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「……くくっ。」
「本当に面白いわ。」
ゆっくりと姿を現したのは、魔女エルネスタだった。
その瞳には怒りと憎悪が宿っていた。
「まさか私の魔法を破る者がいるなんて。」
「でも、それもここまで。」
リュミエは一歩前へ出る。
「もう好きにはさせない。」
「人と動物を入れ替えて何が目的だった?」
エルネスタは薄く笑った。
「そんなもの、あなたたちに教える必要はないわ。」
「私は、この世界を書き換える。」
「その第一歩がベスティアだっただけ。」
セラが表情を曇らせる。
「そんなこと……。」
「あなたたちは知らなくていい。」
エルネスタが杖を掲げた。
巨大な魔法陣が祭壇いっぱいに展開される。
赤。
青。
紫。
幾重にも重なった魔法陣から膨大な魔力があふれ出した。
「消えなさい!」
轟音とともに無数の火球が放たれる。
「来る!」
リュミエが叫ぶ。
その瞬間、セラは月の結晶と火の結晶を胸の前へ掲げた。
二つの結晶が共鳴する。
淡い銀色と紅色の光が重なり合い、三人を包み込む半透明の障壁を生み出した。
火球は障壁へ激突する。
爆発。
熱風。
しかし障壁は揺らぐだけで砕けない。
「防いだ……!」
ユリシアが驚く。
セラは歯を食いしばった。
「長くは持ちません!」
「今のうちです!」
「十分だ!」
リュミエが駆け出す。
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エルネスタはすぐさま次の魔法を放つ。
稲妻。
鋭い雷光が一直線に走る。
だが、その雷撃も障壁が受け止めた。
「まだ!」
今度は無数の闇の矢が空中へ浮かぶ。
一斉に三人へ降り注ぐ。
障壁が激しく震える。
表面に細かな亀裂が走った。
「セラ!」
ユリシアが叫ぶ。
「大丈夫です……!」
小さな身体で杖を握り締める。
結晶の光はなおも三人を守り続けていた。
「これ以上は通さない!」
リュミエは一気に距離を詰める。
エルネスタは焦り始めていた。
「どうして……!」
「どうして破れないの!」
ユリシアはすかさず支援魔法を唱える。
「リュミエ!」
身体能力強化の光が降り注ぐ。
剣が淡く輝いた。
「行くぞ!」
振り下ろされた一撃をエルネスタは魔法障壁で受け止める。
金属がぶつかるような音が響いた。
しかし。
二撃。
三撃。
四撃。
そのたびに障壁へひびが広がっていく。
「嘘……!」
「私の障壁が……!」
リュミエは大きく踏み込み、渾身の力で剣を振り抜いた。
甲高い破砕音。
魔法障壁が粉々に砕け散る。
「そんな……!」
エルネスタが後ずさる。
その隙を逃さず、ユリシアが光の魔法を放った。
眩い閃光が魔女を包む。
視界を奪われた一瞬。
リュミエは懐へ飛び込んだ。
「これで終わりだ!」
剣の一撃がエルネスタの杖を真っ二つに断ち切る。
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砕けた杖が床へ転がる。
エルネスタは力なく膝をついた。
「そんな……。」
「私が……負ける……?」
祭壇に静寂が訪れる。
息を切らしながら、リュミエは剣を下ろした。
ユリシアも安堵の息をつく。
セラは結晶を抱えたまま、その場へ座り込んだ。
「終わった……。」
だが、その静寂は長く続かなかった。
地下空間の空気が、不意にゆがみ始めた。
まるで陽炎のように景色が揺らぎ、祭壇の中央へ黒い霧が集まっていく。
「……何?」
ユリシアが警戒する。
リュミエも剣を構え直した。
エルネスタはその気配に気付いた瞬間、血の気が引いた。
「ま、まさか……。」
黒い霧がゆっくりと晴れる。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
黒い外套。
金糸の刺繍が施された長いマント。
顔の上半分を覆う銀黒色の仮面。
その奥では、赤い瞳だけが静かに輝いている。
リュミエは息をのんだ。
「お前は……!」
突然現れた仮面の青年。
黒い外套をまとい、その顔の上半分は銀黒色の仮面に覆われている。
赤い瞳だけが静かに輝いていた。
男は誰にも視線を向けない。
ただ静かに、膝をつくエルネスタを見下ろしている。
「い、嫌……。」
「来ないで……。」
さっきまで余裕に満ちていた魔女の顔は、恐怖一色に染まっていた。
「お願い……。」
「まだ終われない……。」
男は無言のまま右手を差し出す。
その掌の前に、拳ほどの大きさの漆黒の球体水晶が現れた。
次の瞬間だった。
エルネスタの身体から黒紫色の光が溢れ出す。
「いやああああっ!」
叫び声とともに、光は細い帯となって球体水晶へ吸い込まれていく。
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魔力だけが。
まるで魂を剥がされるように。
「返して……!」
「私の力を……!」
抵抗するたびに、魔力はさらに勢いを増して吸い込まれていった。
やがて最後の一筋まで吸収される。
球体水晶の奥で、黒い光が静かに脈動した。
同時に、エルネスタの姿が淡い光に包まれる。
その輪郭が崩れ始めた。
長い黒髪が淡い栗色へ。
黒いドレスは白と紺のメイド服へ。
帽子も杖も消え去る。
そこに残っていたのは、一人の若いメイドだった。
力なく床へ倒れ込む。
男は黒い球体水晶を静かに手に取る。
その赤い瞳が、一瞬だけリュミエたちへ向いた。
低く、静かな声が地下空間に響く。
「……まだ足りない。」
たった一言。
それだけを残し、男は踵を返す。
「待て!」
リュミエが叫ぶ。
男は立ち止まらない。
黒い霧が再び周囲を包み込む。
その姿はゆっくりと闇へ溶けていった。
あとには静寂だけが残る。
「行っちゃった……。」
ユリシアが呟く。
セラだけは、男が消えた場所を見つめ続けていた。
その小さな身体が、わずかに震えている。
「セラ?」
リュミエが声をかける。
セラははっと我に返った。
「……あの人。」
「知ってるのか?」
セラは静かに首を横へ振る。
「いいえ……。」
「でも……。」
言葉を続けようとして、口をつぐむ。
「どうした?」
ユリシアが優しく尋ねる。
セラは胸元をぎゅっと押さえた。
「わかりません……。」
「でも、あの人を見た瞬間、とても怖くなりました。」
「怖い?」
「はい。」
「理由は思い出せません。」
「初めて会ったはずなのに……胸が締め付けられるような、不思議な感覚でした。」
しばらく沈黙が流れる。
リュミエは仮面の男が消えた場所を見つめた。
「あいつ、一体何者なんだ……。」
誰も、その答えを持ってはいなかった。
ふと三人が視線を向けると、祭壇の床では、倒れていたメイドがかすかに身じろぎをしていた。
祭壇に静寂が戻る。
倒れていたメイドの指先が、かすかに動いた。
「……!」
ユリシアが駆け寄る。
「息がある!」
リュミエも剣を納め、そばへ膝をついた。
メイドはゆっくりと瞼を開く。
青い瞳がぼんやりと三人を映した。
「ここは……。」
かすれた声だった。
周囲を見回し、不安そうな表情を浮かべる。
「大丈夫?」
ユリシアが優しく声をかける。
「私たちは旅人。あなたを助けたの。」
メイドはしばらく状況を理解できない様子だった。
やがて小さく頭を下げる。
「ありがとうございます……。」
「私は、リーゼと申します。」
「この城で侍女を務めています。」
「リーゼさん。」
リュミエが尋ねる。
「エルネスタって魔女を知ってるか?」
その名前を聞いた瞬間、リーゼの表情が曇った。
「魔女……。」
「ええ……。」
「確か、そんな人に会ったような……。」
額へ手を当てる。
「でも、その先が思い出せません。」
セラが静かに近づいた。
「無理に思い出さなくても大丈夫です。」
リーゼはゆっくりと頷いた。
「覚えているのは……。」
「ある夜、城内で見知らぬ女性に声を掛けられたことだけです。」
「その人の目を見た瞬間、急に身体が動かなくなって……。」
「それから先は、夢を見ているようで……何も……。」
言葉を詰まらせる。
「気が付いたら、ここに倒れていました。」
リュミエとユリシアは顔を見合わせた。
「じゃあ……。」
「ずっと魔女に利用されていたのか。」
リーゼは申し訳なさそうに俯く。
「皆様にご迷惑をお掛けしてしまったのでしょうか……。」
「あなたのせいじゃないよ。」
ユリシアは微笑みながら首を横に振る。
「全部、魔女が勝手にやったこと。」
「あなたも被害者なんだから。」
その言葉を聞いたリーゼの瞳に涙が浮かぶ。
「ありがとうございます……。」
しばらくして、リーゼは立ち上がった。
まだ足元はおぼつかないが、歩くことはできそうだった。
「王様が……。」
「皆さんが心配です。」
その一言に、リュミエも頷く。
「城へ戻ろう。」
「この国がどうなったのか、自分たちの目で確かめないとな。」
セラは二つの結晶を大切そうに抱きしめる。
「はい。」
四人は祭壇を後にし、城への帰路についた。
地下通路を抜けると、城内には静かな空気が流れていた。
先ほどまで漂っていた異様な気配は、もうどこにもない。
リーゼは先頭に立ち、玉座の間へと急ぐ。
「王様!」
扉を開けると、そこには王と大臣、兵士たちの姿があった。
そして誰もが、人間らしい穏やかな表情を取り戻している。
王はリーゼの姿を見るなり、玉座から立ち上がった。
「リーゼ!」
「ご無事でしたか!」
リーゼは深く頭を下げる。
「ご心配をお掛けしました。」
「私は……皆様のお役に立てず……。」
王は静かに首を横へ振った。
「いや。」
「あなたもまた、魔女の被害者だったのですね。」
リーゼは目に涙を浮かべながら頷いた。
その様子を見届けると、王は改めてリュミエたちへ向き直る。
「旅の勇者たちよ。」
「この国、ベスティアを救ってくださったこと、心より感謝申し上げます。」
深々と頭を下げる王に続き、大臣や兵士たちも一斉に頭を下げた。
リュミエは慌てて手を振る。
「そんな、大げさですよ。」
「俺たちは困っている人を助けただけです。」
王は穏やかに微笑んだ。
「その優しさこそ、真の勇気です。」
城を出ると、町には歓声が響いていた。
「戻った!」
「元に戻ったぞ!」
広場では、人々が互いの無事を喜び合っている。
犬の姿だった青年は元の人間へ戻り、本物の犬は元気よく駆け回っていた。
猫の姿だった少女は家族と抱き合い、屋根の上では本来の猫が気ままに昼寝をしている。
厩舎では、人間の魂が入っていた馬たちも元の姿へ戻り、嬉しそうにいななく声が聞こえてきた。
町中に、笑顔が戻っていた。
セラはその光景を見つめ、小さく微笑む。
「……よかった。」
リュミエも大きく息をつく。
「これで一件落着だな。」
「うん。」
ユリシアも嬉しそうに頷いた。
その時、王が城の外まで三人を見送りに現れた。
側近が一つの木箱を差し出す。
王はその中から、美しい封蝋が押された一通の手紙と、金色に輝く金属製の証書を取り出した。
「こちらを、お受け取りください。」
リュミエが受け取る。
「これは?」
「隣国プエリタ王国への紹介状です。」
王は続けた。
「そしてこちらは、正式な入国許可証。」
「プエリタは現在、入国管理が厳しく、この許可証がなければ自由に入国することはできません。」
セラも説明を補足する。
「次の目的地はプエリタです。」
「そこにも結晶があります。」
王は静かに頷いた。
「皆様なら、きっとプエリタの人々も救ってくださるでしょう。」
リュミエは紹介状を大切にしまった。
「ありがとうございます。」
「必ず役立てます。」
セラは胸元で月の結晶と火の結晶を抱え直す。
二つの結晶は、まるで次なる旅路を祝福するかのように淡く輝いていた。
夕暮れに染まるベスティア。
三人は城を後にし、次なる目的地――プエリタへ向けて歩き始めるのだった。
エピローグ
夜。
現実世界。
神谷陸は自宅近くの住宅街を歩いていた。
ベスティアでの出来事を思い返しながら、ゆっくりと帰路につく。
「ようやく一段落……かな。」
思わず小さく息をつく。
ゲームの中とはいえ、あれほど激しい戦いは初めてだった。
猫になったこと。
人格まで失いかけたこと。
今となっては夢のようにも思える。
ふと、足が止まった。
街灯の下。
一匹の野良猫が道路脇に座っていた。
茶色と白の毛並み。
こちらをじっと見つめている。
「……猫か。」
陸は自然としゃがみ込む。
猫は警戒する様子もなく、静かに近づいてきた。
そして足元へ身体を擦り寄せる。
「人懐っこいな。」
陸はそっと頭を撫でる。
柔らかな毛並み。
その温もりに触れた瞬間、不思議な感覚が胸をよぎった。
(そういえば……。)
(猫だった時も、こんな景色を見ていた気がする。)
屋根の高さ。
風の匂い。
夜の静けさ。
ほんの一瞬だけ、ベスティアで猫として過ごした記憶が脳裏をかすめる。
[uploadedimage:25238881]
「……気のせいか。」
陸は苦笑して立ち上がった。
野良猫は「ニャー」と一声鳴くと、路地裏へ駆けていく。
その後ろ姿を見送りながら、陸は空を見上げた。
雲の切れ間から、丸い月が静かに輝いている。
「またログインしたら、次はプエリタか。」
そう呟くと、陸は家へ向かって歩き出した。
彼はまだ知らない。
その旅路が海へと続き、
そして予想もしない場所へ導かれることを。
――第7話 了
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