ガレンは、生まれたときから強かった。
獣人の村では、力の差は珍しくない。
鹿の血を引く者、狼の血を引く者、鳥の血を引く者。
それぞれ得意なことがあり、役割がある。
だが、大熊の血を引く獣人は少ない。
力が大きすぎて、扱いが難しいからだ。
幼い頃から、ガレンは周囲より力が強かった。
木を倒し、獲物を押さえ、危険な仕事を任された。
それを誇りに思ったことはない。
必要だからやっていただけだ。
獣人の力について、彼は多くを教わらなかった。
ただ一つ、何度も繰り返された言葉がある。
「獣になる力は、戻れるうちは使っていい」
「だが、使えば使うほど戻りにくくなる」
可逆的だが、無限ではない。
それが、村で共有されていた理解だった。
父も母も、大熊の血を引いていた。
二人とも、力の使い方を知っていた。
守るときだけ獣になり、無駄に使わない。
それでも、限界は来た。
人間が森に入り込み、狩場を荒らした冬だった。
争いが増え、村は何度も危険にさらされた。
父は何度も獣になり、戻るのに時間がかかるようになった。
ある日、父は戻らなかった。
熊の姿のまま朝を迎え、
そのまま人間の狩人に見つかった。
母は助けに行った。
守るために迷わず熊の姿になった。
結果は同じだった。
二人は獣として仕留められた。
人間にとって、戻れなくなった獣人は「獣」だった。
村は悲しんだ。
だが、それ以上のことはできなかった。
人間に抗えば、村ごと潰される。
それが現実だった。
ガレンは、その現実をはっきり理解した。
力は守るために必要だ。
だが、力を使いすぎれば、守るはずだったものから切り離される。
それでも、力を持たない選択肢はなかった。
獣人として生まれた以上、その力は影のようについて回る。
奪われる側に生まれた以上、無力は死と同じだった。
若い頃、ガレンは失敗した。
人間が森に入り、獣人の子どもに刃を向けた。
それを止めるために獣になった。
結果、人間だけでなく、近くにいた村人も巻き込み、怪我をさせた。
命に関わる傷ではなかった。
村人たちは言った。
「守ってくれた」
「事故だ」
「お前のせいじゃない」
だが、ガレンは自分を許せなかった。
力は守るためのものだ。
それで仲間を傷つけたなら、自分は村の中にいるべきではない。
そう考え、彼は村を離れた。
追い出されたわけではない。
ただ、止められもしなかった。村は、彼の選択を尊重した。
ガレンは村から離れた洞穴に住み始めた。
森と村の境界が見える場所だ。
狩りの道も、人間が侵入する道も見える。
交わらないが、見捨てない。
近づかないが、目を離さない。
それが彼なりの贖罪だった。
冬は長い。
王国には冬がないと聞くが、ここでは違う。
雪が降り続き、獲物は減り、夜は長くなる。
ガレンは一人で冬を越える。
力があるからできることだ。
そして、その力を使わずに済ませるために、一人でいる。
その夜、風向きが変わった。
人間の匂いがした。
弱い匂いだ。
狩人でも兵でもない。
守られて育った人間の匂いだった。
こんな冬に、こんな場所で生きていられるはずがない。
ガレンは足を向けた。
倒れている人間を見つけた。
若く、身体に傷がなく、
生きるための準備が何もない。
抱え上げると、驚くほど軽かった。
洞穴に連れ帰り、火を起こす。
呼吸を確かめる。
「……生きてるな」
ガレンは思った。
この人間は、奪う側だったのか。
どちらにせよ奪われる側に、簡単に落ちる。
だから、守る。
理由はそれだけだ。
彼はまだ知らない。
この人間が王だったことも、獣を獣と呼ばせなかったことも。
ただ分かっているのは一つだけだった。
この冬、この人間は一人では生きられない。
ならば、生かす。
それが、力を持つ者が選ぶべき行動だった。