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第5話 入れ替わる城

  ルナリアから半日ほど歩くと、大きな城壁に囲まれた街が見えてきた。

  門には、

  ベスティア

  と刻まれている。

  街へ足を踏み入れた二人は、思わず足を止めた。

  パン屋。

  八百屋。

  武具店。

  どこにでもありそうな町並み。

  見た目だけなら、ごく普通の街だった。

  パン屋の店主が客へ声を掛ける。

  「ワン、ワン!」

  客も笑顔で、

  「ニャア。」

  と返事をする。

  八百屋では店員が、

  「モォ。」

  魚屋では客が、

  「ヒヒーン。」

  誰も人間の言葉を話さない。

  「……何これ。」

  リュミエが呆然と呟く。

  その時だった。

  通りの端で、一匹の犬が必死にこちらへ駆け寄ってくる。

  「ワン! ワン!」

  必死に何かを訴え、服の裾をくわえて引っ張る。

  その瞳には、助けを求めるような強い意思が宿っていた。

  セラが静かに言う。

  「動物たちは、人間です。」

  「え?」

  ユリシアが目を見開く。

  「そして、人間の姿をしている人たちは……。」

  「動物の魂が入っています。」

  「だから動物の鳴き声しか話せないんです。」

  リュミエは周囲を見回した。

  人々は普通に店を営み、

  普通に買い物をし、

  普通に生活している。

  だが交わされる会話は、

  「ワン。」

  「ニャア。」

  「モォ。」

  「メェ。」

  動物の鳴き声だけだった。

  [uploadedimage:25040368]

  リュミエは近くを歩いていた老人へ声を掛けた。

  「助けを求めているんですか?」

  老人は二人を見つめると、

  「ワン、ワン。」

  と犬の鳴き声だけを返した。

  「……え?」

  今度は買い物帰りらしい女性へ尋ねる。

  「何か困っていることはありませんか?」

  「ニャア。」

  女性は猫のように鳴くだけだった。

  別の青年に聞いても、

  「ヒヒーン。」

  馬のいななきが返ってくる。

  リュミエは思わず額に手を当てた。

  「誰も普通に話せない……。」

  ユリシアも周囲を見回す。

  「言葉だけじゃない。みんな助けを求めているような目をしてる。」

  動物の鳴き声しか話せない。

  それでも、その瞳だけは必死に何かを訴えていた。

  三人は原因が城にあると考え、城門へ向かうことにした。

  巨大な城門。

  セラが一歩踏み出した瞬間だった。

  バチッ!

  青白い光が走る。

  「きゃっ!」

  セラだけが後ろへ弾かれた。

  「セラ!」

  リュミエが支える。

  セラは城門を見上げた。

  「結界……。」

  ユリシアも手を伸ばす。

  彼女は普通に通れた。

  リュミエも同じだった。

  「俺たちは通れる。」

  「でもセラだけ……。」

  セラは静かに頷く。

  「わたしは、この結界に拒まれています。」

  三人は城壁沿いを歩いた。

  すると古い井戸があった。

  中をのぞく。

  水はない。

  地下へ風が吹き抜けている。

  「地下へ続いてる。」

  リュミエがつぶやく。

  セラは小さく頷いた。

  「わたしはこちらから入ってみます。」

  「中で合流できるかもしれません。」

  「無理はするな。」

  「はい。」

  三人は頷き合い、

  リュミエとユリシアは正門から、

  セラは井戸の中へ降りていった。

  「では、城の中で。」

  「気を付けて。」

  リュミエとユリシアはうなずき合い、正門へ歩き出す。

  城門をくぐろうとした、その瞬間。

  二人の前へ青白い半透明のウィンドウが現れた。

  [uploadedimage:25040345]

  《この先は長編イベントエリアです。しばらく外へ戻ることはできません。よろしいですか?》

  リュミエは苦笑する。

  「また親切な確認だな。」

  「今さら引き返さないでしょ。」

  ユリシアが小さく笑い、二人は同時に了承へ触れた。

  ウィンドウは静かに消え、重厚な城門がゆっくりと開いていく。

  城内は静まり返っていた。

  鎧姿の兵士。

  豪華な衣装の貴族。

  忙しそうに歩く使用人。

  どこから見ても普通の城だった。

  しかし。

  兵士は、

  「ワン。」

  と犬のように鳴いた。

  「……え?」

  リュミエは思わず振り返る。

  兵士は何事もなかったかのように歩き去っていく。

  王の間へ案内される。

  玉座には王が座っていた。

  堂々とした姿。

  だが、

  「モォ。」

  牛の鳴き声だった。

  隣の大臣は、

  「メェ。」

  羊の声しか出ない。

  「まさか……。」

  ユリシアが青ざめる。

  「城の人たちも……。」

  その時、一人の若いメイドが駆け寄ってきた。

  「ああ……よかった……!」

  彼女は心底ほっとしたように胸へ手を当てる。

  「旅のお方ですね?」

  「そうだけど。」

  「お願いいたします。」

  深々と頭を下げた。

  「地下に閉じ込められてしまった方々がいるのです。兵士たちも誰も助けようとせず……私一人ではどうすることもできません。」

  切羽詰まった表情だった。

  [uploadedimage:25040342]

  リュミエはユリシアと顔を見合わせる。

  「案内してもらえますか?」

  メイドは何度も頭を下げた。

  「ありがとうございます。私はエルネスタと申します。どうかこちらへ。」

  リュミエたちは迷わず頷いた。

  地下へ向かう途中。

  犬が服の裾を噛む。

  猫が前へ飛び出す。

  厩舎では馬たちが激しくいななく。

  鳥が何度も別方向へ飛んでいく。

  まるで「そちらへ行ってはいけない」と必死に訴えているようだった。

  「みんな騒がしいな。」

  リュミエが苦笑する。

  エルネスタは微笑んだ。

  「最近はずっと落ち着かなくて。」

  「お気になさらず。」

  二人はそのまま後を追った。

  地下の最奥。

  重厚な扉が開く。

  「こちらです。」

  二人が部屋へ入る。

  ガチャン。

  扉が閉まった。

  「エルネスタさん?」

  返事はない。

  部屋の中央を見る。

  そこには二匹の猫がいた。

  一匹は赤みがかった毛並み。

  もう一匹はクリーム色。

  不安そうにこちらを見つめている。

  「猫?」

  ユリシアが近付こうとした。

  その瞬間。

  シューーーッ!

  天井から白い煙が一気に噴き出した。

  [uploadedimage:25040339]

  「煙!?」

  「ユリシア!」

  視界が真っ白になる。

  身体が軽い。

  耳が熱い。

  手足の感覚がおかしい。

  数秒後。

  煙がゆっくりと晴れていく。

  リュミエは重い瞼を開いた。

  「……ん?」

  何かがおかしい。

  床が近い。

  視界が異様に低い。

  立ち上がろうとしても、身体が思うように動かない。

  恐る恐る足元を見る。

  そこにあったのは――

  ふわふわの毛。

  小さな肉球。

  そして、細くしなやかな尻尾。

  「……ニャ?」

  自分の口から聞こえてきたのは、人間の言葉ではなく猫の鳴き声だった。

  「な、なんだこれ!?」

  [uploadedimage:25040333]

  そう叫んだつもりだった。

  しかし口から出るのは、

  「ニャッ!?」

  という鳴き声だけ。

  「ニャアーーッ!!」

  隣から悲鳴が聞こえた。

  クリーム色の猫が涙目になりながら、自分の身体を見回している。

  ユリシアだった。

  [uploadedimage:25040329]

  「ニャ!? ニャア!!」

  必死に何かを訴えている。

  リュミエも慌てて部屋の奥へ視線を向けた。

  そこには――

  銀の正装鎧をまとった騎士。

  白と金の法衣をまとったハイプリースト。

  紛れもなく、自分たちの身体だった。

  しかし。

  「ニャ。」

  「ニャーン。」

  二人とも猫のように首をかしげ、ぎこちない足取りで歩いている。

  先ほどまでこの部屋にいた二匹の猫だった。

  「ニャ……。」

  リュミエの思考がようやく現実へ追いつく。

  (まさか……。)

  (俺たち、猫と入れ替わったのか!?)

  ギィ……。

  地下室の扉が静かに開く。

  コツ……。

  コツ……。

  規則正しい足音が近付いてくる。

  先ほどまで案内役だったメイドが姿を現した。

  [uploadedimage:25040335]

  しかし、その姿はゆっくりと変わり始める。

  栗色の髪が漆黒へ染まり、腰まで流れる長髪となる。

  白と紺のメイド服は、白と黒のアシンメトリーなドレスへ変化していく。

  頭には大きな黒い魔女帽子。

  帽子からは黒いレースのベールが揺れ、紫色の瞳が妖しく輝く。

  右手には、紫色の水晶をはめ込んだ銀の魔法杖。

  その口元には、余裕に満ちた妖艶な微笑みが浮かんでいた。

  [uploadedimage:25040326]

  魔女は優雅に一礼する。

  「改めまして。」

  「わたくしは魔女エルネスタ。」

  「このベスティアで、人と動物の魂を入れ替えた張本人です。」

  紫色の魔力が彼女の周囲に静かに舞う。

  エルネスタは猫になった二人を見下ろし、満足そうに目を細めた。

  「思った以上に成功したようですね。」

  「歓迎いたします。」

  「新しい猫さんたち。」

  「ニャーーーッ!!」

  「ニャアーーーッ!!」

  二人は必死に抗議する。

  しかし、その叫びは猫の鳴き声にしかならない。

  エルネスタは楽しそうに笑った。

  「その姿では、人間の言葉は話せません。」

  「せいぜい、可愛らしく鳴くことですね。」

  高らかな笑い声が地下室に響く。

  猫となってしまったリュミエとユリシア。

  そして、自分たちの身体は猫に奪われている。

  絶望的な状況の中、二人の新たな試練が始まろうとしていた。

  ――第5話 了

  次回第6話「魂のタイムリミット」 7月25日公開予定

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