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第3話 PK解禁

  ルナリアの朝は穏やかだった。

  石畳を掃く店主。

  開店準備をするパン屋。

  市場へ向かう荷車。

  昨日まで自分たちに気付きもしなかった人々が、今では当たり前のように挨拶を交わしてくれる。

  「おはよう、旅人さん」

  パン屋の店主が笑顔で手を振った。

  「おはようございます」

  リュミエも笑って返す。

  「ちゃんと見えてるね」

  ユリシアが微笑んだ。

  その横でセラは、両手に抱えた月の結晶を見つめていた。

  青白い三角錐は朝日に照らされ、静かな輝きを放っている。

  「今日からは次の町へ向かいます」

  セラが言った。

  「次の町?」

  「ベスティアです」

  聞き慣れない名前だった。

  「どんな町なんだ?」

  「……動物が多い町、とだけ」

  少しだけ言葉を濁す。

  「行けば分かります」

  リュミエは苦笑した。

  「また秘密か」

  「秘密ではありません」

  「説明できない?」

  「その方が正しいです」

  ユリシアが尋ねる。

  「セラも一緒に来るの?」

  セラは静かに首を横に振った。

  「今回は同行できません」

  「イベントが始まるまでは、ベスティアで待つ決まりです」

  「次はベスティアで会うのか?」

  「はい」

  どこか少し残念そうにも見えた。

  「でも」

  セラは微笑む。

  「またすぐ会えます」

  「じゃあ、行ってくる」

  「気を付けてください」

  月の結晶を抱えたまま、小さな少女は二人を見送った。

  [uploadedimage:24995263]

  リュミエとユリシアはルナリアを後にした。

  ◇

  街道は緩やかな丘陵を抜けて続いている。

  歩きながらリュミエが思い出したように言う。

  「そういえばPK、今日から解禁なんだよな」

  ユリシアが頷く。

  「一日一回だけ宣言できる」

  「同等戦力の相手だけ成立」

  「勝った方は負けた相手のお金を一〇%もらえる」

  「負けたら地味に痛いな」

  「だから気軽には挑めない仕組みなんだと思う」

  リュミエは辺りを見回した。

  「まあ俺たちには関係ないんじゃないか?」

  「そうだといいけど」

  その時だった。

  「いた!」

  元気な声が響いた。

  前方から三人組が駆け寄ってくる。

  全員ヒューマン。

  まだ小学生くらいの体格だ。

  先頭は、うろこの鎧を着た少年騎士。

  その横には赤い道着姿のモンク。

  後ろからはピンク色の魔女服を着た少女が走ってくる。

  [uploadedimage:24995267]

  「こんにちは!」

  モンクの少年が勢いよく声を掛けてきた。

  「ねえねえ、キミたち何年生?」

  リュミエは思わず笑った。

  「俺たち、小学校は卒業しているんだけどな」

  少年は胸を張る。

  「えー? 俺たちも蒼陽小学校の3年生なんだけど!」

  「奇遇だな。俺たちも蒼陽小学校の卒業生なんだ」

  「すげー!」

  ショータが目を丸くする。

  「ほんとに?」

  レントも感嘆したように声を上げた。

  「先輩だ!」

  カノまで嬉しそうに笑う。

  ユリシアが吹き出した。

  「元気だね」

  少女がぺこりと頭を下げる。

  「私はカノ!」

  「レントです!」

  「ショータ!」

  三人とも人懐っこい。

  リュミエも名乗り返す。

  「リュミエ」

  「ユリシアです」

  ショータが急に目を輝かせた。

  「ねえ!」

  「PKしよう!」

  レントが慌てる。

  「お、おい!」

  カノも苦笑する。

  「負けても泣かないでね?」

  リュミエとユリシアは顔を見合わせた。

  直後。

  目の前にシステムウィンドウが表示される。

  【レントパーティーよりPKが申請されました】

  【承認しますか?】

  「本当に来た」

  「ルール通りなら同等判定ってことだね」

  リュミエは承認を押した。

  【PK開始】

  青い光が戦闘エリアを囲む。

  ショータが真っ先に飛び出す。

  「いくぞー!」

  拳が飛ぶ。

  しかし。

  ガンッ!

  リュミエの盾が軽く受け止めた。

  「え?」

  その隙に剣を振る。

  ショータが戦闘不能。

  「ええぇぇ!?」

  レントが突撃する。

  騎士同士の正面衝突。

  しかし装備も経験も違いすぎた。

  数合で決着。

  最後にカノが火球を放つ。

  ユリシアが結界で防ぎ、そのまま回復魔法を重ねる。

  リュミエが間合いを詰める。

  一撃。

  カノも光になった。

  【PK終了】

  【勝利】

  【所持金の一〇%を獲得しました】

  「終わった……」

  戦闘中なら棺、移動中なら幽霊になるはずだが、今はまだ3つの棺がその場に残っていた。

  [uploadedimage:25055954]

  「ユリシア、お願い」

  「うん。リザレクション」

  ユリシアが杖を掲げる。

  白い光が降り注ぎ、スキル:リザレクションが発動した。

  棺から再び姿を戻し、レント、ショータ、カノの三人はゆっくりと立ち上がる。

  [uploadedimage:25055448]

  「……あれ?」

  「生き返った?」

  「すご……」

  リュミエはシステムメニューを開いた。

  「これ返せるな」

  獲得した金額をそのまま三人へ送金する。

  「え?」

  レントが驚いた。

  「勝ったんだからもらっていいのに」

  リュミエは笑う。

  「今回は勉強代だ」

  「PKは勝っても負けても相手がいるゲームだからな」

  「もっと強くなってから挑んでこい」

  ショータは少し悔しそうな顔をしたあと、

  「次は勝つ!」

  と元気よく言った。

  「期待してる」

  三人は元気よく手を振りながら走り去っていった。

  [uploadedimage:24995570]

  「可愛かったね」

  ユリシアが笑う。

  「ああ」

  リュミエも自然と笑顔になっていた。

  その直後だった。

  「……」

  道の先に、一人の男が立っていた。

  長い外套。

  弓を背負ったハンター風の装備。

  鋭い視線だけが二人を見ている。

  「プレイヤーか」

  男は何も答えない。

  静かにメニューを操作した。

  【ヴォルフよりPKが申請されました】

  「え?」

  ユリシアが目を見開く。

  「おかしい」

  リュミエも息を呑む。

  「今日もう一回PKしてるぞ」

  「一日一回のはずなのに」

  しかも。

  【PK成立】

  「成立した!?」

  「なんで!?」

  困惑する間もなく戦闘が始まった。

  ヴォルフが消える。

  「速――」

  矢。

  リュミエのHPが一瞬で吹き飛ぶ。

  「なっ……!」

  [uploadedimage:24995285]

  ユリシアが回復魔法を唱える。

  間に合わない。

  二本目。

  三本目。

  視界が赤く染まる。

  「リュミエ!」

  「逃げ――」

  言葉は最後まで続かなかった。

  二人は光となって崩れ落ちた。

  【敗北】

  静寂。

  その場に立っていたヴォルフの背後へ、一人の女性が現れる。

  白いスーツ。

  銀色の長髪。

  運営オペレーター、ノアだった。

  「プレイヤー・ヴォルフ」

  淡々とした声が響く。

  「規約違反を確認しました」

  ヴォルフが振り返る。

  「……何?」

  「不正ツールの使用を確認」

  「PK制限解除」

  「レベルマッチング改ざん」

  「ダメージ計算改変」

  一つずつ読み上げる。

  ヴォルフの顔色が変わった。

  「な、なんで分かった……!」

  「管理サーバー上の記録は改ざんできません」

  ノアが右手を掲げる。

  白い光がヴォルフを包み込んだ。

  【対象プレイヤーを隔離します】

  「待て!」

  「まだ――」

  言葉の途中で姿が消える。

  【アカウント停止処分(BAN)】

  静寂。

  ノアは棺となっている二人へ視線を向けた。

  「ロールバックを実行します」

  [uploadedimage:24995291]

  世界が白く染まる。

  時間が巻き戻る。

  数秒後。

  リュミエとユリシアは戦闘開始前の街道へ立っていた。

  HP。

  所持金。

  アイテム。

  すべて元通りだった。

  「……生きてる?」

  リュミエが呟く。

  「戻った……」

  ユリシアも自分のステータスを確認する。

  ノアが二人へ向き直った。

  「今回のPKは無効です」

  「不正ツール使用による規約違反を確認しました」

  「損失はすべて復元済みです」

  リュミエは安堵の息をつく。

  「助かった……」

  しかしノアの表情は変わらない。

  「なお、不正ツール対策のため、ただ今よりエターナルコネクト全サーバーを緊急メンテナンスとします」

  「ご迷惑をおかけします」

  一拍置いて、ノアは小さく続けた。

  「……今回の件は、通常の不正アクセスとは異なる痕跡を確認しています」

  「現在、調査を開始しました」

  それ以上は語らない。

  白い光がノアの身体を包む。

  やがて姿は静かに消えた。

  街道には再び静かな風だけが吹いていた。

  リュミエとユリシアは顔を見合わせる。

  ログアウト後、陸は自室のベッドに腰を下ろし、スマホでRAILを開いた。

  陸『……何か、始まってるな』

  結衣『うん。あの不正ツールだけじゃない気がする』

  陸『ノアの言い方も気になったしな』

  結衣『「通常の不正アクセスとは異なる痕跡」ってやつだよね』

  陸『ああ。ベスティアに行く前に、少し気を付けた方がいいかもな』

  結衣『明日またログインしたら、続きはゲーム内で話そう』

  陸の視界に、運営メッセージが表示された。

  【ノアより】

  【違反者の調査依頼があります】

  【他にも依頼者がいます】

  【待ち合わせ場所:明日10時 蒼陽小学校正門前】

  陸『違反者の調査……?』

  結衣『他にも依頼者がいるんだ』

  陸『明日10時、蒼陽小学校正門前か』

  結衣『うん。行ってみよう』

  ――第3話 了

  次回第4話「違反者の追跡」 7月18日公開予定

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