⑪死者の軍勢

  グラナト領の城壁と魔法防護結界によって阻まれた荒野。

  長年の魔族との戦闘で草木が焼け、水はけも悪くなり澱んだ空気が覆いつくす。

  その戦場の端をを駆け抜ける狼の背で、フリーレンの髪が風に揺れた。

  「アルタの体から出る魔力は微量だし、飛行魔法を使わない分、アウラの目をかいくぐれるね。」

  「っはぁ、でも……その先はどうするの?」

  息を整えながら問いかけると、フリーレンは短く答えた。

  「町の防護結界を、解除する。」

  「えっ、そんなことしていいの!?」

  思わず声を上げるアルタに、フリーレンがちらりと視線を落とす。

  「解除するのはほんの一瞬だよ。

  アウラには“味方の魔族が結界を破った”ように見える。そうなれば、死者の軍勢を城門へ向かわせると思う。」

  アルタは眉をひそめた。

  「……つまり、町ごと囮にするってこと?」

  「そう。で、アルタにはその軍勢の背後を突いてもらう。」

  「へっ? 一人で!?」

  フリーレンは小さく笑う。

  「死者相手なら、アルタでも十分足止めできる。

  その間に、護衛が手薄になったアウラを私が片付ける。」

  風の音の中、アルタは息をのんでうなずいた。

  「……わかった。やってみる。」

  ────

  フリーレンと別れてしばらく死者の軍勢の後を追う。

  鼻の奥を刺すような死臭。

  焼け焦げた鎧と、土に混じった灰の匂いが風に乗る。

  やがて、朽ちた鎧を鳴らしながら進む死者の軍勢が見えてくる。

  「よし、いける。」

  アルタは、魔法で体を大きくさせて防御魔法を使い、隊列に向かって体当たりをする。

  ガシャガシャと音を立てて倒れた死者たちが、よろよろと立ち上がり、

  倒れなかった死者がアルタに剣や槍で応戦する。

  ガキンッとアルタの剣が当たる。

  「うっ、痛った……やったなこの!」

  振り払った腕が軽くて、嫌な音がした。"ぐちゃり"。

  腐った肉の匂いが牙に残る。

  「うわ…なにこれ…」

  腕がちぎれる感触が歯から伝わる。

  ボトッとその腕を落とし、アルタが震える。

  「そっか、この人たち…敵じゃないんだ」

  武器を構える死者たちの甲冑はそれぞれの家の紋章や大切なものが入っているであろうロケット、お守りを身に着けていた。

  「フリーレンが言ってた"あくまで足止め"って、そういうことか。」

  できるだけ傷つけずに無力化。

  そう捉えたアルタは、一人も先に行かせることなく、ただ耐えることに専念した。

  次々と振り下ろされる剣や槍を咥え、折ったり遠くへ投げたりしながら時間を稼ぐ。

  じわじわと東の空が明るくなる。

  「これっ、いつまで、続ければいいの…」

  複数の魔法を併用し続け、魔力も体力も限界に近いアルタ。

  防御魔法も満足に構築できず、ところどころに裂傷を負ってしまう。

  武器を失った兵士は他の者の攻撃が当たりやすいようにアルタの足や体にしがみつく。

  「くっそ、離れてよもうっ!」

  まとわりつく兵士を振り払おうとするアルタにひと際動きの速い兵が襲い掛かる。

  「や、やば。やめて!!」

  反応が遅れたアルタの首を確実にとらえる剣。だがその剣がアルタの喉を切り裂くことはなかった。

  アウラの使う服従させる魔法<アゼリューゼ>が解け、死者の剣が止まる。風の音だけが残った。

  目の前でガラガラと崩れ落ちていく死者たち。

  その中でアルタは、しばらく何も言えずに立ち尽くした。

  「……お、終わった……よかったぁ……」

  緊張の糸が切れ、アルタも同じように地に崩れ落ちた。

  ────

  しばらくしてフェルンとシュタルク、フリーレンが合流する。

  「このあたりだと思うんだけどな。」

  「アルタの魔力を感じませんが…大丈夫でしょうか」

  「…あ、あそこ」

  フリーレンが指さした先には死体に囲まれた中に倒れた一匹の狼。

  「おい! 大丈夫かよアルタ!」

  「一応、息はあるみたい。魔力切れで寝ちゃってるね。」

  駆け寄る足音に反応して、アルタがむくりと起き上がる。

  「わうっ!」

  「おぉ起きた! 無事だったか! 心配したぜ!」

  「わうわう! わおん!」

  「おお、そうかそうか! 頑張ったな!」

  飼い犬のように撫でまわすシュタルクの腕の中で、アルタの尻尾がぶんぶんと揺れる。

  「……アルタ。…もしかして、言葉が話せないんですか?」

  フェルンの問いに、こくりと小さくうなずく。

  「魔力切れの影響だね。一時的なモノだとは思うけど……ごめん、ちょっと無理させちゃったね。」

  「がう!!」

  優しくなでるフリーレンに、"どうってことない!!"とでも言いたげに強く吠える。

  日が昇り、焼けた大地をやさしい光が染めていく。

  「よし! 宿に帰って風呂でも入るか!」

  飼い犬のように抱え上げるシュタルクに、アルタの尻尾がまた小さく揺れた。

  「一応言っておきますが、アルタは私がお風呂に入れます。……シュタルク様のえっち」

  「なんでぇ!?」