夜は、いつの間にか深くなっていた。
火はすでに落ち、巣穴の奥には残った熱だけがある。
岩肌に溜まった温もりと、獣の体温が混じり合い、空気は重くも柔らかい。
ガレンはやはり熊のまま、横たわっていた。
呼吸は安定し、胸はゆっくり上下している。
傷は塞がり、痛みは遠のいたが、輪郭はまだ獣だ。
エリアスは、その傍らにいた。
特別なことをしようとしていたわけではない。
互いに、同じ夜を越えてきた身体だった。
エリアスが動くと、ガレンの鼻先がわずかに揺れた。
空気を吸い、匂いを確かめる。
不安ではない。
恐怖でもない。
――互いを、求めている。
それが分かる匂いだった。
ガレンは、ゆっくりと身体を起こし、近づく。
頭を低くし、額を寄せる。
大きな重さが、逃げ道を塞がない角度で寄り添う。
エリアスは、抵抗しなかった。
指先が、厚い毛に沈む。
体温が、掌に伝わる。
潤んだ瞳と紅潮した頬。
ともに過ごした日々の積み重ねが滲んだ身体は、やけに艶っぽく見えた。
「……したい、ガレン…」
声は小さく、続かなかった。
だが、その表情、視線、必要な言葉はもう出揃っていた。
ガレンの舌が、確かめるようにエリアスに触れ、頭が押し付けられ、歯が、甘く、痕を残す。
捕らえるためじゃない。
受け入れることを、何度も確認するための動きだった。
エリアスは、息を整え、獣の胸に身を預けた。
鼓動が、耳の奥に響く。
同じ速さになる。
欲は、静かだった。
いつだって荒々しさはなく、心と身体が満たされる。
触れ合いは、自然に深まる。
夜は、二人の体温を抱いたまま、長く続いた。
言葉はなかった。
必要なものは、すべて身体が知っていたからだ。
ガレンは何度もエリアスの中に愛を注いだ。
エリアスの身体の奥深くに刻んだ。
このままの姿だったとしても、存在を、忘れてほしくないから。
――
朝の光が、巣穴の入口を淡く照らす。
エリアスが先に目を覚ました。
思い出して、胸の奥がじんとする。
――昨夜。
身体に残る重みと、温もり。
それが、夢ではないと教えてくれる。
(ちゃんとできた…)
隣を見ると、ガレンは熊のまま、まだ眠っている。
安心しきった呼吸。
エリアスは、静かに身体を起こした。
だが、完全には音を消せない。
ガレンの耳が、ぴくりと動く。
目が合う。
一瞬の沈黙。
「……おはよう」
辿々しい声。
ガレンは、喉を鳴らす。
エリアスは、視線を逸らし、少しだけ笑った。
「……なんか、久しぶりだったね、」
何が、とは言わない。
巣穴の中は、どこか気恥ずかしい。
それでも、距離は離れない。
朝食の支度をしているうちに、気づけば、また触れていた。
今度は、昨夜よりも静かに。
確かめ合うように。
昼と夜の境目で、
二人は、もう一度、自然に重なった。
――
夜中。
ガレンは、再び眠っている。
熊のまま、深い眠りだ。最近は眠ることが多い。
冬に向けて身体がそうできている。
たくさん食べて眠る。
エリアスは、そっと身を起こした。
身体には、何度も刻まれた確かな余韻が残っていた。
それを、確かめるように、腹に手を当てる。
――ガレンからたくさん注がれ、受け取った、愛。
その事実が、愛おしかった。
だからこそ、胸が締め付けられる。
エリアスは、声を殺した。
ガレンに聞こえないように。
小さく、泣く。
「……どうしよう」
言葉にならない不安が、溢れる。
もし、もう人に戻れなかったら。
苦しい思いはしていないだろうか。
ガレンが望んだ生き方を、自分が邪魔していないか。
(……ガレンは、私を守るために今の姿を選んだのは分かっている…)
獣であっても、姿が変わっても、ここにいるガレンが、愛おしい。
分かっている。
分かっているからこそ、祈る。
祈りは、誰にも届かないかもしれない。
だが、エリアスは、願わずにいられなかった。
背後で、ガレンが寝返りを打つ。
重たい体温が、また触れる。
エリアスは、涙を拭い、そっと戻る。
獣の胸に、身を預ける。
「……おやすみ」
小さな声。
返事はない。
だが、鼓動が、確かにそこにある。
夜は、まだ続く。
季節も、ゆっくり進む。
二人の時間も、同じように――
静かに、確実に、積み重なっていった。