パーカスsideテディの告白

  『ぼく、にんげんなの』そうテディが私に言った。真剣な表情で呟くテディの瞳の中には、幼い男の子とは言えない大人びた眼差しが見え隠れしていた。

  どこかで聞いたことのある『ニンゲン』と言う言葉は、咄嗟にはどんなものかは思い出せなかったけれど、テディ曰く竜人でも獣人でも無いと言う。そしてそれが、弱くて直ぐに死ぬと?『ニンゲン』はともかく、私にはそちらの方がショックだった。

  テディが明らかに竜人でも、獣人でもなさそうなのは一緒に暮らしていれば私にも気がつく。だが、すぐ死ぬと言われて言い様の無い恐怖を感じた。

  「テディ、すぐ死ぬとはどう言う事なのじゃ!何か病気なのか?」

  私がテディを抱き上げて、熱があるかどうか額に手を当てて測ると、特に熱もなく、いつもの様に柔らかな頬には健康そうな血色を感じた。私がホッとしてテディの目を見返すと、テディもまた困った様に私を見つめていた。

  「…いま、ちにゃない。んーと、ぱーかちゅ、にんげん、ちってる?」

  そうテディに言われて、私はまた記憶の何処かを引っ掻かれた気がした。『ニンゲン』とは一体どこで…?

  私はテディを抱っこしながら、ソファに沈み込んだ。今ここで簡単に話すには内容が重要過ぎた。腰を落ち着けなくては。

  「確かに私の生きて来た500年の長い竜生の中で聞いた覚えはある。だが、一体どこでその言葉を聞いたものやら…。」

  私がそう言って額に手をやると、テディがぱっと顔を明るくして嬉しげに口を開いた。

  「ちってる?にんげん?あー、ほんちょに?」

  今まで聞いたことの無い早口のその口ぶりは、明らかにテディのいつものそれでは無かった。胸の内から湧き出た様なそのトーンは、テディが常に言葉を選んで話している事に気づかせられるものだった。

  「今は思い出せぬが、確かに聞いたことのある言葉じゃ。テディが竜人でも獣人でも無いのは私も気づいておったんじゃ。そうか、テディは自分が何者か知っておったんじゃの?」

  私が優しくそう言うと、テディは急に顔を歪めて唇を震わせた。

  「‥ごめんちゃい。ぼく、こあかっちゃ。ぱーかちゅ、ぼく、きあいになう。ぼく、このちぇかい、ちらない。にんげんいにゃい。ぼく、ちとり…。」

  そう言いながら、明るい緑色の瞳を揺らしながら静かに頬を濡らすその姿は、あの時の姿と同じだった。青龍のバルトに無神経な言葉を叩きつけられたあの時の、悲しみと不安の滲んだ表情と。

  「…テディはずっと一人で不安に思っていたのじゃな?私がテディを嫌いになる訳があるまい。言わなかったかの?テディが魔物であっても私の大事な家族だと。安心して良いぞ。ずっと一緒におるからの。」

  そう諭す様に言うと、テディはワッと堰を切ったように泣きじゃくりながら私に抱きついた。私は立ち上がって、もう大丈夫だとテディの小さな背中を優しく撫でながら、ゆっくりと部屋の中を歩き回った。

  ひとしきり泣いた後は、顔を拭ってやると落ち着いたのか、鼻を啜りながら、私の腕の中でまどろみ始めた。私は少し体温の高い、甘い匂いのするテディの柔らかな黒髪に鼻をうずめて、この眠りについた儚げな幼な子の今までの様子を思い起こしていた。

  確かにテディは見かけは小さいけれど、子供の様に必要以上に泣く事もない。もう少し大きくても子供は我儘を言ったり、癇癪を起こしたり、親を困らせるものだ。一緒に暮らして来て、テディは一切そういった面で手を焼かせる事が無かった事に気がついた。

  もしかしてテディはこの見かけで大人なのか?私は眉を顰めて、ぐっすり眠ってしまったテディの寝顔を見つめた。今の考えを直ぐに打ち消すほどの、どう見ても幼き子の様子に私は一人笑った。

  まったく馬鹿な事を思ったものだ。どう考えてもそれはあり得ない。単純にテディが随分と賢い子供であるだけだ。それにしても、私は塔の長老に、この『ニンゲン』について尋ねてみなくてはなるまい。長老ならば、『ニンゲン』についての情報を持っているだろう。

  私はテディをそっとベッドへ寝かすと、何度か頭を撫でた。この小さな身体でひと知れず、自分がこの世界に独りぼっちだと苦悩していたテディが哀れでならなかった。私はため息をつくと立ち上がって、談話室に戻ると手紙を一通、王都の塔の長老宛に書いた。

  これの返事は早くても10日は掛かるだろう。私はテディが多くを語ってくれるといいがと思いながら、テディの発した『弱くて直ぐに死ぬ』事の意味を知りたいと思った。テディが何者でも、それは避けなくてはならない。

  「私に出来ることがあると良いのじゃが…。」

  私は真っ暗な夜の森を、静かに見つめて呟いた。

  

  翌朝早く私はダダ鳥のバッシュを呼ぶと、手紙を首に掛けたバックに仕舞い込んで街へと送り出した。ダダ屋のダグラスがこれを王都便に乗せてくれるだろう。殆ど使用した事のない急便にダグラスのしかめ面が見える様だった。

  テディの眠っている寝室を覗き込むと、テディがモゾモゾと毛布の下で動いていた。

  「テディ、起きたのなら朝ごはん食べようかの?」

  そう声を掛けると、毛布から顔を覗かせて、こちらをじっと見つめていた。それから少し脹れつらで、毛布の下から這い出て来た。昨日あんなに泣いたから気恥ずかしいのかも知れない。

  私が両手を出して抱き上げると、やっぱり顔を逸らして、でもしっかり抱っこされるのが何ともいじらしかった。私は楽しい気持ちで台所へ向かうと、椅子に座らせてテディの好物を並べた。

  少し口元を緩めたテディが、モグモグと好物のノラの実を美味しそうに食べていた。一応ミルもカップに汲んだけれど、昨日の今日だから飲むだろうか。するとテディはカップの中身をじっと見つめると、目を瞑って一気に飲んだ。

  「ちゃべものに、ちゅみはないっ!」

  口の周りを白くしながら、眉を顰めて葛藤している姿は何とも面白いものだった。

  

  毎朝の日課になりつつある家の周辺の散歩をしながら、私はテディに尋ねた。

  「テディ、私はテディが言った、弱くて直ぐに死んでしまうと言った言葉が気になっておるのじゃ。あれは一体どういう事なのじゃな?」

  するとテディは、遠くを眺めながら歌う様に言った。

  「りゅーじん、ななひゃくちゃい。じゅーじん、にひゃくちゃい。にんげん、きゅーじゅっちゃい。ぼく、にじゅっちゃいで、ちぇいじんちゅる。ぱーかちゅ、ぼく、ちゅぐにおっきい。…ぱーかちゅより、ちゃきにちぬ。」

  そう言って私を見上げるテディは、大人びた眼差しで、どこか痛そうな表情で笑った。私はテディの言ったその残酷な事実に何も言えなくなってしまった。