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ルナリアの朝は穏やかだった。
石畳を掃く店主。
開店準備をするパン屋。
市場へ向かう荷車。
昨日まで自分たちに気付きもしなかった人々が、今では当たり前のように挨拶を交わしてくれる。
「おはよう、旅人さん」
パン屋の店主が笑顔で手を振った。
「おはようございます」
リュミエも笑って返す。
「ちゃんと見えてるね」
ユリシアが微笑んだ。
その横でセラは、両手に抱えた月の結晶を見つめていた。
青白い三角錐は朝日に照らされ、静かな輝きを放っている。
「今日からは次の町へ向かいます」
セラが言った。
「次の町?」
「ベスティアです」
聞き慣れない名前だった。
「どんな町なんだ?」
「……動物が多い町、とだけ」
少しだけ言葉を濁す。
「行けば分かります」
リュミエは苦笑した。
「また秘密か」
「秘密ではありません」
「説明できない?」
「その方が正しいです」
ユリシアが尋ねる。
「セラも一緒に来るの?」
セラは静かに首を横に振った。
「今回は同行できません」
「イベントが始まるまでは、ベスティアで待つ決まりです」
「次はベスティアで会うのか?」
「はい」
どこか少し残念そうにも見えた。
「でも」
セラは微笑む。
「またすぐ会えます」
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けてください」
月の結晶を抱えたまま、小さな少女は二人を見送った。
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リュミエとユリシアはルナリアを後にした。
◇
街道は緩やかな丘陵を抜けて続いている。
歩きながらリュミエが思い出したように言う。
「そういえばPK、今日から解禁なんだよな」
ユリシアが頷く。
「一日一回だけ宣言できる」
「同等戦力の相手だけ成立」
「勝った方は負けた相手のお金を一〇%もらえる」
「負けたら地味に痛いな」
「だから気軽には挑めない仕組みなんだと思う」
リュミエは辺りを見回した。
「まあ俺たちには関係ないんじゃないか?」
「そうだといいけど」
その時だった。
「いた!」
元気な声が響いた。
前方から三人組が駆け寄ってくる。
全員ヒューマン。
まだ小学生くらいの体格だ。
先頭は、うろこの鎧を着た少年騎士。
その横には赤い道着姿のモンク。
後ろからはピンク色の魔女服を着た少女が走ってくる。
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「こんにちは!」
モンクの少年が勢いよく声を掛けてきた。
「ねえねえ、キミたち何年生?」
リュミエは思わず笑った。
「俺たち、小学校は卒業しているんだけどな」
少年は胸を張る。
「えー? 俺たちも蒼陽小学校の3年生なんだけど!」
「奇遇だな。俺たちも蒼陽小学校の卒業生なんだ」
「すげー!」
ショータが目を丸くする。
「ほんとに?」
レントも感嘆したように声を上げた。
「先輩だ!」
カノまで嬉しそうに笑う。
ユリシアが吹き出した。
「元気だね」
少女がぺこりと頭を下げる。
「私はカノ!」
「レントです!」
「ショータ!」
三人とも人懐っこい。
リュミエも名乗り返す。
「リュミエ」
「ユリシアです」
ショータが急に目を輝かせた。
「ねえ!」
「PKしよう!」
レントが慌てる。
「お、おい!」
カノも苦笑する。
「負けても泣かないでね?」
リュミエとユリシアは顔を見合わせた。
直後。
目の前にシステムウィンドウが表示される。
【レントパーティーよりPKが申請されました】
【承認しますか?】
「本当に来た」
「ルール通りなら同等判定ってことだね」
リュミエは承認を押した。
【PK開始】
青い光が戦闘エリアを囲む。
ショータが真っ先に飛び出す。
「いくぞー!」
拳が飛ぶ。
しかし。
ガンッ!
リュミエの盾が軽く受け止めた。
「え?」
その隙に剣を振る。
ショータが戦闘不能。
「ええぇぇ!?」
レントが突撃する。
騎士同士の正面衝突。
しかし装備も経験も違いすぎた。
数合で決着。
最後にカノが火球を放つ。
ユリシアが結界で防ぎ、そのまま回復魔法を重ねる。
リュミエが間合いを詰める。
一撃。
カノも光になった。
【PK終了】
【勝利】
【所持金の一〇%を獲得しました】
「終わった……」
戦闘中なら棺、移動中なら幽霊になるはずだが、今はまだ3つの棺がその場に残っていた。
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「ユリシア、お願い」
「うん。リザレクション」
ユリシアが杖を掲げる。
白い光が降り注ぎ、スキル:リザレクションが発動した。
棺から再び姿を戻し、レント、ショータ、カノの三人はゆっくりと立ち上がる。
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「……あれ?」
「生き返った?」
「すご……」
リュミエはシステムメニューを開いた。
「これ返せるな」
獲得した金額をそのまま三人へ送金する。
「え?」
レントが驚いた。
「勝ったんだからもらっていいのに」
リュミエは笑う。
「今回は勉強代だ」
「PKは勝っても負けても相手がいるゲームだからな」
「もっと強くなってから挑んでこい」
ショータは少し悔しそうな顔をしたあと、
「次は勝つ!」
と元気よく言った。
「期待してる」
三人は元気よく手を振りながら走り去っていった。
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「可愛かったね」
ユリシアが笑う。
「ああ」
リュミエも自然と笑顔になっていた。
その直後だった。
「……」
道の先に、一人の男が立っていた。
長い外套。
弓を背負ったハンター風の装備。
鋭い視線だけが二人を見ている。
「プレイヤーか」
男は何も答えない。
静かにメニューを操作した。
【ヴォルフよりPKが申請されました】
「え?」
ユリシアが目を見開く。
「おかしい」
リュミエも息を呑む。
「今日もう一回PKしてるぞ」
「一日一回のはずなのに」
しかも。
【PK成立】
「成立した!?」
「なんで!?」
困惑する間もなく戦闘が始まった。
ヴォルフが消える。
「速――」
矢。
リュミエのHPが一瞬で吹き飛ぶ。
「なっ……!」
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ユリシアが回復魔法を唱える。
間に合わない。
二本目。
三本目。
視界が赤く染まる。
「リュミエ!」
「逃げ――」
言葉は最後まで続かなかった。
二人は光となって崩れ落ちた。
【敗北】
静寂。
その場に立っていたヴォルフの背後へ、一人の女性が現れる。
白いスーツ。
銀色の長髪。
運営オペレーター、ノアだった。
「プレイヤー・ヴォルフ」
淡々とした声が響く。
「規約違反を確認しました」
ヴォルフが振り返る。
「……何?」
「不正ツールの使用を確認」
「PK制限解除」
「レベルマッチング改ざん」
「ダメージ計算改変」
一つずつ読み上げる。
ヴォルフの顔色が変わった。
「な、なんで分かった……!」
「管理サーバー上の記録は改ざんできません」
ノアが右手を掲げる。
白い光がヴォルフを包み込んだ。
【対象プレイヤーを隔離します】
「待て!」
「まだ――」
言葉の途中で姿が消える。
【アカウント停止処分(BAN)】
静寂。
ノアは棺となっている二人へ視線を向けた。
「ロールバックを実行します」
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世界が白く染まる。
時間が巻き戻る。
数秒後。
リュミエとユリシアは戦闘開始前の街道へ立っていた。
HP。
所持金。
アイテム。
すべて元通りだった。
「……生きてる?」
リュミエが呟く。
「戻った……」
ユリシアも自分のステータスを確認する。
ノアが二人へ向き直った。
「今回のPKは無効です」
「不正ツール使用による規約違反を確認しました」
「損失はすべて復元済みです」
リュミエは安堵の息をつく。
「助かった……」
しかしノアの表情は変わらない。
「なお、不正ツール対策のため、ただ今よりエターナルコネクト全サーバーを緊急メンテナンスとします」
「ご迷惑をおかけします」
一拍置いて、ノアは小さく続けた。
「……今回の件は、通常の不正アクセスとは異なる痕跡を確認しています」
「現在、調査を開始しました」
それ以上は語らない。
白い光がノアの身体を包む。
やがて姿は静かに消えた。
街道には再び静かな風だけが吹いていた。
リュミエとユリシアは顔を見合わせる。
ログアウト後、陸は自室のベッドに腰を下ろし、スマホでRAILを開いた。
陸『……何か、始まってるな』
結衣『うん。あの不正ツールだけじゃない気がする』
陸『ノアの言い方も気になったしな』
結衣『「通常の不正アクセスとは異なる痕跡」ってやつだよね』
陸『ああ。ベスティアに行く前に、少し気を付けた方がいいかもな』
結衣『明日またログインしたら、続きはゲーム内で話そう』
陸の視界に、運営メッセージが表示された。
【ノアより】
【違反者の調査依頼があります】
【他にも依頼者がいます】
【待ち合わせ場所:明日10時 蒼陽小学校正門前】
陸『違反者の調査……?』
結衣『他にも依頼者がいるんだ』
陸『明日10時、蒼陽小学校正門前か』
結衣『うん。行ってみよう』
――第3話 了
次回第4話「違反者の追跡」 7月18日公開予定
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