獣になる呪い

  湯で体の泥を落とし、

  ハイターが用意した服に着替えたアルタは、

  暖炉の前の毛布にくるまっていた。

  炎が揺れるたびに、影が壁を滑っていく。

  しばらく見ていると、まぶたが重くなってくる。

  フェルンがそっと毛布を直してくれた。

  アルタはうとうととしながら、

  「……あったかい」と小さく呟いた。

  そのまま眠りに落ちる。

  毛布の端から、白い尻尾がふわりと覗いていた。

  扉が開く音がして、

  夜の冷たい風とともにフリーレンが帰ってきた。

  「ただいま。……おや?」

  彼女の視線の先には、暖炉の前で丸まる小さな塊。

  ハイターが静かに手を上げて制す。

  「起こさないであげてください。ようやく眠れたところです。」

  _________________________________

  暖炉の火が、静かに二人の影を照らしていた。

  夜の灯りが落ちかけた居間で、フリーレンは椅子の背にもたれながら、

  窓際の揺り椅子に座るハイターを眺めていた。

  炉の火がパチパチと小さくはぜる音だけが、静かな部屋に響く。

  「また変なのを拾ってきたね。」

  フリーレンが欠伸混じりに言う。

  「魔法で人間の姿になってるけど、中身は狼だよ。飼うの?

  私は興味あるけど……一つ屋根の下でご老体が一緒に住むのは危なくない?」

  ハイターは少しだけ眉を寄せた。

  穏やかな笑みを崩さないまま、柔らかい声で返す。

  「……言葉を選んでください。彼女は正真正銘、人間ですよ。

  おそらく呪いの影響で、獣の姿で生まれてきたんじゃないかと思っています。

  呪いのかかり方も、少し特殊ですね。」

  「治せるの?」とフリーレン。

  「……私に治せるでしょうか。」

  短い沈黙が落ちる。

  火の粉が一つ、パチンと弾けた。

  「え?」

  「ふふっ。」

  ハイターは肩をすくめた。

  「正直なところ、最初は“治せる”と思って拾ったんですよ。

  この歳になっても、まだ誰かを救えると信じていたんです。

  僧侶としての力があれば、なんとかなると思っていた……傲慢でしたね。」

  フリーレンは窓の外に目をやる。

  夜の空には、ゆっくりと流れる雲と、かすかな星の明かり。

  「私に頼もうったって無理だよ。

  フェルンの修行と、あの魔導書の解読で手一杯だし。

  そもそも“呪い”は私の専門じゃない。」

  「ぐぅ……」

  「寝たふりしてもダメだよ。」

  「バレましたか(笑)……ですが、できる限りのことはしたいなと。」

  「……はいはい。じゃあ、おやすみ。」

  ハイターは小さく息を吐き、寝支度をし始めた。

  炎が揺れ、部屋の影も揺れる。

  その影の端で、

  新しく迎え入れられた少女──白い髪のアルタが、眠そうに身じろぎをしていた。

  まるで、暖炉のそばで丸くなる小さな獣のように。