【新春けもケット11】群々「不死鳥の葬儀」【B-07】

  

  突拍子もないことだとは重々承知しているのだが、僕は不死鳥の葬儀に行ったことがある。よくある「不死鳥のように」の不死鳥ではない。本物の不死鳥である。そのことについて、少し話をしよう。

  大学の学部1年生の時のことだった。前期もまだ終わっていなかったのだが、僕は非常にお金に困ってしまっていた。東京で一人暮らしができるという開放感の反動として、僕はとあるソシャゲにのめり込んでしまい、射倖心を煽られた果てに毎月の実家からの仕送りを遥かに超える額のお金を、注ぎ込んでしまったのだ。

  クレジットカードの支払いが月末に迫るなか、僕はどうにか取り繕おうと必死になっていた。こういうとき、素直に告白するのが最善だということは、当の本人は思いも寄らない。僕だってそうで、親に事情を打ち明けてお金を無心する度胸もなかったせいで、たまたまSNSのTLに流れてきた広告に引きずられて、とある怪しげなバイトに応募をしてしまったのである。

  今思えばバカなことをしたと思うが、不幸中の幸いだったのは、それが老人の家に押し入って金目のものを奪ってくる――最悪の場合殺してしまう――とかそういう類のバイトではなかった、ということかもしれない。

  おかしな仕事だったことに変わりはない。バイト先は神保町と求人には強調して書かれていたが、正確には九段北で、もっと言えば靖国神社や千鳥ヶ淵の近くだった。だからバイト先のある雑居ビルへは九段下で降りて、靖国神社へ続くこんもりと盛り上がるような坂道を上っていかなければならなかった。左手には細長い空調機のような見た目をした昭和館があって、靖国通りでは時折「現人神◯◯は世界の救世主云々……」と車体に派手に掲げた街宣トラックが、その主張のわりには控えめなスピードで通り過ぎていた。

  「ZOOTOPIA ONLINE」というのがバイト先のウェブメディアの名前だったが、今もってそれが実在するものなのかわからない。この名前でGoogleやYahooで検索をかけると当然のことながら同名の映画ばかりがヒットしてしまうせいで、真偽を調べようとしても埒があかないのだ。ともかく、耐震基準法以降の建築と思しき雑居ビルの5階の片隅に、その編集部と称する一室があった。

  面接はあってないようなもので、どうやら採用という話になって、すぐ仕事の説明が始まった。仕事というのは、この怪しげな編集部の非正規のライターとして、取材・記事の執筆をするという程度のことで、その後の一切の校正やら編集業務は、いま仕事内容を説明している狼獣人の男――たてがみはボサボサしていて、見たところ就職氷河期世代のようだ――がしてくれるということらしかった。胸の名札には「リドリー」とあったが、これも本名かどうかわかったものではない(やはりこれも検索にかけると、同名の映画監督や俳優やゲームのキャラクターばかりが出てくる)。

  そういえば、あのバイト先は獣人ばかりだった。オフィスに出向いたのは色々あって結局、最初の一回きりだったために、まともに喋ることはなかったのだが、編集部には他にも虎獣人とか牛獣人なんかがいて、机に向かって黙々と何かしら働いているのだった。その様子には、確かに興味をそそられるところで、金のことに気を取られていなければもっとゆっくり観察することができただろう。何せ、獣人は現代の日本でもそこまで見られるわけではなかったからだ。

  簡単な説明の後で、僕は連絡用のスマートフォンと名刺入れを渡された。スマートフォンはiPhoneだったが型落ちもいいところで、イヤホンジャックや画面下側の丸型のボタンがあった。名刺に書かれた名前は偽名だった。それに会社名もいけしゃあしゃあと大手の出版社である◯◯社の名前を記載しているし、住所も神保町にある実際のものだった。

  担当者が勝手にしゃべったことには、このメディアでは獣人コミュニティの特異なニュースを面白おかしく取り上げているのだが、いかんせん、その対象となる獣人は大抵ガードが固い。ただ、こうして大手の雑誌で取り上げるなどと言えば喜んで胸襟を開くのでチョロい、という理屈だった。ニンゲンである僕を採用したのは、当然もっともらしいからというのが一つ、そして獣人はニンゲンにはよりいっそう隙を見せるからだそうである。それも、自分に興味関心を持ってくれるニンゲンならばなおさら、という話だった。

  獣人が獣人のことをそんな風に評するのは、何だか妙な気がしないでもなかったけれど、簡単な仕事の割にはやたらと高い報酬、というのがその時の僕には遥かに重要なことであって、怪しいと言ってもヤバい仕事ではなさそうだと勝手に安心をしていた、のも束の間のことだった。

  では早速と、僕は狼獣人の上司から一枚のうっすらとしたハガキを手渡された。

  私 不死鳥 儀 かねてから療養中で御座いましたが

  来る6月15日500歳にて永眠致します

  ここに生前の御厚誼を感謝し謹んで御通知申し上げます

  尚葬儀は左記の通り執り行います

  葬儀:6月15日(土) 11時

  御高覧賜りますよう御案内申し上げます