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第11話 死者の町

  重い扉が静かに閉ざされる。

  広間に残ったバルトロメウは、桃色と茶色に染まった二つの水晶を祭壇へ運んだ。

  祭壇の奥には、壁一面を埋め尽くすほどの水晶が並べられている。

  赤。

  青。

  緑。

  黄。

  桃。

  茶。

  それぞれ異なる色を放ちながら、静かに輝いていた。

  バルトロメウは、桃色と茶色に染まった二つの水晶を、空いている台座へ静かに置いた。

  その前には、小さな名札が備え付けられている。

  台座へ置かれた瞬間、水晶が淡く輝いた。

  すると、何も書かれていなかった名札へ文字が浮かび上がる。

  『リュミエ』

  [uploadedimage:25317244]

  『ユリシア』

  続いて、名前の横へ小さな肖像がゆっくりと描き出された。

  [uploadedimage:25317245]

  それは、ステータスウィンドウに表示されるものと同じ、正面を向いた二人の肖像だった。

  さらに、水晶の内部にも淡い光が満ちる。

  その中では、リュミエとユリシアが静かに眠っていた。

  穏やかな表情のまま身を横たえ、目を閉じている。

  まるで魂そのものが閉じ込められているかのようだった。

  その時。

  祭壇の奥から低い唸り声が響く。

  ゴォォォォ……。

  巨大な窯。

  黒く禍々しいその窯が、青白い光を脈打たせている。

  次の瞬間。

  リュミエの水晶から、桃色の光が細い糸のようにゆっくりと流れ始めた。

  ユリシアの水晶からも、茶色の光が同じように溢れ出す。

  その光は空中を漂いながら、巨大な窯へと吸い込まれていく。

  窯へ流れ込むたび、その青白い輝きは僅かに強さを増していった。

  [uploadedimage:25448100]

  しかし、水晶そのものは台座に残り続ける。

  中には眠ったままの二人の姿が静かに映っていた。

  バルトロメウは、その光景を満足そうに見届けると、静かに目を閉じた。

  窯の奥で眩い光が脈打つ。

  それを見届けたバルトロメウは静かに目を閉じる。

  「今日もまた、新たな命が加わった。」

  その言葉だけを残し、宮殿の奥へ姿を消した。

  ◆

  一方。

  宮殿の外へ放り出されたリュミエとユリシアは、ようやく身体を起こしていた。

  「いたた……。」

  リュミエは立ち上がり、自分の身体を見下ろす。

  淡い青色の肌。

  薄い青と黒の横縞模様の服。

  見慣れない姿だった。

  「この服……。」

  ユリシアも袖を見つめる。

  「ファンドレを戻せば……。」

  いつものようにメニューを開く。

  しかし。

  「え?」

  ファンドレ変更の項目は灰色になっていた。

  【このエリアでは変更できません】

  冷たい文字だけが表示される。

  「変更できない……。」

  リュミエも試してみる。

  結果は同じだった。

  「じゃあ、スキルは?」

  剣技を選択する。

  しかし。

  【使用できません】

  ユリシアも回復魔法を試す。

  【使用できません】

  「全部駄目……。」

  「完全に力を封じられてる。」

  二人は顔を見合わせる。

  この世界では、戦うことすら許されない。

  [uploadedimage:25317305]

  ◆

  二人は町へ歩き出した。

  いや。

  歩くというより、海の中を漂うような、不思議な感覚だった。

  町並みは海底とは思えないほど整っている。

  石畳。

  噴水。

  商店。

  市場。

  人々が行き交い、生活している。

  ただ一つだけ。

  住人たちは、生きていなかった。

  骨だけの身体。

  それでも長い髪だけは生前のまま残っている。

  そして胸骨には、それぞれ人間だった頃の顔と名前が淡く刻まれていた。

  男。

  女。

  子ども。

  誰もが骨だけの姿で暮らしている。

  市場では普通に買い物をし。

  パン屋では骨の店員がパンを並べ。

  子どもたちは骨のまま追いかけっこをしている。

  あまりにも普通の光景だった。

  「ここ、本当に死者の町なの……?」

  ユリシアが呟く。

  その時。

  「おっ、新入りか?」

  陽気な声が聞こえた。

  骨だけの男が酒場の前で手を振っている。

  [uploadedimage:25317657]

  胸には『ガストン』の文字。

  「よう、姉ちゃんたち。」

  「最初は驚くだろ?」

  男はガシャガシャと顎を鳴らして笑う。

  「安心しな。

  骨の生活も案外悪くねぇぞ!」

  酒場の中から別の骨が笑う。

  「そうそう!

  腹は減らねぇし、病気にもならねぇ!」

  「歯だけは丈夫だからな!」

  店中に乾いた笑い声が響いた。

  ブラックジョークなのか、本気なのか分からない。

  リュミエたちは苦笑いするしかなかった。

  ◆

  酒場の奥では、数人の骨たちが静かに話していた。

  「四十年前の嵐か……。」

  「あの日から、ずっとここだ。」

  「死ねもしない。」

  「消えもしない。」

  「ここで暮らすしかないんだ。」

  一人が静かに呟く。

  「時々、新入りが来る。」

  「生きた顔を見ると、昔を思い出すよ。」

  別の骨は遠くを見つめる。

  「もう、自分の顔なんて忘れちまった。」

  その一方で。

  店の隅には椅子へ座ったまま動かない骨がいた。

  呼び掛けにも反応しない。

  ぼんやりと宙を見つめ、何かを呟き続けている。

  「帰ら……なきゃ……。」

  「まだ……船が……。」

  その声は誰にも届かない。

  店主が静かに肩をすくめた。

  「魂が擦り切れちまった奴さ。」

  「長くここにいると、ああなる。」

  リュミエは言葉を失う。

  ◆

  酒場を出た二人は、静かな通りを歩いていた。

  その時だった。

  「あなたたち……。」

  女性の声が聞こえる。

  二人が振り向く。

  そこに立っていたのは、一人の骨の女性だった。

  長く美しい金髪だけが、生前の面影を残している。

  胸骨には、一人の女性の肖像と名前が刻まれていた。

  『ミレイユ』

  その骨は、まっすぐ二人を見つめていた。

  「生者……では、ないのね。」

  その声には、はっきりとした意志が宿っていた。

  リュミエは息を呑む。

  「あなたが……ミレイユさん?」

  骨の女性は、小さく頷いた。

  「どうして、私の名前を……。」

  リュミエは静かにポーチから木箱を取り出す。

  中には、銀色の指輪。

  「これを。」

  ミレイユは震える手で受け取る。

  その瞬間だった。

  骨だけの顔に、ほんの一瞬だけ、生前の優しい面影が重なる。

  まるで幻のように。

  空洞だった眼窩へ微かな光が宿る。

  口元が、少しだけ微笑んだように見えた。

  「……どこで。」

  震える声。

  「これを、誰から。」

  リュミエは静かに答える。

  「あなたを四十年間待ち続けている人からです。」

  その言葉に。

  ミレイユは指輪を胸へ抱き締めた。

  静かな涙が零れ落ちるように、青白い光が頬を伝っていく。

  「ガリウス……。」

  その名を呼ぶ声だけは、四十年という時を越えても変わらなかった。

  [uploadedimage:25317309]

  ◆

  しばらく沈黙が続いた。

  やがてミレイユはゆっくり顔を上げる。

  「ありがとう。」

  「その人は……まだ待っていてくれたのね。」

  リュミエは静かに頷く。

  「だから、あなたを助けに来ました。」

  ミレイユは小さく首を横へ振る。

  「簡単にはいかないわ。」

  「バルトロメウは、水の結晶だけで動いているわけではない。」

  二人は息を呑む。

  「あなたたちから奪われた命の光……あの水晶を見たでしょう。」

  「それも、あの力の一部なの。」

  リュミエは宮殿で見た祭壇を思い出す。

  「じゃあ、あの窯は……。」

  「生者の魂と、水の結晶の力。」

  「その二つが、バルトロメウを支えている。」

  リュミエとユリシアは顔を見合わせる。

  倒せない理由。

  傷が瞬時に修復された理由。

  その答えが、ようやく一つに繋がった。

  ミレイユは静かに言う。

  「でも……。」

  「まだ希望はあるわ。」

  その一言に、二人は顔を上げる。

  海底世界での反撃が、静かに幕を開けようとしていた。

  ――第11話 了

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