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第7話 魔女の終焉

  「……くくっ。」

  「本当に面白いわ。」

  ゆっくりと姿を現したのは、魔女エルネスタだった。

  その瞳には怒りと憎悪が宿っていた。

  「まさか私の魔法を破る者がいるなんて。」

  「でも、それもここまで。」

  リュミエは一歩前へ出る。

  「もう好きにはさせない。」

  「人と動物を入れ替えて何が目的だった?」

  エルネスタは薄く笑った。

  「そんなもの、あなたたちに教える必要はないわ。」

  「私は、この世界を書き換える。」

  「その第一歩がベスティアだっただけ。」

  セラが表情を曇らせる。

  「そんなこと……。」

  「あなたたちは知らなくていい。」

  エルネスタが杖を掲げた。

  巨大な魔法陣が祭壇いっぱいに展開される。

  赤。

  青。

  紫。

  幾重にも重なった魔法陣から膨大な魔力があふれ出した。

  「消えなさい!」

  轟音とともに無数の火球が放たれる。

  「来る!」

  リュミエが叫ぶ。

  その瞬間、セラは月の結晶と火の結晶を胸の前へ掲げた。

  二つの結晶が共鳴する。

  淡い銀色と紅色の光が重なり合い、三人を包み込む半透明の障壁を生み出した。

  火球は障壁へ激突する。

  爆発。

  熱風。

  しかし障壁は揺らぐだけで砕けない。

  「防いだ……!」

  ユリシアが驚く。

  セラは歯を食いしばった。

  「長くは持ちません!」

  「今のうちです!」

  「十分だ!」

  リュミエが駆け出す。

  [uploadedimage:25244257]

  エルネスタはすぐさま次の魔法を放つ。

  稲妻。

  鋭い雷光が一直線に走る。

  だが、その雷撃も障壁が受け止めた。

  「まだ!」

  今度は無数の闇の矢が空中へ浮かぶ。

  一斉に三人へ降り注ぐ。

  障壁が激しく震える。

  表面に細かな亀裂が走った。

  「セラ!」

  ユリシアが叫ぶ。

  「大丈夫です……!」

  小さな身体で杖を握り締める。

  結晶の光はなおも三人を守り続けていた。

  「これ以上は通さない!」

  リュミエは一気に距離を詰める。

  エルネスタは焦り始めていた。

  「どうして……!」

  「どうして破れないの!」

  ユリシアはすかさず支援魔法を唱える。

  「リュミエ!」

  身体能力強化の光が降り注ぐ。

  剣が淡く輝いた。

  「行くぞ!」

  振り下ろされた一撃をエルネスタは魔法障壁で受け止める。

  金属がぶつかるような音が響いた。

  しかし。

  二撃。

  三撃。

  四撃。

  そのたびに障壁へひびが広がっていく。

  「嘘……!」

  「私の障壁が……!」

  リュミエは大きく踏み込み、渾身の力で剣を振り抜いた。

  甲高い破砕音。

  魔法障壁が粉々に砕け散る。

  「そんな……!」

  エルネスタが後ずさる。

  その隙を逃さず、ユリシアが光の魔法を放った。

  眩い閃光が魔女を包む。

  視界を奪われた一瞬。

  リュミエは懐へ飛び込んだ。

  「これで終わりだ!」

  剣の一撃がエルネスタの杖を真っ二つに断ち切る。

  [uploadedimage:25244519]

  砕けた杖が床へ転がる。

  エルネスタは力なく膝をついた。

  「そんな……。」

  「私が……負ける……?」

  祭壇に静寂が訪れる。

  息を切らしながら、リュミエは剣を下ろした。

  ユリシアも安堵の息をつく。

  セラは結晶を抱えたまま、その場へ座り込んだ。

  「終わった……。」

  だが、その静寂は長く続かなかった。

  地下空間の空気が、不意にゆがみ始めた。

  まるで陽炎のように景色が揺らぎ、祭壇の中央へ黒い霧が集まっていく。

  「……何?」

  ユリシアが警戒する。

  リュミエも剣を構え直した。

  エルネスタはその気配に気付いた瞬間、血の気が引いた。

  「ま、まさか……。」

  黒い霧がゆっくりと晴れる。

  そこに立っていたのは、一人の青年だった。

  黒い外套。

  金糸の刺繍が施された長いマント。

  顔の上半分を覆う銀黒色の仮面。

  その奥では、赤い瞳だけが静かに輝いている。

  リュミエは息をのんだ。

  「お前は……!」

  突然現れた仮面の青年。

  黒い外套をまとい、その顔の上半分は銀黒色の仮面に覆われている。

  赤い瞳だけが静かに輝いていた。

  男は誰にも視線を向けない。

  ただ静かに、膝をつくエルネスタを見下ろしている。

  「い、嫌……。」

  「来ないで……。」

  さっきまで余裕に満ちていた魔女の顔は、恐怖一色に染まっていた。

  「お願い……。」

  「まだ終われない……。」

  男は無言のまま右手を差し出す。

  その掌の前に、拳ほどの大きさの漆黒の球体水晶が現れた。

  次の瞬間だった。

  エルネスタの身体から黒紫色の光が溢れ出す。

  「いやああああっ!」

  叫び声とともに、光は細い帯となって球体水晶へ吸い込まれていく。

  [uploadedimage:25238878]

  魔力だけが。

  まるで魂を剥がされるように。

  「返して……!」

  「私の力を……!」

  抵抗するたびに、魔力はさらに勢いを増して吸い込まれていった。

  やがて最後の一筋まで吸収される。

  球体水晶の奥で、黒い光が静かに脈動した。

  同時に、エルネスタの姿が淡い光に包まれる。

  その輪郭が崩れ始めた。

  長い黒髪が淡い栗色へ。

  黒いドレスは白と紺のメイド服へ。

  帽子も杖も消え去る。

  そこに残っていたのは、一人の若いメイドだった。

  力なく床へ倒れ込む。

  男は黒い球体水晶を静かに手に取る。

  その赤い瞳が、一瞬だけリュミエたちへ向いた。

  低く、静かな声が地下空間に響く。

  「……まだ足りない。」

  たった一言。

  それだけを残し、男は踵を返す。

  「待て!」

  リュミエが叫ぶ。

  男は立ち止まらない。

  黒い霧が再び周囲を包み込む。

  その姿はゆっくりと闇へ溶けていった。

  あとには静寂だけが残る。

  「行っちゃった……。」

  ユリシアが呟く。

  セラだけは、男が消えた場所を見つめ続けていた。

  その小さな身体が、わずかに震えている。

  「セラ?」

  リュミエが声をかける。

  セラははっと我に返った。

  「……あの人。」

  「知ってるのか?」

  セラは静かに首を横へ振る。

  「いいえ……。」

  「でも……。」

  言葉を続けようとして、口をつぐむ。

  「どうした?」

  ユリシアが優しく尋ねる。

  セラは胸元をぎゅっと押さえた。

  「わかりません……。」

  「でも、あの人を見た瞬間、とても怖くなりました。」

  「怖い?」

  「はい。」

  「理由は思い出せません。」

  「初めて会ったはずなのに……胸が締め付けられるような、不思議な感覚でした。」

  しばらく沈黙が流れる。

  リュミエは仮面の男が消えた場所を見つめた。

  「あいつ、一体何者なんだ……。」

  誰も、その答えを持ってはいなかった。

  ふと三人が視線を向けると、祭壇の床では、倒れていたメイドがかすかに身じろぎをしていた。

  祭壇に静寂が戻る。

  倒れていたメイドの指先が、かすかに動いた。

  「……!」

  ユリシアが駆け寄る。

  「息がある!」

  リュミエも剣を納め、そばへ膝をついた。

  メイドはゆっくりと瞼を開く。

  青い瞳がぼんやりと三人を映した。

  「ここは……。」

  かすれた声だった。

  周囲を見回し、不安そうな表情を浮かべる。

  「大丈夫?」

  ユリシアが優しく声をかける。

  「私たちは旅人。あなたを助けたの。」

  メイドはしばらく状況を理解できない様子だった。

  やがて小さく頭を下げる。

  「ありがとうございます……。」

  「私は、リーゼと申します。」

  「この城で侍女を務めています。」

  「リーゼさん。」

  リュミエが尋ねる。

  「エルネスタって魔女を知ってるか?」

  その名前を聞いた瞬間、リーゼの表情が曇った。

  「魔女……。」

  「ええ……。」

  「確か、そんな人に会ったような……。」

  額へ手を当てる。

  「でも、その先が思い出せません。」

  セラが静かに近づいた。

  「無理に思い出さなくても大丈夫です。」

  リーゼはゆっくりと頷いた。

  「覚えているのは……。」

  「ある夜、城内で見知らぬ女性に声を掛けられたことだけです。」

  「その人の目を見た瞬間、急に身体が動かなくなって……。」

  「それから先は、夢を見ているようで……何も……。」

  言葉を詰まらせる。

  「気が付いたら、ここに倒れていました。」

  リュミエとユリシアは顔を見合わせた。

  「じゃあ……。」

  「ずっと魔女に利用されていたのか。」

  リーゼは申し訳なさそうに俯く。

  「皆様にご迷惑をお掛けしてしまったのでしょうか……。」

  「あなたのせいじゃないよ。」

  ユリシアは微笑みながら首を横に振る。

  「全部、魔女が勝手にやったこと。」

  「あなたも被害者なんだから。」

  その言葉を聞いたリーゼの瞳に涙が浮かぶ。

  「ありがとうございます……。」

  しばらくして、リーゼは立ち上がった。

  まだ足元はおぼつかないが、歩くことはできそうだった。

  「王様が……。」

  「皆さんが心配です。」

  その一言に、リュミエも頷く。

  「城へ戻ろう。」

  「この国がどうなったのか、自分たちの目で確かめないとな。」

  セラは二つの結晶を大切そうに抱きしめる。

  「はい。」

  四人は祭壇を後にし、城への帰路についた。

  地下通路を抜けると、城内には静かな空気が流れていた。

  先ほどまで漂っていた異様な気配は、もうどこにもない。

  リーゼは先頭に立ち、玉座の間へと急ぐ。

  「王様!」

  扉を開けると、そこには王と大臣、兵士たちの姿があった。

  そして誰もが、人間らしい穏やかな表情を取り戻している。

  王はリーゼの姿を見るなり、玉座から立ち上がった。

  「リーゼ!」

  「ご無事でしたか!」

  リーゼは深く頭を下げる。

  「ご心配をお掛けしました。」

  「私は……皆様のお役に立てず……。」

  王は静かに首を横へ振った。

  「いや。」

  「あなたもまた、魔女の被害者だったのですね。」

  リーゼは目に涙を浮かべながら頷いた。

  その様子を見届けると、王は改めてリュミエたちへ向き直る。

  「旅の勇者たちよ。」

  「この国、ベスティアを救ってくださったこと、心より感謝申し上げます。」

  深々と頭を下げる王に続き、大臣や兵士たちも一斉に頭を下げた。

  リュミエは慌てて手を振る。

  「そんな、大げさですよ。」

  「俺たちは困っている人を助けただけです。」

  王は穏やかに微笑んだ。

  「その優しさこそ、真の勇気です。」

  城を出ると、町には歓声が響いていた。

  「戻った!」

  「元に戻ったぞ!」

  広場では、人々が互いの無事を喜び合っている。

  犬の姿だった青年は元の人間へ戻り、本物の犬は元気よく駆け回っていた。

  猫の姿だった少女は家族と抱き合い、屋根の上では本来の猫が気ままに昼寝をしている。

  厩舎では、人間の魂が入っていた馬たちも元の姿へ戻り、嬉しそうにいななく声が聞こえてきた。

  町中に、笑顔が戻っていた。

  セラはその光景を見つめ、小さく微笑む。

  「……よかった。」

  リュミエも大きく息をつく。

  「これで一件落着だな。」

  「うん。」

  ユリシアも嬉しそうに頷いた。

  その時、王が城の外まで三人を見送りに現れた。

  側近が一つの木箱を差し出す。

  王はその中から、美しい封蝋が押された一通の手紙と、金色に輝く金属製の証書を取り出した。

  「こちらを、お受け取りください。」

  リュミエが受け取る。

  「これは?」

  「隣国プエリタ王国への紹介状です。」

  王は続けた。

  「そしてこちらは、正式な入国許可証。」

  「プエリタは現在、入国管理が厳しく、この許可証がなければ自由に入国することはできません。」

  セラも説明を補足する。

  「次の目的地はプエリタです。」

  「そこにも結晶があります。」

  王は静かに頷いた。

  「皆様なら、きっとプエリタの人々も救ってくださるでしょう。」

  リュミエは紹介状を大切にしまった。

  「ありがとうございます。」

  「必ず役立てます。」

  セラは胸元で月の結晶と火の結晶を抱え直す。

  二つの結晶は、まるで次なる旅路を祝福するかのように淡く輝いていた。

  夕暮れに染まるベスティア。

  三人は城を後にし、次なる目的地――プエリタへ向けて歩き始めるのだった。

  エピローグ

  夜。

  現実世界。

  神谷陸は自宅近くの住宅街を歩いていた。

  ベスティアでの出来事を思い返しながら、ゆっくりと帰路につく。

  「ようやく一段落……かな。」

  思わず小さく息をつく。

  ゲームの中とはいえ、あれほど激しい戦いは初めてだった。

  猫になったこと。

  人格まで失いかけたこと。

  今となっては夢のようにも思える。

  ふと、足が止まった。

  街灯の下。

  一匹の野良猫が道路脇に座っていた。

  茶色と白の毛並み。

  こちらをじっと見つめている。

  「……猫か。」

  陸は自然としゃがみ込む。

  猫は警戒する様子もなく、静かに近づいてきた。

  そして足元へ身体を擦り寄せる。

  「人懐っこいな。」

  陸はそっと頭を撫でる。

  柔らかな毛並み。

  その温もりに触れた瞬間、不思議な感覚が胸をよぎった。

  (そういえば……。)

  (猫だった時も、こんな景色を見ていた気がする。)

  屋根の高さ。

  風の匂い。

  夜の静けさ。

  ほんの一瞬だけ、ベスティアで猫として過ごした記憶が脳裏をかすめる。

  [uploadedimage:25238881]

  「……気のせいか。」

  陸は苦笑して立ち上がった。

  野良猫は「ニャー」と一声鳴くと、路地裏へ駆けていく。

  その後ろ姿を見送りながら、陸は空を見上げた。

  雲の切れ間から、丸い月が静かに輝いている。

  「またログインしたら、次はプエリタか。」

  そう呟くと、陸は家へ向かって歩き出した。

  彼はまだ知らない。

  その旅路が海へと続き、

  そして予想もしない場所へ導かれることを。

  ――第7話 了

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