ノースイート・ノーライフ

  [chapter:ノースイート・ノーライフ

  ]

  熱狂渦巻くスタジアム。

  今はステージの上、バッチバチのエキシビジョンマッチ真っ最中。

  と、対戦相手に吹き飛ばされて、ルーキー二人が盛大に転がってきた。痛そう。

  その間に割って入れば、追撃しようとしていた相手が距離をとった。

  こちらの手の内が読めなくて一旦様子見か。用心深い。

  ……ひょっとして、私の[[rb:年の功 > うさんくささ]]のおかげ? 嬉しくはないけど、助かった。

  「二人とも平気? 痛いのもらって目が覚めた?」

  「ダイジョーブだド!」

  「まだ、やれます!」

  前を向いたまま後ろに声を投げかければ、いいお返事。

  熱くなっていたルーキーたち、今ので冷静さを取り戻してくれたようだ。

  一方、見据えたままの視線の先には超ベテラン二人。比べても仕方ないけど、うちのルーキーたちとじゃ天と地ほどの実力差がある。

  ――私が刺し違えれば、せめてどちらかは落とせる?

  一瞬、脳裏を走るそんな危険な思考。だから、

  「オペレーター君! キミの指示が必要だよ!」

  通信機越しに丸投げしてあげる。チームで通話は共有。即席の作戦会議だ。

  オペレーター君には、同じ会社の大先輩を相手にかなりのプレッシャーだろうけど……。

  少しの間があって、それからごくりと唾を呑む音がした。

  『バラバラに戦っちゃだめだ。――ライキさ……ジャスティスを狙って』

  ルーキー二人に緊張が走るのが、空気を通して伝わってくる。

  それはそうだ。現役で業界に名の轟くS級ヒーローは伊達じゃない。攻撃の鋭さもタフさも段違い。そんな相手を狙うなんて無謀と思うのが普通だろうけど、

  「その理由は?」

  『――ホッパーは、ジャスティスほどは火力がない。だから少しは攻撃に耐えられるはず。それなら、攻撃が痛いほうから……」

  なるほど、いささか自信がなさそうだけど、メインアタッカーから落とす判断自体は悪くない。こちらは三人だし、若い二人は体力もあるし。

  でもね、判断には常に[[rb:反駁 > はんばく]]を。一つの視点だけじゃよりよい結果に辿り着けない。

  オジサン慎重派だからね。

  

  「けどホッパーをフリーにすると蹴り飛ばされて連携が乱されちゃうんだよ。それはどうする?」

  『ステリオ君、風でコントロールできるよね。――なんかうまくやって!』

  「無茶ぶりだねえ!?」

  おいおい、ここでまさか気合いで対応って?

  なのに、

  「わかったド! まかせてオッペ!!」

  元気に答えるのは犬獣人型宇宙人の青年。大きな体躯を揺すって尻尾をブンブンしてる。彼の母星での役割は猟犬だったそうだから「任される」のが何より嬉しいのかもしれない。

  その反応に勇気づけられたのか、

  『あとはカネス君、君の火力が頼み! 一点集中で……お願い、ぶっ飛ばして!』

  「わかりました!」

  あらら、こっちもなんかいい感じになっちゃった?

  素直さの塊みたいな聡明な少年が、まっすぐに答えている。マブシイ。

  ま、こんな必死にお願いされたら、頑張んなきゃって思っちゃうもんねえ。

  ……あれ? これじゃ私、ただのイヤミなオジサンになってない?

  「ねえねえ! オジサンにも指示! 指示ちょうだい!」

  『ちょっと黙って』

  「アッはい」

  ……塩。いいけど。オジサン塩対応されるほどアガるからいいけど。ほんとだし泣いてないし。

  その時、続けて通信機から聞こえてきたのは思案のつぶやき。

  「……ジャスティスがフルパワー出したら、たぶん耐えられない……[[rb:ストッパー > しゃちょう]]がいるうちに、なんとか仕留めないと……」

  その声は――わずかに震えていた。

  思わず視線を交わす我々三人。なるほど、相方がいるうちは超電撃も出せないと。それは正しい読みだ。

  ――それも、完全な[[rb:身内読み > ・・・・]]。いつも一緒に戦っているからこそ実感を持って出せる[[rb:指示 > もの]]。

  ……で、それで罪悪感持っちゃったってワケ?

  お世話になってる大切な人達の弱点を狙うなんて? まったく甘い……いやいや若いね、ホントにさ!

  こういう時こそ、オジサンがなんのためにいるか教えてあげないとだよねえ。

  対戦相手の二人が構えるのが見えた。向こうは作戦会議が終わった様子。おしゃべりしてる暇はもうない。

  コホンと咳払いして、

  「でも君、彼らに勝つ気なんだろ?」

  『――――! ……うん、負けたくない!』

  「いいね。最高だよ」

  ルーキー二人に目配せすれば、うなずき返してくれる。若い子の素直な反応、超うれしい。

  嬉しかったからテンションも上がって――、思いっきり手を広げて声を張った。今まさに間合いを詰めようとしていた対戦相手の二人が、思わず足を止めるくらいに。

  「あのさあ!」

  言いながら、視界の端で捉えるオペレーター君。

  必死な面持ちで見守ってる。正直、オジサンからしたらこっちも全然若手って呼んでいいくらい。

  けど気づいてる? “仕留める”って単語が出た瞬間、ルーキー二人の目の色が変わったことに。明らかに、ハンターとしてのスイッチが入ったんだ。

  意識的にしろ無意識的にしろ、オペレーターにはそういう、誰かに“やれる”と思わせる力が必要なんだ。

  ――だから大丈夫。あんたは、ちゃんとオペレーターやれてるよ。

  「どんな選択だって、後悔することなんてないよ!」

  拡声されて、スタジアムに朗々と響く声。

  目立つことしちゃって、なんて自覚してるけど……いいんだ。

  今は何でもないただの新人。ただのロクセイなんだから。

  「人生なんてさ、自分じゃどうにもできないことに凹まされたり、うんざりさせられることばっかりなんだよ!?

  だからせめて、強がっていこうよ! この夏は――、一度きりなんだから!!」

  そんないかにもオジサンぽい物言いに確かに苦笑したのは、今まさに向かい来る対戦相手の二人だった。

  そしてヘッドセットには、小さな声。

  『ツネ……ロクセイさん、ありがと』

  「お礼なんて勝ってからにしな。オペレーターなら、他に言うことあるだろ!」

  『――――うん! みんな、絶対勝つよ!!』

  ルーキーたちが吠える。スタジアムに轟く歓声にも負けないくらい。

  未来への不安も自信のなさも吹き飛ばそうとあげる[[rb:鬨 > とき]]の声。

  そういう向こう見ずな決意が、いつだって世界を変えることを、私は知っている。

  ――ああ、もうさあ。そんなの間近で見てたら、こっちだって年甲斐もなく頑張りたくなっちゃうじゃないか。

  大きく振るうパラレルウェポン。飛び散った水飛沫が太陽光に燦然と輝く。

  これが私、新人ヒーロー・ロクセイの新たな可能性の力!

  

  「さあ、オジサンのかっこいいところも、ちゃんと見てなよね!」

  ◆◆◆

  …………………………あー。

  …………あー腰痛い、背中痛い足痛い肩痛い腕痛い。

  ……痛いところしかない。しぬ? オジサンひょっとして今日しぬ?

  そうしてなんやかんやあって。

  今は試合が終わってルーキー二人を医務室まで送り届けた直後。またすぐ様子を見に行かないと。

  けどこっちだって体の全部が悲鳴を上げている。……なんであんな頑張っちゃったんだろ。オジサンは後悔するのも早い。

  で、控室に戻れば、安っぽいソファにぼんやり座っているオペレーター君の背中が見えた。

  放心した様子で、こちらに気づいてもいない。だからそっと近づいて、手にしていた缶をほっぺたに押し付けた。

  「ほいっ」

  「んなぁー!? ちょ、なにもう!!」

  「あは、びっくりした? びっくりした? 油断大敵~」

  「むかつく……」

  むかつかれちゃった。

  そのまま隣に腰を下ろして、

  「はい、ジュース。エナドリってこれでいいの」

  「あ、うん。ありがと……ツネ、ロクセイさん」

  「もうどっちでもいいって。二人の時はさ。呼び方」

  バトル後の関係者だけのほんの僅かなクールタイム。軽食なんかもある。こっちは全然喉を通らないけど。

  「何か食べたら? 君、この後エキシビジョンのオペレーションするんでしょ」

  「うん…………ロクセイさんは、何飲んでるの」

  「お茶だよ」

  「お茶」

  「え、なに笑ったの? お茶の何が悪いわけ? 糖質とか気にしちゃいけない? 甘いもの欲しくない人の気持ちとか考えたことある?」

  「急に圧つよ! ごめんなさいってば! でも糖分とかもちゃんと取ったほうがいいんだよ」

  「そう? じゃあそれ一口ちょうだい。飲んだことない」

  「もー」

  そうして二人で回し飲みするエナドリだけど、

  「あっっっっま!!」

  「これが脳に効くんだって。徹夜でレポート書いてる時とか」

  「御社ってひょっとしてブラック……?」

  控室内には備え付けのモニターもあって、会場内のライブを映している。

  そこには最後のエキシビジョン前、ファンサに余念のない二人のベテランヒーローの姿。……なんなのあの体力おばけたち。

  それを観ているかと思いきや、オペレーター君は視線を落として手のひらを見つめている。

  「どうしたの」

  「……まだ、震えてる」

  「――――」

  見れば確かに、その手は小刻みに痙攣していた。意志とは関係なく、制御できない様子。

  ……知ってる。極度の緊張とかがあったあと、なかなか抜けないやつ。

  「引き分けに持ち込めたなんて……今でも信じられない」

  「そう? 悪くないオペレーションだったよ」

  「あんな作戦しか思いつかなくて……卑怯かなって心配んなって、でも負けたくなくて……」

  「それなら結果は上々じゃないか」

  「みんなが頑張ってくれたおかげ」

  「オジサンも頑張ったよ。ほめて」

  「知ってるってば! すごいよ!」

  やったーほめてもらった。

  そんなバカみたいなやり取りで、少しだけ緊張がほぐれたらしく、ふうっと大きく息を吐く若者。

  「今の、カネス君とステリオ君には、言わないでよ」

  「言わないよ」

  前途に多くの希望と困難が待ち受けているであろうルーキー。

  そういう子たちを前にして、先輩としての自分を意識する。そういうことは誰にでもある。

  

  「私からしたらね、むしろあのド級のヒーローたちを、対策も無しでぶっ飛ばせたら良かったなんて言ったら、そっちのほうがふざけんなってなる気がするけど」

  「それは――。まあ、そうかも……」

  「なんだって捉え方だよ。見方を変えれば物事も違って見える」

  「そんな風に考えられない」

  「もっとオトナになったらできるようになるさ」

  「……なれる?」

  「なれるよ」

  さっと答えたけど、返ってくるのは逆に戸惑った表情。

  「即答……ねえ、知り合いだからって甘くない?」

  「さあね」

  「適当オジサン」

  「なんか言った?」

  「だから圧つよいって! そんなルーキーいないよ!」

  ふふん。もうルーキーの時間は終わりだし。

  「手、出してごらん」

  「なに?」

  「緊張を解くおまじない、してあげる」

  「人って描くんでしょ」

  「いーから出しなってホラぁ」

  「圧……」

  差し出されたその手を取る。温かくて汚れていない手だ。

  ――できることなら、いつまでもそうあって欲しいと願わずにいられないけれど。

  「人生ってさ、ニガニガしいことばっかりじゃない? だから時には、なんでもないおまじないとか、通りすがりの誰かが優しくしてくれるとか……」

  せめて、と。そっと手を重ねて。

  「そういう、少しの甘さくらい、あってもいいんじゃないかな。そうじゃなきゃ――」

  「…………じゃなきゃ、なに?」

  なんだろ。なに言おうとしたのかな。

  [[rb:甘さ > 優しさ]]がなきゃ、人生の価値がない、なんて?

  まさかね。本当に大事なことは、そんな簡単に言葉にしないのさ。

  「なんでもないよ。あーそれにしても手、柔らかいねえスベスベしてるねえ」

  「ちょ、セクハラ! それしたかっただけじゃないの!?」

  「えー今更気づいてんのー。油断大敵だって言っアー!! いたたたあ! 爪、爪立てたらダメだってイタイってば! いてえ!!」

  で、そうして手を引っ張ったり掴んだりして、しばらくじゃれ合う。

  最終的にこちらがいつまでも手を離さなかったら、オペレーター君はぶすっとしつつも観念した。

  ふふん、オジサン結構めんどくさいんだよ。知ってるだろうけど。

  「……ツネアキさん」

  「なーに」

  「もう甘いのいらないから、そのお茶ちょうだい」

  「……君ってば、ホントに口がよく回るよねえ」

  それで今度はお茶を交互に飲む。ニガさが、甘さを中和してくれる。

  「ありがと」

  「いいよお茶くらい」

  「ちがう。お礼は勝ってからにしろってライブの時言ったでしょ。……勝ったわけじゃないけど、いいよね?」

  「――律儀だねえ」

  感心したフリをしたけど、[[rb:京都 > まえ]]の事件の時からわかっていた。

  この若者が大切にしているもの。ヒトとヒトとのつながり。約束。

  それは時に大きな弱点になったり、決定打になったりもする。

  あるいは……、誰かを誰かのヒーローにしてくれたりもする。

  ――だから大丈夫。あんたは、ちゃんとオペレーターやれてるよ。

  まっすぐに見つめるこちらに、いくらか戸惑ったのか、

  「な、なに?」

  「フェスタの初日さあ、別れるとき言ってたね」

  「えっ?」

  「もし今と違ったらって話。そうしたら“自分と会えなかったかも”って」

  「い、言ったけど……」

  「ねえ、あのセリフって結構恥ずかしくない? ねえねえ」

  「ちょ、そういうの茶化すのさいあく……! いいでしょ、ホントにそう思っ」

  「おれも、あんたに会えてよかったよ」

  今度は横を向いて。

  ポンと投げた言葉で遮った。まったくなんでもないフリをして。

  それは空にぱっと咲いた花火みたいに、すぐ宙に消えた。

  会話が途切れる。スタジアムの歓声もモニターの実況さえも遠くなる。

  そんな発言、流してもいいし茶化しても良かったのに。

  ぎゅっと、手を握る力が強くなって。

  ……そういう反応されると、困っちゃうんだよなあ。

  温かくて優しい手。

  いつかの何かを思い出す。遠い記憶。郷愁。

  他に思いつかなくて、こちらも手を握り返す。そうする以外になかった。

  「ねえ……いつもみたいに、なんか適当なこと言ったら……」

  「ムリ。オジサンしんじゃう」

  「なんでよ!?」

  だって異常にドキドキしてるんだもん。狭心症かもしれない。うそだけど。

  ……あのさ。こっちだって、照れ隠ししてるんだよ。かっこつけてるだけなんだ。

  あんたの前ではそうしたいんだから、しょうがないじゃないか。

  まるで新人みたいな気持ちをどうしても抑えきれなくて。

  繋いだままの手をそっと持ち上げて、手の甲に口づけた。

  少しだけ長めにそうしていてから、顔を離して笑ってみせる。

  「ハイおまじない完了」

  さすがに適当すぎたか、見返してくるすんごいジト目。

  塩対応、アガるね。あんたのそういう顔[[rb:も > ・]]、好きなんだよ。

  

  「……そっちのが、よっぽど恥ずかしいと思うけど」

  「かもね。――でもほら」

  繋いだ手が離れることもない。

  知っているからだ。

  こういう甘さは、ちゃんと効くってこと。

  「もう、震えてない」

  ◆ノースイート・ノーライフ

  ――完。