【新春けもケット11】ナルコスカル「Good-bye my cradle(前編)【B-07】
「[[rb:姫神 > ヒメカミ]]山に、銀河鉄道の列車が緊急停車した」。イーハトーブ国の首都、[[rb:不来方 > コズカタ]]の街の中は、二日前からその話題でもちきりです。
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「ねえ、カプチーノはどう思う?」
屋根つきのアーケード商店街の一角、カフェのテラス席に座る赤いブレザーとスラックスの上に薄手の赤いローブを羽織った女の子が、その対岸に座るセーラー服とスラックスの上に薄手の黒いローブを羽織った少年に問いかけました。今の不来方は一日ごとに夏が近づきつつありますが、ふたりは初級魔道士なので長袖を着ています。ふたり以外の魔道士や魔術師も、できる限り人肌を見せないことを模範としています。
女の子から問いかけられた男の子は、テーブルに広げていた参考書とノートと右手に握っている鉛筆から顔を上げて、左手で右の横顔の髪を耳にかけ直しながら答えました。
「あっ……お、おかわりしてもいいと……思うよ……僕、まだまだ……ここで勉強したい……」
男の子の引っ込み思案な性格がそのまま口調に表れた返答を聞いた女の子は、レッドブラウンに染めたミディアムウェーブの髪に彩られた顔をしかめました。
「アンタじゃなくて、さっきの話題のこと。それに、紅蓮魔道士の私だってこんなに日が高いと二杯目のホットはキツイって」
「あっ……ご、ごめん……リーリ……」
赤い服の女の子、アリーチャに対して、黒い服の男の子、カプチーノは眉と目尻を下げながら謝りました。ふたりは幼い頃からの親友であり、この不来方の魔術高等スクールの紅蓮術科と夜魔術科へそれぞれ進学した今でも友情は続いています。「リーリ」とは、アリーチャのあだ名です。
「まあ、アンタがちょっと抜けてるのは知ってる。それで、今から行ってみない?」
「ええと……リーリ……ひ、姫神にってこと……?」
「そうそう! だって面白そうじゃん! こんなチャンスめったにないって!」
高らかにそう言い放ったアリーチャが、カップの中ですっかり冷たくなった[[rb:カ > 丶]][[rb:プ > 丶]][[rb:チ > 丶]][[rb:ー > 丶]][[rb:ノ > 丶]]の残りを一気に飲み干し、ソーサーの上に戻しました。親友のその様子をカプチーノは、身構えるように両手を胸の前で丸めながら、襟足を首の根元まで伸ばし黒髪に茶色のハイライトを入れたウルフヘアに囲まれた顔つきを困惑させました。
この街を囲む山々の一つである姫神山、その南山麓である隣の[[rb:天峰 > テンポウ]]山からの尾根に銀河鉄道の列車が緊急停止した当日に、カプチーノの耳にもその噂が届きました。それによると、魔術で動作している機関部の故障とのことです。今は列車の乗務技師たちが修理に当たっているそうです。同じく噂では、その不調は重度のものではなく、数日中に列車はまた星空に飛び立つという予想もされていました。
つまり、アリーチャが言う通り、滅多にこの星へ立ち寄らないあの銀河鉄道をこの目で見たければ、この機会を逃すべきではありません。しかし、彼女から顔を逸らしたカプチーノは目を泳がせながら答えました。
「ぼ、僕たちが行ったら……迷惑だよ……き、きっと絶対……他に見物してるひとたちがいっぱいいるし……」
自分が口にしたものは決して間違いではないと、カプチーノは弱々しい自分の声を自分の耳で聞きながらそう考えました。列車の運行に関わっている者たちと乗客には、これは起こってほしくなかった事態でしょう。旅路が滞ったことにより、苛立ちを感じているのかもしれません。
しかし、不来方に住む者たちの多くは、まるで夜空を眺めた時に偶然見つけた流れ星のように喜んでいます。この[[rb:肴町 > サカナチョウ]]商店街のアーケード入口のすぐ近くにバスターミナルがありますが、ふたりが商店街に入る時にはすでに姫神と付近の山々のふもとに近い[[rb:松園 > マツゾノ]]地区行きには行列ができていました。
おそらく停車している姫神山の山麓では、たくさんの見物客が遠巻きに列車を眺めていることでしょう。列車に携わる者たちや乗客たちの気持ちを考えないで。カプチーノは日頃から、誰かの迷惑になりたくないと思っています。もう十年以上の仲になりますが、アリーチェに対して少なからずそれをしてしまっていることにさえ負い目を感じています。
「……アンタの紅茶の残り、もらっていい?」
「あっ……う、うん……いいよ……」
アリーチャの静かな問いかけに、カプチーノは目を合わせないまま答えました。カプチーノが少しだけ窺うと、椅子から軽く腰を浮かべたアリーチャが手を伸ばし、ノートの隣に置いてあるアイスティーのグラスを掴みました。
アリーチャはもう片方の手の指でストローを摘むと、グラスの中に残っていた紅茶の残りを飲み干しました。取り残された氷が少しだけ音を立てます。ストローの使い回しによる間接キスを恥ずかしがったりしないほど、ふたりの仲は長年にわたります。
「ありがと」
「ど……どういたしまして……」
グラスをもとの位置に戻しながら、アリーチャは感謝を口にしました。それに答えるカプチーノは、胸につけた両腕をこわばらせました。カプチーノは知っています。こういう態度を見せるアリーチャは、これからカプチーノの「説得」を試みることを。
普段からカプチーノはそれに流されてばかりです。今日こそは明確な拒否を示すべきだと、一度だけ深呼吸をしたアリーチャの顔色を何度も小さく覗き見しながら、カプチーノは決心を固めました。
「カプチーノ。アンタ、次のレポートは大丈夫?」
「うう……そ、それを言われると……」
アリーチャのたった一言で、カプチーノの決心は半壊しました。困り顔のカプチーノが窺うと、アリーチャは静かに、そしてまっすぐにこちらを見つめ返しています。そこにカプチーノのような迷いや悩みはありません。「兵法の基本は相手の弱みを突くこと」だと、カプチーノはどこかで読んだ記憶があります。つまり、カプチーノが対峙している相手は、彼専門の戦術家です。
「まっ、私は別にいいんだけどね。アンタのレポートが、先生から『また同じ話だ』と書かれても」
そう言いながらアリーチャは、足と指を組みました。その光景を視線の端に映しながら、カプチーノはテーブルの上の参考書やノートへと俯きます。
ふたりが通うスクールではそこに通う生徒に、数ヶ月に一度の頻度でレポートの提出が課されています。レポートの内容は特に決められていませんが、「魔道士の修練者として向上心が感じられるもの」が特に評価される傾向があります。そして、企業や魔術ギルドは選考時に応募者が過去に書いたものをスクールから取り寄せることができます。
「実を言うと、私が前に書いたあれ。今は全国コンクールの候補に選ばれたんだ。その私がアンタを手伝ってあげてもいいけど、私にだって限界はあるから」
カプチーノの視界の外から、アリーチャの少しだけ自慢げで皮肉めいた言葉が飛んできました。去年の冬のことです。アリーチャは地元の魔道技術者のもとを回って頭を下げて協力者を募り、紅蓮魔術を使った機械の実験を行いました。その過程と結果は「紅蓮魔術内燃機関と同魔術式外燃機関の長短の再評価」としてまとめられ、スクールとイーハトーブ国の賞に選ばれました。それが全国コンクールにまで駒を進めていることをカプチーノはたった今知りましたが、親友の力作を何度も読み返したカプチーノにとっては不思議ではありません。
「……」
カプチーノは、スクールの夜魔術の先生から赤ペンの添削をつけられて返された、先月の自身のレポートを思い出しました。「もう少し、魔道士として視野を広げてみてください。あなたの周りには、あなたが知らないことがまだまだ存在します」と、丁寧な筆跡でそう書かれていました。
カプチーノとアリーチャで比べた時に、魔術総合座学のテストで点数が高いのはカプチーノです。しかし、レポートでは立場が逆転します。「大規模火災防止における紅蓮魔術活用の歴史」、「紅蓮魔術を活用した調理法の実践」。前回と前々回にアリーチャが提出したレポートであり、それらを書くにあたって彼女は高名な魔術師のもとを訪れて話を聞いたり、地元の飲食店を回って「生(なま)」の情報を集めました。もちろん、どちらのレポートもスクールで高い評価を受けました。
レポートはそれ単体だけで評価されるわけではありません。毎回異なる「火にまつわる事柄」をレポートという形にまとめて提出する彼女の視点や姿勢もまた、スクールの教員たちから、時には外部の魔術師から褒められています。
一方のカプチーノのレポートは、「夜行性鳥類における言語の差異」や「野生コウモリとの効率的な親交の深め方」など、夜魔術における特定の分野に偏っています。具体的には、「レポートを作成するにあたって、可能な限り人に会う必要がないもの」です。
カプチーノの動物好きは「夜のスクール」で有名であり、提出するレポートの一貫性は少なからず加点として働いています。しかし、先生たちはカプチーノのその一貫性を心配しており、それは彼自身も一種のコンプレックスとして自覚しています。
カプチーノは人付き合いがあまり得意ではありません。もちろん、例えば紅蓮魔道士のアリーチャやその他の一般的な魔道士と比べると、夜魔道士であるカプチーノの生活リズムは異なります。紅蓮魔道士や他の魔道士が下校する時間を過ぎ、部活に熱心な生徒が日が落ちても校舎に残って活動している頃に、夜魔道士や闇魔道士が登校します。今こうして土曜の下校後と登校前に商店街のカフェで一緒の時間を過ごせているのは、カプチーノが夜魔道士の基本魔術である節眠の魔術を自分にかけているからです。
しかし、それを加味しても、カプチーノの人付き合いの控えめさは、彼自身の良くも悪くも奥ゆかしい性格に起因しています。そもそも、カプチーノ以外の夜魔道士の生徒や、あえて偏見の目で見られる道を進む闇魔道士の生徒も、昼の世界にも夜の世界にも複数の友がいます。
昼の食事時間にあたる夜食休憩の時に、カプチーノは校庭に出て、フクロウやヨタカや夜行性のサギ、あるいはコウモリ、虫たちと一緒に過ごします。他の生徒は、友達同士で夜食を共にするか、短い遊びを楽しむか、あるいは談笑を交えながら予習や復習を教え合います。カプチーノのようにひとりで過ごす生徒も見受けられますが、彼ら彼女らほぼ全員には確固たる「自分の世界」があります。カプチーノのように「ふわふわ」ではありません。
「ぼ、僕……」
「うん?」
カプチーノはまだアリーチャの顔を見れません。カプチーノにとって友人と呼べるのはアリーチャのみです。そして、そのアリーチャにさえ「本心」を明かしたことがありません。そもそも、カプチーノの家に遊びに来たアリーチャは気軽に「ちょっとトイレ貸して」と申し出ますが、反対にカプチーノがアリーチャの家を訪れた時には限界まで我慢してしまいます。
「僕……」
カプチーノの心には二つの気持ちがあります。一つは「この性格を直したい」であり、もう一つは「この性格でもいい」というものです。しかし、後者が現実逃避であることをカプチーノは自覚しています。
とても秀でたレポートを何度も書き上げたアリーチャは、すでに複数の魔術大学や企業、紅蓮魔術ギルドから声をかけられています。しかし、カプチーノの耳には、自分への呼び声は皆無です。総合学力ではカプチーノの方が上ですが、「求められる人材」という点においてはアリーチャと大差が生じています。彼女に唾をつけた者たちにとって、カプチーノは平凡そのものなのでしょう。
カプチーノはスクールにおける進路相談の度に担当の先生を困らせ、同時にカプチーノ自身も困惑します。もちろん、送られてきたパンフレットが多すぎるアリーチャとは別種のものです。先生は明確な意志を示さないカプチーノに眉をひそめ、口頭指導に発展する場合があります。カプチーノはそれでも「本心」を言い出せず、時には涙をこぼして先生をさらに困らせてしまいます。カプチーノの胸を覆う両腕、その先端の両手が力強く握り拳を作りました。
「ほら、カプチーノ。もうちょっとだから頑張って」
そのかけ声によって、カプチーノはアリーチャの顔へと視線を向けました。先ほどのからかいから一変して、彼女の表情は純粋に親友を応援している、真剣そのものでした。
カプチーノは自覚しています。自分の弱みを、自分に足りないものを。銀河鉄道の列車が停まったことは、もしかしたら運命が応援してくれて、変われるきっかけをもたらしてくれたのかもしれません。それはただの思い込みかもしれませんし、列車の関係者や乗客の迷惑に加わることになるでしょう。しかし、カプチーノは一度だけ小さく深呼吸すると、弱々しくもたしかに言い放ちました。
「う、うう……や、やっぱり行こうと思う……」
「よしっ! じゃあ早速行こう! 私が下げてくるから、アンタは準備してて」
カプチーノの決意を聞いた瞬間にアリーチャは、まるで真夏のヒマワリのような満面の笑顔になり、すぐさま立ち上がりました。そして、コーヒーカップと氷だけが入ったグラスをテーブルの隅に置いていたトレイに乗せると、足早にカフェの店内に消えていきました。