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ヤクザが運命の番だった青年の末路…その後

  アメリカ合衆国…ハワイ州…。

  その中心地、ホノルルから少し離れた海沿いの、趣味の良い豪華な一軒家には、とある事情から日本を離れ、六年前から人目を忍ぶようにひっそりと暮らす。

  どこか訳ありな獅子獣人と人間の同性カップルが噂になっていた。

  夫……獅子の名前は獅子王猛。そして、妻であり、人間の男の名前は、獅子王昴。

  そう、彼等はαとΩ、その数奇な運命に導かれ、関東を取り仕切る指定暴力団幹部と、その毒牙に掛かり、あわや身売りされる直前だった。

  そんな、初めは最悪の印象から始まった関係であり……。

  実際、人間の方は獅子王に手を出され、運命の番として地下の無機質な部屋に閉じ込められ……。

  様々な、非人道的調教を一身に受けた過去を持つ。恨んでも恨みきれないような確執を持つ相手だ。

  そんな二人が、何故日本ではなくハワイの、そしてこんな長閑な、街の中心地から程よく離れた、静かな地区で一緒に暮らしているのか。

  本来ならば、昴の方はいつだってこの場から逃げる事も出来た筈だ。場合によっては隙を見てその獅子の胸にナイフを突き刺すことだって、幾らでもチャンスはあったはず。

  けれど、そうはしなかった。わざわざ彼と共に、海外までやってきて一緒に暮らし続けていた。

  しかも、あまつさえ、このハワイで、法的に同性愛結婚までしている始末。

  一体二人に何があったのか。

  父親を殺された因縁があり、自身もその人間性をとことん貶められて…。

  生きた心地がしなかったはずだ。…未来に希望が持てず、何度も死を考えたはずだ。

  それは、二人が日本を出る、その約1週間前に遡る。

  [newpage]

  「海外に移住する。」

  「………ぇ?」

  それは、いつも通りの調教が終わり、散々身体を陵辱された直後。

  ぐったりとベッドに項垂れて、荒く息を吐く。そんな昴に背を向け、そのベッドの縁に腰掛けた獅子王が呟いた言葉。

  本来ならば、事後の一服に、煙を燻らせている所だっただろう。しかしそれも、昴が妊娠してからというもの、いつの間にか吸わなくなっていた。

  それどころか、あんなに厳しかった調教や体罰も今は無く、気絶するまで容赦なく行われたSEXも鳴りを潜め、程よい快楽と絶頂を味合わされるようになった。

  そこにはもう、獅子王のどこか残酷な、人を人とも思わない残忍な性格は無く、一人の……まるで父親であり夫のような、そんな気遣いが見て取れるようになっていた。

  そんな獅子王が、おもむろに呟いた言葉。

  「……そ、それは…どういう…。」

  獅子王は昴の方を向かない。

  それだけ言って、その後は無言を貫き、立ち上がったかと思えば、シャワーを浴びるため、備え付けられた小部屋に続く扉を開いて消えていく。

  昴には、獅子王の言った言葉は、多分気の所為だったのだろうと、そう思うには十分過ぎる様子だった。

  ◆◆◆◆

  「…組、やめさせてくだせぇ…」

  「………」

  関東一の勢力を持ち、今や日本中の裏世界にその名を轟かせる東龍会にあって……。

  その当主、東根龍司に、このような個人的な会合を開いてもらい、謁見の立場に納まる男など、余程の重鎮か、酷い失態を犯した愚か者。それか、数少ない彼の私的な友人の一人か。

  獅子王は勿論、後者の方だった。

  何十年も龍司と共に、この東龍会という組織を支えあげ、ここまで広く、裏世界に知らしめた。その立役者であり、彼等が青年期からの親友同士でもある間柄。

  本来ならば、頭を下げる必要だって無いだろう。

  それでも獅子王は、組として、組織としてのケジメと思って、龍司に頭を下げ、土下座した状態でそう伝えた。

  龍司はただ、無言でそんな獅子王を見つめている。

  「……頭上げろい。」

  「………」

  そして、ほんの少しの沈黙の後に、龍司はただ簡潔にそうつぶやいた。

  言われた通り獅子王が顔を上げ、真剣さのにじみ出る瞳で龍司を見つめれば、彼はその瞳を見てフッ…と呆れたように息を吐くと、やれやれと頭を横に振り、もう一度獅子王へと視線を向けて困ったように眉間へと皺を寄せる。

  突然二人だけで話があると言ってきたかと思えば、部屋に入るなり姿勢を正して土下座する始末。

  流石の龍司も面食らったが、それを表情に出すことは無く、黙って行く末を見ていた。

  けれど、その本意がどこにあるのか分からず、予想もつかない。

  ひとつ言えるのは、このような事、獅子王と出会って、人生この方初めてだと言うこと。

  「……一体どういう了見かと思えば。……獅子王、てめぇどうしたってんだ?……悪い冗談って訳でもねぇだろ。その眼を見りゃ分かる。……あれほどこの仕事が天職だなんだと喜び勇んで楽しんでた奴が、一体全体どういう風の吹き回しで、そんな事を言い始めるってんだ。……おい!誰か酒持ってこい酒!!」

  獅子王が今更裏社会での生き方に怖気付いたなんて有り得ないことは龍司が一番よく知っている事だ。

  むしろ獅子王ならば、喧嘩を売ってきた外部組織に自ら飛び込んで行って、全身敵の返り血で染め上げた挙句、笑いながら既に死体と化した者の顔面を殴り続ける。それくらいやってのけるだろうし、実際若い事はそういう事が何度かあった。

  だから初めからその線は完全に無いと過程しても、あれだけこの仕事を天職だと吹聴し、事実、今まで龍司自身もそれを疑わなかった。それほどこの仕事への情熱と腕前を持っているにも関わらず、ここにきて突然それを全て辞めるとはどういう事なのだろうか。

  龍司は畳をドンドンと強く叩いて部下に酒を持ってくるよう命令すると、部屋の外にいた者がそれを持ってくるまで苦い顔で頬杖を突き続けていた。

  獅子王は正座で、姿勢よく座っており、その分いつもは無い本気さが滲み出てきていて調子が崩れる。

  サッと部屋の襖が開けられて、一升瓶に入った焼酎一本と、盃が運び込まれると、龍司は姿勢をくずしながら、酒を盃へと注いだ。

  龍司が口を付けても、獅子王はまるで武人のような出で立ちで静かに目を閉じており、酒を受け取る様子はない。

  本当に、一体あの狂人をこれほどまでマトモにしたのは何なのだろうか。

  龍司はそれが気になりつつも、こんな話は酒を飲んでないとやってられないと、そう思って、盃を半ば無理やり、獅子王の前に差し出して、呑めとだけ、何も言わずに催促する。

  それだけしてやっと、彼はそれに手を付けた。

  ともかく今はより詳しい話を聞きたい。

  龍司がそう思って訝しげに視線を向けると、獅子王はこれまで龍司に隠してきた、組織への反抗とも言える、昴の事について、ゆっくりと話し始めた。

  「……なるほどな。」

  「…………」

  獅子王が運命の番とやらを探し回っている事はよく知っていた。

  この組にスカウトした時でさえ、獅子王はΩを探せるかどうかと確認してきたし、部下に長く個人的な捜索をさせていたのも耳に入っている。

  そこまでしてやっと見つけたΩなのだ。

  正直、隠し事をされていた事に関してはいい気分では無いけれど、全く理解出来ないという訳では無いし、正直たった一人のΩくらいどうでもいい。

  話してくれていれば、わざわざ隠す必要も無かっただろうに。いちいち俺が反対するとでも思ったか、それとも、また違う別の理由があるのか。

  過ぎたことは変えられないし、獅子王には借りもある。それくらいならば特に問題無いが、しかしだからといって組織を抜けたがるというのは、いまだ意味が分からなかった。

  龍司はキセルの煙草に火をつける。

  「……ふぅ…。まぁ、てめぇの言い分はよく分かった。そのΩとやらを、俺に隠して匿ってた事も目をつぶってやろう。……だが、だからと言って組を抜けたがる理由がいまいち分からねぇ。……獅子王、何故そうまでして堅気に戻りたがる?」

  「………アイツに…子が出来た。」

  「……ほう?…おめぇ、餓鬼を上手く孕ませたってわけかい。そりゃ意外な事もあるもんだな。」

  龍司自身にも子は居る。

  ヤクザ者として、基本的に組織を引っ張っていくのは血と、それに付随する歴史、そしてカリスマだ。

  龍司自身もそれは先代から受け継いできたものだし、先代は先々代から、先々代はそのまた先代から……と、東龍会自体は、もう記録に残ってないくらいずっと昔から存在している、歴史のある組織である。

  時代の波によって、栄枯盛衰を繰り返し、龍司が引き継ぐ頃には、殆ど力の無い弱小の組でしか無かったが、それでもここまで広く、そして全国に影響力を持つようにさえもなった。

  一重に龍司の意志と決意、そして獅子王という巨大な抑止力が上手く噛み合わさったからであり、その功績は計り知れない。

  だからこそ、龍司にしてみれば、そこまで組に尽くしてくれた獅子王の事だ。彼が心の底から組織を抜けたいと言うのであれば、それを認める事は吝かではないし、ここからはどんどん、また世代交代していく時期になる。

  息子は厳しく育てたからか、馬鹿げた不良のように組の威光を笠に着たり、不祥事を起こして手を煩わせるような事はしなかったけれど、人には向き不向きというものがあるのだ。その分、なんというか、組を上手く率いてくれるかどうかは不安が残った。

  それでも、獅子王が居れば上手くいくという気持ちがあったのは否めない。

  それほど獅子王という男は裏の世界では恐れられ、そして抑止力として働いてきた純粋な力、恐怖そのものだったのだから。

  だからこそ意外でもある。……何がって、獅子王が子を孕ませたという事実がだ。

  あくまでイメージでしかないが、獅子王が子供を欲しがるとは思えない。家族という存在からは遠く、似つかわしくない性格をしているのだから、そう思ってしまうのも仕方の無い話だろう。

  とはいえ、別に餓鬼が出来たという事くらい、SEXしてりゃあそういう事もあるという認識だ。獣人の精力は強いし、コンドームさえ突き破って孕ませる事があるというのは有名な話。そもそもそれを煩わしくてしない者も多く、特に獅子王のような猫型は逸物に突起がある為、そうした事故が多いとも聞いた。

  龍人である龍司の逸物はそうではない。自身には関係の無い悩みだと、無駄な思考を排除する。

  「それで?…餓鬼が出来たからなんだってんだ。…それくらい、普通に養っていけるだろうが。むしろてめぇ、組辞めたって仕事ぁそう簡単に見つかんねぇぞ。特に、裏の世界で生きてきたてめぇにゃあ、社会経験なんてもんはねぇんだから。」

  「………」

  まぁ、獅子王がその気になれば仕事なんていくらでも見つかる事は見つかるだろう。

  結局のところ、自身の暴力性があって、人を痛ぶるのが好きで好きで、調教師なんて仕事に従事していたわけだが……。

  αの例に漏れず、獅子王は自覚こそしてるかしてないか分からないが、それなりに何でもこなせる高スペックな男である。その狂気に視線を持っていかれがちではあるけれど、それさえ無ければかなりの才能を持っていて、むしろ、こんな有様でさえ人に好かれる資質まで持ちあわせているのである。

  だが、だからと言ってこのキャリアを捨てる理由にはならない。

  堅気になって無駄な苦労をするよりも、今の仕事を続けて家族を養う。そっちの方が面倒は少ないし、何より楽だ。組としても助かる。龍司にはそれこそ、いい事づくめに思えるが……。

  「それでも……だ。……餓鬼が産まれたと知れれば、俺に恨み辛み、持ってる奴等が何をするか予想出来ねぇ。…結果的に組に迷惑を掛ける事にもなる。アイツだけなら監禁出来ても、餓鬼をいつまでも閉じ込めておく事ァ出来ねぇからな。」

  「……ほぉ」

  珍しく獅子王が将来を見据えたような事を言い出して、思わず龍司は感心したように声を出した。

  あの狂人、鬼、悪魔などと言われ、裏世界で恐れられた男が今、まさか自ら孕ませたΩと、その餓鬼の心配をしているとは、予想だに出来ず、そのΩが獅子王に与えた影響というのは、なるほど馬鹿に出来ないものだなと考える。

  確かに、このような仕事をしていれば自ずと常に恨み辛み、危険が周囲に蔓延り、気を抜けない日常を送ることにはなるけれど。

  まさか、自分ではなく、Ωとその子供の将来を考えて、この獅子王が怖気付いているとは。

  そのちぐはぐな感情に思わず笑みが零れて、クックッと喉を鳴らしながら静かに笑った。

  ……あの獅子王がねぇ。嬉しいやら、寂しいやら。

  龍司は、そう思考を巡らせると、パンと自らの腿を軽く叩いて獅子王へと視線を向ける。

  「なるほどな。……てめぇの考えは分かった。」

  わざわざ土下座し、頭を下げてまで組を抜けたいと言った獅子王の言葉。

  初めは何をとち狂ったのかと疑いもしたが、理由を聞けば納得……は出来た訳でもないが、わからないでもない理由だった。

  正直、獅子王自身がどこまでその心の変化を自覚しているのかはわからない。

  どちらかというと、こんな事言ってるくせに、おそらくだがΩの為だとか、産まれてくる子供の為だとか、そんな事は全然自分でも理解出来ていなくて、組のためとか何とか、そんな言葉で言い訳しているようにも思うが。

  自分も、獅子王も、もうそれなりの歳だ。

  まだ40代と言うものも居れば、もう40代と思う自分もいる。

  龍司はせめて、息子が成人してから数年は現役で働くつもりだけれど、親父が突然亡くなった龍司にとって、この組で過ごした時間はもう何百年というような心持ちになってきている。

  獅子王が少し早めの引退をした所で、誰も責めるものはいないだろう。むしろ、獅子王という抑止力が無くなったという事で、増長しそうな輩は幾らでも頭をよぎるが。

  どちらにせよ、そのうち世代交代はするつもりで準備も進めてきた。

  獅子王の後進もそれなりに育っているし、彼程の抑止力は無くても、対応出来ないほどのものでもない。

  「…変わったな獅子王。」

  「……ふん。まさか。俺は純粋に組の未来を考えてんだ。」

  やはり、それが建前か。

  けれどその目には確かに、あの狂気に染まった寒々しくも刺々しい、そんな炎は見えなくなっていて。

  「……子を持つ親父の目になった。……それで十分だ。」

  「………」

  そういうと、獅子王が僅かに口角を持ち上げて優しく微笑んだような。

  ……そんな気がした。

  [newpage]

  結局、東龍会から、祝い金やら退職金だとか言って一生遊んでも困らないくらいの金を貰い受けた。

  しかも、龍司の別荘の一つを与えられた挙句、ハワイでの永住権まで偽造書類を使って申請され、東龍会という組織が、もはやヤクザという枠組みを超えて、国際的なマフィアとして有名になりつつある事を実感する。

  ホノルル近郊にある海辺の一軒家。案内してくれた熊獣人のアメリカ人は龍司に深い恩があると言って、仕事の斡旋や困ったことがあった場合の対処もしてくれると言う。

  正直、退職金やら何やらだけでも十分すぎる恩赦であったが、何故か上機嫌の龍司に押し切られ、こんなにも世話になる羽目になった。

  海外ならば、日本で獅子王に恨みを持つものであっても、もはや手を出すことは出来ない。

  そもそもこの別荘の購買記録は偽装されている上、龍司以外には、彼等の居場所を知る者さえいないという徹底ぶりである。

  獅子王にとっても、これまで想像したことがない、未知の生活がこれから先待っていた。

  「ここが俺達の新しい家だ。」

  「……は、はい」

  獅子王の言葉に、後ろを黙って着いてきていた昴が、少し怯えたように返事を返した。

  海外とは言え、およそ1年ぶりの外の世界。あの無機質な地下室から解放された昴は、久しぶりに見る青い空に目を細め、ぼんやりと遠くを眺めているばかりだった。

  もしかしたら、スキをついて逃げようと画策したり、多少の抵抗もあるかもしれないと、少々身構えていた獅子王にとっては、手が掛からなかった分楽ではあったのだけれど、一年前からは想像もできない、意外な結果だという風にも感じていた。

  これまた龍司が個人で所有している自家用ジェットに乗ろうとした時も昴は大人しく、席に着いた後は窓際からぼんやりと、外の景色を眺めているだけだ。

  この別荘へとやってくる間も、リムジンの中では一切言葉を話す事はなく、まるで意思のない人形でも見ているかのような有様だった。

  やっと辿り着いた豪邸を前にしても、そんな薄い反応をする昴に、流石の獅子王もピクリと片眉を上げて、訝しげに振り返る。

  昴は自らの下腹部に片手を添えて、スリスリと擦りながら俯いており、獅子王はそんな昴へとおもむろに詰め寄ると、壁際に追い込んで、腕を突きながら、彼を上から見下ろし言った。

  「随分大人しかったじゃねぇか。ん?」

  「…ぁ…」

  「元の屋敷からここまでの間、やろうと思えば逃げるスキは幾らでもあった筈だぜ?」

  例え昴自身が、走って振り切る事を不可能だと見込んでいたとしても、ここまで来るのに全く人とすれ違わなかった訳ではなかった。

  人目に付くことを予め考慮していた為に、表立って行動を制限してもいないし、それこそ声だって幾らでも出せた筈だ。

  人通りの多い場所で叫び声を上げ、警察にでも保護して貰っていれば、流石の獅子王にもすぐさま対処する事は難しかっただろう。

  何より、一年前、出会った当初、獅子王に憎しみを持ち、親の仇に決して心開かないと、そう目で訴え掛けていた青年はどこに行ってしまったのだろうか。

  真意を探るように詰め寄るけれど、昴はただ、視線を逸らすだけで、獅子王の問いには答えようとしなかった。

  「……ふん。まぁいいさ。…どのみち、てめぇがどんな方法で逃げ出した所で、結局は俺様の元に戻ってくる羽目になってたんだ。…手を煩わせたら“お仕置き”するつもりだったが、流石にこれだけ長く付き合ってたら、俺様の事もある程度分かってきたようだな。」

  「…っ」

  例え警察に昴が保護されたとしても、元より東龍会のコネクションを使えば、昴の身柄など簡単に取り戻す事が出来た。

  獅子王自身、物欲や権力にあまり興味が無いため、あらゆる事に無駄な金を掛け、周囲に地位を主張する、龍司のような生活などしていないけれど、実際には彼と同等の富も、名声も、得ようとすればどこからとも無く、幾らでも引っ張ってこれるくらいの力はあるのである。

  つまり、例え東龍会という組織のコネを使わなくても、獅子王個人のツテを使えば数時間で逃げた昴の身柄を拘束し、連れ戻すことだって出来てしまう。

  結局の所、初めから何もかも計画の範疇であり、結果的には逃げ出さず大人しくしていた昴は命拾いしたようなものだった。

  真実はいつだって残酷さを隠そうともしていない。

  「…何を考えてるか知らねぇが、抵抗するだけ無駄だと理解出来たんなら、これから先もその殊勝な態度で過ごすんだな。…そしたら俺様も、てめぇをそれなりに優しく可愛がってやる。…逆らえば逆らうだけ、損をするのはてめぇだ。それを覚えとけ。昴。」

  「……は…ぃ…」

  昴の震えた返事に、獅子王はニヤリと不敵に微笑んで、その身体を思い切り持ち上げた。

  突然の出来事に「わっ!」と声を上げた昴の顔と、獅子王の顔が同じ高さまで持ち上げられる。

  所謂駅弁のような体位で、昴は壁に背を預け、無理矢理高さを合わせられたのだ。

  息も触れる程の距離感で、相変わらず、不敵に微笑んだ獅子王は、そんな昴の唇を、その短いマズルで覆い隠してしまって………。

  「〜〜んっ♥♥」

  1日……。たった1日しか経過していないと言うのに、昴の身体は、αである獅子王の唾液を求め、乾いていた。

  唇を重ね合わせ、図太い舌が口内へと侵入し、大量の唾液を交換し合う中で、身体の中心からゾクゾクとした得も言えぬ感覚が沸き起こり、手足の先端がピリピリと痺れているような気がしてしまう。

  

  「んあ…♥ちゅ…♥…ふ…♥」

  そして、無意識のうちに己も舌を絡ませあい、与えられる快楽に迎合し、もっともっとと求めてしまう、淫売になった自分自身の変化も、確かに感じてしまっていた。

  父親の仇であり、酷い憎悪の対象であった筈の相手。

  それと同時に、運命が定めた唯一無二の存在であり、魂の片割れ。生命の半身。

  嗚呼……。もし神と呼ばれる存在が、本当に居るというのなら。

  何故…何故こんな、こんなにも残酷な運命を創り出してしまったのか。

  よりにもよって、父を殺した、そんな相手と…。

  長く深い、意識が深層へ連れていかれるような恐ろしく心地よいキスが、こびり付いた憎しみを砕こうと、刃を何度も突き立てる。

  腰に回される鍛え上げられた太ましく男らしい腕が、熱を孕んで、精神を火傷させる。

  憎いのに…

  嫌いなのに…

  まるで生きていく上で抗う事が出来ない、呼吸という概念のように……。

  無くてはならないモノのように感じる。

  それが無ければ生きられない気さえしてしまう。

  きっと、二人、出会った瞬間から…

  こうなる定めだった。こうなる人生だった。

  だってそれこそまさに…

  逃れられぬ運命…

  それ、そのものなのだから。

  [newpage]

  「う…うぅ…う…♥♥」

  「ククク…どうだ?…気持ちいいだろ?ん?…これから産まれてくる餓鬼の為にも、よぉく揉みほぐして、しっかり今から慣らしとかねぇとな?」

  「も…やめ…っ♥あ゛ぁ゛ぁ゛っっっ!!?♥」

  ハワイという、もはや日本ですらない、国外に連れ出され…

  窓から海を眺める、ホノルル郊外の豪邸に連れてこられた俺は、以前のように地下室へと監禁される訳でもなく、ただ、獅子王の監視の元に、気の休まらない生活が続いていた。

  移動の最中は、止められていた緩い発情状態もまた元に戻され、変わらないのは、獅子王による淫らな調教の日々。

  俺の身体を、後ろから抱きしめるように、ベットへと座った獅子王は、その大きく、筋張った無骨な手で、俺の胸を優しく揉みしだいてくる。

  子供が産まれれば、母親としてミルクを出すのが義務だとか何とか言って、その実行われているのは絶え間ない快楽による調教だ。

  この家に来てからも、相変わらず服を着用する事は許されず、あるのは従僕の証たる赤い首輪だけ。

  うんざりするけれど、彼に逆らった所で、ただ自分が痛い目に合うことは分かりきっている。

  だからこそ、俺は……

  「イク…っっ…イ゛ッ…〜〜〜っ♥♥♥」

  全身を硬直させ、足を無様に内股にしながら、顎をしゃくりあげビクビクと震えた。

  キュッ…と強く乳首を指で挟まれ、その瞬間イナズマのように全身へと駆け巡った快楽が弾け、得も言えぬ絶頂感が脳を支配する。

  獅子王の鍛え上げられた屈強な身体に背中をぐったりと預け、その間もクリクリと指先で弄ばれる乳首の感覚に、陸に上がった魚のような、派手な痙攣をかまして、彼を楽しませ続けた。

  声にならない、喉に引っかかるような嗚咽が「んっ♥っ♥…ふ♥…ん♥」と、断続的に漏れる。

  妊娠してからというもの、肉体的な痛みを伴う調教は行われないけれど、こうした快楽による圧倒的な責めは続けられており、俺の身体はどんどんと、獅子王の好みに変えられていっていた。

  「ククク…おうおう、こんな敏感乳首になっちまって、これじゃあ、赤ん坊に吸われただけで、いちいち絶頂して堪らなくなっちまうだろ。」

  そんな事を言う獅子王に、誰のせいだと叫びたくなったが、ひたすらに堪えた。ここでまた騒ぎを起こし、獅子王の信頼がどん底まで下がってしまえば、これから先の人生、俺は一生、こいつの言いなりになるしかなくなってしまう。

  …そうだ…まだ…。まだ復讐の芽は潰えていない。

  こうして、従順を装い、獅子王がいつか油断した所で、コイツの息の根を止めてやる。

  そう…、今はまだ、寝る時だって手錠を着けられ、身動きが出来ないように拘束されてしまっているけれど。

  長く暮らせば暮らすだけ、いつか獅子王の警戒が解けて、俺を自由にする時が来るはずだ。

  俺はただひたすら、その時までこの復讐心が消えないよう、耐え続けるだけ……。

  だから決して、俺の心はまだ、獅子王の調教になんか、屈したり……っ

  屈したり……しな………ぁ゛っ♥♥

  「もっ♥…乳首らめ…っ!!♥乳首イキたくな…っ♥これ以上弄られたら…っ!?♥♥」

  「あ〜??弄られたらどうなるっつうんだよ?単に気持ちよくなってクリトリスからザーメンちょろちょろ垂れ流すだけだろうが。」

  「ひっ…ぎぃ…っ♥♥は…っ…あ…っ♥♥」

  「…おら、こっち向け!………そうだ。舌出せ。…ようし…。」

  「あ゛…んへぇ…♥♥んちゅ…ん♥…ふ…♥じゅる♥」

  言われるがままに舌を出し、その瞬間食いつかれるように口付けを交わした。

  くぐもった声を上げて、内股になった足がピンと伸び、またしてもビクビクと全身が震えて、絶頂してしまう。

  口内をまるで咀嚼されるように、獅子王のマズルが動いて、舌が喉奥まで侵入してきた。

  今すぐその舌を噛みちぎりたい気持ちを抑えて、生理的な涙を流しながら、されるがままに送られてくる唾液を飲み干していく。

  「うあ…っ♥」

  そして、ひたすらに弄ばれると、獅子王が俺をベットへと仰向けにして、そのまま覆い被さってきた。

  背中で腕を拘束され、俺は荒い息を吐きながら、ぐったりと目を閉じる。

  獅子王はそんな俺を、興奮した面持ちで見下ろし、着ていたワイシャツのネクタイを緩めると、その胸元を開け、窮屈そうに鍛え上げられたその胸板を惜しげも無く晒した。

  首筋から肩にかけて、舌がなめくじのような痕を作り、俺は嫌悪感に顔を顰めてジッとその快感に耐える。

  発情した身体は、例えどんな刺激でも快楽に変換してしまって、まるで今までの自分の身体では無いように感じた。

  獅子王の猫科特有であるザラついた舌先が、乳首を撫でると、その快感に思わず俺は、ビクンと大きく身体を跳ねさせて、涙を流しながらグッと歯を噛み締めて……。

  「んっ…んっ…♥…ふ…ん…♥」

  「相変わらず、俺様の舌がお気に入りのようだな?」

  「ふぅぅ…っ♥…う…だ…め…っ♥」

  舌の腹スレスレに乳頭を舐めたかと思いきや、突然のように吸い付いて甘噛みされる。

  片方の手は俺の股の間にゆっくりと侵入してきて、既に濡れそぼるアナルの入口へと指先を突き、押し広げるようにそれは中へと入り込んでくる。

  「あっ…あっ…あっ…♥♥」

  そうするともう、必死に堪えているのが馬鹿みたいに、甲高い声が喉から勝手に飛び出して、足が自然と開いて行った。

  グチュグチュと部屋に淫猥な音が鳴り響き、俺の小さなペニスがピクピクと何度もしゃくり上げる。

  そして、片手間にワイシャツをはだけた獅子王の、その恐ろしく屈強な肉体が視界の端に入れば、俺はもうその瞬間から、どうしようもなく彼のフェロモンに惹かれてしまって……。

  鮮やかな赤茶色の体毛に、黒い胸毛。

  ビキビキと筋が入った筋肉は、まるで精巧に造られた彫刻のように、僅かな陰影をもたらしている。

  ヤクザであり、暴力や荒事を専門に扱っていた為か、全身には幾つもの大小様々な古傷が目立ち。

  更には肩から胸元、背中から肘に至るまで、特殊な技法で植え付けられた色鮮やかな毛が、恐ろしい龍の姿を象っていた。

  獣人の刺青と言えば、一度部位の毛を根こそぎ抜き去って、染色された少し短めの人工毛を毛穴に挿入し直し、丁寧に職人の手で作られる芸術品だ。

  その毛は一生伸びない代わりに、生え変わる事もなく、また、その性質上麻酔も無しに行われるため、かなりの痛みを伴うものだと聞いた。

  一部を小さく植毛するだけならば、それなりにメジャーな行為として受け入れられている、このアメリカのような国もあるが、こんなふうに上半身の殆どを植毛している者など、日本では稀だろう。

  誰もが惚れ込んでしまいそうな、無骨に鍛え上げられた六つに割れる腹。

  そしてワサワサと黒い毛の生い茂る、臍から下のスラックスの中には、俺の身体を根底から変えてしまった。

  あの恐ろしくも雄々しい雄の象徴が、窮屈そうに今か今かと出番を待っているのだった。

  「来い」

  「あっ」

  身体を持ち上げられて、少し足を緩く開いた獅子王の正面に抱き寄せられた。

  座っていても、良いとこ首筋辺りに頭のてっぺんが来て、俺が見つめるのはいつも、彼を下から見上げるようにだ。

  「しゃぶれ」

  短くそう命令されて、グイと後頭部を押されて股間に押し付けられる。

  まるで土下座するみたいに、上半身を倒し、相変わらず噎せ返るような雄の匂いが消えることの無い、スラックスの、少し開いたチャックに、歯を噛み合わせた。

  もう、この奉仕の仕方も慣れたものだった。

  決して慣れようと思って慣れた訳では無いけれど、毎度毎度手を縛られたり、使うなと命令されて、大抵こうして口だけで奉仕する羽目になる。

  陰毛が既に、その男性ホルモンの多さを主張するように溢れ出す、酷く盛り上がった前袋のゴムに噛み付いて、彼のフェロモンをたっぷり肺に吸い込みながらそれを下げれば、出てくるのは既に勃ちあがった赤黒くグロテスクな逸物。

  触れてもいないのに、その熱気と臭いが伝わってくるような、太い血管に塗れたそれを見ると、俺の身体は思わず、ゴクリと喉を鳴らしてそれに夢中になってしまって。

  「何惚けてんだ。さっさとしゃぶれ!」

  「は…い…っ♥」

  叱咤されて、恐る恐る震えながら唇を近付けた。

  それを口に含んだら、俺の理性はたちまち弾けて、心の底では嫌だと叫んでいるのに、どうしようもなくそれを求めて止まなくなってしまう。

  全部全部、この憎たらしいΩの身体のせい。運命の番には決して逆らうことの出来ない、そんな本能に縛られた身体の性。

  

  「んっ♥ちゅ…っ…じゅ…♥…じゅる…♥じゅぞ…♥」

  「ククク……よしよし、これも随分慣れたようだな。」

  獅子王のペニスは、咥えるだけでも精一杯で、亀頭を口に含むと、大きすぎて竿の部分まで唇が届かない程だった。

  それでも、懸命に舌を使って裏筋をねっとりと舐め上げ、それと同時に、柔らかい棘のついた雁の部分をぞりぞりとこ削ぎ、ボロボロとほんの少し溢れ出すカスも纏めて唾液と共に飲み込む。

  Ωの身体には、そんな垢でさえ、バニラのように甘い甘いスイーツのようで、カッカと火照る身体の体温が、それを摂取する度に尚更強くなっていくようだった。

  「んぶ…っ♥ぐ…っ♥…〜〜っぉぇ゛♥♥ぇ゛♥」

  「ちっ…相変わらずちっちぇな…!」

  獅子王がおもむろに、俺の後頭部を強く押して、ペニスを喉奥まで無理矢理差し込もうとしてくる。

  元々の体格差から分かるように、獅子王のペニスは俺の腕と同じくらいの太さを持っていて、勿論そんな風に乱暴にされた所で、全て咥える事など出来ない。

  獅子王はそれに苛立ったように舌打ちをすると、俺の髪をグイと引っ張って、もういいとばかりに、不機嫌な様子で俺の頭を持ち上げた。

  唾液と、嗚咽の涙で汚れた俺の顔は酷く滑稽な様子で、世界で最も見られたくない相手に、こんな表情を見られてしまっている。その屈辱をただただ、受け入れることしか出来ない自分がもどかしい。

  「うっ…♥」

  そして、ベットへと乱暴に押し倒されて、獅子王の妖しく光り輝く紅い瞳が、俺を見下ろす。

  足を引き寄せられ、持ち上げられて、僅かな抵抗で、獅子王の腹へと腕を伸ばして制止するようにするけれど、初めからそんなこと、無理だと分かっていて……。

  「おら、挿入れるぞ。」

  「やぁぁぁ♥♥♥」

  逆にその手を取られれば、迫ってくる獅子王の圧力を直に感じれるよう利用されてしまい…。

  グングンと迫ってくる大きな身体。

  鍛え上げられていて、分厚く、力強い。その圧力に、屈してしまいそうになる。恐ろしく魅惑的で、男性的な体格。

  「あ゛っ♥あ゛っ♥ぃぁぁぁぁ♥♥」

  「そぉら、どんどん挿入っちまうぞぉ?♥」

  すっぽりと俺の身体を影で覆ってしまう程の、圧倒的な体格差に、俺はただ小さな叫び声を上げることしか出来なくて。

  その声すらも、獅子王の広がった胸の中へと、吸い込まれて消えていった。

  「ぎ…ぃ…っ♥♥あ゛ぁ゛…〜っ♥♥ぐ、ぐるじ…っ♥♥じんじゃう…っ♥ごわれるっ…っ♥♥」

  「あぁ?ここまでずっぽり貪欲に咥えこんでおいて、今更ぶってんじゃねぇよ!♥」

  「あぁ゛〜っ♥♥だめっ…♥だめっ…♥グリグリやらぁ♥♥」

  「うるせぇ!♥さっさと‪α‬様の獅子ちんぽ受け入れて咽び泣きやがれ!♥」

  「あ゛〜〜〜〜っ♥♥」

  上から全体重をもって、のしかかられるように最奥まで挿入され、グリグリと文字を描くように尻を動かされれば、Ω特有の雄子宮口を捏ねくり回すように刺激される。

  まるで開封したての紙粘土のように、ぐにゃぐにゃと自由自在に、獅子王の意のまま形を整えられて、途端にブルブルと全身が震えた。

  口ではどんなに否定していても、どんなに嫌がった振りをしていても、既に何度もそうして、毎日のように開発された俺のポルチオは、たったそれだけの刺激で、あっという間に絶頂に達してしまい…。

  「おらどうした!?♥♥嫌がってた割には、中イキ痙攣しちまってんぞ!♥♥」

  「やぁぁぁぁ!!♥♥イッでるっ♥♥イッでるがらぁ♥♥♥どちゅどちゅしないれぇぇ♥♥♥」

  絶頂に、全身の筋肉が強ばる中、獅子王は構わず何度も激しいピストンを繰り出して、更なる絶頂へと俺を追い詰めようとする。

  獅子王のペニスに幾つも生えた柔らかい棘は、引き抜かれる度に内壁をぞりぞりとこ削いで、俺はその快感にただただ、無意識に縋るものを見つけようと、憎い獅子王の胸元へと力無く抱き着くしかなかった。

  獅子王のそんな力強いピストンによって、小さな俺の身体はベットの上で何度もバウンドするように跳ねて、その反動が更に子宮全体へと伝わり、絶頂が加速していく。

  足先がギュッと丸まったかと思えば、ピンと指先を伸ばして、なんとか保とうとしていた理性もいつしか弾け、俺の喉からはもう、声にならない声が掠れたように漏れるばかりだった。

  「…〜〜〜〜っっっ♥♥♥♥♥♥」

  「おら!♥てめぇの…っ♥赤ん坊毎っ♥まとめて孕め!!♥♥♥…ぐっ♥♥」

  そして、何度目かの絶頂により、意識が薄れ始めた時、獅子王が尚更力強く、ズンと上から、奥までペニスを突き入れて。

  ギュッギュッと、腟内が収縮するように痙攣した。獅子王の精子を寄越せと言わんばかりに、貪欲にみっちりとそれへ吸い付いた。

  獅子王のペニスが、力強く中でしゃくりあげたかと思いきや、重たく固形化した、泥のようなザーメンが、たっぷりと中に注ぎ込まれて……。

  獅子王の身体に押し潰されて、動きが制限されているハズの俺の全身は、それでも大きくビクンビクンと何度も跳ねるように痙攣した。

  圧倒的な快楽は、まるで洗脳のように、俺の脳みそをどんどん蝕んでいく。

  [newpage]

  腹が大きくなり、日常生活に支障が出始めるようになると、獅子王が露骨に俺を犯す事は無くなっていった。

  まさか、腹の子に遠慮でもしているつもりなのだろうか。獅子王の体格と、大きなペニスによって直接子宮を突かれ続けたら、確かに赤ん坊に穴でも開いてしまいそうなものだけれど、その気遣いが逆に、何だかとても不安になる。

  

  それに、何度か外にも連れ出され、病院で診察を受けさせられたり、海岸で日光浴を許されたり、以前の監禁生活からは考えられないような生活も与えられていた。

  身の回りの事は、驚くべき事に獅子王が全て率先してやってくれているのだ。

  料理はもちろん、掃除から洗濯まで……。厳つい古傷だらけの巨大な獅子獣人が、まるで家政婦のように働いているの見ると、あまりにも似つかわしくなくて、見ているこっちが複雑な気分になってくる。

  と、言っても、獅子王の場合は、本当に家政婦のようにあくせくと働いている訳では無くて、テキパキと効率よく、あっさりとやってのけているような感じだから、それも変な感じで……。

  無駄な仕草が1つも無く、かなり手馴れたように、サクサクと仕事を終わらせていく。

  スラックスのポケットに手を入れ、片手で掃除機を操ったり、フライパンを軽々とあおる。暴力的で、野性的なイメージしかなかった獅子王からは想像もできない、家庭的な姿が、そこにはあった。

  だからといって、コイツを好きになるということは、絶対に無いけれど。

  ぼんやりとソファーに座り、その様子を眺めていると、ふと、獅子王がこちらを見て、不機嫌そうに眉間へと皺を寄せ始めた。

  「……おい、何してる。」

  「……え?な、なにが…ですか…っ」

  「なにがじゃねぇだろ…!」

  そう言って、持っていたフライパンをコンロに置き、ノシノシとこちらに近付いてきた獅子王は、そっとその場に膝を付くと、こちらに手を伸ばしてきて…。

  「…っ…」

  「腹が冷えちまうだろうが。毛布被っとけ…!」

  ビクリと震え、身体を強ばらせる俺に、獅子王は何か乱暴をする訳でもなく、手前にあった毛布を手に取って、俺の腹へと乱雑に被せた。

  その様子に唖然とする俺を無視して、ふんと鼻を鳴らした獅子王は、そのまま立ち上がり、また台所へと戻っていく。

  と、最近はずっと、こんな感じで、なんだかとてもおかしな気分だ。

  獅子王ほど、こんな気遣いだとか、優しさだとか、そういうものに縁遠い男は居ないのに。

  一体、彼は何を考えているのだろうか。

  今更、こんな事をしたって、俺の父を殺したという罪は消えないし、これまで他人にしてきた仕打ち全て、帳消しになるわけじゃないのに。

  俺を無理矢理、自身の家族という枠に当て嵌めて、今更旦那として振舞おうとする獅子王に吐き気がすると共に…、しかし、そうは言っても、もはや今の自分には、彼の存在が欠かせないものになっているのも事実で…。

  なにせ、俺は身重のΩであり、しかもここはロクに言葉も通じない異国の世界。

  そればかりか、生活に必要なものは全て、獅子王が管理しており、俺が個人的に使えるお金なんて一銭も無ければ、こんな状態で逃げ出した所で、行くあても無い。

  警察に保護されるのを、今更期待しているわけもなく……、どちらにせよ、既に戸籍上夫婦として登録されている俺が送り出される場所は、もうこの家以外に存在しないのだ。付近に住んでいる住民達だって、助けを求めた所で結局は警察に通報するくらいが籍の山だろう。

  例え法律上何らかの問題が発覚して、俺が明らかに犯罪に巻き込まれている一般人だと言う事が彼等に伝わっても、獅子王の影響力を持ってさえすれば無駄に終わるだろうし……。

  

  そして何より、その全てを差し引いても、俺の体は…もう…。

  台所の仕事を片付けて、悠々と歩いてきた獅子王が隣に腰を下ろすと、彼は図々しくも俺の肩に腕を回し、少し乱暴に力を込めて、グイと身体を引き寄せる。

  こうして傍に居るだけで漂ってくる、運命のαのフェロモンには心底うんざりしているものの、既に長時間それに晒され続けた身体は、もはやどんなに心が抵抗しようとも、それを受け入れてしまって……。

  そう、受け入れてしまうのだ……。どうしようもなく…。

  どんなに心が抵抗しようとも、俺の身体は、彼の存在を必要としてしまって……。

  きっと、見ようによっては、俺達のこの姿は、運命で結ばれたαとΩの、仲睦まじい姿に見えてしまうかも知れない。

  獅子王は特に、筋肉の筋が分かるほど鍛え上げられた、男らしいふとましい腕や、ワイシャツの胸元から見える、分厚い胸元、刺青など。俳優顔負けのセクシーな肉体をこれでもかと惜しげも無く晒していて、更に言えば、所々にある古傷もまた、その男らしさや危ない魅力を高める要因の一つとなっているし……。

  だからこそ、そんな獅子王と一緒に居る俺は、こんなにもセクシーなαと共に居れて……運命の相手で、とてもラッキーな奴だとでも思われているかもしれない。

  傍目から見れば俺は、獅子王にただ一人養われ、生きている、理想のΩの姿に見えているだろうから。

  それに……

  「どうした…?そんな風に身動ぎしやがって…、誘ってんのか?」

  「…ぅ……♥」

  獅子王のフェロモンを感じると、俺の身体はすぐさま発情して、まさに獣のように、彼の寵愛を求めて止まなくなる。

  全身が熱っぽい空気に包まれて、徐々に息が荒くなり、下半身の奥が疼くように、モゾモゾと蠢き始める。

  そんな俺を、獅子王は不敵な笑みで見つめ、しばらくそれを楽しむように上から見下ろすのだ。

  「ククク…流石にそろそろ辛くなってきたようだな。おい。」

  「…く…ぅ…♥」

  「焦れったいか?…妊娠中じゃあ、てめぇも思うように性処理出来ねぇもんなぁ?」

  そう。彼から離れられないもう1つの要因は、この発情と、開発されきった身体にあって……。

  毎日のように荒々しく求められ、快楽漬けにされた俺の身体は、既に獅子王から与えられるSEXという媚薬に犯され、依存し、抜け出せなくなってしまっていた。

  それなのに、ここ数ヶ月、妊娠してから、ロクにSEXという薬物を与えられていない俺の身体は、もはや限界を超えて、発情を抑えられなくなってしまっており……。

  結果、獅子王のフェロモンなんて感じ始めると、こんな感じだ。

  頭がボーッとして、思考もままならなくなる。

  そして、唯一それに対処出来るのは、獅子王から与えられる快楽という劇薬か、彼の運命のαとしての能力……俺の発情を操作する力だけだ。

  そう。……俺の身体は、もはや彼の存在無くして、もうまともに生活する事が出来ない程、壊れてしまっているのだった。

  俺は思わず、獅子王へと身体を擦り付けるように、身動ぎしてしまう。

  彼の機嫌が良ければ、この発情を止めてくれるかもしれない。

  そんな、とてつもなく成功率の低い賭けに出なければいけないほど、俺の生活は、彼無しでは成り立たないものになっていた。

  「どうした?…そんなに擦り寄ってきて。」

  「……ぅ…ぅ…♥発情…止め…っ♥♥」

  「あぁん?…何だって?…声が小さくて良く聞こえねぇなぁ?……もっと発情させてほしいってか?」

  「っ…!?…ち、違っ…♥♥」

  「そうら、だったらお望み通り、もっと良くしてやるよ!」

  「…っ!?…ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ♥♥♥」

  突如、獅子王が俺のうなじに牙を突き立てて、その瞬間、そこから音波のように広がる違和感が、全身を駆け抜けていった。

  フェロモンだけで自然と沸き起こる発情とは比較にならないほどの、強い熱が全身を包み込み、思考どころか、視界さえ歪んでしまうほどの、圧倒的な欲求が、俺の身体を襲っていた。

  俺は咄嗟に、自分の腹を守るようにしながら、その場へとぐったり倒れ込む。

  獅子王は、そんな俺を見て優越感にでも浸っているのだろうか、どこまでも人を不快にさせる笑みを浮かべて、好色そうに俺を見下ろしていた。

  本当に、何故、俺の運命が、この男なのか……。

  何度も自問自答したその問いに、答えが出ないことは分かっていても、そう考えずには居られなかった。

  獅子王が俺の身体を掴み、ぐいとその胸元に抱き寄せる。

  「うぁぁぁ…♥♥♥」

  瞬間、気の抜けた声で、俺の身体は溶けるよう彼に垂れかかった。

  獅子王の胸元から香る汗の匂い。男性用コロンを彷彿とさせる、脳を犯すようなその魅惑的な匂いに、思わず縋り付くよう反応してしまって…。

  「そら……、どうして欲しいか言ってみろや。昴。」

  「あ…♥あ…♥」

  「おら、言え。こういう時、どんな風にすりゃあいいか、俺様は何度もてめぇに教えてやっただろうが。」

  ーー身体に…直接…たっぷりと…。

  顎のエラを掬い上げるように、獅子王の大きく筋張った、肉球付きの柔らかい掌が持ち上げて、朦朧とする視界に彼の顔が目いっぱい広がってくる。

  まるで悪魔のような、囁きに近い声で、低く、響くようにそう問い掛けられると、俺の身体は、それだけでビクビクと震え、その言葉に迎合してしまいそうになる。

  耳元で、ねっとりとした熱の篭った声で呟かれた言葉に、瞬間、俺の記憶が呼び出され、今までされた様々な調教の情景が、まるで走馬灯のように流れ出し。

  「〜〜〜っ♥♥ぁ゛…っ♥…っ♥…っ♥」

  それだけで俺は、じょろりと軽くパンツの中へと失禁して、軽いドライオーガズムへと達してしまった。

  ビクン…ビクン…と全身が規則的に震えて、脳が軽イキを起こす。

  スリスリと、うなじから首に掛けて、優しく撫でられるだけで、俺は絶対にこの男に逆らえないのだと、そう烙印を押されるように、身体が反応してしまう。

  「ん?……おい、てめぇ何俺様の許可もなく勝手にイッてやがんだ。自分だけ気持ちよくなってんじゃねぇぞ!」

  「ひうぅっ♥♥」

  「ちっ!たったこれだけで漏らしイキしやがって。てめぇの汚ねぇ汁で汚れちまったじゃねぇか!…おら!」

  「ひぃぃ♥♥」

  獅子王がそう言って俺の首を片手で掴み、ソファーへと押し倒した。

  自らの汚れたズボンを指先で掴み、ギロリと俺を睨みつける。

  涙を溜めた瞳で、俺を押さえ付ける腕を力無く掴むけれど、発情した身体ではされるがままであり、俺はただ怯えるように目を伏せるだけだ。

  「……お仕置きが必要だな。」

  獅子王がそう呟いて、僅かばかりに口角を上げる。

  いつもされているというのに、未だ慣れない、彼の大きな身体が俺をすっぽりと覆うように影を落として、恐怖に全身が硬直した。

  そして、獅子王は、俺の身体に跨るよう上半身を起こす。

  「咥えろ。上手く出来たら楽にしてやる。」

  「……っ」

  汚れた部分を指差して、遠回しに脱がせろと言っているのだろう。

  俺は悔しげに唇を噛むけれど、当然逆らえるはずも無いので、言われた通りにそこへと口を近付けた。

  手を使おうとすると彼が怒るのはいつもの事だ。口だけを使って器用にチャックを下ろすのも、もう慣れたものだった。

  勿論、その盛り上がりに頬を擦り寄せて、媚びるように見せることも忘れてはならない。

  極力、自身が従順な奴隷であるようにして、俺は獅子王へと奉仕を始めた。

  「ん…♥…ふぁ…は…♥あ…♥」

  「惚けてんじゃねぇよ…!しっかり奉仕しやがれ雌豚が!」

  「っ…は…ぃ…♥はぃぃ…っ♥」

  獅子王の股間に顔を近付け、その盛り上がりに顔を埋めるだけで、布越しに香ってくる濃厚な雄のフェロモン。

  男らしくて、噎せ返るほど、重たく纏わりつくようなそれは、まるで蜘蛛の糸のように俺を縛り付け、決して逃がしてはくれない、魔性の力だった。

  思わずまたしても、身体中の力が抜けて、ぐったりと身体から活力が失われる。

  いち早くそんな俺の姿に気が付いたのか、獅子王が叱咤する声に、何とか理性を取り戻すも、その強い言葉に意識は全て持っていかれて、まるで俺は操り人形の如く、彼の言葉に従うだけの奴隷となってしまっていた。

  力無く、獅子王のズボンのチャックへと歯を噛み合わせて、ジジジ…とそれを下ろした。

  瞬間、まるで中に眠っていた瘴気が、そこから大きく広がりをみせるように、芳醇な臭気が拡散し始め、ズボン越しに香ってくる臭いが、まるでおままごとだったかのように、一瞬で俺の意識を攫っていく。

  「あ゛…♥」

  普通暮らしていたら、嗅ぐ事は無い独特な男の逸物の臭い。

  下着に染み付いた、ペニスから発せられる独特な、他に形容するものが無い特別な臭気。

  本来ならば、誰にとっても不快になり得るその特殊な臭いにも関わらず、俺はその臭いを自分から求めるように、肺と脳に目一杯吸い込んで。

  グググ…とボクサーを押し上げる力強い男根の隆起。その膨らみだけでも、優に俺の顔の幅を横から隠してしまう程の逸物に、相変わらず俺は、言葉さえ失ってゴクリと喉を鳴らし…。

  落ち着こうと深呼吸すればするほど、強力な麻薬を鼻から吸い込んだように意識が朦朧としてくる。

  それと同時に、憎いはずの相手を、どこまでも信奉し、愛おしいと思ってしまう、訳の分からない洗脳状態に陥る。

  ハァハァと荒く息を吐いて、禁断症状に嘆くヤク中のようにボクサーの前開きへと鼻先を埋めた。

  嗚呼…嗚呼…狂う。この男の股座に生えている、たった一つの器官によって、俺は……。

  「んじゅ…♥じゅるる…♥ん…♥ふ…♥…じゅる…♥ん♥」

  「ふ〜…♥っ…いいぞ…?…中々上手くなったじゃねぇか。くくく♥」

  獅子王がそう言って、一心不乱にその股座へと顔を上下させる、俺の頭を優しく撫でて、出来の良い息子を見るように不敵に微笑む。

  すっかりと開発された俺の喉は、獅子王の巨大な逸物の太さにいつしか散々慣らされてしまって、嘔吐く事も無ければ、奥まで挿入らないという訳でもなく、しっかり締め付けるように蠢いて、根元まで咥え込めるほどのものとなっており……。

  鼻先が、獅子王の陰毛の中へと埋まる度に、ブルブルと全身が震える程の多幸感が押し寄せてくる。

  自然と薬をキメている最中のように、瞳が僅かに上向きになり、一拍置いて、じゅるるるる…と大きく亀頭の先までそれを引き抜く。

  おそらく、根元まで咥え挿れ、鼻で呼吸する度、俺は全身を震わせて僅かに絶頂しているのだと思う。

  俺の小さく縮こまったペニスからは、ドロドロと先走りが、下着を越えてズボンに染みを作る程漏れ出しており、キュンキュンと下腹の方が、少しむず痒いような、そんな疼きを持ち始めて、堪らなくなっていた。

  「おら、そろそろイクぞ!しっかり飲み込め!♥」

  「ん゛っ♥♥」

  そして、唐突にそう叫んだ獅子王が、俺の後頭部を力強く押さえ付けると、ビュルル…っ!と力強く、喉奥でペニスをしゃくりあげて、胃の中へと直接ザーメンを排泄した。

  ボンドのように固形化した、弾力を持つプリプリの精子が、鈴口から繋がる縄のように、ズルズルと繋がって胃に落とされていく。

  同時に、俺も腰を僅かに持ち上げると、ビュルッ…ビュルルル…っ♥と下着の中に射精してしまって…。

  ズロロロロロロ…と重量感あるペニスが引き抜かれ、俺の顔を優に超える唾液まみれのそれが、ベットリ、横断するように顔面の半分へと叩きつけられた。

  俺はただ痙攣するばかりで、もはや満身創痍。けれど、勿論それだけでは満足しない、むしろ更に興奮を高めた獅子王にとって、そんな俺の状態などお構い無しであり…。

  「ようし。くくく。よく出来たご褒美に、今回は特別、てめぇのマンコを犯してやるよ。」

  「あ゛…♥あ゛…♥」

  そう言って、獅子王が乱暴に俺のズボンを引き裂いた。

  既に我慢汁で濡れそぼった股間を見ると、機嫌が良さそうにフンと鼻を鳴らし、俺の足を持ち上げ、広げた彼は、珍しく、ゆっくりと、焦らすように俺のアナルへとペニスを挿入し始めて…。

  「あ゛っ♥挿入って…っ♥くるぅ♥♥」

  グ…グググ…とゆっくりゆっくり、俺がその感触を中で知覚出来るくらいのスピードで、獅子王はそれを俺のマンコへと挿入してきた。

  太くて熱い。心臓のように脈動している。まるで蔦のように分厚い血管が這うそれを、俺の子宮口に付けると、彼は何を思ったのか、そのままそこで動く事も無く、静止する。

  「さぁて、どうなるか見物だなぁ?」

  ニタニタと笑う彼は、一体どんな思惑があると言うのか、挿入された反動だけで、軽く絶頂に達した俺には理解出来ず……。

  そして1時間後…

  「あ゛っ♥イグッっ♥まだイグっっ♥♥〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ♥ぎっ♥」

  「おいおい、動いてもいねぇのに、一体どんだけイクつもりだぁ?こうやって、子宮押されんのが堪らねぇってか?」

  「あ゛っ!?♥いあ゛ぁぁぁぁぁ♥♥♥」

  身動きが取れないように、全身を彼の腕で押さえつけられて、ただひたすら、中に獅子王の熱を感じる。

  激しく動くわけでもなく、静止した状態で、ニヤニヤと不敵に微笑む獅子王に、恥ずかしくなるほど見つめられながら、時間だけが経過していくと思った。

  それなのに、胸の動悸は収まらず、身体は徐々に敏感になっていくような感覚で……。

  気付いた時には、高まっていく絶頂の雰囲気を感じた。息が段々と荒くなり、下半身から、内側を通って昇ってくる性感に困惑して獅子王を見る。

  獅子王は、そんな俺を面白そうに見つめており、嫌な予感がして、ガタガタと震えながら、彼の大きな胸元を力無く叩いた。

  しかし、次の瞬間には、その僅かな動きがキッカケとなって、俺はビクンと大きく痙攣し、絶頂してしまって…。

  その結果がこれだ。

  1時間も経たないうちに、俺はまんまと獅子王の思い通り、涙をダラダラ流しながら、彼にしがみついてしまっている。

  一度絶頂すると、その波は収まることを知らず、むしろもっと、打ち付ける度に巨大なものとなって、身体が言う事を聞かなくなる。

  獅子王が時折、僅かばかり動いたかと思ったら、子宮を軽く圧迫するように腰を突き出すだけで、強烈な絶頂に、俺は叫んでしまって。

  「やあぁぁぁぁぁ♥♥♥」

  脇目も振らず、俺は獅子王の太い首に腕を回して、彼にしがみついてしまっていた。

  獅子王は、そんな俺の様子にご満悦らしく、あまりの気持ちよさに理性を失い、憎い相手に縋り付く、そんな惨めな俺の姿を更に見てやろうと、責めの手を緩めることは無かった。

  「んんぅっ…♥♥♥」

  そして、まるで、恋人のようなキスをしながら、時はどんどんと過ぎ去っていく。

  結果、ベットに移動した俺達は、そのままいつしか眠ってしまっていて…。

  隣には獅子王が、珍しく俺に寝顔を見せていた。

  とはいえ、身体は抱き寄せられており、身動き一つ取ることは出来なくなっており、目を覚ました俺は、そのまままた、ゆっくりと目を閉じ、疲れに身を任せていった。

  このまま………、このまま……こうして……。

  獅子王が俺に夢中になり、そして気を許せば許すほど、俺の計画もまた、完遂しやすくなる…。

  それはつまり、いつか絶対に、コイツを殺す…なんて、至極シンプルな、予想通りの計画。

  いつか、彼が安心し、俺に全てをさらけ出した所で、その太い喉に刃物を突き立てて、従順だと思っていただろう俺に殺される、そんな絶望に染まった瞳を見届けながら、全て終わらせてやる。

  ――父さん…待ってて…

  いつか絶対、恨みを晴らすよ…。

  そんなことに考えながら、俺は無意識に、自らの腹をゆっくりと撫でていたのだった。

  

  そしてその数ヶ月後…。

  陣痛が始まった。

  [newpage]

  「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

  分娩室にて、院内に響き渡るような巨大な叫び声を上げ、俺は何度も痛みで気絶しそうになるのをなんとか堪え続けていた。

  衛生的な観念から、体毛の多い獣人は部屋に入ることは出来ず、部屋の外から窓越しに俺を見つめる獅子王の顔は、これまでに無いほど険しい。

  俺は全身から溺れそうなほどの汗を垂れ流して、恥も外聞もなくがむしゃらに叫ぶ。

  看護婦や、医者の励ます声が鬱陶しくて、でも、そんな事を口に出す余裕は全くなくて。

  「おぎゃあ!おぎゃあ!」

  「産まれましたよ!!元気な獅子の男の子です!」

  「……ぁ…ぅ…」

  股の間から取り出された、血と羊水に塗れた、小さな小さな獅子の赤ん坊。

  それは間違いなく、獅子王の子であり、そして、俺の中で大きく育った、俺の、血の繋がった赤ん坊。

  ドン!と扉が乱暴に開く音が聞こえて、看護師の制止も聞かずに獅子王が部屋に入ってきた。

  騒然となる部屋の中、俺の側まで足早にやってきた獅子王は、何も言わずただ、ギュッと俺の手を握りしめ。

  「よくやったな。」

  ただ一言、そう言った。

  医者が赤ん坊を洗い終わり、獅子王に渡すと、獅子王がゆっくりその場に膝をついて、俺に寄り添いながら赤ん坊を見せてくれる。

  小さくて、くしゃくしゃしていて、まだ毛も生えてない可愛い赤ん坊だ。

  マズルが少し突き出していてツンとした鼻先が見える。今の時点じゃ、俺に似ている所は見当たらないけれど。

  正直、ホルモンの乱れなど、様々なことがあった妊娠期間に、俺は自分の子供を愛せるのか、とても不安に思っていたことを思い出す。

  何を隠そう、俺の子であるという以前に、獅子王の子でもあるという懸念が、俺を尚更強く追い詰めていて。

  このまま本当に産んでいいのか…

  産んだとして、本当に俺は望んでもいない子供を愛してあげられるのか…

  どうせ、憎い男の子供だ。むしろ、その子供だって別に、無理にでも愛さなくて良いのではないか。そんな事を考えては、子供に罪はないのにとか、それでも俺の子でもあるのにとか、色々な葛藤が頭を巡っていく。

  獅子王が寝室に来て、寝そべる俺の横に寄り添い、後ろから腹を撫でてくる度に、吐き気にも似た感情が湧き上がり、俺の呼吸は荒くなる。

  怖い…

  怖い…

  怖い…

  子供を産むのが…

  子供を育てるのが…

  何より、獅子王の子でもあるという事が…

  怖かった。

  恐ろしかった。

  無意識に身体が震えていた。

  けれど……

  「俺と、お前の餓鬼だ。」

  「…っ」

  分娩室で、自らの腹の中で育った、産まれたばかりの赤ん坊を見ると俺は…

  「う…ぅう…う…」

  自然と涙が出ていた。

  産まれてきてくれた、その子を抱き寄せて、愛しげに頬を擦り寄せていた。

  今まで抱えていた様々な感情。

  それを全て通り越して、彼を心から愛してしまっていた。

  「名前はお決まりですか?」

  「あ〜…」

  そんな医者の言葉に、珍しく獅子王が言葉を濁す。

  しかし俺は、間髪入れずにその問へ答えを呟いていた。

  「太陽…」

  「…太陽?」

  「そう……太陽。」

  明るく、人々を照らす者の名前。

  太陽。

  俺を最後まで守ろうと足掻いてくれた、最愛の父の名前。

  「…そうか。」

  獅子王はそう言って、何も言わずに俺の髪を撫でながら、太陽へと視線を向けた。

  その口元に、僅かな笑みを浮かべながら。

  [newpage]

  「あっ♥あっ♥やぁ♥やらぁ♥イッぢゃうっ♥イッぢゃう♥イグッ!!♥♥イ゛…ッ〜〜〜っ♥♥♥」

  「イケ!!♥♥俺様のちんぽしっかり思い出せ!!♥♥」

  「キ゛ッ…ッッッ〜〜〜!!!♥♥♥♥♥」

  太陽を産んで一週間ほど経過し、俺の体調も戻ってきた頃に、夜、寝室で鼻息を荒くした獅子王が、乱暴に俺へと覆いかぶさってきて、そのまま激しいSEXへと発展した。

  後背位で、腕を後ろに引かれながら、背中を反るような姿勢で固定され、背後から荒々しくバチュバチュとピストンを繰り出される。

  どうやら、相当鬱憤が溜まっていたらしい。長く妊娠に配慮して激しい交尾が出来なかったのが、かなり堪えていたようで、その日は朝まで容赦なく犯される羽目になった。

  「やら!♥もう妊娠やらの!♥♥産んだばっかりなのに…っ♥♥また妊娠しちゃうからぁ♥♥♥」

  「ああ?うるせぇよ!♥孕めばいいだろうが!!♥♥これから毎年餓鬼こさえんぞ!!♥♥」

  「やぁぁぁ♥♥らめぇぇぇ♥♥♥♥」

  後ろから腕を回されて、胸をギュッと搾られて、乳首からビュッビュッと不規則に父乳が漏れる。

  太陽に授乳する度、開発され尽くした乳首からは、強い快感が全身に走って、それを堪える俺の様子が、獅子王には卑猥に映ったらしい。

  それもまたこのようなSEXの要因になったようだ。今まで以上に激しく身体を求められ、当たり前のように種付けされた俺は、その瞬間、作りたての卵子を完膚なきまでに受精させられて……

  着床した。

  「ん゛ぅ〜〜♥♥ん゛〜っ♥ぢゅ…♥ん♥」

  「ん…っ♥ちゅ…♥」

  そして、獅子王は射精しながら、何度もゴチュゴチュと緩く腰を振って、尿道に残った精子さえ擦り付けるように執念深く種付ける。

  首を天井へ反らすように、顎を掴まれて、真上から噛み付くようにキスをされ、喉奥を唾液で蹂躙されながら、俺は不安定な体位でガクガクと震えてしまい…。

  数分もの間、そうして続けられた種付けが終わると、俺は力無くベットへとうつ伏せに倒れて、不規則に強く痙攣しながら、ダラダラと涙を流した。

  ベロリとマズルを舐め、好色に歪んだ瞳で俺を獰猛に見つめた獅子王は、更に俺を貪り喰らおうと、腕を伸ばし…………。

  宴は終わらない。

  「お゛…ご…♥…ぇ゛…ぉ゛っ♥♥」

  「おら!しっかり喉開きやがれ!♥口全体でちんぽ奉仕するんだよ!♥」

  それから何度も中出しされて、圧倒的な精力でひとしきり卵巣を直接犯された後、ベットの縁に仰向けに寝そべらされた俺は、今獅子王のペニスを、無理矢理喉奥に挿入され、ガポガポというくぐもった音を出しながら、ゆるく腰を振られていた。

  グラインドを描くように、艶めかしく腰が動く。大きく、短い毛に覆われた陰嚢が、俺の顔面にモフモフと何度も打ち付けられて、蒸れた玉裏の臭いが酸欠気味の脳を犯していく。

  グッとそのふとましい腰を突き出されて、鍛え上げられた獅子王の太腿の筋肉がぐらりと波打った。影の落ちた股下から、僅かにゆらりと揺れる尻尾が見えたが、それもすぐ瞳が上向きになって瞼に隠れた事で見えなくなる。

  ビュッと俺のペニスから潮が吹き出して、全身が絶頂に痙攣し、意識が白く染っていった。

  喉奥が自然と締まって、獅子王の逸物を強く締め付けたかと思えば、筋肉の動きで圧迫と解放を繰り返し、不規則に脈動する。

  ガポガポという、空気と粘液が混ざり合うような、軽い空白の音が喉から響き、それと同時に、キュッと獅子王の尻に筋肉のくぼみが出来た。

  「イクぞっ!零すんじゃねぇぞ!!っグッ……っ!!がぁぁ!!♥」

  「〜ッッ……!?♥♥♥〜…♥」

  そして、濃厚なザーメンが、容赦なく喉を満たし、直接、狭い胃袋の中へと注ぎ込まれてくる。

  瞬間、まるで弾けるように揮発した獅子王の汗の臭いが辺りに充満し、気を抜いた傍からじっとりと汗が滝のように滲み出してきて、俺の鼻腔を犯す。

  酸欠で空気の欠落した脳に、黄ばんだ酸素が満たされて、まるで洗脳でもされるかのように思考を犯していく。

  そして、その証拠に、僅かに突き出した腰の先端から、ビュッと白濁が漏れだして絶頂した。

  一滴も漏らしてなるものかと、何度も何度も緩くペニスを喉奥に突き出されて…。

  「……ふぅ…しっかり俺様のザーメンの味、覚えておけよ。俺が戻ったら、続きやるからな。」

  ズロロロロ…と、重い音を立てて、粘液に塗れた長大なペニスが、糸を引きながら喉から取り出された。

  ビクビクと震え、絶頂から降りてこれない俺を見下ろした獅子王は、ニヤリと悪辣に微笑んで、当たり前のようにそんな事を言う。

  結果的に、ろくに休む時間も与えられないまま、俺はその日、朝まで犯される事になり……。

  「あっ♥あっ♥あっ♥ダッ…!♥やめ…っ…っ♥太陽っ…起きっ…ちゃ…っ♥」

  「あぁ!?♥うるせぇよ。そんときゃ見せつけてやりゃあ良いだろうが!!おら!♥」

  「ひ…ぃぃっ♥…奥っ…♥深ぃ…ぃぃ♥」

  「まだまだ奥行くぞ…!♥」

  「ぁぁぁぁぁ〜ッッ!!♥♥♥」

  日によって、俺は赤ん坊の前で犯される事も度々あった。

  ぐっすりと寝ている太陽の揺りかごの前で、声を抑えながら、立ちバックで荒々しく腰を振られる。

  どんなにやめてほしいと懇願しても、どんなに抵抗しても、獅子王はむしろそれに興奮しているようで、尚更行為は激しくなっていった。

  「そら!しっかり捕まっとけ!♥」

  「ひぁぁ♥♥」

  更には、そうして突然身体を持ち上げられ、駅弁の状態で、太陽の真上まで連れられた俺は、接合部を子供の前に晒すような状態で下から突き上げられたりもする。

  跳ねた粘液が、太陽の産毛を微かに濡らして、赤ん坊であっても、このような姿を自分の子に見られたくないばかりに、俺は好きでもない獅子王の身体にギュッと抱き着いて、その胸の中に顔を埋める事しか出来なかった。

  そして、そんな俺を、獅子王は揶揄うように責め立てるのだ。

  「おら、何時まで声抑えてられるか見物だな!♥」

  「ぎっ…〜〜ぃぃ〜…♥ふっ…うっ…ぅ♥…っ!?らめぇぇぇ〜っっ!♥」

  「なんだよ?またイクのか??♥♥赤ん坊の前で犯されて、言葉では嫌がってても、身体は素直じゃねぇか!?♥♥そんなに俺様にしがみついて、強請ってんだからしょうもねぇなぁ奴だなぁ!?♥♥おら!!♥」

  「ひぃぃぃ♥♥まらイクゥゥ〜っっ!!♥イっぢゃうううう!♥♥」

  それでも、漏れる声にうなされて、身動ぎする太陽の前で、俺は無様に絶頂させられる。

  キュンキュンとアナルが獅子王のペニスを締め付けて、これまでに無いほど種を欲するように痙攣し続ける。

  今まで以上に、獅子王へと縋り付く力を強くして、身体を強ばらせた。

  俺の体重なんてものともしない。軽々と持ち上げる獅子王は、余裕綽々の顔で、そんな俺を見下ろし。

  太く、逞しい腕が、俺を抱き締める力を強めた。

  子供の前で絶頂させられる、そんなショッキングな状況に、俺はぐったりと、そのまま意識を失ってしまって……。

  それでも、獅子王との生活は続く。

  日々、抗えない程の快楽を与えられ続けて、まるで洗脳されるように、彼の体臭を脳みそに絶頂と共に植え付けられ。

  唯一、癒しとも思える子供の顔も、獅子王の面影が見えると複雑な気持ちになった。

  赤ん坊が、俺の乳首に吸い付いて、夫乳を飲むのは当たり前のはずなのに、開発されきったその部分は、それだけで快楽を生み出し、それが尚更子供への愛情を試すかのような試練に思えた。

  「なんだ?赤ん坊に乳首しゃぶられて、興奮してんのか?淫乱。」

  「そ、そんな…っ…こと…♥」

  そして、そんな風に葛藤する俺へと、まるで悪魔の囁きのように、獅子王が問いかけてくる。

  隣に腰を下ろし、俺の肩を抱き締めてきて、不敵な笑みで俺を見下ろしてくる。

  それだけで、彼から香る、コロンのような、汗の臭いに脳がクラクラとしてきてしまって。

  「我慢すんなよ。気持ちいいんだろ?…おら、コイツも流石俺の子だ。おめぇの気持ちいいとこ全部分かって刺激してやがる。丁度いい力加減で、優しく舐められんのが好きなんだよな?そうされると堪んなくなるんだろ?いつもまずは、ここだけでイッてるもんな?」

  「あっ♥うっ♥…ひっ♥らめ…っ…ち、乳首らめ…っ♥」

  「太陽の舌は最高に気持ちいいだろうが?俺と同じで、ざらついた棘がたっぷりついてるもんな?…これが好きなんだろ?おら。」

  「ひぃぃぃぃ♥♥」

  そうして、太陽に吸いつかれていない、もう片方の乳首も、そのザラザラの舌先で削るように刺激され、全身がガクガクと震える。

  トロリと目が垂れ下がり、頬は赤く上気して、太陽を支える力も無くなると、それを補佐するように獅子王が手を伸ばす。

  二人目の子供が腹の中で育ち初め、乱暴なSEXが終わりを迎えると、今度はこのように、まるで焦らされるような快楽を与えられて過ごす日々が続いた。

  俺の脳みそは、日に日に溶けているような、そんな感覚さえしてしまって。

  [newpage]

  子供は、最終的に連続で三人孕まされた。

  獅子王にとっても、妊娠する度、長い長い禁欲の時間はやはり堪えるものがあったようで、三年連続で孕まされた後は、避妊用のピルを飲まされ、一旦妊娠にストップが掛かる。

  とはいえ、獅子王はまだ俺を孕ませる気満々のようで、充分堪能したら、また子種を植え付けると前もって宣言してきた。

  これ以上子供を作ることになんの意味があるのかと問いたい気持ちはあったけれど、俺はそんな彼の言葉に、粛々と従うことしか出来ず、その日もまた荒々しく責め立てられる日々。

  彼にとって子供とは、多分、一種のトロフィーのような感覚なのかもしれない。

  俺を孕ませる事に、彼のαとしての本能か、それとも、単なる雄の矜恃か。分からないけれど、そういうものを感じていて、優越感だとか、俺を自分の所有物にしていられる快感だとか、そう思い込める事に、プライドを持っている。

  その上、日に日に彼の独占欲のようなものも強くなっている気がして、表面上は一応、自由な行動も認められているけれど、その実、俺は常に獅子王の監視の元にあった。

  自分では外す事の出来ない、GPSとカメラ付きの腕輪なんて序の口。

  外に出掛ければ、まるで周りに見せびらかすように俺の肩を抱き、そうじゃなくても手を繋いで歩いたり、トイレまで着いてくる始末。

  しかも、ことある事にキスを迫られ、いつしかそれが挨拶であるかのような、そんな気楽ささえ滲み出すようになっていき、あまりにもそれが普通になってしまって、いつしか俺も、そんな状況を自然と受け入れてしまうような、そんな状況になっていった。

  そして、そうして日々が過ぎていく度、俺の中に燻っている憎しみの炎も、どんどんと小さくなっていってしまうような、そんな気がして。

  獅子王に対するその憎しみが、消えてしまうかもしれないという事が、俺にとっては何より怖かった。

  そもそもこの生活は、彼によって作られた、偽りの生活なのに、その生活に安らぎを感じている自分が信じられなかった。

  「パピィ!見てみてぇ!」

  「どうしたの?太陽。」

  「皆の絵を描いてみたの!上手でしょ!?」

  太陽が、そう言って持ってきてくれた絵には、獅子王に肩を抱かれて笑う俺と、子供達の姿が描かれていた。

  「…す、凄く上手いねぇ…」

  「えへへ!皆だぁい好き!」

  「…………」

  無邪気に笑う太陽に、複雑な心境で作り笑いを浮かべる俺。

  頭を撫でて、抱きしめてやって、太陽を愛する気持ちに偽りは無いけれど、何も知らない子供達が、これを当たり前の幸せだと思っている事に、罪悪感を覚えてしまう。

  俺は、獅子王を愛していないんだ……。

  彼によって無理矢理この生活を強要されたんだ……。

  けれど、愛する子供達に、そんな残酷な事実を、打ち明ける勇気など無くて…。

  「何を描いたって?」

  「ダディ!」

  そんな折、獅子王が現れて、太陽の描いた絵を受け取った。

  一体どんな顔をするのだろうかと思えば、彼はその絵を見ると、まるで当たり前の家族のように、今まで見たことも無い優しい笑顔で、ふっと笑って…。

  「上手いじゃねぇか。」

  「えへへ!」

  そう言って、太陽の頭を荒々しく撫でた。

  一見ぶっきらぼうに見えるそんな所作でも、彼にとっては愛情の表現で、それを分かっている太陽は、嬉しそうに耳を畳みながら、それを受け入れていた。

  獅子王は彼の絵を台所まで持っていくと、それを冷蔵庫に磁石で貼り付けて。

  その後、ソファーまで戻ってきたかと思えば、俺の肩を抱き、太陽を引き寄せて足を組む。

  本当にただ普通の家族だったなら、こんな些細な日常にも、素直に幸せを感じる事が出来ていたんだろうけれど。

  「こいよ。」

  「…っ…た、太陽の前だから…♥」

  「あぁ?関係ねぇよ。おら、舌出せ。」

  言われて、もはや逆らうという発想はなく、俺は無理やり獅子王に深い深いディープキスをされた。

  「あー!またダディとパピィでイチャイチャしてるぅ!俺にもチューして!」

  俺達の間に座る太陽がそんな事を言い、不満そうにすると、獅子王はそんな彼を、キスしながらチラリと見下ろし、無言でどっかに行けと腕だけで催促する。

  それに尚更不満を持つ太陽だけれど、獅子王を怒らせればどれだけ恐ろしいか、子供である太陽が分からないはずも無いので、渋々とソファーから降り、自分の部屋に戻っていった。

  瞬間、獅子王は俺を押し倒すと、乱暴に俺の服を脱がせ始めて…。

  そして……

  「ダディ〜!大地と[[rb:海 > カイ]]が泣いてる〜!」

  しばらく時間が経ち、居間に向かった太陽は、ソファーに座る獅子王の後ろ姿を見つけて、声を掛けた。

  部屋に居た時から、時折聞こえてくる、誰かの叫び声のような声。

  防音対策の施されたこの家では、それが誰の叫び声で、どのような事を言っているのか、そもそも、それが本当に人の声で、叫び声なのかすら分からないけれど、それは決まっていつも、獅子王と昴のいる場所から聞こえてくるような気がして、太陽はずっと不思議に思っていた。

  「ぁ゛っ…〜〜〜〜っっ♥♥♥」

  「はぁ…はぁ…。ああ゛?何だって?」

  一瞬、昴の声がしたかと思うと、それはすぐに掻き消えて、獅子王がギラギラとした目付きで振り返り、荒々しく太陽へと問い掛ける。

  下半身は上手くソファーの陰に隠れて見えないけれど、少なくとも彼の上半身は裸であり、人並外れた筋骨隆々な身体を惜しげも無く晒しているどころか、全身汗だくの、凄まじい様相だった。

  太陽は何となく、都合の悪いタイミングに来てしまったのでは無いかと察して、ほんの少し怯えてしまうものの、獅子王の機嫌が悪そうに見えるのはいつもの事である為、もう一度同じ事を言う。

  「……大地と[[rb:海 > カイ]]が泣いてるよ…。」

  「そうか…っ…なら…っ…すぐイクから…っ…おめぇ、世話しとけ…!」

  「え〜!俺がぁ?」

  「俺様の言う事が…っ!聞けねぇのか!太陽!っ!」

  獅子王がそう、いつにも増して荒々しく言い、グッと背を逸らすと、瞬間、ビクンと、ソファーの脇から誰かの足が天井に向かって伸び、ブルブルと震えたかと思えば、ぐったりとしてまた消えた。

  おそらく、あのソファーに隠れた向こう側には、昴が居るのだろう。僅かだけれど声も聞こえる気がする。

  多分二人で何かしているのだろうけれど、それが何かまで分からない太陽は、遊んでいるとでも思ったのだろう。獅子王の真似をして腕を前に組み、プクッとほっぺを膨らませて、仁王立ちしながら、彼を睨んだ。勿論、頬を膨らませるのは、太陽のちょっとしたアレンジである。

  「二人とも、ソファーに隠れて何やってるの!遊ぶのはやる事やってからにしなさい!」

  そしてこれは、昴の口調の真似だった。

  仕草だけ見ても、太陽が間違いなく二人の子供である事は、言うまでも無い。

  その言葉の節々には、いつも獅子王と昴、二人だけで遊んでばかりで、自分は除け者にされているという避難の声も混じっているように聞こえた。

  けれど、そんな事、獅子王にはお構い無しである。

  

  「これは…っ…マッサージだ!!マッサージ!!ママが疲れてるからマッサージしてやってるだけだ!!邪魔すんじゃねぇ!!良いからさっさとイケ!!」

  「〜〜〜〜〜っっ♥♥♥♥」

  そんな風に言う獅子王に続いて、また昴の足らしきものが天井に向かってブルブルと震えるのが見えた。

  太陽は正直、獅子王の様子から何かおかしいと思いつつも、これ以上何かを言って時間を取れば、それこそ、自分が折檻を受ける可能性もあることを考えて、不満だけれど言う通り踵を返して赤ん坊の元に向かっていく。

  「扉閉めてけよ!!」と最後に言われた通り扉を閉めれば、瞬間、また叫び声のようなものが聞こえた気がしたけれど、太陽は気にせず、そのまま廊下を歩いていくのだった。

  一方、獅子王達の方では…

  「ちっ…!邪魔が入っちまった!糞!餓鬼共が…!」

  言って、獅子王が昴の口からその大きな手を離し、怒りに任せて腰をバチュバチュと乱暴を突き下げると昴の喉から悲鳴じみた喘ぎ声が上がった。

  「ひっ♥ぎぃぃぃ♥♥イクッ!イクッ♥イクウゥ♥♥」

  先程から何度もしているように、足を突き出してブルブルと震える。

  バレたらどうしようかとも思ったが、それは獅子王が上手く威圧して事なきを得た。

  「おい!餓鬼に気付かれそうになった時、てめぇ締め付けが強くなってたぞ?…本当は興奮してたんだろう?♥」

  「そ、そんな…そんなこと…っ♥♥」

  昴が、相変わらず泣きじゃくったソソる顔で、そんな事を言うもんだから、獅子王は尚更彼を虐めたくてしょうがなくなる。

  いちいち反応が、獅子王のツボを突いてくるものだから堪らない。その感情を表すように、腰を振るスピードが早くなって行った。

  「嘘つけ!この変態野郎! くくく…今度てめぇの痴態を太陽に見せつけるのも面白そうだなぁ♥」

  「や、やだ…っ♥それだけ…それだけは…っ♥♥」

  獅子王の胸元にすがりついて、そんな事を言う昴に、堪らなくなって獅子王はキスをする。

  本当はもっともっと、昴を泣かし、快楽に惚けさせ、その身体を蹂躙してやりたいところだが、赤ん坊が泣いているとなれば、そうは出来ないのが困ったところだ。

  「おら、イクぞ!中に出すからな!!♥」

  「ひっ♥ぎっ♥ぃぃぃぃぃ♥♥」

  「射精る!!!♥♥♥」

  昴の全身を覆い隠すようにして、獅子王が当たり前のように彼へと中出しする。

  ドクン…ドクン…と、脈動が直に伝わるほど、力強い射精によって、自らの子宮が一杯になっていくのを感じながら、昴はそのまま意識を失ってしまって…。

  「ふぅ……ん?」

  身体を起こし、下を見下ろせば、ぐったりとする昴の姿。

  ずる…ずるるる…ぶちゅ…とペニスを抜くと、抜けた瞬間昴の身体がビクンと震えて、子宮に入りきらなかったザーメンが、皮のソファーに垂れて落ちていた。

  獅子王は、そんな汚れを手早く片付けると、昴を横抱きにして寝室に連れていく。

  普段の彼とは想像も出来ない優しさで、昴をベットに寝かせると、今度は泣いているという赤ん坊の元へと率先して向かい、部屋の扉を開ける。

  「ダディ!」

  「たく…」

  ベビーベッドから二人の赤ん坊を、腕の片方ずつ、纏めて抱き上げると、僅かに身体を揺らしてそれをあやす。顔はどこか不機嫌そうに見えるけれど、実際の所、それは獅子王の標準的な表情であって、別に面倒を嫌っているという訳ではない。

  「ダディ汗くさーい…!パピィはどうしたの?」

  太陽が、クンクンと獅子王の足の臭いを嗅いで、俗に言うフレーメン反応をしながらそう言った。

  ちょっとした悪ふざけだろう。もしヤクザ時代の部下がそんなことを言ったのなら、昔の獅子王ならば顔面を地面に押し付け、ボコボコに殴り倒したあと、生ゴミの中に放り投げる所であるが、息子に対しては特に何をするでもなく、ただ寛容に聞き流した。

  「寝てる。起こすなよ。……あと、パピィじゃなくて、マミィかママと呼べっつってんだろうが。」

  「えー……だってパピィがパピィって呼んで欲しいって言ってるんだもん。それにマミィとかママっていうと無視されるし……」

  「ちっ…」

  そんな、他愛のない話をしながら、子供達をあやす。時にはオムツを取り替えて、場合によってはミルクだって作る。

  本当に、あの獅子王が、こんな事をしているだなんて、一体誰が想像しただろうか。

  それは本人だって、予想だにしていなかった事だろう。

  けれど、事実、獅子王の心には、ある種、今まで感じる事の無かった、平穏の安らぎがあるのも確かで…。

  [newpage]

  それから時は流れて、更に3年の月日が経過していた。

  その結果、長男の太陽はすでに5歳になり、3年前はほぼ赤ん坊だった大地と海も4歳と3歳になっていて、ついでに、4人目の赤ん坊である、氷河も産まれ、家は更に賑やかになっていた。

  「おい、準備は出来たのか!?」

  「待ってー!!あともうちょっとー!!」

  玄関先で獅子王が怒鳴ると、太陽がドタドタと走りながら返事を返し、獅子王はそれに舌打ちをした。

  そんな二人の脇で、俺は大地と海がリュックに玩具を詰めようとしているのを、興味深げに見つめている。

  「[[rb:海 > カイ]]、機関車は持っていっても、砂場じゃ走れないよ。」

  「持ってく…!」

  「大地、それはリュックに入らないから、持っていきたいなら手に持ちなさい。」

  「えー…」

  「…いいから。ほら、早くしないとダディに怒られるよ。」

  産まれた子供達は、どうやら獅子王の遺伝子が強いのか、全員獅子の子として産まれたのだけれど、次男の大地と、今俺が抱き上げている五男の氷河は、俺の髪色の影響か、黒寄りの茶色だ。

  二人がえっちらおっちらとリュックを背中に背負い込もうとするのを、氷河を抱いていない方の片手で助けてやりながら準備を終えさせる。

  「パピィ…抱っこ…!」

  「はいはい。片手は辛いからおんぶにして。」

  少し物静かで、甘えんぼの海は、氷河が産まれるまで自分が末っ子だったので、まだその名残があるようだ。

  最初は産まれたばかりの氷河にライバル心を持っていたようだけれど、最近は少しずつお兄ちゃんの自覚が芽生えてきたのか、これでもまだまだ今日は甘えてない方である。

  「はい。行くよ。」

  大地の背中をポンと軽く押してやりながら、玄関まで行くと、今にも靴を履こうとしている太陽と、それを見下ろす獅子王が居る。

  彼は俺の姿を見ると、不機嫌そうに顔を顰めて、背に乗る海のうなじをむんずと掴んで引き寄せてくれた。

  「来い。」

  「わー!」

  何も言わないけれど、俺を気遣っての行動だろう。

  そのままスタスタと車に向かって、手早く子供達を後部座席に乗せてくれる。

  俺は抱いている氷河をベビーシートに乗せると、子供達に絶対ちょっかいを掛けないように釘を刺して、助手席に乗り込んだ。

  季節は夏。

  外はサンサンと輝く太陽が照らしており、絶好の海日和だった。

  「行くぞ!」

  獅子王の言葉に、子供達が揃って「おー!」と返事を返す。そのやり取りを、俺は小さく笑って見つめていた。

  エンジンを掛け、獅子王の長くて太い腕が、俺の肩に回される。

  彼は手馴れたようにサングラスを掛けると、お気に入りの音楽を流しながら手馴れた様子で車を動かした。そして、俺の肩に回された彼の手がそっと、こちらの首筋を撫でると、俺はその擽ったさに、小さく身動ぎして…。

  最近は、そういう小さな遊びにも似たちょっかいが増えた気がする。

  それが良い事なのか、悪い事なのか、俺には分からないけれど…。

  

  車で車道を走っていると、あからさまな人の多さに、きっと誰もが驚いてしまう事だろう。

  この時期は世界中からの旅行者でいっぱいになるハワイのビーチは、普通なら、その人の多さに安らぐ暇もなく…。

  むしろ精神的にも肉体的にも、疲れてしまいそうになるばかりで、バケーションなんて気分になれたものではない。

  とはいえ、そこは獅子王も抜かりはないらしく、今回は彼の伝手という奴で、どこかのプライベートビーチを貸切で使えるらしい。

  まぁ、正直言って、もう驚くべき事は何一つ無かった。

  最近は暇を持て余す形で始めたハズの不動産業で、いつの間にか派手に稼いでいるようだし、おそらくその金は、贅沢をしなければ、末っ子の氷河まで働かずとも暮らせる程だろう。

  これからもどんどんとその資産が増えていく事を考えると、いつか二世代、三世代と、遊んで暮らせる程の財産になる可能性も勿論ある。

  まぁ、意外にも躾に厳しい獅子王の事だから、簡単に贅沢なんてさせず、しっかりと自立した人生を歩めるように育てるつもりだろうが、子供達の将来が明るい事が分かってるだけでもありがたい事だ。

  最近はなんだか、そういう、獅子王に対する評価も、俺の中で変わってきているような、そんな気がしていて…。

  そして、人混みから外れた、静かな私有地の一角。

  ゲートには管理人兼警備員の男が居て、車を停め、窓から顔を出し、獅子王が自身のサングラスを少しズラしただけで、何を言わずとも、その男はゲートのスイッチを躊躇いなく押した。

  俗に言う顔パスという奴である。子供達も揃って、そんな父親の姿に興奮しているようだった。

  それから少しばかり、更に車を進めると、もはや進行不能というような、獣道の前で止まった。

  すぐそこには広大で、誰もいないビーチ。

  自然が作り出した岩のアーチが、人の手の入ったビーチでは味わえない美しさを醸し出している。

  扉を開けて、一番に飛び出した太陽と、それに続く大地。

  海が少し遅れて、慌てたように走り出すと、まだやはり幼いこともあって、その場にドテッとつまづいて転んでしまった。

  派手に転んだ海が、グズグズと泣き出しそうになるのを、運転席から出てきた獅子王が抱き上げて睨み付ける。

  「泣くな!男だろうが!」

  「うっ…うっ…」

  そんな風に凄んだら、むしろ更に泣いてしまう事は、簡単に予想出来ることだろうに。

  そういう点では、普段は嫌になるほど完璧な獅子王にも、欠点があるのだと思えて安心する。

  俺は素早くベビーシートの氷河を、そのシートごと手に持つと、問題の二人の側まで足早に駆け付けた。

  海を獅子王の手から半ば強奪するように抱き寄せると、優しく微笑みながら話しかけてやる。

  「海はこんな事で泣く子じゃないもんね?…お兄ちゃんになったんだから。」

  「……う…ぐ…っ」

  今にも大声で泣き叫んでしまいそうな様子にも関わらず、彼は鼻を啜り、涙を蓄えながらうなづいた。

  その後ギュッと抱きついてきて、結局俺の服を涙と鼻水だらけにするのは相変わらずだけど、声を出さないだけかなり進歩したと言える。

  「猛さんは浮き輪とかお願いします…」

  「ちっ…」

  獅子王はこの程度でも、子供を甘やかしすぎだと怒るけれど、それぞれ性格もあるし、まだ幼いのだから、これくらい甘やかしてやったって罰は当たらないと思う。

  まぁ、獅子王が鞭を担当してくれるなら、俺は子供達の飴玉として優しく振る舞い、彼等の味方であり続ける事が出来るので良いのだけど。

  「こらー!あんまり深くまで行ったらダメだよーー!!太陽!!一番お兄ちゃんなんだから、大地の事しっかり見てなさい!」

  先に駆け出した子供達二人が、案の定遊びに夢中になって危険な事をしないよう、声を張り上げて牽制する。

  それでも言う事を聞かないのであれば、直接彼等に言い聞かせるしか無いだろう。

  俺は砂場にベビーシートを置き、海にほんの少しの間見張りをお願いすると、足早に波打ち際へと駆けていき、二人の前で目を尖らせる。

  それでも、俺の威厳が足りないからか、普段から甘やかしている関係もあってか、どんどんと沖に行こうとする二人に、俺は溜息を吐いて。

  「まったくもう…」

  「コルァァァ!!!!てめぇらぶっ殺されてぇのかぁぁ!!戻って来やがれカスがぁぁ!!!」

  「…ぅっ!?」

  しかし、折り畳み式のビーチチェアをいつの間にか持ってきていた獅子王が、俺の後ろから、恐ろしい剣幕で叫ぶと、途端に二人の表情が青ざめたものに変わった。

  いつも思うが、獅子王が本気で叫ぶと、本当に地鳴りが起きているのではないかと錯覚してしまう程の迫力がある。

  獅子王の存在に気付かずに居た俺は、思わず顔を逸らしてしまったし、傍に居た海も、目いっぱい自分の耳を畳んで、尚且つ手で押さえつけていた。

  氷河の耳は獅子王が予め押さえていたので、彼は目をシパシパさせてるだけで特に気にした様子も無い。

  慌てて泳ぎ帰ってきた二人に、獅子王が軽い……と言ってもかなり痛い…拳骨を真上から食らわせて鉄拳制裁をすれば、二人は「う〜」と呻いて、その場でしばらく石のように固まってしまっていた。

  俺は正直、結構子供達を甘やかしている自覚があるけれど、獅子王のこのような恐ろしさに比べたら、今の状況でもまだ甘やかし足りないくらいだと常々思っているほどだ。

  ま、言う事を聞かなければこうなる事くらい、ウチでは当たり前なので、それを知っててあえて無視していた二人が悪い。

  反省と罰の意味も込めて、二人には、俺達が車に積んでいた諸々を持ってくるまで、海と氷河の見張りをさせる事にした。

  獅子王と共に、車へと戻る。

  「おい、お前はいいから、あっちで休んどけ。」

  「…二人でやった方が早いでしょ?」

  「これくらい俺一人で充分だ。お前は安静にしとけ。」

  獅子王がそう言って、俺の腹をそっと脇から優しく撫でる。

  蚯蚓脹れが這って、もう随分と沢山子供を育てたお腹だったけれど、またここに、新しい生命が宿っていることを、つい最近俺達は病院で知った所だ。

  担当医も驚いて、笑ってしまうくらいの出来事であり、また子供作ったの?なんて、もう定番のやり取りになっている気がする。

  流石に、そろそろ俺の身体の負担もあって、子供は最後にしようと決めているけれど、大体、海を身篭っている辺りからだっただろうか。獅子王の過保護が加速したのは。

  まぁ、それまでも、その予兆のようなものはあった気がするけれど、より顕著になったのが、海を身篭っている時からだった気がする。

  そもそもΩは、男の身体に子宮が存在する、普通に考えて、結構特殊な身体の作りをしている。

  その為、普通女性が身篭る場合と、色々勝手が違う場合が多く…。

  また、そもそも男のΩの数というのも、それほど多くは無いし、歴史的に見れば沢山の実例があっても、特異とされていた時代の資料は、魔術的、心霊的な意味合いの儀式とも取れるような曖昧なものが多く、本格的な研究がされたのは、実の所ほんの最近の出来事らしい。

  その結果、結論から言うと、俺は海を身籠る前の二人目…大地を身篭っている時に少し、命の危険のようなものに直面してしまって。

  連続で孕まされたからか、それとも心理的なストレスのせいか。

  単に女性と違う身体であるため、ホルモンや身体組織の影響でそのようになったのか、とにかく理由は分からないけれど、俺は一時、大地の時、母子共に危険な状態になったのだ。

  勿論、こうして生きているのだから、結果的にそれらの事件は何事も無く終わり、こうして今も家族と共に居る事が出来ているのだけれど……。

  多分、その事件がきっかけだったんだろうな。

  獅子王は、俺が次に海を身篭ったと分かると、また昔のように俺を部屋に監禁して、完全に自分の管理下に置かなければ満足しなくなったのだった。

  大地の時はたびたびしていた、妊娠中のSEXも(それも命の危険があるとわかってからはパッタリ無くなったけど…)一切せず、母体が安定するという理由で、発情を強制的に持続させられ、どこに行くにも、それこそ、トイレなどするのも、獅子王がずっと着いて来て、酷い有様だった。

  そのせいか太陽への扱いも雑になり、あろう事か、しばらくまだ赤ん坊だった大地の世話もほぼ放置する始末。

  流石にそんな子供達を見ていられなくて(というより、四六時中一緒にいて、子供達の世話をしているのか心配になって)、俺が思い切って獅子王に強く抗議すると、その様子は鳴りを潜めたように思えたけれど……。

  監禁はされなくても、それ以上に過保護になった獅子王が、俺の世話を焼こうと躍起になり、とにかく何かする度、老人の介護をするように補助をしようとする始末。

  まぁ、監禁されず、子供達の世話もしっかりしてくれるなら、これくらい堪えてやろうと、俺はそれを受け入れる事にした。

  多分、あの時の獅子王は、潜在的に俺を殺しかけた大地を、自身の息子であるにも関わらず、一種の仇敵のように認識していて……。

  ある意味では、太陽はその被害者であったようだけれど、太陽の場合、大地に比べて少しでも世話をされていたのは、獅子王の心にも、ほんの少しだけ理性があったからでは無いだろうか。

  まさかそのような防衛本能があるかどうかと言われれば、まぁ、これは全て、俺の予想でしかないのだけれど。

  獣人はたまに、原始回帰のように、本能に強く依存する場合があるという。

  それは例えば、食欲だったり、性欲だったり、睡眠欲だったり。

  獅子王もおそらく、俺の死か、それとも大地の死か…どちらかを身近に感じて、脳のリミッターのようなものをどこかに置いてきてしまった。

  そんな感じなのだろう。

  「まだお腹も大きくなってないから大丈夫です。」

  「何かあったらコトだろうが!」

  「……はぁ。」

  牙を剥き出して、本気でそんな心配をする獅子王に、俺は思わず呆れたように溜息を吐いた。

  例えばお腹を強く強打するような事件が起こったりしたら別だけれども、まだ本当に種が芽を出した程度の状態。何をするにも基本的に危険はない段階なのだから、そんなに心配しても仕方ないというのに。

  「じゃあこれだけ持っていきます。」

  俺は獅子王にこれ以上何も言われないように、日焼け止め等の入った小さな袋だけ持ち、子供達の元に戻った。

  太陽と大地に、もう行っても良いよと話し、駆け出す二人の姿を見守ると、次は足元にいる海を見下ろす。

  海は元より砂遊びをするようで、自分で持ってきたリュックから、玩具のスコップ等を取り出すと、ビーチチェアの前で勢いよく砂を掘り始めた。

  俺はベビーシートから氷河を抱き上げると、砂を少しでも飲み込んでしまわないように、おしゃぶりをしてやって、海の前で座ってやる。

  「氷河、お兄ちゃんが凄いもの作ってくれるってよ。」

  「お城をね…!作って、機関車走らせる!」

  「うわー、それは楽しみだなぁ。」

  そうこうしてるうちに、残りの荷物を持ってきた獅子王がやってきて、その場にそれらを広げ始めた。

  元より獅子王は海ではしゃいで泳ぐつもりは無いだろうし、前を開けたアロハシャツにブーメランパンツ姿で、その肉体美を惜しげも無く晒している。

  「Hey Guys! ベア叔父さんが来たゾ!」

  「ベアさん…!」

  「叔父さんだぁぁぁ!!」

  「きゃああああ!!」

  そんな俺達に遅れて、突然やってきたのは、昔、ハワイに来た時、獅子王が話しかけていた、熊の男。

  ベアと愛称で呼ばれる彼は、実の所、俺も全くの初対面ではなく、むしろ、かなり世話になってしまっている、気さくで気の良い男だった。

  例えば、どうしても俺達が手を外せない用事ができた時などに、決まってベビーシッターとして訪れるのが彼だ。

  その厳つい見た目とは裏腹に、子供達の扱いが上手く、それによって彼等も心底懐いていて、今では家族の中で、ベア叔父さんと呼ばれるくらいには、親戚の家族同然に親しまれている存在である。

  子供達は、彼を見ると駆け付けて、そのまま抱きつき、空中でグルグルと回されながら、しっかりと怪我が無いように着地させられている。

  このはしゃぎようから見ても、彼がどれだけ慕われているのか、簡単に分かってもらえるだろう。

  「ベア、そいつらの世話頼む。」

  「アイヨ!」

  「え?い、良いんですか?」

  「旦那の頼みは断れませんからネ。姐さんも今日クライは、vacation enjoy!!HAHAHA!」

  何故突然現れたのかと思ったが、どうやら事前に獅子王が彼を呼びつけておいたらしい。

  どんな思惑があるにせよ、何かあった時に、大人がもう一人居るのは心強い。とはいえ、何故獅子王は彼を呼んだのか、あまりピンと来ないが。

  さっさと子供達につられて駆け出すベアを横目に、獅子王が俺の手を取り、チェアに横たわせる。

  「オイル塗ってやる。」

  獣人である獅子王達には、基本的に必要のないものだけれど、人間である俺には、この日差しの中、日焼け止めは必須であり、これをしないと肌が荒れて大変な事になる。

  何だか、どこか嫌な予感がする笑みで俺を見下ろした獅子王は、手にべっとりと日焼け止めを取ると、それを肉球と体毛に馴染ませて、横たわる俺の背中に、ゆっくりと塗りたくった。

  その大柄でガサツな見た目からは想像もできないほどの、繊細で優しい手つき。

  思わずウットリとして、いつの間にか眠りに誘われてしまいそうになるそれも、獅子王がそっと、俺の水着の中に手を入れてきた途端、覚醒する。

  「ちょ…っ、み、皆がいる前で…!」

  「居るから…だろ?…こんな機会滅多にねぇじゃねぇか。」

  「やだ…っ、やめ…っんぅ…♥♥」

  そんな俺の制止の言葉も聞かず、獅子王は不意を突くようなキスをすると、俺はそこからロクな抵抗も出来ず、なし崩し的に彼の魔の手へ落ちていくしか無かった。

  そんなやり取りを後ろで見ていたベアが、スケベな顔で、鼻下を伸ばしながらボケッと立ち尽くし、しかし、そんな様子を敏感に感じ取った獅子王がギロリと肩越しに彼を睨み付ければ、ベアは慌てたように子供達を連れて、波打ち際まで走っていってしまったのだった。

  これで邪魔者は居ない。そう目で訴えかけながら、獅子王が覆い被さるように俺の前へとその身体を聳え立たせる。

  そうすればもう、正面から見る限り、俺の身体は獅子王の大きな背中に隠れてしまって……。

  見えるのは、彼の脇から飛び出る俺の足だけ。

  そして、まだまだ、休日は始まったばかりだ。

  

  [newpage]

  この世に神がいるとして……。

  そして、‪α‬とΩ、互いに惹かれ合う

  “運命”によって定められた二つの性。

  それらを創り上げた事に、俺は大して、理不尽さも、絶望も、そして恐ろしさだって、感じた事は無かったけれど……。

  それも全て、俺が彼に……。

  獅子王猛に……出会う前の事……。

  当時、自身で制御出来ない特異な発情に悩まされていた俺は、とても孤独で…辛い日々を過ごしていて…

  それを治す為に奮闘してくれる父の存在も…表面だけしか見ることが出来ず、実はそんな事より、自分のそばにいてくれる方が嬉しいと、心の底からそんな事を思っていた。

  けれど、悲しかった記憶はそれくらいのもので…。

  父の存在が、俺の全てだった。

  誰に馬鹿にされたって、

  誰に蔑まれたって、

  父が居れば、俺はただただ頑張っていけた。

  父がそばにいてくれるだけで、何もかもどうでもよかった。

  彼は正真正銘、俺が生きる上での、かけがえの無い太陽であり……

  俺は、それを一身に受ける、少し形が悪いだけの大地であった。

  けれどいつしか、獅子王という存在が現れ、俺の大地は、空から降り注ぐ涙に、海を創り出し……

  獅子王からもたらされた、あらゆる心の傷が、恐ろしく冷たい北風となって、その海を固め、氷河を創る。

  いつしか大きくなったその氷の大地には……雪、が振り……。

  元々あった土地は氷に覆い尽くされて、新たな住処を創り出す。

  そこは木もなく、草も無ければ、人の生活など、到底送れない、極寒の大地に思えるけれど。

  確かに存在するのだ。

  4つの無邪気な子供達。

  そしてまた新たに産まれる、新しい命の種が……。

  きっといつか、その大地には……

  そんな不毛が気のせいだったと思えるくらいの、沢山の木々や草花が生えて……

  元が氷の大地だったとは思えない程の、力強い生命が芽吹き……

  もしかしたなら、全て何事も無かったかのように、その新たな大地で人は……俺は……俺達は……。

  豊かに暮らせるかもしれない……。

  想像もできない幸せがこの先に待っているかもしれない……。

  けれど、それでも……。

  その大地は結局、氷でできた大地なのだ…。

  何かの拍子に脆くも崩れ去る、そんな危険を孕んだ偽りの大地なのだ……。

  だから今のうちに……。

  まだ、幸せが芽吹ききっていない、極寒のうちに……。

  いっそ自分の手で壊してしまった方がいい。

  いっそ自分のこの手で叩き割ってしまった方がいい。

  所詮は氷の大地……。

  そこにあるのは、全て偽りの……

  偽りの世界なのだから……。

  [newpage]

  ぺたり…

  ぺたり…

  ゆっくりと、肌がフローリングの床を撫でる音が、深夜の廊下に響き渡る。

  真っ暗闇で、電気すら付けていない道の上、1つの小柄な人影が、壁を伝うようにしてゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように、廊下を進んでいた。

  半開きになった居間の扉から、僅かな光が漏れると、彼の手元……

  キラリと光る、鈍色の何か……

  それはよく研がれた包丁のようであった。

  力無く、ダラりと垂れ下がるような腕に、まるで吸い付くように、その凶器は僅かな光を反射して煌めき……。

  ガチャリ………

  キィ……ィィ…

  扉の軋むような音。

  慣性で動く、力のない音。

  ペタリ……

  ペタリ……

  ギッ……

  と、ベットの僅かに軋む音が聞こえて、そこから微かに、人の吐息が漏れた。

  どこか、落ち着きのない吐息。

  ほんの少し震えていて、まるで室温の低い場所に立ち尽くしているよう。

  影はしばらく身動きひとつ出来なくて、ただ、そこに居た。

  霊のように…

  空気のように…

  熱のように……

  そして、ゆっくりと、鈍色が突き下ろされていき……。

  「……なんだよ。」

  酷く低い声。

  落ち着いていて、どこか優しい男の声。

  「……やらねぇのか?」

  何よりも慈愛に満ちた声。

  自分の死期を悟った男の諦念にも似た声。

  獅子王は、自らが殺される寸前だというのに、まるでその事を感じさせないような、とても穏やかな、むしろ、どこか安らぎを得たような、そんな声で……。

  包丁を今にも振りかざそうとする男……昴へと問い掛けると、この男にしては珍しく、彼は穏やかに薄く笑っていた。

  「……ッ……ッ…」

  「ここだ。分かるか?……よーく狙えよ?」

  「…ッ…ゥ…ッ…!!」

  「長く苦しませてぇなら、ここを狙え。……それで全部、お前の思い通りになる。……それで満足だろ?」

  獅子王が、昴の震える手をそっと取り、それを導くように、自らの首元へと誘導した。

  かと思いきや、今度は肺のある胸元。

  なぜなら……彼は知っている。

  何よりも、誰よりも知っている。

  何せ、自ら望んで、人体を効率よく痛め付ける方法を学んできたのだから。

  そして、その方法を用いて拷問を行い、あらゆる無実のヒトをその手に掛け、容赦なく殺してきたのだから……。

  ……分かっている。

  ……何もかも知っている。

  ……昴が、自分を信用させ、ずっと従順に振舞ってきた事も……。

  ……彼が、ずっと前から自身の死を計画し、それを行動に移そうと、毎日のように警戒し続けていたことも……。

  知っている。

  知っていて、あえて自由にさせたのだ。

  今日、この日、この夜も……。

  そして……

  「……愛してる…」

  「…ァ…ッ」

  知っていて…

  その全てを、愛していた……。

  愛して…

  愛して…

  心の底から愛しすぎて……

  自分でも認めたくない程…

  彼と、彼との子供と……

  一緒に暮らす毎日を幸せに生きて……。

  毎日が殺戮と、暴力に塗れた過去の汚らしい自分の生活に、いつしか負い目を感じるようになってしまっていた。

  妻や子供など、自分には関係のないものだとタカをくくって……

  あらゆる悪事に手を染めた、その自分の行いを恨んで恨んで、恨み続けていた。

  それは、昴と出会うあの時の……

  あの日、あの場所にいた、獅子王猛には、到底考えられない事。

  「……やれよ。」

  だから…………仕方ない…。

  「……後始末は、ベアに頼んである。」

  もう、獅子王猛は、とっくの昔に死んでたようなものだった。

  「はぁ……これでようやく、煩い餓鬼どもの声を聞かなくて済むぜ。」

  最後まで、憎まれ口を叩いて…

  悪役のまま、死んでいく。

  「ま、あとは……よろしく…な。」

  全て自業自得だ。

  人生のツケが今まさに回ってきたのだ。

  見ず知らずの誰かを痛めつけ、殺すだけならいざ知らず、昴の実の父親を惨たらしく拷問して殺し、その顔も、その恨みも、その憎しみも…

  全て篭ったあの顔が、いつの日かチラチラと、記憶の影をチラついて離れない。

  だからこそ、この数年、マトモに家族なんてものを作り、生きてこれただけでも儲けもの。

  充分幸せな人生を過ごし、悔いは……無いと言えば、嘘になるが。

  元々、柄じゃ無かったのだ。

  守るべき者を持つ手では無かったのだ。

  強靭で、類まれなる精神も、今や目も当てられないくらい弱くなり、唯我独尊を生きていた時より、悩みは格段に多くなってしまった。

  それでも、本当に幸せな日々だった。

  その悩みの種さえ、時には獅子王を楽しませた。

  そしてそれは、白痴の母と過ごし続けた

  あの幼い頃からの孤独が、全て清算されるくらい……

  騒がしくて、馬鹿らしくて……

  愛おしくて、楽しくて……

  最高にハチャメチャで、刺激的な日々……。

  

  だから、最後でさえ、最愛の者の手によって、この世を去れると言うのであれば……

  (ま、そりゃあ…な…)

  これほど幸せな事はない…

  この温もりの中で死ねるなら、これも恐ろしくない…

  真っ直ぐと、昴を見つめて…

  その泣きじゃくった辛そうな顔に、手を差し伸べ……。

  苦々しく………笑った。

  締まらねぇなぁ……

  俺の事憎いんだろうが……。

  だったら最後くらい、とことん憎しみの籠った顔で…

  俺に止めを刺してくれれば、どんなに楽だったか…

  そんな風によ…

  泣きじゃくってる顔を見ちまうと…

  まるで俺を殺す事、躊躇っているように見えちまって…

  無駄な期待をしちまう…

  愛されてないと分かっている筈の心が逆立っちまう…

  でも、そんな事はありえなくて……

  ただ…少し…

  ほんの少しだけ、未練ってもんを持っちまう……

  せっかく、餓鬼共の将来、考えないようにしてたのによ……

  お前と、餓鬼どもと、これから先の未来…幸せに生きる世界……

  ちょっと、惜しくなって……。

  昴の涙を優しく指先で拭ってやる。

  正真正銘、これが最後の触れ合い。

  これ以上未練が残る前に、最後の発破、掛けてやるつもりで……。

  「おら!さっさとやらねぇか!!てめぇの親父の仇、忘れた訳じゃねぇだろうが!!昴!!!」

  「…ッ」

  「やれ!!おら やりやがれ!!!」

  その声と共に、鈍色が振り落とされた。

  そこで俺は、ゆっくりと、静かに笑って、目を閉じ…。

  [newpage]

  違和感は、もうずっと前からあった。

  どこまで行っても不毛な大地。

  所詮は、元の大地を覆い隠しただけの、どこまでも痛々しい傷だけで出来た、仮初の大地の筈なのに…。

  言わば、瘡蓋だ。

  傷口から漏れ出た血が固まって出来る、そんな薄っぺらい形だけの大地。

  爪先で引っ掻いて、ペリッと軽く取れてしまう。そんな脆いガタガタの大地に、俺は居て……。

  木も草も、ましてや花も作物も、咲くはずのない場所に、突然小さな生命が生まれ落ちた。

  か弱くて、小さくて、力なんて全然ない筈の生命だけど。

  それは、氷河を溶かさず、新たな太陽となって、にっこり微笑みながら、俺を見上げる。

  ーーパピィ…!

  まるでたんぽぽの花みたいな笑顔だった。

  無邪気で、可愛らしくて、包んで抱きしめたくなってしまう程の、明るい笑顔。

  まだ蕾で、どう成長するのか分からない。

  どんな樹木に育つんだろう。

  興味深くその姿を見つめているうちに、いつの間にかまた、新たな命が幾つも出来上がっていった。

  ーーるんるん

  ーーらんらん

  ーーえへへ

  ーーうふふ

  蕾のぬいぐるみを着てる、茎の胴体から顔だけ出した、可愛らしい獅子の子供が、スキップしながら、楽しそうに跳ね回っている。

  なんて長閑な光景だろう。

  なんて幸せな日々だろう。

  俺はいつしか、仮初の大地に自分が居ることも忘れて、そんな小さな生き物達に、夢中になってしまっていた。

  きっときっと…

  彼らは大きな樹になるな…。

  太くて、逞しくて、ここにこれから、沢山の種を落として、豊かな大地を創りあげる事だろう。

  その時がとても楽しみだ。

  そう思った。

  けれどよく考えてみればここは……この土地は……

  氷で出来てて、決して良い土地ではない。

  栄養も無ければ、本来彼等が育つには適さない、とても不安定で、いつ崩れ落ちても不思議ではない場所。

  そうだ俺は……。

  この瘡蓋を…この氷の大地を……

  爪で無理やり引き剥がす前に、目の前で楽しそうにする生き物に心奪われて……

  すっかり、時期を逃してしまった。

  見とれすぎてて目的を忘れていた……。

  でも、今ならまだ間に合うはずだろう?

  まさか、思い切ってこの大地を壊してしまうなんて、多分、しばらくはきっと、彼等も混乱して、その顔から笑みが消えてしまうかも知れないけれど……。

  ……大丈夫。

  氷の下には、元々あった大きな大きな土地があって……。

  そこでなら、もっと沢山、良い樹が育つよ。

  だから、どうか……

  頼むから、君達は……

  悲しまないで…

  苦しまないで…

  できるだけ、影響が小さくなるように……

  俺……何とか頑張るから……。

  そう決意した……

  そんな時……。

  「……あれ?」

  何だか地面がゆっくりと僅かに揺れているような気がした。

  不毛で、寒くて、何も無い世界に、照り付ける強い熱の力が加わっているように見えた。

  「こんなに暑かったかな…」

  空を見上げれば、そこにあるのは大きな太陽。

  昔はそれが、この氷の大地をいつか溶かしてくれるだろうと、そう思っていたけれど、その力に陰りが見え始め……。

  雲に隠れて、見えなくなったと思っていた。

  いつしか太陽は消え去って、この世界から亡くなってしまったと思っていた。

  けれど、いつの間にかまたしても、

  その太陽が強く強く、ここにある全てを照りつけているように感じて……。

  ーーダディ!

  小さなタンポポ達がそんな太陽を見て笑った。

  ダディ?おかしいな。俺の父さんは…もうずっと前に…居なくなってしまって……。

  太陽は二度輝かない。

  もう消えてしまった命は、何があろうとまた燃え始める事は無い。

  じゃあ、この太陽は…いったい?

  見上げれば、そこには、光り輝く太陽。

  その光は眩しすぎて、もはや顔を見ることさえ叶わないけれど……。

  「……あれ?」

  溶けていく……。

  あれ程強く吹きすさんでいた風が、穏やかになって……。

  「ま、待って…!やめて!」

  ダメだ、この氷は……

  この氷は、俺の心の、忘れらない傷だから……

  「溶けたら…っ…溶けたら…消えちゃう…」

  恨みも、憎しみも……

  酷い傷だけど、それがまた俺の、一つのエネルギーでもあり……。

  「忘れちゃう…っ」

  忘れたくない…

  「消えちゃう…!」

  消したくない…

  「アイツへの…アイツへの……」

  ……様々な感情が、川となり、溶けた海へ流れていって…

  「そんな……」

  そんなの……。

  理不尽だと思う。

  ずるいと思う。

  これが運命だと言うのなら、どこまで行っても神とやらは、俺の心を無茶苦茶にして……。

  好きなんだ…俺……

  「アイツを……」

  愛してしまったんだ…いつしか…

  「俺は…彼を…」

  そう……

  それはもう、紛うことなき、俺の気持ち…

  「猛…さんを……」

  愛してる……。

  そして、もはや剥がす瘡蓋はどこにも無く……。

  あるのはただ、見間違えるほど、豊かになった世界だけ……。

  [newpage]

  最後くらい……

  彼の思い通りになるのは嫌だった。

  最後くらい……

  彼の焦った顔が見たかった……。

  いつもいつも、

  ヒトを食ってかかったような顔してさ…。

  いつもどこまでも、全部予想通り…

  少しの欠点も無い、訳の分からない完璧な姿を見せてきて……。

  ヒトが思い通りになるの見て、そんなに楽しいのだろうか。

  まぁ、そりゃ楽しいよね。まるで全知全能の神になったみたいで、きっと爽快だろう。

  でも、やっぱりさ……。

  認めたくないけど、いつしか俺は……。

  そんなろくでもない、

  貴方の事が好きになっていて、

  そんなろくでもない、

  貴方の事を愛してしまっていて、

  もう、ただただ、どうしようもなく……。

  心に……嘘はつけそうもない。

  悩んで悩んで、悩み尽くして…

  それでもう、結局疲れて、何もかも放り投げだしたくなって……。

  自分でも、思い切ったことをしたと思う。

  でも悔いはそこまで無いんだ。

  貴方はきっと立派に彼らを育て上げるだろうし…

  俺が居なくても、きっと大丈夫だから…。

  それでまぁ…

  結局のところはさ…

  俺に貴方は殺せないし…

  あんなに沢山あった憎しみも、今は清々しいほどどうでもよくなってしまって…。

  あんなに好きだった、父を無惨に殺した。

  貴方を許す、そんな自分に嫌気が差して…。

  「ぐ…っふ……ぁ…」

  「……?」

  僅かながらの鮮血が飛び散り、目を閉じていた獅子王の顔面に、嫌に生暖かい湿り気が、ドロリと毛を濡らす。

  その感覚と共に、痛みが襲い来るかと思いきや、そんな事は無く、むしろグッタリと、自身の腹の上で力が抜けていく…妻の身体。

  「…昴っ」

  思わず咄嗟に手を出して、その背に腕を差し込んだ。

  腹に深々と刺さった鈍色の包丁。

  昴の口からは血が僅かに吐き出され、獅子王を薄ら震える瞳で見上げた彼は、どこか勝ち誇ったかのように微笑むと、痛みでそのまま気を失ってしまい……。

  自らの腕に突然掛かる負荷。

  このウン10年かの長い生涯で、獅子王が初めて、恐怖を……。

  最愛の者を失ってしまうかもしれない、

  そんな途方もない恐怖を感じ取った一瞬。

  「…っ!」

  しかし、そんな恐怖も束の間、傍にあったスマホを手に取ると、すぐさまエマージェンシーコールをし、救急車を手配する。

  幸い、口からの出血は少ないようで、大きな血管を傷付けている訳でも無ければ、臓器も大したダメージが無いのだろう。

  ただし問題は、腹部の出血。

  「ちっ……絶対死なせるもんか…!」

  元より闇の世界で生きていた獅子王の事だ。常に過去の因縁による事件や事故が発生すると考えて、自宅には様々な物品が用意されており、医療キットもその一つである。

  元々人体を破壊する事に詳しい獅子王にとって、あらゆる傷は既に見慣れた傷でもある。

  特に刃物による攻撃は、拷問などにも効果的である為、最も初期に学んだものの一つであり、この程度の傷ならその対処法も知っている。

  腹に深々と刺さっている包丁だが、ひとまず人体を貫通してる訳でもなく、少しの躊躇いがあったのか、思ったよりもそれほど奥まで挿入されている訳では無いように見えた。

  普通、こういった場合は刺さっている刃物を抜き去らず、救急隊が来るまで出来るだけ安静にさせておくのが吉と言われているが、獅子王はあえてそのようにせず、包丁を抜き去り、持ってきていた医療キットから、ガーゼや針と糸、消毒液などを手にすると、手早く処置をし始める。

  拷問においても、生かさず殺さずは基本的な概念だ。

  獅子王にそれらの技術を教えた先代の男も、他人を痛め付けると同時に、治療する為のあらゆる知識を持ち合わせており、その全てを獅子王に継いで隠居に入ったのである。

  何より、自身が昴を生かしたと確認できる状態に出来なければ、とにかく安心出来なかった。

  まさか、こちらにではなく、自身に刃を突き立てて自殺を図るなんて、

  昴の気持ちを知る由もない獅子王にも予想だに出来ない出来事だったのである。

  てっきり、復讐の為、自らに刃物が突き立てられる事を予想していた獅子王にとって、ある意味でそれよりも衝撃的な……。

  そして、動揺を誘う出来事だった事は否めない。

  「くそ…っ!くそくそくそくそ!!!」

  獅子王は、強く牙を噛み合わせながら、そんな風に悪態をつく。

  それでも一切手先がブレないのは、腐っても獅子王という男の人生を体現しているようで、ある意味象徴的だった。

  これほどまでにイラついたのはいったい何年ぶりだろう。

  いつもなら不機嫌そうな振りをしているだけで、実際のところ、それにはある種彼の役割を演じているような側面が含まれていた筈だけれど……。

  今はとにかく腹立たしい。

  目の前で、ノコノコと、自分が殺される事を想像して……。

  目さえ瞑っていなければ、どうとでも出来る自信はあった。

  それが昴の腹部に突き刺さる前に防ぐ手立てなど、腐るほど存在していたはずなのに……。

  一生で初めて、警戒を解いた、その時を狙って…

  まんまと昴はやってのけた。

  獅子王猛という男を手玉にとった。

  後にも先にも、そんなこと出来るのは、きっと彼しか居ないだろうけれど……。

  しばらくして、遠くから救急車のサイレンの音が窓越しに聞こえる。

  獅子王は、ベアに電話をすると、経緯は詳しく話さずにただ、子供達の面倒を見て欲しいと頼んだ。

  家の前に救急車が訪れる時には、その騒がしさに子供達も起きていて……。

  「ダディ?…パピィ…どうしたの?」

  「何も心配はねぇ。お前らはベアと一緒に留守番しておけよ。」

  「だ、旦那サン…?こ、これはイッたい?」

  「……餓鬼共を頼む」

  子供達は獅子王に横抱きされている、生気のない顔をした昴を見て、揃って不安そうに獅子王の服を掴んだ。

  慌ててやってきたベアは、何かとんでもない事が起きたのだと、周りの状況からすぐに察知し、どこかその顛末を気にしながらも、いつもと違ってただ、口数少なく囁く獅子王の様子を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。

  救急車に運び込まれた昴には、すぐ呼吸器が取り付けられ、物々しい雰囲気で隊員達が動き回る。

  血だらけの服を着替える訳でもなく、そのままで、救急車に乗り込んだ獅子王は、ただ黙って、遠く聞こえる音と共に、不思議と意識が遠くなるような、そんな静寂を、確かに感じていたのだった。

  [newpage]

  「ここは……?」

  美しい花が咲き乱れる、どこまでも続いているような長閑な世界で、俺は一人、立ち尽くしていた。

  花々の花弁が風に流されて宙を舞い、ただ落ち着く穏やかな匂いと静寂の中、ふと、背後に人の気配がする。

  そこには……。

  「……昴。」

  「……お父さん?」

  優しく囁くような聞き覚えのある声。

  いつもニコニコ笑っていて、使い古した眼鏡が、ほんの少しだけ曇っている。

  あの時と変わらない…

  ずっと昔に失った安らぎの笑顔。

  「お父さん!…ずっとずっと、会いたかったんだよ!今までどこに行ってたのさ!」

  「ふ…お父さんはずっと、昴をここで、見守っていたよ。」

  「…ここで?」

  俺は不思議に思って周りを見渡す。

  こんな場所、初めて来たと思うのに、何故かどこか、懐かしいと感じる。

  何だかとても不思議な場所だ。

  そう言えば俺は、何か大切な事を、忘れているような気がするけれど……。

  「昴…」

  「うん?」

  そうして困惑しながら首を傾げる俺に、また父が優しく名前を呼んでくれた。

  嗚呼…随分と久しぶりに名前を呼ばれた気がする。

  俺はお父さんの、この優しい声が大好きで……。

  「昴には、子供が出来たんだろう?…お父さんにその子達の事を、紹介してくれないかい?」

  「……子供?」

  父に言われて、思い出すように空を見つめた。

  そうだ。そう言えば俺には、四人の可愛らしい子供達が居て、本当に彼等が大好きで…。

  何故今まで忘れていたんだろう。

  とても大切で、大事な大事な記憶なのに……。

  「太陽に大地に、海に氷河か……。お父さんの名前を付けてくれたんだね。」

  「……うん。本当にね。太陽みたいに元気よく笑う。名前通りの子。」

  「もう一人いるだろう?……ほら、そこに。」

  「……え?」

  お父さんが指さした先には、俺のお腹。

  そうだ。この子……。

  まだ産まれていないけど、楽しみなもう一人の子。

  でも俺、この子を……っ

  「大丈夫。お前はしっかり、その子を守っているよ。何も心配はいらない。」

  俺が何かを思い出そうとして、全身の血の気が引いた所で、お父さんが優しくこちらの肩を抱き、落ち着かせてくれる。

  そうだ。良かった。無事なんだ。

  俺は、俺の中で育つもう1つの命が、キラキラと輝く様を見ながら、ホッと安心したように安堵した。

  お父さんが、そっと、俺のお腹を摩ってくれる。

  そこで俺は、また何かを思い出すように、ゆっくりと顔を上げた。

  「……俺、お父さんに謝らなきゃいけない事があった気がする。」

  「………それは何かな。」

  「それは……ええと……」

  俺は、その何かを思い出すように、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

  そう、俺は、お父さんの仇を討つ為に、とにかくがむしゃらで、ずっと心に憎しみを飼っていて……。

  「最初は…ただただ嫌いで…」

  「……うん」

  「お父さんの仇を討つ為に、プライドも何もかも捨て去って……」

  「………そうか」

  とにかく、言う通りにした。

  従順な奴隷を装って、いつか見せるだろう隙を見計らって……。

  「けど、太陽が産まれて…初めて子供が出来て…」

  「…うん」

  「嫌だと思ってたけど、思ってたより生活が楽しくて、色々初体験で…」

  「……ああ」

  2人目の子供もすぐに産まれた。

  今度は“彼”が名前を付けたいと言ったので、その権利を譲って、大地という名前になった。

  「大地はねぇ…頑固な所はあるけど、根が1番優しい子でね。面倒見が良くて、お兄ちゃんなのに太陽の世話をしようとしたりして。」

  「…それは可愛いねぇ。」

  「うん。弟が出来たら、お兄ちゃんになった大地は、もっと世話焼きな子になったよ。意外とそういう所は、あの人に似てるのかもしれないなぁ。」

  「……そうだね。」

  そう。

  意外と世話焼きで、過保護な所がある。

  いつも不機嫌そうに振舞っているけれど、それは多分、ただの照れ隠しって奴で…。

  「海は俺に似たんだろうな。大人しくて、あまり自己主張しない子。でも、一番芯が強いのは、多分あの子だと思う。」

  「それは、お前とそっくりだねぇ。」

  「うん。氷河はまだ産まれたばかりだから、あんまり性格が分からないけど、あの子は将来どんな子になるんだろう。……この子も楽しみだなぁ。」

  「………そうだね。」

  そろそろ、人間の子も一人欲しい。

  末っ子が人間だと、上の子達は揃って甘やかしてしまいそうだけれど、それがまた楽しそうで、俺はクスリと笑った。

  そして……。

  「……あの人…」

  「………」

  「あの人を、いつの間にか好きになってしまってて…」

  「……ああ」

  最初は葛藤もあった。

  父を殺した獅子王を、まさか好きだなんてそんな事。

  ありえないと決め付けて、どこまでも否定して…。

  そして徐々に徐々に…昔の記憶が溢れ出てくる。

  訳の分からない感情が、津波のようにドッと押し寄せてくる。

  俺は思わずその場で、ガクガクと膝を震わせながら、顔を覆って……

  「だって…っ…だってアイツは…お父さんを…お父さんを拷問して、殺したのに……!」

  「………」

  「そんなの…っ…許されないよ…。俺は、お父さんに会わせる顔が無いよ…っ…それなのに俺…っ」

  「……分かるよ。昴。」

  父が俺の背中を優しく撫でる。

  暖かくて、大きかった掌。

  いつしかその手は、もう戻れない過去の世界に置き去りにされてしまった。

  父は最後、獅子王を恨んで死んだ筈だ。

  父は最後、獅子王を憎しみながら死んだ筈だ。

  それなのに俺は…

  俺はそんな相手に、恋をしてしまって……。

  「あ゛あ゛あ゛あ゛!!っっ…ごめんなっぁ…!…ごめんなざいっっ!!お父゛さんっ!!」

  「……いいんだよ。昴。もうお前は充分苦しんだんだから……。」

  「俺゛っ…じあわぜになるげんり…っ無いよっ…!お父゛さんにあわぜる顔゛っないよっ!!」

  「それは違うよ昴……。お前は……お前に思う通り…… その心のままに……ーー」

  幸せになりなさい。

  自分の人生を生きなさい。

  お父さんの事なんか忘れて、お前の人生を、彼と共に過ごしなさい。

  「けど…っ」

  …………いいかい?……昴。

  「……ぇ?」

  私は私の人生を生き、全てをお前に捧げて死んだ。

  けれどそれは全て、私が、私の為に望んでやった事。

  言ってしまえば、あの日、あの時、お父さんが彼等に捕まってしまったのは、もう、抗いようのない運命……

  ……自業自得というものだったんだよ。

  「ぞれは…っ」

  最初は何百という数字から、いつしか何千、何億という負債にまで膨れ上がっていて……。

  全てはお前の為にと思ってした事だったけれど、もはや事態は、元々才能なんて存在しない……

  ただ意地だけで研究を続けていた、そんな一介の研究者の手には、余る自体になってしまっていて……。

  妻を幼くして無くし、彼女の忘れ形見として、生涯全てを捧げた子。

  結局父である私の方が、お前を地獄に引き摺りこみ、

  あまつさえ、その後始末まで、全て押し付ける形となってしまって……。

  ………拷問されながら、そんな未来の絶望に、いつしか痛みすら感じなくなってしまったある日、獅子王が小さく、私に呟いた。

  ーーてめぇの息子は、俺の運命だーー

  ーーっ!?ーー

  ーー運命の‪α‬は、Ωの発情を操作し、抑え込む事も出来るーー

  ーーそ、それは…本当に…ーー

  ーー本来、てめぇの負債は、親子揃って支払っても、全く釣りがこねぇ、最悪の状態だがーー

  ーー……だ…が…?ーーー

  ーーてめぇの息子、俺様にくれるってんなら……その時は………ーー

  「……っ」

  そう。

  初めから、私は全てを獅子王に託していたんだ。

  お前が獅子王と運命の番だと言う事実を知って、そうであるならと、私は彼に全てを預けたんだ。

  心から愛した妻の

  大事な大事な…忘れ形見

  お前自身を……。

  「…そ…んな…事…」

  だから昴。お前は悩む必要なんてない。

  なぜなら私は、獅子王を恨んでいないし、むしろ、復讐しか頭になかったお前の心を、いつの日か熱く、優しく溶かしてくれたのだから感謝すらしているくらいだ。

  「それ…は……」

  子供も産まれ、お前を愛してくれる人々が、もう沢山いる。

  お前にとって私以上に大事なものが、もうそばに居る。

  それは、お前もとっくに、分かっている事だろう?

  「…っ!?」

  私こそ……

  私こそ……

  不甲斐ない父で…すまない。

  最悪な人生にお前を巻き込んで…すまない。

  研究に夢中になり、お前の感じていた孤独を、心のどこかでしっかりと分かっていながら、

  結局側にも居れず、お前との時間を犠牲にしてまで続けた研究も大成せず…本当に申し訳ない事をした。

  だから初めから、私など関係なく、

  お前は、ただただ、幸せになれる権利がある。

  お前の夫も、お前の子も……

  お前の思う通りに、一心に愛しやりなさい。

  「お父……さん……」

  お前はまだ、こちらへ来る時じゃない筈だ……

  「お父さん…っ!」

  大切なもの……、

  大切にしたいもの……、

  悔いのないように、大事にしなさい。

  「お父さぁぁん!!!!!」

  いつかまた…家族の……

  私の孫の話を……

  聞か……せ……

  [newpage]

  

  ぴっ…

  ぴっ…

  ぴっ…

  ぴっ…

  定期的に鳴り響く電子音の音。

  全身を包むような暖かい体温に、俺はゆっくりと目を覚まして、ぼんやりと天井を眺めた。

  「パピィ!!」

  「ぱひぃ?…パピ!」

  「あ、姐さん…っ!?目をっ!」

  「パピィィィィ!!!」

  「…ぇ…?…何…?…ぇ?」

  初めに太陽の声が響いで、少し寝ぼけたような大地の声が聞こえる。

  次にベアさんの驚いた顔が目に入り、最後には、海が勢いよく首元に抱き着いてくる感覚がして、俺は思わず困惑に目をしぱたたいた。

  そして、太陽よりも早く……

  誰よりも早く立ち上がって、俺の手をギュッと握りしめていたのは……

  「昴……」

  「…猛…さん…」

  柄にもなく、八の字に曲がった眉で…

  厳つい表情を、心配そうに歪めて…

  随分やつれて、萎んだように見える顔。

  いつものような、勝ち誇った、どこか余裕のある様子も見せることなく、彼は俺を見下ろすと、ゆっくりと震える手で、俺の頬に優しく触れて……。

  ここにいる誰よりも頼りない手に思えた。

  プルプルと震えていて、力なんて殆ど篭っていないような、そんな手だった。

  けれど、誰よりも確実に優しい手であり……。

  いつか、俺が好きになっていた手。

  暖かくて、大きく、無骨な手…。

  ベアさんがナースコールを押し、医者がナースを連れてやってくると、俺はどうやら、誤って包丁を腹部に刺してしまい、倒れてしまった所を夫に発見され緊急搬送。

  手術をして安全を確保してから二日、思ったよりも目を覚まさぬ状況で、今に至る…“という事”になったらしい。

  自殺云々は全て隠されていて、後は獅子王と、ベアの伝手で、色々偽装したのだろう。

  子供達にも衝撃を与えるし、今はこれで良かったのだ。

  「こちらに運ばれてきた時には、適切な処理がされていましたから、既に命の別状はありませんでした。……旦那様の素晴らしい対応のお陰でしたね。」

  「……あの…お、お腹の子は…?」

  「ああ、そちらも恐らく大丈夫でしょう。まだ妊娠も初期の初期でしたし、男性Ωの子宮は女性よりやや奥側ですから。……それに、刺さった部分が比較的お腹の上部の方だったので、万が一も無いと思いますよ。」

  「……よかった。」

  その言葉を聞いて、一同揃って息を吐く。

  産まれてくる新たな命はどうやら守られたようだ。

  自分で自分の腹を刺した手前、今更何を言っているんだと思われるかもしれないが、今思うと、ただただ馬鹿げたことをしたもんだと、ゾッとしてしまっている。

  「これで、旦那様も一度お家に帰れますね。」

  「……え?」

  「こちらの旦那様がね。貴方が目を覚ますまで絶対に家に帰らんと駄々を捏ねまして…」

  「おい。黙らねぇと…」

  「あ、よ、用事を思い出したので私達はこれで…」

  医者が獅子王の威圧を受けて、そそくさとその場を立ち去り部屋を出ていく。

  獅子王は、何事も無かったかのようにツンと顔を横にずらして誤魔化しているけれど、この二日間、まさかずっと付いていてくれていたとでも言うのだろうか。

  手を握りつつも、決して目を合わせず不貞腐れた様子の獅子王では無く、周りの皆に目配せするように目を向ければ、太陽はニヨニヨしているし、大地は出来てないウィンクをしてアピールしている。

  海と氷河はよく分かっていないようで…(というか海は泣き疲れて俺の首に抱きつきながら寝てしまっている。)

  ベアさんも、おちゃらけたように、ウィンクしながら、それを肯定してくれていた。

  だからだろうか、少し落ち着いてくると、確かに獅子王の方から、少しだけ汗の匂いのようなものが香ってくる。

  多分、この様子だとご飯も食べずに、付きっきりで看病してくれていたんじゃなかろうか。

  素直ではない人なので言葉には出さないけれど、相変わらず過保護で、世話好きな人だ。

  まぁ、目の前で自殺されそうだったのだから当たり前だろうか。

  服は一応ベアさんが持ってきてくれているのか、取り替えているようだけれど、立派な鬣は少しヘタって、脂ぎっているようにも見えた。

  「……ありがとう…」

  そう言うと、獅子王は尚更顔を背けて、完全にこちらからはその表情が見えなくなってしまう。

  まぁ、太陽の様子から察すると、恥ずかしがって顔を赤くしている珍しい彼の表情が見えているという所だろうか。

  まだ腹部は完全に治っておらず、痛みを伴うので2、3日は入院する羽目になるが、今週中には退院出来るということで、今は何より、その日が待ち遠しい。

  「おい、おめぇら、ちょっと外せ。」

  獅子王がそう言って、顎でベアに指示をだし、子供たちを連れて彼は部屋を出ていく。

  二人きりになった室内。

  何を言えば良いか分からず、俺は押し黙ってしまって……。

  ひとまず、彼の猛烈な、射抜くような視線に、ただ居心地悪く視線を逸らすだけで……。

  「おい…」

  低い声が囁く。

  「目を逸らすな…」

  そう言って、圧を掛けられた。

  視線をゆっくりと彼に向ければ、どこか邪悪ささえ感じさせる、真っ赤な瞳が俺を射抜いて……。

  次第に近付く顔と顔……

  最後には、息も触れ合うほどの近さで……

  ポフリ……

  力無く、重たい彼の身体が、俺の肩に垂れかかった。

  すると、数秒後には、いつしか寝息のようなものが聞こえていて……。

  「…ふ」

  疲れて、寝ちゃったようだ。

  それは奇しくも、ついさっき泣きながらこちらに抱き着いてきた、海と同様、どこまでいっても、似た者親子という事だろうか。

  俺はゆっくりと、彼の肩に手を回すと……

  「……おやすみなさい」

  そう小さく呟いて、彼のおでこに啄むようなキスを落としたのだった。

  おわり

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