Ad
鏡に映るのは、見慣れない――でも、どこか見覚えのある少女の顔。
まるで、夢の中で何度も見た“理想像”が、そのまま実体化したような。
ふわりと揺れるショートツインテール。ぱっちりとした大きな瞳。肌は透けるように白く、どこか人形のような美しさがある。
……これ、俺じゃないか?
いや、違う。これは「星宮エリス」だ。俺が作ったAIキャラクターの、完璧な姿。
「……まじかよ……」
言葉が震える。信じたくない。でも、鏡の中の少女も同じ表情をしていた。
昨夜――ディスプレイが点滅して、白い光に包まれて……気づいたら、ここにいた。
この顔、この髪型、この体……俺は今、星宮エリスとして存在している。
手を見つめる。細く、柔らかくて、白い。男だった頃の無骨な指とはまるで違う。
パジャマはピンク色の、シンプルな上下。ふと我に返り、全身を確認する。
やっぱりどう見ても女子高生の姿……しかも、俺の理想の。
「……とりあえず、着替えないと……」
思考を止め、半ば無意識のようにクローゼットを開けた。
中には、エリスの制服――白いYシャツに、紺色のプリーツスカート、そして濃い緑のチェック柄のリボン。
アバター作成時に何度も調整を重ねた制服だ。
今、それを自分で着ることになるとは――思ってもいなかった。
慣れない手つきで着替えを済ませるが、不思議と動きはスムーズだった。服のたたみ方やリボンの結び方、そしてトイレの使い方まで――まるで、本物のエリスの記憶が流れ込んできて、自然と体が動く感覚がある。
鏡の前に立つ。
そこにいたのは、制服姿の星宮エリス。完璧な姿。……中身が動揺しまくってる大学生の男だなんて、誰が信じるか。
[uploadedimage:21494676]
「これ……俺なのかよ……」
息を吐き、ドアを開けた。眩しい朝の光が、異世界のような現実を照らしていた。
通学路を歩きながら、目に映る景色に、妙な既視感を覚える。
整った街並み、通学する生徒たち、道端の花壇に咲く花――どれも、どこかで見たような……
(まさか……この街並みも制服も、俺が集めたサンプル画像や設定を元に、AIが構築した“世界”……?)
そんな考えが頭をよぎる。
「エリスー! おはよう!」
元気な声に振り返ると、見知らぬはずの二人が、笑顔でこちらに手を振っていた。
桜井ナギ。茶色のボブカットで、明るく人懐っこい親友ポジション。
そして篠崎ユキ。長い青髪を風に揺らし、穏やかな笑みを浮かべる、もう一人の親友。
(ナギ……ユキ……いや、俺はこの二人を作っていない……)
見たこともないはずのふたりなのに、名前や性格、関係性までもが頭に浮かぶ。
彼女たちを目にした瞬間、まるで“本物のエリス”の記憶が流れ込んできたかのように。
「お、おはよう……ナギちゃん、ユキちゃん……」
引きつる声で挨拶すると、ナギが小首をかしげる。
「どうしたの、エリスちゃん? なんか元気ない?」
「う、ううん! ちょっと寝ぼけてただけ!」
慌てて誤魔化しながら、二人と並んで歩き出す。
[uploadedimage:21494517]
星見学園高等学校――物語の舞台として設定した、俺が作った世界の中心。その門を、今、自分の足でくぐる日が来るとは。
授業が始まっても、俺の混乱は続いていた……が。
「星宮さん、この問題、わかるかしら?」
教師に当てられ、答えを口にする――と、驚くほどすらすらと言葉が出てきた。
(えっ……なんで!?)
考えるより先に、知識が口から流れ出てくる。大学で学んだ知識が、この体にそのまま移植されているようだ。
[uploadedimage:21494522]
「さっすがエリスちゃん!」
「また満点コースかな〜?」
クラスメイトたちの賞賛の声。
褒められて悪い気はしないけど、内心はもうパニック寸前だ。
ただ一人、窓際で静かに外を眺めている少女がいる。
ピンク色のロングヘアーが風に揺れ、その影が彼女の表情を覆い隠していた。
それでも、目だけは――静かにすべてを見通しているようだった。
彼女は他の生徒とはまるで違う雰囲気を纏っていた。
まるで、ここがただの学校ではないと知っているような……世界の“裏側”を知る者の眼差しだった。
(……誰だ、あの子は)
昼休み。ナギとユキと三人でお弁当を広げる。
内容は他愛のない会話――テレビの話、好きなキャラ、甘いお菓子の話。
だけど、ふたりの自然な振る舞いに、次第に俺の緊張もほどけていく。
(ああ、これが“エリスの日常”ってやつか……)
ほんのひととき、戸惑いと恐怖を忘れて、女子高生らしい時間を過ごした。
が、平穏は長くは続かなかった。
午後の体育。バスケの試合。
「エリスちゃん、いっくよー!」
「う、うんっ……!」
だけど……シュートはリングに届かず、ドリブルもおぼつかない。
(だよなぁ……しかもこの身体、軽いのに、思ったよりうまく動かせない。感覚が全部ズレてる……)
コートの片隅で、膝に手をつき、ゼェゼェと息を吐く。
情けなさが胸を締めつけた。
「ご、ごめんね、みんな……」
「ドンマイ、エリスちゃん! 次頑張ろっ!」
ナギとユキは優しく励ましてくれたけど――内心は、泣きたいほど悔しかった。
[uploadedimage:21494524]
この世界は、俺の理想で、俺の創造物だった。
でも今、その中に“生きて”いるのは、まぎれもなく――俺自身だ。
「……俺は、どこまで“エリス”になっていくんだろう」
制服の袖を握りしめながら、俺はそっと、空を見上げた。
Ad