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第2話 月の結晶

  「あなたたちを待っていました」

  小さな少女――セラの言葉に、リュミエとユリシアは顔を見合わせた。

  ルナリアの広場では相変わらず人々が行き交っている。

  だが誰も二人を見ない。

  誰も話しかけない。

  そして先ほど助けた女性もまた、周囲から認識されなくなっていた。

  「待っていたって……どういうことだ?」

  リュミエが尋ねる。

  セラは見えなくなった女性へ視線を向けた。

  「ここでは、ああなった人は誰にも見えなくなります」

  「モンスターに襲われると?」

  「はい」

  女性は不安そうに周囲を見回している。

  近くを通った人々は誰一人として反応しない。

  まるでそこに存在していないかのようだった。

  「元に戻る方法はあるの?」

  ユリシアが聞く。

  セラは小さく頷いた。

  「あります」

  「本当か?」

  「月の結晶です」

  聞き慣れない言葉だった。

  「月の結晶?」

  「この町の近くにある月光洞くつの奥にあります」

  「取ってくれば解決?」

  「はい」

  リュミエは思わず言った。

  「最初からそれを言ってくれ」

  「説明しようとしていました」

  「ごめん」

  即座に謝った。

  ユリシアが小さく笑う。

  「いつものことだね」

  セラは少しだけ肩を落とした。

  「とにかく、月光洞くつへ向かいましょう」

  三人は広場を後にした。

  歩きながら、リュミエは改めて町を見渡した。

  石造りの建物。

  青白い街灯。

  どこか幻想的な空気。

  「ここがアキラエル最初の町なのか」

  「ルナリアです」

  セラが答える。

  「月の結晶を守る町です」

  「なるほど」

  名前の由来はわかりやすかった。

  町を抜けると石畳はやがて土の道へ変わった。

  遠くに見える丘の中腹に洞くつの入口が見える。

  「あれ?」

  リュミエは気付いた。

  道中ですれ違うモンスターが二人を見ている。

  だが町の人々には反応しない。

  「やっぱり変だな」

  「モンスターには見える」

  ユリシアが言う。

  「人には見えない」

  「最悪だな」

  「かなり」

  セラも小さく頷いた。

  洞くつへ向かう途中、シャドウスライムが現れた。

  黒い粘液のような身体を持つモンスターだった。

  「来るよ」

  ユリシアが杖を構える。

  リュミエは前へ出た。

  騎士になってから初めての本格戦闘。

  スライムが飛びかかる。

  リュミエは盾で受け止めた。

  鈍い衝撃。

  しかし身体はほとんど揺れない。

  「硬いな」

  思わず口に出た。

  以前の剣士ならもっと押し込まれていただろう。

  そのまま剣を振る。

  一撃。

  スライムは光になって消えた。

  「強くなってる」

  ユリシアが感心する。

  「騎士ってこんな感じか」

  「頼もしい」

  少し照れくさかった。

  月光洞くつの入口へ到着する。

  洞くつの中からは淡い青い光が漏れていた。

  月明かりのような光だった。

  セラは入口を見上げる。

  「この奥です」

  「月の結晶か」

  「はい」

  そして少しだけ表情を引き締めた。

  「アキラエルには五つの結晶があります」

  リュミエとユリシアは足を止めた。

  セラは指を折りながら説明する。

  「月の結晶」

  「火の結晶」

  「水の結晶」

  「木の結晶」

  「金の結晶」

  「そして五つを集めると――」

  「知ってる」

  リュミエが頷いた。

  「竜が出てきてどんな願いも叶えてくれるんだろ?」

  「違います」

  即答だった。

  [uploadedimage:25002834]

  リュミエは少し驚いた。

  「違うのか」

  「違います」

  セラは真顔のまま続ける。

  「最後まで聞いてください」

  「はい」

  ユリシアが吹き出しそうになっている。

  セラは小さく咳払いした。

  「五つの結晶を集めると、日の結晶が生まれると言われています」

  「その日の結晶が、この世界の異変を解決する鍵だと伝えられています」

  「願いを叶える竜は出てきません」

  「まだ言うのか」

  「大事なことです」

  「そうか……」

  「そうです」

  ユリシアはとうとう笑ってしまった。

  セラは満足そうに頷いた。

  「理解していただけてよかったです」

  「たぶん理解した」

  「たぶんでは困ります」

  「厳しいな」

  そんな会話をしながら、三人は月光洞くつの中へ足を踏み入れた。

  洞くつの内部は思った以上に広かった。

  壁や天井には青白く発光する鉱石が埋め込まれており、松明がなくても周囲が見渡せる。

  「本当に月の光みたいだな」

  リュミエが天井を見上げる。

  「だから月光洞くつなんじゃない?」

  ユリシアが答えた。

  セラは先頭を歩いている。

  迷いがない。

  まるで何度も来たことがあるようだった。

  「セラはここに来たことがあるのか?」

  「何度か」

  「へえ」

  「結晶までは行けませんでしたけど」

  「行けなかったのか」

  「途中で負けました」

  妙に正直だった。

  しばらく進むと、洞くつの奥から低い唸り声が響いた。

  グルルル……

  空気が震える。

  リュミエは剣の柄を握った。

  「ボスか」

  セラが頷く。

  「月影狼です」

  広い空洞へ出た。

  中央には巨大な青白い結晶。

  そして、その前に一頭の狼がいた。

  体長は三メートル近い。

  銀色の体毛。

  背中から立ち昇る月光のような霧。

  金色の瞳が三人を見据えている。

  月影狼。

  月の結晶の番人だった。

  「強そうだな」

  「強いです」

  「知ってるなら先に言ってくれ」

  「言う前に着きました」

  月影狼が咆哮する。

  洞くつ全体が震えた。

  直後、地面を蹴る。

  速い。

  巨体とは思えない速度だった。

  「来る!」

  リュミエが前へ出る。

  狼の爪が振り下ろされた。

  激しい衝撃。

  しかし騎士の盾が受け止める。

  「ぐっ……!」

  その時だった。

  セラが杖を掲げる。

  淡い青色の魔法陣が浮かび上がった。

  「支援します」

  光がリュミエを包む。

  盾が淡く輝いた。

  「防御強化?」

  「はい」

  「便利だな」

  「ありがとうございます」

  月影狼が再び襲いかかる。

  しかし先ほどよりも衝撃は軽かった。

  ユリシアも杖を掲げる。

  「リュミエ!」

  回復魔法が降り注ぐ。

  騎士。

  ハイプリースト。

  そして魔道士。

  三人の連携が機能していた。

  [uploadedimage:25002847]

  リュミエは盾で攻撃を受け止める。

  押し返す。

  剣を振るう。

  銀の軌跡が狼の肩を切り裂いた。

  月影狼が吠える。

  だが怯まない。

  再び跳躍する。

  今度はユリシアを狙っていた。

  「しまっ――」

  その瞬間。

  リュミエが割り込む。

  騎士スキル――挑発。

  狼の視線がリュミエへ向く。

  「こっちだ!」

  月影狼が向きを変える。

  ユリシアは無事だった。

  「助かった!」

  「回復頼む!」

  「任せて!」

  光が降り注ぐ。

  リュミエは再び前へ出た。

  騎士は守る職だ。

  ならばやることは決まっている。

  仲間を守る。

  攻撃を受け止める。

  そして――

  「これで終わりだ!」

  渾身の一撃。

  剣が月影狼の胸を貫いた。

  狼は大きく吠えた。

  青白い粒子へ変わっていく。

  やがて姿は完全に消えた。

  静寂が訪れる。

  その場に残ったのは、中央の祭壇だけだった。

  祭壇の上に青白い光が集まっていく。

  やがて光は収束し、ひとつの結晶となった。

  手のひらに乗るほどの大きさ。

  透き通った三角錐。

  内部には月明かりのような光が揺れている。

  「これが……」

  「月の結晶です」

  セラが静かに答えた。

  リュミエはそっと触れてみる。

  温かくも冷たくもない。

  不思議な感触だった。

  やがてセラが両手で大事そうに受け取る。

  [uploadedimage:25002848]

  三人は月光洞くつを後にした。

  洞くつの外へ出ると、空は夕焼けに染まり始めていた。

  山の稜線に沈みかけた太陽が、橙色の光で大地を照らしている。

  その様子を、遠く離れた崖の上から見つめる影があった。

  黒い外套をまとった青年。

  夕日に揺れる長いマントには金糸の装飾が刻まれ、顔の上半分は銀黒色の仮面で覆われている。

  [uploadedimage:25002939]

  仮面の奥では、赤い瞳だけが静かに輝いていた。

  男は何も語らない。

  ただ、セラが抱える月の結晶をじっと見つめている。

  風が吹く。

  黒い外套の裾がゆっくりと揺れた。

  やがて男は静かに背を向ける。

  夕闇の中へ溶けるように、その姿は消えていった。

  誰一人、その存在に気付く者はいなかった。

  三人はルナリアへの道を歩き始めた。

  町へ戻ると、広場には相変わらず多くの人々が行き交っていた。

  「おや、見ない顔だね」

  パン屋の店主が笑顔で声をかけてくる。

  リュミエは思わず足を止めた。

  「え?」

  「旅人さんだろ? ルナリアへようこそ」

  今度は確かに反応している。

  宿屋の主人も。

  商店の店員も。

  行き交う住民たちも。

  誰もが自然に二人へ視線を向けていた。

  [uploadedimage:25002971]

  「見えてる……」

  リュミエが呟く。

  「ようやく普通になったね」

  ユリシアもほっと息をついた。

  セラは腕の中の月の結晶を見下ろし、小さく微笑む。

  「月の結晶の力です」

  夕暮れに染まるルナリアは、来たときとはまるで違って見えた。

  二人はようやく、この世界の住人として迎え入れられたのだった。

  ――第2話 了

  第3話 「PK解禁」 7月11日(土)公開予定

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