【関西けもケット11】はざまのセカイのふたり(前編)

  ファースト・ペンギン。

  それは、集団の中でリスクを恐れず、いちばんにものごとを成し遂げるペンギンのこと。ジェンツーペンギンの少年クォータは、ここ南極大陸近くに浮かぶ小さな島で「ファースト・ペンギンになってやる」と息巻いていました。

  いちばん最初に「空飛ぶペンギン」になるんだ、と。

  世界に存在するペンギンの中でいちばん足が速く、泳ぎもうまいのが、ジェンツーペンギンです。けれど、必ずしもそれが、そのペンギンすべてに当てはまるわけではありません。クォータは、足も遅いし、泳ぎも苦手でした。陸を歩けばまわりのペンギンたちにおいていかれ、海に入れば魚を捕まえるのにいつも苦労していました。

  クォータはたまごから生まれるのも遅く、まわりの巣の中でもいちばん最後に生まれました。ジェンツーペンギンは通常、一年に二つのたまごを生みますが、クォータは四羽のきょうだいの末っ子でした。いちばん上の姉は一年前に生まれ、気が強いけれど面倒見がよく、ほかのペンギンたちから信頼されていました。次に生まれた兄は、無口でしたが集団の中でいちばん足が速く、一目置かれていました。そして、クォータと同じ年に数日だけ早く生まれた兄は、のんびりやだけれどやさしくて、いちばん愛嬌がありました。

  きょうだいたちは、クォータに向けて口々に言います。

  「おまえはほんとうに鈍いんだから。もし危険な目にあったときに逃げられるか心配だわ」

  「自分の身は自分で守れるようになれ」

  「クォータにはぼくたちがついているから、走るのがゆっくりでも、泳ぐのがへたくそでも、大丈夫だよ!」

  もちろん、きょうだいたちは悪気があってそのような言葉を投げかけているのではありません。どれも弟のことを心配しているがゆえの言葉でした。しかし、そんなことはつゆ知らず、彼は劣等感を抱かずにはいられませんでした。どうしても、いちばんになれるものがほしかったのです。

  「ねーちゃんもにーちゃんも好き放題言いやがって。いまに見てろ!」

  そういうわけで、彼は毎日羽ばたきの練習を行っています。みんなが走りまわったり、泳ぎまわったりして天敵から逃げるために足腰を鍛えている中で、ただひとり平たい翼、すなわちフリッパーをばたばたと振り続けていました。

  きょうだいのほかにも、同じ島に暮らしているペンギンたちは彼に向けて「馬鹿げている。命を無駄にするな」と、くちばしを酸っぱくして言います。

  ペンギンが空を飛びたいだなんて、たしかに普通ではないでしょう。それでも。彼には必要なことでした。みんなとちがう、いちばんになるためには、空を飛べるようになることしか思い浮かばなかったからです。

  ある日、クォータがいつものように崖の上で羽ばたきの練習をしていると、彼の頭上を何者かの影が横切りました。

  大きな一対の黒褐色の翼と、かぎ爪のようなくちばし。ジェンツーペンギンの天敵、オオトウゾクカモメです。自分より小さいヒナやたまごを狙って狩りをする、ずるがしこい鳥。そんな危険な存在を目の当たりにして、クォータはのんきにも空を飛べることをうらやましく思っていました。

  「ああ、あんなふうに飛べたらなあ」

  クォータはひとりごとをもらしながら、岩場の上でフリッパーを大きく広げてみせました。そのまま空に飛び立つイメージをして、ほかのペンギンたちの頭上をさっそうと飛ぶ姿を思い浮かべるのです。

  彼が空想にふけっている間にも、カモメは獲物を品定めするように空中をぐるぐると回っていました。もう一羽、二羽と集まってきて、ペンギンたちの集団の上を取り囲みます。

  「ヤツらが出たぞッ!」

  普段無口な兄のぴりりと張りつめた声が、クォータの耳元に届きました。ハッとして、崖の下を見渡します。すると、コロニーのペンギンたちがいっせいに空を見上げ、オロオロと逃げ惑っていました。群れの中でいちばん若い世代、すなわちクォータと同じ世代のペンギンたちはすでに巣立ちを終えていましたが、それでもぴいぴいと泣き始めてしまうこどももいました。一方、おとなに近づいたペンギンたちは、おびえるこどもたちをなだめつつも、威嚇してカモメからの攻撃を防いでいます。

  クォータは、その様子をそわそわしながら見つめていました。そのとき、一羽のカモメがついに地上へと急降下していきました。

  「う、うわっ、やだあ!」

  クォータは目を疑いました。そのカモメが鋭い足でつかみかかったのは、彼と同い年の兄だったのです。クォータよりも小柄な彼は、ひょいと捕まれ空中へと運び込まれてしまいます。

  こうなってしまっては、地上を走ることができ、水中を泳ぐこともできるジェンツーペンギンであっても、もはやなすすべがありません。クォータはきょうだいが連れ去られるのを、ただ黙って見ているほかありませんでした。

  ──いや、そうでしょうか。今、崖の上にいるのはクォータひとり。きょうだいに届くかもしれないのは、彼ひとりです。その状況を知ってか知らずか、クォータはその場から飛び出します。崖っぷちの傾斜を転がるように助走をつけ、空中へと身を投げ出していました。

  「待てーッ!」

  空を飛ぶ練習の成果を見せるため。きょうだいやほかのペンギンたちを見返すため。そんなことを考える余裕もなく、一心不乱にカモメめがけ、飛んでいきます。ずん、と鈍い音が響きました。大型の鳥の翼をもへし折るペンギンのフリッパーが、カモメの背中に当たったのです。カモメはグェーグェーと低い悲鳴を上げると、クォータの兄を鋭い爪から解放しました。

  「やった!」

  兄の解放を成し遂げたクォータは声を上げました。しかし、喜ぶのも束の間、高所で空中に放り出されたふたりは、空を飛ぶことはできず地面へと落下していきます。兄に至っては、カモメに襲われたショックで気を失っているようでした。クォータは必死にフリッパーをバタバタと動かしますが、ぐんぐんとものすごいスピードで重力に引きつけられていきます。

  「くそっ、このままじゃあ」

  ふたりとも助からない──そう直感したクォータは、なんとか兄のもとへからだを寄せ、かばおうと身をひねりました。けれど、空中で体勢を崩した拍子に、兄の体が滑るように視界の端へと流れていきます。

  「に、にーちゃーん!」

  呼びかけた声は風にさらわれ、兄がどうなったのか確かめることはできませんでした。その直後、ぐわあんと重い衝撃が全身に響いて、クォータの目の前はまっくらになってしまいました。

  [newpage]

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