遠くて近い、りゅう座の日

  『俺だ』

  そのヒトは名乗ることもなく喋りだす。

  時刻は日付変更してから少し。ベッドに入っていたこちらは端末を慌てて取ったところ。耳に当てて気づく。――かかってきたの、仕事で使ってるやつじゃない。

  「は……ふへっ?」

  『なにボケた声出してんだ。ボケてんのか?』

  「そんなボケてないって! ――ギアンサルでしょ? 全然連絡ないからびっくりした」

  『こっちは忙しいんだよ。次から次へと仕事振りやがってあのクソクライアント……爆発しろ』

  で、低い声で淡々と毒づいてる。うーん、平常運転。

  前回会った時から少し時間があってちょっと心配してたけど、なによりです。

  『……おい、黙ってんじゃねえ。別にイヤミ言うためにかけたんじゃねえよ』

  こっちがぼんやり考えてたらなんかバツが悪くなったのかそんなこと。

  知り合ってからそこそこ、そんなこともう心配してない。そもそもめんどくさい性格してるし。

  『誰がめんどくさいだ』

  「読心術!?」

  『……少しは誤魔化すフリでもしろよ』

  漫才みたいなやり取りで目も冴えて、起き上がって電気を点けた。

  「いま、何してるの? 近くにいるの?」

  『やめろ。個人的なこと[[rb:訊 > き]]くな。どこで聞かれてるかわからねえだろうが』

  そう言ってから、すぐ息をつく音。

  『少し仕事が落ち着いた。お前が何してるかって思ってかけた。それだけだ』

  「――うん、ありがと」

  『ったく…………週末、オリエントシティに行く。お前、予定は』

  「あいてる!」

  こちらの返答に、今度はまんざらでもなさそうに鼻を鳴らして。

  『じゃあお前んち……それとも、ネカフェでゲームでもするか? お前ヘタクソすぎるから鍛えてやらねえとな』

  「ねー、そのひとこと必要?」

  『あのな、お前こそいつも――』

  交わすいくつかの会話に自然と気持ちが弾む。ギアンサル、サクサク返してくれるから話してて結構楽しい……なんてのは内緒。

  ふと思い出す仮想世界、無人島、この間のクリスマス……。

  「あっ……ねえ!」

  『あん?』

  「行きたいところある!」

  [chapter:遠くて近い、りゅう座の日]

  週末はばっちり快晴。お天気にも恵まれて絶好の行楽日和。

  周囲にも人、人、人……友達、家族、カップル、その他などなど大盛況。

  こちらの横に立つのは竜人型宇宙人で――――こっち見てニヤついてくる。はいこれいじわるです。

  「この年で遊園地かよ。おこちゃま」

  「いーじゃん!」

  そんなわけで、ギアンサルにはオリエントシティ郊外の遊園地に付き合ってもらったのだった。

  ってそれ、バリバリに服装決めてるヒトが言うセリフ? しかも、ブランドこれ見よがしなやつじゃなくて、一見シンプルなシャツにアウター、こざっぱりしたパンツ。知ってますよええ。実はこういうのがめちゃくちゃお高いってこと……!

  「なんだよ。バナナ見るサルみたいな顔」

  「キーッ、って失礼にもほどがぁ!」

  「あーあー悪かったよ、でなんだよ」

  「おしゃれだなって思っただけ! おしゃれ番長ツンデレドラゴン」

  「属性盛るな。トレンド押さえるのは当然だろ。何が流行ってんのかわからないんじゃこの社会でやってけねえ」

  「ふーん」

  トレンド、ね。つまり。

  「今日のために用意してくれたんだ」

  「ッ…………!!」

  ギアンサルの顔がばっと赤くなった。口パクパクしてる。図星どまんなか。

  ふふふん、一本取っちゃいました。あとで蹴られそう。

  にしてもこのヒトほんと、調子上がるとしゃべりすぎるな。おかげでツッコむ隙があるってのもあるけど。

  ――冷徹にしようとすれば、いくらでもそうできるだろうに。でもそんな性格なら、遊園地なんて付き合ってくれなかっただろうしな……。

  だから、そんなツンデレドラゴン番長(?)が怒り出す前に、さっと言った。

  「かっこいいよ」

  「う……るせえ! あとで覚えとけ」

  ずんずん歩いていく背中についていく。尻尾太いなー。

  なお、覚えとけって言われて何かされたことも、そんなにはない。そんなには。

  ◆◆◆

  「それで、どこから回ろっか。ちょっと考えてきたけど」

  「これ見ろ」

  入ったところの広場でさっそく作戦会議。

  この混み具合、回り方は慎重に考えないと。休日の遊園地は戦場……!

  と、意気込んでいるこちらに向けられた端末画面。表示されているのは、びっっっっっっしり書き込まれたテキストメモ。

  「なにこれ。殺すリスト?」

  「俺はテロリストかなんかか。今日のスケジュールだ。秒単位で組んである」

  「秒単位で!?」

  「当然だろ。俺の時間使うんだぞ、死ぬほど遊びつくしてやる」

  「めちゃくちゃいい客……」

  とかなんとかのやり取りもあって。ギアンサルの組んだルートで回ることにする。

  事前チケットも取ってあって、目玉のアトラクションを軸にサクサクと。こんなにスムーズなの、初めてかも。

  もちろん並ばなきゃいけない時間もあるけど、待機列でこちらが買ってきたジュースを受け取りながら彼は涼しい顔だ。

  「そのためのバッファも取ってある。想定内だ」

  ほんと手回しいいな。段取り大好きさん。きっとそういうのが生来好きなんだろうってわかる。

  今は黒マスクしてる顔が、うろんげにこちらを見た。

  「なにニヤついてんだよ」

  「実はツアコンとかも向いてるんじゃない? ヴィラン専用、逆らう奴は全員バスから蹴落とすの」

  「よくそんなくだらねえこと……スポンジでも詰まってんのか頭に」

  「なにをーう!」

  「キッチン用品じゃなくケーキのスポンジのことだぞ」

  「それで暴言の質何か変わる!?」

  だんだん当たり前みたいになってきた掛け合い。

  乗り物中も、はしゃぐこちらの隣でギアンサルはだいたいいつもの仏頂面だったけど、時折、太いしっぽが小さく跳ねて揺れているのを隠したりはしなかった。

  ただ、そんな想定内ドラゴンにもどうしようもできないことはある。

  めぼしいところを一通り回った後でたどり着いたフードコート。お昼時間を結構過ぎてるけど、大量にあるテーブルのどこも空く様子がない。

  「クソ混んでるな」

  「買って外で食べよっか」

  [[rb:和 > なご]]んではいるけど、彼がヴィランの身なのも事実だ。あまり混雑してるところには居たくないだろうし……あっ。

  テーブルの間を抜けて、ちょうど立ち上がった家族連れさんに訊く。

  「ここ、空きますか? ――ありがとうございます!」

  ラッキー! しかも窓際端のいいところ。背中が壁だからギアンサルも落ち着けるはず。手を振って呼べば、寄ってきた彼はでも、座らずじっとこちらを見た。

  「どしたの?」

  「お前、ツイてるよな」

  「え、そう、かな? 運いいなって思うことはあるけど」

  「[[rb:類稀 > たぐいまれ]]なる幸運、か……俺には、そういうのはないからな。……うらやましいぜ」

  珍しい。そんなこと言うなんて。

  ともかく、ギアンサルはどっかと腰を下ろすと目を閉じて大きく息を吐いた。

  さすがに疲れたのかも。よく鍛えられた胸板がシャツ越しに上下してる。

  「食べるの買ってきてあげる! 待ってて!」

  「ん」

  目は閉じたまま、こちらに伸びる長い指。

  いつの間にか指に挟んでいたそれ。使い切りのプリペイドカード。ありがたく受け取って、

  「プロテインバナナバーガー、ゼロコーラ、ポテト……全部Lサイズ」

  「ポテトはSでいい」

  ◇◇◇

  当然ながらレジも激混みで、結構時間かかっちゃった。

  ともあれ無事にご飯を確保してテーブルに戻れば……おや。ギアンサル、サングラスかけてる。おしゃれグラサン。腕を組んで俯いて……あれ、まさか寝てる?

  こんなに周りに人がいるのに。周囲がざわざわしてると逆に寝れちゃうのもわかるけど、彼にしてはかなり珍しい、はず。

  「――――。」

  そっと近づく。写真撮っちゃおうかな、なんていたずら心。

  でも…………なんでか、やめていた。ご飯はテーブルにそっと置く。端末も。

  自然と息が小さくなっている。そうっと顔を近づけて、観察する。

  グラサン少しズレて鼻眼鏡っぽくなってるの、ちょっとかわいい。

  顎の無精ひげ……に見せて、絶対手入れしてるやつ。

  口から出てる牙……結構[[rb:あたる > ・・・]]んだよな。

  ……そもそも寝顔、初めて見た。いつも、起きた時にはいなくなってるから。

  「……なにしてる」

  と、その顔が目前になった時、すっと目が開いて超睨まれた。半眼で下からガンつけられるのは結構おっかない。

  ナンデモナイデス、と呟きながらススススっと離れました。怒られる前に。

  けど気づく。目を開けたその表情に、隠せていない疲れがある。

  「もしかして、寝てない?」

  「――――少しな。気にすんな。食うぞ」

  ギアンサル、こちらを待たず手を伸ばしてハンバーガーに思いっきりかぶりつく。

  「あー! それこっちのじゃん!」

  「んあ? ――ああ、間違えた。てりやきうめえ」

  「ゆるされざる!」

  ◇◇◇

  そんなこともあって(敢えて言わなかったけど)、食べた後はゆっくりすることにした。

  今はショップで会社の皆にお土産を物色中。ギアンサルも特に異論はなかったようで、ぶらぶら店内を見回している。全然興味なさそうな虚無顔が逆に面白い。

  買い物を終えて誘ったのは隣のゲームコーナー。目をつけていた射撃ゲーム。レーザーガンで的を狙うやつ。

  こちとらプロゲーマーと一緒にFPSを遊んでいる身です。いつまでも侮ってる偉そうドラゴンさんの度肝を抜いてやりますとも、っと鼻息荒くしたものの、

  「うえー、全然当たんない」

  「ヘタクソ」

  「……シンプルな罵倒刺さるのでやめてくださいね泣きますよ」

  泣きますよほんと。

  半眼でニラんだけど、ギアンサルはまったく意に介さず、手にしたおもちゃの銃をひっくり返してはあちこち眺めている。

  「ブレてんな……照準、イジってあんのか…………」

  目を細めて呟く横顔は、まるで問題に真摯に向き合う研究者みたいにも見えて。

  う……なんか、ちょっとカッコイイ、なんて…………。

  さっと上がった蒼い瞳がまっすぐこちらを捉えて、どきりとする。

  「狙いが僅かにズレるようになってる。だからまっすぐ狙っても当たらない」

  「えー、ずるじゃん」

  「それ含めてゲームなんだろ」

  言いつつ、銃身を指の背でコツコツ。

  「……だが、俺がいてやられっぱなしってのも[[rb:癪 > しゃく]]だな」

  「ハッキング、やっちまいますか親分!」 (※犯罪です)

  「クソバカ」

  ……口悪いドラゴン。今度バナナにタバスコかけてやる。

  と、もう一回料金を払って銃を渡してきた。

  「えっ、こっちがやるの?」

  「当然だろ。構えろ」

  そう言って――彼が、こちらのすぐ後ろにぴったりくっついた。え、近っ……。

  大きな手が、銃を持つこちらの手を上からしっかり覆う。それだけじゃなく、顔が真横に。いや、あの……ほとんどほっぺたくっ付いてる……。

  照準を合わせてるんだってのはわかる、わかるけど……えと、ええと。

  彼の息遣い、体温がすぐそばにある。ほんとうに少しだけ、いい匂いもする。

  それらの何に刺激されたのかわからないけど、急に鼓動が早くなる。言葉にできない何かが胸を打つ。

  だって、なんでかって、そんなの……いや待って待ってスタッフのおじさんが生温かい目で超見てるって!!

  「よそ見するな。目標見ろ」

  「へあっ!? は、はい」

  「三発は外す。調整のためだ。四発目で当てる。五発目は予備だ」

  ――はたして、本当にそのとおりになった。

  ギアンサルに支えられたまま撃った弾は、ターゲットのど真ん中に命中した。

  「お見事! 景品はそちらでどうぞ!!」

  おじさんが盛大に鐘を鳴らしてくれる。は、はずかし……。

  残った最後の一発は片手で構えたギアンサルが無造作に撃った。それは外れちゃったけど、射撃姿もサマになってる……。

  「こんなもんか」

  「す、すっごいね」

  「俺にかかりゃこの程度……なんだ? 変な顔して」

  「なっなァんでもないですし!」

  「……?」

  ギアンサルを置いて引換所に小走りで行った。

  こういう時は無自覚なのなんなの。なんなのこの……ええと、ええと無自覚エロドラゴン(精一杯の暴言)!

  で景品はと見れば、わお、でっかいぬいぐるみ。遊園地のマスコットか何かか、色んな動物……あれワニ? ドラゴン? あ、サモエドっぽい白ワンコもいる……。

  やってきたギアンサルが後ろから、

  「おまえモフモフ好きだろ犬にしろよ犬野郎に」

  「なんか悪意感じるんですけど!?」

  なおも何か言い募ろうとするのを制して、言った。

  「これお願いします!!」

  ◇◇◇

  夕方が近くなって、園内も落ち着いてきた。ぽつぽつ撤収する人の姿も。

  こっちも今日は電車だし、帰りの時間も考えると何か乗るならあと一つくらいか。

  一緒に帰るわけには…………さすがにいかない、よね。

  終わりが近いことを敢えて無視するみたいに、二人で目的もなくぶらぶら歩く。飲んでるジュースはまた奢らせてもらった。逆の手に提げた大きな専用ショッパーからは、ぬいぐるみの頭が飛び出してる。かわいい。

  後ろをゆっくりついてくる彼を振り返って。

  「ぬいぐるみだからモフモフしてるよ、ドラゴンでも」

  「どうせ俺はモフモフしてねえよ」

  「ぬいぐるみにヤキモチー?」

  頭を掴まれそうになるのをさっと避けて逃げる。

  おっかない顔に向けて、ガードするみたいにぬいぐるみを突き出す。

  「ほら、ギアンサルにちょっと似てる」

  「どこがだよ」

  「目つき悪いとこ」

  「オイ」

  「かわいい」

  「――――」

  「ぬいぐるみがね――イタイイタイ!!」

  今度はさすがに逃がしてもらえず、キリキリヘッドロックされた。イダダダダ容赦なさすぎる!

  けど「ったく調子乗んなよ」と鼻を鳴らすギアンサルも機嫌よさそうで。

  それで、こっちも嬉しくなって訊いちゃった。不用意に。個人的なこと。

  「ね、ほんと銃使うのうまいよね。そういう訓練もしてるの?」

  ゲーム上手いし、護身用とかの目的もあるだろうし。そういう意味で言ったつもりだった。

  けど――ギアンサルの顔からはさっと表情が消えていた。横を向く顔に陰が差す。

  「別に」

  それで、さっと踵を返してゴミを捨てに行ってしまう。

  ……しまった。また訊かないほうがいいこと、訊いてしまったみたいだった。

  しゃべりすぎ調子に乗りすぎは他人様に言えることでもなく、いつも反省してるのに。たまに距離感間違えてセクハラ番長とか言われるし……。

  「――オイ」

  「セクハラ番長じゃないです……」

  「な、何言ってんだ……?」

  戻ってきたギアンサル、動揺したみたいな返答の後、大きく息を吐きだした。横を向いたまま、

  「別に、怒ったりなんかしてねえよ。……俺の問題なんだ。お前が気にすることじゃない。忘れろ」

  それは、ほんの少しの拒絶か断絶。遠く離れた過去と未来みたいな。

  目の前にいるのに急に距離を感じて、胸のあたりにひんやりした感じがする。

  それはとても――とても嫌だと思って、太い腕をぱっと掴んでいた。

  「ね、最後にあれ乗ろ!」

  ◇◇◇

  選んだのは、遊園地内をゆっくり周遊する少人数用ゴンドラ。夕方のイルミネーションが始まって混み始めてる。……カップル率、高い。

  ギアンサルは難色を示していたけど、むっつりついてきてくれた。議論がめんどくさかったのかもしれない。

  「最後がこれでいいのかよ。もっと目玉のあっただろ」

  「いいの。――遊園地、さ」

  「あ?」

  「ここ、イルミネーションきれいって聞いてたから。前のクリスマス思い出して」

  「面倒に巻き込まれた記憶しかねえな」

  「でも結構楽しかったでしょ、今日も!」

  「まあな……お前といたのに珍しく平和だったからな」

  「でしょでしょ…………ん?」

  

  順番が来て、四人入れば狭いくらいのゴンドラの中へ。

  正面に座って煩わしそうにマスクを外しているギアンサルに言った。

  「だからクリスマスプレゼントもらったつもり。今日はありがと、サンタさん」

  「フン」

  「ギアンサルも欲しいのあったらあげるよ。今でも、今度でもさ」

  「…………へえ」

  思わせぶりに反応して、ギアンサルがじっとこちらを見た。

  脚をわざとらしく組みなおす。太い尻尾がパタンと椅子を叩く。顎でしゃくって。

  「だったら。ここ、来い」

  ――フ、フーン。ここにきて俺様ムーブですか。やるじゃない。

  別に嫌じゃないけどぉ……一応、地雷原でも進むみたいにじりじりと……。

  「なんなんだよその近づき方」

  「急にサプライズ爆弾したりしない?」

  「さあな……おら、もっと近く来いよ」

  真横に座る。服が触れて体温を感じるくらい。さっきの射撃コーナーの記憶……。

  ギアンサルは無言のままでいて――急にバッと顔を寄せてきた。

  反射的に体が硬く、

  「――っぐぇ!!」

  ヘンな声でた。こっちの太腿にごすんと頭が落とされたからだ。角当たる。硬い。

  そのまま膝枕になって、下からニヤリとするやらしい顔。

  「エロいことすると思ったんだろ。期待してんじゃねえよ、ヒーローのオペレーターがよ」

  「うっ……るさいなーもう!」

  「…………、少し……寝かせろ」

  また漫才芸でもするかと思ったら、ギアンサルはふうっと大きく息を吐いていた。

  限界が来たみたいに目を閉じる。ぎゅっと眉間に寄るシワ。乗せた頭がずしっと重くなる。

  「……やっぱり、寝てないんだ」

  「朝まで仕事してただけだ。……寝てないアピールなんざダサいからしねえんだよ」

  「仕事、落ち着いたんじゃ」

  「急にネジこまれたんだよ。今日納期で……けど、お前と……約束…………」

  言葉は消えていった。多分、寝たふり。

  ――――言えばいいのに。そしたらうちでゴロゴロとかネカフェとかだって…………そんなこと、絶対言わないよな。

  何かを伝えたかったのに、何て言えばいいかわからなくて彼がお腹の上に置いた手を取っていた。抵抗がある。逃げようと引っ張ってるけど、そんなに強くはない。

  「おい、恥ずかしいことすんな。誰も見てないからって」

  「あのね、ありがと」

  「――――」

  「うれしい」

  それしか言えなかった。でもそれで少なくとも、逃げようとする手は止まった。

  それで、手を繋いだまま、頭は膝に抱いたまま。ゴンドラはゆっくり進んでいく。

  触れている部分から、じんわりの温かさが伝わってきてこっちも眠くなってくる。

  ぼんやりしながら外を見る。ギアンサル、結局イルミネーション見てないけど……いいか。かわりに見とこ。遠いキラキラ。きれいだ……。

  「銃」

  「……え?」

  ぽつりと言われた言葉。「ジュウ」が一瞬何かわからなくて、聞き返す。

  そうして彼は言った。何の感慨もなく、ぱっと振り払うみたいな言い方で。

  「[[rb:昔 > まえ]]のパラレルウェポンだった」

  ――――それは。

  彼が初めて自分から、[[rb:そのこと > ・・・・]]を話した瞬間だったかもしれない。

  

  「……そう、なんだ」

  「……ああ」

  ――――そして今更、気づいた。握った手。ぐっと力が込められてる。痛いくらい。骨が浮くくらい。小さく、震えてすらいた。

  振り払おうとしても、何度振り払おうとしてもそうできなかった[[rb:過去 > もの]]を。ついには諦めて絶望して、背負っていくしかないと、握りしめるしかできなかったみたいに。

  だから。握り返した。その力よりもっと強くで。

  せめて、せめて今だけでもと。

  「……ありがと」

  「なに、が…………」

  「ギアンサルのこと、知りたかったから。またプレゼントもらった」

  「――――本当に、オマエ……」

  頭バグってんだよ、とかなんとか。

  彼が少し体をひねって、みぞおちにマズルが当たる。

  寒くないようにその背中に手をまわした。日が暮れてひんやりしてきたから。鍛えられた肉体の感触。こんなに筋肉あったら必要ないかもしれないけど……。

  そのまま、もっと身をかがめる。

  気づいてるだろうに、反応はない。何も言わない。何もしない。目も開けない。

  それで、簡単に口と口が触れる。竜人特有の少し硬質な肌。やっぱり牙が当たる。

  ――ランチの時は止めたのに。

  顔が離れても、やっぱり何も反応はない。それでもいいと思う。繋いだ手も、他の触れ合っている部分も温かかったから。

  でもその時、下から手が伸びてきてぐっと抱き寄せられた。

  それで、もう一度。

  今度は離れることもなかった。ゴンドラが一周するまで。

  ◇◇◇

  ――ハイ。到着しました。で、無言のままそそくさと外に出る我々。

  いや別にハズカシイこととか……してな……して…………したけど。

  空は既に夜の色。遊園地の外へ向かうたくさんの人の流れの中で立ち止まった。確かな終わりの予感に。

  向き合って正面から見る彼の顔。照れてんな、と思ってたらツンデレドラゴンさん、まーたニヤニヤした。ほっぺた赤いですよアナタ。……こっちもだろうけど。

  「オイなんだよその顔。ん? もっとして欲しかったのか?」

  「なんでそんな言い方すんの」

  「……い、いいだろ、それくらい言ったって……ノってこいよ」

  このヒトほんとめんどくさい性格してるな。

  いいよもう。知ってるから。その分、こっちが素直になればいいだけ。

  「今日、すごく楽しかった。また連絡して」

  「――――お前さ」

  返ってきた声は、むしろ穏やかだった。

  「あまり、俺に深入りするんじゃねえよ。これ以上…………」

  表情は見えない。きつい逆光。背負った遊園地のイルミネーションのせい。

  目が[[rb:眩 > くら]]むほどの光。満たされた時間の証。けどそれは、いつかは終わる。

  影が俯く。その体の境界がぼやけて、すぐにも消えてしまいそうに見えた。

  だから、もう一回言う。

  ――何回だって、言うよ。

  「また連絡して」

  「――――。だから、お前な」

  「して。約束。そしたら、守ろうとしてくれるでしょ」

  それでギアンサルは、いつものギアンサルになる。

  誰かにコントロールされるのとか、わかったようなこと言われるのが嫌いなドラゴン番長。

  「約束なんかしねえ。こっちは明日もわからねえ身だぞ」

  「いいよ、なら勝手に待つから」

  「ったく、ホントに……。お前こそ、目立つことするなよ。油断してると足元掬われるぞ」

  「そしたら助けに来てくれるでしょ」

  「いい加減調子乗んな!」

  「――いったぁ!!」

  バチンと容赦ないデコピンされて思わず声が上がる。おでこびりびりする。穴空いたかもぉ!

  そんなこちらに満足したのか、ニヤリとして背を向けて。

  「じゃあな」

  「ぁ――っ」

  何の余韻も残さず、彼は人の流れに逆らって消えた。

  こちらは立ち尽くしたまま、声もかけられなかった。

  ……しばらくそうしていても、何も変わらない。わかってる。こんな一日、十分すぎたってこと。さっと熱が引いていく感覚。急に背中が重くなる。

  背を向けて、人に流されるように歩き出す――。

  「オイ」

  「っ!?」

  すぐ背後に声。振り返るとほぼ同時、抱き寄せられていた。

  目の前に顔。鼻息がかかる。口元に熱。

  離れて。

  「……油断すんなって、言っただろうが」

  ……目立つことするなって言ったのも、自分のくせに。

  こんな人のいるところで。バカップルみたいじゃん。自分でもそれがわかってるからバツが悪そうな顔したりしてるし。ほんとに素直じゃない。

  でも――そっと顔を寄せたら、今度は素直に応じてくれた。

  たまに、ほんとにたまーに、優しいドラゴン。

  それで今日、もう何回目かのキスをする。

  「…………また……、連絡して」

  「どんだけ強情なんだよ…………。――わかったよ」

  ついに根負けする[[rb:彼 > サンタ]]。遅いクリスマスの[[rb:約束 > プレゼント]]。

  手を伸ばして頬を撫でたら、触れそうなほど近いところにある瞳が、光を受けて揺れた。ように見えた。

  そうして、

  「――じゃあな」

  今度こそ、そのヒトはまっすぐに人の中に消えていった。

  夢が終わる時間。頭上には、名前も知らない星が輝いている。

  もしこの時のために、今日一日があったとしたら、あまりに遠回りをしたと思う。

  遠くて……でも今は、とても近い。

  

  ◆◆◆

  帰りの電車はすんごい満員だった。

  幸運なことに座れた席の端で縮こまって、ウトウトしながら考えている。

  また連絡くれるだろうか? くれる。まじめだし、約束してくれたし。

  で、今度はきっと「なに嬉しそうな声出してんだ?」とか……あー言いそう、言う絶対言うよ。いじわるだし俺様だし。でも、いい。ぜんぜん嫌じゃないんだ。

  取ってもらったぬいぐるみを抱きしめる。目つきの悪いモフモフドラゴン。

  本物はこんなに柔らかくも素直でもないけど、ちゃんと温かいと知っている。

  その日からだ。

  いつとも知れない遠い星からの連絡が、こんなにも楽しみになったのは。

  『俺だ。――なに嬉しそうな声出してんだよ?』

  ◆遠くて近い、りゅう座の日

  ――了。