29

  巣穴に、夜が落ちた。

  外の風の音が、岩肌にぶつかって低く鳴る。

  火はない。

  煙も、光も、今は必要なかった。

  ガレンはほとんど動かずにいた。

  巣穴の奥、なんとか調達した毛皮の上に横たえたエリアスのそばで、熊のまま、身体を丸めている。

  呼吸の音を、聞くためだ。

  浅い。だが、途切れない。

  それを確認するたび、胸の奥で張りつめていたものが、わずかに緩む。

  エリアスは、眠っているわけではなかった。

  意識が沈みきらず、浮き沈みを繰り返している。

  ときどき、眉が寄る。

  ときどき、喉が小さく鳴る。

  痛みだ。

  背中の傷は、すでに止血されている。

  だが、熱がある。

  触れなくても分かる。

  ガレンは、前脚をゆっくりと動かした。

  爪を立てないように、空気を撫でるように、エリアスの肩にそっと触れる。

  その瞬間、エリアスの身体が、わずかに震えた。

  「……っ」

  声にならない息が、唇から漏れる。

  ガレンは、すぐに手を引いた。

  ――まずい

  触れ方を誤れば、たちまち痛みを呼ぶ。

  熊の身体は、大きすぎる。

  しかし、それでも離れがたかった。

  ガレンは、ゆっくりと姿勢を変えた。

  身体を横にし、自分の腹と胸で、風を遮る位置に移動する。

  直接触れないが、身体を冷やさないように。

  それだけを考える。

  エリアスの呼吸が、少しだけ落ち着いた。

  ――

  しばらく、何も起きない時間が続いた。

  夜は長い。

  ガレンは、一度も眠らなかった。

  自分の身体に走る鈍い痛みを、一度だけ確かめ、それ以上考えるのをやめた。

  まぶたは重くなる。

  だが、閉じなかった。

  獣の勘が、ずっと張りつめる。

  ――ここにいる。

  ――生きている。

  今それを見失ったら、終わる。

  夜半過ぎ、エリアスが小さく身じろぎした。

  「……さむ……」

  掠れた声。

  ガレンは、反射的に前脚を伸ばしかけて、止める。

  代わりに、身体全体をさらに近づける。

  距離を詰めるのではなく、覆うように。

  熊の体温が、巣穴の空気をゆっくり変える。

  エリアスは、無意識に、その温もりに寄った。

  額が、ガレンの胸に触れる。

  そのぬくもりが、その疑いのなさが、ガレンの内側で静かに痛みとなる。

  ――エリ。

  心の中で、呼ぶ。

  声にならない名を、何度も。

  エリアスは、眠りの底で、何かを感じ取ったのか、

  かすかに唇を動かした。

  『ガレン』

  それでも、それで十分だった。

  ガレンは、鼻先を少し下げ、エリアスの髪に触れないぎりぎりのところで止める。

  この愛おしい存在を確かめるため。

  ――俺も、お前もここにいる。

  夜が、さらに深くなる。

  巣穴の外で、獣の遠吠えが聞こえた。

  だが、こちらに近づく気配はない。

  この場所は、今は、まだ安全だ。

  ガレンは、じっと耐える。

  傷の痛みも、骨の軋みも、すべて、どうでもいい。

  まずは夜をひとつずつ越えること。

  それだけが、目的だった。