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マリベルの猫

  寒いよ怖い、お腹が空いたよ

  ママ……どこなの?

  

  気づいたら僕は一匹だった。

  

  顔は鼻水でぐちゃぐちゃ、目やにで 何も見えない、何も匂いがしない。

  

  『助けて!』

  かすかに感じる人の気配に ふらふらしながら助けを求めても、誰も助けてくれない。

  

  「ミュゥ……」

  だんだん声も出せなくなった。真っ暗な世界に力尽きその場に倒れ込む。

  

  

  「…………」

  ふわりと柔らかいものに包まれて、持ち上げられたような気がしたけど……疲れて何も考えられなかった。

  

  

  

  「マリベル、どうしたのその子は?」

  

  「浜辺で倒れたの、急いで温めないと」

  

  「マリベル そんな汚い猫、そのまま触れたら危ない。先にお湯で洗いなさい」

  「何言ってるのパパ! まだこんな赤ちゃんをお風呂に入れたら、死んじゃうわ!」

  

  そういうと、温かい布で身体を拭かれる感覚がして、逃げようと顔をあげると 目の前の人が優しく囁く。

  「大丈夫よ、絶対死なせないわ」

  見えないし何を言ってるか、わからないけど優しい声に安心して体を預けた。

  

  「マリベル! 病気を持ってるかもしれないのに」

  「ママ。この子は たった一人なのよ」

  マリベルと呼ばれたその人は、僕を抱きしめて撫で続けてくれた。

  (あったかい)

  「可愛い猫ちゃん。あなたの名前は、チロル」

  僕の頭を撫でてくれる、その手が優しい。

  

  「今からあたしが、あなたのママだからね」

  「ミャ〜」

  (ママ)

  

  目が開いて初めて見たママのお目目は、きれいな色をしてた。

  

  

  〜それから時は流れ〜

  

  「ちょっとアルス! 出かけるなら、あたしも誘いなさいよ」

  

  またママが怒っている。あいつだ。

  

  あの緑のとんがりがママを怒らせる。そして僕の大好きなママを奪っていく。

  

  「こんにちは、チロル」

  そう言って、僕を撫でようとする。

  「シャー!!」

  僕を撫でていいのは、ママだけだ!

  「いい子だね、マリベルを守ってるんだ」

  何言ってるか分からないが、たぶん褒められた気がする。

  

  

  そっと体を優しく撫でる手に、つい喉がゴロゴロしてしまう。

  騙されるもんか、こいつは僕からママを連れて行ってしまうくせに

  でも……気持ちいい。

  

  「チロルの瞳は マリベルと同じエメラルドなんだね、すごくきれいだな」

  

  何がママと同じなの?

  

  よくわからないけど、ママと一緒はうれしいな。

  

  

  「行ってきまーす!」

  ママは声を弾ませ、お外に行ってしまった。

  

  

  ママがいない時は、おもちゃで遊んで日向ぼっこして、ご飯を食べてるね。

  

  そしたら、ママのベッドで眠るんだ。

  

  でも、

  ママの匂いはするけど、ママの声も温もりもない。

  ずっと一匹でママの部屋にいると、寂しいよ。

  

  ーーーーーーーーーーー

  「ただいま、いい子にしてた? チロル」

  ママ!!

  「ゴロゴロ」

  ママの手は優しくて安心する、僕は幸せだ。

  「おいで、チロル」

  うん! 今日も一緒に寝よう。

  

  翌朝、ママは いそいそと着替えて鞄を用意している。また長くお出かけするんだ。

  

  今日も緑のとんがり【アルス】がママを連れて行く。

  「こんにちは、チロル」

  間抜け面をさらし、僕に近づいてくる。

  「フー!!」

  怒ってるのに、また懲りずに頭を撫でてくる。そして僕の名前を呼ぶんだ。

  

  本当は知ってる。ママはこいつが好きなんだ。

  一緒に寝るときに いつもアルスの事を話してくる。何を言ってるかわからないけど、ママから

  『アルス』という言葉がいっぱい出てくる。

  

  

  悔しいけど僕の名前より いっぱいいっぱい。

  

  それでもママは、僕を優しい声で 優しい目で 凄く優しく撫でてくれる。

  僕はそんなママが大好き。

  

  

  「チロルは、いつもマリベルを見送るんだね」

  「…………ミャッ!」

  「お利口だねチロル、よしよし」

  

  僕が怒ってるぞ! と言っても怒らず、こいつはいつも笑顔で撫でてくる。

  変なやつ、僕は怒ってるんだぞ!

  

  「さ、行くわよアルス! お留守番よろしくね、チロル」

  「またね、チロル」

  「……ミャァ」

  

  ママは僕の顎を撫でて、お出かけしてしまった。

  ママはアイツといると、にこにこ楽しそう。

  

  「……フンッ」

  しょうがない、今度来たらスリスリしてやるか。

  僕の匂いをいっぱい、つけてやるから。

  

  

  でも……

  ベッドの隣は まだ譲らないけどな。

  

  

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  ひとときの休憩中

  

  「なあに。あんたそんな小さい釣竿作って? 金魚でも釣り上げるつもりなの?」

  

  手先が器用とはいえ、アルスが何故か休憩中に、おもちゃのようなミニ釣竿を作っているので、マリベルは不思議でしょうがない。

  

  「確かにそんな小さいと、魚も釣れないよな?」

  ガボも、大きな魚が釣れないと残念そうだ。

  「ふむ。この紐は、あの子が好きそうでござる」

  「マリベル、ほらあれよ」

  

  メルビンとアイラが先に気づいて、目配せするがマリベルは思いつかず考える。いつもなら頭が働くのに、珍しく大人二人組に先を越されたせいか、焦って余計に思いつかない。

  

  「あー、オイラもわかったぞ!」

  「え〜!? ちょっと待ってよ。何で皆分かるの?」

  

  ガボにも先を越された。イヒヒ、と今にも喋りそうなガボに『言わないで!』と釘を差し、考えてるとアルスはミニ釣竿を作り終えた。

  

  「ほら、マリベル」

  

  フリフリと動かすアルスの手元を見て、釣竿の先にはヒラヒラとリボンが結ばれている。

  それはさっきマリベルが、破れたからと持ち帰って家で捨てようと袋に入れた物。

  「それ……。あっ!」

  

  ようやく答えが分かった。

  

  「これ、チロルにプレゼント」

  

  アルスから手渡されたミニ釣竿を眺める。マリベルの匂いがするリボン、それをチロルの猫じゃらしとして再利用したのだ。

  

  「……ビンボー臭いわね。笑えるわ」

  照れ隠しの軽口を叩く。

  

  「よかったわね、マリベル」

  優しく声をかけるアイラ。マリベルはアルスに向かって恥ずかしそうに『ありがと』と呟いた。

  

  

  「ぼくが勝手に作ったから、気にしないで」

  アルスは軽く手を振り、柔和な笑顔を見せる。

  

  二人のやりとりを、メルビンとアイラは優しく見守っている。

  

  

  「なあ、アルス。それチロル遊ぶといいな?」

  「マリベルの匂いがすると、遊ばなくてもそばに置いとくんじゃないかな?」

  

  いつも一匹で待ってくれているチロル。あの子に細やかなプレゼント。

  きっと喜んでくれる……はず。

  

  

  

  

  「シャーーー!!」

  

  

  「アハハ! やっぱりチロルは、あたし本人が大好きなのね! うふふ」

  満足そうなマリベルに抱っこされて、ご機嫌にゴロゴロとチロルは喉を鳴らしている。

  

  リボンにはアルスの匂いがついてしまい、ヤキモチを焼かれて使ってもらえなかったのでした。

  

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