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第9話 船を待つ人

  ベスティアを後にしたリュミエとユリシアは、新たな目的地であるプエリタへ向かって街道を歩いていた。

  獣人たちの国は平和を取り戻し、行き交う人々の表情も明るい。

  「ようやく落ち着いたわね」

  ユリシアが振り返る。

  「うん。今度こそ、本当に旅の続きだ」

  リュミエも笑みを浮かべた。

  今回の目的地は、次なる結晶が眠るとされる地――プエリタ。

  二人は緩やかな丘を越え、海沿いへ続く街道を進んでいく。

  しかし。

  「……あれ?」

  リュミエが足を止めた。

  街道の先に架かっているはずの石橋が、無残に崩れ落ちていた。

  橋桁は川へ沈み、対岸へ渡る術はない。

  「完全に崩落してる……」

  ユリシアも静かに状況を確認する。

  修復の気配もなく、人が通れる状態ではなかった。

  「これじゃ進めないな……」

  その時だった。

  「やっぱり、ここで止まったわね」

  聞き慣れた少女の声が響く。

  「セラ!」

  小柄な魔道士の少女が、二人の前へ歩み寄ってくる。

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  「橋はしばらく直らないわ。」

  「じゃあ、どうやってプエリタへ?」

  リュミエが尋ねると、セラは海の方角を指差した。

  「港町ノスタリアから定期船が出ているわ。」

  「船?」

  「ええ。それが今、一番安全な道よ。」

  ユリシアは小さく頷く。

  「ノスタリア……聞いたことのない町ね。」

  「大きな港町よ。」

  セラは静かに続ける。

  「少なくとも、町そのものには結晶はないわ。」

  その言葉だけ残し、少女は微笑んだ。

  「船は毎朝一本だけ。

  急いだ方がいいわ。」

  そう言うと、風が吹き抜ける。

  次の瞬間には、セラの姿は消えていた。

  「……相変わらず神出鬼没ね。」

  「でも、行き先は決まった。」

  二人は顔を見合わせ、新たな道を歩き始めた。

  ◆

  夕方。

  二人は港町ノスタリアへ到着した。

  潮の香り。

  停泊する帆船。

  桟橋では漁師たちが網を片付け、商人たちが荷物を運んでいる。

  「平和な町だね。」

  「ええ。」

  ユリシアも辺りを見回す。

  「今まで訪れた結晶のある町とは雰囲気が違うわ。」

  ここには魔物に怯える様子もなければ、不穏な空気もない。

  ただ、人々の日常だけが流れていた。

  港の案内所で話を聞くと、プエリタ行きの定期船は翌朝出航だという。

  「今日はここで一泊ね。」

  「たまにはこういう日も悪くない。」

  二人は宿を確保すると、町を歩いて情報を集めることにした。

  ◆

  まず向かったのは冒険者ギルドだった。

  受付の女性が地図を広げる。

  「この航路は比較的安全ですが、海上ではPKは禁止されていません。」

  「船の上でも?」

  リュミエが驚く。

  「はい。ただし定期船を襲うような行為は重罪になります。」

  さらに潮流や寄港地について説明を受け、二人は礼を言ってギルドを後にした。

  ◆

  続いて立ち寄った酒場は、多くの船乗りで賑わっていた。

  席に着くと、近くの船員たちの話が自然と耳に入る。

  「そういや昨日も聞こえたぜ。」

  「汽笛か?」

  「ああ。あの船だよ。」

  「また始まった。」

  誰かが苦笑する。

  「四十年前に沈んだ定期船が、夜になると港へ帰ってくるって話さ。」

  別の男が笑う。

  「そんな船があるなら、とっくに大騒ぎだ。」

  「でもよ、嵐の夜になると見たって奴がいるんだ。」

  「しかも汽笛まで鳴るらしい。」

  「乗客も乗員も、一人も見つからなかった船だ。」

  「まあ、酒の肴にはちょうどいい。」

  船員たちは笑い合い、話題は別の仕事の話へ移っていった。

  リュミエは静かに呟く。

  「幽霊船……か。」

  「都市伝説でしょう。」

  ユリシアはそう言ったものの、どこか気になっている様子だった。

  ◆

  夕暮れの港。

  人通りの少ない桟橋の先で、一人の老人が海を見つめていた。

  古びた帽子。

  擦り切れた外套。

  足元には、小さな白い花が供えられている。

  二人が近付くと、老人は穏やかに笑った。

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  「旅の人かい。」

  「はい。」

  リュミエは会釈する。

  「毎日ここに?」

  「四十年になるかな。」

  あまりにも自然な返事だった。

  「待っている人がいるんだ。」

  老人は海を見つめたまま話し始める。

  「名前はミレイユ。」

  「結婚の約束をしていた。」

  「だが、あの日、彼女は定期船に乗ったまま帰ってこなかった。」

  ユリシアが静かに尋ねる。

  「四十年前に沈んだ船……ですか?」

  老人はゆっくり頷く。

  「嵐だった。」

  「船は海へ消えた。」

  「誰一人戻らなかった。」

  それでも老人の表情は穏やかだった。

  「皆は諦めろと言う。」

  「でもな。」

  老人は小さく笑う。

  「夕暮れになると、今でも聞こえる気がするんだ。」

  「『もう少し待っていて』って。」

  リュミエもユリシアも、何も言えなかった。

  「今日は帰ってくる気がする。」

  老人は海へ向かって呟く。

  「だから、私は待つ。」

  その姿は、港の風景の一部になっているようだった。

  ◆

  夜。

  二人は宿へ戻り、早めに休むことにした。

  「明日は朝が早いわ。」

  「寝坊できないな。」

  灯りが消え、静かな時間が流れる。

  ――どれほど眠っていただろうか。

  突然。

  ボォォォーーーーーー……

  低く長い汽笛が、夜霧を震わせた。

  リュミエが飛び起きる。

  「……汽笛?」

  隣ではユリシアも目を覚ましていた。

  「聞こえたわ。」

  二人は急いで窓を開ける。

  港一面を、白い霧が覆っている。

  そして、その霧の向こう。

  一隻の大型船が、静かに港へ姿を現していた。

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  古びた船体。

  風もないのに揺れる帆。

  リュミエは息を呑む。

  「まさか……」

  ユリシアも船から目を離せない。

  「酒場で聞いた話……」

  二人は言葉を失ったまま、その船を見つめ続けていた。

  霧の中の船は、まるで誰かを待ち続けているかのように、静かに港へ佇んでいた。

  ――第9話 了

  次回第10話 8/15(土)更新予定

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