目が覚めた時、そこは自分のベッドではない事に気がついた。品の良い部屋は明るいクリーム色の壁と、水色の凝ったカーテンが下がっていた。すっかり明るい外は一晩経っているのだろう。
まだ頭が重い気がしていたけれど、私は身体を起こした。昨日…晩餐会に参加した私は、とんでもない目にあってここにいる。テディ、テディに会った。忌々しい虎獣人に抱かれていた姿を見た時、怒りで身体がピリついたのを覚えている。
私が思わずテディを何処へ連れて行く気だと問い詰めると、虎獣人は私を訝しげに見て言い掛かりだと言った。私たちが言い争っていると、テディが目を覚まして虎獣人にテラスの外へ行こうと強請っていた。
あの時の虎獣人の表情を見て、彼もまたテディに私と変わらない感情を持っているのだと分かってしまった。テディは私の番いだと叫び出しそうなのを堪えて、強引にでもテディをこの腕に取り戻そうと思った。
けれども肝心のテディが、仲良さげに赤金色の髪の虎獣人をロバートと呼び機嫌よく抱かれている。私は騎士仲間の赤髪のブランが気を利かせてくれたお陰で、テディと邪魔者と三人でテラスに出たが、正直後悔し始めていた。
テディと王都で仲良く行動した、実際は護衛しただけだが、初日のことを匂わせて柔らかな手を握れば、あの男は王都で話題の湖の魔物討伐の間中一緒にいたと、私を横目で見つめながら言い放った。しかもあまつさえテディに尻尾を握らせもしたんだ。
私はイライラと、この邪魔な男を排除するにはどうしたら良いか考えていた。するとテディがポケットからチャリチャリと鎖に繋がった小さな洒落た入れ物を取り出した。中には小さな粒がいくつか入っているようだった。
テディはその入れ物の中から小さなピンク色の粒を私達に一粒ずつ渡した。何だか分からないものを口にするのは気が進まなかったが、テディに美味しいと言われて食べないわけにもいかず、私は口の中に放り込んだ。
それからの事は何が起きたのか目まぐるしくて、私にはどう考えていいのか分からない。テディが熱いと叫び始めて、私とロバートで慌てて脱ぐのを手伝った。私たちも熱くなって騎士服を着ていられなかった。
脱いでテディの方を見ると、何かがおかしかった。いつもよりキビキビと動いている。そして勢いよく下履きを脱ぐと、慌てて噴水へと走り出した。私とロバートは顔を見合わせると、松明の灯りを頼りにテディの後を追いかけた。
揺らめく炎の灯りに照らされた闇夜に浮かぶ真っ白い肌が、目の前で変化して行く気がして、現実では無い出来事のようだ。私は実際熱に浮かされていたのかもしれないけれど、噴水に辿り着いた少年に追いついた筈だ。
止める暇もなく少年は噴水に飛び込んで水飛沫を目を閉じて顔で受けていた。その間も身体は成長を続けて、黒髪も長く伸びて行く。まるで夜の化身の様なその幻想的な光景を私はただ呆然と眺めていた。
隣で同様に突っ立っていた虎獣人が、ふらりと揺れたかと思うと崩れ落ちるのが目に入って、私は慌てて跪いて様子を見た。すっかり意識を失っている。私はもう一度噴水に目をやると、もはや少年というより若者という成長を遂げた『彼』がこちらを見た気がした。
結局私の記憶はそこ迄だった。私もまた意識を失ってしまったのだろう。
『彼』はどう考えてもテディだったのではないだろうか。状況的にテディ以外考えられない。けれども一気に成長するなど聞いたこともないし、そんな魔法があるとも初耳だ。
しかし私が強制的に一部竜化させられて、虎獣人もまた一部獣化したのは、テディのくれたピンク色の小さな粒以外考えられない。実際あれが長老からのものだと聞いて、虎獣人とこれは不味いのではと感じたじゃないか。
『彼』が未来のテディの姿なのか?私は一気に心臓がドキドキしてきた。あの噴水に打たれながら飛沫に包まれたしなやかな裸体。そして巻きつく様な長い黒髪。細い腰と小さな丸い尻が私の瞼に蘇って来た。
『彼』は私の番いだ。私の感じたことのない焦燥感が『彼』の側を離れてはいけないと告げている気がした。
丁度その時扉をノックする音がして、ブランが顔を覗かせた。
「なんだ、すっかり良さそうじゃないか。いや、昨夜は真面目に驚いた何てものじゃ無かったぜ。戻って来ないから庭園に探しに行ったら、お前と虎獣人の騎士がぶっ倒れて居るんだから。
しかもお前たち竜化や獣化してたからな。焦ったよ。その上テディ坊ちゃんは見当たらないし。俺拐われたかと思って気が気じゃ無かったぜ。一体何があったんだ?」
私は顔を上げて、椅子に座ってこちらを見つめるブランを見つめ返して尋ねた。
「テディは…。大丈夫だったのか?」
すると額を指で擦ってブランが言った。
「それなんだけどな。居なくなってたからてっきり拐われたと慌てたんだが、パーカス殿がテディはもう部屋で休ませて居るって言うもんだからな。俺の早とちりだったのさ。しかしお前たち、まさか喧嘩でもしたのか?あんな本能剥き出しになるほどカッカ来たのか?」
そう言って笑うブランから目を逸らして、私は成長したテディは誰の目にも触れていないのだと思った。しかしパーカス殿は怪しいな。ふと部屋を見回して私は尋ねた。
「ここは薔薇屋敷か?‥パーカス殿はいらっしゃるだろうか。少し聞きたい事があるんだが。」
するとブランは人差し指を振って言った。
「ローズ様の薔薇屋敷かと聞かれるならイエスだな。ただ、パーカス殿は居ないな。朝早くにテディと一緒に帰られたみたいだ。実際俺は自分の部屋の窓から丁度帰る所を見ていたから後ろ姿しか見てないけどね。眠そうなテディを抱っこして鳥車に乗り込んでさっさと帰ってしまわれたよ。
俺はアレだ。お前の保護者代わりだな。実際どうして昏倒していたのかも分からなかったし、結構な騒ぎになっていたんだぜ?まぁ長老の見立てでは眠っているだけだと判断が出たからな。」
「ロバートは、彼は大丈夫か?」
するとブランはニヤリと笑った。
「お前本当に彼と喧嘩とかしてないのか?彼はまだ目が覚めない様だ。外傷はないから二人が取っ組み合いの喧嘩をした訳じゃないって事は実証済みだが、二人して上着も脱いで、シャツも肌けていたから別の意味で盛り上がったのかと思ったぞ?」
俺はブランを睨んだ。
「私があのイケすかないロバートとそんな事になるはずないだろう?…そうか、テディは帰ってしまったのか。ブランはテディを見たか?もしかしていつもと様子が違っていたか?」
ブランは立ち上がりながら言った。
「昨夜は結局お前たちとテラスへ行った時以来会ってないし、今朝も窓から見ただけだからな。でもパーカス殿の肩に黒い頭を乗っけて抱っこされてたのは見えたぜ?なんだ、何が気になる?バルトは本当にテディの事ばかりだな。もしかして運命の番いなのか?」
私はブランの揶揄いに苦笑すると、ベッドから降りて湯浴みしようと歩き出しながら、すっかり頭の重さも治っているのに気がついた。
「彼は紛れもなく私の運命だよ。冗談抜きでね。」
ブランの驚いた顔を目の端に映しながら、私は思わず微笑んでいた。声に出すと、それは紛れもない真実に感じられたんだ。