15

  洞穴に朝の光が差し込む頃、エリアスはゆっくりと目を覚ました。

  夜の熱は、もう暴れてはいない。

  代わりに、身体の奥に残る、やわらかな重みだけがあった。

  息をするたび、身体が静かに応える。

  昨夜まであった張りつめた感じが、嘘のように抜けている。

  (……変だ……)

  動こうとすると、抵抗がない。

  拒む感覚が、どこにも見当たらない。

  ——慣らす、という言葉の意味を、

  身体のほうが先に理解してしまったあとだった。

  「……起きたか」

  低い声。

  気づけば、ガレンはもう起きていた。

  洞穴の奥、少し距離を取った場所で、こちらを見ている。

  視線が、やけに慎重だった。

  「……身体……痛むところは、ないか」

  エリアスは少し考えてから、首を振る。

  「……ない」

  それから、正直に付け足す。

  「……昨日より……少し楽だ」

  言った瞬間、頬が熱くなる。

  だが、視線は逸らさなかった。

  ガレンの喉が、わずかに鳴る。

  ——分かってしまったのだ。

  薬草の香りが、もう強くないこと。

  身体が、無意識に力を抜いていること。

  「……昨夜すまなかった」

  ガレンが、低く言う。

  「……あの後、少し確かめた。エリが寝てるとき。

  後ろ、…その、柔らかくほぐれて、濡れていた」

  それだけだった。

  だが、エリアスには十分だった。

  夢だと思っていた感覚が、

  夢ではなかったと、今になって分かる。

  エリアスは、静かに息を吐いた。

  「……あ、ぇ、と」

  短く、息を吐き言い直す。

  「……大丈夫」

  ガレンは、目を閉じるようにして、深く息を吐いた。

  「……あぁ」

  それは、覚悟を受け取る声だった。

  一歩、近づく。

  二歩目で、ぴたりと止まる。

  「……ここから先は」

  声が、さらに低くなる。

  「戻れない」

  エリアスは、頷いた。

  怖くはない。

  恥ずかしさは、まだあるが。

  だが、それ以上に——身体が、拒んでいない。

  洞穴の奥で、気配が揺れた。

  ガレンは、すぐには変わらなかった。

  背を向けたまま、拳を握り、深く息を吐く。

  「……一つ、訊く」

  声は低く、いつもより硬い。

  エリアスは、身じろぎせずに答えを待った。

  「……俺が熊になれば」

  ガレンは顔を無意識に手で覆った。

  「声も、表情も、抑えが利かなくなる。

  力の加減も、人のときより粗くなる」

  振り返らないまま、続ける。

  「優しく“選ぶ”余裕が、減る。

  だから、今のうちに訊く」

  洞穴の空気が、張りつめる。

  「……本当に、熊の姿で、いいのか」

  逃げ道を示す問いだった。

  引き返すなら、今だと告げる声。

  エリアスは、少しだけ息を吸った。

  怖くないと言えば嘘になる。

  だが、身体はもう、拒んでいなかった。

  「……いい。…それでも、選んだから」

  ガレンの肩が、わずかに上下する。

  「……今さら、後悔しないか」

  「しない」

  即答だった。

  エリは目を細め微笑む。

  「……ガレンが、優しく教えてくれたから」

  その言葉に、ほんの一瞬、沈黙が落ちる。

  やがて、ガレンはゆっくり振り返った。

  「わかった」

  視線が合う。

  深く、確かめるように。

  逃がさない目だった。

  だが、奪うためのそれではない。

  ガレンは、何も言わずに一歩下がる。

  そして、洞穴の奥へ向き直った。

  深く、息を吸う。

  空気が、変わる。

  低く、喉の奥で鳴る音。

  人の輪郭が、静かにほどけていく。

  骨の位置がずれ、質量が増し、呼吸の音が、別の生きもののものに変わる。

  エリアスは、動かなかった。

  ——怖くない。

  そう言い聞かせる必要すら、なかった。

  次の瞬間、洞穴の奥にいたのは、

  人ではなく、熊だった。

  巨大な影。

  床に沈む重さ。

  一歩ごとに、岩が低く鳴る。

  だが、その動きは荒くない。

  熊は、ゆっくりと近づいてくる。

  威嚇でも、捕食でもない歩み。

  鼻先が、エリアスの頬のあたりで止まる。

  深く、息を吸う。

  匂いを確かめるように。

  逃げていないか、拒んでいないか、身体が嘘をついていないかを、確かめるように。

  そして——

  ごつり、と。

  額に、重たい感触。

  頭を擦りつけられたのだと分かるまで、時間はかからなかった。

  乱暴ではない。

  だが、はっきりとした所有の仕草。

  エリアスの胸が、きゅっと鳴る。

  「ん、ガレン…」

  熊は、低く鳴いた。

  喜びに近い音だった。

  次に感じたのは、温度。

  舌の感触が、頬をかすめる。

  確かめるように、ゆっくりと。

  獣のそれなのに、乱れた欲よりも、慎重さが勝っている。

  鼻先が、エリアスの足元へ向く。

  押すのではなく、導くように。

  脚がゆっくり開かれた。

  エリアスは、ゆっくりと服を脱ぎ、息を吸った。

  身体が、自然に応える。

  拒否はない。固さも、ない。

  (ひとつになれる、)

  その事実だけが、静かに胸に落ちる。

  熊は、もう一度だけ匂いを確かめ、低く、満足そうに鳴いた。

  その声音は、「待つ」「守る」「離さない」を同時に含んでいた。

  洞穴の奥で、朝の光は届かない。

  だが、逃げ場のない闇ではなかった。

  とても美しい暗闇だった。

  ――

  熊は、ゆっくりと一歩踏み出した。

  床が、低く鳴る。

  その音だけで、エリアスの呼吸が一拍、乱れる。

  鼻先が近づく。

  吐息が、肌に触れる距離。

  一瞬だけ、間があった。

  それはためらいではなく、最後の確認だった。

  次の瞬間。重さが、来た。

  押し倒された、と思ったときには、もう遅い。

  逃げ場を塞ぐように、熊の前脚が両脇に落ちる。

  だが、痛みはなかった。

  抑え込む重さではなく、包み込む重さだった。

  「……ぁ」

  短く、息が漏れる。

  熊は低く鳴いた。

  満足そうな、喉の奥で転がる音。

  鼻先が、頬に触れる。

  次いで、額。

  ゆっくり、すり、と擦りつけられる。

  匂いを重ねる仕草。

  それから——

  舌が、頬をなぞった。

  一度。

  確かめるように、ゆっくりと。

  熱と、ざらりとした感触。

  だが、深くは触れない。

  「……ん、」

  思わず、声が漏れる。

  熊は、すぐにもう一度舐めた。

  今度は、顎のあたり。

  逃げ道を塞ぐ位置を選んで。

  それは捕食ではなく、所有印をつける行為だった。

  低く、低く、喉が鳴る。

  エリアスの胸が上下する。

  息が浅くなり、目が潤む。

  怖くはない。

  だが、完全に主導権を渡していると、身体が理解してしまう。

  熊の鼻先が、首元へ下りる。

  吸い込むように、深く匂いを嗅ぐ。

  そして、もう一度だけ、舐めた。

  今度は、首筋をかすめる程度。

  「……ん、ぅ、ガレン……」

  名を呼ぶと、熊はぴたりと動きを止めた。

  その間に、呼吸が重なる。

  熊は、ゆっくりと頭を上げた。

  目が合う。

  暗い瞳の奥にあるのは、

  欲でも衝動でもなく、確信だった。

  ——受け入れられている。

  熊は、再び低く鳴いた。

  重みが、さらに近づいた。

  逃げ場を塞ぐ位置で、身体が沈む。

  気付けばエリアスは後ろを向かされ四つん這いになっていた。

  鼻先が、背の下へ回る。

  ゆっくり、深く、匂いを確かめる。

  先程より密着して、ふわふわの毛が肌をくすぐる。

  低い喉鳴り。

  その振動が、背骨を伝って、腹の奥まで落ちてくる。

  (……ガレンの匂い……)

  エリアスは息を吸う。

  だが、吐く前に、別の“存在”を感じてしまった。

  ——重い。

  ——熱い。

  ——確かな質量。

  後ろの準備された秘部に、あてがわれている昂ぶり。

  「……ぁ」

  小さく、声が漏れた。

  ——あのとき言われた言葉。

  《俺のは、ここまで入る》

  予告だったはずの言葉が、

  今、身体の感覚として、静かに重なった。

  (…ほんとう、だった……)

  恥ずかしさと、理解。

  それらが一緒になって、胸の奥がきゅっと鳴る。

  熊の律動に合わせて、

  エリアスの呼吸が、少しずつ乱れていく。

  最初は、堪えるような息だった。

  「……っ」

  喉の奥で引っかかる音。

  声にするつもりはなかったのに、

  重さが伝わるたび、肺が勝手に空気を吐き出してしまう。

  熊が息を吸う。

  それに引きずられるように、エリアスも吸う。

  次の瞬間、低く沈む重み。

  「……ぁ…ぁ、…」

  短く、漏れる。

  驚きと、圧迫する質量によって出る声。

  止めようとするほど、呼吸は浅くなり、回数が増える。

  「……っ、は…ん、ん、…」

  音は小さい。だが、隠せていない。

  熊の喉が、低く鳴る。

  それは威嚇でも、興奮でもない。

  確かめた、という音だった。

  律動が続くたび、エリアスの声は、少しずつ変わる。

  鋭さが抜け、息に溶けていく。

  「……ん……ぁ…ふ、ぁ…」

  言葉にならない。

  ただ、空気が震える。

  それでも、熊は急がない。

  声が出るたび、動きがほんのわずかに緩む。

  壊していないか、拒まれていないか

  その確認を、律動の中に織り込むように。

  エリアスの身体は、もう逃げようとしない。

  息は浅く、声は小さく、だが、確かに応えている。

  最後に残るのは、乱れた呼吸と、胸の奥に落ち着いていく静けさ。

  熊の動きが、身震いとともにゆっくりと収まる。

  「……っ、……」

  エリアスの息が、

  ようやく、ひとつ深く落ちた。

  熊は鼻先で、そっと背を押した。

  開け、と命じるのではなく、気遣うように。

  舌が、もう一度だけ、背をなぞる。

  確かめるように、ゆっくりと。

  低く、満足そうな音。

  注ぎ込まれたガレンの精をエリアスは全身で受け止め、自身も果てた。