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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【75ー玻璃とももの話】

  「もも様、大丈夫ですか?」

  幼く柔らかな身体を抱えて、屋根の上まで飛んで上って。腕の中のもも様に、そう問いかける。もも様がにっこりとあどけなく笑まれたことに安堵して、俺も眼を細めた。

  以前に、この屋根の上で見ようと約束していた花火大会。それが今日だ。二人で住むには充分のこの小さな家は、二階建てと言えど屋根に上ることなど、俺にとっては容易いことで。雲一つ見えない夜空の下、もも様をこの腕に抱きかかえて、屋根の上へと赴いたところだった。

  俺に身を委ねるように、腕を回してくださるこのふくらかであたたかな身体を、もう一度腕に抱きこんでから。…名残惜しく手を離して、丁寧に屋根の上に降ろした。本当は、もも様の身体を腕に抱き留めながら、花火を見上げたい。いやそれよりも、花火を見上げて笑うもも様こそを見つめていたい。この穏やかで優しい目を細めて、嬉しそうに笑いながら花火を見上げるもも様は、どれだけ可愛らしいだろうか。花火などよりも、余程花のように愛らしく、艶やかに違いない。

  そんなことを取り留めもなく想いながら、屋根の上に座られたもも様の後ろに控えて立った。勿論、もも様の座られる場所には、持ってきた座布団を敷いてある。こんな屋根の上に、誰よりも目映く愛らしい俺の光を、直に座らせる訳になどいかない。

  ちょこん、と擬音の聴こえそうに可愛らしい様で座りながら、もも様が俺を見上げた。まだ花火の揚がらない月明りに、もも様の潤んだ瞳が小さく煌めく。そのまま稚く、もも様が俺の服の裾を引いた。…そんなあどけない仕草に口端を薄く緩むのを感じながら、膝をついて傅く。もも様の大きな瞳が俺を見つめて、その柔くあたたかな両手で、俺の手を包むように取る。それだけで、俺の尻尾が大きく揺れた。ばさ、ばさと屋根の上を掃くように揺れる音が辺りに響く。

  「あのね、玻璃」

  「はい、何なりと」

  もも様の、お姿と同じに幼く柔らかな声は、どんな言葉でも俺の耳に心地好く溶ける。今も、俺の名を呼んでくださるその声に浸りながら、もも様の言葉に頷いた。もも様が、ぽんぽん、と今座られている座布団を示すように軽く叩いて。

  「ここにすわって、もものことだっこしてくれる?」

  問いかけられた言葉に、思わず眼を見張る。答えるよりも先に、俺の尻尾が先程よりも勢いよく、ぶんぶんと揺れ振られるのが自分で分かった。尻尾が屋根を履き擦る音すら、ざっざっと箒で掃くようなものに音に増強しているのを聴きながら、勢い込んでもも様の言葉に頷く。

  「っ御意に御座います!俺にお任せを!」

  思わず片手で拳まで握りながらそう応えると、もも様が嬉しそうに目を細めて笑った。…まるで、桃の花が稚く、ほころび開くようだと頭の隅で感嘆する。本当に、もも様は、その名の通りに桃の花が好く似合われる。まるで、もも様を飾る為に、桃の花と言うものは存在しているのではないかと想うほどだ。まあ、勿論あんな花などよりも、俺のもも様の方がより一層可憐で可愛らしいことなど、比べるべくもないのだが。

  そんなことを考えながら、もも様が座布団から立ち上がろうとされる様に、そのお体を抱き上げて支える。そのまま、先程示された場に座ろうと俺が座布団に両膝を着くと。…もも様が俺の腕のなかで、ゆるゆると首を横に振った。

  「せいざじゃなくて、あぐらがいいの」

  「承知致しました」

  その甘やかな頬を、少しだけ膨らませるようにして。俺を見上げるもも様が、なんとも言えず愛らしい。そんなもも様のお言葉に頷いて、その望み通りに体勢を変える。

  普段からもも様は、幼いながらもおっとりとしてたわやかで、いつも俺を気遣ってくださるほどにお優しい、あたたかな方なのだが。こうして俺には、…俺にだけは、年相応に膨れられたり、拗ねたりするような様を見せてくださる。それはこんな風にとても些細なことで、…だからこそ、それが俺には何より嬉しく、喜ばしかった。

  ああ、もっと俺に甘えて欲しい。なんでも命じて欲しい。もも様の願いなら、どんなことだって俺が叶えて見せるのに。そこに無茶も無理も何も無い。もも様の一番お傍に侍って、その願いを叶えることこそ俺の望みで、その笑顔を護ることが俺の生き甲斐。俺はこの方の為だけの存在で、この方を幸せにする為にこそ、生きているのだから。

  

  俺の膝に、前を向いて座られるのかと想像していたもも様は。…胡坐をかいた俺の膝に、横向きに座られた。丁度、胡坐で出来た空間に、もも様の幼いながらも肉感的な臀部が入り込む形だ。その柔らかく張りのある、肉付きの良い尻臀が俺の足にむっちりと沈んで、…それだけで、俺の一物が反応しそうになる。この柔く弾力のある尻臀に、指を沈めることの心地好さが指先に思い出されて、慌てて指を握りこんだ。…ああ、俺のもも様。

  「ふふ、玻璃あったかい」

  そんな俺に。おっとりとしながらも無邪気な口調で目を細めながら、…もも様が、俺へと頬を寄せる。先程のように、俺に身を委ねるようにして、身体を全て預けてくださるもも様の姿は、とても無防備で、無警戒で。…だからこそ、堪らなく愛おしかった。

  傭兵として、暗殺者としてしか生きる術を持たなかった俺は、『普通』という生き方など知らない。気配を消し、感情を失くし、己の存在を殺す。例え目の前に居ようが、完全に気配を消せば相手に気づかれることなどない。そのくらい、自分の存在を失くしてこそ一人前だった。気配を悟られるなど、三流以下だ。そんな奴に待っているのは、近い内の死だけだ。

  そんな俺が、…初めて気配を消せなかった相手が、もも様だった。思い返せば、あの春の庭で、初めてもも様にお逢いした時。本来ならば、もも様が俺に気づかれて、こちらを向くことなど在り得ない筈だった。きっとあの時の俺は、…もも様が俺と言う存在に気づくほどに、気配を駄々洩れさせてしまっていたのだろう。元々薄く、ほとんど失っていた感情すら、あの瞬間にその一部が蘇ったほどだ。あまりにも長く失いすぎて、その感情の意味も、名すら分からなくなっていた俺に、…そのお姿だけで、感情と言う感覚を思い出させてくれた方。それほど、…初めて目にしたもも様のお姿は、俺には衝撃だった。あの時の俺は、どんな気配を、感情を表に出していたのか。あの方の前で、初対面で、どんな醜態を曝してしまっていたのか。もも様のお姿は今でも鮮明に想い出せるが、…あの時の自分の姿だけは、未だに客観視して思い出すことが出来ない。こんなことも、初めてだ。

  あの瞬間、もしかしたら俺の穢れた生き様まで、もも様に曝していたのかもしれない。暗殺者には似合わしく、けれどこの光のようにうつくしく、目映い方には相応しくない、薄汚れた表情を浮かべていたことだろう。けれど、そんな俺を前にしても、…もも様は最初から、何も構えることなく、俺に愛らしく笑いかけて。そのまま、何を躊躇うこともなく、俺を受け入れてくださった。

  お傍に侍るようになった俺を、いつも信頼して、いつでも俺に身を預けてくれて、当たり前のように俺の手を取ってくださる。その側らに傅いても、俺を避けることなどしない。それどころか、その温かく柔らかな手で、俺の頭を、獣毛を優しい手つきで撫ぜてくれる。抱き寄せれば、躊躇いなく腕を回してくれて、…時には今のように、俺に抱きかかえることを求めてくれる。

  …きっとこの方は、あの屋敷で、俺が本来どんな『仕事』をしていたのか、ご存じなのだろう。もも様の父親だとほざいたあの男は、確かにもも様には俺の素性も、本来の仕事も黙っていたかもしれない。けれど、この方はとても聡明で、おっとりして優しいお人柄ながらも物事をよく見ておられた。この方の、いつも潤んで透明な眼差しは、…何もかもを見透かしているのではないかと思うほどに。

  それなのに、もも様は、…こんな俺に最初から、無防備なまでの純粋な信頼を寄せてくれていた。それどころか、お傍に侍る俺へと、…惜しみない愛を注いでくださった。それは、俺を伴侶と選んでくださった今でも変わることなく、もも様は俺にいつもあたたかな愛情を寄せてくださって。…それは、俺にとって、これ以上うつくしいものなどないと想うほどに綺麗で、あたたかく優しいものだった。もも様のお姿と、存在と同じように、この世でたった一つの何よりも尊いもの。俺の光。…俺の、全て。

  何よりも大事な方を抱く腕に、密かに力が籠った。そんな俺たちの頭上で、ぽん、と狼煙のような煙が上がって、頭上で小さく爆ぜる。これが合図だったのだろう、風切るような音を立てる火の玉が、線を描きながら空へと昇る。一拍置いて、地響きのように一際大きな音を立て、大輪の菊が花開いた。簾のように線を描いて、金色の菊がぱらぱらと夜空を飾る。もも様の丸く大きな目が、一層大きく見開いた。それから、嬉しそうにその大きな目を惜しげもなく細めて、笑う。その笑顔こそ、正しく花の咲き誇るように麗しく、何よりも愛らしい。

  「玻璃、きれいねえ」

  俺の胸元に頬を寄せたまま、もも様が歌うように俺に告げる。もも様の手は、俺の手を繋ぐように重なっていた。その指が、…俺の指にあどけない仕草で絡められて、心臓が大きく高鳴る。俺の尻尾は相変わらず揺れっぱなしで、屋根の上を勢い良く履いている。もも様と同じように、俺もそのふくふくと柔らかな指に、指を絡めた。そのまま擦るようにその指をなぞると、ふふふ、と可愛らしい声で笑いながら、もも様がはにかむように笑った。

  「ええ、本当に」

  もも様のお言葉に頷きながら、…俺の視線はもも様にくぎ付けだった。もも様の、黒曜石のように黒く、大きく潤んだ瞳に、花火が反射するかのようにきらきらと煌めいていく。俺には、花火などよりも、もも様のほうが余程うつくしく、見ているだけで昂揚した。もも様のふっくらとして柔らかな身体に、指を沈めるようにして腕に抱きながら、もも様の嬉しそうな表情を堪能する。

  そんな俺の視線に、流石に気づかれたのか。不思議そうに首を傾げながら、もも様が俺を見上げた。その大きく丸い目に、俺の顔が映っている。そんな些細な事実にすら胸躍るのを感じながら、俺ももも様の可愛らしい顔を見詰め返した。

  「あのね?玻璃、もしかして、もものことみてる?」

  きょとん、とした不思議そうな顔は、幼くあどけないもも様を更に幼く見せた。…こんなにも愛らしく無防備な方が、俺の伴侶となってくださっているのか。もう何度となく噛み締めた幸福を、今も噛み締めながら、俺ももも様に笑いかけた。

  …もも様と出逢うまで、笑うなどと言う表情も、感情も知らなかった俺の笑顔は、不格好ではないだろうか。他の誰に何を思われようがどうでもいいが、もも様にだけはそんな風に思われたくない。…もも様が、そんなことを思う方ではないことも、俺が一番存じているが。そんなことを思いながら、もも様の言葉に肯定を込めて頷く。

  

  「はい」

  「どうして?花火、すごくきれいよ?」

  俺の返答に、もも様がますます不思議そうな顔で、小首を傾げた。どぉん、と言う音が頭上から響いて、様々な色合いの火花が折り重なって、夜空に舞い広がっていく。その光が降り注ぐように、もも様を夜闇に浮かび上がらせる。赤や青の光に照らされては夜闇に浮かぶもも様の姿は、矢張り花火などよりも数倍、…いや比べ物にならないほどに、綺麗だった。

  「俺にとっては花火などよりも、もも様の方が余程うつくしく、綺麗に映りますので。貴方のお姿こそを、ずっとこの眼に映しておきたいのです」

  俺の中で、もも様に隠すことなど何一つない。今も、胸に浮かぶその想いを口に出せば、もも様の丸い目がますます丸く、大きくなった。そのまま、…その目が惜しげもなくぎゅう、と優しく細められて。両の手に浴衣を纏わせたもも様が、そのまま口元を覆うようにして、くつくつと喉を震わせた。その様はとても嬉しそうで、…何処となく幸せそうに、俺には映る。一体どうされたのか分からないが、もも様が嬉しそうに、幸せそうに笑まれているお姿を見ることは、俺にとっても至福だった。

  一頻り、腕のなかで笑まれていたもも様が、ふふ、と最後に息だけで笑われてから顔を上げる。俺を見上げたそのお顔の、ふくふくとした甘やかな白い頬には、薄っすらと赤が上っていて。黒目がちの大きな瞳は、いつもよりも更に潤んできらきらと輝いている。夜空に爆ぜる花火がその目に映って、まるでもも様の目の中に火花が舞っているようだった。そのうつくしさに、見惚れてしまう俺に。

  「あのね、玻璃」

  「はい」

  呼びかけられて、見惚れたままに小さく頷く。そんな俺に、もも様が少しだけ身を起こされた。その柔くふくふくとした指を俺に伸ばされて、俺の耳に顔を寄せる素振りを見せる。そんなもも様も、俺ももも様の顔へと耳と近づけた。まるで密談でもするかのように、もも様が俺の耳へと顔を寄せる。あたたかで稚い息遣いを耳に感じて、耳先が揺れるのが自分で分かった。あのね、と幼くおっとりとした声が、耳に響いて。

  「ももはね、玻璃のこと、とってもだいすき」

  もも様の、甘やかな声が、耳に蕩けた。思わず眼を見張る俺に、…もも様の柔らかくあたたかな身体が、抱き着くように寄せられる。考えるよりも先に、その身体を抱き留めるように腕が動いた。ぎゅう、とその幼く柔い身体を、思いの外強い力で抱き締めてしまって、慌ててその力を緩める。…駄目だ、力の制御すらうまく出来ない。それほどに、もも様が告げてくださった言葉は、自分にとって何よりも強く響いている。

  きっと、もも様から何度告げて頂いても、慣れることなど生涯ないのだろう。この方が自分に告げてくれる愛の言葉は、…俺にとって何にも代えられない、至高の言葉だ。この方にとって、俺が、俺こそが愛する男なのだと。この方の愛情を受けられるのは、俺しかいないのだと。何度実感しようとも、嚙み締め切れないほどに、

  この方からの至福の言葉に、俺からの返答が釣り合うなどとは思っていない。けれど、俺からもどうしてもお伝えしたい。俺にとって、貴方こそが光だと。貴方の存在こそが俺の全てで、俺の幸福そのものなのだと。貴方が在るから俺は、この世界に生きていられるのだと。何度でも、何回でも、例えこの命が尽きようとも。

  「…もも様、俺も貴方のことを誰よりも、お慕い申し上げております。愛しております、…この想いだけは誰にも、何があっても譲りますまい」

  もも様のふくよかで小さな身体に指を沈めながら、そうお伝えする。俺の言葉に、…もも様が蕩けそうな幸福そうな顔で、嬉しそうに笑ってくださった。その笑顔が、俺の言葉で浮かべてくださった表情だということに、何よりの喜びを感じる。

  もも様の甘やかな白色の頬が、桃色に染まっている様に、こころが躍るように跳ねた。…ああ、俺のもも様は、俺の妻は、この世の何よりも愛らしい。

  そのまま、俺の小指へと、ももさまの小指が絡められた。…これは、もも様からの『誘い』だ。一気に身体に熱が回って、尻尾が今日一番の勢いでぶんぶんと揺れる。ああ、このまま直ぐにでも、家のなかへとこの方を連れ込みたい。けれど、俺の小指に同じ小指を絡めたまま、…もも様は、嬉しそうに花火を見上げていた。これは、花火が終わるまではおあずけだろう。揺れる尻尾がそれを察して、しおしおとしな垂れる。

  

  こんな忌々しい花火など、今直ぐにでも終わればいい。いや、けれどもも様が嬉しそうなのだ、このまま続けば、…いや、しかし。そんなことを取り留めもなく考えながら、腕の中の俺の主を、…『妻』を見つめる。

  花火を見上げるもも様の顔は、矢張り嬉しそうに輝いていて。そんなもも様に俺も眼を細めながら、…この後の夜を想って、復活した尻尾を力強く揺らし、密かに胸を高鳴らせた。

  この夜は、きっと滴るほどに甘く、熱いものになるだろう。

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