ロバートside手強い相手

  訓練所に姿を見せた時から、俺は一気に気もそぞろになってしまった。テディだ。ブレート様とパーカス様が姿を見せて直ぐに、小さな姿に心臓が飛び跳ねた。

  テディが見てる?俺は顔が緩むのを誤魔化しながら相手の騎士に一歩足を踏み込んだ。勝負がついて、同僚もまた特別な見学者に気づいた様だった。

  「おい、ブレート様と一緒にいるのって、パーカス様か?何か妙にチビっこいのも一緒だな。あの噂って本当かな。パーカス様が俺たちを指揮して下さるって。ちょっとロバート聞いてきてくれよ。リーダーのお前が行かなくてどうするんだ。な?」

  そう冗談混じりにいわれて、俺はテディに近づく言い訳を手にして、入り口から移動し始めた彼等のところへ近づいて行った。王都以来会うテディは、相変わらず可愛らしい幼さのままだった。あの夜俺が見たのは一体何だったのか。

  晩餐会の翌日、結局昼になろうとする頃覚めた俺は、何でも噴水の側で倒れて意識が無かったらしかった。それも青龍のバルトと一緒に倒れて居たのだと、軽食を届けてくれた従者が教えてくれた。

  俺は軽食というにはたっぷりの食事を頂きながら、昨晩の事を思い出していた。テディと二人楽しくテラスの外で息抜きしようと向かって居たのに、竜人の邪魔が入ったんだ。

  あのバルトという竜人の眼差しは気に入らない。誤解があるのは分かったけれど、まるで俺を誘拐犯だと決めつける様な振る舞いばかりではなく、テディへ向ける眼差しが普通ではない。

  俺は妙に気がはやる心持ちで、テディを抱きかかえた腕に力が入った。結局俺達のピリついた空気など物ともしない無邪気なテディと一緒に見る、ゆらめく松明に照らされた夜の庭園は美しかった。

  楽しげなテディの隣に座れば、邪魔者は居ても楽しいのは間違いなかった。もっとも、話の端々にテディとの親密ぶりをアピールして来る竜人に見せつけようと尻尾を握らせたのは、大人げなかったかもしれない。でもテディは俺の尻尾が大好きなのは間違いないから。

  テディがくれた甘い何かを口にしてから起きた出来事は、あの日以来時々思い出しても納得のいく答えが未だ見つからない。目の前で熱いと言いながら衣装を脱いでいくテディが明らかに少し大きくなっていた。

  俺自身も少年期ならいざ知らず、あんな場所で獣化するなどあり得なかったのに強制的に一部獣化してしまっていた。隣にいた竜人もやはり一部竜化していた。

  俺達はお互いに、この恥ずかしい状況にギョッとしたのは間違いなかった。

  だけど自分の事よりテディの慌てた様子に心配になった俺は、噴水に向かって走り出したテディの足が速くなっていた事に気づいていた。松明の光が遠くなって少し暗くなる噴水に止める間も無く飛び込んだのは、もはやよく知るテディとは言えなかった。

  水を浴びながら成長を続ける身体は、長い黒髪をしなやかに伸びた白い身体に添わしたうら若い青年になった。俺は呆然とその非現実的な出来事に見入っていたけれど、同時に自分もまた目眩がして意識が朦朧とし始めたのを感じた。

  彼を守ってあげなくては、そう思うのに俺は地面に膝をついて倒れてしまった。噴水の水音を聞きながら必死で起きあがろうとしていたのに、気づけば美しい部屋のベッドの上だった。

  …俺が見た若者は、状況的にはテディだったとしか考えられない。長老から貰った薬が俺達に何かを起きさせたのは間違いない。けれどもその事で、成長したテディを知ってしまった俺は、悠長にしていられないと思った。

  青年になったテディは目を閉じてはいたけれど、今の面影を残して優しげで綺麗な顔をしていた。ハッキリと見えたわけでは無いけれど、あの水飛沫の中にぼんやりと浮かび上がったテディは誰が見ても自分のモノにしたいと思わせる何かがあった。

  そんな事を幾晩も考えていたせいか、目の前にいつものテディを目にすると妙な感じだ。しかもご機嫌にテディが言った事に俺は衝撃さえ感じたんだ。

  『ぱーかちゅ、ぼくの、おとーたんよ!?』

  テディの事実上の後見人だったパーカス殿の子供になる?後見人でも怖いのに、パーカス殿がテディの父親になるとは…。成長後のテディを娶ろうと考えたら、何という高い壁なんだろう。

  俺が思わず顔を強張らせたのもおかしくは無いだろう。

  それからパーカス殿が、この辺り一帯の騎士の育成に関わることになったという驚きの話に、俺達は喜びと興奮を感じたのは確かだった。今でも噂される武に名高いパーカス殿の指導を直接受けられるというのは、この王都から離れた地方では願っても叶えられる事では無いだろう。

  俺達が目を輝かせて顔見合わせていると、力の抜ける様な可愛い声が聞こえてきた。テディが欠伸を堪えきれずにいる。するとあのブレート様が厳しい顔を緩めずに、繋いだ手のままそっと抱き上げた。

  普段強面な領主が、可愛らしいテディを腕の中で寝かしつけているその見慣れない光景に、俺達は思わず息を殺して笑わない様にしなければならなかった。

  それからパーカス様は10日後に再び戻って来るまでに、俺達がしなければならない事を二、三指示すると、ブレート様からすっかり眠ってしまったテディを引き取って訓練場から出て行った。

  俺が彼らが居なくなった向こうをぼうっとしながら見送っていると、騎士仲間のジャンが近寄ってきて言った。

  「これからパーカス殿が指導して下さるとは、楽しみだな。これからあのおチビちゃんも一緒に来るのかな。」

  俺はジャンをチラッと見て、ジャンの真意を探った。これ以上テディを特別視する者が増えては敵わない。

  「さぁ、どうかな。それにあの子はパーカス様のご子息だ。扱いは丁重にしないと。パーカス様を怒らせては、この特別な指導も霧散してはかなわない、だろう?」

  ジャンは目を丸くして、パーカス様の子供!?と驚きを隠せない様だったけれど、実際そうなのだから周知しておいた方が良いだろう。テディの成長を楽しみに待つのは俺だけで良いのだから。

  そう考えて、不意に浮かんできたあの青龍のバルトの、テディへの眼差しを思い出して少し胸がザワザワした。竜人の番いへの執着は怖いものがある。けれど、番いはお互いにそう感じられてこそだ。それを言ったら幼いテディに惹かれるこの気持ちも番いへの想いなのでは無いだろうか。

  竜人が逆鱗を番に飲ませれば竜人ほどでは無いけれど長い寿命を授けられる。俺とバルトの違いと言えばその点だけだろう。今34歳のまだまだ獣人としては若造の俺が、二十数年後の成長したテディを娶っても丁度いい頃合いだろう。それから150年一緒にいられる時間は有るのだから。

  俺はこの時未来を楽観していたのは間違いない。そしてテディがもっと早くに青年になるという事もこの時点では知る由もなかったのだ。