オリエントシティ、ヒノワ大学。その食堂……おしゃれに言うならカフェテリア。
広くて清潔なそこは外部にも開放されていて、地域のヒトが利用することも多いとか。
そこで人を待たせてもらいながらこちら、改めて周りを見てみる。
当然だけど、一番多いのは学生と思しき若者たち。お昼時間を過ぎても、さすが体育会系の学校だからみんな元気に食べて喋ってる。
うーんフレッシュな空気にあてられてこちらも若返るようです……。
「オペレーター!」
と、おバカなことを考えているところに投げかけられる声。
食堂の入り口のほう、やってくる長身の虎獣人型宇宙人の姿。
「リグザ!」
見知ったヒーローにして、プロゲーマーでタレントでもある。アメリカ在住。
おや、おしゃれサングラスかけてる。最近は顔出しもしてるから、一応の変装的な感じか。
小さめのボストンバッグを提げた彼と、こつんと拳を合わせる。いつもの挨拶を交わしてニッとする。
「大学の場所、すぐわかった?」
「うん。駅でおばあちゃんに道教えてもらった」
おばあちゃん子だったのか?
かどうかはともかく、年上にはウケがいいからね。実際。
「お昼食べた?」
「ん、飛行機ん中で食べたっきり」
それでなんとなく見るカウンター上の電子掲示板のメニュー。
体育会系学生のためにお安くてボリュームありそうな定食がたくさん。アカシってこんなのばっかり食べてるからあんなムチムチしてるのか……。
「――あっ、トウシュウ!」
リグザが声を上げる。視線の先、もう一人の待ち合わせの相手。
校舎側の入り口の方から歩いてくるのは、獅子獣人型宇宙人の男性だ。
渋いお顔、がっしりした肩幅。いかにも武人なそのヒトに、こちらも手を挙げた。
「先生っ」
「ああ。お主も来ていたか。丁度よかった」
うなずくトウシュウ先生。
いつもの道着姿だけど、[[rb:職場 > ホーム]]だからか一層締まって見えます。
「学校だとひと際先生ですね、先生☆」
「……まったく意味がわからんが、褒められていると受け取っておく」
ヤレヤレ顔もイイです。
そんな先生、リグザに向き直って、
「迷わなかったか」
「当然だろ。子供のおつかいじゃないんだからさ」
おやおや。リグザ君、トウシュウ先生にはちょっと素直じゃない。そういうところもカワイイ。
「リグザ、すぐ[[rb:修行する > ・・・・]]ってわけじゃないんだよね?」
「うん、一週間くらいはこっちで事務所の仕事もあるから」
「ずーっとホテル生活なの?」
「ううん」
首を振るリグザ。
そしてよりにもよって、こう[[rb:仰 > おっしゃ]]ったのだ。
「トウシュウん家に[[rb:居候 > ホームステイ]]だよ」
――――――――は?
はい?
ナンデス?
ステイ? ステイホーム? おうち時間?
自分でもよくわかるくらいぎこちなく首が回った。ぐぎぎぎぎ。
「先生の浮気者ーーーー!!」
「こっちか!?」
驚きつつ、すぐ半眼になるトウシュウ先生。リグザが説明していると思ってたんだろう。横でケタケタ笑っている彼に、
「これ、ちゃんと説明せんか!」
へいへい、とお返事するリグザ。にやにやして、もう。
「稽古つけてもらう話の流れで決まっちゃったんだよ。やきもち妬くなよ」
「泊まるならウチでいーじゃん!」
ヒーローの知り合いが来るときとか、よくウチに泊まるのが恒例になってるから……それでなんとなくそのつもりだったのだけど、今回は決めてなかったのだ。
というかリグザとトウシュウ先生、いつの間にか結構仲良くなっているらしい。
それはいいけど、全然いいんだけどぉ。そういう大事な情報は早めにシェアして欲しかったっていうかぁ……。
――つまり。急なことにびっくりして、なんとなーくジェラシーしてるだけなのだった。
そんなこっちにリグザは今度は嫌味なく笑って、
「ナニ心配してんだよ。なんかあるワケないじゃん。こんなオッサンと」
「オッサ――!?」
「あと事務所行くのに、トウシュウん[[rb:家 > ち]]からだと乗り換えが便利なんだって。オレ、ぎりぎりまで寝てたいしさ」
「んむむむ……」
「ちょっとは納得したか?」
「……ちょっとは」
「――いいか? まったく」
で、トウシュウ先生は大きく溜息をついてみせる。
いつもならカミナリを落とすところだったかもだけど……人目があったからかもしれない。
やれやれと懐から取り出すのは……、
「そら。渡しておく」
「サンキュー」
あーいーかーぎーーーー。
と、先生がこちらを向く。伸ばす手には、もう一個の鍵。
「お主にもだ」
「エッ」
「……必要になるかもしれんだろう。リグザは地理に詳しくない。案内してやってくれ」
「アッはい」
エッやさし……こんなのお見通しだったってこと……? さすが先生、スキ……。
「……すげー顔するじゃん。どんだけトウシュウのこと好きなんだよ」
「いい加減にせんかリグザっ!!!」
「わートウシュウが怒った!!」
――結局、トウシュウ先生のカミナリは落ちたのだった。
その後少しだけ雑談したあと、先生は壁の時計を見て腰を上げる。
「ム、そろそろ行かなければ。今日は部活動のあと、職員の会合もあるから遅くなる。夕食は済ませておいてくれ」
「へーい」
「おつかれさまです!」
二人で見送って、リグザがそのキビキビ去っていく背中に声を上げていた。
「トウシュウ!」
「? なんだ?」
「ありがと」
「――ああ」
うーん、今日も渋い。渋々先生。素敵です。
「にしても、合鍵簡単に渡しちゃうなんてすごいね」
「B&Bとかあるけどな……まあ、トウシュウがそういうの気にしないだけかもしれないけど」
それか、こっちを信用してくれているということ。先生らしい。
同じようなことを感じたのか、リグザの悪戯っ子な顔も引っ込んだ。
「内緒で[[rb:家 > や]]探しとかするのやめとこ」
「しちゃダメ……する気ないくせに!」
「まあな! ヘヘッ――にしても今どき電子錠じゃないとか。らしいけどさ」
言いながら、渡された鍵をさっそくキーホルダーにつけている。
「それ返すんでしょ?」
「もちろん。……そっちは貰っちゃえばー?」
「返すって! ニヤニヤしなくていいの!」
このお。わかってて言うんだから。
わき腹を小突いたらヒャッヒャと笑いながら身をよじるリグザ。で、ぐっと体を寄せてきて、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。
「なあ、腹減ってきたよ。なんか食べながら行こうぜ。買い食いデートしよう」
「はいはい」
それでこっちも立ち上がる。
ここの食堂でも……と一瞬考えたけど、さすがにボリューミーすぎるし、何よりここは大学。学生のための場所ですから。
「今は遠き学び舎だね」
「いや学生時代そんな前じゃないだろ……って記憶ないじゃんか」
「エヘ」
「つっこみにくいからやめろよぉ」
そんなでじゃれ合いつつ外へ。大学の正門をくぐったところで、リグザがこちらの手をさっと取ってきた。
ちょっと驚いて隣の長身を見上げたら、サングラス越しの大きな瞳がこちらをまっすぐ見ている。好ましい表情。
「会いたかった」
「――うん」
繋いだ手がぎゅっとなる。
まったくこの子は。イジったり甘えたり忙しいんだから。
…………そういうところがイイんだけど。
そのまま街に出て買い食いしたりゲーセン行ったりして、しっかりデートになる。
結局、トウシュウ先生の家に着いたのは夕方になってからだった。
◇◇◇
「お邪魔しまーす」
「おー、ジャパニーズハウス……」
オリエントシティの中心から結構離れた駅で降りる。
駅からも少し歩いてたどり着くのは、日本風の塀で囲まれた敷地。
木の引き戸を開けて中へ。佇んでいるのは、やはりというか和風建築の平屋だった。アニメとかで見るようなすんごいお屋敷ってわけではないけど、庭には小さな離れまである。
リグザが敷石をひょいひょいっと飛びながら軽やかに進むのについていく。
向かう先はその離れ。玄関回りも綺麗に掃除されていた。客人を迎えるためだろう。
「こっちに泊まるの?」
「うん。これならゲームの音とか出ても安心だろ。相談したとき、それでさ」
なるほどね。まあそれも含めてなら、トウシュウ先生の家に居候する選択肢も理解できる。ウムウム。
「ゲーム機とかは……」
「事務所が明日着で送ってくれる。今日は何時につくかわからなかったから」
合鍵で開ける玄関。中も綺麗に掃除されてる。土間があって、上がったところは板づくりの床。
おトイレもちゃんとある……お風呂はさすがにないみたいだけど。
くそっ先生こんな素敵なお家にお住まいだったなんて。いつでもお泊まりに来ましたのぬごごごごご(思考バグ)
「タタミの匂いだ。すげえ」
正面の襖を開けた先は6畳くらいのこぢんまりした和室だった。
中央にはちゃぶ台、照明はさすがに今風のだけど……なかなかレトロな空間。トウシュウ先生の趣味?
リグザはまさに新居にきたばっかりの猫みたいにふんふんしていて、厚めの座布団が気に入ったらしく二つ重ねて座ってぱっと振り向いた。
「なあ、一緒に夕飯も食おうよ。デリバリー頼むからさ」
言いつつ携帯を取り出して――顔色を変えた。
「ゲッ、事務所だ。やべえ着信百件超えてる……」
「いや大丈夫なのソレ!?」
「すぐ明日の打ち合わせするって……スルーしてたのバレてる」
「スルーしてたんかい」
「だってお前とデートしてたじゃんか」
「んむむ……」
ハイ、ソウデスケド。
荷物からヘッドセットを取り出し、ちゃぶ台の上に端末をセットするリグザ。ここ電波大丈夫かなあ、とか言っている。
仕事モードのその横顔は……なんだかんだで楽しそうだ。よかった。
「大丈夫そ?」
「ん? ああ電波オッケー」
そうじゃないけど、ま、いっか。
潮時を察して立ち上がる。
「じゃあ、また来るね」
「うん。そっちも仕事がんばれよ。あとで電話する」
こつん、と合わせる拳と拳。ニッと笑う。
「あんまり遅くまでゲームしちゃダメだよ」
「お母さんかよ!」
こんなのも、いつものやり取りだ。
◇◇◇
――今更だけれど。リグザが日本に来ることになった理由。
こちらが家で寛いでいるときにかかってきた電話。ゲームのお誘いかと思いきや、日本に来ることを告げたうえで、彼は言ったのだ。
『稽古をつけてもらいたいんだよ』
「トウシュウ先生に? ゲームじゃないよね?」
『わかってて訊いてるだろ、それ。オレにゲームで勝てる奴なんか……』
「? どしたの」
なにか言い淀んでる。ちょっと珍しい。こういうときの彼は――。
けど、迷いを断ち切るみたいに言葉が続けられた。
『ん。や、また今度話す。じゃなくてさ。あの電脳空間で特訓してもらったの、実際に結構役に立ってるんだよな』
「うん」
初めてリグザに会った時の事件。
……思えば最初の頃はちょっとツンツンしてたな。今思うとそれもカワイイ。
『――なんか余計なこと思い出してない? ……オホン。火山でのこともあっただろ。これからはカイブツとも戦ってかなきゃならない』
「うん」
『だからヒーローとしても、もっと強くなりたいんだ。そのために実戦経験が必要だから……なんかヘン?』
「全然変じゃない」
いろいろ思い出しつつじっと聞いてたら、ちょっと居心地が悪くなったのか訊かれちゃう。だからすぐ首を振った。
「リグザのそういうところ、好きだよ」
『っ――なんだよ急にやめろよっ、照れくさいだろっ』
電話の向こうで、ゴショゴショすごい衣擦れの音。
見なくても想像がつく。たぶん、ベッドの上でぐるんぐるんしてる。
「トウシュウ先生には……」
『うん、もう相談した。ちょうど[[rb:期末試験 > Final]]が終わったから少し落ち着くって』
「へえ、いつから来るつもりなの?」
『来週』
「来週!?」
――というのが、前回話したときのこと。
急なのよな、なんにしても。アメリカンだから思い立ったら即実行なのか、バックパック一つで海外旅行も行っちゃうノリなのか。
……それとも、焦ってるのか。何か言いかけてたし。
こちらはトウシュウ先生の家から帰ってご飯を終えたところ。
――リグザ、一か月近く日本に滞在するらしい。
その間はいつものゲーム配信も頻度を減らすらしいから……結構マジみたいだ。
「……もー、泊まりに来てたらそういう話もできたのに」
でもいま改めて思う。
それも、彼の覚悟の表れだったのかもしれない。
前向きで一生懸命なリグザ。アツくなりやすくて、ちょっと思いつめるところもある。
タレント、ヒーロー、カイブツ……思うところがあるのも知っている。
全部なんてとても無理でも、こちらもできることは協力したいのだ。
――あ、電話。リグザだ。
端末を取った瞬間、悲鳴に近い声が響いた。
『なあー! トウシュウが明日6時前に起きろって! 朝稽古! 絶対ムリなんだけど!!』
「…………」
きたきた、きましたよ。早くもバトル勃発しているらしい。
『えぇ!? もう風呂入れって!? ムリだよ今からライブ配信見て……ピコピコじゃないよ!』
なんかもうお父さんと息子の会話みたいになってるし。
で、[[rb:息子 > リグザ]]君がまさか言われっぱなしなわけもなく。
『トウシュウそもそも風呂長すぎるしずっと鼻歌聞こえてるんだよ! 覚えてハミングしちゃっただろ!』
電話向こうの喧々諤々。やりあう声が途絶える気配はない。
まあお互い、言いたいこと言える仲になったってことで。
……うーんやっぱりうらやまし。今度の休日は泊りに行かせてもらおう。うん。今決めた。
「リグザ、郷に入っては郷に従えって知ってる?」
『知らないけど……言いたいことはわかるよ』
「さすリグザ」
『へへん、だろ?』
『――これっ! お主がそうやって甘やかすからリグザがすぐ調子に――』
やべっこっちに飛び火。早々に退散しなければ。
居候問題なんて、互いですり合わせてもらうしかないところなので、そこは頑張ってもらうことにして。
「ところでリグザさん?」
『ハ? 急になに?』
「浮気しちゃダメだからね」
『えっナニ!!???』
――通話終了。
あっちの様子は大変気になるけど、こっちだって明日は普通に仕事なのです。
そんなで始まった、リグザのトウシュウ先生宅での居候生活、一日目。
無事終了…………いや、ほんとに大丈夫かな?
◆◆◆
強くならなければ、と思った。
大切な人がもう帰ってこないと悟ったとき。
いつも見送っていただけの背中。
強くなれば言えるはずだ。
もう心配しなくていいよと。
それで今度こそ、笑顔で見送れる。
だから。
強くなれば。
きっとあなたにまた会える。
◆リバースダイブ・リバイバル Day:1
――Continued?