アルタが家に来てから数か月たったある日。
朝の光が、静かに部屋に差し込んでいた。窓の外では鳥の声。
暖炉の火はすでに消えて、灰の中で小さく赤い残り火が光っている。
フェルンは朝食の支度を終えると、
いつものように暖炉の前で丸まって眠るアルタにそっと近づいた。
「アルタ、朝ですよ。起きてください。」
毛布の端を軽くめくった瞬間、フェルンの息が止まった。
そこにいたのは、見慣れた灰色の髪の少女ではなく、
灰色のような銀色のような毛並みに覆われた、オオカミだった。
思わず杖に手が伸びる。
けれど、その毛並みに宿る魔力の波長を感じ取った瞬間、
フェルンは静かに手を下ろした。
「……あなた、だったんですね。」
彼女の声に反応して、オオカミが小さく身じろぎをする。
耳がぴくりと動き、目を開けると、
その瞳は間違いなくアルタのものだった。
「っ……ちょ、ちょっと待って!」
アルタは慌てて跳ね起き、
毛布に再びくるまってその場で人間の姿へと戻る。
寝癖のついた髪を押さえながら、
顔を真っ青にしてうつむいた。
「……見た?」
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フェルンは少しだけ微笑んだ。
「はい。でも、安心してください。内緒にしておきますね。」
アルタは一瞬ぽかんとしたあと、
少し照れくさそうに笑った。
「あ、ありがと。」
フェルンは立ち上がり、キッチンの方へ向かう。
「冷めないうちに朝食を食べましょう。……卵焼き、上手く焼けたんですよ。」
「やったぁー」
アルタの声が跳ねる。
まだ寝ぼけたようなその笑い声と溶けたバターの香りが
家の中にほんのりと広がっていった。
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食卓を囲む四人。
「そういえば……アルタさん、あのときオオカミの姿になっていましたよね。」
パンをちぎりながら、先ほど内緒にしておくと言っていた出来事をフェルンが呆気なく口にした。
「………………へ?」
アルタの手が止まる。
フリーレンとハイターの視線が、同時に彼女に向けられた。
「ぇえ!?なんでバラしちゃうの!!」
アルタは椅子の上で立ち上がり、耳まで真っ赤にしてフェルンを見る。
フェルンは涼しい顔でスープをすくった。
「魔法と呪いのエキスパートであるフリーレン様とハイター様が、気づいていないわけありません。」
「た、たしかに……で、でもっ…」
ちぎったパンを両手に持ちながら、2人の顔色をうかがうアルタ。
フリーレンは小さく笑ってスープをすする。
「アルタ、今更隠さなくていいよ、初めて会った時から気付いてたからね。」
ハイターも穏やかに頷く。
「ええ、珍しい呪いと魔法ですが、危険を感じなかったからあなたはまだここにいる。安心して大丈夫ですよ。」
アルタはうつむき、両手で顔を覆った。
「うぅぅ……ならいいけど…っていうかアタシって魔法使ってるの?」
「いわば、"人間の姿になる魔法"かな。自分で気づいてないのなら、かなり感覚的に魔法を使うタイプだね。
精密に変身できてるけど、魔力消費も決して少なくない。」
「昨日は買い出しで町の方から荷物を運んでもらっていましたから、
一時的に変身魔法を維持するのに限界がきたのでしょう。」
隠し事があっさりと受け入れられ、冷静に分析を始める2人。
口をあけながら聞くアルタに声をかけるフェルン。
「ほら。言っても大丈夫だったでしょう?」
その言葉に、アルタは少しだけ顔を上げて照れくさそうにうなずいた。
「……うん、…でも恥ずかしいもんは恥ずかしい!」