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「あなたたちを待っていました」
小さな少女――セラの言葉に、リュミエとユリシアは顔を見合わせた。
ルナリアの広場では相変わらず人々が行き交っている。
だが誰も二人を見ない。
誰も話しかけない。
そして先ほど助けた女性もまた、周囲から認識されなくなっていた。
「待っていたって……どういうことだ?」
リュミエが尋ねる。
セラは見えなくなった女性へ視線を向けた。
「ここでは、ああなった人は誰にも見えなくなります」
「モンスターに襲われると?」
「はい」
女性は不安そうに周囲を見回している。
近くを通った人々は誰一人として反応しない。
まるでそこに存在していないかのようだった。
「元に戻る方法はあるの?」
ユリシアが聞く。
セラは小さく頷いた。
「あります」
「本当か?」
「月の結晶です」
聞き慣れない言葉だった。
「月の結晶?」
「この町の近くにある月光洞くつの奥にあります」
「取ってくれば解決?」
「はい」
リュミエは思わず言った。
「最初からそれを言ってくれ」
「説明しようとしていました」
「ごめん」
即座に謝った。
ユリシアが小さく笑う。
「いつものことだね」
セラは少しだけ肩を落とした。
「とにかく、月光洞くつへ向かいましょう」
三人は広場を後にした。
歩きながら、リュミエは改めて町を見渡した。
石造りの建物。
青白い街灯。
どこか幻想的な空気。
「ここがアキラエル最初の町なのか」
「ルナリアです」
セラが答える。
「月の結晶を守る町です」
「なるほど」
名前の由来はわかりやすかった。
町を抜けると石畳はやがて土の道へ変わった。
遠くに見える丘の中腹に洞くつの入口が見える。
「あれ?」
リュミエは気付いた。
道中ですれ違うモンスターが二人を見ている。
だが町の人々には反応しない。
「やっぱり変だな」
「モンスターには見える」
ユリシアが言う。
「人には見えない」
「最悪だな」
「かなり」
セラも小さく頷いた。
洞くつへ向かう途中、シャドウスライムが現れた。
黒い粘液のような身体を持つモンスターだった。
「来るよ」
ユリシアが杖を構える。
リュミエは前へ出た。
騎士になってから初めての本格戦闘。
スライムが飛びかかる。
リュミエは盾で受け止めた。
鈍い衝撃。
しかし身体はほとんど揺れない。
「硬いな」
思わず口に出た。
以前の剣士ならもっと押し込まれていただろう。
そのまま剣を振る。
一撃。
スライムは光になって消えた。
「強くなってる」
ユリシアが感心する。
「騎士ってこんな感じか」
「頼もしい」
少し照れくさかった。
月光洞くつの入口へ到着する。
洞くつの中からは淡い青い光が漏れていた。
月明かりのような光だった。
セラは入口を見上げる。
「この奥です」
「月の結晶か」
「はい」
そして少しだけ表情を引き締めた。
「アキラエルには五つの結晶があります」
リュミエとユリシアは足を止めた。
セラは指を折りながら説明する。
「月の結晶」
「火の結晶」
「水の結晶」
「木の結晶」
「金の結晶」
「そして五つを集めると――」
「知ってる」
リュミエが頷いた。
「竜が出てきてどんな願いも叶えてくれるんだろ?」
「違います」
即答だった。
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リュミエは少し驚いた。
「違うのか」
「違います」
セラは真顔のまま続ける。
「最後まで聞いてください」
「はい」
ユリシアが吹き出しそうになっている。
セラは小さく咳払いした。
「五つの結晶を集めると、日の結晶が生まれると言われています」
「その日の結晶が、この世界の異変を解決する鍵だと伝えられています」
「願いを叶える竜は出てきません」
「まだ言うのか」
「大事なことです」
「そうか……」
「そうです」
ユリシアはとうとう笑ってしまった。
セラは満足そうに頷いた。
「理解していただけてよかったです」
「たぶん理解した」
「たぶんでは困ります」
「厳しいな」
そんな会話をしながら、三人は月光洞くつの中へ足を踏み入れた。
洞くつの内部は思った以上に広かった。
壁や天井には青白く発光する鉱石が埋め込まれており、松明がなくても周囲が見渡せる。
「本当に月の光みたいだな」
リュミエが天井を見上げる。
「だから月光洞くつなんじゃない?」
ユリシアが答えた。
セラは先頭を歩いている。
迷いがない。
まるで何度も来たことがあるようだった。
「セラはここに来たことがあるのか?」
「何度か」
「へえ」
「結晶までは行けませんでしたけど」
「行けなかったのか」
「途中で負けました」
妙に正直だった。
しばらく進むと、洞くつの奥から低い唸り声が響いた。
グルルル……
空気が震える。
リュミエは剣の柄を握った。
「ボスか」
セラが頷く。
「月影狼です」
広い空洞へ出た。
中央には巨大な青白い結晶。
そして、その前に一頭の狼がいた。
体長は三メートル近い。
銀色の体毛。
背中から立ち昇る月光のような霧。
金色の瞳が三人を見据えている。
月影狼。
月の結晶の番人だった。
「強そうだな」
「強いです」
「知ってるなら先に言ってくれ」
「言う前に着きました」
月影狼が咆哮する。
洞くつ全体が震えた。
直後、地面を蹴る。
速い。
巨体とは思えない速度だった。
「来る!」
リュミエが前へ出る。
狼の爪が振り下ろされた。
激しい衝撃。
しかし騎士の盾が受け止める。
「ぐっ……!」
その時だった。
セラが杖を掲げる。
淡い青色の魔法陣が浮かび上がった。
「支援します」
光がリュミエを包む。
盾が淡く輝いた。
「防御強化?」
「はい」
「便利だな」
「ありがとうございます」
月影狼が再び襲いかかる。
しかし先ほどよりも衝撃は軽かった。
ユリシアも杖を掲げる。
「リュミエ!」
回復魔法が降り注ぐ。
騎士。
ハイプリースト。
そして魔道士。
三人の連携が機能していた。
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リュミエは盾で攻撃を受け止める。
押し返す。
剣を振るう。
銀の軌跡が狼の肩を切り裂いた。
月影狼が吠える。
だが怯まない。
再び跳躍する。
今度はユリシアを狙っていた。
「しまっ――」
その瞬間。
リュミエが割り込む。
騎士スキル――挑発。
狼の視線がリュミエへ向く。
「こっちだ!」
月影狼が向きを変える。
ユリシアは無事だった。
「助かった!」
「回復頼む!」
「任せて!」
光が降り注ぐ。
リュミエは再び前へ出た。
騎士は守る職だ。
ならばやることは決まっている。
仲間を守る。
攻撃を受け止める。
そして――
「これで終わりだ!」
渾身の一撃。
剣が月影狼の胸を貫いた。
狼は大きく吠えた。
青白い粒子へ変わっていく。
やがて姿は完全に消えた。
静寂が訪れる。
その場に残ったのは、中央の祭壇だけだった。
祭壇の上に青白い光が集まっていく。
やがて光は収束し、ひとつの結晶となった。
手のひらに乗るほどの大きさ。
透き通った三角錐。
内部には月明かりのような光が揺れている。
「これが……」
「月の結晶です」
セラが静かに答えた。
リュミエはそっと触れてみる。
温かくも冷たくもない。
不思議な感触だった。
やがてセラが両手で大事そうに受け取る。
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三人は月光洞くつを後にした。
洞くつの外へ出ると、空は夕焼けに染まり始めていた。
山の稜線に沈みかけた太陽が、橙色の光で大地を照らしている。
その様子を、遠く離れた崖の上から見つめる影があった。
黒い外套をまとった青年。
夕日に揺れる長いマントには金糸の装飾が刻まれ、顔の上半分は銀黒色の仮面で覆われている。
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仮面の奥では、赤い瞳だけが静かに輝いていた。
男は何も語らない。
ただ、セラが抱える月の結晶をじっと見つめている。
風が吹く。
黒い外套の裾がゆっくりと揺れた。
やがて男は静かに背を向ける。
夕闇の中へ溶けるように、その姿は消えていった。
誰一人、その存在に気付く者はいなかった。
三人はルナリアへの道を歩き始めた。
町へ戻ると、広場には相変わらず多くの人々が行き交っていた。
「おや、見ない顔だね」
パン屋の店主が笑顔で声をかけてくる。
リュミエは思わず足を止めた。
「え?」
「旅人さんだろ? ルナリアへようこそ」
今度は確かに反応している。
宿屋の主人も。
商店の店員も。
行き交う住民たちも。
誰もが自然に二人へ視線を向けていた。
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「見えてる……」
リュミエが呟く。
「ようやく普通になったね」
ユリシアもほっと息をついた。
セラは腕の中の月の結晶を見下ろし、小さく微笑む。
「月の結晶の力です」
夕暮れに染まるルナリアは、来たときとはまるで違って見えた。
二人はようやく、この世界の住人として迎え入れられたのだった。
――第2話 了
第3話 「PK解禁」 7月11日(土)公開予定
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