっとする…………何も考えられない……………。」
クリスは自身の思考力を奪われ、自分が自分でなくなっていく感覚に苛まれる。
「おれ、何してたんだっけ………?
たしか、アイツに………アイツ………なまえ、でてこない………たいせつな、なまえ……………
。」
うわ言のように呟くクリス。
脳の改造に伴い、彼の意識は緩やかに解かれていく。
「おれ、だれ…………?
おやじは、だれ………?
かあさんって、だれ…………?
わからない、なにもかも、でも、なにかたいせつなことが…………。」
苦しみも、痛みもない。
ただ、緩やかに闇へと落ちていく感覚。
「お、レは…………ボク、は、アストロキャッツ………に………。
ダレカのタメにアストロキャッツになるってちかった……………。
そ、レは、マスター……………ボクノマスター………。」
意識がアストロキャッツのものと溶け合っていく。
自分を保てなくなる。
それでも、クリスは……………
「きっ、と………ちがう…………ちがうはずなのに………。
あ、アア、お、レは………ボクハアストロキャッツ………。
ニャントリアノ再興ノタメニ、コノ力ヲ惜シミナク、マスター二捧ゲマス…………。」
クリスの意識は完全に暗闇の中へ落ちた。
彼もまた、佐之助のように眠ることになった。
こうして、彼の存在をかけた変身は終わりを告げた。
これからはクリスではなく、アストロキャッツとして彼らと共に生きることになる。
『ブレインの特殊改造完了。
変換シークエンス、全工程完了。』
無重力空間が消え、クリスだった者が床にふわりと横たわる。
モニターにNYADAMの顔が映し出される。
『目覚めよ、吾輩のアストロキャッツ!
吾輩達と共にニャントリアを再興するニャス!』
ゆっくり身体を起こし、立ち上がるアストロキャッツ。
姿勢を正し、モニターに向き直る。
「ボクハ、アストロキャッツ………CAT−02デス。
コレカラハマスターノタメ、ニャントリアノタメニ力ヲ尽クシマス。
ゴ命令ヲ、マスター。」
こうして、二体目のアストロキャッツがここに誕生した。
NYADAMはそれを満足そうに見て、早速指令を下した。
『では、シェルター内に取り残されたCAT−01の救出に向かうニャス。
くれぐれも頼むニャス。』
「了解シマシタ、マスター。」
CAT−02は誕生の余韻に浸る暇なく、シェルター内のCAT−01の救出へ向かった。
[newpage]
[chapter:別離、そして旅立ち]
シェルター内部の村。
CAT−01はその場に蹲ったまま動かない。
ずっと考えていた。
もしもあの時、クリスを振り切っていればこんな事にならなかったのではないかと。
少しずつだが、消えたはずの自我は佐之助とは違った形で再び芽生えはじめていた。
はじめての友達。
アストロキャッツになってからはじめて触れ合った人間。
造り物の自分を友達として扱ってくれた、大切な人。
わかっていた。
あの宇宙船に転送してしまった時点で、クリスはもう人間としてここに帰れないことを。
「CAT−01ヲ発見シマシタ。」
後ろから声がした。
クリスではなかった。
でも、きっとクリスが自分を助けに来てくれたのだと、CAT−01は思った。
「クリ、ス……………。」
「イイエ、ボクハ………アストロキャッツ、CAT−02。
マスターノ指令デ01ヲ救出シニ来タ。
緊急充電機構、起動シマス。」
CAT−02は胸のハッチを開くと、そこから緊急充電用のケーブルを取り出す。
そして、CAT−01の後頭部のアダプターに接続する。
「ケーブル接続ヲ確認シマシタ。
安全域ヘノ充電完了マデ休眠状態二移行シマス。」
CAT−01はそのまま休眠状態となり、動かなくなった。
CAT−01は暗い中にいた。
誰かを必死に探している。
しかし、見つからない。
暗闇にはCAT−01しかいない。
呼びかけようにも声が出ない。
自身も暗い中に沈んでいく。
もがいても、もがいても、徐々に落ちていく。
CAT−01が諦めかけたその時、手が何かに掴まれた。
それは、日向のような暖かい手。
その手が、CAT−01を闇から引きずり出した。
「ようやく会えたな。」
目の前にいたのはクリスだった。
しかし、彼は現実にはもういない。
それは緊急充電中という限られたパスを通ってきた、クリスの僅かな思念だった。
「クリス…………?
ワタシハ、クリス二、ヒドイコトヲ………。」
「ワンが気に病む必要はないぜ。
だって、俺もお前と同じアストロキャッツになったんだからな。」
「クリス………。」
「でも、こうして言葉を交わすのはこれで最後かもしれない。
俺が俺で今いられるのは、ワンに最後に会いたいからかもしれないな。」
「…………………」
「実はさ、選択したんだよ。
アストロキャッツになってお前を助けに行くか、俺が俺のままでいてこの星と共に消えるかをな。
どっちかは………言わなくてもわかるよな?」
「クリス…………ワタシハ、クリストデアエテヨカッタ……………。」
「あぁ、俺もだ。
とは言っても、これからは同じアストロキャッツとして一緒にいるんだけどな。
…………そろそろ時間みたいだ。
じゃあな、ワン。
最後の思い出を、ありがとう………。」
彼は最後にそう言い残して水泡のように消えていった。
はじめての友達、はじめての共同生活、そして別れ。
CAT−01は自身の中に寂しさを感じていた。
それは、CAT−01の中に初めて芽生えた感情、そして自我であった。
「バッテリー充電、50%二チャージ。
緊急充電、完了シマス。」
CAT−01は休眠状態を解除し、立ち上がる。
目の前には自分と同じアストロキャッツ。
CAT−02はケーブルを胸のハッチの中に収納し、CAT−01に近づく。
「CAT−01、マスターカラ帰還指示ガ出テイマス。
一緒二戻リマショウ。」
「了解、帰還シマス。」
二体のアストロキャッツは、かつて青年がいた村を後にする。
青年とはじめて会い、たった数日間だけ過ごしたかけがえのない場所。
こうして、最後の人間は村を出て、姿かたちは変わってしまったが外に生きる道を見出せたのだった。
宇宙船ラストニャントリア号、中央制御室。
すでに惑星ルインを出発し、次なる星を目指していた。
モニター前には二体となったアストロキャッツ達。
モニターがぱちりと映ると、いつも通りの彼らの主がいた。
『よくぞ戻ってきた、吾輩のアストロキャッツ達。
CAT−01は後で話があるとして大義であったニャス。
こうして新たなアストロキャッツを迎えることも出来た。
各々、次の星に備えて支度をしておくニャス。』
「「了解シマシタ、マスター。」」
宇宙船の遥か後方で、ひときわ輝くものがあった。
それは、ひとつの星の終わり、その間際の輝き。
かつて青年がいた星は臨終を迎え、青年は新たな未来に向かって歩き出した。
次なる星に、希望を思い馳せながら………。
▶▶▶Episode4へ続く