Ad
重い扉が静かに閉ざされる。
広間に残ったバルトロメウは、桃色と茶色に染まった二つの水晶を祭壇へ運んだ。
祭壇の奥には、壁一面を埋め尽くすほどの水晶が並べられている。
赤。
青。
緑。
黄。
桃。
茶。
それぞれ異なる色を放ちながら、静かに輝いていた。
バルトロメウは、桃色と茶色に染まった二つの水晶を、空いている台座へ静かに置いた。
その前には、小さな名札が備え付けられている。
台座へ置かれた瞬間、水晶が淡く輝いた。
すると、何も書かれていなかった名札へ文字が浮かび上がる。
『リュミエ』
[uploadedimage:25317244]
『ユリシア』
続いて、名前の横へ小さな肖像がゆっくりと描き出された。
[uploadedimage:25317245]
それは、ステータスウィンドウに表示されるものと同じ、正面を向いた二人の肖像だった。
さらに、水晶の内部にも淡い光が満ちる。
その中では、リュミエとユリシアが静かに眠っていた。
穏やかな表情のまま身を横たえ、目を閉じている。
まるで魂そのものが閉じ込められているかのようだった。
その時。
祭壇の奥から低い唸り声が響く。
ゴォォォォ……。
巨大な窯。
黒く禍々しいその窯が、青白い光を脈打たせている。
次の瞬間。
リュミエの水晶から、桃色の光が細い糸のようにゆっくりと流れ始めた。
ユリシアの水晶からも、茶色の光が同じように溢れ出す。
その光は空中を漂いながら、巨大な窯へと吸い込まれていく。
窯へ流れ込むたび、その青白い輝きは僅かに強さを増していった。
[uploadedimage:25448100]
しかし、水晶そのものは台座に残り続ける。
中には眠ったままの二人の姿が静かに映っていた。
バルトロメウは、その光景を満足そうに見届けると、静かに目を閉じた。
窯の奥で眩い光が脈打つ。
それを見届けたバルトロメウは静かに目を閉じる。
「今日もまた、新たな命が加わった。」
その言葉だけを残し、宮殿の奥へ姿を消した。
◆
一方。
宮殿の外へ放り出されたリュミエとユリシアは、ようやく身体を起こしていた。
「いたた……。」
リュミエは立ち上がり、自分の身体を見下ろす。
淡い青色の肌。
薄い青と黒の横縞模様の服。
見慣れない姿だった。
「この服……。」
ユリシアも袖を見つめる。
「ファンドレを戻せば……。」
いつものようにメニューを開く。
しかし。
「え?」
ファンドレ変更の項目は灰色になっていた。
【このエリアでは変更できません】
冷たい文字だけが表示される。
「変更できない……。」
リュミエも試してみる。
結果は同じだった。
「じゃあ、スキルは?」
剣技を選択する。
しかし。
【使用できません】
ユリシアも回復魔法を試す。
【使用できません】
「全部駄目……。」
「完全に力を封じられてる。」
二人は顔を見合わせる。
この世界では、戦うことすら許されない。
[uploadedimage:25317305]
◆
二人は町へ歩き出した。
いや。
歩くというより、海の中を漂うような、不思議な感覚だった。
町並みは海底とは思えないほど整っている。
石畳。
噴水。
商店。
市場。
人々が行き交い、生活している。
ただ一つだけ。
住人たちは、生きていなかった。
骨だけの身体。
それでも長い髪だけは生前のまま残っている。
そして胸骨には、それぞれ人間だった頃の顔と名前が淡く刻まれていた。
男。
女。
子ども。
誰もが骨だけの姿で暮らしている。
市場では普通に買い物をし。
パン屋では骨の店員がパンを並べ。
子どもたちは骨のまま追いかけっこをしている。
あまりにも普通の光景だった。
「ここ、本当に死者の町なの……?」
ユリシアが呟く。
その時。
「おっ、新入りか?」
陽気な声が聞こえた。
骨だけの男が酒場の前で手を振っている。
[uploadedimage:25317657]
胸には『ガストン』の文字。
「よう、姉ちゃんたち。」
「最初は驚くだろ?」
男はガシャガシャと顎を鳴らして笑う。
「安心しな。
骨の生活も案外悪くねぇぞ!」
酒場の中から別の骨が笑う。
「そうそう!
腹は減らねぇし、病気にもならねぇ!」
「歯だけは丈夫だからな!」
店中に乾いた笑い声が響いた。
ブラックジョークなのか、本気なのか分からない。
リュミエたちは苦笑いするしかなかった。
◆
酒場の奥では、数人の骨たちが静かに話していた。
「四十年前の嵐か……。」
「あの日から、ずっとここだ。」
「死ねもしない。」
「消えもしない。」
「ここで暮らすしかないんだ。」
一人が静かに呟く。
「時々、新入りが来る。」
「生きた顔を見ると、昔を思い出すよ。」
別の骨は遠くを見つめる。
「もう、自分の顔なんて忘れちまった。」
その一方で。
店の隅には椅子へ座ったまま動かない骨がいた。
呼び掛けにも反応しない。
ぼんやりと宙を見つめ、何かを呟き続けている。
「帰ら……なきゃ……。」
「まだ……船が……。」
その声は誰にも届かない。
店主が静かに肩をすくめた。
「魂が擦り切れちまった奴さ。」
「長くここにいると、ああなる。」
リュミエは言葉を失う。
◆
酒場を出た二人は、静かな通りを歩いていた。
その時だった。
「あなたたち……。」
女性の声が聞こえる。
二人が振り向く。
そこに立っていたのは、一人の骨の女性だった。
長く美しい金髪だけが、生前の面影を残している。
胸骨には、一人の女性の肖像と名前が刻まれていた。
『ミレイユ』
その骨は、まっすぐ二人を見つめていた。
「生者……では、ないのね。」
その声には、はっきりとした意志が宿っていた。
リュミエは息を呑む。
「あなたが……ミレイユさん?」
骨の女性は、小さく頷いた。
「どうして、私の名前を……。」
リュミエは静かにポーチから木箱を取り出す。
中には、銀色の指輪。
「これを。」
ミレイユは震える手で受け取る。
その瞬間だった。
骨だけの顔に、ほんの一瞬だけ、生前の優しい面影が重なる。
まるで幻のように。
空洞だった眼窩へ微かな光が宿る。
口元が、少しだけ微笑んだように見えた。
「……どこで。」
震える声。
「これを、誰から。」
リュミエは静かに答える。
「あなたを四十年間待ち続けている人からです。」
その言葉に。
ミレイユは指輪を胸へ抱き締めた。
静かな涙が零れ落ちるように、青白い光が頬を伝っていく。
「ガリウス……。」
その名を呼ぶ声だけは、四十年という時を越えても変わらなかった。
[uploadedimage:25317309]
◆
しばらく沈黙が続いた。
やがてミレイユはゆっくり顔を上げる。
「ありがとう。」
「その人は……まだ待っていてくれたのね。」
リュミエは静かに頷く。
「だから、あなたを助けに来ました。」
ミレイユは小さく首を横へ振る。
「簡単にはいかないわ。」
「バルトロメウは、水の結晶だけで動いているわけではない。」
二人は息を呑む。
「あなたたちから奪われた命の光……あの水晶を見たでしょう。」
「それも、あの力の一部なの。」
リュミエは宮殿で見た祭壇を思い出す。
「じゃあ、あの窯は……。」
「生者の魂と、水の結晶の力。」
「その二つが、バルトロメウを支えている。」
リュミエとユリシアは顔を見合わせる。
倒せない理由。
傷が瞬時に修復された理由。
その答えが、ようやく一つに繋がった。
ミレイユは静かに言う。
「でも……。」
「まだ希望はあるわ。」
その一言に、二人は顔を上げる。
海底世界での反撃が、静かに幕を開けようとしていた。
――第11話 了
Ad