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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【73話】

  俺の家の、お客様を招くサロン。その静かな部屋で、床にクッションを置いて直に座りながら、ちくちくと針を動かす。いつもは一人でやっている縫物だけど、…今日は違う。

  「フラフィー、ここはこう縫うので合ってる?」

  「合ってる合ってる!縫い目も綺麗だし、大丈夫だよ!」

  隣から、不安そうに持っている布を差し出してくる、俺と同じに肉厚の手のひら。俺と似ている丸い目が見つめる縫い目を、俺も見遣って、大きく頷いた。俺の言葉に、少しだけ心配そうに歪んでいた丸い目が、ぱ、っと輝く。

  「良かったー!フラフィーがそう言ってくれるなら安心だ!」

  そう言って、にこにこと笑う彼に、俺もつられて笑顔を浮かべた。俺と同じ、背が低くて、ぽちゃっと横に丸い体型のこの彼は、…ハンデットさんの婚約者だ。

  シイスとは、あの王城で行われた慰安パーティーがきっかけで、仲良くなった。俺にとっては、初めての同年代の友達。

  俺は末席と言えども一応貴族の息子だったし、幼い頃から名目上とは言え、…『婚約者』もいた。貴族の子女は学校には行かずに、学業は家庭教師にお願いするのがこの国では普通だったし、両親の意向でパーティーも主に大人が出席するようなものにしか出たことがない。パーティーで出逢う子たちも確かにいたけど、そう言う子たちは俺よりも年上な子ばかりだったし、爵位や立場を重視する子が殆どで。俺の当時の『婚約者』である、あの侯爵さまを見て、近寄ってくる子は居ても、…俺自身と仲良くしたいと思ってくれる子は、アステール以外に居なかった。だから、アステールとパーティーで出逢って、仲良くなれたことは俺にとっては、本当に救いだった。少し年上だけど、それまでの俺にとって初めてで、今でも大好きな親友。今でもアステールは、特別に大事な親友だ。

  でも、そんな経緯から俺は、同年代の子と触れ合ったことが、殆どなかった。アステールとも歳は近いけど、少し離れてるし。リジットさんも先生も、メイドさんたちも、俺よりも年上だ。それに、何より、シイスは『獣軍人さんのお嫁さんになる人間』だった。それこそ、そんな子は俺の他には、シイスしか知らない。

  

  それもあってか、俺とシイスが仲良くなるのに、そう時間は掛からずに。今では、俺の家に招いてお茶をしたり、俺と一緒に子どもたちと遊んでくれるくらいの仲になった。俺の家に来てくれる時、シイスはいつもおもたせだと言って、彼の家のクロケットを文字通り山ほど持ってきてくれる。このクロケットは俺は勿論、子どもたちも大好きで、シイスにすっかり懐いていた。今日は縫物をする予定だったから、子どもたちはメイドさんたちに見てもらっているんだけど。

  いつも、俺の家に来てくれているからか。『今度、俺の家にも来てね!ハンデットもお休みの日には来てくれるんだ、だからリジットさんやロバストくんたちも一緒に!』ってシイスも言ってくれている。お言葉に甘えて、今度、リジットさんのお休みの日にでもお邪魔させてもらおうか、ってリジットさんと計画を立てている最中だ。もしお休みの日が合えば、ハンデットさんとも逢えるかもしれない。

  でも、お休みの日にはいつもハンデットさん、シイスの家に来てるのかあ。シイスの言葉を思い出して、顔が緩むのを感じる。…リジットさんも、婚姻前にはそうやって、お休みのたびに俺の家に来てくれてたな。忙しいのに、いつも俺の家に来てくれて、一緒にいてくれた。そのうち、うちにお泊りもしてくれるようになって、…俺に、その、気持ち好いこともいっぱい、教えてくれた。そんなことまで想い出して、密かに顔が熱くなる。

  結婚して何年が経とうとも、…俺にとって、リジットさんとの想い出は、色褪せることなんてない。リジットさんはあの頃から、今だって変わらずにずっと格好良くて、最高に素敵なひとで。初めて逢った時から俺をずっと大事にしてくれて、…いつも、俺と一緒にいてくれたな。指の先まで幸福感でいっぱいになりながら、…彼とのことを想い出しては、布に針を丁寧に通す。

  今日作っているのは、…お互いの旦那さまの縫いぐるみだ。俺の家に遊びに来てくれたとき、リジットさんや子どもたちの縫いぐるみを見て『可愛い!』と目を丸くして褒めてくれたシイスに、なんだかとても嬉しくなって。一緒に作ってみる?って、何気なく提案してみた。

  そんな俺の言葉に、丸くした目をますます丸くしてから、『やりたい!俺も、ハンデットの縫いぐるみつくりたい!』って、大きな声で、笑って賛同してくれたシイス。そんな彼に、ますます嬉しくなって、早速、縫物に彼を誘ったんだ。いつも連絡する手段は、俺が手紙を書いて、それを馬丁さんにお願いするかたち。その返事も、口頭でもお手紙でもシイスから貰ってきてくれて、馬丁さんが俺に伝言してくれたり、手紙を渡してくれたりする。

  今回も、シイスは俺の言葉に、二つ返事で『絶対に行く!』って返事をくれて。今日と言う日をセッティングした。…こういう風に、一緒に縫物をする友達なんて、初めてだ。だから、シイスと逢うとき、俺はちょっと浮かれてしまう。

  「…フラフィー、ここってどうするの?」

  「見せて見せて…うん、これはここをこう縫って、こう…」

  今も、再度布を見せながら問いかけて来るシイスに、俺も手を止めて、指を布に辿らせた。少しだけたどたどしく見える縫い目は、それでも丁寧に揃って、しっかりと縫合されていた。それだけでも、…シイスが、ハンデットさんへの愛情を込めて、ひと針ひと針を丁寧に縫っているのが伝わってくる。こんなに想いを込めて縫ってもらった縫いぐるみが、…嫌だなんて思う人は、きっとこの世界に居ないだろう。あのハンデットさんなら、尚更。

  そんな俺の指先をじっと見つめていたシイスが、ひとつ、まるで感嘆のような息を吐いた。

  「フラフィーは凄いなあ。俺と同じくらいなのに、縫物とかすごく上手だよね!」

  

  俺、縫物とかすごく苦手でさ。ていうかやったことほとんどないし。じっとしてることがそもそも苦手だし。そう言いながら、少しだけ口を尖らせて眉を下げるシイスは、まるで自己嫌悪に陥っているようだった。…そんな彼に、俺は少しだけ慌ててしまう。こんなに想いを込めて針を通せる子が、下手だなんてとんでもない!

  「そんなことないよ!俺は、小さい頃から花嫁修業みたいな感じでやってただけだし、家に居ることも多かったから。シイスだって、初めてなのにこんなに丁寧でしっかり縫えるんだから、直ぐに上手になるよ!」

  両手をガッツポーズを作るように握りしめながらそう言うと。少しだけ凹んでいた様子のシイスが、それでも顔に笑顔を浮かべて、『ありがと!』と俺に言ってくれる。…こんな遣り取りも、なんだか新鮮だ。リジットさんとも、アステールとも、先生とも違う距離感。リジットさんは勿論世界一大好きで、誰よりも大切な旦那さまだし。アステールも大事な親友で、先生だって大好きだ。でも、何だろう。シイスはまた、他の誰とも違った。

  これは、…シイスが、俺と同じ、『獣軍人さんのお嫁さん』だからだろうか。人間で、性別は男で、でも獣人の軍人さんが大好きで、…その奥さんとして生きることを決めた子。初めて出逢った、俺と同じ生き方を選んだ子。

  ちくちくと針を動かしながら、そんなことを考えて顔が緩む。どうしよう、シイスにリジットさんのことを話してもいいかな?リジットさんがどれだけ格好良くて、優しくて、俺が彼のことを大好きなのか、って。俺と同じ、お嫁さんになるシイスになら、そう言う話も気負わずできる。勿論俺も、シイスとハンデットさんのことを沢山聞くから。…ああでも、ハンデットさんが世界一格好いい、って言われちゃうと、俺もそれには反論しちゃうんだけど。だって、俺にとって世界一格好良くて素敵なのは、絶対にリジットさんだから!

  そんなことを考えながら針を動かしていると、…隣から、ふふって小さく笑う声が聞こえた。思わず顔を上げて、彼を見遣る。

  「どうかした?」

  「ううん!ただの思い出し笑い…って言うか、リジットさんって、本当にフラフィーのこと好きだよね」

  楽しそうに笑うシイスが告げてきた言葉は、俺にとっては完全に予想外で。驚いて、弾みで持っていた布を膝の上へと取り落としてしまって、慌てて拾う。

  「えっ!?ど、どうしたのいきなり」

  「あ、えっとさ、俺、あの、…ここでハンデットが働いてるんだな、って、軍事施設の前まで行ったことが、何回かあってさ。そこで一回、リジットさんの奥さんだと思われて、リジットさんを呼ばれちゃったことがあったの」

  それを聞いて、思い出す。…そう言えば、ハンデットさんに恋人がいる、って初めて聞いたのは、リジットさんからだった。ハンデットさんの恋人と偶然逢って、その子をハンデットさんのところまで案内したんだ、って。その時のことを思い返して、身を乗り出す。シイスも、縫っていた布を膝に置いて、まるで内緒話でもするみたいに、俺に少しだけ顔を寄せた。

  「でもその時は、なんでリジットさんが呼ばれたのか分かんなくって。てっきり怒られるのかと思って謝ったらさ、リジットさん、俺が奥さんだって他のひとが間違っちゃったんだ、って教えてくれて。その時にさ、『自分の奥さんの方が誰よりも可愛いけど』みたいなことを何回も言っててさ、俺、びっくりしちゃった」

  シイスの言葉に、…自然と、顔に熱が集まった。リジットさんが、俺のことを?初対面のシイスに、そんな風に?目を瞬かせて、シイスの顔を覗き込むように見遣った。心臓が、どきどきと甘やかに鳴っているのが分かる。

  

  「そ、そうなの?」

  「そうだよー!本当に凄かったんだから!ずっと、奥さんが可愛い可愛い、世界一可愛いって言っててさ、その顔が凄く優しくてさ!俺、最初は偉い人が来た!って怖かったんだけど、あんまりにもリジットさんが奥さんが可愛いって言ってるから、全然怖くない、寧ろ奥さん大好きな優しいひとなんだー!って安心しちゃったもん」

  そう言って、シイスが可笑しそうに、でもどこか嬉しそうに笑う。そんなシイスに、…更に赤くなりながら、俺も笑った。そうか、…そうかリジットさんてば、シイスにそんな風に、俺のこと言ってくれてたんだ。そのことが少し恥ずかしくて、でも凄く嬉しくて、自然と口元が緩んだ。リジットさんの言葉、俺も聴きたかったな、なんて、こころの隅でちょっとだけシイスが羨ましくなる。…俺だって、リジットさんが俺のことを、誰かの前でどんな風に言ってくれてるのか、やっぱり聴きたいもの。俺が、リジットさんのこと大好き!って、誰かに言いたいのと、同じくらいに。

  「でも、それを言ったらハンデットさんだって、シイスのこと大好きでしょ」

  「えっ!?」

  両手で、緩む口元を覆うようにして笑いながら。シイスに言うと、今度はシイスが驚いたような声を上げて、目を丸くした。…本当に俺たちって、反応も似てるんだな、なんて、そんなことを頭の片隅で思って可笑しくなる。

  「え、え、なんで!?何でそう思ったの?ほんとに!?」

  「だってパーティーで皆の前でその…キ、キスしてたじゃない。俺、もうびっくりしちゃった!ハンデットさんって、すごく情熱的なんだなって思ったし、凄くシイスのこと大好きなんだなって思ったよ!」

  パーティーで目撃した、二人のキスシーン。それを思い返しながらそう言うと、シイスが爆ぜるような勢いで真っ赤になった。…つられて、俺も赤くなってしまう。だってあの時、俺も、…リジットさんとキス、したもの。それを想い出して、俺の顔も熱くなる。ハンデットさんとシイスに、先を越されたって笑いながら、…俺にキスしてくれたリジットさん。あの時のリジットさんも、格好良かったなあ…!なんて、更に赤くなりながらも、目が自然と細まっていく。

  二人で真っ赤になりながら、それでもその顔はお互い、幸せそうに緩んでいて。そんな自分たちに、顔を見合わせながら、二人で笑った。

  結局。その日はそれから、お互い、旦那さまがどれくらい好きかって言うことに気持ちが向かってしまって。それを口に出し合っては笑っていたら、日が暮れてしまった。あんまり進まなかった縫いぐるみ作りは、また今度やろうね、って約束して。

  「俺も、フラフィーみたいに上手に、ハンデットの縫いぐるみ作りたいから、頑張るね!」

  そう言って笑って手を振ってくれたシイスを、俺も笑って見送った。もう何体目かになる、俺のリジットさんには、今度は何を着せようかな。俺の大好きな、軍服を着せたリジットさんは、もう何人も作ったから、…今度は違う格好がいい。パジャマとか?シャツにスラックスの私服も好いな。俺の旦那さまは、どんな格好でも世界一格好いいんだもの。そんなことを想いながら、階段を上って、子どもたちの元へと向かう。

  …なんだか、凄くリジットさんに逢いたい。そんなこと、いつ想ってるけど。早く帰ってきて欲しいな、って、早く一緒に居たいな、って、毎日想ってるけど。今日は、もっと強くそう想った。

  

  リジットさんが帰ってきてくれたら、今日のことを彼にも話そう。リジットさんが、初対面のシイスに、…俺のこと凄く可愛い、って何回も言ってくれてたこと。ハンデットさんが大好きなシイスを見て、…俺も、リジットさんが大好きなんだなって想ったこと。俺にとって、世界で一番格好良くて大好きなのは、リジットさんだけだって言うことも。

  そう伝えたら、リジットさんはどんな顔をするだろう?優しく笑って、俺にキスしてくれるかな。そんなことを考えながら、自然と浮かんだ笑顔は。…きっと、世界一幸せそうだった。

  

  

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