★王都への旅路★ 湖の街ブレーベル

  眼下に広がる景色は僕を夢中にさせた。何処までも広がる美しい景色に時々見え隠れする白い線は街道だろうか。そこまで高い山が無さそうなのも見晴らしを良くしていた。

  時々真下を覗き込むとグッと身体が引っ張られるのは不自由だけど、一方で革屋が作ってくれた、ハーネスの様な落下防止ベルトが効いてる事に安心感が湧き上がってくる。目線の先にキラキラした宝石の様な色をした大きな湖が見えて、その周囲を囲う様に家々が取り巻く大きな街が現れた。

  【テディ、今日明日はあの街で休息と観光をしよう。降りるぞ。】

  パーカスにそう声を掛けられて、僕は竜化したパーカスの爪のひとつにしがみついた。グンと身体を持ち上げられた次の瞬間、僕は重力を感じながら下降して行った。

  みるみる近寄ってくる街の端にある、開けた広場に狙いを定めたのだろう。パーカスは少し浮き上がってから、ゆっくり地面に降り立った。パーカスは竜化するとチビの僕には全体が見渡せないくらい大きいので、実際どれくらいの大きさなのかは良く分からない。

  しかも僕を地面に降ろした後は、スルスルと人型に変わってしまうしね。

  「テディ、疲れたかの?ここは翡翠色で有名な湖ブレーベルの街じゃよ。ここからはしばらく街々が繋がっておるから、ダダ鳥かダダ鳥の馬車で進もうかと思っておるのじゃ。流石に私もテディは兎も角、この荷物を持って飛ぶのは疲れるからのう。」

  そう言って、側に置いた大きな荷物を眺めた。この荷物は僕らが王都へ行くと聞きつけた多くの獣人達が、王都に居る身内に届けて欲しいと預けてきた故郷のお土産だ。勿論僕たちが配り歩く訳にいかないので、到着予定日の頃、王都のパーカスの常用宿に取りに来る様にそれぞれ連絡をさせてある。

  すっかり宅配便の業者になった気分の僕だったけれど、それでもパーカスがその大荷物を持ち上げる時に、腕の筋肉が盛り上がるのを驚異を感じながら見つめて呟いた。

  「ぱーかちゅ、むきむき…。」

  思わず自分の腕をさすってみたけれど、ムチムチとした感触しか感じられなかった。そんな僕を見てフォホホと笑いながら、パーカスは僕の手を繋いで歩き出した。

  広場から街の方へ歩き出すと、遠目でもこちらに人々の視線が集まっている事に気がついた。ここは空から見た感じ、街の外れだった気がしたけれど、結構な人数が居る。その中から背の高い人を先頭に、四人ばかりが近づいてきた。

  僕は思わずパーカスを見上げたけれど、パーカスは少し眉を寄せて舌打ちした気がした。

  「これはこれは。かの武運名高いパーカス殿ではございませんか。まさかここでお会い出来るとは思いもしませんでした。この街に滞在予定でしたら、是非我が家にお泊りください。」

  そう言ったのは中年の明らかに竜人の男だった。貫禄があるというか、少し身が詰まった様に見える。こうして竜人同士で比べてみると、パーカスは目の前の竜人のおっさんよりも明らかに年上だけど、未だに直ぐに戦えそうな雰囲気がある。竜人のおっさんは、パーカスから僕に視線を動かすと、濃紺の目の色をくるくると変えてじっと見つめてきた。

  「‥噂になっておりましたぞ。パーカス殿が可愛らしい養い子を得たと。しかしこれは想像を越えますな。」

  そう言って満面の笑みを浮かべて僕を抱き上げようと手を伸ばすので、僕は慌ててパーカスの脚の間に身体を入れ込んで、がっちりとパーカスの膝に両手を絡ませた。

  このおっさん、いきなり何?怖。僕が思わず安全地帯からおっさんを睨むと、おっさんは面白そうに笑い出した。

  「申し訳ない。あまりにも可愛らしいので抱き上げようとしてしまいました。養い子よ、怖がらせて悪かったね。それはそうと、パーカス殿、是非おもてなしをさせて下さい。」

  おっさんはパーカスに随分と下手に出ている。パーカスって有名人なのかなぁ。

  「ぱーかちゅ、ぼく、まち、いきゅ!おにゃか、ちゅいた!」

  僕はパーカスがあまり乗り気でない空気を読んで、駄々をこねてみた。するとパーカスが足元の僕の頭を撫でて言った。

  「…私の養い子もこう申してるのでな。ひとまず街の観光が先じゃ。さりとて、ブレート殿の好意も無碍には出来ぬ。ご厚意に甘えて今夜は其方へ寄らせていただく事にしようかの。夕方に其方へ伺うがよろしいか。」

  おっさんはホッとした様に喜ぶと、一緒に来ていたオレンジっぽい赤髪のいかつい虎獣人に合図した。20代に見える虎獣人さんは僕をジロジロ見ながら、一緒に来ていた他の獣人達に指示してパーカスの荷物を預かってくれた。

  その時にスルリと僕を尻尾で撫でて行ったので、僕は思わず虎さんの長い縞々の尻尾をぎゅっと握ってしまった。ふわふわだ。僕が思わず手の中の尻尾の先端を見つめていると、なぜか皆の動きが止まった。

  僕はハッとして手をパッと離すと、虎さんに謝った。

  「ごめんちゃい。ふあふあちてて…。」

  すると虎さんが何故か挙動不審になって、大丈夫だとかモゴモゴ言うと背を向けて他の獣人達を置いて歩き出してしまった。その後を他の獣人達が荷物を手に追いかけて行った。僕は何か不味い事をしてしまったのかと、パーカスを見上げたけれど、パーカスはパーカスで険しい顔をして虎獣人の後ろ姿を見つめていた。

  「ははは、何とも其方の養い子は可愛らしい。普段はあんな事しない男だが、我慢できなかったんでしょうな。…パーカス殿、貴方のお住まいになっている辺境の地と比べて、ここは大きな街です。そうなると妙な#輩__ヤカラ__#も多くなりますからね。

  勿論パーカス殿がお強いのは存じておりますが、出来るだけこの可愛らしい養い子から目を離すことをなさいませんよう…。」

  最初の印象より親切なおっさんに感じて、僕は愛想良くブレートさん?に街の入り口で手を振った。

  「あのちと、ぱーかちゅの、でち?」

  僕が感じた事を尋ねると、パーカスはフォホホと笑って僕を抱き上げて歩き出した。

  「ブレート殿は昔王都で少し関わりがあったのじゃよ。この街の領主をしているのは知っておったが、まさか直ぐに見つかるとは思わぬかったの。…テディ、さっきどうしてあの者の尻尾を握ったのじゃ?」

  僕はあの時の微妙な空気を思い出して首を傾げた。

  「…ふあふあらった。ちっぽちゃわちゃ、らめ?」

  僕の質問に、どう言って良いかという様な困惑の表情でパーカスは答えた。

  「…尻尾を触るのは相手を好きだと言ってるのと一緒なのだよ。もっとも、あの虎獣人もテディに尻尾を巻きつけたのじゃから、そもそもあちらの方が先に仕掛けたと言う事にはなるのじゃけどのう。

  …どんなに幼くても、それは本能で生じるものじゃから止めようがないのじゃけれど、テディは獣人では無いからそもそもそれを意図してしていないのかのう。はぁ、色々教えなければならぬの?」

  そう考え深げにパーカスは自分に言い聞かせる様に言った。うん、僕何かやらかしたみたいだね?